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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“ローム太霊講話集” 第二十九話 鉱物の精  Kellyさん的解釈“その三”




 今回は“その一~二”で取りあげた文言に続く

話が脇道に…中略…金の在る所に必ず精が居るとは決まらない…中略…金の無い所でもその精を集めることが出来る…中略…その特性を利用すれば、現界の力と言われる金というものも、ある程度まで人間の意志によって自由に得られる…中略…術ではなく、日常の生活の中で行なえる…中略…このことを念頭においてこれから話す木や草や花の精の不思議な物語を聞くと、精というものの存在が更によく分ってくると思う。猶言い落したかも知れないが、精の中でも高級になると、奇鬼神の位のものさえ…以下略…

この文言中の“特性を利用すれば”そして“日常の生活の中で行なえる”、これについて述べることとする。

 まず“特性”であるが、“その一”で取りあげたように
金に纏(まつ)わる気の固(かた)まりが精であるというふうに考えれば、その性質が分ってくる

この“”とは、“”を“観察と認識”している自分自身と、その観察対象である個の心(靈)である“”に纏わる“妖精”、その双方の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)の結果を述べている文言であることに気付くべき。

 そして自分自身の“観察と認識”、それが第二十九話の中ほどの
どんな物でも人間がわが子のように可愛がっていると、必ずその物に精が出てくる

こうなっていくならば“利用”そして“日常の生活の中で行なえる”、と述べられていることに気付くべきである。

 その秘訣たることとして、第二十九話の前半の
自分の念の使い方によってその妖精と気を合わせることが出来る…中略…私の家においでという気持で拾いあげて可愛がってやる…中略…その気が段々に他の妖精をも集め…中略…金の精に好かれる元と…中略…これは金だけに限ったことではなく、どんな物でも人間がわが子のように可愛がっていると、必ずその物に精が出てくる…中略…大切に使っている器物などは、初めから付いているものもあるが、そうでなくても段々に現われてくる…中略…自分の力でそれらの精を沢山周囲に集める…中略…生活を豊かにする源となる…中略…その物を可愛がることによって自分のものにすることが出来る…中略…特にそういう場合は金が一番多い…以下略…

この文言中の、
念の使い方によってその妖精と気を合わせることが出来る…中略…私の家においでという気持で拾いあげて可愛がってやる
それは先に取り上げたように
わが子のように可愛がっていると、必ずその物に精が出てくる
またそれは
大切に使っている…中略…段々に現われてくる…中略…自分の力でそれらの精を沢山周囲に集める
であるが、この“大切に使っている”、これは霊的成長度の高低において解釈が違う。

 それは、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”、いわゆる霊的成長度の低い者は“”をたくさん集め、集めることだけに執着して、欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとかをして、自分の欲望を満たすことだけに“”を使うが、それでも “金の妖精”自体は第二十七話で太霊が述べておられるように
善悪などには関(かか)わりなく
そして第二十九話の
それらの精を沢山周囲に集める
ということになり得る。 これがたった今の成功者と褒めそやされている者の大半。

 それでは霊的成長度の高いものならば、この“大切に使っている”と“可愛がっている”に関し、どういう“”を息吹くべきなのか。
 これについて太霊は、先回取り上げた
現在ロームの下で働いているアイという人
この話をされて、人間としてのまっとうさを説かれたと解するものである。

 これらのことを踏まえ
“自分の力でそれらの精を沢山周囲に集めるということは、自分の生活を豊かにする源となる

この“生活を豊かにする”、これも霊的成長度の高低において解釈は違うだろうが、物や金が沢山あって一生贅沢に暮らしたい、それは目下(めした)(動物の心(靈)の段階)(大脳旧皮質と古皮質)の心(靈)の動きであり、これに関しては第二十一話の
親が勝手に産んだのだから俺は仕方なしに生きて勝手なことをするのだという、動物的なあたまの持主
これに該当するものであることは明白である。

 それで自分が進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を目指すならば、第二十一話上記文言に続く

こういう人達の間にある汝等は、自分の入いった門と出て行く門とを確(しっか)りと握りしめ、その間はどうでもよいという考えでなく、その初めと終わりとの繋(つな)がりを少しでも外(はず)れることのないように努力するのが、人間としての道であることを悟るべき…中略…それゆえ、ロームに言わせれば金など問題ではないのであって、人間はその資格によって金が得られるとか得られないとか説いている者もいるが…以下略…

これを熟読して自分の在り方を見極めるべきであるし、“自分の生活”これを“ほんとう”に“豊かにする”とはどういったことなのか、金をたくさん集めて、恨みを買い、恨みの連鎖の霊的干渉の現象化に巻き込まれて夭折するか、あるいは○○○大先生が著書で述べたように“必要なもの以外は必要ではない”、何を自分の人生に求めて生きるのか、この生き方の違いについて、先に取り上げた太霊の文言の中の下線を引いた部分をしっかり読み取って鑑みるべきであるし、それだからこそ
その精の運営によって自分の家を繁栄させるということは、真によい方法

この“真によい方法”という文言を自分がどうとらえるべきか、ということも考えるべきである。

 また、汚い金は、恨みの連鎖の霊的干渉の“因縁”のもとと言えるので
この妖精についての話は無数にあって、その形状も大悪魔とも言われる大きなものから目に見えない程の細菌に至るまで多種多様である

この文言中の“大悪魔”はこれに当たると思え、今回取り上げている文言の
精の中でも高級になると、奇鬼神の位

と、“”の霊的成長度について述べておられ、これを知ったならば、先に述べたことと重複するが、自分が“金の精”とどう向き合い、どう息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)べきか、その“”の進化にどう関わるのか、を鑑みる要素を知ることが出来得るものである。

 今回はこれくらいにしときまんねん。


“ローム太霊講話集” 第二十九話 鉱物の精  Kellyさん的解釈“その二”



 今回は第二十九話の中ほどの
現在ロームの下で働いているアイという人…中略…偉大な力を発揮出来る…以下略…
を取り上げる。

 この話は一読すれば“僅かな金”をただ金額の大小で観てはいけないことが解る。 
 それは“その使い方”、言うまでもなくこれはどう使うのか、自分がそれをどう扱うのか、という心(靈)の動きである。

 憶測ではあるが、“子供の時に…中略…五十銭銀貨を拾い”というのは、“子供”にとってのそれは大金であったろうし、そして“アイという人”、その人が裕福であったか貧乏であったか、貧乏であればあるほどそれを拾って自分のものにしたいと思うのが普通、いわゆる平均的地球人、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の発想だろうが、そうではなく、
ネコババ(猫が糞に砂や泥をかけて隠すことから、悪事を隠すこと、それが転じて、拾った物をこっそり自分の物にしてしまうこと)
したのではなく“警察に届けた”という行為、その心(靈)の動きと行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)に着目すべきである。

 またこれに関して“アイという人”の“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)、“その裏で働かれた主護霊達の努力”、ネコババしたい、自分のために使いたい、これは“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)の通信であり、それに感応して、目下(めした)(動物の心(靈)の段階)(大脳旧皮質と古皮質)の心(靈)で動いていたならば自分のものにしてしまうだろうが、それをすることは人間としてまっとうではないから、“その裏で”と称されているように“上”は通信を送り、“アイという人”に働きかけた、と読み取るべき。

 またこういったことをちっぽけな“善行”と思う人は多いだろうが、そうではないのであり、それは先に述べたように金額の大小ではなく、その人の環境、生活条件、心(靈)の動き、これを鑑みるべきである。 
 それだからこそ太霊は
ここで言いたいのは、この五十銭の金に人間をこれだけにする力がある
という言い回しをされている。

 またそれは
即ち僅かな金でもその使い方によっては偉大な力を発揮出来る
と称され、その“善行”は、天の御目(あめのおめ)、必ず神は観ているものであるから

その土地の氏神の報告
これがあるからこそ、
今は霊界で相当な地位になっている

神に認められたのである、と、読み取るべきである。

 そして“偉大な力”とは、自分がまっとうであるならば、それは神に近付く、それこそが“偉大”なのであり、先に述べた自分の環境、生活条件、心(靈)の在り方、これらすべてを“上”は観ており、それだからこそS会=紫光会の主護霊会でよく使われた文言、
神は乗り越えられない試練は与えない
この文言の意味合いをよく鑑みるヒントを含んでいるのが、今回取り上げた話であると言いうる。

 今回はこれくらいにしときまんねん。


“ローム太霊講話集” 第二十九話 鉱物の精  Kellyさん的解釈“その一”



 今回は第二十九話の前半部分を取り上げる。

 まず述べておきたいこととして、太霊は第二十七話で以下のように“妖精”のことを説明しておられる。
妖精は単に精とも呼ばれ…中略…森羅万象に存在…中略…その念の固(かた)まりが物質化…以下略…

すでに述べたことではあるが、この“”が息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)であることをよく解っておかねばならない。

 それで第二十九話では、もう一歩踏み込んだ説明をしておられる。
気の固(かた)まりが精であるというふうに考えれば、その性質が分ってくる

これは“”それによる“”、よって息吹と“”のことを述べておられる。

 またこの文言の前に
精自身がその物自体ではない…中略…別国の独立した存在
という述べ方もしておられる。

 これらのことを念頭において
自分の念の使い方によってその妖精と気を合わせることが出来る

という文言を読み取り、そして

どんな物でも人間がわが子のように可愛がっていると、必ずその物に精が出てくる

これは“可愛がっている”が息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)であり“気”であり、それによって“物に精が出てくる”のだということを知らねばない。

 これがどういったことなのかについて
自分の力でそれらの精を沢山周囲に集めるということは、自分の生活を豊かにする源となる

と称されていらっしゃるのだと読み取り、これは第一話のタイトル 物と心の満足 これを得させることに繋がるのだ、ということでもある。

 さらに

その物を可愛がることによって自分のものにすることが出来る
その精の運営によって自分の家を繁栄させるということは、真によい方法

こういったことを、“その物”、これは自分たちが“観察と認識”しうるこの事象=“現界”、これは物質の世界であるが、そこにおける“”、自分たちが関わりを持つ“”、これを単なる物扱いしている程度の低い人間に、“”と“妖精”のことを教えていらっしゃるのだと読み取るべき。

 そして、すでに述べたが“妖精”も心(靈)であり、第二十八話で述べられているように
妖精には定まった形は…中略…その体を造る時は、彼等の理想とする人間の姿を模倣(まね)…以下略…
そして
妖精というものは、人間に近付こうとしてあらゆる行(ぎょう)を積んでいる

これは“妖精”自体が進化(霊的成長、神格化に向かうこと)をする、ということでもある。

 それだからこそ第二十八話で“金の精”が“因縁”の中で育っていく過程、“金の精”も汚い金からきれいな金へとなっていくことを太霊は説明されている。

 それで、霊的成長度の低い人間、第二十八話の解釈で述べた「騙り(かたり)」をして金を集める人間、これは“”を単なる“”としか観ていない人間であり、こういった人間は金額の大小にしか目がいかず、きれいな金、汚い金、なんてことは問題にしないものであるのだが、“”と“妖精”も、それに関わる人間も、ともに進化(霊的成長、神格化に向かうこと)しているのだということを、すでに解釈が終わった第二十七話から読み取るべきであるし、自分が 物と心の満足 を得ようと思うならば
その物を可愛がることによって自分のものにすることが出来る
その精の運営によって自分の家を繁栄させるということは、真によい方法
それは
自分の念の使い方
これに秘訣があることを示唆していらっしゃることも、読み取るべきである。

 今回はこれくらいにしときまんねん。


“ローム太霊講話集” 第二十八話 金の精  Kellyさん的解釈 二十八話の総括



 “その一”でも述べたことだが、“妖精”であろうが人間であろうがその他一切の個の心(靈)であろうが、すべての生命、“創造”の“主(ヌシ)”からもっとも下等と思しき微生物に至る迄、それらはすべて息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)して事象の“創造”をして、それを自らの観察対象としているものである。

 これに関して太霊が“妖精”の説明として述べておられる
人間に近付こうとしてあらゆる行(ぎょう)を積んでいる

これは“妖精”が“人間”を“観察と認識”して、そのうえで
その体を造る時は、彼等の理想とする人間の姿を模倣(まね)する

この“理想”は“人間”を手本とする、近づこうとしている、と読み取れ、それはまた第二十七話の
そこに生まれた人間のような行動をする精がいるとすれば

この文言からも、“人間”と同じような心(靈)の動きをする、あるいはそれに近付こうとしている、という意が読み取れるものでもある。

 重複するが、決して忘れてはいけないこととして“妖精”は
人間に近付こうとして
人間のような行動をする
という心(靈)であり、またそれは“日月神示”地震の巻解釈で述べた心(靈)が“創造”の“主(ヌシ)”とフラクタル(fractal)(自己相似性、自然界のデザインにはどこか共通したものがある)であると言いうる。 

 これをありていに言うならば、霊的成長度の高低による相違というものがあるが、心(靈)の動きに共通のものがある。 それは進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の程度により、神に近くなければ“下”の心(靈)しかないものであり、だんだん進化(霊的成長、神格化に向かうこと)していくならば“妖精”自体も、自分の在り方を見出していく、といえる。

 それだからこそ“金の精”が育っていく過程、これに関して“代々裕福な暮しをしていたある物持の家の当主…以下略…”、この話の中の、汚い金からきれいな金に代わっていく過程を太霊は説かれたものである。
 これの詳細は“その二”で取りあげたので割愛するが、先に述べたように“妖精”も心(靈)であるが故に“観察と認識”をしており、第二十七話で太霊が述べられた
善悪などには関(かか)わりなく
という
代々裕福な暮しをしていたある物持の家の当主が、自分の息子が放蕩で金使いが荒い
そして
先祖達が何代もかかって身代を造る間にはひどい無理もしたであろうし、悪い因縁を積んだかも知れない
という明らかに低い段階から
永いあいだ金と一緒に埋められて隠忍自重してきた
という過程を経て、まっとうな生業(なりわい)をする“その子”(“当主”の孫)に使われる、役に立とうとする、という変容をしたことを述べられているが、この事態に“金の精”の成長の過程を見いだせるものである。

 また“その子”(“当主”の孫)も、“代々裕福な暮しをしていたある物持の家の当主”と“何代もかかって身代を造る間”に関わった“先祖達”とは違う生業(なりわい)をして、それは
奉公に出され…中略…自分の先祖が沢山の人を顎(あご)で使ったように、今は自分がみんなから顎で…以下略…
であり、これは人間としてのまっとうさ、であり、このまっとうさをも“金の精”は“観察と認識”しているものであり、それゆえ“金の精”自体の“人間に近付こうとして”“人間のような行動をする”ということも変容したのであると言いうる。

 そしてそこには
精自身の因縁に人間の作った因縁が加わると、その精の力が強大になる
という要素があり、この“因縁”の元たることが個の心(靈)の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)の結果であることは○○○大先生の著書の読者ならすぐ理解できるはずであり、ならば自分たちの成長のための息吹による事象の“創造”の結果としての“善(神格化の方向性と智性の受信)”の“因縁”というものを目指して息吹くべきであるが、大概、今の事象は“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“因縁”ばかりが目に付くものである。

 それで、第二十七話で太霊が述べておられるように“妖精”が“念の固(かた)まりが物質化したようなもの”=この事象への顕現、であるならば、その“”に対し、“人間の作った因縁”=自分たちの息吹の結果、を、どう足していくのがよいか、これを考える要素があるのが第二十八話であり、この“念の固まり”が事象への顕現となる、これはかなり先走るが、第三十七話 想像を実現する法 に繋がっていることを述べ、第二十八話の総括とする。

 次回のこのカテゴリーでは 第二十九話 鉱物の精 これの解釈に入ることを告知して、今回はこれくらいにしときまんねん。


“ローム太霊講話集” 第二十八話 金の精  Kellyさん的解釈“その二”



 今回は
代々裕福な暮しをしていたある物持の家の当主…以下略…
で述べられている“因縁”と“金の精”について解釈する。

 第二十七話の解釈で述べた、きれいな金と汚い金、これは智性(神性)のある人間が思うことであり、そこにまた自分の生業(なりわい)の在り方を考える要素があることを述べたが、人間ほど進化(霊的成長、神格化に向かうこと)していない霊的成長度の“金の精”、それは第二十七話で太霊が述べておられる通り
金の妖精は、人間の善悪などには関(かか)わりなく…中略…性質は頗る単純…中略…金の嫌いな気分になれば忽ちいなくなってしまうし、金の好きな波動を起こせば直ぐに寄ってくる

こういったものである。

 その“善悪などには関(かか)わりなく”集まってきた“”で
代々裕福な暮しをしてしていたある物持の家の当主”は、その“因縁”により、

息子が放蕩で金使いが荒い

こういったことを見させられて、自分のしてきたことの結果を知り、自省(胸の磁性“十”)の“行”をする。

 そしてその後
何年かたって当主は霊界行きとなり息子の代になる

という経緯をたどり、そしてその“息子”も
先祖の霊としては、自分達が何代もかかって苦労して溜めたものを一代で蕩尽されたのであるから、その息子に対する怒りや恨みや口惜しさの念はさまざまな因縁となって纏わり、そのうえ金がなくなると貧乏という妖精まで付いてきて、その者の肉は次第に蝕(むしば)まれ腐ってゆく

という結果になっていく。

 それでこの“当主”と“息子”が人間としてまっとうであったか。 これに関して太霊は、
その反面を考え…中略…いくら遊んだといってもそれだけの財産がそう簡単に使い果たせるものでは…中略…必ず人に騙(だま)されたりいろいろな賭事(かけごと)で取られたりして…中略…その辺の事情を汲んでやると、先祖達が何代もかかって身代を造る間にはひどい無理もしたであろうし、悪い因縁を積んだかも知れない…中略…凡てその息子が現在こういう境遇になった原因…以下略…

と述べておられ、その中の、
先祖達が何代もかかって身代を造る間にはひどい無理もしたであろうし、悪い因縁を積んだかも知れない

これの現象化、恨みの連鎖の霊的干渉所以の“因縁”であることを示唆しておられる。

 それはその“ひどい無理もした”、奪ったものは奪われる、それは“必ず”と前置きされ、これは必然であり、そして
人に騙(だま)されたりいろいろな賭事(かけごと)で取られたりして
と述べられているが、この言い回しに太霊が何を伝えようとしているのか理解できなければならない。
 またこれ事態が“息子”に対する因果応報、ブーメランの法則、“曲霊(まがつひ)”それは“正当な報酬”であることも解っておかねばならない。

 そして、こういった事態を
そこには先祖達の霊ばかりでなく、それを指導している各主護霊があり、その上にはその何々家(け)の主護神

“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)は観ているものであるし、
程度の低い“先祖達”は
土蔵の下の金のことを夢ででも知らして

という甘い(亜、魔、出ずる、泉)ことを考えたかもしれないが、
先祖達の霊ばかりでなく、それを指導している各主護霊があり、その上にはその何々家(け)の主護神が付いていて、その者にはいくら金を与えても無駄であることが見通されれば絶対に教えない

ということになるし、こうしなければ“先祖達”も“息子”もすでに死んでいる“当主”も自省(胸の磁性“十”)しないからである。 
 これがまた“何々家(け)の主護神”の思惑であり、この思惑があるからこそ“何々家(け)”は進化(霊的成長、神格化に向かうこと)し得ると言いうる。

 それでその後、“息子”が死んだあとの話
その者は死にその子の代になるが、その時はまだ母親も生きていようし、自分も幼い…中略…段々生長して働ける年頃になると奉公に出され…中略…昔自分の先祖が沢山の人を顎(あご)で使ったように、今は自分がみんなから顎で使われる身の上…以下略…

と、“その子”自身が“因縁”を贖う(あがなう)が、これはまっとうな生業(なりわい)で贖って(あがなって)いるし、これも生業(なりわい)の“行”であると言いうる。

 そのまっとうさを観て、“上”は“その子”に“土蔵の下の金”を教える、その許可を出すものである。
但しその間中もその家の主護神は常にその子を見守っていて、話が長くなるから途中を省くが、その子が成年に達すると必ずその夢枕に立って金の埋めてあることを告げられるようになっている

 重複するがこれが“その子”がまっとうな生業(なりわい)をして“先祖達”が作った恨みの連鎖の霊的干渉の現象化としての“因縁”を購った、その“正当な報酬”として
夢枕に立って金の埋めてあることを告げられる
のであることを知らねばならず、
また、“金の精”としては
先祖達が何代もかかって身代を造る間にはひどい無理もしたであろうし、悪い因縁を積んだ

こういった経緯で集められたものであるが、“金の精”自体は“善悪”が解らないが、“金の精”も心(靈)であるがゆえに、“当主”と“息子”と“その子”の生きざまを“観察と認識”するものであり、少しずつ“善悪”を解っていく過程と言いうる。

 これは第二十八話で述べられた通り“妖精”自身も
人間に近付こうとしてあらゆる行(ぎょう)を積んでいる
のであるから、“ひどい無理”で集められた“金の精”は、
土の中に閉じ込められ
永いあいだ金と一緒に埋められて隠忍自重してきた
のだが、“その子”のために使われるのは、まっとうに使われることとなり得る。

 それ故に、“金の精”も汚い金からきれいな金へとなっていくことを示唆している、こういったことも第二十八話から読み取るべきである。

 そしてこの話の最後に
このような妖精を上手に扱おうとするには、本当の童心にならないと駄目
と称されており、この“本当の童心”という文言に何を思うべきか。

 “童心”の意味は、子供の心、天真爛漫、純真でけがれのない心、の意味合いであり、そうでないものとしては、すなおでない、ねじけた気持、わるぎ、狡猾(悪賢さ)、老獪(ろうかい)(長年にわたり生きて、ずるがしこさを得て行使すること、類義語として海千山千など)など、自我の肥大した“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の汚い心(靈)、これであるし、それを太霊は、自分に戒めよ、と述べていらっしゃるのだと解するものであるし、“妖精”の特徴として
最後に、妖精は童心になれば喜んでどんどん寄り集って来る
と述べておられるが、これは“金の精”に限ったことではなく、先の“童心” 子供の心、天真爛漫、純真でけがれのない心、これが“妖精”の心(靈)であることをも示唆しているものである。

今回はこれくらいにしときまんねん。


“ローム太霊講話集” 第二十八話 金の精  Kellyさん的解釈“その一”



 まず述べおきたいこととして、第二十八話の副題は 「金の精」 となってはいるが、太霊は“金の精”のことだけ述べていらっしゃるのではなく、

この前にも一寸不気味な話をした金(かね)の精…以下略…
(第二十七話のこと)

という言い回しをされてから
代々裕福な暮しをしていたある物持の家の当主…以下略…

これの“因縁”の実例をも説明しておられるということに気付かねばならない。

 それで、冒頭では、
妖精には定まった形はない…中略…彼等の理想とする人間の姿…中略…模倣(まね)する…以下略…

と“妖精”の説明を述べられ
人間に近付こうとしてあらゆる行(ぎょう)を積んでいる

と、“妖精”自身の存在の意義を説明しておられる。

 これは“妖精”だろうが人間だろうがその他だろうが、あらゆる霊的存在が進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を果たそうとしているのだと読み取るべきであるし、また、あらゆる生命、あらゆる個の心(靈)に共通であるものであることも知らねばならない(この詳細は“日月神示” 地震の巻 が解り易い)。

 さらに“妖精”は第二十七話で
念の固(かた)まりが物質化したようなもの
と定義づけされており、この“”はあらゆる生命、あらゆる個の心(靈)の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)であることを知らねばならない。

  このことを念頭において
又この前話したように、精自身の因縁に人間の作った因縁が加わると、その精の力が強大になる

強大になるから、人間に付いている主護霊や支配霊ではそれを即座に撃退するのがむずかしく

 そして
妖精と言えば凡て可愛いいもの単純なもの…中略…大きな間違い…中略…人間の助けなど必要とせず、相当な力を持って縦横無尽に動いて…以下略…

と前置きされてから
金(かね)の精について、もう少し続けよう

と述べておられることに着目しておかねばならず、この話をしっかり読み取るには、第二十七話の“金の妖精”から人間が背負っている“因縁”を見た場合の言い回しである
積み重ねられた因縁の中には嫌いなものも好きなものも多量に
ということを知っておかねばならない。

  よって次回は、“因縁”、その要因となる“金の精”の性質、これは第二十七話ですでに述べられてはいるのだが、これについて解釈をすることとする。

 今回はこれくらいにしときまんねん。


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☆ Kellyさん的“ローム太霊講話集”解釈 (127)
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☆ ○○○大先生的バシャールの文言解釈 (9)
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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