“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

・・・その後の事と・・・これからの事。

・・・先生と二年数か月話して・・・
最後に話してから何日も経つけど・・・(
エピローグの事

今月始め・・・ちょっとだけ久しぶりに先生の顔を見に行きましてん・・・

・・・その時の先生の様子は、
ちょうどベランダで育ててはる、ほうれん草を収穫してはった。

余談やけど・・・先生の治療院兼自宅のマンションは、
南西角部屋でベランダが広く、
11月から3月までは、
日の出からから日没まで、
一日中、太陽凝視出来る条件を兼ね備えてて、
ほんでからにとても広いベランダやから、
先生は、趣味と実益を兼ねて野菜を栽培してはる。
(モノホンKellyさん曰く・・・○○○農園って言われてはる。)

その時の先生の様子・・・こんな事を言うてはったんやけど・・・

“アタシが育ててるほうれん草は、
在来種のほうれん草で、
今、スーパーなんかで売られてるほうれん草は外来種との交配種が多くってね。
その方が収穫が早いから、農家はそれを選択するんだろうけどね・・・
だから、
うちのほうれん草は成長に時間が掛かる。
だけど、こっちのほうが美味いね。
その外見の違いは・・・葉っぱの切れ込み方が深くってギザギザ・・・
それをしょ○たん流に云えば、ギザッ!!ギザギザっす!!
トゥッ○ゥル~トゥッ○ゥル~トゥッ○ゥル~~~♪♪♪
ギザッ!!ギザギザっす!!トゥッ○ゥル~♪トゥッ○ゥル~♪トゥッ○ゥル~~~♪♪♪

・・・いきなり先生は、年甲斐もないオヤジギャグを飛ばしてはったんやけど・・・
それは・・・先生はちょっとだけ久々にKellyさんの顔を見たから、
陽気に振舞ってた・・・
そやけど先生は、
毎日色んな事を考えて・・・憂鬱になってはる・・・
ほんまにこの世界の事がイヤになってきている・・・
そう言う感じがしましてん・・・

ほんでからに前もそうやったんやけど・・・
先生は・・・なんやしらんずっと考え込んではる・・・
その理由は・・・Kellyさんにはよう解る。

それは、Kellyさんが前に思うた事とおんなじやねん・・・

“・・・何とかならへんのやろか・・・何とかする事・・・”

そうやって思う事自体が、
地球人の霊的進化を望む高い存在からの通信の一部やって事やった。
(霊的干渉 “目上(めうえ)と目下(めした)”の前半 参照)

そやけど・・・そう言う風に思っても、
自分がどんなに考えても、
この世界の低い事象・・・それが変わって行く訳では無いやん・・・
先生は・・・その事を憂いてる・・・

低い事象・・・
例えば、恨みの連鎖による霊的干渉・・・
その大多数は、人の低い心(靈)の発現由来の事やって話をした。
それは、
恨みの連鎖に巻き込まれてる人達も、
それに関わっている霊的存在も、
進化過程が低いからこそ、それを体験して教訓にして行かんならん。
しかし・・・そう言う視点は一般に無い・・・

そう言う話も先生としたんやけど、
目先の苦痛から逃れたい人ばかりやから、
癒しとか浄化とか浄霊とか・・・
只、因縁から逃れたいとか・・・自分にとって都合の良い事だけを望む。
そういう事を思う人が好きな言葉は、
運命の・・・とか、奇跡の・・・とか、救い・・・とか、
そう言う甘い(亜、魔、出ずる、泉)思い・・・
そやからこそ、甘い事を言う霊能力者や占い師や・・・
そう言うもんがもてはやされてる。

そやからそれは、自分がどう生きていくのか・・・
目の前の事象に対し・・・自分はどういう選択をするのか・・・
それは、“自由”・・・
その存在に保障されてる最低限の権利とも言える“自由”・・・
ほんでからにそれは、
アミの本の中では“愛(炁)の果実”とされてる。

そやけどそれは・・・今思うた事は、
先生とKellyさんが思う事でしかないみたいなもんやねん。
憂鬱になってくるのが当然やねん。

ほんでからに、誰かが間違った方向に向かってたとしても、
それは、
体験として必要だったりもするし・・・
大体、その方向って言うもんは、
自分達は間違っていないと思うてる人が多いやん。
それは心の発現の程度が低い=沢山の認識を持ってない・・・
ほんでからにそれは、
自我の確立=固定化の段階の心(靈)の動き・・・
そういう事やねんな。

そやからそれは、
自分の中の、心(靈)の方向性の基準・・・
それをしっかり持ってへんからや。
そやからこそ、
“善悪”(神格化と、動物化=心の本能化)も判らへん人が多いし、
そんな事を意識せん。
更にそれを意識させない霊的干渉かてあるし、
ほんでからにそれが、
自分の心(靈)の動き=発振、発信による結果やて、
思うてない人が多いやん。

そやからさっきも思うたけど・・・それは、
只単に甘い夢を見たいとか・・・
低い功名心と自尊心で行動する事とか・・・
大体、そう言う心の発現しかしてへん人のほうが多いからや。
それは、今現在、
地球人のチャクラの覚醒って言うのんは下三つが中心やから、
自我の確立=固定化って事が起きる。
それ由来の行動=発振、発信=事象の創造をするのが、
当たり前やと思われてる節もあるし、
ほんでからに、そこから・・・その時点の霊的成長度から、
“下”に向かわせたい・・・進化させたくない・・・
それは、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)・・・
そう言う存在の思惑がある。

そやけどそれは、“自由”やから・・・
どういう考えを持つのも、どう行動するのも、
自分が決めて行かんならんやん。
自分が決める事やからこそ、責任を感じて行かんならん事なんやけど・・・
そう言う認識もあんまり無いな。

ほんでから、経験して・・・体験して、
それを教訓にして、自分がどう在るべきなのか考えるのは、
自省(胸の磁性“十”)の行・・・“直日(なおひ)”・・・

そやからそれは、
ある程度体験せんと・・・
あがいてあがいて苦しまんと解らへん事の方が多い・・・
そやからこそ、
その為に色んな事象を経験せんならんし・・・その中で、
自分の在り方を考えて行かんならんやん。

そう言う話も、先生とした・・・

“自由”・・・
責任のある“自由”・・・
そやからこそ・・・自分達の霊的成長だけを考えて行けばエエんやろけど・・・

間違ってる人に過剰な干渉をする事は、その人にとって良い事にはならへんやん。
体験から教訓を得られへんからや。
認識出来へんからや。
先生は・・・そう思うてはる・・・

そやけど、Kellyさん的には・・・
なんやしらん・・・煮えきらん思いがいっぱいあるやんか・・・
それは幾つか有るんやけど・・・
一言で言えば、この世界は腐ってて、
ほんでからにどんどんおかしくなってる・・・
そう言う話も先生としたんやけど・・・そう言う事ばかり目に付くやん。
ほんでからにその事がどう言う事やって・・・
それが示してる事とか、
それに対して自分はどう在るべきなのか・・・
誰も思うてへん様にも見える・・・

そう言う話もしたくって・・・その事も先生に言うたんやけど・・・
先生は、もう・・・そう言う話をあんまりしたくない・・・
そう言うてはった。

その理由・・・それはKellyさん的に思うんは、
前に先生が言うてはった事・・・

人は、
自分の持っている認識よりほんの少し“上”の事しか理解出来へん。
それは振動としての変圧の過程やし、
それは、自分の認識より=自分が持ってる振動より、
極端に高い思想とか認識とかは理解出来ん=受信して認識出来へん。
そやからこそ先生の言い方・・・
人(日止、霊止)は自分の持っている認識以上の事は解らない。
人は、信じたい何かから信じてそこから理解していけばいい・・・

そやからそれは・・・低い認識の事象ってもんをKellyさんと話しても、
それそのものが不毛な会話にしかならへん。
先生は、そう言う会話に時間を費やすのなら・・・
そのエネルギーを太陽凝視や電気行に振り向ける・・・
そして・・・自分の出来る事をする・・・
自分はそうするべきやって思うてはる・・・

そやけど・・・Kellyさん的には色々考えるやん。

今後、低い・・・醜い霊的干渉の事象はどんどん増えていく・・・
もう既にたくさんの事が起きてる・・・それが当たり前の世界になってる。
そやけど・・・その意味をよう考えん人が多いやん。
そう言う人が圧倒的多数・・・

その理由・・・それは“玉石混交(淆)”・・・
この事も先生と話した事やったけど・・・
それは、地球って場(フィールド)に霊的進化過程の違う人が沢山いてる。
それは(相対的に)、心(靈)の発現が動物に近い人・・・
人(日止、霊止)は、
動物から少し進化した自我を持ってても、
自我由来の心(靈)の動きと行動・・・
それに智性があんまり無いからこそ、自己奉仕者になる。
そやからそれは心(靈)の発現の段階として、
本能、情動、功名心、自我・・・それが中心の心(靈)になるやん。
そやから、
低い功名心とか自尊心とか・・・縄張り意識とか、虚栄とか・・・

縄張り意識は戦争の原因やろし・・・
虚栄は、過剰な経済の繁栄・・・
それが生み出してる外見だけの美とか・・・
それを具体的に言えば、
宝石とかブランドとか化粧品とかファッションとかダイエットとかサプリメントとか・・・
例を挙げたらきりが無いやん。
ほんでからにそこには低い心(靈)の発現由来の、貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)
(摩多羅神 参照)
ほんでからに動物霊のディスプレイ(動物の発情行動)・・・
それ由来の・・・その心(靈)の動き由来の行動もある。

ほんでからに、そう言う人に対し、
ほんの少し智性の方向に・・・“上”に、
心(靈)が向いてる人もいてる。

その理由・・・

霊的に低い人(日止、霊止)も、ほんの少し“上”に向かってる人も、
一緒にいてる理由は・・・
言い換えれば、同じ場(フィールド)=地球に存在してるって事は、
その中で一人ひとりが“上”と“下”・・・
霊的な意味での“上”と“下”・・・それを認識して行かんならん。
自分の智慧(日を知る事=智性の恵み=慧)として行かんならん。
そして、
それを知る一つの指標が“目上(めうえ)と目下(めした)”。
“目上(めうえ)”の心の発現とも言える事は、
大脳新皮質=四つの場(フィールド)=心の上の四つの場(フィールド)=田、
そやからそれは“思う”って言う字になる。
それは、
“目下(めした)”の脳=大脳の旧皮質と古皮質しか持ってない動物から、
人(日止、霊止)へ進化してきた過程と観察されるやん。
そやけど・・・進化って言うのんはそう言う見方はされてない。

そやから、そう言う点でも
これからKellyさんが自分の為にも考えなアカン事。
今後のKellyさんは、
二年数ヶ月、先生と話した事を自分の智慧として、
ほんでからに自分の考えや、
行動(思惑の顕現)の指標にして行く。

そうするべきやから・・・これから感じた事をこのブログで整理して行きまんねん。

ほんでからに・・・ネットで検索してたら、
“日月神示”のほぼ全文が公開されてるのをKellyさんは知ったやん。
まだ全部読んだ訳や無いんやけど・・・
ほんでからに、
先生との会話の中でもKellyさんは気が付いた事があったやん。
キの御用とかミの御用とか・・・
それと、先生の解釈・・・先生との話の中で出て来た先生の我田引水な解釈。
それをヒントに、
“日月神示”の解釈を先生と話そうと思うて・・・
その事も先生と話したんやけど・・・
先生曰く・・・

“Kellyの認識は随分高まったんだから、
Kellyが一人でやってみたらいいんじゃない?”

・・・って、言わはって・・・

それはちょっと冷たいような言い回しやったんやけど・・・
それは先生がKellyさんの事を信じてるから、
Kellyさんの認識を信じてるから、そう言う言い回しをしたんやと思いまんねん。
ほんでからに、あんまり違う解釈をしたら先生はアドバイスするって言うてましてん。

ほんでからに・・・こうも言うてはった。

“解る事から解釈をして行くのが、
本当の事を求めて行く為の手段だし、
そして、アタシとKellyは、
“日月神示”を伝えた存在と同じ程度の霊的成長度を持っている訳じゃ無いからね。
最初から何もかも完全に理解するなんて事は出来ないんだから、
やれるところからやってみればいいんだよ。”

・・・そう言うてはった。

そやからこのブログは、
Kellyさんの事象の観察と認識・・・
平たく言えば、Kellyさん的に感じた何か・・・
ほんでからに・・・
先生は、低い事象の事を話したくないって言うてはったけど、
先生の心は、案外ウジ虫やから・・・
きっと又、
色んな話を場当たり的にKellyさんにして、
愚痴を垂れたりすると思いまんねん。

ほんでからにもう一つ、今、言うたみたいに、
Kellyさん的“日月神示”の解釈をして行こうと思うてまんねん。

ほんでからに“日月神示”の解釈に使わせて貰うんは・・・

公開されてる“日月神示”のファイル

このファイルを作られた方のホームページ


・・・膨大な作業に敬意を表し、感謝でんねん。

ほんでからに、
前に先生と話した先生の“日月神示”の解釈・・・
主なものを述べれば・・・

ローレンツ力と ○=ローレンツ力と“曲霊(まがつひ)”
○=場(フィールド)、荷電粒子の場(フィールド)であり、それは心(靈)を示す。

 
ウズ 右往左往、左往右往(サイクロトロン)=渦・・・
肉体内、骨髄中の鉄分子が磁性を持つ事によるローレンツ力・・・
それによる荷電粒子の回転。
渦巻き 右 回転=右回転は、
腹の段階の心の発現(軍荼利明王、荼枳尼真天の“荼”)から、
“下”に向かう事。

渦巻き 左回転=左(日足 ひたり)回転は、
腹の段階の心の発現から“上”に向かう事。
それが本当の進化の意味=人(日止、霊止)の神格化。

ほんでから・・・

“一”=1番目のオーラと、創造主の事。
“二”=肉体・・・動物と共通の部分
ほんでからに、“二”に(たて棒、コン)を足すと“土”、
“土”=2~3番目のオーラを示す事と肉体。
ほんでからに、
“三”=人(日止、霊止)のオーラの構成。
動物にはほとんど“一”=智性=1番目のオーラが観測されへんかった事。
それは、
人と動物の違い=霊的成長度の違い=進化程度の違い=心(靈)の発現の違い・・・
・・・そう言った事が、
心(靈)の動き=行動=思惑の顕現の為の“力”の使い方とか、
何かを求める動機=愛(炁)の顕し方とかになって行く事。
ほんでからに先生の“王”の解釈、
“王”は、
人(日止、霊止)のオーラ“三”に、(たて棒、コン)を加えた字。
三つのオーラを縦に繋いだ様子・・・
ほんでからに“王”の字にローレンツ力を足すと、
“玉(ぎょく)”になる事など・・・

更に、○  九 十 =まこと・・・
○ は、場(フィールド)、荷電粒子で出来た靈そのもの。
九と十は、卆(そつ)・・・最後の仕事という意味を持つ事。
九と十は卆・・・最後の仕事・・・神の思惑の顕現としての最終段階。
それが、心(靈)+物質・・・肉体を持った人(日止、霊止)。
ほんでからに九と十・・・“卆”。
ほんでからに卆は、
“玉(ぎょく)”=翡翠(ヒスイ)・・・翡翠(ヒスイ)は翡翆とも書き、
この翡翠の“翡”は、非と羽・・・
これは胸の自省(胸の磁性“十”)を示す。
そやからそれは“直日(なおひ)”でも有り、
“観自在”・・・自分の在り方を観る・・・でもある。

ほんでからに先生的解釈の身魂磨きとは、
肉体内の帯電するミネラルの結晶化。
結晶化したミネラルの電気特性が高い振動と感応共振し、
増幅され、
高い振動の場(フィールド)を構築して行く。
それは主に骨髄中の鉄分子・・・そやから骨が“行と修行”で固まって行く事そのものが、
真(真固止)。
そやから真(真固止)の為の行・・・その為の苦痛や試練・・・
それは生体内電流の強化で有る事=“行と修行”の意義。
ほんでからに、○ 九 十の ○ は、
場(フィールドでもあり、
荷電粒子で出来た靈そのもの。
そやからこそ、
人の感覚と認識、それは電磁波の受信。
それは心(靈)が感じて認識して行く何かで有る事。
ほんでからに感じた(受信)して、
それを自分の思想にするとかは、
認識した事象に、
自分の思い(心、靈、の四つの場(フィールド)、大脳の新皮質)・・・
その要素を加えて、
発振、発信するのがオーラの側面。
そして時間の進行と共に新しい事象を作っていく。
それが創造・・・神から託された仕事・・・
そして神は愛やから・・・人の良い形を望む・・・
それが“うれしうれし”とか“大歓喜”とか・・・

色んな話を先生としたやん・・・そやけど先生は、
あまりにも“日月神示”の解釈を、
はしょりすぎたと思いまんねん。
いきなり結論みたいな事を言わはった・・・
それは、特別神憑り=太陽凝視・・・
ほんでからにそれは、九部通りしくじる・・・
(“上”の思惑の顕現・・・“天の御目” 参照)

そう言う事が“日月神示”には書かれてはるって先生は思うてはる。
それを証明する為にも、
“日月神示”を先生の解釈を交えて解読する。
それは必要な作業やと思いまんねん。
余談やけど・・・先生の治療院の待合室には、
“日月神示”の解説本も何冊か置いてあって、
先生はそれを読んだし・・・Kellyさんも読んだんやけど、
それは言葉の解釈しかしてないように思う。
そやから・・・ちょっと物足らんかったやん。
その感想・・・そう言う話もした・・・
そやからこそKellyさんは“日月神示”の解釈をして行きたい。
ほんでからに、
先生との会話では説明出来へんかった先生なりの解釈も、
少し教えて貰いましてん。
きっと又、なんか受信して閃いてまんねん。
ほんでからに・・・
先生独自の“日月神示”の解釈は、
“日月神示”の解説本には書いて無い事やと思う。
そやからそれは、
先生が34年・・・4月から35年目に入る太陽凝視の結果、
それで得られた認識が、
先生の我田引水とも言える解釈になってるんやけど、
そういった事を材料にして、
Kellyさんは“日月神示”の解釈をして行こうと思うてまんねん。

・・・っちゅう事で、前置きが長くなったんやけど、
これからそう言う趣旨でこのブログをアップして行きまんねん。
今後もよろしゅうに・・・でんねん。

by (パチモン)Kelly

Kellyさん、先生と瀧原宮に行き、場当たり的な会話をする。

・・・この間、突然先生から電話があって、

“瀧原宮に行くから一緒に行こみゃ~~”
・・・って言わはったから、
4月23日に行ったんやけど・・・久し振りに先生と色々話をしましてん。

その時に話した事をかいつまんで紹介しまんねん。

まず・・・瀧原宮に着くまでに車中で話した事として・・・

「この間YA君が、
“腰が痛いもんで鍼うってチョ~”・・・って、
うちの治療院にやって来て、その時に話した事なんだが、
それは・・・YA君が見た夢の話。
今から行く瀧原宮に関わっている話なのでちょっと話す。」
「そうでっか・・・どういう夢やったんでっか?」
「それは・・・お父さん(太陽凝視を教えてくれたKさん)が、
久しぶりにYA君の夢に現れて、
今度、瀧原宮で節分のお祭りをするから、
一緒にその支度をするって言う夢だったらしいが、

その時にお父さんが、

“この幕をここからここまで張って、
そして、
○○結びで結んで置け!!”

・・・ってYA君に言ったらしいんだが・・・

通常、神社のお祭りに紅白幕を張ったりする。
青と白の幕もあるようだけれどもね。」
「それは慶事のときに張る幕でんな。
白黒の幕はお葬式とかに張る幕でんな。」
「そう・・・Kellyは神主の孫だからそんな事は良く知っているね。
その幕の縦縞って言うのは意味があると思うんだが・・・」
「それも振動を表してるのとちゃいまっか。
縦縞模様は“上”から“下”って事かも知れへんし・・・
ほんでからに、
幕を張るって事そのものが、場(フィールド)って事で、
それは一種の結界になるのとちゃいまっか。」
「うん・・・その通り・・・そう思うよ。

今はその儀式だけが残っている感じで、
その意味を宗教に携わる人は理解していないだろうがね。」
「そうでんな・・・
その意味を理解してへんと、
現在の宗教は霊的成長って事に結びついてない・・・
まさに形骸の宗教儀式でしかあらへんな。
そやけどそんな事を先生と話し出したら、
又・・・長い話になりまんな。」
(そんな低い事象の話はしたくないって言うてはったし・・・)

「話を戻していいかな?」
「はあい。」
「大体、その紅白や青白の幕の両端には、
紐が付いていて、
“もやい結び”とか“巻き結び”とかで、
幕をピンと張ったり柱に固定したりするらしいが、
その“○○結び”って言うのが、
YA君の聞いた事の無い言葉だったようで、
その時、夢の中でYA君は、

“○○結びなんて知らんがね!!もっと解り易く言ってチョ~!!”

・・・って意味の事を、お父さんに言って、
その時にお父さんは、

“そんな事も解らんのか!!何年神主やっとるんだ!!馬鹿者!!”

・・・そう言われたらしく、それから喧嘩になった・・・
そう言う夢を見たらしい・・・

それに付いてKellyはどう思うかな?」
「・・・今、YAはんは・・・
言うたらなんやけど・・・
ちょっと怠惰な生活を送ってるやないですか。
それは神主をやめて何年にもなる・・・
前に籍を置いていたあの大きな神社では、人間関係で悩んではった。
ほんでからに今、鬱になってはる。」
「そうだね。」
「その理由って言うのんは、
YAはん自身が自分が子供の頃からやって来はった事、
それは神格化の為の太陽凝視と電気行・・・
そう言う自分をしっかり認識してはる。
そやけど普通、
神主さんには自分の神格化の為の行なんて概念は無いやろな。
それがイヤやったのかも知れへんし・・・」

「うん、
今、宗教に携わっている人全般に云える事だが、
神主だって所詮、給料を貰う為の職業でしかない。
多分、YA君はその事にも嫌気が差していたんだと思う。」
「生真面目な人やからな・・・ほんでからに鬱になった。
(この世界が嫌いになった先生と一緒やな。)

そやから毎日憂いて・・・
自分がやって来た事とか、
自分の価値感とかと現実って言うのんは、すごく違うやん。
そう思うてはったんやろな。
そやけど・・・その中で自分の在り方ってもんを考えんとアカンやん。

本人はんには失礼やけど、
自分の仕事に嫌気が差して鬱になって、神主をやめはって・・・
ほんでから体調も悪くなって、
傷病手当で生活してはった。

そやから、
自分の健康を考えるなら・・・体調が悪いと思うなら、
その上での自分の在り方・・・それを考えんならんやん。

今のYAはんは、
酒と煙草もやってはって、太陽凝視もたいしてしてへん。
イヤになったからって言うのは言い訳でしかないんやろけど・・・
ほんでから、
自分はたいした事をして来たって言う自負もあるようやし・・・

そやけど・・・
そのたいした事をして来たって事を振りかざしてるから、
低い霊的成長度の人=周囲の人との人間関係・・・
上手くやって行けへんって事もありまんな。
でもそれは、自我の肥大から、
周囲の事を卑下していたって事でもありまんな。
ほんでからに夫婦仲も悪くなったやん。
それもあって・・・自分の人生を憂いてはる感じやな。」
「そうだね。」
「そやから・・・自分が(霊的に)高いって思うたなら、
やって来た事だけを自負する・・・その事自体が正しい在り方やおまへんな。

自分がたいした事をして来た=長年の太陽凝視や電気行をしてはった。
それは・・・YAはんは先生なんかよりもうんと霊的に高いって事を、
先生は思うてる。
実際そうなんやろな。

そやけど・・・自負・・・そう言う思いに囚われる事自体が、
YAはんがちょっと若いからやな。
まだ、
肝=“いきり立つ心(奴と心)”のエネルギーが支配してる段階の、
心(靈)の成長期間って事でんな。」
「そうだね。」
「そやから・・・
前に先生が霊能力を発現してた時期に、
オーラの観測をしたり主護霊はんの名前を見たりして、
YAはん自身が、
自分は霊的に高いって事を自分で知ってはる。

それは自負出来る事とも言えるやろけど・・・

そやからやけど・・・
その霊的成長の苦難とか=行の苦痛とか、
認識の変容の体験の無い人には理解出来る訳がない。
これも変圧の過程って言うのんが有りまんな。
あんまり霊的に高い人の体験や思想って言うのんは、
他者には伝わり難いやん。
でもそれを示したいって思うのは、
今の話・・・自我の肥大でしかないやん。」
「そうだね。」
「結果、自分の思いが他者に伝わらんって事にもなる。
自分の思惑通りの世界では無いって事になる・・・
そやからこの世界が嫌い・・・鬱になる・・・

特に今の世界って言うのんは、
低い心(靈)の発現の人が活躍する失敗の世界やから、
(“玉石混交(淆)”・・・霊的成長度の低い人のほうが多い場(フィールド))
その事そのものがそれは、
神さんの右往左往から左往右往になる・・・そやから失敗を体験せんならん。
ほんでから今後の世界は、
失敗を体験したからこそ、
自分達の在り方をしっかり考える人の世界に成るとも言える。
それが・・・アセンションの意義って事やって先生と話したけど・・・

そやけど・・・ちょっと話が横道に逸れましてん。」
「うん。」

「そう言う点で、
そのYAはんの現状は、
ただ憂いてる・・・悲しんではる・・・そやからイヤになってる・・・
しかしそれではアカンやん。
それは感覚優先の物の見方でしかない。
そやから憂うばかりになる・・・
いやな事象に心(靈)が囚われる・・・
そやからこそ、お父さんが夢に出て来はったって事でんな。」
「うん、そうだね。」
「ほんでからにその夢にはメッセージ性があって、
幕を張る=そのお父さんのオーラが構成する場(フィールド)って事で、
それはその思想そのものって言うてもエエ事でんな。
それと結び合っていない・・・
その事を、
太陽凝視を極めたと言えるKさんは、
息子であるYAはんに言いたかった。

そやからKさんが言うた、
“○○結び”が、
YAはんには理解出来へんかった。
それは受信してないって事でもあるし、
実際、
お父さんがYAはんに託した思い・・・
それを今、YAはんは見失ってはる・・・そう言う風に思えまんな。」
「そうだね。

夢で何か教えるって言う事は・・・

とかく“上”の思惑って言うのは、
こちら側に伝わる際に解りやすい表現をとり、
それが夢だったりもするんだが、
今のKellyの解釈は大体正解だと思うよ。
現にYA君は現状をとても憂いていて、
Kellyもそれを少し知っているし、
そしてそれは、YA君自身の左往右往の行とも言えるんだが、
その時に陥り易い事として、
今、Kellyが言ったみたいに、
自分を憂いているばかりになる事もあったりする・・・」
「それは・・・先生にも体験が有る事やからそう思えるんやな。」
「うん・・・失敗を沢山して来たからね。
だから今でもアタシはこの世界の事は大嫌いだし、
しかしそれだからこそ、
自分の在り方を考えなければならないって考えを持っているんだが・・・
そう言う考えに成るまでには・・・相当苦しんだとも言えるね。
何回も自殺を考えたりもしたし・・・人を信じられなくなった事も沢山ある。
しかしそれは、
結果として自分の認識を高めていく為の事象でしかないって事だ。
そこで少し間違えると、
悪魔の囁きが自分の心(靈)を支配したりもする。」
「今の苦難を試練と考えへんって事でんな。
そやから人は左往右往の行に入ると・・・人生で失敗して心が折れると・・・
それは、先生流に言えば、
肝=“いきり立つ心(奴と心)”が中心の心(靈)から、
脾=“思う、憂う”・・・そして、
肺=“悲しむ”って心(靈)の発現になって行く。
それをせんと、
“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の発現になって行かへんのやけど、
その時に自分の心(靈)の在り方で起きる霊的干渉って言うのんは、
現状を憂うばかりの思いに囚われて、
自分の人生に価値なんか無いって思うたなら・・・
色々、浮游霊に取り憑かれて、
酒飲んだり煙草吸ったり博打に走ったり美食したり風俗行ったり・・・
色々あるけど・・・
それは、忘れたいって思いでんな。」
「うん・・・それもあるね。」
「ほんでからに、
“いきり立つ心(奴と心)”の心(靈)が折れた時やからこそ、
そう言う人は自殺したりするやん。
“悪”の存在の思惑はそう言う事もありまんな。
“悪”の霊団の浮游霊を増やす・・・そして現象化させる。

ほんでからに今、その思惑に嵌まってる人が多い。
これからも多くなるやろな。」
「そうだね。
これから地球人の多くは失敗を体験し、
そして左往右往の行をして、
今後の自分の存在の在り方を真剣に思わされるって事になる。
それは、
生きている死んでいるに関わらず体験しなければならない事だ。
無論、生きている間に認識を得た方が良いに決まっているが・・・

そして、今Kellyが言ったように、
“悪”の存在の思惑は、
貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)由来の心(靈)の動きの場(フィールド)を構成して行く事だと思えるし・・・
地球をそう言う星にしたい・・・って事だ。
だからこそその“悪”の思惑を理解して、
自分の在り方を考えるには、
やはり、肉体を持っているうちに考えを変えないといけないし、
それは肉体が“上”の振動を受信するのに好都合って事もあるからだ。」
「受信する構造・・・神経と骨髄中の鉄分子による磁性・・・でんな。」
「うん・・・敢えてKellyに言うまでも無い事だったね。

そして左往右往の事象・・・まだそれが始まったばかりなんだけどね。
これから加速的に増えていくからこそ、
醜い事象は増えて行くだろうけど・・・」
「そうでんな。
そんなニュースばっかりでんな。
そやけどそんな事に心(靈)が囚われていたなら、
自分の良いカタチを考えて行かれへん。
ニュースやワイドショーで色んな事を取りあげるだけ・・・
それを感覚優先の心(靈)で見てはったなら、
只々この世界がイヤになる。
それも“悪”の存在の思惑の顕現とも言える事でんな」
「そう思うよ。
だからこそ自分の心(靈)の在り方って言うのが、
“上”の振動を取り込むのか、
“下”の存在と感応共振して自我の肥大になるのか・・・
自己観察がとても大事って事だね。」
「それは先生の概念での、
“善(神格化の方向性と智性の受信)”と、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”でんな。
ほんでからに左往右往し始めたときは自分の人生を憂う・・・
そやからそこで自分の在り方を考えんと、
“悪”の存在の思惑を取り込んで、自分がダメになるやん。
その事を“上”と結ばれてない・・・YAはんから見たら=受信したら、
結び方が解らへんって事になった。
その事をお父さんは、
夢で、YAはんに示したんやろな。」
「そうだね・・・良い方向に行くといいね。」
「そうでんな・・・」


☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀


先生とKellyさん・・・瀧原宮に到着。

「先生は何時からこの神社に来てはるんでっか?」
「実はうんと若い頃、
23歳くらいの時かな・・・それは今から約30年位前、
この近くに藤坂峠って峠があって、その峠を自転車で超えた事がある。
藤坂峠って言うのは野性の藤が沢山あるからそう呼ばれているらしい。
後からそこも行ってみよう。」
「はあい。」
「そしてその峠を降りて、
南島町阿曽浦の民宿で泊まって、
いっぱい飲み食いして帰って来た事がある。
その時は、瀧原宮の前を素通りしただけだった。」
「なんやしらん・・・縁があったんやな。」
「そうだろうね。

それから、太陽凝視を教えてくれたKさんと葬儀の仕事を一緒にしていた頃、
それはアタシが30歳くらいの時かな。
その時、会社の連中とKさんと、
熊野まで慰安旅行のつもりで行ったんだが、
その帰り道にここの前を通り、
Kさんがこの神社は特別な意味があるのでは無いのかって気が付いた。
そして参拝してみたら更に特別な意味が有る事を知った訳だ。
それ以来、時々ここには来ているよ。」
「なるほど・・・
若い頃の先生は、只、素通りしただけやったんは、
それは気が付かへんやった。
霊的に鈍かったって事でんな。」
「そうだね・・・その通りだと思うね。
そしてその時はまだこの神社の秘密を知る霊的成長度ではなく・・・
それは知る資格を持っていなかったって事だと思う。」
「そうやな。」
「だから、
アタシ的にはここで祭られている祭神そのものに意味があると思うからね。
それをKellyに知って貰いたくて今日ここに来た。
その前に瀧原宮の事に付いて少し説明しておく。」
「はあい。」

「瀧原宮は皇大神宮の遙宮(とおのみや)とされてる。」
「皇大神宮・・・お伊勢さんの内宮の事やな。
ほんでからにそれは、
天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)、
あるいは皇大御神(すめおおみかみ)=太陽の事でんな。」
「そうだね。
そして瀧原宮の祭神は、
天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)だとされている。」
「天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)と、
天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)・・・
この“坐”に意味が有るんやな。」
「うん・・・だからこの字を見たらKellyにはすぐ理解出来ると思う。」
「“坐”・・・
“土”の上に、人が二つ・・・
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)・・・
それが“土”の上に左右に二つって事でんな。
これは砌(みぎり)と日足(ひたり)で、
ほんでからに“土”=肉体の“上”に有るんやから事象の創造って事でんな。」
「そうだね。
だからこれから参拝するんだけれど、
その参拝する順番は決められていているんだ。
まず・・・順番にお参りしてから、又、
話をしよう。」
「はあい。」

瀧原宮参拝の順番を示す立て札 ↓

瀧原宮参拝の順番を示す立て札


Kellyさん→  [賽銭箱] ◎⌒⌒ ヾ( ̄0 ̄ ) ・・・チャリ~~~ン・・・
(-m-)” パンパン・・・(*・人・*)ウニャウニャウニャ・・・
(男運男運男運・・・と願ったかどうかは・・・定かでは無い・・・)

先生→  (´-ω-)ノ ⌒⌒◎┃賽銭箱┃・・・チャリ~~~ン・・・
(-m-)” パンパン・・・(○`人´ ○) ゴニョゴニョゴニョ・・・
(若いネーチャン×3・・・と願ったかどうかは・・・定かでは無い・・・)


「今見た通り、
向かって左から、瀧原竝宮(たきはらならびのみや)、
祭神は、天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)の、
“荒魂(あらみたま)”、

そしてその右、一番最初に参拝したのが瀧原宮(たきはらぐう)、
祭神は、天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)の、
“和魂(にぎみたま)”、

そして、三番目に参拝した若宮神社(わかみやじんじゃ)、
ここまでの社は南に面している。

そして向かって右側に、
今挙げた三社と向きが違うんだが、
四番目に参拝した長由介神社(ながゆけじんじゃ)と、
川島神社(かわしまじんじゃ)は、西に面している。」
「そうやな。
ほんでからにそれは“上”から観たら、
カタカナのアの上半分みたいでんな。」
「そう、そう言う意味もあると思うよ。
だからそれは一番最初の何かとしての“亜”が、
こちら側から見て向かって右に移行しているみたいなもんだ。
(Kellyさんが、“日月神示”の解釈をして行くに当たって・・・考えた事。 参照)

そして参拝するのに順番がある事に付いて、
Kellyはどう思うかな?」
「これは・・・
真ん中の社が、
天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)の“和魂(にぎみたま)”、
ほんでからにその左に、
天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)の“荒魂(あらみたま)”、
瀧原竝宮(たきはらならびのみや)・・・
この“竝(ならぶ)”って言うのんは、
並ぶの旧字でんな。」
「そう。」
「そやからこれは立つが二つ並んで“竝(ならぶ)”
これは、人の肉体が持つ左右の極性の事でんな。
同時にこの立つ二つの“竝(ならぶ)”って言うのんは、
エネルギーの上昇を示してまんな。
“下”から“上”に立つんやから。
そやからこれは日足と砌(ひたりとみぎり)でんな。
ほんでからに人(日止、霊止)は、
砌(みぎり)と日足(ひたり)の極性を持っているから、
右往左往と左往右往する。
それが又、“荒魂(あらみたま)”の意味である神の祟り・・・
“神の咎め”って事やから、
そうやって砌(みぎり)と日足(ひたり)のエネルギーを上昇させて、
それは、自省(胸の磁性“十”)の行をするみたいなもんでんな。
そうやって心(靈)が“上”に行く・・・
そやから、
肉体の磁性によるローレンツ力で“竝(ならぶ)”って事でんな。
ほんでからにそれは、
段々“上”の心(靈)の顕現をして行くって事でんな。
それが又、肉体を持っている事の意味でも有りまんな。

そやからそれを表してるのが、
瀧原竝宮(たきはらならびのみや)で、
瀧原って言うのんは、
瀧は“上”から降り注ぐ様って事やないんでっか?」
「そう思うよ。
“上”から注がれる振動そのものを瀧=滝の如くって事だと思うね。
そして大体この近くも多気郡って言うくらいだしね。」
「なるほど・・・多い気・・・
気って言う字も旧字は“氣”・・・
これは、丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と、
“三”=人のオーラの構成と、
乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)でんな。
ほんでからに“米”・・・これはKellyさんがこの間ブログに書いたんやけど、
“コ”=凝り固まる、凝集する。 それは真固止の固でもある。
“メ”=蒸し出された生命の芽。 そしてそれは目、
心の目・・・ 観察と認識って事って事でんな。

ほんでからに、气部(きぶ)と米で“氣”って事になるやん。」
「うん、そうだね。」
「ほんでからにそれは、
真ん中の社=“和魂(にぎみたま)”で、
その向かって左は丿部(へつぶ)の意味でもある、
前に先生が言うてはった丿部(へつぶ)の説明、


“丿部(へつぶ)、右から左に曲がるって云う意味があり、
それは、物質化した生命、
その進化した段階を人(日止、霊止)と呼ぶ。
それは、こちら側から見れば右から左・・・
砌(みぎり)から日足(ひたり)・・・それは、
物質的肉体の発現から心(靈)の発現・・・”
(思惑と顕現 “その十一” “上”の思惑の顕現・・・“天の御目” 参照)

そう言う事でんな。
そやからこの参拝の順番そのものが、
右から左に降りる・・・それは神さんの思惑が“下”に垂れた様で、
神の思惑の顕現でも有りまんな。」
「そうだね。
だからこそ“和魂(にぎみたま)”と“荒魂(あらみたま)”の違いがある。」
「それもまた、“和魂(にぎみたま)”=創造の思惑で、
“荒魂(あらみたま)”=人(日止、霊止)が創造する事象って事やな。」
「そう。
そして残りの社、
真ん中の天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)の“和魂(にぎみたま)”の向かって右にあるのは・・・」
「それが、若宮神社でんな。
若い=砌(みぎり)のエネルギーの芽生え=クサカンムリでんな。
ほんでからにそれは“宮”・・・“呂”と、
宀(うかんむり)=頭でんな。」
「そう、そして西向きに面している長由介神社(ながゆけじんじゃ)と、
川島神社(かわしまじんじゃ)・・・
これはどういう意味が有るんでっか?」
「長由介神社(ながゆけじんじゃ)の祭神は、
瀧原宮の御饌(みけ、食物)の神とされてる。
そして、“長由介”が長生きと同義らしく、
長生きの神であるとの民間信仰があったようだ。」
「なるほど・・・御饌(みけ、食物)・・・物質の吸収って事でんな。
ほんでからに長く生きて沢山の認識を得なければならない・・・
それは幸福の概念やな。
生きている間に神さんに近付くって事でもありまんな。」
「そうだね。」
「川島神社はどう言う意味が有るんでっか?」
「それが調べてもその命名の由来ってのはアタシには解らなかったんだな。
だからこの字を見て解釈すれば・・・」
「川島の川・・・丿部(へつぶ)+(たて棒、コン)×2でんな。
それは丿部の意味である神の思惑の顕現は、
“上”から“下”に降り、
ほんでからに段々右に顕現・・・現象化。
“上”から“下”=(たて棒、コン)・・・そう言う事でんな。
ほんでから川島の島は、場(フィールド)そのものの感じでんな。」
「うん・・・そうだと思うが・・・アタシたちの考えや解釈は一般に通用する物ではない。
だからあまり人に話さないほうがいいかもしれないね。
アタシ的にはKellyに知っておいて欲しかっただけだ。」
「そうやな。」
「そしてもう一つ・・・知っておいて欲しい事として・・・

内宮=天照皇大神は、
こちら側から見た太陽って解釈をしている。」
「物質の世界から観た太陽って事でんな。
それに引き換え、
瀧原宮の天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)は、
今の話、“上”の思惑の顕現そのものって事やから、
意味合いが違いまんな。」
「そう、思想としての太陽と、
地球にエネルギーを降り注ぐ太陽の、
二面性みたいなものかもしれないね。」
「それも太陽の左と右、
日足と砌(ひたりとみぎり)の要素みたいなもんでんな。」
「そう・・・
そして、その物質の世界の太陽=内宮の天照大神の神話、
天の岩屋戸は自分の肉体に太陽の振動を取り込む事なんだって話をしたね。
(エピローグ 神の思惑の顕現 参照)
それは人から観たら精神性でもあり、
それが霊的成長でもあり、それに対し物質の・・・」
「それは外宮でんな。
豊受大神宮でんな。
祭神は豊受大御神(とようけのおおみかみ)・・・
豊か、
受ける=受信、感応共振、
大=人+胸の磁性“十”・・・
そう言う意味かも知れまへんな。
そやからそれは人の場(フィールド)から見た神さんが、
日足(ひたり)=天照大神=内宮で、
砌(みぎり)=豊受大御神=外宮って事で、
内宮に対し瀧原宮は、
物質の世界の太陽に対しその“上”の太陽とも言い得る事でんな。」
「そう・・・その事もKellyに知っておいて欲しかったんだ。
よく気が付いたね。
そして余談だが・・・物質太陽=天照皇大神、
霊的太陽=天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)・・・
更にその“上”の太陽もあると思う。
但しそれは、
(地球人としての)人(日止、霊止)の世界に、
現時点、示されていない。」
「そうなんでっか・・・
いつかその事を知る霊的成長度に達する事を・・・
誰もがせんならん・・・
今はその事を知る資格がないって事でんな。」
「そうだね。

さて・・・
今日知っておいてほしかった事は大体話した。
後は伊勢芋のトロロうどんでも食って、
それから藤坂峠の頂上まで行って帰るとしよう。」
「はぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~い!!!!!!」



瀧原宮
瀧原宮


瀧原竝宮
瀧原竝宮


若宮神社
若宮神社


長由介神社 川島神社
長由介神社 川島神社


藤坂峠から南島町方面を望む
藤坂峠から南島町方面を望む1


藤坂峠から南島町方面を望む
藤坂峠から南島町方面を望む2


藤坂峠の野生の藤
藤坂峠の野生の藤


藤坂峠の途中で咲いていた石楠花
藤坂峠の途中で咲いていた石楠花


おまけ、23歳の時の先生、藤坂峠の頂上にて。
23才のときの先生 藤坂峠にて





先生の太陽凝視に付いて・・・メールで質問を貰ってまんねん・・・

前のブログの時にもあった事やけど・・・
太陽凝視に付いて、色々尋ねられる事がある・・・

それは、
興味本位の質問やったり、
正直・・・とろくさなってまって、
答えるのがタワケらしいって事もあったらしいやん。

そやけどその中で少数の人は、
太陽凝視に対して真剣に考え・・・
そう言う視点で訊かれる事もあったり・・・
それは、
質問する人により(質問する人の認識の程度=霊的成長度により)・・・
まちまちでんねん。

ほんでから、
メールだけや無く、直接会った人からもそう聞かれる事が多い・・・
いちいちそれに答えてたら、結構、手間が掛かるやん。

そやから・・・それにお答えしときまんねん。

質問は・・・大体、以下の内容やねんけど・・・

具体的に太陽凝視って言うのは何をするんですか?
太陽凝視の方法を教えてください。
どんな太陽凝視ですか?
一日どれ位してますか?

ほんでからさすがに・・・先生は不食ですか?・・・って質問は無かったけど・・・

これは、太陽凝視のやり方みたいな質問やな。
その意味とか意義とかは・・・訊ねられてない段階の質問やな。

そやから今回は、先生が今まで、
どんな風に太陽凝視をして来たのかをお伝えしときまんねん。

そやけど、
具体的な太陽凝視のやり方と、どれ位やっているのかは、
前のブログにも書いて有るんやけど・・・それは、

“あの長い文章を見てくれてないって事だね”・・・って、
先生は言うてて・・・

今、太陽凝視に興味を持ってはるなら、
ほんでから、
ほんまに自分自身が太陽凝視に対し、
価値のある何かを求めようとするなら、
せめて、
あの長いブログを全部読んでから質問してくれはったなら、
それは・・・
先生としても嬉しい事なんやろけど・・・

多分、
太陽凝視で検索して前のブログやこのブログに辿りついて、
そして、
質問やメールくれはる事自体が、
なんでも簡単に知識や知恵を得ようとする・・・
それは、インターネットの利便性でも有るんやけど、
それは・・・その事自体が、

“何かを真剣に・・・真摯に追求する姿勢を失って行く事だね”

・・・って、先生は嘆いてはった。

それでは価値のある何かを獲得するなんて出来へんやんか。

価値のある何かを獲得するのに、
どれ位自分のエネルギーを贖ったか・・・

自分達の霊的成長を望んではる存在は、
それをいつも見守ってて、
ほんでからに、よう頑張った人にしか、
通信を送るって事をせんし、
高い存在が持ってる“力”を加える事は、
せんって事でんねん。

それは簡単に言えば、
“上”からの許可が出ないって事でんねん。
ほんでからにローム太霊さんの言葉、

苦に苦を重ね苦を求め更に苦を求めるのだ、楽を求めてはいかん。 ”
・・・でも、

そう言う意味の事を言うてるって事でんねん。

そやから先生と前に、“術”に付いて話をした。

その時に、
ローム太霊講話集の中のローム太霊さんの言葉でもある、
“法(のり)”とか“條(じょう)”・・・
それは“力”としての術の獲得の仕方と、
使い方の基準を獲得したって事でんねん。
それに付いては、とても大事な事やとKellyさんは思うから、
前のブログの記事、

思惑と顕現 “その六” 軍荼利明王と荼枳尼真天・・・
思惑と顕現 “その七” 軍荼利明王の“荼”・・・荼枳尼の“荼”・・・

・・・を、よく読んで欲しいねん。

繰り返すけど、

自分がどれくらいのエネルギーを、
どういうつもりで、
贖う(あがなう)のか・・・

それをせんと“上”との霊的干渉は起きへん。

そやから、一言で言えば、
簡単に価値のあるもんは得られへん・・・
それは当たり前の事やし・・・そう言う事を知って欲しいんやけど・・・

いきなりそんな事を頭ごなしに言うても、
霊的に幼い人にとっては、
只、厳しく感じたり、
突き放されたように思うたりするやろから、
しょうがないけど・・・Kellyさんが質問に答えまんねん。

太陽凝視って言うのは、字の如く、
太陽を見詰め、睨む事。
出来るだけ目を見開いて太陽を連続して睨み付ける事が、
凝視でんねん。

認識の低い人は、
只、
太陽の方に顔を向けて光を感じる事だって思うてる人もいてるようやけど・・・
それは太陽凝視とは言わへん。
それは単なる日光浴でんねん。
凝視って表現されてるんやから・・・

ほんでから先生は18歳のときから太陽凝視してはる。
現在52歳やから、
太陽凝視は35年目に入ったところでんねん。
ほんでから、一番最初の先生の太陽凝視は、
18歳の時、
太陽凝視を教えてくれたKさんから、
太陽凝視の事を聴いて、
Kさんのオーラを観測して・・・自分もこんな風に成りたいと思った。

そやから始めたんやけど・・・

そやけど一番最初の太陽凝視は、
4~5分やったそうで、
それは、ヘタレで根性無しやったって事でんねん。(笑)
それから半年位してから・・・当時は学生って事もあり、
時間の制約があったから、昼間、自由になる時間があまり無く、
大体、一日、
2~3時間の太陽凝視をしてはったそうでんねん。

ほんでから、
学校が休みの時は5~6時間太陽凝視してはった時もあったそうやねん。

ほんでから段々長い時間の太陽凝視をするようになった。
そやけど若い時は、
遊びたいとかサボりたいとかの気持ちもあって、
途中・・・太陽凝視に対し・・・
“これは本当に自分にとって価値のある事なんだろうか?”
・・・って、疑問を感じたり・・・
色々迷った事もある。
その事も前のブログには書いてある。

そやけど今現在は、
先生自身にとって一番価値のある事やと思うてる。

そして・・・段々長時間の太陽凝視が出来るようになり、
そして、
太陽凝視が以前に比べ苦痛ではなくなってきてる。

今現在は、条件さえ良ければ、
それは、仕事などの用事がなく
更に、
高い振動が得られる空が青い時、
そう言う時は時間の許す限り、太陽凝視をしてはる。
今は、
一日中太陽凝視する事も良くあるそうでんねん。
ほんでから天気が悪いときは少しの仕事をして、
ブログの文章をパソコンに打ち込んだりしてまんねん。

そやからそれは、
先生が仕事をしながら、長時間太陽凝視する事を望み、
ずっとそれを望みつつ、生活してきはった。

それは、凄くエエ天気の時に仕事が忙しかったり、
仕事が無くってヒマな時に、天気が悪かったり・・・

なんでも最初から物事は上手く進まへん。

そういう時に、
自分の霊的成長と仕事の両立って事を考え、
今は、あんまり物も必要では無い。
金も沢山はいらへん。
そやから必要以上の収入を望んでない。
ほんでから、必要以上の金儲けは、
低い心(靈)の発現由来の事やって事も、先生は充分認識してはる。
そやから金儲け・・・そんな事にエネルギーを贖う(あがなう)ならば、
太陽凝視や電気行にエネルギーを贖うべきやと思い・・・
何年もそう思い・・・
それがある程度実現した=“上”から許可になった生活を、
今現在してはる。

そやから先生は今、たいして仕事をしてへん。
それでも食うのには困らへんくらいの収入はある。
それもさっき言うた通り、自分の生活の在り方を望んで、
“上”から許可が出て、
それと引き換えに沢山の金は入らんようになった。
それは、
自分の人生では、一体何を獲得するべきなのか?・・・の、
その答えと・・・良い形でもある。
ほんでから先生は、今のその状況にある程度満足してはる。

そやけど、話を戻すけど、
太陽凝視に比較的苦痛を感じなくなったとは言え、
大体3時間くらい連続で太陽凝視すると、
目を開けたまま失神する事があるようで、
その時に、
色んな存在との交流がある様やねん。
そうやって“上”からの通信を受けてるようでんねん。
それは、ここ数年で起き始めた事でんねん。

ほんでから、
先生は子供の頃から近眼で眼鏡をかけてはるんやけど、
必ず裸眼で太陽凝視をする。
それもお伝えしときまんねん。
それは、
眼鏡やコンタクトは一部の太陽の振動を遮蔽するからで、
ガラス越しの太陽凝視にも同じ事が言える・・・
それも知っておいて欲しい事でんねん。

ほんでからに、朝日や夕日だけの太陽凝視は、
太陽が送ってきている振動を、
地球の大気でフィルターをかけてる状態で、
そやから空は赤く見える。
そやからそれは、
人が感じる太陽の色そのものは、
空気の層が厚くなる事によって、
自分が獲得する振動の波長は、赤中心になる。
そやからそれは、
地球で獲得出来る太陽凝視の振動の一部しか感得しない。
太陽は、“上”から“下”まで、
色んな振動を送っているって事を、
理解して欲しい・・・って、
先生は言うてましてん。

そやからそう言う点で、
朝日と夕日の太陽凝視って言うのんは、
赤 橙 黄 緑 青 藍 紫の振動から言ったなら、
赤 橙 黄色・・・下三つのチャクラの強化になるとも言える。
そやから、
太陽凝視し始めの時はそれでもエエかも知れへんけど、
太陽凝視が進んだなら、
必ず真昼の白い光の時にもして欲しい。

先生はそう言うてはった。

そうやなかったならそれは、
心(靈)が獲得する振動が“上”の振動では無いって言うのは、
言い過ぎかもしれへんのやけど・・・
自分が“上”の振動を獲得したかったなら、
真昼の太陽凝視をするべきだ・・・って、
先生は重ねて言うてましてん。

そして、
春夏秋冬・・・その季節による太陽の振動の違い・・・
それぞれ送られてくる振動が違う事も認識して、
太陽凝視して欲しい。
一例を挙げれば、
春は、大体肉体を構成する為の振動・・・赤外線の波長が強い時で、
その時は、秋の太陽に比べ、
精神的な糧を得られる時では無く、
それは、
季節としての砌(みぎり)と日足(ひたり)があるって事でんねん。
それも何年か太陽凝視をして行くと、
段々、感じて行くものだって先生は言うてましてん。

ほんでから、
そう言う長い時間の太陽凝視の結果、
いつでも先生の顔は真っ黒やし、
先生の両眼は、
充血した血管が発達し、ほんでからに、
瞳の両側に黄班変性がある。
そやけど、別に物が見えん様になったとか、
見難くなったとかは無い。
ジジイになって最近は老眼が出始めてるけど・・・

そやからそれは、
前のブログに少し書かれてるけど、
長時間の太陽凝視をするって言うのんは、
それに伴う、
霊的資格が必要な事でもある。

極端な事を言えば、
霊的成長度が低い人は、太陽の光に当たっただけで皮膚癌になる。
そやから太陽凝視でも何でもそうなんやけど、
分相応って事を考えんならん。
その中で一歩一歩進んで行ったなら、
長時間の太陽凝視も出来るように成るやろから、
少しずつ時間を増やして、
そして、
自分の肉体の条件も良く観察して行って欲しい・・・とも、
言うてはった。

ほんでから、
太陽凝視を始めた当時は、
太陽の残像が残ってた事もあったけど、
今はまったくそんな事は無いって言うてはった。

それくらいの事はあるに決まってるやん。
“行と修行”なんやから・・・

そやから・・・先生の太陽凝視は、
具体的にはこんなところやけど・・・今回は冒頭にも言ったとおり、
具体的にどんな風にやって来たのかをKellyさんが話したんやけど・・・
それ以外にも、
太陽凝視をやっていく過程で色々疑問が湧いてくるもんやろ。

そやから何を言いたいかと言えば・・・

真剣に太陽凝視の価値を見出そうとする人(日止、霊止)は、
多分・・・先生の永遠の友人って事やろから、
そやから、
真剣に太陽凝視を追及したくって、
その上で何か疑問が湧いた人(日止、霊止)は、
メールなりコメントなりで質問して下さい・・・って、先生は言うてはったやん。

その事も、お伝えしときまんねん。

Kellyさん、チョ~極上ラブラブ中高年夫婦の御主人と、心(靈)の発現の段階に付いて・・・世間話をする。



・・・この間ちょっと思いつきで、
先生の顔見たりましょって思うて○○○療院に行きましてん。
そしたら先生は珍しく仕事中で、
その時、
チョ~極上ラブラブ中高年夫婦さんの奥さんの治療中でしてん。

チョ~極上ラブラブ中高年夫婦のお二人の事は、
思惑と顕現 “その十”
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔=マーラ(魔羅)”
・・・その思惑と顕現

・・・の、後半を読んで欲しいねん。

ほんでからに、
待合室で治療中の奥さんを待ってはった、
チョ~極上ラブラブ中高年夫婦の御主人に会いましてん。

その時に御主人と少し世間話をしましてん。
その時の事をかいつまんで紹介しまんねん。


☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀


「はじめまして、チョ~極上ラブラブ中高年夫婦さんの御主人はん、
Kellyって言いますねん。」

(およ~~~・・・ちょっと年食ってはるけど・・・エエ男やな。)

「こちらこそ、はじめまして。
Kellyさんのお噂はかねがね先生から伺ってますよ。」
「そうでっか・・・
どうせ、よう喋るとか売れ残りネーチャンとか男みたいな性格とか・・・
色んな所が垂れ下がってきたとか・・・
エエ事は言うてませんやろけど・・・」
「ハッハッハッ!!」
「チョ~極上ラブラブ中高年夫婦のお二人さんの事は、
前に先生と少し長い話をさせて貰った事がありまんねん。
それは、先生がお二人を観て、
お二人の事を、
心(靈)の発現が“上”に向かってはるって認識してはる。
そやからそれは、
お二人の人生が左往右往の段階に入ってるって先生は思うてる。
前に、
先生とそう言う事を中心に話をさせて貰いましてん。」
「そうでしたね。ブログを読みましたよ。」
「お二人の心(靈)の発現の段階って言うのんが、
人の進化過程=霊的成長って事でとても大事な事やから、
先生は話題にしたと思いまんねん。
ほんでからにお二人は互いの幸福を望んではる。
それは“上”の心(靈)の発現由来の関係でもあるって言う事で、
そやから先生は、
チョ~極上ラブラブ中高年夫婦ってお二人の事を呼んで茶化してはると思いまんねん。
(迷惑なこっちゃな・・・)

そやから、左往右往、
それは簡単に言えば、やってきた事を自分の認識=教訓にして、
今後の自分の在り方を考える・・・
それは、霊的成長の過程として必要な事でんねん。
そやからこそお二人の事を話題にした。
ほんでからにそれは、
先生もKellyさんも、今、そう言う段階の人生を送ってる。
そう言う点で、
先生とKellyさんとチョ~極上ラブラブ中高年夫婦のお二人はんは、
おんなじでんな。」
「・・・そうかもしれませんね。」
「そうでっせ。
そやからこそ先生は、お二人に小うるさい話をしはる。
それは共感を覚えてるって事でんねん。
ほんでからにそれは、Kellyさんもでんねん。
そやからKellyさんも、
機会が有ったらお二人と話をしてみたいと思ってましてん。

ほんでから、先生自身が勝手に思うてる事・・・
この○○○療院には、自分達の人生に付いて深く考えてない人は来ない・・・
左往右往の段階に入って無い人は先生と(霊)縁が無いって事で、
ほんでからそれは今言うた事ばかりの事やけど、
自分の人生に付いて深く考えていない・・・そう言う認識の人は自己奉仕者でんねん。

そやけどお二人は、そう言う人(日止、霊止)ではない。

それは、お二人の心(靈)は、自分達の人生から得られる認識・・・
今までの認識から、
違う認識を獲得し出してるって先生は思うてる。
そやから先生は根っからおせっかいやから・・・色んな話をする・・・
そうやおまへんか?」
「そうですね・・・随分説教されましたよ。」
「すんまへんな・・・
悪気は無いさかいに・・・大目に見てやってください・・・って、
別にKellyさんが、先生の肩を持つ事やおまへんのやけど・・・」
「それは、多分・・・
Kellyさんも私達と同じようにさんざん説教されたって事でしょう。」
「そうですねん、よう解りまんな・・・

そやから、先生のおせっかい・・・
先生は仕事柄色んな人に逢うんやけど、誰にでもおんなじ様な話をする訳や無い。
先生の認識が伝わらへん人には、
先生の認識自体を話す必要が無い・・・
それは、ちょっと傲慢ともいえる考えを持ってるとも言えるんやけど・・・

そやからチョ~極上ラブラブ中高年夫婦のお二人さんにも、
私、Kellyさんにも、
先生自身の認識のすべてって言うのんか・・・
先生が思うてる事のすべてを話していないって事なんやけど・・・
何でも話をしてる訳やないと思うんやけど・・・
先生は誰にでも良い方向に向かって欲しいと思う・・・
それは間違いのない事でんな。
そやから少しでも自分と霊縁の有ったと思える人(日止、霊止)には、
自分の考えを伝えたい。
そう言う気持ちでいると思いまんねん。
そやから人によっては、
チョ~おせっかいの小うるさいジジイって事になりまんねん。
小さな親切、大きなお世話でんねん。(笑)
ほんでからに、
チョ~極上ラブラブ中高年夫婦さんのお二人に、
そう言う話しをしたって言うのんは、
お二人と私は、
先生におんなじ様に扱われてるからって事でんねん。」
「そうですね・・・それは私も理解してますよ。
そして先生が、
お互いがお互いの幸福を望む・・・
その私達夫婦の中の良さを、
褒めてくれているって事を言葉の端々から感じる事はありますよ。
しかしそれは、
さっきKellyさんが指摘したみたいに、
茶化したり・・・皮肉っぽく言う事が多いですけどね。」
「重ね重ね・・・すんまへんな・・・
先生は元々へそ曲がりやけど、
ジジイになってきてどんどんひねくれてきてるから、
良い物を良いって表現する事を忘れてしもてる様でんねん。
そやから意固地な頑固ジジイになってきてまんねん。
そやけどさっきも言うたけど、
それは先生のお二人に対する評価でんねん。
ほんでからに、
先生がある程度お二人に心を開いてるからこそ、
茶化したり皮肉っぽく言うてると思いまんねん。

ほんでから先生は、
心(靈)の発現が“上”に向かっていない人(日止、霊止)とは、
口も聞きたく無いってところが有りまんねん。
そやから先生は、普通の心(靈)の発現の人が嫌いって事が有りまんねん。
チョ~極上ラブラブ中高年夫婦さんのお二人は、
そう言う扱いでは無いって事でんねん。」
「それはそう思いますよ。
時々、先生と、
今の政治家の不祥事や公務員の怠慢や・・・
今Kellyさんがおっしゃった普通の心(靈)の発現の人って事ですね。
そんな話をした事がありますが、
先生はそんな人なんか・・・
良い方向性に行く訳が無いって思ってるみたいですね。
自分も兄弟に公務員がいるから、
得に今の公務員の怠慢には腹が立つんですけどね。」
「それは今も言うた事やけど、
そう言う人(日止、霊止)の心(靈)の発現の段階は、
心(靈)の発現が“上”に向かっていない自己奉仕者って事やから・・・」
「話の腰を折って悪いんですが・・・
自己奉仕者って言うのは、あんまり聴いた事の無い言葉ですね。」
「自己奉仕者って言うのんは、
“テオドールから地球へ”って本があって、
それは、テオドールって呼ばれてる宇宙的存在が、
チャネラーを通して色んな事を言うた・・・そう言う内容の本でんねん。
その本の中に出てきた言葉なんやけど、
とても的を得た上手い表現やから、先生が引用してはる・・・
そう言う言葉でんねん。
そやから自己奉仕者って言うのんは、
自分にしか奉仕せん人、
自分の為にしかエネルギーを贖わん人って事でんねん。
それは低い愛(炁)の顕現って事でんねん。
自分しか愛せへんって事でんねん。
その時の自分達の行動の結果、
それが、
自分達の為だけの、
或は、自分の周囲だけの為だけの良いカタチを望む。
自己奉仕者って言うのんは全体の事を思わへん。
そやからそれは、
心(靈)の発現の段階が低いって事なんやけど・・・
先生と私が今まで話して来た事の中で、
重要なテーマの一つでんねん。」
「そうですか・・・それを説明して貰えますか?」
「そうでっか・・・
先生みたいに上手く屁理屈交えて話せへんかもしれへんけど・・・
私でよければお話させて貰いまんねん。

人がなんかするって言うのんは、
希望とか欲望とか・・・
自分にとっての良いカタチって言うのんか・・・
幸福を求めるとか・・・
色んな動機があって色んな行動を取るやないですか。」
「そうですね。それは良く解りますよ。」
「そやから、
何も望まんって事を仮定したとしたらそれは、
何の行動も取らへんって事になりますねん。

(実際にそんな生命(生きる使命=存在目的)・・・は、
無いと思うんやけど・・・
ほんでからに、
神が創造を始めた理由もそこにあると思うやけど・・・)

色んな動機で自分のエネルギーを使い、
その動機、それは、
“どういうつもり”って言えば解り易いかもしれへんけど、
何かをする為には心(靈)の動きって事が必ず有って、
(思惑の顕現)
動機=心(靈)の動きの無い行動は、
無いって事ですねん。

当たり前の事を言うてますな。

そやから自分のエネルギーを贖って、
それは例えば、プロスポーツなんか観ると解り易いんやけど、
頑張って(元の気を張って)努力して鍛錬せんと、
結果は残せへんって事でんねん。

そやけど、プロスポーツの場合は、
金銭と賞品とそして自分の名誉って結果やけど・・・
(それは低い功名心由来の幸福の概念なんやけど・・・いきなりそんな話は出来へんな。)

ほんでからにそれは、
スポーツだけや無くって、
仕事とか人間関係とか・・・それは自分が思う良いカタチ・・・
色んな事に自分自身がエネルギーを贖っていく。
それを望みながら行動する・・・そうやって人は生きてるやおまへんか。」
「そうですね。」
「良いカタチを望む。
そやからこそ人は、幸福って概念を持ってるとも言えますねん。
その幸福を求める心(靈)の動き・・・
それには程度があって、
それを先生は、
心(靈)の発現の段階って言い回しをしまんねん。
それは、極端な話をすれば、
自分だけの幸福を望むなら、騙して欺いて泥棒して人殺しして・・・
そやけどそう言う事でもエネルギーを贖う(あがなう)って事でんねん。
そやからそれは、
欲しい物はどんな手段を使ってでも手に入れる。
そやけどそれも、それなりにちゃんとした動機のある事でんねん。
それが、自分に対する程度の低い愛って事でんねん。」
「なるほど・・・」
「ほんでからにその低い心(靈)の発現での行動って言うのんは、
バチが当たりまんねん。
それが、やってみてから教訓を得る=右往左往でんねん。
ほんでから、バチが当たる理由って言うのんは、
それは、
創造って法則性に乗っ取っていないからでんねん。」
「難しい言葉をおっしゃりましたね。
創造の法則性ですか・・・それを説明して貰えますか?」
「そうでっか・・・
そうやったなら、又、極端な話をさせて貰えば、
自己奉仕者・・・そんな心(靈)の発現の生命(生きる使命=存在理由)では、
あっという間にこの世界は崩壊しまんねん。
もっと極端な言い方をしたなら、
そんな心(靈)の動きの生命で宇宙は構成されてないって事でんねん。
そやからそれは、自分達だけの幸福を望む=自己奉仕者だけの宇宙は、
成り立たんって事でんねん。
さっきも言うたけど、
自分達だけの望みの達成の為に、
騙し騙され
欺いて欺きあって、
奪い奪い合って、
最後には殺しあって、それは自滅しかありまへんねん。
そやけど・・・そう言う人もいてるけど、
人はそんな人ばっかりやないやないですか。
現にこの世界は崩壊していない・・・」
「そうですね。善人も悪人も居ますね。」
「“善”と“悪”、それですねん。
それが人が取るべき行動の指標って事でんねん。
そやから人(日止、霊止)は、バチが当たるって事を知ってる。
それは、
自己奉仕者由来の自分達だけの幸福の概念から、
“上”の心(靈)の発現由来の事でんねん。
そう言う事も今まで先生と話をして来ましてん。

そやから、
ご主人はんが不満に思ってはる政治家や公務員って言うのんは、
その職業を選択した理由を考えると解ると思いまんねん。
政治家は名誉欲と金銭欲、もっと低い欲望の達成って事も思うてる。
公務員は楽に生活して給料がいい・・・そう言う生活がしたかった。
すべての政治家や公務員がそう言う人やって事では無いんやろけど、
そう言う傾向は強い・・・
それが今どんどんバレてはるから、
報道されてそれを見るからご主人は腹が立つ・・・そう言う事でっしゃろ。」
「そうですね。」
「そやからそれは自己奉仕者でんねん。
自分達の為に税金を無駄遣いしたりする・・・
そやけどその動機は低い欲望に由来する事が多い。
そやから自分達だけ楽したい、自分達だけエエ目を見たい、
そやから国民に分からん様に税金や年金を誤魔化す。
その為に自分の獲得してきた能力・・・学歴とか地位とか名誉とか・・・
知恵や知識を使う。

でもそれはバレるって事でんねん。
バレなあきまへんって事でんねん。
その人達の霊的成長には必要って事でんねん。

そやから、バチが当たってからその人達は、
それを教訓にして行く=左往右往するって事でんねん。

ほんでからに沢山金を集めたい理由って言うのんは、
大体決まってて、
物欲とか・・・上手い物を食いたいとか、性欲を満たしたいとか・・・
それは“八戒”・・・西遊記の豚でんな。
それはその八戒や砂(沙)悟浄や孫悟空や三蔵が、
人の心(靈)の発現の段階を示してるって言う事も、
先生と話したんやけど・・・

八戒・・・企業のトップや政治家って言うのんは、
そういう事がしたくって自分の為にエネルギーを贖ってきた。
大体、人が地位や名誉や金を求める理由って言うのんは、
100パーセントそうや!!・・・とは言いまへんけど、
そう言う事が多い・・・
そやから今政治家や大企業のトップって言うのんは、
物欲や名誉欲や本能を満たす事が動機で地位や名誉を得た。
そやけどそれは右往左往でしかないし、
ほんでからにそれは自分の欲望をどう扱うのかって自己観察もない。
そやから社会的に地位を得たなら、金を得たなら、
そう言う人がやる事って言うのんはパターンが決まってまんねん。
その一部もバレてて、
どっかの大企業のトップのセクハラみたいな報道も有ったやないですか。
そんな事は多分、氷山の一角でんねん。
しょっちゅうやってまんねん。
ほんでからにそれを金で解決してると思いまんねん。

そやから・・・
それそのものが心(靈)の発現が低いって事でんねん。

ほんでからにそれに腹が立つのは、
御主人はんがその人達の良い在り方を望んでるからでんねん。」
「そうかもしれませんね。」
「それは、
ご主人はんが相対的にそう言う人達より、
“上”の心(靈)の発現をしてて、
それは自己奉仕者から奉仕者への道を歩いてまんねん。
ほんでから、
究極の奉仕者って言うのんが、
神さんやと思いまんねん。

神さんは生命にエネルギーの供給をしてる・・・
それが神って言う字に表れてて、
神って言う字は、
示すへんに“呂”=エネルギーの回転でんねん。
それは、霊的干渉 “目上(めうえ)と目下(めした)”“その六”で、
話をした事でんねん。

ほんでから神さんは、
人(日止、霊止)にこの世界の創造を託した。
そやからエネルギーを送り、何の代償も求めへん。
人(日止、霊止)が、
自分達の幸福な世界を創造する事を望んではる。
その中での良いカタチ=創造の法則性を認識して欲しいから、
創造の過程で人が法則性を知ったから、
バチが当たるとか“善悪”の概念とかを、
人(日止、霊止)自身の認識として得たって言うのんが、
先生の考えでんねん。

話が逸れましてん。

ご主人はそう言う人を見て腹立てる・・・それは、
その人(日止、霊止)の良い在り方を思う・・・
それが“慈悲”と“慈愛”でんねん。
低い欲望から発達した心(靈)・・・それを自我と認識したなら、
その“上”の心(靈)の発現は、“慈悲”と“慈愛”・・・
そやから、
自分と自分以外の自我の醜さを観察してからの、
心(靈)の動き・・・

それは、慈しみと・・・ちょっと説明が足りまへんな。

そやから、
程度の低い心(靈)の発現・・・
その自我って言う心(靈)の発現の程度の低さに、
悲しみ=心が痛み(非=いたむの意)、
そして、
良い在り方を望む=慈愛・・・いつくしみ、いつくしむって事になりまんねん。
又、それは、
自我の肥大を許さん“厳しさ”の概念にもなりまんねん。
そやから先生は、
“慈悲”と“慈愛”の心の発現をした人(日止、霊止)は、
“厳しさ”を獲得する・・・
そう言う言い方をした事がありまんねん。
ほんでからにKellyさんがちょっと功名心で言わせて貰うなら、
“厳しさは成長の法則性から得られた認識”って表現をした事がありまんねん。
心(靈)の発現の低い人は、
自分に対する“厳しさ”を持ってへんって事でんねん。

ほんでから余談ついでに話をすれば、
低い心(靈)の発現の程度の人同士は、
おんなじ程度の価値感になり、
それ由来の行動をとり、
それは“日月神示”の中の言葉でもある、
“盲が盲を率いて”って事でんねん。

そやからご主人は、
そう言う人に対して少し“上”の心(靈)の発現をしてはる。
“盲”やと感じるって事でんねん。
そやから腹が立つって事でんねん。
ほんでからにそれは、
ご主人の心(靈)の発現から見た認識って事でんねん。」
「それは・・・程度が違うって事ですね。」
「そうでんねん。
“玉石混交(淆)”でんねん。
それは“上”の心(靈)の発現をした人が、
“下”の心(靈)の発現由来の行動=創造を良く観察して、
自分の教訓にして行くって言う意味もありまんねん。

そやからそれは、
おんなじ程度の心(靈)の発現=霊的成長度なら、相手が無責任でも許せる・・・
ほんでから、無責任を無責任って思わへんって事でんねん。
それが当たり前の世界を構築した・・・
それが政治家とか公務員を選択した人の心(靈)の発現由来の創造でんねん。
それは、
自分の心(靈)の中の無責任を自分で許してるのとおんなじでんねん。
ほんでからご主人は無責任に腹が立ちまんねん。
それをご主人としては、
許せんって事でんねん。

そやから、
そう言う人同士はそう言う人同士お友達になったり、
話が合うとかウマが合うとかって事になりまんねん。
それを先生は、
場(フィールド)の構築って表現してまんねん。
ほんでから今後は、アセンション後は、
そう言う人同士一緒にしておいたなら良いカタチの創造は出来へん。
そやからこそ、
程度の低い心(靈)の発現由来の創造は、
バチが当たり、
バチが当たった事を認識して自分の心(靈)の在り方を考えていく・・・
そう言う人(日止、霊止)でないと、
今より良い世界は創られへん・・・

そやからバチが当たるって事でんねん。

でも、
そんなバチが当たらんでも自分の心(靈)の発現が“上”に向かってたなら、
自分がどう在るべきかなんて事は簡単に判る事でんねん。

そやから仮に、
御主人はんが世界的な地位や名誉や金を得ようとして、
人を欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとか・・・そんな事はしませんやろ。」
「そうですね。」
「ほんでから仮に、
沢山の使いきれんくらいの金を得たとしても、
自分の欲望の達成を・・・それは少しは考えるやろけど・・・
低い心(靈)の発現由来の欲望・・・本能的な事でんな。
例えば、
女買ったり美食ばかりしたり・・・そんな事ばかりしませんやろ。」
「そうですね・・・そんな事はしないですね。
美味い物は食べたいと思いますが、それは程ほどにしておくべきですね。
食べる事に関しても先生から随分色んな事を言われましたし・・・
だから・・・
自分とかあちゃんの幸せを考える・・・まずそれを思いますね。
そして欲望ばかりには走らない・・・女買ったりはしないですね。
それは・・・今Kellyさんが言った通り、
少しはそう言う気持ちもありますけど・・・」
「それは誰もが、
本能から心(靈)の発現をして来たからでんねん。
心(靈)の構造の“上”と“下”は、
本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動やからやねん。
本能と智性、
どっちが動物的でどっちが神さんに近いのかって事でんねん。」
「そうですね・・・
本能由来の行動・・・本能中心の行動って事ですね。
そんな事はしないでしょうね。
特にうちのかあちゃんはちょっと怖いし・・・(笑)」
「それは違いまっせ。
御主人はんが、かあちゃん=奥さんの事が怖いんや無くって、
御主人はん自身が自分の欲望の在り方を、
よく自分で観察してはるからやと思いまんねん。

そやからこそそれは、本能より、
“上”の心(靈)の発現をしてるって事でんねん。
そやけど、
その心(靈)の発現を持ってても・・・
言い換えれば、
自分の欲望の在り方を考えへんと、
人を利用してまで自分の利益を追求するのが、
自己奉仕者でんねん。
ほんでからにそれが先生の“悪”の概念、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”って事でんねん。
それは(霊的)進化の反対でもあるし、
人の心(靈)の動物化でもありまんねん。
ほんでからに御主人はんは、
自分の本能由来の行動を、今、選択せんかったやおまへんか。
その事自体が、
無責任を露呈してる人達とは、
心(靈)の発現の段階が違うって事でんねん。

それが霊的成長度の違いでもあるし、
自己奉仕者から奉仕者への道の段階の違いでもあるし、
愛(炁)の顕現の程度の違いでもありまんねん。

そやからKellyさん的に思うんは、

誰かが誰かを観たならそれは、自分と心(靈)の発現の段階が一緒やと思う。
そやから“下”の心(靈)の発現由来の行動を見ると、
腹が立ちまんねん。
自分やったならこんな行動は取とらへん・・・
そうは思うても、その認識は錯覚でんねん。
誰もが一緒の心(靈)の発現はしてへんねん。
心(靈)の発現の段階はそれぞれ違いまんねん。」
「そうかもしれませんね。」
「ほんでからにそれを人を卑下する材料にするとか、
差別するとかはアカン事でんねん。
只それは心(靈)の発現が低いって事で、
その行動由来のバチが当たる事自体が、
新しい認識を獲得する事でんねん。
そうやって心(靈)は育って行きまんねん。
幼い・・・霊的に幼いって認識を持つべきやと思いまんねん。

・・・そやけど、年上の人に向かって随分生意気な口をきいてまんな。」
「いいえ、そんな事は思いませんよ。」
「すんまへん・・・話に熱が入りすぎましてん。」
「先生みたいに上手く話せないかもしれないっておっしゃってましたが、
中々難しい言葉を使いこなしてて、
Kellyさんも屁理屈上手だと思いますよ。
これは、褒めてるんですよ。」

_(。_°/ ズルッ!・・・ズベッ(ノ_ _)ノ・・・(o;_ω_)oバタ・・・コケテモタ
(ノ_-;)ハァァァァァァァ・・・ ゚~~~(゚ω゚=)~~~゚ ポカ~~~ン

「・・・そろそろ奥さんの治療が終わる時間でんな。」
「そうみたいですね。」
「又お話させて貰ってもよろしいやろか?」
「それはもう・・・機会があったら、又、色々聞かせてください。」
「承知しましてんな。
こちらこそ今後もよろしゅうにでんねん。」

・・・チョ~極上ラブラブ中高年夫婦の奥さんの治療が終わりました。

「あら~~~Kellyさん~はじめまして~
名古屋市○区○○町界隈で有名な中高年バカップルの妻です~
よろしくね~
うちの主人と随分話が弾んでたようですね~治療室まで聞こえてましたよ~
先生からKellyさんの年齢を聞いてますけどKellyさんと私は同じ干支なんですよ~
私と一回りしか違わないとは思えないですね~
スタイルも中々ですし肌のツヤも中々ですし~とても元気そうな感じですし~
若く見えますね~
羨ましいわ~~私も若い頃に戻りたいわ~~」

(ウッ・・・よう喋る人やって先生から聞いてたけど・・・
句読点の無い会話をする人やな・・・)

「こちらこそはじめまして、奥さん。
Kellyって言いますねん。」

「さて~
主人を待たせてましたから~今日は失礼しますね~
今度機会があったら私もお話させてくださいね~」

「はあい・・・その時を楽しみにさせてもらいます。
今後もよろしゅうに。」



☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀



「やあ、いらっしゃい。
随分熱の入った会話をしてたみたいだね。」
「そうですねん。
ちょっと生意気な口を利いたかもしれんって、
思うてたところでんねん。」
「チョ~極上ラブラブ中高年夫婦の御主人はそんな事を問題にする人では無いよ。」
「そうかもしれへんな。謙虚な感じの人でんな。」
「そうだね。
その人の謙虚さって言うのも自省(胸の磁性“十”)の表れだからだよ。」
「そうやな。」
「さてね、ちょうどいいから話をしておくんだが・・・」
「なんでんねん。」
「Kellyと話をしたいって人が居るんだけれど、
勿論、
Kellyとその人との都合が合えばって事でもあるし、
Kellyがイヤだと思ったなら断ればいいだけの事なんだが・・・」
「イヤなんて事はないと思いまっせ。
先生がそう言う言い方をするんやから、チョ~極上ラブラブ中高年夫婦さんみたいに、
左往右往の段階に入ってる人ですやろ。」
「そう、
そしてその人はこれから自分の人生を憂いていく段階だと思うんだな。
今、右往左往から左往右往に入った・・・まさにその段階の人だね。」
「そうでっか・・・どんな人でんねん。」
「その人は二十代後半の女性で、風俗の仕事をしている。
今、自分の二十数年の人生を振り返る段階に入ろうとしている。
・・・で、色々アタシなりに話をしたんだが、
女同士話がしやすいって事もあると思うし、
その人の憑き物の程度が低いので、アタシの事が少し怖いらしい。」
「そうでっか・・・そやからその人の認識の為にKellyさんと話をする・・・
それが先生の意図でっか?」
「いや、そうじゃないけど、
その人自身Kellyと話しをしたがっていると思う。
別にアタシが何か仕組んだとかでは無いよ。
その人は、アタシ達のブログも読んだ人だしね。
きっと色んな疑問を持っているし、
アタシの説明だけでは納得してない事も多いと思う。
だからKellyと話すといいんじゃないかなって思ってるだけだよ。」
「そうでっか。承知しましてんな。」
「うん。今度その人が来たときに連絡させて貰う。
それでいいかな。」
「はあい。」
「・・・で、なんか今日はアタシに用事があったのかな?」
「いやそうやおまへんねん。
ちょっと寄っただけやから・・・
そやけど、
たくさん色んな話しが出来てよかったと思ってまんねん。
こう言う事はKellyさん自身の認識を確認する為にも大事な事でんな。」

「そうだね。
自分の認識を誰かに話すって言うのは自分の考えの整理にもなるね。
そしてその時に又“上”からの通信も受けるものだよ。」
「そうやな・・・そやからその女性との話も楽しみにしまんねん。
なんて名前の人でっか?」
「A野さんって人だよ。」
「そうでっか・・・
さて、先生の顔も見たし、沢山話をしてちょっと疲れたから、
今日は失礼しまんねん。」
「うん。それじゃまたね。」
「はあ~~い。」

Kellyさん、この間のチョ~極上ラブラブ中高年夫婦の御主人との会話を、回想する。  そして・・・自省(胸の磁性“十”)する。



この間のチョ~極上ラブラブ中高年夫婦の御主人はんとの話・・・
思わず熱が入ってしもて、沢山話をさせて貰ったんやけど・・・
ほとんどチョ~極上ラブラブ中高年夫婦さんの御主人はんは、
相槌しか打たへんかったみたいなもんやな。
ほんでから話に熱が入ってしもた事、これも、
Kellyさんの砌(みぎり)のエネルギー、
肝=“いきり立つ心(奴と心)”やな。

ほんでから・・・
御主人はんには、小うるさいおばはんネーチャンやと思われたやろな。
・・・随分エラそうな口を利いたし・・・

そやけど・・・先生は、
“御主人はそんな事を問題にする人では無いよ。”

・・・そう言うてはったけど・・・

なんやしらんKellyさん的には、
思い出すとちょっと恥ずかしいやん。
ちょっと前のKellyさんは、
つつましやかな、おとなしい、女らしい、
喋ると❤ ❤ ❤ いっぱいなチョ~かわいいネーチャンやったのに・・・
元々、相手によってはよう喋るネーチャンやったけど、
うるさいくらいに喋るようになって来てるやんか・・・

それは、
年のせいか・・・先生の影響か・・・
口うるさいおばはんになってきたって感じやな。

そやけど・・・“昔はこうやったな~”・・・なんて思うようになったなら、
それは・・・人間としておしまいやな。

ほんでから・・・今、
ご主人はんとの会話を思い出して、ちょっと自分に恥じるって言うのんか・・・
そう思うてる事自体が、
やって来た事を振り返り自分の在り方や認識を改める・・・
閻魔の庁の浄玻璃の鏡みたいな事やな。
改めてそう言う事を思い出す事やな。
よう自省(胸の磁性“十”)しとかなアカンな。

そやけど・・・
この間の会話で重要な事は、無責任に対する認識やな。

無責任・・・自己奉仕者の特長とも言える事やな。
ほんでからにそれは霊的成長度も低いって言えるな。
自分が生きている事に対する認識・・・
それが低いからこそ、
たいした認識を持ってへんからこそ、
生きている間がすべてやと思う・・・

そう言う人が多数の星やから、
この星=現時点での地球は、自己奉仕者が活躍する。

そやけど・・・
チョ~極上ラブラブ中高年夫婦さんの御主人はんは、
そこまでの事は思わへんやろけど・・・
自分と比較して腹の立つ事が多いって話を先生にした。
この事も、
御主人はん=自分自身が、
自省(胸の磁性“十”)の人生を送って来たって認識が、
あまり無いやろからそう思うんやろな。

そやから、
霊的に生長して行き、体験を自分の教訓にして、
失敗の体験を、失敗と認識し、
生き方の糧にする。

・・・いいや、こういういい方では言葉が足らへんな。

自分が、自分自身が、
永遠の存在としての、
その認識の元に、
永遠に存在しつつ、
神さんの仕事を託される=事象の創造をして行く存在としての、
生命と心(靈)の在り方を考える。

そう言う視点を持ってるからこそ体験は教訓になる。
例えば、
誰かに腹の立つ事を言われたとしても・・・批判とか悪口とかでも、
前に先生はこういう言い方をした事がある。
それはこんな話やった。

“「アタシ的には、
批判すべきは、自分自身だけでいいと思っているから・・・ 
前回、般若心経の観自在で説明したように、自分の在り方を考えればいい。
他者を批判するのは、敵を作るだけにしかならない。」
「でも、批判されないと自分のいけないところに気が付かないでしょう?」
「気が付くのは、批判をどう自分が受け止めるか、ではないかい?」
「あっ、そうか!」 
「自分の在り方を考える事象として、受け止めるか?否か?でしょう。
そうなれば、
批判だろうが、悪口だろうが、
別の話のように思うかもしれないが、
病気だろうが、事故だろうが、殺されようが・・・ 
すべて自分の在り方を示す、忠告となる。」”・・・
(見え始めた日 参照)

そやからそれは左往右往って事なんやけど、
自分がどう在るべきなのか考えるから、
チョ~極上ラブラブ中高年夫婦の御主人みたいに、
無責任な人の行動を見ると腹が立つ。
そやけど・・・腹が立つのは自分と一緒やと思うからや。
誰でも自分と一緒って思いがちな傾向があるって事やな。
それは・・・そう思うてはアカン事やな。
錯覚に等しいし、先生の屁理屈でもある、
“事象を観察する視野が狭い”って事になる。

ほんでから先生は、
そんなもんは良い方向に向かう訳が無いって御主人はんに話した様やな。
それは、そう言う人たちは霊的に幼い・・・幼稚・・・
心(靈)の発現が“上”に向かっていないからこそ失敗する。
“神の咎め”を受ける・・・バチが当たる。
その事自体が、
霊的成長の法則性って事を言いたかったんやろな。
そやからそれは、
その霊的に低い人達自身に、
バチが当たるって認識が無い。
“神の咎め”の概念が無い。
只、自分の損得を考え、
利益を追求して生きる事が、
何が悪いって思うてるんやろな。

そう言う心(靈)の動きが生み出してる行動を、
少し“上”から観たなら、
それは無責任とか怠惰とか傲慢とか・・・
もっと程度の低いのは、
本能中心の心(靈)生きてはる人もいてるようやし・・・

そやから・・・霊的成長を果して行けば行く程、
心(靈)が“上”に向かえば向かう程、
責任を認識して行くって言うのんか・・・
先生的に言えば、観察する事象に対し・・・

事象・・・それは、
自分の肉体にも、
心(靈)の動きにも、
対外的な他者の存在にも、
それ以外の事象=場(フィールド)の構築にも・・・
責任を感じていくって言うのんか・・・

そう言う風になって行くって言うのんが霊的成長やな。
これは断言出来る事やな。

ほんでから、
チョ~極上ラブラブ中高年夫婦の御主人はんが思いはった事、
自分より、
低い心(靈)の発現の人=左往右往の段階に入って無い人に対し、
腹が立つ事・・・
それは、
御主人はん自身が心(靈)の“上”と“下”って概念を、
あまり持ってないからやな。
それは“玉石混交(淆)”って概念が無いって事やな。
そやから自分と一緒とか・・・
自分やったならこんな事は自分に許せへんとか・・・
そう言う考えになるんやな。

そやから・・・仮になんでも自分と一緒やったなら、
極端な事を言うたなら、
目の前に神さんと悪魔と・・・ほんでから自分がいて、
誰もが一緒って事になる。

・・・そんな極端な話は無いけど、
人対人では、そう言う事が有り勝ちって事はあるな。
そやから、
なんかの凶悪事件が起きて、
その犯人の知人とか友人とかのインタビューで、
“あの人はそんな事をする人には見えなかった”
・・・って言う人は沢山いてるけど、
それは人の外側しか見てへんからや。
心(靈)の動きなんて視点が無いし、
その事自体が心(靈)に対する認識が狭いって事やな。
そやから、心(靈)の動きなんて、
人対人の観察では、現時点、
とても低い観察しかしてへんって事なんやろな。
それは、
自分を観察する時にも言える事やろし・・・

そやからこそ、
低い欲望や自分の損得や低い自尊心や功名心や・・・
そう言う心(靈)の動きで創られてる事象・・・
形骸化した天皇制とか政治とか、
本来の意義を見失ったヨガとか、
現世利益の宗教とか、
程度の低い霊能力者とかインチキ霊感商法とか高い印鑑とか、
金儲け目的のスピリチュアルカウンセリングとかヒーラーとかオーラソーマとか、
アセンションセミナーとか・・・
色んな無責任な物が生み出されていくって事になるな。
そやけど、
それに関わってる人達には無責任って認識が無いって事やな。
そやからこそ色んなものが壊れて行くんやな。

そやからKellyさん的に思うんは、
無責任・・・
それを認識する事が霊的成長の一端でもあるな。

そやからそれは、何回も考えた事でもあるけれど、
自分の在り方って事を考えて行かんならん。
自己観察・・・“観自在”“直日(なおひ)”自省(胸の磁性“十”)の“行”、
それそのものが、
高度な心(靈)の動きの観察って言う事になって、
それ由来の心(靈)の構築と発振、発信になって行くんやろな。
ほんでからに、
その自己観察を通じて、霊的成長ってなんなのか・・・
ほんでからに、
地球が霊的成長度の人(日止、霊止)の構成する、
霊的に高い場(フィールド)になって行く・・・
そやからこそ、
自分(の心(靈))が次の場(フィールド)に移行する事、
それは・・・アセンションって何なのか・・・

今回、御主人はんとの会話を振り返って、
色んな事を思わされてるって言うのんか・・・
これから・・・
そう言う事を考えて行かんならん事やな。

・・・っちゅう事で、
今回は、Kellyさん的Kellyさん自身の自己観察の話でもありまんねん。

ほんでから今後は、
低い心(靈)の発現由来の事象、

例えば今回考えた、無責任についても 考える事にしまんねん。

今日はこれくらいにしときまんねん。

Kellyさん、チョ~ベッピンはんのA野はんとA野はん自身の霊的干渉に付いて、場当たり的に話す。


この間、先生が言うてはった様に、
(Kellyさん、チョ~極上ラブラブ中高年夫婦の御主人と、心(靈)の発現の段階に付いて・・・世間話をする。 参照)

先生から電話があって、
“A野さんが治療に来るから、Kellyの都合が良かったら話に来ない?”
・・・って事やったから、
○○○療院の待合室でA野はんに逢いましてん。

その時の事をかいつまんで紹介するつもりなんやけど・・・

その前に・・・
あらかじめ先生からA野さんに付いて聞いてた事・・・
それは・・・

A野はんは、二十歳くらいから風俗のお仕事をしてはって、
現在二十代後半・・・もう何年もこの仕事をしてはる。
ほんでからこの間先生が言うてはった様に、
A野はん自身が右往左往から左往右往に今入ろうとしている。
そやからKellyさん的にはその事を聞いただけで、
A野はんは沢山の因縁による、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の、
霊的干渉の影響を受けてるって思うたやん。
ほんでからにA野はんは、
その事を教訓にしてこれから自分の在り方を考えて行きはる。
まず・・・それを思うたやんか。

ほんでから、初めて先生と縁があったのは去年やそうやけど・・・
なんやしらん・・・最初の内は○○○療院に来るだけで怖い・・・
本人からそう言う感想を聞いたって話してらした。
そやけど、来てしまったらもうそんなに怖くない。
A野はんはそう言う事も言ってらしたそうでんねん。

それは先生の話によると、
○○○療院に来始めてた頃のA野はんが、
予約の電話をかけて来る時の様子は、
こんな感じやったそうでんねん。

「・・・先生・・・こんにちは・・・(*_*)ビクッ!(*_*;ビクッ!
今日、治療の予約したいんですが・・・((;゚Д゚)ガクガクブルブル・・・
何時が空いてますか・・・Y(>_<、)Y ヒェェ~!・・・・」

先生は、そのA野はんの喋り方で瞬時に理解したらしいやん。
沢山の浮游霊がA野はんの心に色んな通信を送ってる。
そして、浮游霊自身が自分が祓われるのがイヤ・・・
だからA野はん自身が怖いと思う。
しかしそれでもA野はんは、先生のところに行きたいと思ってた様で、
その両方の心(靈)の動き・・・

怖いと思う事と、先生の所に行きたいと思う事・・・

それは体の調子の事もあるけれど、
Kellyさん的に思うんは、その心(靈)の動きの分析が大事で、
怖いけど先生の治療を受けたいってA野はんの心(靈)の動き、
それは、
A野はんの良いカタチの霊的成長を望んで見守ってはる霊的存在は、
A野はんが先生の治療院に行ってA野はんに憑いてる、
低い浮游霊が祓われたなら、
自分達の通信が送りやすくなる。

そやからそれは、
沢山の浮游霊が憑いてれば憑いてるほど、
先生の主護霊はんが先生自身に、
S会=紫光会の交霊会で言わはったみたいに、
動きが取れない”・・・そうなってしまいよる。
(良い発振の為に 参照)

そやから、A野はんに憑いてはる存在にも“上”と“下”がある。
そしてA野さんの心(靈)の動きにも“上”と“下”があるやん。

“上”と“下”の霊的存在の通信と、
A野はんの、
“上”と“下”の心(靈)の動きによる感応共振があるって事でんねん。
そやからA野はん自身の心(靈)は、
“上”の受信と“下”の受信を両方して、
それがA野はんの心(靈)の動きになって、
A野はんがそれを混同してる。
そやけど、
混同してるとか、心(靈)と霊的存在の“上”とか“下”の概念は、
A野はん自身にあんまり無いやろな。
そやからそれは、
A野はんのお仕事由来の沢山の浮游霊がA野さんには取り憑いてて、
そしてA野はんの心(靈)の動きと、
浮游霊の心(靈)の動きが一緒になってて、
A野はん自身がその事を上手く区別出来へん。
そう言う事やと思いまんねん。

それはA野はん自身がこれから左往右往して、
自分のやってきた事を振り返り自省(胸の磁性“十”)して苦しんで、
心が痛み、
その上で自分の心(靈)の中の、
“善(神格化の方向性と智性の受信)”と、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”を認識して行く。
それを自分で見極める為には、
段々、
“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の発現をして行く。
そやけどその為には、
苦しんで心が折れて悲しんで憂いて思わんならん。
その過程に入ったって言う事やろな。
そやから自分に“上”の心(靈)の発現が起き始めたなら、
そこで始めて自省(胸の磁性“十”)する。
それは・・・今も思うたけど、
苦しい思いをいっぱいせんならん。
ほんでから今現在のA野はんは、
自分の行動や心(靈)の動きに対し、
“上”の心(靈)の発現由来の自己観察をしにくい。
大体、たくさんの浮游霊に取り憑かれてる人って言うのんは、
自分の心(靈)の動きなのか、
憑依してる霊的存在の心(靈)の動きなのか、
その区別が出来へん。
それもやはり、“上”の心(靈)の発現が出来てないからこそ、
判らへんって思える。
そやからこそ先生は、
KellyさんがA野はんと話をする事自体に意味があるって思う。
それは、
A野はん自身の心(靈)の動きを、
A野はんが自分で見極める為に必要って事で、
その為に先生は、
A野はんに色んな話もしたんやろけど、
やはり男と女の会話って言うのんは、
話し難い事もあるって事やな。

ほんでから、
A野はん自身が自分の良い在り方を望む=“上”からの通信を受けてる。

大体・・・そう言う事やと思いまんねん。

ほんでから、
今Kellyさんが思うたみたいな事も、
先生は熟知してはると思うやん。
それは、先生の所に治療に来る人が、
左往右往・・・自分の在り方を振り返り、
その左往右往の状況に応じて、その自分自身の心(靈)の動きに応じて、
その人たちの霊的成長を望む存在との感応共振が始まりつつある人・・・
そう言う人しか○○○療院には来られへん。
そやからそれは、
ほんの少し心(靈)が“上”に向かい、
自己奉仕者では無い心(靈)の動きを持つようになった人(日止、霊止)で無いと、 先生と(霊)縁が無いし、
自己奉仕者の心(靈)の発現しかしてへん人(日止、霊止)は、
先生と段々縁がなくなっていく。
その事も先生は自分の仕事を通じてよく承知してはる。
そやからこれも、
アセンションの一側面やな。

それぞれの霊的成長度に応じて、
場(フィールド)を構築するって事が始まってるからやな。

そやから・・・先生は多分A野はんに色んな事を話し、
A野はん自身も、
先生に色んな事を話したり質問したりしたと思えるやん。
それに付いて先生が答えてるうちに、
色んな霊的干渉の話や、先生の認識の事も少し話した。
そやけど、
いきなりA野はん自身が理解出来へんって事やな。
ほんでからA野さんは前のブログも少し読んだ。
前のブログを印刷した物も先生から手渡された。
その上での疑問も持ってはると思えるし・・・

要は、先生とKellyさんとA野はんは、
そう言う霊縁あっての巡り逢いって事でんねん。

前置きが長くなったんやけど・・・
まず、Kellyさんが先生の所へお邪魔したところから紹介しまんねん。


☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀


Kellyさん、○○○療院に向かう途中・・・




ワンワンキャンキャンクウ~ンクウ~ン
ワンワンキャンキャンクウ~ンクウ~ン

ワンワンキャンキャンクウ~ンクウ~ン
ワンワンキャンキャンクウ~ンクウ~ン




・・・Kellyさん、○○○療院に到着。

「先生こんにちは。
なんじゃ~・・・犬の鳴き声がするやんか。」
「やあ、いらっしゃい。」
「沢山犬が居てまんな。
ここに居てる犬やったんやな。
鳴き声がエレベーター降りた時から聞こえてましたで~」
「うん、この犬達はA野さんの付き添いだよ。(笑)」
「そうでっか。」
「さてね、アタシはこの犬達と散歩に行って来る。
A野さんは待合室に居るから話をしてくれるかな。」
「はあい。」

先生、A野はんの愛犬と散歩中 
      ↓

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「はじめましてA野はん、Kellyって言いますねん。」

(およ~~~なかなかベッピンはんやな。
若い頃のKellyさんにはちょっと負けてるけどな・・・
ナンチャッテ~~~Kellyさんの負け惜しみやな。)

「こちらこそ、はじめまして。
いきなりでなんなんですけど、先生は動物好きなんですか?」
「いや・・・特にそうやないと思うんやけど、
先生は犬猫や小さい子供さんにはモテモテでんねん。
すぐにお友達になりまんねん。
それは・・・頭の程度がおんなじやからやねん。」(笑)
「キャハハ~~!!それはひどい!!」
「エエねん、
先生かてA野はんにKellyさんの事を言うたとしても、
どうせ・・・エエ事は言うてなかったんやないんでっか。」
「そうですね。
皮肉っぽく茶化して言う・・・そう言う話し方をする人ですね。」
「そうでんねん。
先生は人のエエ所を褒めるって事をせん人やし、
媚びへつらうとか、太鼓もちみたいな人とかは嫌いやし、
自分にそう言う部分も許さない人やし、
そやからこそ、
いつも皮肉っぽく混ぜっ返すところがあって、
ちょっとひねくれてまんねん。
ほんでからそう言うところがちょっと災いして、
一見、人を寄せ付けんところがあったりするんやけど、
ほんまは・・・」
「Kellyさんが先生の事をよく理解していらっしゃるのは、
今のKellyさんの言葉でよく解りますよ。
私も始めてここで先生に治療を受けた時、
いきなりこんな事を言われました。

“幸福の概念を間違えるから風俗なんかで仕事するんだ”

・・・って。」
「いきなりそんな言い方したんでっか・・・しょうもないオヤジやな。」
「それも良く解りますよ。
先生は只、沢山の仕事をしたいって訳では無いって事でしょ?
常に縁のあった人(日止、霊止)の良いカタチを考えるから、
だからこそちょっと乱暴な言い回しもしてしまう。
でもそれは先生の人間性の現れた事・・・人によってはチョ~おせっかいですけどね。
ですから、先生は厳しい所があるけれど、
それは先生の心の一部で、
仕事中の先生はそう言う所ばかりが目立つって感じですね。
でも先生は温厚で情に脆く、
人の面倒見のいいちょっと親分肌のところも有りますね。
だからそれは、
チョ~おせっかいって先生自身が言ってらしたけど、
そう言う受け取られ方をされて、
時にはそれで、
人間関係が上手く行かないところもあるようですけど、
先生はその事に関して意に介さずって所もある・・・
そう言う感じの人ですね。」
「そうでっか・・・そう思いまっか・・・
そやけど、
ただそれだけの会話でKellyさんが言おうとした事を理解しはったA野はんは、
ちょっと只者やおまへんな。」(笑)
「・・・職業柄、いろんな人に会いますからね。
ですから・・・お客さんとして巡り逢う男性って言うのは、
欲望むき出しか・・・色んな事を忘れたいとか・・・うさ晴らしとか・・・
寂しくって風俗に来るとか・・・色んな動機がありますよね。
そう言う色んな事を思いながら・・・
そして、仕事中にも仕事が終わってからも・・・
その事を考えますから・・・
そういう事を見極めて接客する・・・
そうしないと指名も取れませんしね。
だから、
人の心の動きには敏感になるのかもしれませんね。」
「そうやろな・・・
そやけど、A野はんの仕事は、
A野はん自身にとってエエカタチの仕事では無いやろけど・・・
今言うたみたいな人の心の動きを見極める事にはなりまんな。
いきなり失礼な事言うてしもたかもしれへんけど・・・
すんまへん。」
「いえ・・・それは自覚してます。
その事に付いても先生と沢山話をしましたし、
特に先生の所にお邪魔するようになってから、
余計に自分の今後の事を考えるようになりましたから・・・」
「そうやったんか・・・
それは失礼ついでに指摘すれば、
A野はんが左往右往の段階に入ったって事でんな。

そやからそれは、今までは沢山仕事もしたし、
儲かったり、
お店でモテモテやったり、
それはそれなりに楽しかったやろけど、
今のA野はんは自分の人生に疑問を感じてはる・・・
そういう事でっしゃろ。」
「その通りですね。
もうこの仕事はやめたい・・・そう言う気持ちが段々強くなってるんですけど、
母の乳がんが再発したり、
その入院費を自分が負担しなければならなくなったり・・・
だから中々やめられない感じですね。」
「それも恨みの連鎖の影響でんな。
Kellyさん的にはそう思いまんねん。
その事も先生と話をしはったんやないんでっか?」
「ええ・・・話を聞いて貰いました。
それで、先生が私の仕事に付いて・・・話してくださった事は、
今私がこういう仕事をしている事の理由・・・
その側面って言い方をしてらしたんですけど・・・」
「それは、先生が言うた事、指摘した事が、
100パーセントその原因では無いって事でんねん。
先生はよくそう言う言い回しをしまんねん。
それは、人は目先の事に囚われやすいからでんねん。
そやから、
それだけが原因では無いって言い方でんねん。
すんまへん・・・
話が逸れましてん。」
「いえ・・・だから、
私自身がこの仕事をしているのは、
自分で選んだって事もあるんですが、
先生の考えでもある恨みの連鎖、
だからそれは、
因縁の理由って事ですね。
それは、
私に限って言えば、私自身の父や祖父、
多分、女にだらしない人って先生は指摘してくださったんですけど、
まったくその通りで、
特に父は何もかもが自分勝手で、
母が今入院している状況でも意に介さず・・・
自分が楽しむ事しか考えてないし・・・
ろくに仕事もしないですし、当然母の入院費の負担もしないですし・・・
それでも遊ぶ事だけは一生懸命な感じですし・・・」
「そうでっか・・・
それはお父さんやお祖父さんが、いつか・・・
それは多分死んでからやろけど、
自分のやって来た事の結果を見せられる。
それを地獄の、
閻魔の庁の浄玻璃の鏡(えんまのちょうのじょうはりのかがみ)って、
言いますねん。
そやから女にだらしなかった男って言うのんは、
只、自分が楽しむ為に女を利用した。
そう言う低い心(靈)の発現由来の恋愛も有りまんねん。
それは低い愛(炁)の発現でんねん。
自分の事しか考えん恋愛でんねん。」
「そうかもしれませんね。」
「そうでんねん。
ほんまに相手を愛しいって思うのは・・・そんなもんや無いと思うんやけど、
話が逸れそうやから今話すのは見送りまんねん。」
「???」
「そやから結果、
低い心(靈)の発現由来の恋愛って言うのんは、
只楽しんだだけでんねん。
ほんでから本人はそれでエエと思うてる。
そやけどそれは、自分が楽しむ為だけに恋愛をしたとしたなら、
或は只単に、
相手の体だけが目当てってだけの事やったなら、
それは正しい事ではありまへんな。
そやからこそ、自分の娘や孫であるA野はんが、
男に弄ばれるところを見させられるって事が有りまんねん。
それを先生は指摘したんやと思いまんねん。
そやから父親や祖父は、
子孫、特に女の子に執着しカワイイと思うからこそ、
それを見せられるって言うのんが、
その人達の自省(胸の磁性“十”)に役立つって事が有りまんねん。
そうやってお父さんやお祖父さんは自省(胸の磁性“十”)しまんねん。
今まで自分がやって来た事に対する認識を変えて行きまんねん。
そやけどそれは・・・
それを知ったとしてもA野はんにとっておもろない事でんな。」
「そうですね。」
「話を戻しまんねん。
お母さんの入院費にしても、
結果、その費用はA野さんが負担せんならん。
そやからこそA野はんが仕事を変わりたいって思うても、
経済的理由で変わる事が出来へん。
それもちゃんとした理由があるって事を思いまんねん。」
「父や祖父に見せる為って事ですね。」
「そうでんねん。
そやけどその事も、
今、自分の仕事に疑問を感じてはるA野さんにとっては、
何でこんな目に遭わなアカンのやろって思いますやろ。」
「そうですね・・・もうやめたいのにやめさせて貰えない・・・
自分の思い通りにならない・・・」
「そやからそれも失礼ついでに言わせて貰えば、
A野はん自身が、
その仕事で得た報酬を吐き出さんならん。
それは、その仕事がA野はんにとって正しい事や無いからでんねん。
正当な報酬では無いって事でんねん。」
「正当な報酬・・・難しい言い回しですね。」
「そうでんねん。
正当な報酬を得るって事は難しい事でんねん。
それは自分の霊的成長度の水準から考えるべき事でんねん。」
「霊的成長度の水準・・・」
「解り難い事を言うてしまいましてん。
まるで先生みたいな言い方でんな。(ゲロゲロ←死語)

そやからそれは簡単に言えば、
自分がどれくらいの心(靈)の発現をしているのか・・・

その心(靈)の発現の段階って言うのんが、
先生自身の進化の概念なんやけど、
低い心(靈)の発現の人は、
その心(靈)の動きって言うのんは、
欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとか・・・そういう事をしまんねん。」
「それは解ります。祖父や父がやって来た事でも有りますね。」
「そうかもしれませんな。
そやからそこには、
自分が“どういうつもり”で自分のエネルギーを贖ったのか?
自分の“力”(力、知恵、知識・・・学問・・・能力、そして霊能力を含む)を、
どう使ったのか?
そう言う要素が有りまっしゃろ。
それは、動機って事やねんけど・・・
それに応じた結果を獲得するのが正当な報酬でんねん。」
「はあ・・・なんとなく解る感じですね。」
「そやから低い心(靈)の発現って言うのんは、
極端な例を挙げれば、
それは動物を観るとよう判ると思いまんねん。
例えば肉食獣は、獲物を殺す事を恥じないでっしゃろ。」
「そうですね。」
「そやから自分にどれ位恥じるのか・・・それは人間やからでんな。
それも一つ、
人(日止、霊止)の心(靈)の部分やと思うたらエエねん。
ほんでから失礼ついでに言わせて貰えば、
A野はんのお父さんやお祖父さんは自分の快楽の為に女を利用した。
それを恥じてない。」
「そうですね。」
「そやから、恥じるって言うのんは、
自分の心(靈)の中の事でしかない事やし、
実際に今、
何にも恥ずかしく無いかの様に、
欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとか・・・
例えば人の金をごまかしてる人達も居てるや無いですか。
自分達の利益の為に公然と人殺しをしてる人も居てるやないですか。
(戦争の事)

そやからKellyさん的に思うんは、
風俗で見せ掛けの快感を与えて金を取る事、
それもA野はんにとって正しい事ではない・・・そやけど、
こんな言い方は一般論でんな。
そやから一般諭では無くって、
A野はん的な仕事に対する認識って言うのが大事やと思いまんねん。
A野はんにとって恥ずかしい事・・・自分の仕事に疑問を感じ始めた事。
A野はんにそう言う心の動きが芽生えた。
そして、
今の風俗の仕事をしている自分の事が、
自分で段々許せんようになってくる。
そこから考えるのが本筋やし、
多分その事も、A野はんは理解してはるんでっしゃろ。」
「ええ・・・
解る様な・・・認めたくない様な・・・
・・・でも解ります。」

「そやからその心(靈)の動きが、
左往右往でんねん。
やってきた事を振り返る・・・
そして教訓にして行くって事でんねん。」
「そうですか・・・そうですね。」
「そやけど・・・
最近のKellyさんにはよう有る事なんやけど、
いきなり失礼な事をたくさん言うてしもてすんまへん。」
「いえ・・・自分はこんな仕事をしてるんだから、
どんな言われ方をしても仕方が無い事ですし、
ですから、
Kellyさんがそんな風におっしゃって頂く事は無いと思いますよ。
恥ずかしいのは私ですし・・・」
「いや・・・そんな思い方をされてはちょっと困りまんねん。」
「???」
「今、A野はんがやってはる事、それが自分にとって恥ずかしい事・・・
大事なのはその認識でんねん。
自分でそう思う事でんねん。
そやからA野はんがやってはる事自体を見て、
それは卑しいとか恥ずかしい事とか悪い事とか、
そんな風には思ってませんねん。
それは先生もそんな風には思うてないって思いまんねん。
そやからそれは、さっきも言うたみたいに一般論でんな。
一般にはそう言う見方をされがちですな。
そやけどそれは、
その人のすべてを観たって事ではありまへんねん。
うわべだけ見たからA野はんの仕事を卑下しまんねん。
ほんでからA野はん自身を卑下しまんねん。
そやけど先生やKellyさん的には、
そう言ううわべだけしか見てへん人の方が嫌いでんねん。
ほんでからそれは低い心(靈)の観察やと思いまんねん。
そやから一般論・・・
A野はんのやってはる事を頭ごなしに悪い!!
そんな事を言う資格の有る人は誰もいてへんねん。
そやから、恥ずかしいって認識はA野はんだけの認識でんねん。
そやからそれは形骸の善悪の事やなくって、
A野はんが今してはる事自体には、
今言うたみたいに恨みの連鎖の因縁の霊的干渉って理由があって、
それはお父さんもおじいさんもA野はん自身も、
心(靈)が“上”に向かう為の事でんねん。
只認識を獲得する為の過程に過ぎない・・・ほんでから、
間違える事は恥ずかしい事では無く、
間違いに気付き、
自分が恥ずかしいって思う心の動きそのものが、
貴いって事やと思いまんねん。」
「はあ・・・ですけど難しい話ですね。

今のお話の中でもKellyさんが言われた事、
“ほんまに相手を愛しいって思うのは・・・そんなもんや無いと思うんやけど”
・・・その話はしっかり聴きたいですね。
そして私自身の心境の変化に付いても疑問がありますし・・・
これからもKellyさんと色々お話させて貰ってもいいですか。」
「勿論でんねん。
喜んで~喜んで~喜んで~!!・・・でんねん。
居酒屋のオーダーみたいでんな。」
「キャッハハハ~~」
「そやからA野はんと話す事、
それ自体がKellyさんの為にもなる事でんねん。
Kellyさんの認識の整理にもなりまんねん。
そやからA野はんがKellyさんと話をする事自体を、
Kellyさんの負担になるとか、
そんな風に思わんでもエエ事やねん。
霊縁って言うのんは互いの霊的成長の為に必然としてある事でんねん。
そやから今後もよろしゅうに。」
「はい。解りました。
いっぱい聞きたい事がありますよ。
先生のブログの印刷された物を読んでも解らない事が多いし、
それを先生に直接訊くのもなんか・・・難しい話をされそうで・・・
だからKellyさんとは又お話したいですね。」
「そうでっか。
A野さんがそう思うんやったなら又お話しましょう・・・でんねん。
よかったら今度は、
Kellyさんの大好物、大盛りシ○○○―ルはどうでっか。」
「それもいいですね。
今度待ち合わせしましょう。

・・・そろそろ先生が散歩から帰ってきそうな時間ですね。」
「そうでんな。
おっ・・・A野はんの付き添いの声が聞こえてきましたで~~」


ワンワンキャンキャンクウ~ンクウ~ン
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ワンワンキャンキャンクウ~ンクウ~ン
ワンワンキャンキャンクウ~ンクウ~ン

ε=ε=ε= (++ ) バテバテ・・・⊆^U)┬┬~...▼・。・▼」」」」ー ⊆^▼)┬┬~


A野はんの愛犬に遊んで貰ってはる先生
        ↓

          シッポフリフリ (^ェ^ U ))) オナラ3ブッーー
オテ!▽・_・;▽へ  【<●><×>】  へU^ェ^U オテ!

注 これは先生でんねん→【<●><●>



「・・・ただいま・・・疲れた・・・」
「先生、A野はんの犬にたくさん遊んで貰ったみたいでんな。
すっかりお友達になってるようでんな。」
「うん。
これこれ、そんなところを舐めたら感じるがね。アヘッアヘッ!!」
「・・・先生・・・いくら欲求不満でも、
そんな事くらいで感じてたらあきまへんで~~」
「A野さんと話は出来たかい。」
「それはもう、
そやけどいきなりA野はんにとっては難しい事を言うてしもたみたいで、
そやから又、
お話させて貰う約束をしましてんな。」
「そうか・・・それは良い事だね。」

「先生、Kellyさんとお話させて貰ってありがとうございました。
そろそろ失礼します。」
「気をつけてお帰りください。又お待ちしてます。」
「Kellyさんもそろそろ帰りまんねん。」
「うん。又ね。」




※ プライベートな事柄の公開を許可してくださったA野はんに、

感謝でんねん。(パチモンのKelly)


Kellyさん、チョ~ベッピンはんのA野はんと、最近の霊能力者に付いて世間話する。



この間、○○○療院でA野はんと約束したように、
A野はんとコ○ダへ行って大盛りシ○○○―ル食べてA野はんと話をしましてん。

その時の事をかいつまんで紹介しまんねん。



☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀



Kellyさん・・・コ○ダに到着。

「早く着きすぎたやん・・・
まだA野はんは来て無いようやな・・・
おっ・・・
A野はんの愛犬の声が聞こえてきたやんか。」

ワンワンキャワワンワ~~ン♪
ワンワンキャワワンワ~~ン♪

ワンワンキャワワンワ~~ン♪
ワンワンキャワワンワ~~ンワンワンキャワワンワ~~ンワンワンキャワワンワ~~ン♪

*σ_σ*~-------- ~┬┬(▼^⊇ ー(((▼・ 。・▼ ~┬┬(▽^⊇

注 これはチョ~ベッピンはんのA野はんでんねん→ ~*σ_σ*

「Kellyさん、こんにちは。
この間はどうもありがとうございました。」
「なんやしらんいきなり小難しい事ばかり言うてしもたみたいで、
解り難かった事も有りましたやろ。」
「ええ・・・
でも、Kellyさんと話をする事で、
先生が使ってらした言葉の意味も理解しやすい・・・

・・・先生は時々、
チョ~とろくっさいギャグも言いますけど、
大事な事を言う時は、慎重に言葉を選んでますしね。
ですから、
言葉そのものに先生の考え・・・思想って言えばいいんですね。
だから先生がそう言う意図で言葉を使った時は、
後から考えないといけない・・・
そう言う感じもあって・・・

それもあって今日は、色々訊きたい事もあるんですよ。」
「そうでっか。何でも訊いてチョ~!!でんねん」(笑)
「キャッハハハ~!!先生の言い方の真似ですね。

今日聞いて欲しいのは、
初めて先生の所に伺ったとき色んな事を感じたんですよ。
その事に付いてもKellyさんに訊きたいし・・・
それに、
この間お話したみたいにちょっと乱暴な言い方をされましたしね。」
「アホな先生ですやろ。
初めて来た人に対しても自分の考えをはっきり述べて説教する。
そやから○○○療院は閑古鳥が鳴いてまんねん。」
「商売は下手ですね。」
「そやな・・・」
「その話はおいといて、
一番最初に先生と話した時の事は、この間も少し言いましたけど、
私がテレビに出ている霊能力者の事を口に出したら、
そのとたんに先生は、

“あんなもんは話にならん!!”

・・・そう言ったんですよ。

今ならそれは、
私なりになんとなく理解出来るのですけど、
ちょっとビックリするような言い回しですね。」
「ほんま・・・アホな人やな。
いきなりそんな言い回しをせんと適当に話をあわせる・・・
一番最初に来はった人には、そう言う言い回しをしてもエエやろけど・・・」
(なんか感じたからかも知れへんな・・・)

「それはそうですね。
ですからちょっとビックリしました。
先生の言い方は、まるでそれが“悪”かの様な印象を受ける・・・
それも今なら少しは解るんですけど・・・」
「そうでんな。
先生は、今、本当に価値の有る事が、
人の低い心(靈)の発現由来の解釈でどんどん低いもんになってて、
その事に大半の人が気が付いて無い・・・
それが一般的な常識みたいなもんになり、
その結果、本当の事を誰も知らん様になる・・・

それは、
人(日止、霊止)の心(靈)の低い部分があり、
そしてその心(靈)の低い部分との感応共振する霊的存在・・・
悪神とか悪魔とか・・・そう言う存在は実在してると思うてる。
そやけど悪神や悪魔に対し、
“善(神格化の方向性と智性の受信)”の神や“善”の霊的存在も実在してはる。
その“善悪”(神格化と、動物化=心の本能化)の存在の思惑の受信を、
人はしてる訳で、
どっちにチャンネルを合わせるのかは、
その人の心(靈)の在り方でしかない。
それが先生の考えやと思いまんねん。」
「そうですね。それは理解出来る事ですね。」
「そして、
低い心(靈)の発現の人が圧倒的多数の世界がこの世界やから・・・
価値のある何かが低い解釈をされ、それが一般常識みたいになってる。
先生はその事に腹を立ててるし、憂いてるし・・・
そやから先生はこの世界が大っ嫌いになったやん。」
「・・・そんな風には見えないですけどね・・・
それは先生の本音の部分をKellyさんは知ってらっしゃるって事ですね。」
「・・・本音でっか・・・それは違うと思いまんねん。」
「???」
「先生の本音はこの世界が大好きでんねん。
人間も大好きでんねん。
多分、そうでんねん。
そやからこそ今の世界が腐ってる事自体・・・先生は許せないと思いまんねん。
そやから分かりやすく言うたなら、
今先生がこの世界を見て憂いている事、その心(靈)の動きって言うのんは、
先生自身が思う良い形を望んでるからでんねん。
・・・そやから、
この世界が大っ嫌いなんて何回も言うてるけど、
イヤよイヤよも、好きの内・・・みたいなもんでんねん。」
「・・・ちょっと違うんじゃないですか?」
「そうかもしれへんな・・・
滑ったギャグですんまへんでした。」
「でも、Kellyさんの言いたい事は理解出来ましたよ。」
「それならエエねん。

話を戻しまんねん。

大体先生が今まで52年半の人生で考えて来はった事は、
自分が一体なんなのか?
自分の存在意義ってなんなのか?
何故自分はこんな境遇に生まれたのか?
因縁や宿命や運命って何なのか?

そんな事ばかり小さい時から考えてた様で、
ほんでから、
18歳の時に劇的に霊眼が発現したからこそ、

霊能力ってなんなのか?
霊って何なのか?
オーラってなんなのか?
神って何なのか?

そういう事を考える・・・先生の人生はそんな事ばかりやねん。
その事ばっかり真剣に考えてきたみたいなもんでんねん。
それは先生は本当の事を求めてきたって事でんねん。
ほんでからそれに応じて、
太陽凝視を教えてくれたKさんやローム太霊さんや、
先生の憑き物のダキニホンテンはんとの霊縁が出来たって事でんねん。」
「そうなんですか。」
「そやから、
そんな乱暴な言い方をA野はんにしはったのは、
さっきも言うたけど、主護霊の意義と意味・・・
その事が低い霊能力者の勝手な解釈で、
形骸になってる事自体に、先生は、
とても腹を立ててるからやな。

大体、主護霊の存在意義と意味と定義を、
正確に伝えた霊的存在って言うのんは、
ローム太霊さん以外にいてませんねん。」
「そうなんですか・・・」
「A野さんがその事を知らんのは当然でんねん。
これは先生から聞いた事で、先生の受け売りなんやけど・・・

昭和の初めの頃やったと思うけど、
日本には一時期、心霊を研究する団体がありましてん。
今でもその団体はあるようやけど・・・どんな活動をしてるのかは知りまへんねん。
大体、何かの団体はこの間もKellyさんが、
“日月神示”上つ巻 第十五帖の解釈をした時にも思うたんやけど・・・
只、雰囲気を楽しむだけとか、
今の社会の現象=事象をただ憂いて愚痴を垂れる事に終始するだけとか・・・
そう言う人が集まりまんねん。
そやから日月神示を人(日止、霊止)に垂れた存在は、

“今までの様な宗教や教への集団(つどひ)にしてはならんぞ、
人を集めるばかりが能ではないぞ、”

・・・て、言うたと思いますねん。

大体、霊的成長って言うのんは個人の認識でんねん。
それ以前に、
一般に霊的成長って概念が無いやん。
そやからそれは人(日止、霊止)は自分の良い形って言うのんを目指す。
それは低い欲望から始まるんやけど、
その時の心(靈)の発現の段階の程度が、
その人自身の・・・自分の良い形って概念を、
自分で決めて行きまんねん。
それが幸福の概念の違いみたいなもんでんねん。
その事も先生は、
A野はんに一番最初に言うたんやなかったんですか?」
「そうでしたね。
幸福の概念の高低が風俗で働く事を選択する・・・
そうやって大事な何かを失っていく・・・
それを先生は言いたかった・・・それは良く分かります。」
でもそれも・・・難しい話ですね。」
「そうでんな・・・話が逸れてしまいそうでんな。
そやから話を戻して・・・

その時期に活躍した霊媒、
心霊の世界で有名な人を挙げれば、
K霊媒、H霊媒、そしてS会=紫光会のT霊媒・・・
そして、色んな教義を垂れた存在は、
K霊媒は、モゴール霊、
H霊媒は、大峰老仙、
T霊媒はローム太霊さんや、
他にもS会=紫光会の交霊会では、
玉造霊神はんも直接言葉を語ったらしいけど・・・
先生は会員の主護霊とローム太霊さんの声しか聴いてませんねん。
そやからそれは、
S会=紫光会の沢山の霊的存在が直接言葉を発して、
それは、T霊媒のエクトプラズムを利用して実体化したんやけど、
この事は沢山の本や色んなサイトで紹介されてまんねん。
興味が湧いたら調べてみたらエエねん。」
「はい。」
「ほんでからS会=紫光会では、
ローム太霊さんや玉造霊神さんや会員の人たちの主護霊が、
会員の人達に色んなアドバイスやら教義やらを、
直接談話って形で語ったんやけど・・・

さっきのモゴール霊や大峰老仙やローム太霊さん・・・
そやけどその中で一番高い内容って言うのんは、
やはりローム太霊さんの教義やと思いまんねん。

そやからその時期って言うのんは、それぞれが、
“上”の思惑の顕現で、
人(日止、霊止)に、霊的な事を教えようとした・・・
それが神の計画やって先生は解釈してまんねん。

そやからその時期に霊媒がある程度登場し、
霊的な色んな事を、
一般に霊的に無知な人・・・そう言う常識が無い・・・
そやから人に教えたかった。
さっきも言うたけどそれは“上”の思惑の顕現でもあるし、
そやからこそ、今、
主護霊って言葉は一般に認知されたんやけど、
その意味は低い人の解釈でエエころかげんなもんになってまんねん。」
「そうなんですか。」
「ほんまに価値の有る事を認識するってって言うのんは、
その人がどれくらいの霊的成長をしてはるのか・・・と、
どんな動機で求めてるのか・・・
色んな要素がありまんねん。
その人が霊的な知識を只ひけらかすとか、
商売に利用するとかは、前のブログでも何回も言うた事やし、
この間もブログ内でKellyさんは言うた事なんやけど、

低い心(靈)の発現の人は、
価値を見出してないからこそ、
価値を見出せないからこそ、
主護霊やオーラや双子の魂・・・それらの言葉しか認識出来へんねん。
ほんでからそれを自分の都合よく利用し、
テレビに出てる霊能力者は商売しかしてへん。
そう言う類の霊能力者って言うのんは、
一時、霊能力を発現してそれを示す・・・
その時期はあっても、
それは、
その霊能力者自身が試されてまんねん。」
「自分が自分の霊能力をどう扱うのかって事ですね。」
「そうでんねん。
先生の言いたい事をよう理解しはるやないですか。」
「その後・・・何回も聞かされましたから・・・」
「そうでっか・・・それはきっとくどいように言うたんやろな。
それは多分、
一番初めにA野はんに言うた言葉が先生の心に残ってて、
ちょっと乱暴な言い回しをした事自体、
それも先生が自省して、
そやからこそ、よう説明する必要性を感じてるのかも知れへんな。」
「・・・そうかもしれませんね。
責任を感じてるんですね。」
「それもあるやろけど・・・
先生は単なる心がウジ虫って事もあって、
いつでも・・・ウジウジ・・・ゴニョゴニョ・・・クヨクヨ・・・
後から考える性格でんねん。
よっぽどKellyさんの方がさっぱりしてまんねん。」
「それも良く判りますよ。
先生はいつでも自分の言った事とか行動とか・・・
それで良かったんだろうかって考えてますよね。
それも先生の考えの・・・自省(胸の磁性“十”)の“行”ですね。

ですけど・・・
Kellyさんが先生と気が合うのも、
先生のそう言う・・・ある意味女々しい部分と違う性格・・・
そう言うところがKellyさんにはある。
だからこそ・・・話しが出来る・・・
そう言う感じですね。

だから、今、私が言ったのは、
先生よりKellyさんが男みたいって事ですよ。」(笑)

_(。_°/ ズルッ!・・・ズベッ(ノ_ _)ノ・・・(o;_ω_)oバタ・・・コケテモタ

「・・・そうでっか・・・褒め言葉と受け取らしてもらいまんがな・・・」




ワンワンキャワワンワ~~ン♪
ワンワンキャワワンワ~~ン♪
ワンワンキャワワンワ~~ン♪
ワンワンキャワワンワンワンキャワワン

ワンワンキャワワンワァァァ~~ンッ!!

へ∪・ω・∪へ へ(U・x・U)へ  へ▼o・ェ・o▼へ・・・ジタバタジタバタジタバタ !!!

「A野はんの愛犬が騒いでまんな。
そろそろ帰りたがってるんとちゃいまっか?」
「そうみたいですね。それじゃ今日はそろそろ失礼して・・・

今度、
先生の所に伺うようになってから変化した、
私自身の心境に付いて話したい事があるんですけど、
聞いて貰えますか?」
「勿論でんねん。
今度はA野はんの犬達が退屈せんような場所で話しをしたらエエやろな。」
「公園とかがいいかもしれませんね。」
「そうでんな。
公園で缶コーヒーでも飲みながら話をしたらエエやろな。
A野はんの愛犬と一緒に遊べるし・・・」
「そうですね。うちの犬達ともお友達になってください。
それじゃ今度、又、話を聞いてください。」
「承知しましてんな。
A野はんの連絡、待ってまっせ~~」





Kellyさん、メタボ研修医のYっちゃん先生と、死を待つだけと思える入院患者の事に付いて、話す。

この間、
最近ちょっと疎遠になってる先生から珍しく電話があって、

“Kellyと話したいって人が又々出てきたんだけど・・・
話をしてくれるかな?”

・・・って、内容やった。

ほんでから、
今回先生から電話で紹介して貰った人は
現在30歳の内科の研修医で、
先生はその人の事をYっちゃんって呼んではるそうでんねん。

それは、先生とYっちゃんの付き合いって言うのんは、
最初に顔をあわせてからもう二十年近くになるらしく、
伊吹山や、桃の花見なんかも一緒に行った事があるらしいねん。
ほんでから・・・Yっちゃんが中学生の時に膝関節を痛め、
その症状に対し、先生が鍼をうって症状を軽くした。
それ以来Yっちゃん先生は、
鍼に興味を持ち、鍼が好きになったらしく、
調子が少しでも悪いと先生を呼ぶらしい。
ほんでからYっちゃんの家系は、代々チョ~有名な政治家で、
特にお祖父さんは、
既に故人やけど、誰でも名前くらいは知ってはる人でんねん。

そやからそれは、Yっちゃん先生の家系での右往左往と左往右往・・・
Yっちゃん先生の血筋としての場(フィールド)・・・○○家が、
○○家全体として霊的成長をして行かんならんから、
そういう事があるからこそ、
お祖父さんの一生が、右往左往で、
それは政治家として “力”を示してた期間が有ったって事でんねん。
ほんでからその後は・・・
息子さん・・・Yっちゃん先生のお父さんが政治家になり、
そして今は、Yっちゃん先生のお兄さんが政治家になったけど、
○○家が左往右往の段階に入ってるから・・・
これからはたいして活躍は出来へんやろって言うのが、
先生の見解でもある・・・
ある意味、チョ~失礼な見方でもあるけどな。

そう言う点でも・・・Yっちゃん先生を電話で紹介して貰った時、
Kellyさん的に一番最初に思うたんは・・・

今現在、先生と(霊)縁のある人(日止、霊止)って言うのんは、
心(靈)が“上”に向かってて、
ほんでから自省(胸の磁性“十”)の“行”をしてはる人が多く、
前のブログで紹介させて貰った、
元ソープ嬢のY子さんや、
このブログにも再度登場したチョ~極上ラブラブ中高年夫婦さんや、
チョ~ベッピンはんのA野はんや・・・

それは・・・今まで楽しく調子よく生活してきて、
金も物も入り、功名心や自尊心・・・腹の段階の心(靈)の発現を満足させてきた。
そやからその時は・・・比較的なんでも自分の思い通りになってて、
その事に付いてあまり何も考えずに生きてきた期間がある。
そやからそれも結果良好で・・・それは、一言で言えば右往左往何やけど・・・
ほんでから、
その右往左往の期間でも小さい左往右往はあったやろけど・・・
特にチョ~極上ラブラブ中高年夫婦さん御夫婦は、
お互いに結婚に失敗したりして、
それから巡り逢ったとか、
ご主人は一度、生死の境を彷徨った事が有ったそうで・・・
そう言う事でもそれは、
総体的な右往左往の中の、
小さい左往右往とも言える事なんやろけど・・・
そんな言い方したら御主人はんは・・・きっと気を悪くするやろな。
とてつもなく苦しかったって思うてはるやろから・・・
そやけど・・・
それを体験して今の奥さんと巡り逢い、
ほんでからチョ~極上ラブラブ中高年夫婦って呼ばれるような仲になった。
そう言う事も、本当の相手・・・見栄とか地位とか物欲とか・・・目先の愛欲とか・・・
結婚って言うのんはそんなものではなく、
お互いがそれを望んだからこそ、本当の結婚の意味を追求し始めた。
だからこそ、チョ~極上ラブラブ中高年夫婦は出逢った霊縁であると、
先生は思うてる。

・・・余談やった。

今その人達は、今現在感じてはる事象に付いて・・・
それはなんやしらん・・・
何事も今迄の様に調子よく上手くいかなくなってきてはる・・・
そやから、
自分達が今までやってきた事を、憂う(脾、日足(ひたり))事が多なってきた。
そやからこそ先生と話が出来る部分があるし、
先生は、その人たちに今起きてる事象、
その事自体・・・思うように行かん様になって来た左往右往の段階が、
その人達の霊的成長に必要な事象やって確信を持ってはる。
それは・・・先生自身がそうやからでもあるな。

そやからYっちゃん先生・・・
多分その人も、
そう言う人なんやろって思うたんやけど・・・ちょっと違ってましてんな。

それはまだ幼い・・・心(靈)が幼い段階でもある・・・
話をして、それを感じ(感じる磁性)たんやけど・・・

そやから・・・その話をした時の事を紹介しまんねん。


☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀


「Kellyさんはじめまして。○○ Y です。」
「こちらこそはじめまして、Kellyって言いますねん。
そやけど・・・いきなり失礼な事言わせて貰いますけど・・・
Yっちゃん先生・・・腹、でかいでんな。
チョ~メタボやおまへんか。」
「そうなんです・・・その事でいつも先生に罵られてイジメられますよ。」
「先生・・・口悪いから・・・
そやけど先生はただイジメてるだけや無い・・・
その事もYっちゃん先生は解ってはるんや無いんでっか?」
「そうですね・・・
先生は口が悪く、ふざけて傲慢な言い方をする事もある・・・
ですけどそれは先生自身が自分に厳しく、
それは・・・先生なりの基準と思想って言うのかな・・・
そう言う視点で何でも観るからでもありますね。
だから・・・僕の腹の事を観て先生が言った事、
例えば・・・新弟子検査とか、朝○龍の腹とか、
養豚場に仕事に来たとか、
仰向けのガマガエルとか・・・(笑)
そして・・・僕自身が自分に甘いからこそ、
Yっちゃんの心(靈)の甘さが皮下脂肪になったとか・・・
散々な事を言われましたけど、
それは、僕自身の良いカタチって事を先生は思っていらっしゃるから、
だからこそ先生はそう言う言い方をしてくれている・・・
それは理解してます。」
「・・・しかしひどい言い方してはるんやな。
先生は屁理屈も一流やけど、
皮肉や悪口も中々の物やから・・・時には傷付いたりしたんやないんでっか?」
「それは・・・不愉快に思った事も有りますけど、
不愉快に思う自分自身が自分に甘いからだって思いますから・・・」
「そうでっか・・・
それは先生の考えの影響を受けてるからYっちゃん先生はそう思うんやな。」
「そうかもしれませんね。
だから・・・僕にとっての先生は、
色んな事を皮肉交じりに、
親切に・・・時にはチョ~おせっかいに、
教えてくれてくれる人でもあるんですけど・・・
色んな質問をすると、厳しい返事が返ってきて、
なんか・・・結局、
僕自身の甘さを指摘される・・・
そう言う印象があって、最近あまり話が出来ないんですよ。」
「そうでっか・・・
そやから先生は、
KellyさんとYっちゃん先生が話をしたらエエやろって思うたんやろな。」
「そうですね。
何か・・・先生と直接話をするとちょっと怖い・・・
特にあの屁理屈混じりの話は、聴くととても疲れる感じだし・・・」
「それも霊的干渉の変圧の過程でんな。」
「変圧ってなんですか?」
「それはいきなり“上”の思惑を受信出来へんって事でんねん。
それを簡単に言うたなら・・・
先生はちょっと平均的地球人と考えがかけ離れてる。
それをいきなりYっちゃん先生が理解出来ん。
そやから、Yっちゃん先生が理解するには、
Yっちゃん先生の霊的成長度に近い人の話の方が、
Yっちゃん先生にとっては、
先生と直接話をするよりも難しくなく、
抵抗も少なく、
相対的に、簡単に理解出来るし、納得出来るって事でんねん。
ほんでから話をする事自体が、
霊的干渉そのもので、
それは又、
電磁誘導で、
Yっちゃん先生の肉体に先生の思惑=オーラで、
新たな生体内電流が生じ、それで肉体が創り変わる・・・
そやから霊的に高い人と話をすると疲れまんねん。
それは太陽凝視でもそう言う事でんねん。
太陽の振動=太陽の思惑を受信したら、
凄く疲れまんねん。
そやから“行と修行”って事なんやけど・・・

余談やけど・・・最近の夏の太陽の影響で先生は、
ちょっとこけてると思いまんねん。

大体いつも先生の顔は、
【<●><●>】・・・こんな感じやけど、
梅雨明けの頃の先生は、梅雨の間、
あまり太陽凝視をして無い体になってて、
梅雨明けでいきなり夏の太陽になり、
ほんでから、長時間の太陽凝視の影響で凄く日焼けして、
一時顔がむくみ、
【<-><->】・・・こんな感じになりまんねん。」
「そうなんですか・・・
変圧・・・覚えておきます。
しかし・・・いきなりKellyさんの話も先生のような難しい話ですね。
変圧・・・霊的成長の過程・・・程度の差って事ですね。
そして電磁誘導・・・それは、物理や電気の言葉ですね。」
「電気や物理や霊的な事って言うのんは、
結局同じ事でんねん。
その話は先生から聞いた事は無いんでっか?」
「いや・・・聞いたような聞いてないような・・・」
「今のYっちゃん先生の感想・・・
それが多分、変圧の過程って事でんねん。
先生の思惑がYっちゃん先生に伝わってなくって理解出来なかった。
そやけど今Kellyさんが言うた事、
電気や物理の事でんな。
それはとても重要な先生自身の認識やから、
言うて無いはずは無いと思いまんねん。」
「・・・そうかもしれませんね。
僕が理解出来なかったから、
僕自身が忘れたとか話してる時に注意して聞いてなかったとか・・・
そういう事になるんですね。
だからこそ変圧の過程で、
Kellyさんと話をしたなら僕自身の認識は変わっていく・・・
それは、
先生と直接話をするよりも、僕自身にとって良いカタチなのかも知れない・・・」
「多分そうでんねん・・・
ほんでから、Yっちゃん先生に対し、
KellyさんがKellyさんの認識を伝える事って言うのんは、
Kellyさんの為にもなりまんねん。
大体、Kellyさん自身の認識って言うのも、
先生と霊縁が有り、長い話をしたから構築出来た認識でんねん。
それをYっちゃん先生に解り易い様に話す・・・
それは大事な作業やと思いまんねん。」
「そうですか・・・そうですね・・・
解りました・・・よろしくお願いします。

・・・それで、
先生に訊いてみたかった事があるんですけど、
Kellyさんに訊いてもいいですか?」
「Kellyさんが判る範囲で答えまんねん。
それでYっちゃん先生がエエなら・・・言うてくれまっか?」

「最近・・・長い学生生活がやっと終わってやっと医師免許が取れ、
今、研修期間中なんですけど・・・
今行ってる病院では・・・大体どこでもそうだと思うんですが、
長期に入院して・・・只、命を長らえさせてるような患者さんがいる・・・
それは、半年も一年も寝たきりで・・・意識があるような無いような・・・
只、食事して排便して時々家族が見舞いに来て・・・
それもまるでお義理みたいな見舞いでしかない。

そういう事に意味があるのか無いのか・・・
それは、
その人の人生にとってその期間って言うのは、
意味があるのか無いのか・・・

医者が言うセリフでは無いですけど・・・疑問を感じるんです。
それは・・・
早く昇天したほうがいいんじゃないのか・・・
そういう事まで考えてしまう。
そのほうが本人も家族も楽なんだろうし・・・」
「Yっちゃん先生、それは違いまんねん。
そうやって意識があるような無いような時間を過ごす事そのものが、
自分の死を意識する事でんねん。
それもその人にとっては重要な期間でんねん。
そやからそれは、その逆を考えたら判りやすい事でんねん。
突然の死は、自分が死んだ事すら認識がないって事でんねん。
そやから彷徨う・・・
例えば、殺されて因縁霊になるとか・・・
相手に恨みを晴らすって霊でんな。

それは自分に対する認識が低いから・・・
死を認識してへんし、ほんでから自分が肉体を持ってた霊やったって認識を、
持ってへんからでんねん。
そやから生きてた事に執着するから、次の段階・・・
それは・・・ちょっと語弊のある言い方やけど、
霊の世界に、
死後の世界に行かれへんねん。」
「語弊のある言い方?霊の世界と死後の世界って言葉が・・・ですか?」
「そうでんねん。
自分が感じる事象って言うのんは自分の認識が生み出す物でんねん。
そやから霊の世界とか死後の世界って言う言葉そのものが、
幼稚な表現でんねん。

死っていうのは、心(靈)が感じる認識で言えば、
相対的な変化でしかない。
肉体を持ってる・・・肉体を捨てる・・・それが生死やけど、
そう認識されてるんやけど、
死んでからも自分は自分でんねん。」
「ハア・・・それはなんとなく判ります。
霊=心って事だからですね。
その事は先生はくどいほど言いますから・・・」
「そうでっか。
そやからその先生の言うた事を材料に考えれば、
エエ事でんねん。」
「この世界に迷う霊は、霊的成長をしてない。
そして生きてる人間の足を引っ張る結果になる。
そういう事があるからこそ自分の死を意識する事は大事って事ですね。」
「それ以外にも有りまっけど・・・
それは、
入院生活そのものが左往右往の段階で、
自省(胸の磁性“十”)の“行”でもありまんねん。
例えば、
飲酒や美食が過ぎて糖尿病になって、
心臓疾患や脳血管障害を併発して、
それで寝たきりになってはる人が居たとしますやんか。」
「そう言う人は多いですね。」
「そやからそれも自分がやってきた事の結果でんねん。
それは食事制限も進められたやろし、医者も周囲の人も忠告したやろし・・・
それでも自分のやる事って言うのんは自分で決めてやってきた。
そうでっしゃろ。」
「そうですね・・・言い訳めいた事は言いますけどね。
友達の誘いを断れずに食事したり酒飲んだりとか・・・
自分が悪いって思って無いからですね。」
「その通りでんねん。
自分が悪く無いと思いたいのは、
自我の確立=固定化の段階の霊的成長度でんねん。
それを如実に示してるからこそ、そう言うものの言い様をしまんねん。
そやけど・・・
自分のやってきた事そのものは色んな条件があったやろけど
結果それは自分で決めた事でんねん。
それを、誰かのせいにしたいって事でしかないって事でんねん。
言ってしまえば・・・自分に甘いって事でんねん。
そやけどその心(靈)のまま死んでしもたなら・・・」
「欲望に執着した浮游霊になるって事ですね。
あの時食べた物は美味かったな~とか、
あのときの酒は美味かったな~とか、
あのときの旅行は楽しかったな~とか・・・
結果そう言う人たちの言う事は昔の良かった事を思い出すだけ・・・」
「Yっちゃん先生、
そこにその言葉の裏にある心(靈)の動きを感じんとあきまへんで~。
それは、その言葉って言うのんは、
もうその時の自分には戻れないって言う、
自分に対する・・・寂しい認識が芽生えたからでもありまんねん。
大事な心(靈)の変化って言うのんはそこにあると思いまんねん。」
「そうか・・・そうかもしれませんね。」
「そやからそう言う人達にとっての入院生活って言うのんは、
過去の思いから執着を断ち切る・・・その過程の事でんねん。
それが、
死ぬ前に自分の死を意識する事で、
それはとても大事な事でんねん。
大体、突然死を迎えたなら、
さっきも言うた事やったけど・・・自分が死んだって認識すら無い事でんねん。
そやから、
長患いで入院し自分が段々弱り・・・
それを体験した霊=その人の心(靈)って言うのんは、
死を自覚出来るからこそ、
迷う事が少なくなりまんねん。
それに対し、死を意識しないうちに死ぬ場合は、
それはローム太霊講話集でも、ローム太霊さんが解説してて、
今の話に比べ、極端な例を挙げれば、
事故死や殺人や・・・そう言う事例までローム太霊さんは解説してまんねん。
それは必ず迷い、恨みの連鎖に加担する事になりまんねん。
ほんでから今Kellyさんが言うた先生の概念、
恨みの連鎖の霊的干渉って言うのんは、
先生がローム太霊講話集を読んで、
ほんでから、先生自身が自分の因縁を贖う(あがなう)事象も、
先生が体験した。
それは相当苦しかったらしいけど・・・それを通じて成長したからこそ、
認識は変容した。
そやからその結果、先生が持った概念の上での言葉、
それが、
恨みの連鎖でもありまんねん。

そやけど・・・先生の話や無かったでんな。
話を戻しまんねん。

そやから、
恨みの連鎖って言うのんは低い心(靈)の事象でもある。
それは“日月神示”上つ巻 第二十帖の解釈で、
(前回の記事)
Kellyさんが考えた事でもありまんねん。

目先の損得って概念があるから=霊的に成長をして無いから、
奪われたら奪う・・・仕返ししたい・・・殺されたら殺す・・・
そう言う発想そのものが、
自我の確立=固定化の段階でんねん。

それに対し、
自分が“慈悲”と“慈愛”を持ってて、
さらに、
霊的干渉と、自分の心(靈)は永遠の実在って認識を持ってたなら、
自分がどんな目に遭ったとしても、
それは、
自分に起きた必然の事象であり、
その意味を考え、
今後の自分の在り方を考える材料にする。
それが、
先生の認識(悟り、幸取=さとり)から出た言葉、
“すべての事象は自分の在り方を示す”・・・でも有りまんねん。
ほんでから多分・・・
今後の世界は(アセンション後は)そう言う認識をしっかり持った人ばかりの、
世界に成りまんねん。」
「そうなんですか・・・」
「解り難いやろな。
要は、
今KellyさんがYっちゃん先生に言いたかった事は、
恨みの連鎖・・・
それを引き起こしてるのは心(靈)の低い段階・・・
心(靈)の低い部分っていうのが妥当かな?
それは心(靈)の構造と認識される言葉の、
本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性・・・
その言葉を考えたら判りまんねん。
それが又、進化の本当の意味でんねん。
進化=霊的成長=本能の心(靈)から発現し智性に至る=神格化でんねん。
そやから、人の認識(悟り、幸取=さとり)が、
幼い段階でこの世界に執着するから、
恨みの連鎖の霊的干渉が起きる・・・って思うてまんねん。」
「そうですか・・・心(靈)が幼いから恨む。
だから動物を食ってはいけない。
そういう事も有りますね。」
「それは先生から聴いたんでっしゃろ。」
「そうでした。受け売りでした。」
「Kellyさん的に今Yっちゃん先生に思うのは、
先生から聴いた事そのものがYっちゃん先生先生の認識そのものに成り得ていない。
そやから受け売りに成る。
失礼やけど・・・それを感じましてん。」
「・・・」
「余談でした。
死んでから・・・只単に死んだ後はこうなるって言うのでは無く、
死んだ後からも心(靈)って言うのんは、
認識は拡大して行くって事が重要な事やと思いまんねん。」
「そうなんですね・・・
認識の拡大・・・自分を振り返り自分のやってきた事を反省する・・・
それが先生のよく言う自省(胸の磁性“十”)の“行”って事ですね。」
「そうでんねん。
そやから生きてる期間・・・肉体を持ってるうちに、
自省(胸の磁性“十”)の “行”に、
入るって事が、
霊的成長にとって必要やと思うんやけど、
今、恨みの連鎖で起きてる事は、
それは、恨みの連鎖の具体的な事象って言う意味の事やけど・・・
戦争とか災害とか疫病とか、最近の理由の判らへん無差別殺人とか・・・
それに関わった人の心(靈)そのものが、
未熟なままの心(靈)での死になりまんねん。」
「そうですね。それは良く判ります。」
「そやから、
自省(胸の磁性“十”)させんと簡単に人に死を体験させる・・・
結果、彷徨う・・・
この世界は浮游霊でいっぱいでんねん。
ほんでからそう言う世界を望んできた存在が居てる・・・
それは人が持ってる心(靈)の低い部分と感応共振する。
それが、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)って、
先生は思うてる。

そやから・・・今Kellyさんが言いたかった事って言うのんは、
人は生き死にを通じて自分の認識を拡大する。
それが霊的成長の段階・・・多分それは、
生命(生きる使命=存在理由)としては低い段階の成長過程で、
平均的地球人はまだとても幼いから、
死の事をよう知らんし、
只、恐怖の対象でしかないって事も有りまんねん。
大事な事は、
死を通じて認識を拡大させて行く事で、
ほんでからそれは、
生きてる間に死を通じて得られる認識を獲得する事の方が、
霊的成長は早いって事でんねん。
そやからこそローム太霊さんは、
死んだ後の事をローム太霊講話集で説明した。
そしてローム太霊さんの意図としては、
死を通じての認識、その事を考えて欲しい。
先生は、
ローム太霊さんが比較的最初に死の事を説明した意図は、
そこにあるって思うてまんねん。」
「認識ですか・・・」
「そうでんねん。
ほんでから、自分の認識の分だけしか事象を感じる事が出来ん。
これも変圧の過程でんねん。

それが前のブログで先生が何回も言うた事、
“人は自分の持っている認識より少し“上”の事しか理解出来ない”
・・・でも有りまんねん。

そやから・・・霊的成長をすればするほど・・・

地球人の幼稚な言い方を引用すれば、
自分の意識は高次元に位置する事が出来る様になりまんねん。
自我の確立=固定化の段階の心(靈)は、
物質の世界しか認識出来ん。
それも変圧の概念でんねん。
そやからこの世界に執着のある霊的存在は、
物質の世界にしか位置出来ん。
それより“上”の世界には行かれへんって事でんねん。
行き先は自分の心(靈)の認識が決めているって事でんねん。
そやからそれは、解り難い一例を言えば、
先生は、
目を閉じた瞬間に違う場(フィールド)の情景を見たりする事が出来るらしいけど、
そんな事は先生自身の認識でしかないから、
誰にも証明出来ん・・・
そしてその世界で通信を受けたり認識を拡大させてまんねん。
ほんでから、そこでの情景を材料に、
先生はけったいな写真を撮りまんねん。

又、話が逸れましてん。

そやから、
認識の変容の為の死・・・状態の変化。
その事を大多数の人は気が付かへん。
そやから認識の低い人が=霊的成長度の低い人が、
死後の世界の事を(知識として)知ったならば、
霊の世界はある~とかの映画を作って、死後の世界を茶化したりしまんねん。
結果それも、
知識を金儲けに利用したに過ぎず、
ほんでから、
自分がエネルギーを贖って獲得した知識ではなく、
只、本に書いて有る事なんかを自分の利益の為に利用した。
そやからその人の認識=霊的成長度はその程度のものでしかなく、
そういう事を先生は、
エネルギーを贖って無い事から考え、
それは、盗んだに等しいって思うてまんねん。」
「・・・厳しい考えですね。」
「又々・・・話が逸れましてん。
話に熱が入りすぎでんな。最近のKellyさんの欠点でんねん。」
「いえ・・・どうぞお構いなくお話ください。」
「そうでっか。それでは遠慮なく話させて貰いまんねん。

そやから、自分が死ぬって言うのんは、
生きて来た事の結果でもあるし、
それを自分の心(靈)が観察して自省しまんねん。
そうやって死後の世界って認識されてる場(フィールド)では、
段々心(靈)が育っていく。
結果自分がどんな目に遭ったとしても、
心(靈)が育つ=認識の拡大をする。
それが“夭と屰”(ようとげき)でもあり、
“幸”って言う字を構成する部首でも有りまんねん。」
「・・・そうなんですか。」
「ちょっと話し足りんかったから話を蒸し返すんやけど、
死後の世界って言葉そのものが不適切って言うのんか、
きちんと表現されて無いっていうのんか、
生きてる間の世界、死んでからの世界・・・
すべては事象の認識であり、
生きてても死んでからも、
自分が得られる事は、
認識(悟り、幸取=さとり)で、
観察する対象って言うのんは、
現津(あきつ)=観察され得る事象であり、
ちょっとややこしい言い方したんやけど、
自分が感じ(感じる磁性)それを観察して、
認識する(受信)って言うのんは、
自分の心(靈)でしかないって事でんねん。
ローム太霊さんはその事を知って欲しいからこそ、
死後の世界の事を言うたと思いまんねん。

その事をYっちゃん先生にはよう覚えて欲しい・・・

おせっかいな言い方やけど・・・

大体・・・質問に対する答えはこれくらいでエエんやろか?」
「充分です。
長患いの意味はよく理解できました。
そしてその答えから得られた事・・・
人は認識するために存在する・・・そう言う言い方が正しいのか判りませんが、
そういう事も感じました。
ですから今後、
解り難い事があったなら又、
Kellyさんと話をさせて貰ってもいいですか?」
「さっきも言うた通り、
この会話自体がYっちゃん先生とKellyさんの為でんねん。
そやから今後もよろしゅうに。」
「わかりました。
今後もよろしくお願いします。

一言、今日の話の感想を述べてもいいですか?」
「どうぞ遠慮なく感じたまま言うて下さい。」
「Kellyさんと話をするのは、
先生と話をするより簡単かのように思ってた・・・
さっきも言いましたね。

ですが・・・自分はとても甘かった・・・

それは先生の屁理屈も凄いけど、
Kellyさんの屁理屈も凄い・・・それを感じましたよ。」

_(。_°/ ズルッ!・・・ズベッ(ノ_ _)ノ・・・(o;_ω_)oバタ・・・コケテモタ

「そうでっか・・・褒めて貰って恐縮でんねん。」
「そう言う皮肉っぽい言い回しも先生そっくりですね。」

_(。_°/ ズルッ!・・・ズベッ(ノ_ _)ノ・・・(o;_ω_)oバタ・・・コケテモタ

「・・・そうやって、Kellyさんの評価をするYっちゃん先生も、
かなりへそ曲がりで、
それは多分、
先生のイジメに鍛えられたからやと思いまっせ。」
「そうか・・・なるほど・・・鍛えられていたんだ。
だから先生の口汚いチョ~メタボの僕の腹に対する言い回しも、
僕自身の認識でどうにでも取れる。
それはさっきKellyさんが言った先生の言葉、

“すべての事象は自分の在り方を示す”

まさにその言葉どおりの事ですね。
勉強になりました。

今日はありがとうございました。
又よろしくお願いします。
それではこれくらいで失礼します。」
「承知しましてん。又の機会を楽しみにしてまっせ~」


Kellyさん、チョ~ベッピンはんのA野さんと、心(靈)は場(フィールド)で、霊的干渉は電磁誘導、・・・その話を、ちょっとだけする。



今日でチョ~ベッピンはんのA野はんと逢うのは、
三回目でんねん。
今回A野はんと待ち合わせたのは、広い芝生の広場がある公園でんねん。

この間、A野はんの愛犬たちがコ○ダで退屈して騒いでたから、
犬たちが退屈せんように一緒に遊んで・・・
私も犬達とお友達になり、
そしてA野はんと話をしようと思うてまんねん。

又・・・A野はんより先に付いてしもたんやけど・・・

おっ!!
例によってA野はんの愛犬たちの鳴き声が聞こえてきましてんな。


キャワワンキャワワンキャワワワワ~~~ン
キャワワンキャワワンキャワワワワ~~~ン

クンクンクン~~~♪♫♪~~~♪♫♪~~~
ガルルルルル~~~♪♫♪~~~♪♫♪~~~
バウバウバウ~~~~♪♫♪~~~♪♫♪~~~

キャワワンキャワワンキャワワワワ~~~ン
キャワァワァンキャワァワァンキャワァワァワァワァ~~~ン

クンクンクン~~~♪♫♪~~~ ♪♫♪~~~
ガルルルルル~~~♪♫♪~~~ ♪♫♪~~~
バウバウバウ~~~~♪♫♪~~~ ♪♫♪~~~


*σ_σ*~-------- ~┬┬(▽^⊇ ー(((▼^ 。^▼ ~┬┬(▼^⊇


注 例によってこれはチョ~ベッピンはんのA野はんでんねん→ ~*σ_σ*



「Kellyさん・・・こんにちは。
又、お待たせしてしまってすみません。」
「全然構いませんねん。
こういう空気のいい気持ちのエエところで待ってるのは、
苦になりませんねん。
ほんでからA野はんの犬達も、
この間のコ○ダで、
早く帰りたい!!って感じの騒いで駄々こねてる感じではなく、
この公園のすがすがしい雰囲気を感じ喜んではる・・・
ほんでからなんやしらん・・・興奮してるようやし・・・」
「そうですね。あまり表に連れ出す機会が無いから・・・
そしてそれは・・・今Kellyさんが言った事は、
環境の違いと認識され得る・・・振動の違う場(フィールド)って事ですね。」
「A野はん・・・先生の言葉に思いっきり毒されてまんな(笑)。
中々エエ傾向でっせ~。」
「そうかもしれませんね。(笑)

先生の考えの、
場(フィールド)の概念・・・
そして、先生の発した言葉や考え・・・
それを、私自身がしっかり理解してるのでは無いと思うんですけど・・・
少しずつ分かる事から理解して行く・・・そのつもりでいますから・・・

だから最初はしっかり理解していなくても、
その概念を、
色んな事に当て嵌めて考える。
それが段々、
自分の認識を高めて行く事でもありますね。」
「そうでんな。その通りやと思いまっせ。」
「ですから・・・先生の言葉や考えを自分なりに使って考える。
それは、
真似をしているとか・・・そういう事になるんでしょうけど、
何かを獲得するには、
最初は何でも模倣から始まる・・・その事も先生から伺いましたよ。
ですから、
何かの価値を知ったなら、その事をいきなり自分のものには出来ない。
それは当然の事ですね。
だから真似をしたり、その人の発した言葉を使ったり・・・
そうやって段々自分の認識(悟り、幸取=さとり)にして行く。

でも・・・余談ですけど、
私がよく使う先生の言葉は、妹と喧嘩した時に・・・
妹が同じような事を何回も愚痴っぽく話すんですけど、
それを、先生の言葉・・・同義反復って言う意味で、
ワンワンニャ~ニャ~ブ~ブ~モ~モ~コケコッコ~とか茶化すんですけどね。」
「それは妹さんは怒りはるやろな。
あんまり使わんほうがエエんとちゃうんでっか。」
「そうですね。結構傷付くみたいですね。
でもそれは、
妹自身が自分の発した言葉を茶化された事・・・
それはたいした意味の事を言っていない・・・
妹自身がそれに気付くからですよね。」
「そやけど・・・故意に傷つける事は無いやろし・・・」
「そうですね・・・
自省(胸の磁性“十”)して、
ワンワンニャ~ニャ~ブ~ブ~モ~モ~コケコッコ~って妹を茶化すのは、
程々にしておきます。」
「そうでんな。そのほうがエエやろ。」

「・・・話が逸れました。

今、私が言った場(フィールド)の概念ですけど・・・
そういう事を特に最近、
思うようになって来た・・・
それは、強く意識するようになって来ましたよ。

ですからそれは、いつかも話したように、
最初、○○○療院に伺う時はとても怖かった。
その感じ・・・私の体験ですね。
そこから感じられる事ですね・・・場(フィールド)の概念は・・・

だから・・・繰り返しますけど、
最初は理由も判らずに・・・ただ怖かった。
予約の電話するだけでも怖かった。
・・・別に、
先生が怖いって訳ではなかったんですが・・・」
「そうでんな。
先生ってお人は、
初対面の人に怖いって印象はあまり無いやろけど・・・
そやから小さい子や犬猫は先生に警戒心を抱かへん・・・
まあ・・・あのお人は、
ちょっと間が抜けてるからやろけど。」
「プッ!!そうかもしれませんね。

ですから又、先生の言葉を引用すれば、
私自身の心(靈)が、
満たされない思いで死んだ子供の浮游霊の通信を受けている。
そして浮游霊自身は先生が怖い・・・
それは、浮游霊自身が祓われるから○○○療院には行きたくない。
その説明は聴いたんですけど・・・
先生からその理由・・・
私の憑き物が先生を怖がっているって事を説明されても、
納得出来なかった・・・」
「今、A野はんが言うた言葉そのものに、
重要な事をKellyさんは感じましてん。

そやからそれは、
A野はんの言葉の“納得出来なかった。”

それは、A野はんの感情に起因する言葉でんな。

只々、イヤイヤって思うてしまう事でんな。」

「そうですね。

頭では解っていても、
先生の説明は理解出来ているつもりでも、
それでも怖い・・・何故か怖い・・・」
「そこに、その言葉自体に、
A野はん自身の心(靈)の発現の程度を感じ(感じる磁性)まんねん。
そやから、感情、情動、そのチャクラは腹に有りまんねん。
ほんでからそれは“目下(めした)”の思いでんねん。」
「“目下(めした)”・・・大脳の旧皮質ですね。」
「そうでんねん。
そやから簡単に言えば、
感情や情動や本能中心の心(靈)の動きをもってはるって言うのは、
“目上(めうえ)”の心(靈)の発現をしていない=智性を持っていないって事でんねん。」
「感情中心の心(靈)の動き・・・ですからさっき私が言ったみたいに、
理屈で解っていても、
イヤイヤって心(靈)の動きが、私の心(靈)を占める。
・・・そういう事ですね。」
「そうでんねん。
そやからそれは、だれでもが自分の心(靈)の中に、
“上”と“下”・・・それを先生は、
“目上(めうえ)と目下(めした)”の本当の意味やと、
見抜いたって言うのんか・・・
“上”から通信を受けたのか・・・
まあ、どっちでもエエ事なんやけど、

要は、
心(靈)の動きには“上”と“下”が有り、
それを自分で良く理解し、
そう言う視点で、
自分が自分の心(靈)を観察せんと、
自分の良い方向性・・・
“観自在”自省(胸の磁性“十”)“直日(なおひ)”でんな。
そういう事をして行かれへんって事でんねん。
それは、
心(靈)が構築されるのは、
自分の肉体が持っている磁性によるローレンツ力で、
神の思惑の低振動化した荷電粒子を取り込む。
それは、
生命(生きる使命=存在理由)としての、
どんな心も霊も、
一個の場(フィールド)であるし、
神の思惑の低振動化した荷電粒子を取り込む事自体が、
自分の思い(心、靈、の四つの場(フィールド)、大脳の新皮質)になり、
そして自分の思いを増幅させ、
さらに自分自身が荷電粒子として、
発振、発信をしているって事でんねん。
その事を示してるのがオーラの相互干渉でんねん。
そやから発信されてる荷電粒子、
それは“上”の存在も“下”の存在も、
どんな存在も、
生命(生きる使命=存在理由)やから、
個の存在にとっては、
影響を受ける=荷電粒子の受信をする=思惑の影響を受ける=オーラの相互干渉でんねん。

そやからそれは、簡単に言えば自分と他者の心(靈)は、
発振、発信し受信して何かを感じていく。
感じて行く事がある意味認識(悟り、幸取=さとり)でも有りまんねん。
そうやって心(靈)は時間の進行と共に育っていく。
そして最後は・・・ゴールは・・・」

「・・・Kellyさん・・・悪いですけど・・・
私には、
難しすぎる話になってます・・・」

「・・・すんまへん。話に熱が入りすぎましてん。

この事は、又、
何回もA野はんと話す機会があると思うから、
これくらいにしときまんねん。

・・・今言うてたのは、
A野はんが最初、先生に抱いた印象と、
○○○療院に行く時のA野はんの感じ方・・・
その話やったでんな。」
「エエ・・・でも、話の腰を折ってすみませんでした。」
「いいえ・・・そんな礼儀正しく言われてしまうと、
チョ~チョ~チョ~恐縮でんがな。」
「キャッハハハ~!!その言い方って先生みたいですね。
Kellyさんも先生の言葉にかなり毒されてますね。」

_(。_°/ ズルッ!・・・ズベッ(ノ_ _)ノ・・・(o;_ω_)oバタ・・・コケテモタ

「そうやな・・・二年数か月も先生と小難しい話をしたからやな。
その影響もKellyさん自身の心(靈)の構築になってるからやな。」
「そうですね。」
「心(靈)の構築=荷電粒子の受信=思惑を認識する事・・・
結局、
先生とKellyさんが話をしたのはそう言う事なんやけど・・・

又・・・話が逸れてしまいそうですな。

今A野はんが言うてた事、
今現在は、○○○療院に行く時怖く無いんでっしゃろ。」
「ええ、その通り、今は違うんですけどね。

ですから今は、自分がイライラしてたり心が不安定になってる時とかは、
先生が恋しくなる・・・

断っておきますけど、
先生に恋をしてるのとは違いますよ。(笑)」
「それは有り得へん事でんな(笑)」
「そうですね。(笑)
だから・・・○○○療院に着くと、なんか・・・ほっとするんですよ。」
「それはA野はん自身が、
A野はん自身の心(靈)が、
受信する振動の違いを見出し始めたって事やと思うんやけど・・・
それは理解出来まっか?」
「なんとなく解ります。
さっきKellyさんが言った心(靈)が場(フィールド)で有り、
心(靈)対心(靈)が、
互いにオーラの発振、発信をして、
互いがその影響を受ける。
そしてそれには“上”と“下”がある。
私が段々“上”の心(靈)を創っているって事ですね。
それは理解してるつもりです。」
「そう言う解釈でエエと思いまんねん。」
「・・・ですからそれは、例えば、
先生も男、
私が接客するお客さんも男、
男には違いないですけど・・・それぞれが発している振動が違う。
それは、
心(靈)の動きそのものが違うって言う事ですね。
お客さんは欲望を満たしたくって店に来て、
金を払い、私を利用する。
そしてお客さんの欲望の心(靈)って言うのは、
満たされなかった浮游霊の心(靈)の発振、発信・・・
それを私は受けている・・・そう言う仕事をしている。
それは貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の心(靈)の発振、発信ですね。
でも、
先生は私に接する時、そんな思いを持っていない。」
「当然やな。
お店に来る男の人はA野はんのお客で、
先生にとってのA野はんは、
○○○療院のお客やから・・・
ほんでからそれは・・・」
「それだけではない・・・Kellyさんの言いたい事は解りますよ。
先生は私の良いカタチを望んでいる。
誰にでもそう思っている。
それを私自身が、感じ(感じる磁性)るから、受信するからって事ですね。
だから、なんとなくほっとする。
そして、
○○○療院にもそう言う高い霊的存在がいて、
そう言う場(フィールド)になっている。
そういう事ですね。」
「そうやろけど・・・

もう一つ補足として言うとけば、
今A野はんが言うたのは、
対外的な事でんねん。」
「対外的な事・・・」
「その、ほっとするA野はんの心(靈)は、
A野はん自身の良い在り方を望む・・・
その通信を受けてて、それは先生だけやなくって、
A野はんの霊的成長を望む霊的存在の通信を、
受けてはるからでんねん。
それもまたA野はんの心(靈)・・・場(フィールド)としての心(靈)を、
構築しているものでんねん。

そやからさっきA野はんが言うてたみたいに、
A野はんがイライラしてた時は、
それは沢山の浮游霊の影響を受けてて、
その霊的干渉・・・
そやから満たされない欲望とかを満たしたいから、
A野はんの心(靈)を利用してイライラさせて、
なんやしらん気晴らしさせたいとか、
それは例えば、
酒飲みたいとか煙草吸いたいとか美味い物食いたいとかか、
金使ってぱっと遊びたいとか・・・
その受信は、
色んな心(靈)の動きになるんやろけど・・・」
「そうですね。」
「そやから、そのA野はんのイライラ・・・
それを観てはるA野はんの“上”の存在は、
それは一例を挙げれば、
A野はんの主護霊や主護霊の眷属達とかでんな。
そやからそう言う存在は、先生のところに行かせたいって思い、
そう言う通信を送りまんねん。
そやからA野はんがさっき言うたみたいに“先生が恋しくなる”・・・
そう思うようになると思いまんねん。」
「それは、私の“上”の通信を私が受信した=認識したって事ですね。
それは、
その事そのものが私の“上”の心(靈)を創って行く・・・」
「そうでんねん。
よく先生の言葉を使いこなしてはるやないですか。
そう思うようになったA野はんの心(靈)の発現は、
先生に逢う前に比べ、
相対的に、
“上”の心(靈)の発現をするようになったって事でんねん。
それもA野はんの場(フィールド)としての心(靈)の進化って事でんねん。」
「そうですか・・・
だから受信出来るようになった・・・
それは段々、
先生の思惑を理解出来るって事ですね。
さっき言ったみたいに最初は納得できなかった事が、
それは感情中心の物の見方・・・心(靈)の動きで、
それが段々そうではなくなって来ている・・・」
「そうとも言えますな。
そやから今のA野はんの心(靈)を構築しているのは、
A野はん自身の心(靈)と、
憑いてる存在の通信・・・
もっと有るけど、この事も説明してたらとても長い難しい話になるから・・・
簡単な事から理解して行くなら、
それは色んな通信を受けてるって事も有るんやろけど、
まず簡単な事と思える事から分析したらエエと思いまんねん。

そやから・・・具体的な話をしたらエエやろな。

A野さん的には何で先生の所に行きたいと思うんでっか?」
「まず・・・自分が楽になりたい。これが第一ですね。
実は、
一番最初に先生のところへ伺って、
ひどい腰痛が治ったんですが、
それこそ今まで色んな治療を試したんですけど、
鍼やマッサージや整体やカイロや、
特殊な物では、木槌で叩く治療とか、
逆さづりにされたりとか・・・まるでSMですね。
ちっとも良くならなかったんですよ。」

「その腰痛の原因が問題やと思いまんねん。
腰から下って言うのんは“下”三つのチャクラに相当しまんねん。
ほんでからそれは心(靈)の発現から言うたなら、
本能、情動、自我・・・そんなところでんな。

それはA野はん自身が仕事を通じ、
お客さんの想念と、
お客さんに憑いてる、
貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の心を持った浮游霊の想念を、
A野はんが受信してきた。
ほんでから、女って言うのんは、
受け取るって言う要素が強い。
それは男と女の性器・・・体の構造にも現れてるし、
考え方も、男と女は違う。
簡単に言えば、
男は思想を構築し、
女はそれに従う・・・
そして男の思想を残す為に子供を産む。
大雑把な言い方やけど大体そういう事がありまんねん。

そやから・・・そう言う点で、
A野はんが相手をして来た男の人って言うのんは、
お客はんが大半でんな。」
「プライベートでも付き合った人はいますけど・・・
数から言ったらそれは明らかですね。」
「そやから・・・
その数に応じた霊的干渉(電磁誘導)が、
A野はんの心(靈)を構成して来たって事も有りまんねん。
又、肉体も創ってまんねん。

そやから今Kellyさんが言わんとしてるのは、
その時の腰痛は、“上”の思惑の受信やったのかもしれへんな。
痛みが有った事自体が“上”と“下”の霊の、
思惑の受信で、
それは、
憑依現象で、
ほんでからそれは、
A野はんの心(靈)と、
A野はんと縁が有った心(靈)の相互干渉で、
相互で荷電粒子のやり取りがあり、
それによってA野はんの肉体に新たな生体内電流の発生が有り、
そやからそれは、先生の概念でもある、
霊的干渉=電磁誘導って事でんねん。

その影響・・・A野はんにとって良い形を教える為・・・

そやからそれは、
先生のところに行かせ、
もっと祓って貰えって事なのかもしれへんな。」
「そう思いますよ。
それはその後、生理でも無いのに沢山の出血があって、
ちょっと苦しかったんですけど・・・それから、
心境も変ったような気がするんですよ。」
「そうでっか。
それも今言うた、
そう言う霊的干渉の上で“気血栄衛(營)”してはる体やから、
先生が治療して、
その結果、低い霊的存在が祓われて、
そやからこそ、
A野はんの肉体の低い霊的干渉で出来上がった部分を、
排出した。
それが不整出血になったと思いまんねん。
多分・・・そう言う事でんねん。
そやけど通常・・・そういう事があったなら、
もう二度と先生のところには来まへんやろ。
それやのにA野はんは、
先生のところで治療をしたいと思う。
それはA野はんが思ってはるだけやのうて、
A野はんの霊的成長を望んではる背後の存在の通信を受けてはるんやな。
それがA野はんの心(靈)の動きになってるんは、
A野はん自身が自分の人生を変えたい・・・
そう思うてるからこそ、
その背後の霊との感応共振が起きて、
ほんでからになんやしらん縁があったから、
先生の治療室に行くようになった。」
「そう思いますよ。」

「ちょっと違う話もしまんねん。

風俗の仕事・・・
A野はんがその事を通じ、A野はん自身が、
男に対する認識(悟り、幸取=さとり)を自分なりに構築してきている。
それは簡単に言えば、
風俗に来る男が男のすべてやと思い込んでるって事でんねん。
それは間違った物の見方やと思うし、
ほんでから風俗で金を使う人って言うのんは、
ほとんど右往左往の段階で、
自分の“力”を示し少し成功し(通貨としての)金が入り、
そして自己満足したい・・・低い功名心でんな。」
「腹の段階の心(靈)の発現ですね。」
「そうでんねん。
そやからA野さんの肉体の構築って言うのんは、
何年も風俗の仕事をしてはる。
その年数分だけ、低い霊的干渉も有りまんねん。
それはこの世界が質と量の世界やからやねん。
要はこの世界は物理法則に支配されているって事なんやけど・・・
今Kellyさんが言いたいのは、
その年数分の霊的干渉が、
A野はんの心(靈)と肉体を創って来たって事でんねん。」
「それも“気血栄衛(營)”ですね。」
「そうでんねん。
それは、心(靈)の顕現が肉体って言う事でもあるし、
簡単に言うたなら、
自分の思惑の顕現を自分の心(靈)が観察するって事でも有りまんねん。
それは、低い心(靈)の発現の人、
下三つのチャクラ由来の進化の段階、
その心(靈)の発現で、
現津(あきつ)=観察され得る事象を、
認識(悟り、幸取=さとり)してるのが、
三次元って言う・・・
先生とKellyさんの認識が有るんやけど・・・

チョ~小難しい話しでんな。」
「チョ~~チョ~~チョ~~大難しい話ですよ。」
「そうでっか・・・でもちょっと我慢して聴いてください。
そやから・・・そうやって、
心(靈)の思惑の顕現=肉体の構築をして来たって事でんねん。
そやから・・・霊的干渉って言葉も、
只、なんかその時だけ霊が取り憑いた。

そういう事やおまへんねん。

いつも・・・始終・・・言葉がかぶってるけど、
霊的干渉の無い時って言うのはあらへんねん。
自分の心(靈)と憑依してくる霊と常に見守ってはる霊的存在と、
そしてA野さんのお店にいてる霊・・・主に子供の浮游霊でんな。
遊びたかった、恋愛したかった、セックスしたかった、
色んな未練を持った子供の浮游霊は沢山いてまんねん。
それは先生が憂いてる事でも有りまんねん。
飢餓貧困で、そして戦争や災害で・・・
言うまでもなく恨みの連鎖でんな。
そう言うもんを引き起こしてるんは、
私達の低い幸福の概念でんねん。
それは“目下(めした)”の思いやし、
腹の段階の心(靈)の発現=“石屋の仕組み”でんねん。
そやからそれを踏まえ、
先生は、A野さんに言うたと思いまんねん。

“幸福の概念を間違えるから風俗なんかで仕事するんだ”

・・・って。

この先生の言い方も、
自分がどんなつもりで生きているのか、
それは、
自分の思想で行動し、
それそのものが思惑の顕現、
左=日足(ひたり)=精神性・・・それを思惑って言うてもエエ事でんな。
ほんでから、だれでも思惑通りに行動するやないですか。
自分の思った通りにしたいと思いますやろ。
そやから、
理由の無い、動機の無い行動っていうのは有り得へん事でんねん。

そやけど、
自分の心(靈)の発現が低いと、
本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動の
自我までやと、
本能とか情動とかの心(靈)の発現の霊的存在に自我を乗っ取られる事が有りまんねん。

それをA野はんの“上”の存在は、憂慮した。
そやから先生のところに行かせ、
最初にどこでも治らへんかった腰痛を先生のところで楽にさせた。
それは先生の腕が良いって事でもなく、
先生のところに行かせる為にどこへ行っても治らんかった。
そういう事があると思いまんねん。」
「霊縁ですね。
私の主護霊・・・霊的成長を望む存在の思惑ですね。
それが、
私の腰痛を通じ、
私自身の心(靈)の在り方を、
私自身に問いかけてるって言うのか・・・
よく考えろって事ですね。
・・・上手く言えないんですけど・・・」
「そうでんねん。その通りやと思いまんねん。

そやけど・・・難しい話で疲れましたやろ。」
「ハアァァァァァ・・・そうですね。

Kellyさんも難しい言葉を使ったし、
私も今、
沢山難しい事を考えながら話したし・・・」
「その時に又、
“上”の思惑を受信してるからでんねん。
だから疲れまんねん。」
「・・・そうなんですか。
それは、
今Kellyさんと話している時の私と、
いつも私がお店にいるときの事を比較したら判りやすいですね。
お店にいる時は仕事の事しか考えていない・・・
それは浮游霊の思想の受信が主って事で、
今Kellyさんと話している私は、
私の“上”の思惑を私自身が積極的に受信しようとしている。
ですからそれは、同調ですね。
だから・・・疲れる・・・それも“気血栄衛(營)”ですね。」
「そうでんねん・・・

そやから、
A野はんがあんまり疲れると気の毒やから、
今日は、話すのはこれくらいにしといたらどないでっか?
場(フィールド)の構築・・・心(靈)が場(フィールド)である事。
・・・この事は何回も話をすると思いまんねん。」
「そうですね。・・・又お話させてください。」
「勿論でんねん。

ほんでから・・・帰る前に、
A野はんの愛犬と戯れてもエエでっか?」
「どうぞ、遊んでやってください。」

A野はんの愛犬と戯れるKellyさん 
     ↓

ほれ!! ボール取りに行かんかい!!


Jo⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒ 

!!キャワワンキャワワンキャワワワァ~~~ン!! 


猛dash!! ビュ~~~ン→→→   ~~☆☆☆ ~┬┬(▽^⊇ 
猛dash!! ビュ~~~ン→→→   ~~☆☆☆ ー(((▼^ 。^▼ 
猛dash!! ビュ~~~ン→→→   ~~☆☆☆ ~┬┬(▼^⊇


A野はんの愛犬になつかれるKellyさん                   

                      

      シッポフリフリ (^ェ^ U ))) オナラ3ブッーー
オテ!▽・_・;▽へ  J_×し  へU^ェ^U オテ!

  
注 これはKellyさんでんねん →  J_



「ふ~~~~~疲れましてん。
A野はんの犬達はタフでんな。」
「うちの子達と友達になって頂いてありがとうございました。
又、公園で待ち合わせしましょうね。」
「そうでんな。
ほな、又、逢いましょうでんねん。」
「はい、それじゃ失礼しますね。」


Kellyさん・・・メタボ研修医のYっちゃん先生と、 現津(あきつ)=観察され得る事象に観られる“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の思惑の介入と、 それに反応する人(日止、霊止)の心(靈)の動きと、 その顕現=現象化に対し、 ほんの少し私見を述べ、 ほんの少し・・・屁理屈垂れる。

・・・最近、ちょっと疎遠になってる先生から、
この間、電話を貰いましてん。
それは・・・

“もし今度、Yっちゃんと逢うんだったら、
ちょっと伝えて欲しい事がある。”

・・・って言うてて・・・言付けも頼まれてたし、
ほんでから、Yっちゃん先生からも、
なんやしらん話がしたいって連絡を貰いましてんな。
そやからYっちゃん先生に、
“先生から伝言がありまっせ~”って言うときましてん。

そやから、今回又、
メタボ研修医のYっちゃん先生と少し話をしましてん。

その時の事をかいつまんで紹介しまんねん。


☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀



「Kellyさん、こんにちは。
今日もよろしくお願いします。」
「こんにちはでんねん。
ち~となり、や~とかめでんな。
マメで過ごしてりゃ~たかやんけ?・・・でんねん。」(笑)
「ハッハッハッ!!それは名古屋弁関西弁合体挨拶ですね。」
「そうでんねん。
それは、
この間のYっちゃん先生はKellyさんの話も、
先生の話くらい屁理屈いっぱいで、小難しいって感想を聞かして貰って、
ほんでから随分・・・Yっちゃん先生が緊張してたようやから、
Kellyさんは怖いお人ではありまへんで~~って事でんねん。」
「お気遣いありがとうございます。
僕に対しての親愛の情も感じられるギャグですね。」
「いいえ・・・
只、関西人やから何でもギャグにしたいだけでんねん。」
「そうですか・・・でも・・・正直、
今日Kellyさんに逢うのも、結構緊張してきましたよ。
それは、
Kellyさんと僕が話す事で、“上”の思惑の受信をする。
そう言う事も、チョ~ベッピンはんのA野さんとKellyさんが話した記事に、
書いてあった。」
「そうやったな。
それも霊的に“上”の存在に対する緊張で、
それはこの間も言うた様に、
変圧の過程で、
そやから緊張したり、話してる時に色んな事を思ったり、
話が済んでからも考えたり・・・
後から考え込んだりしまんねん。
その時に色んな通信を受けてるって事でんねん。」
「そうですね。」
「そやからそれは、
チョ~ベッピンはんのA野はんが先生のところに治療に来る時、
最初は怖い・・・なんやしらん怖い・・・
それはA野はんにとって、低い霊的干渉による通信で、
そうやって、
A野はん自身が感じ(感じる磁性)て思った事でもそうやし、
ほんでから、
Yっちゃん先生がこの間言うてた事、
先生と話をする時の感想を、言うたやないですか。」
「そうでしたね。
その緊張をほぐそうとしてくれたんですね。
まさに、前のブログに書いてあった通り、慈悲深い仏のKellyさんですね。」

_(。_°/ ズルッ!・・・ズベッ(ノ_ _)ノ・・・(o;_ω_)oバタ・・・コケテモタ

「そうでっか・・・褒めても貰ってチョ~恐縮でんねん・・・」

「今の話、先生やKellyさんと会話して、
僕自身が話した内容に付いて思う・・・思う事自体が、
“上”の存在との感応共振ですね。」
「そうでんねん。」
「“上”の思惑の受信・・・それにより、
心(靈)も肉体も創り変わる。
そして、心(靈)の顕現が肉体でもある・・・

先生の“気血栄衛(營)”の概念・・・

中々・・・ちょっと思いつかない解釈ですよね。」
「それもそうやろな。
通常は、その言葉の意味から何を受信するのかって事が無いからでんねん。」
「言葉の意味から受信する???」
「判らへんかったんでっか?・・・
でもこの話をしだすと、話が逸れそうやから別の機会にして・・・
要は、変圧の過程の事なんやけど・・・」
「ハア・・・そうですか。

・・・今の話は、僕が緊張するって話でしたよね。
だから自分としては、疲れたり緊張したり・・・正直あまり嬉しい事では、
無いんですけど・・・」
「そやけど、
Yっちゃん先生としてはなんとなく話をしたいって、
思うたんやろ。」
「そうです・・・よく分かりますね。

でも・・・自分には霊的な知識もその体験も無い・・・
それだからこそ・・・何を訊いたらいいのか・・・迷う事がある。
こんな事を訊いてもいいのか・・・
なんか自分が程度の低い質問をしてるのではないのかとか・・・
そういう事を思う事がある・・・」

「それはKellyさんもそうでんねん。
それは、先生と話をする時・・・いつもそう思い、
そう感じ(感じる磁性)てた事でんねん。

そやから先生は、
普通=平均的地球人の認識と違う認識を持ってる。
その自分なりの基準で・・・視点で・・・KellyさんやYっちゃん先生に、
話をする。」
「そうですね・・・誰にでも同じ話をしてませんね。
うちの両親や兄には・・・そう言う話をしませんし・・・」
「それは、話をする段階に至って無いって事でんねん。
受け入れられん事を話しても、
心(靈)って言うのんは、荷電粒子で出来た場(フィールド)やから、
その人の心(靈)に高い振動が無ければ、
高い振動で構成された心(靈)の動きって言うのが無ければ、
高い振動は素通りしまんねん。」
「それは・・・反応しない・・・感応共振ですね。」
「そうでんねん。
そやから変圧って過程が必要で、
“上”はそうやって霊縁を付ける・・・例えば、
いわゆる人と人の縁でんな。
(ほんまは、
人と人の縁でも、沢山の霊的存在同士の縁があってこそ、
成立するもん何やけど・・・)

そやからそれは、
いきなり高い存在とは話が出来ないって事でもあるし、
あんまり霊的進化程度の違う人同士って言うのんは、
場(フィールド)を創られへん。
そやから、
程度の違うもん同士を分けるって言う意味で、
もうすぐアセンションと認識されてる事象も体験する。

・・・すんまへん・・・話が逸れましてん。
Yっちゃん先生の心境の事を話してたんやった。」

「そうでしたね・・・

だから・・・僕自身が緊張する・・・
でも・・・先生やKellyさんと話がしたい・・・なんとなくそう思うんですけど・・・
それも“上”からの通信ですね。」
「そうでんねん。」
「そして・・・今の話・・・
普段・・・色々疑問も湧く。
色々訊いてみたい気もするけど、
何を具体的に訊ねたらいいのか・・・中々言葉に出来ない。
それが変圧の過程みたいなもんですね。」
「そうやと思いまんねん。
先生の事を良く知ってる人(日止、霊止)は、大体そう言う感想を持ちまんねん。
ほんでからそれは、
先生が太陽凝視を教えてくれたKさんと話をしてた時も、
ものすごぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~く、緊張したらしいねん。」
「そうだったんですか・・・
霊縁有って自分の心(靈)が“上”から通信を受ける・・・
僕とKellyさんと先生の縁はそう言うものなんですね。
それは、この間の様に、
自分の仕事に対してでも疑問を感じたりもする・・・
しかしそれは、
Kellyさんと話して自分なりに納得して、
自分の認識を高めて行く為の過程って事を、少し判った・・・
そして死を待つだけの入院患者・・・
そう思って患者を観ていた自分の認識も、それは、
自分に霊的な知識も無いし、霊的進化って概念も無い。
だからこそ、一見、意味の無い、
死を待つだけの一生に入った人の霊的成長の段階の事が解らなかった。」
「そうでんな・・・
そやけどYっちゃん先生がその事を理解したなら、
それはもう、そう言う視点を持ったって事でんねん。」
「視点・・・“天の御目”って事でも有りますね。」
「それはまだ・・・そんな大そうな言葉を使う段階では、
無いと思うんやけど、
段々、自分の認識が高まっていけば、
物事を観る視点って言うのんは、変って行きまんねん。」
「そうですね・・・
視点の変化・・・学習したとか、知識を得たとか、知恵が付いたとか、
頭を使う事ですよね。
そしてその学習した何かを材料に考え、
そうやって結果は、
自分の心(靈)の中の認識が高まって行く。」
「そうでんねん。
ほんでから、物事を観る視点って言うのんが、
凄く大切で・・・それは、先生と前のブログで沢山話したんやけど、
一番最初に先生が言うた事、(プロローグ 参照)

“事象を観察する視野が狭い”

これはその人の霊的成長度と、
心(靈)の方向性が、
“上”か“下”かによって、
“観察する視野”が、決まってくるもんでんねん。
(そやけどこの言葉は・・・認識出来得る次元って事なんやけど・・・)

そやから、Yっちゃん先生が今言うた、
緊張するって感じ(感じる磁性)る事・・・
人(日止、霊止)の視点って話になったから言うんやけど、
緊張するからこそ、
“上”からの通信を受ける資格があるとも言い得る事でんねん。
その“上”と“下”を理解するには、
Yっちゃん先生が感じ(感じる磁性)た緊張、
その反対を考えたらエエねん。」
「反対ですか・・・」
「解り難かったでっか?
今言うてた事は、Yっちゃん先生が緊張するのは、
“上”の思惑の受信による心(靈)の変化でっしゃろ。」
「ハア・・・そうですね。」
「その逆を考えたらエエねん。」
「緊張しない・・・って事ですね。」
「もっと飛躍して考えたらエエねん。」
「緊張しない・・・
それは・・・楽に過ごしたいとか・・・いつも楽しんでいたいとか・・・
何も考えないとか・・・そう言う事ですかね。」
「そうやな。それも心(靈)の動きでんねん。
それは解りまっしゃろ。」
「ハア・・・そうですね。」
「そやから今Yっちゃん先生が言うた言葉、
“楽に過ごしたいとか・・・いつも楽しんでいたいとか・・・何も考えない・・・”
その心(靈)の動きで、
今、人は具体的にどんな事をしてまっか?」
「疲れないとか・・・楽しい事だけしていたいとか・・・そして快楽とか・・・ですね。」
「そうやろな・・・その快楽って言うのんは、
どう言う事でっか?」
「食いたい、やりたい・・・すみません、言葉が下品でした。」
「エエねん。
上品ぶってても物事の本質は観えて来ないやろし、全然構いまへんねん。
ほんでからその快楽が行動の動機で、
それがその人の心(靈)の動きのすべてでは無いとしても、
その快楽を満たしたいからこそ、
金を集めてる人は沢山居てる・・・それは解りまっしゃろ。」
「行動の動機・・・そうですね。
何の為に仕事をするのか?
自分の欲望を満たしたい・・・上手い物が食いたい、
沢山性的な事を楽しみたい、
その為に金を儲け、それが動機で仕事をする人もいますよね。」
「そうでんな。
そやけどそれは程度が低いって思いますやろ。」
「そうですね。
だから快楽ってのは、本能由来の心(靈)の動きですよね。
でも、当たり前の事ですけど、
人はそれだけでは行動していない。
科学も有り、
学問もあり、
発明発見もあり、
そして地球は文明が進化して来た。」
「そうでんねん。
段々“力”を獲得してきたって事でんねん。
それは進化過程でんねん。」

「進化過程・・・本能だけの心(靈)の動きから、
科学や学問や発明発見・・・そして文明を構築してきた。
同時に心も、本能だけではなく・・・」
「そうでんねん。
そやからそれは、
本能って心(靈)の動きでは獲得出来へん事でんねん。
もしYっちゃん先生が、
人の為に発明発見をしたとすれば、その時どんな気持ちになりまっか?」
「嬉しい・・・その嬉しい気持ちになるのは、
前のブログでKellyさんと先生がよく使った概念、
心(靈)の構造と認識される言葉、
本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動からすれば、
情動と、功名心と、自我中心って事ですかね。
そして少し愛(炁)もあるかもしれない・・・」
「その通りでんねん。
よく前のブログを読んでまんな。
ほんでから、
今Yっちゃん先生が言うた情動と功名心と自我は、
本能より“上”にある。
そう思いまへんか。」
「それは確かにそうですね。」
「そやから今言うた情動や功名心や自我・・・
この場合は功名心と自尊心って言い回しがエエけど、
それは本能より“上”にあり、
何の為に本能より“上”の功名心や自尊心が有るのか?
それは先生の考えとしては、
心(靈)の発現には段階があり、
本能より“上”と認識され得る心(靈)の動きが発現したのは、
それは本能中心の心(靈)より相対的に、
霊的進化したっていう証明でもある。
ほんでから生命(生きる使命=存在理由)は、
現時点より時間の進行で、
今より、心(靈)の発現が“上”に向かい、
“上”の段階の心(靈)の要素を、
普遍的に実在する創造主のオーラ(宇宙背景放射)から、
取り込んでいるって言うのんが、
先生の考えでんねん。
ほんでからそれは、
肉体が持っている磁性によるローレンツ力で、
普遍的に実在する創造主のオーラ(宇宙背景放射)と、
感応共振してまんねん。
そやから一言で言えば、
心(靈)の発現=神さんとの心との、
神さんの発振、発信するオーラとの感応共振でんねん。」
「ハア・・・」
「解り難いやろけど・・・それが、
地球上での生命(生きる使命=存在理由)の進化過程で、
それは、
心(靈)が“上”に向かう過程=霊的進化が、
肉体の構造に現れてる事で
先生はもうすぐ三本目のブログを立ち上げるんやけど、
そのブログでその事に付いて自分の私見を説明するつもりでんねん。
ほんでからこの事は、先生からの伝言、
“Yっちゃんに伝えてチョ~”って言うてた事の一つでんねん。」
「そうなんですか・・・」
「ほんでから学問とか発明発見とかは、
その心(靈)の発現が、本能より“上”で、
功名心と自尊心による結果でもあり、
その発振、発信の結果で“上”から受信しまんねん。
ほんでから、
学問や発明発見は単なる“力”でしかなく・・・
“力”って言うのんは学問や発明発見だけではなく、
スポーツの身体能力とか、ほんでから霊能力なんかもそうやけど、
それらすべては、自分が求め、
そしてその為に自分がエネルギーを贖った結果、
“上”から許可が出て=“上”からの受信をして、
霊的干渉(電磁誘導)で、
自分が感じ(感じる磁性)ていくもので、
そしてそれを、
自分がこの世界だと感じている現津(あきつ)=観察され得る事象に示す。」
「難しいですね・・・」
「もうちょっと話を続けてもええやろか。」
「どうぞ・・・続けてください。」
「“力”・・・“力”の使い方を間違えると人は堕落する。
それは解りますやろ。」
「そうですね。」
「その“力”すべて、
それをローム太霊さんは、たった一言“術”って言うて、
その“術”の扱いには法則性があるから、
“條”って言葉で言い表した。

そやからそれは、この世界=現津(あきつ)=観察され得る事象に、
自分が“力”を示し、
“力”を使い、
そして、
自分の求めている何かって言うのんを獲得出来るって事やねん。
それが例えば、
さっきの話みたいに快楽を求めれば、
求める対象が、物やったり(通貨としての)金やったりもするし、
出逢った人間を物としか扱わんかったりもする。
そやから風俗とか・・・性欲だけ満たしたいとか、
極端な話では、
人身売買や臓器売買や・・・最近そんな映画もあったようですな。」
「そうでしたね。」
「ほんでからこれは前に先生と話をした事が有るんやけど・・・
儒教の教義を心無い親が利用して、
自分の娘に対し・・・
親孝行の為に、自分の心は祖国に置いて、
日本で体を売って稼いで来いって言う話もある。」
「ひどい話ですね・・・」
「大体それは、
人に対し心って言うもんを感じへんからでんねん。
心(靈)を感じ(感じる磁性)へん事、
そのものが、
その人の心(靈)が、
低い振動で出来ているって事でんねん。」
「心(靈)の発現が低いって事なんですね。」
「そうでんねん。
そやから自分の娘でも道具として扱い、
自分が楽に過ごす事を思う・・・自分の娘に対してでもそんな事を思う。
さっきの人身売買も臓器売買も、
そう言う程度の低い心しか持ってない人のやる事でんねん
そやからそれは言い換えると、
Yっちゃん先生が今言うた通り“上”の心(靈)の発現をしていないって事でんねん。
そやから自分の欲望の為に人が死んでも構わないとか、
人身売買や臓器売買や・・・まるで道具の売り買いみたいに人を扱う。
それは、
人に対する尊厳を見出せない事そのものが、
“上”の心(靈)の発現が無いって事で、
今、地球上ではそう言う視点があまり無いから、
戦争が起きたり、
飢餓や貧困が起きたり、
いわゆる恨みの連鎖の霊的干渉がどんどん増え、
そしてこの世界は、どんどん醜くなった。」
「そうですね・・・」
「話を戻しまんねん・・・
今言うてたのは、心(靈)の発現が低い人(日止、霊止)は、
他者の心(靈)を見出さず、
物として扱ったりするって事なんやけど・・・
それは人(日止、霊止)を物としか観ていない、
そう言う視点しか持って無いし、
そう言う認識で人を観察してるって事でんねん。
そやけど・・・今の話はとても程度の低い話で、
こう言う事から、段々人は、
物質を求めるだけではなく、
精神性を求めるようになる・・・それも理解出来ますやろ。」
「そうですね・・・物や金に執着してそう言う人生を送り、
その結果友人とか家族とか愛する人とか・・・
そう言う人との関係が悪くなって、
段々自分の心(靈)の在り方に気が付いて行く・・・そんな話とか・・・
ドラマなんかにも多いケースですね。」
「そうでんねん。
人にとって大事なもんは(通貨としての)金や物だけではない。
そやけど・・・当たり前のつまらん話をしましてんな。
敢えて言うまでも無い事やったかもしれまへんな。

そやからKellyさんが言いたかった事は、
“力”と認識されてる身体能力とか、
知恵、知識、学問、そして霊能力・・・は、
単なる道具でしかなく、
それをどう使うのか?
それを決めて行くのは、智性で神性なんやけど・・・」
「“上”の心(靈)の発現は智性に向かうって事ですね。
それは前のブログを読んで・・・そんな印象を持ってますよ。」
「そやからそうなっていく理由を言いたいんやけど・・・
人(日止、霊止)の心(靈)の動きとしては、
自分達の良いカタチを目指す=愛(炁)が動機の事でんな。」
「そうでしたね・・・その事も前のブログに書いてありましたね。」
「そうでんねん。
そやけどそれが良いカタチにならん事が多い・・・
それも解りまっしゃろ。」
「ハア・・・心(靈)の方向性って書いてありましたね。」
「そうでんねん。
心(靈)の方向性には“上”と“下”しかおまへんねん。
ほんでから、
“甘い”って言う事を何回も先生と話したんやけど、
甘いは、亜、魔、出ずる、泉・・・って言う概念を先生は持ってはる。
その事を説明する前に・・・行動の動機って言うのんは、
言い方を変えれば、
“創造”の動機って言い方でもエエし、
“どういうつもり”=自分の在り方でもエエし・・・
色んな表現が出来るんやけど、
それは只一言で言えば、
“亜”が出ずる、泉、って事で、
“創造”の根元が、“亜”で、
それが私達の感じ(感じる磁性)てる事象になり、
それを、人(日止、霊止)と神が観察している。
それが、
現津(あきつ)=観察され得る事象で、
それは、
神と人(日止、霊止)の“思惑の顕現”=現象化でもある。
それが人って言う字、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)に現れてる。
そして、
事象の観察は電磁波の受信、
振動の高低による感応共振でもある。
それを人は感覚器官で感じ、認識する。
それは感覚器官を通して、
心(靈)が感じ(感じる磁性)ているって事なんやけど・・・」
「ハア・・・そうでしたね。
しかし・・・難しい言い回しですね。」
「もうちょっと我慢して聴いて貰えまっか?」
「・・・どうぞ続けてください。」
「その行動の動機、“創造”の動機は、
アイで、愛(炁)で、“亜”が出ずる、泉、って事なんやけど、
それに、
“魔”=マーラ(魔羅)が入り込んで、
それを先生は甘い=亜、魔、出ずる、泉って言い回しをするんやけど、
“魔”=マーラ(魔羅)って言うのんは、
广(まだれ)=頭骸骨の意味があり、
それに、
左右の磁性を示す、林・・・
これは本来は木・・・部首で言うと木部(もくぶ)ではなく、
人の縦と横の磁性の構造=十に、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と、
乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)が加えられ、
それが木部って部首になってるって言うのんが先生の解釈なんやけど、
ほんでから、
“魔”=マーラ(魔羅)を構成する、鬼って言う字は、
亡者とか、この世に在らざる者とか・・・
それはいわゆるこの世界に執着を持った浮游霊の事を指し、
その浮游霊の心(靈)って言うのんは・・・その執着って言うのんは、
貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の心(靈)で、
貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)は低い心(靈)の発現で、
それは極めて本能に近い・・・そう思いまっしゃろ。」
(注 貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)が解らへんかったなら、
“三毒”或は“貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)”で、
ググったらエエねん。 by Kellyさん)

「人間より動物に近いって言い方も出来ますね。」
「そうでんな・・・
そやから、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の、
思惑って言うのんは、
少し智性を獲得した生命(生きる使命=存在理由)、
今の地球人でんな。
それを“下”に引き戻す。
そやからそれは“下”の心(靈)の動き中心になり、
やる事、考える事が現時点より相対的に、
動物化する。
そやから動物の心(靈)の発現って言うのんを知って、
その上で人間の観察をする・・・
或は、
自分の心(靈)の動きを観察する。
そうすると、
自分の心(靈)の中の、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”と、
“善(神格化の方向性と智性の受信)”が、
自分で判別出来、
そして自分達は今後どうするのかって事を判断出来る様になり、
それは段々良い形を目指すって事でも有るんやけど・・・
そやからこそそれは、
“亜”が出ずる、泉、って事でも有るんやけど・・・」
「“亜”、ア、愛(炁)の“あ”・・・すべて創造の根源って事ですね。」
「そうでんねん。
その“創造”の結果を見て私達人(日止、霊止)は、
もっと良いカタチを考える。
良いカタチを思う事自体が、
愛(炁)とも言い得る事でんねん。
ほんでから自分にとっての良いカタチ、
最初は本能中心の心(靈)の発現をする・・・」
「“下”から“上”に向かうって事ですね。」
「その通りでんねん。
そやからそれが自分の低い欲望の為の“創造”なら、
その“創造”に、
“魔”=マーラ(魔羅)が入り込み、
それは浮游霊の貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)由来の通信を受ける。」
「それも“気血栄衛(營)”になるって事ですね。」
「そうでんねん。
それは低い事象になり、
この場合の事象って言うのんは、
観察されてる世界(“日月神示”の表現、外側(外国と幽界))と、
自分の心(靈)と、
肉体の構築って事が起きてる。」
「そうなんですか?」
「解り難いやろから、まず、観察されてる世界の話をすれば・・・
今、色んな事が起きてて、
人(日止、霊止)の低い心(靈)の創造の結果って言うのんが、
示されてる。
何とか偽装とか、アホな政治家のやって来た事とか・・・
肉を食ってきた事の結果の霊的干渉による殺人とか・・・
そんな事は例を挙げたらきりが無い・・・
そやから結果、自己奉仕者の世界は崩壊する。
その事を、今、
今後の世界=アセンション後の世界に、
心(靈)が位置して行く人(日止、霊止)は学習してるけど、
その事を思わせない心(靈)の動きが、
現状を憂いていてるだけの人が多い・・・」
「現状を憂いているだけの人・・・」
「そう言う人は、何にも学習してへんって考えたらエエねん。
ほんでからそう言う人達の求める事は、
いやな事とか苦悩とかを忘れたいから、
いつも笑って過ごしましょうとか、
楽しく人生を過ごしましょうとか、
自分が生きている事に感謝しましょうとか、
永遠の愛とか、幸せになりましょうとか・・・
そう言う、
只、ありがたそうな言葉に酔いたい・・・
そう言う人もいてるし、
そやからそれは、只、一言で、
甘い(亜、魔、出ずる、泉)って事やと思いまへんか?」
「言葉に酔う・・・そうすると自分達が何をするべきなのか考えない。
今地球人が考えなければいけないのは、
平和の実現・・・そうやってアミの本に書いてありましたよね。
だからそう言う言葉だけに酔ってる人は、
目先の幸福感に酔っているだけ・・・そういう事も言えますよね。」
「今、Yっちゃん先生が言うた事は、
本当に使うべきところに金を使わへんって重大な問題も感じさせるんやけど、
話が逸れるから、
今その事に触れるのは、やめときまんねん。」
「???・・・ハア・・・」
「だから、さっきYっちゃん先生が、
先生やKellyさんと話すと緊張するって言うたやないですか。
その緊張を避けたい心(靈)の動きが、
今、言うた事なんかや、癒されたいとか・・・
最近こういう言葉を使う人は多いでんな。
ほんでから苦痛から逃れたいとか、
サプリメントや鎮痛薬の多用にもそういう事は感じられる。」
「・・・そうかもしれませんね。」
「結果それは、
自分が観察してる事象に対して、何も深く考えん事になる。
この間Yっちゃん先生は、
すべての事象は自分の在り方を示すものなんやって言うたやないですか。」
「そうでした。」
「自分に起きてる事とか、
観察して感じてる事に対し、
深く考えず、そして自分の在り方も思わない。
特に今言うたサプリメントとかは、
自分が食事制限しなければいけない事を思わせず、
食いたいだけ食ってサプリメントで解決しましょう・・・
そう言うCMも沢山あるやないですか。」
「そうですね。お茶なんかにも有りますね。」
「そうやな。
そやからそれは、自分の在り方を考えた事ではありまへんな。」
「そうですね・・・自分が本当に健康を目指し、
それはさっきKellyさんが話していらした、
自分にとっての良いカタチを考えるならば、
間違ってるし、
そしてそれは、甘い考えですね。」
「その事そのものが、
自分の心(靈)が“下”に向かっている事で、
それは一部の人間が金儲けしてる結果でもある。
ほんでからそのサプリメントなんかのデータは、
さっき話してた、
“力”=知識や知恵の使い方を間違えてるって事でも有りまっしゃろ。」
「そうですね・・・」
「そう言う事からして先生は、
“悪”の定義を、
心(靈)の動きの本能化と低振動化って決め付けてる。
それも解りまっしゃろ。」
「そうですね・・・」
「そやけど、
平均的地球人の“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の認識は、
その行為とか結果しか見てない・・・
例えば犯罪の起きた状況とか、その心理とか・・・
そやけどそれは、
霊的干渉って概念も無いし、心(靈)の動きを深く観てへんって事でんねん。」
「“下”の心(靈)の発現と、
心(靈)が“下”に向かう事が、
悪の、
行為(事象の創造)を引き起こすって事ですね。」
「そうでんねん。
そやから今言うた事も目先の観察でしかなく、
それは、感覚優先の物の見方でもあり・・・
それは、何も考えない事でもありまんねん。」
「そうかもしれませんね・・・」
「ほんでから今の人は、
そんなもんばかり見せられ、
それは毎日のように、
ニュースでやってるやないですか。
そやからこそ、
さっきも言うた様に甘い言葉に酔ったり、
お笑い番組を見たり、
ドラマを見て一喜一憂したり・・・
それもとても甘い事でしかなく、
今の醜い事象を解決する方向では無い・・・
そう思いまへんか。」
「・・・そうですね。
そして、
感覚優先って事は、その心(靈)の動きって言うのは、
低い心(靈)の発現の人ならば、
自分だけ楽しみたいとか、
楽になりたいとか、
苦痛から逃れたいとか、
癒されたいとか・・・
そう言う事になりますね。」
「その通りでんねん。
ほんでから今Yっちゃん先生が言うた事は、
さっき、Yっちゃん先生が言うた事と一緒でっせ。」
「そうか・・・それは、極端な事を言えば、
本能の心(靈)中心、快楽優先の心(靈)の動きみたいなもんですね。」
「そうでんねん。
そやから、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)って言うのんは、
人(日止、霊止)の心(靈)の低い部分と、
貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の心を持った浮游霊とか・・・
いわゆる悪霊との感応共振って事なんやけど、
それが自分の思想になる事が、
鬼=貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)由来の浮游霊の思惑を、
左右の磁性を示す、木部(もくぶ)二つ、林で、
吸い上げ、
それは、
广(まだれ)=頭骸骨に示されてる自分の思惑になる。
その結果は、
さっきYっちゃん先生が言うた快楽中心の心(靈)の動きになる。
それは人(日止、霊止)の動物化とも言えるやんか。
ほんでから、
貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の心を持った浮游霊の感応共振の事象、
大食い選手権とかお笑い番組ブームとか風俗とか・・・きりが無いけど、
そんなもんがもてはやされてる事、
その事すら指摘出来る霊能力者は、今、居てへんねん。
それは、
ほとんどの霊能力者って言うのんは、
前のブログでも今のブログでも何回も言うてる事なんやけど、
自分の目先の利益の為の“力”=霊能力でしかない。
その為に甘い言葉を使ったり、
見せ掛けの愛を語ったり・・・
そんな事では自分達のよいカタチを見出せないし、
それは悪魔の傀儡とも言い得る事でんねん。

ほんでから、この事も前に言うた事なんやけど、
T霊媒が毎回死ぬほどの思いで、
それくらいエネルギーを贖って、
“上”から“下”に垂れた知識、
それが、S会=紫光会でのローム太霊さんの交霊会・・・
ほんでから主に公開されてるのは、ローム霊訓講話で、
それが出版されたのがローム太霊講話集でんねん。
その言葉・・・現界、幽界、霊界、神界、
主護霊・・・そう言う言葉すら自己奉仕者は自分たちの商売に使って、
それは、
人のふんどしで相撲とをとるとか・・・そう言う言い回しも有るやろけど・・・
Kellyさんと先生は、
自分がエネルギーを贖って獲得した“力”やから、
尊いのであって、
それを自分の目先の利益の為に、
上手い事利用して、上手い事儲け、
自分の功名心・・・
この場合は低い功名心でんな、それを満たした・・・
それは、今、
霊能力者の物欲と低い心(靈)の動きって二つの事を言うたんやけど、
それは、その二つの心(靈)の動きの結果、
価値のある何かを利用したならそれは、
盗んだに等しい・・・そう思いまんねん。」
「今のKellyさんの話は、
前のブログでよく表現された、
“力”が素晴らしいのではなく、
“力”をどう扱い、
どう役立てるのが素晴らしいって事ですね。」
「素晴らしいって表現は、
大げさで正確性に欠けてると思うんやけど、
要は、自分が“力”を獲得するには、
エネルギーを贖う(あがなう)・・・
贖う(あがなう)って言うのんは、
疲れるし苦痛もあるし、
さっきYっちゃん先生が言うてた、緊張するって事でも有りまんねん。
そやから、緊張するから生体内電流の強化にもなるし、
高い心(靈)の動きもあるし、
その発振、発信があるから、
自分より“上”の霊的存在との感応共振が有りまんねん。

そやから、そうやって人が苦労せんと、
贖う(あがなう)って事をせんと、
“上”の知識とか、
霊的干渉による発明とか発見とか、
それは、“上”から許可が出ないと、
すべてを知っている神からの許可が出なくって、
その人に簡単に教える事自体が、
その人の霊的成長にはならないって事で、
そやからこそ、
苦痛や苦悩は避けてはいけない・・・
ほんでから、苦痛や苦悩は自分の在り方を示す先生でもあり、
自分の体験だけが、自分の認識の拡大に至る・・・
認識(悟り、幸取=さとり)の拡大=オーラが大きくなる事でも有るんやけど、
それが、
生命(生きる使命=存在理由)の神格化=真の幸福の意味で、
それをはき違えるのが甘い考え・・・
はき違えさせてるのが、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の、
思惑の介入でもある。」
「・・・」
「そやからYっちゃん先生が、
今後、色んな物事に遭遇し、それを分析するには、
今Yっちゃん先生が言うた、
本能中心の心(靈)とか、快楽の為の“創造”とか、
人の心(靈)の動きのその裏にあるものを見抜いて欲しい。
それは、今後、医療に関わる人は、
その事を知っていないと、
医療そのものが、人の良いカタチを望むって言う霊的進化の大前提を、
達成しようとするカタチになってない・・・

実は先生からの伝言のもう一つはこれでんねん。
“Kellyから伝えてチョ~”って言われてましてん。」
「そうだったんですか・・・」
「そやから前のブログで、
先生視点の現状の医療やサプリメントや、
美容や美白・・・形骸の美の概念・・・
こんな事も先生と話をしたんやけど・・・

繰り替えすんやけど・・・特にYっちゃん先生に知って欲しいのは、
医療も形骸の健康の概念に支配されてる。
それも、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の、
思惑でもあり、
そやからこそ、
医者の財布の為の医療行為って言うのんは多いんやないんでっか?」
「そうですね・・・
本当の健康の概念・・・
それは鍛えるって事を先生は言いたいんでしょうね。」
「そうでんねん。
それは、鍛えるって言う字に現れてまんねん。
鍛えるって言う字はよく観ると、
“力(ちから)の根(ね)”=肉体内の鉄分子が持つ磁性=金へんと、
その段階って事で、
生命(生きる使命=存在理由)の進化って言うのんは、
肉体内の電気的な事って概念を先生は持ってはる。
そやからそれは、
その電気的な事が霊的進化と同義で、
それはオーラの発振、発信に現れ、
特に“一”=智性=1番目のオーラは、
(地球上では)サルが進化した人(日止、霊止)しか持ってへん。
それが先生の観察した結果・・・
オーラや霊的存在が見えてたときの観察から得られた認識でんねん。
又その事を“上”の存在に訊ね、
“上”からメッセージを貰ったりもしてまんねん。」
「前のブログに紹介されてた、
アルレーム(亜流連無)、アーローム(亜呂無)・・・
そう言う人(日止、霊止)の進化を望む存在ですね。」
「そうでんねん・・・
ほんでから先生は公開して無いけど、
もっと沢山の存在からメッセージを貰ってまんねん。
そやけどその沢山の存在や沢山のメッセージには、
一貫した共通性があり、
その一つが、オーラの拡大、
それは、認識の変化と拡大・・・
それに伴う苦悩や苦痛・・・
それは避けて通る事はならんって事を言うてまんねん。」
「それはローム太霊の、
苦に苦を重ね苦を求め更に苦を求めるのだ、楽を求めてはいかん
・・・って事でも在りますね。」
「そうでんねん。
ほんでからS会=紫光会の交霊会の言葉、
神は乗り越えられない困難は与えない”・・・の、
意味でも有りまんねん。
そやから、苦痛を感じ(感じる磁性)るって言うのんは、
生体内電流の強化って事で、
極端な話、死体には生体内電流の活動は無い。
そやけど医学にその視点や、
そういう事を前提に、
生命(生きる使命=存在理由)を観る科学って言うのもありませんねん。
ほんでからその事を、
先生は三本目のブログで説明すると思いまんねん。」
「そうなんですか・・・」
「そやから、
自分が育って行く事、それは時間の進行があるからこそ、
自分は変化し、
様々な霊的干渉を受けつつ、心(靈)も肉体も創り変わる。
上の思惑の受信をすれば進化やろし、
“下”の思惑・・・さっき言うてた、
“魔”=マーラ(魔羅)の中の鬼、
貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)由来の浮游霊の思惑なんかでんな。
それは食いたいとかやりたいとか・・・特に子供の浮游霊の思う事は、
そういう事が多く、
ほんでから着飾りたいとか、美容とか美白とか、
それを目的に仕事する=金儲けしたいとかは、
動物霊・・・家畜の霊が少し知恵がつくと思う事で、
それは、
ディスプレイ(動物の発情行動)でんねん。

そやから、
心(靈)と肉体が時間の進行と共に創り変る事は、
“上”と“下”の方向性があり、
そのどっちかしかあらへんねん。
ほんでからその“上”と“下”を決めるのは、
自分の心(靈)の在り方でしかない。」
「・・・だから先生の善悪の概念は、
“善(神格化の方向性と智性の受信)”と、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”って事なんですね。」
「そうでんねん。

そやからそれは、
心(靈)の方向性が、霊的成長をどれ位出来るのかを決定するし、
その事そのものが、
自分の心(靈)の構築やと思うたらエエし、
肉体もそれに応じて創り変わる。
そやからそれは、肉体を持った存在は三つのオーラを持ってて、
それが“日月神示”では、
“ひふみゆらゆら”=“一”“二”“三”のオーラ、
それぞれの左右の磁性の右往左往と左往右往で、
肉体も心(靈)も、
そして人(日止、霊止)が認識し得る事象・・・
例えば宇宙とかでんな。
それも・・・空間と認識されてるものでも、
それは、
生命(生きる使命=存在理由)やと思いまんねん。

ほんでから生命(生きる使命=存在理由)それは、
右往左往と左往右往、
砌(みぎり)と日足(ひたり)は、
陰陽で、
それは神さんの極性だと思うって言うのんが、
先生の考えでんねん。
そやからそれは荷電粒子に現れてるって事でも有りまんねん。」
「それは・・・すべての事象は、
電磁波・・・振動・・・究極微粒子の振動を、
人(日止、霊止)の心(靈)が感じ取っていてそれが認識になる。
感じ取る過程が観察って事ですね。」
「そうでんねん。
よく先生のキチガイ染みた考えを理解してはるやないですか。」
「ハア・・・」

「そやけど、長い話をして疲れたやろ。」
「そうですね・・・又、
沢山考えなければいけないですね。」
「そやから今日はこれくらいにしといたらエエと思いまんねん。
一応、先生からの伝言は伝えたし・・・
今日、詳しく話せへんかった事もあるし・・・」
「そうですね。又お話させてください。
それでは今日は失礼します。」
「又の機会を楽しみにしてまっせ~~!
ほな、さいなら。」


Kellyさん・・・ チョ~ベッピンはんのA野はんと、 すべての事象は霊的干渉による認識(悟り、幸取=さとり)であり・・・そして、恋愛も霊的干渉(電磁誘導)って話を・・・少しだけする。




今回、チョ~ベッピンはんのA野はんと逢うのは四回目、
A野はんは、○○○大先生より登場回数が多なって、
まさにこのブログの順レギュラーになってしもてる・・・(笑)

ほんでから今日も、この間の公園で待ち合わせしましてん。
そやけど今度は・・・Kellyさんのほうが遅刻しましてんな。

おっ・・・犬達とA野はんが遊んでるやんか・・・

楽しそうやな・・・犬達も嬉しそうにしてるな。

・・・邪魔したくないから・・・しばらく遠くから、様子見てましょ。




愛犬たちと戯れるA野はんでんねん。
       



♪♪♪ それ~~~!!♪♪♪ ボール拾いに行きなさい!!


*σ_σ*~/⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒  

♪♪♪ キャワワンキャワワンキャワワワワァ~~~ン ♪♪♪


猛dash!! ビュ~~~ン→→→   ~~☆☆☆ ~┬┬(▽^⊇ 
猛dash!! ビュ~~~ン→→→   ~~☆☆☆ ー(((▼^ 。^▼ 
猛dash!! ビュ~~~ン→→→   ~~☆☆☆ ~┬┬(▼^⊇

♪♪♪クゥ~~~ンクゥ~~~ンクゥ~~~ングルルルル~~~~~♪♪♪
♪♪♪クゥ~~~ンクゥ~~~ンクゥ~~~ングルルルル~~~~~♪♪♪

♪♪♪  ∪・ω・∪ ▼・。・▼ U。・ェ・。U  ♪♪♪
                  

*σ_σ*~ ♪♪♪あら~~お利口ね~~~♪♪♪

♪♪♪クゥ~~~ンクゥ~~~ンクゥ~~~ングルルルル~~~~~♪♪♪
♪♪♪クゥ~~~ンクゥ~~~ンクゥ~~~ングルルルル~~~~~♪♪♪


        シッポフリフリ (^ェ^ U ))) オナラ3ブッーー
    オテ!▽・_・;▽へ ~*σ_σ*~ へU^ェ^U オテ!

               ↑
(注 愛犬達となごんでるチョ~ベッピンはんのA野はんでんねん。)




「あら~~~!!Kellyさぁぁぁぁ~~~ん、こんにちわ!!」
「あら、見つかってしもたやんか。A野はぁ~ん、こんにちわでんねん。」

∪・ω・∪ ギャワッ!!!
▼・。・▼  キャン!!!
U。・ェ・。U  バウッ!!!
(Kellyさん発見・・・って言うたと思いまんねん)

♪♪♪キャワワンキャワワンキャワワワワァ~~~ン♪♪♪
(それ、遊んで貰うんだ!!突進!!・・・って言うたと思いまんねん)


       犬、突進 
    

  Kellyさん押し倒される 

              
      犬達に押し倒されたKellyさん


「あらあら・・・うちの子達が喜んでしまって・・・Kellyさんごめんなさい。」
「エエねんけど・・・なんやしらん、
この間ちょっと戯れただけやのに、えらい喜びようでんな。」
「それは多分・・・
最近、こうやってボールで遊ぶ事が多いんですけど、
ボールを持って私のところに咥えて(くわえて)帰ってくると、
ご褒美に、
ウルチョラスーパーベリベリファンタスチックデリシャスドッグフードをあげるから、
多分・・・うちの子達はKellyさんと遊んだ後も、
ウルチョラスーパーベリベリファンタスチックデリシャスドッグフードを貰えると、
勘違いしたんじゃないかしら・・・」
「・・・そうでっか・・・それは犬達はがっかりしたやろな・・・」
(・・・本能しか持ってへんから・・・
ほんでからこれは、
“刷り込み(インプリンティング)”による条件反射って事でんな・・・)


犬達の様子↓

・・・キュ~~ン・・・クゥゥゥゥゥ~ン・・・キュゥゥゥ~~ン・・・
∪ノω<∪ (ちぇっ)
▼>。<▼ (期待はずれ・・・)
U。;ェ;。U (Kellyさんのケチ・・・泣いてやる・・・って言うたと思いまんねん・・・)


「それで・・・Kellyさん、今日は聞いて貰いたい事があるんですよ。」
「なんでんねん。」
「それは、最近好きになった人が出来て・・・」
「おっ!!A野はんの恋の話でんな。」
「エエ・・・そうなんですけど・・・もう別れたんですよ。」
「早っ!!・・・それは何ででっか?」
「実は、付き合っている時に分かったんですけど、
その人が風俗通いをしてて、
その時の事・・・例えば、
あの店のあの女は自分に過剰なサービスをしたとか、
あの女は自分に気があるとか・・・
だから・・・その事を私に自慢げに話したので、
あっという間に気持ちが醒めてしまったんですよ。」
「あらら~~~そうやったんか・・・
それで、愚痴を聞いて欲しいって事やな。」
「それも有りますけど・・・
今までもそれなりに恋愛をして来たんですけど、
大体、今話したみたいな遊び人みたいな人としか縁が無いんですよ。」
「言うたらなんやけど・・・それも霊縁でんねん。
ほんでからあっという間に気持ちが醒めた事自体が、
A野はんの認識の成長って事やと思いまんねん。」
「・・・やはりそうなんですね・・・」
「霊縁で恋が成立するって事も、A野はんには判ってるようやな。」
「それは・・・少しですけど・・・
先生にもそう言う話は聞いた事がありますし・・・」
「そやからA野はんとしては、
自分はどうしてそんな人を好きになってしまったのか?
・・・って事が不満なんやろ。」
「ええ・・・そうです。」
「それはもう・・・少し判ってはると思うけど、
自分がそう言う仕事をしてはるからそう言う男としか縁が無い。
そやから誰かを好きになるのも霊縁でもあり、
A野はんがそう言う人しか恋愛の対象に選ばないって言うのんか、
選べないって言うのんか・・・」
「選べない・・・」
「それも自分の心(靈)による発振、発信の結果でんねん。
そやから、
その相手の人とA野はんが出逢った時って言うのんは、
その時点で、
相手を求める双方の心(靈)が、同程度って事を感じまんねん。
それも、
心(靈)が場(フィールド)って言う性質を持っているって事でんねん。
そやから、
同程度の霊的成長度の人って言うのんは抵抗なく付き合える。
これも変圧の概念でんな。
いきなり霊的成長度の高い人とは付き合えんって事でんねん。」
「だから・・・私と同じ程度って事なんですね。」
「そうなんやけど、
その相手に対する気持ちが、
あっという間に醒めた事自体が、
A野はんの心(靈)が、
相手より“上”に向かっているって事を感じまんねん。」
「そうなんでしょうか・・・」
「自分の心(靈)の変化って言うのんは、
中々自分では判らへん事がありまんねん。
だから今、
“そうなんでしょうか”って言わはったけど、
その相手の男の人とA野はんが同程度の心(靈)やったなら、
気持ちは醒めへんかったと思いまんねん。
違いまっか?」
「・・・そうかもしれませんね。」
「そやからそれは、
その時点でA野はんの心(靈)が、
相手に求める要素を無くしたって言うのんか・・・
求める要素が無くなったって事でもありまんねん。
そやから、
求める要素=好きになる理由みたいなもんなんやけど、
相手の事が好きって思う事自体が、
心(靈)の動きやし、
ほんでからそれは生体内電流の変化でんねん。
ほんでから、
魅力を感じるとかも、自分の認識の中で起きてる事やし、
認識=受信でもあるし、
魅力を感じる事象に対し、
自分の心(靈)が反応して、
生体内電流の変化が起きるとも言い得る事やし、
ほんでからそれは、
認識=脳内の生体内電流ともいえるし、
その電流は全身を循環しまんねん。」
「そうなんですか・・・それも“気血栄衛(營)”ですね。」
「そうでんねん。
ほんでから、生体内電流の変化・・・
それはセックスって行為にも現れてるんやけど・・・」
「そうなんですか?」
「それは・・・後で話しましょうでんねん。
その前に言うとかなアカン事がありまんねん。」
「はい。」
「男と女は、
基本的に違う極性やから惹きあうって事もあるけど、
さっきも言うたけど、
極端に霊的成長度の違う相手を好きにはならへんねん。
それは、すべての事象は振動の法則性に支配されてるからでんねん。

そやから・・・今は恋愛って話をしてるんやから、
ちょっと極端な例え話をすれば、
チョ~ベッピンはんのA野はんがいくらチョ~ベッピンはんでも、
それは神さんとは付き合う事は出来まへんやろ。
そやから、仮に神さん級の霊的成長度の人が居てたなら、
それは、
神さん級の霊的成長度の人としか恋愛は成立しないって事でんねん。
そやからそれは、
神さん級の“美”を顕現してる存在としか付き合えへんねん。
神さん級の人の魅力は、
神さん級の人で無いと感応共振しませんねん。
ほんでから、
悪魔級の人が付き合うのは悪魔級の人でんねん。
仮に、
悪魔級の人が神さん級の人に出逢ったなら、
嫌いとか怖いとか顔も見たく無いとか・・・全然気が合わへんねん。」
「なんか・・・凄い話になってますね。」
「もうちょっと聴いて貰えまっか?」
「はい。」
「そやから仮に、A野はんの相手が神さん級の人で・・・
付き合ってる時に神さん級の人がやる事とか思う事は、
どんな風やと思いまっか?」

「私の事を凄く大切に扱い・・・
だから、私を裏切るような事はしないでしょうね。
だから・・・当然、風俗に行ったり、
その事を自慢げに吹聴したり・・・そんな事はしないですよね。
そして・・・出逢った事を大事に思ってくれてて、
私の事も大事に思ってくれてて・・・
だから、
私が間違ってたら正してくれたり、時には厳しかったり・・・
それは、先生やKellyさんの言葉を借りれば・・・、
私自身の霊的成長を望むって事ですよね。

・・・でも、私の期待の入った想像ですね。」

「期待の入った想像、それで構いませんねん。
それは、
そう言う人を求めてるって事でんねん。」
「・・・そうなんですね。

・・・そうか・・・私は私の求めてる理想があるって事ですね。」

「その事は、
A野はんの心(靈)の動きの高い部分やと思ったらエエねん。

そやけど・・・その人が好きになった時点でのA野はんは、
そのA野はんの心(靈)の動きに、
今A野はんが言うた理想を求める心(靈)の動きがあまり無かった。」
「・・・そうかもしれませんね。」
「そやからそれは、
A野はんが求める理想の男・・・信じたい何か・・・
それを引き出す為に、神さん級って事を想定して話をしたんやけど・・・
A野はんが今思った事そのものが、
自分の心(靈)が“上”に向かう事でもありまんねん。」
「・・・そうなんですね・・・」
「ほんでから今度は、
悪魔級の人の事を考えたらエエねん。」
「はい。」

「そやから、
悪魔級の人なら、自分の快楽の為に行動する。
そやから、相手を裏切るとかに何の抵抗も無いし、
相手に義理立てるとかもないやろし、
ほんでから、
相手の事を大事に思わないとか・・・それは、
相手の心(靈)に尊厳を感じないとかって事なんやけど、
悪魔級の人ならそんな発想はありまへんやろ。」
「そうですね。
ですけど、解りやすい例えですね・・・極端な話だとは思いますが・・・」
「そやから誰の心(靈)にも、
悪魔の部分と神さんの部分があるって思うたらエエねん。
そやからそれは、
相手の事がほんまに大事に思えるのか、
出逢った縁を貴いと思い、
神聖な何かと感じていくのか、
或は、
出逢った相手は自分の快楽の為に出逢ったとか、
そやから相手の心なんてどうでもエエとか・・・
そやからそう言う人のセックスに対する考えは、
自分の快楽の為にしか無いって発想に成りまんねん。」
「・・・」
「そやから、恋愛もセックスも自分にとって貴いものなのか、
神聖なものなのか・・・
そう言うふうに感じて行く事自体が、
自分の中の智性でしかないし、
その智性の程度は、
“一”=智性=1番目のオーラに現れるし、
そやからこそ、
先生が沢山の人のオーラを観測して得られた結果と認識は、
“一”=智性=1番目のオーラが同程度の人同士で無いと、
恋愛は成立しないし、
ほんでから、
“一”=智性=1番目のオーラの感応共振=相手の事を好きにならへんねん。
それは日本人の頭のオーラは平均1,2cm.って事らしいけど、
それが1mm.から2mm違うようになるともう恋愛は成立しない。
付き合ってるときとか結婚してからでも、
そのカップルが同じスピードで霊的成長しなくて、
“一”=智性=1番目のオーラが2mmくらい違うようになると、
お互いに好意は感じへんし、
一緒に居たくないとか思ったりしたりして、そのカップルは一緒にいられまへんねん。
ほんでから離婚したりもしまんねん。」
「そうなんですか・・・」
「そやから価値感の程度が、
同程度同士で恋愛し、
男と女は神さんの極性やから、
惹きつけられ・・・そして自分達の極性の違いが、
新たな生体内電流の発生になる。
それは心(靈)の成長に関わる事やし、
それは理解出来まっしゃろ。」
「恋愛を通じての霊的成長過程って事ですね。」
「そうでんねん。
そやからこそ人は未熟な成長過程にいるし、
考える事もやる事も、
人の霊的成長度により程度の差がありまんねん。
ほんでから今言うた神さん級の人と悪魔級の人、
それぞれの価値感とかやる事とか考える事とかは、
天地ほどの違いがありますやんか。」
「そうですね。」
「そやからそれぞれの霊的成長度・・・
変圧の過程・・・それは、
それぞれが抵抗なく付き合い、極端な霊的成長度による違和感を感じてては、
恋愛なんか成立せ~へんねん。
ほんでからさっきも言うたかもしれへんけど・・・
男と女は、
神さんの極性の顕現でんねん。
そしてそれぞれが付き合う事により、
新たな認識(悟り、幸取=さとり)を獲得して行く。
霊的成長して行くって事でもあるし、
教訓を得て行くって事でもあるし、
・・・そやから、貴い事でんねん。」

「・・・だから・・・今、Kellyさんが話してくれた事は、
私は私の求めている男の理想像があり、
それは・・・私の心(靈)が“上”に向かう事・・・
ですけどその事を私が忘れている・・・
それは霊的干渉もあるからですね。」
「その通りでんねん。
風俗の仕事で沢山の浮游霊から通信を受けてて、
それがA野はんの心(靈)の動きにもなってまんねん。
そやから浮游霊の心(靈)の動きは、
この世界で自分が出来なかった事に執着して、
A野はんの肉体を通じて、
感じ(感じる磁性)ているって事で、
それは共に成長してるって事でも有るんやけど・・・」
「そうなんですか・・・」
「そうでんねん。
それは、A野はんと浮游霊の心(靈)の動きの程度と、
その振動の種類・・・
それが楽しみたいとか快楽を求めるとか、
ちょっと言い方悪いけど、楽しい事して金儲けしたいとか・・・
特に風俗の世界にいる人達には、
飢餓貧困で死んだ子供の霊がたくさん憑いてる。
そしてA野はんもその浮游霊達も、
同じ価値感で行動するって結果になりまんねん。」
「・・・貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)ですね。」
「そうでんねん。
そやから今Kellyさんが長い話をしたのは、
その低い心(靈)の動きで恋愛をしてたならって話やったんやけど・・・」
「・・・解ります・・・」

「そやからそれは、
その人もA野はんも、
同じ価値感で恋やセックスを見てたからやし、
ほんでから、
恋やセックスって言うのんは、
その人達同士の価値感=その人たち同士の霊的成長度によるし、
それに因縁が加わってきて、
他にも色んな要素があり、
要はその人達同士が色んな認識を獲得する為に霊縁が成立して、
恋愛の対象として出逢うって事でんねん。」
「やはり・・・そうなんですか・・・」
「・・・解ってた様でんな。」
「エエ・・・なんとなくですけど・・・
それは、この間Kellyさんは、
私の男に対する認識はお客さんが中心って言い方をしたじゃないですか。
そして、
一番最初にKellyさんと話した時、
“本当に相手が愛しいと思うのはそんなもんや無い”
・・・って言ってらしたじゃないですか。」
「“本当に相手が愛しいと思う”・・・それを詳しく話すのは、
自分が神さん級の心(靈)の発現をせんと想像も出来へん事でんねん。
そやからKellyさんの霊的成長度でその言葉に対する印象は、
さっき言うた様な事でんねん。
ほんでからそれは、
誰でも持ってる理想でもあり、
只その事を、忘れてるだけやねん。」
「・・・そうですね。」
「今話してるのは、
その相手の男の人とA野はんの心(靈)の動きが感応共振して、
ほんでからA野はんの心(靈)が相手の男の人より少し“上”にあるから、
その恋は破局を迎えたって事でんねん。
そやから・・・その事を理解するには、
今のA野はんの心(靈)は、
どんな風に出来上がってきたのかって事を考えるべきでんねん。
それはこの間も言うたけど、
A野はんの相手してきた男の人って言うのんは、
お客はんが大半ですやんか。」
「はい。」
「そやからそう言う性的行為、それも、
霊的干渉(電磁誘導)で、
お客はんの心(靈)の動きと、
A野はんの低い心(靈)同士のオーラの相互干渉があり、
ほんでからその低い霊縁の霊的干渉で、
A野はんの心(靈)が構築されて来たって事がありまんねん。」
「そう言う性行為で私の心(靈)が出来てきているって事ですね。
ですから・・・
その数に応じた霊的干渉(電磁誘導)が、
私の心(靈)を構成してきたって事ですね。」
「それは性行為・・・セックスを通じて相手の思想を受けるって事でもありまんねん。
A野はん自身が仕事を通じ、
男に対する認識(悟り、幸取=さとり)を自分なりに構築してきている。」
「要は、
それが良い事なのか悪い事なのかって事ですね。
解りきった事ではあるんですけどね。」
「それは今のA野はんの認識で、
解って無いからその仕事を選択した・・・
ちょっときつい言い方やけど、
そうやおまへんか?」
「・・・そうでした。」
「ほんでから今のA野はんの言葉が、
今のA野はんの認識から出た言葉でもあり、
風俗の仕事を選択したA野はんの心(靈)・・・その時点の心(靈)から、
“上”に向かった事を示してまんねん。
それは・・・今、
これはKellyさんの憶測やけど・・・
A野はんが風俗で仕事してる事自体が、自分でイヤになってると思うし、
それはA野はんが、
大切な性を“蔑ろ(ないがしろ)”にしてる事を、
少し理解出来てるからでんねん。
ほんでからA野はんが相手して来たお客はんの心(靈)の動きって言うのんは、
大半が、風俗をしてはる人に憑依してる浮游霊と、
同じ心(靈)の動きを持ってて、
それは貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)でもあり、
立場が違うから多少行動は違うけど、
その心(靈)の動きって言うのんは楽しければエエみたいなもんで、
それは、食欲、色欲、財欲、名声欲・・・
大体そう言う心(靈)の動きの人が多いんやないんでっか?」
「そうですね・・・
お客さんの心(靈)の動き・・・それは、
欲望を満たしたいとか・・・それが第一ですね。
特殊な例として、只、話だけして帰っていく人もいるんですけどね。」
「それは多分・・・小さい時から女の人に縁がなかった。
女の兄弟もいなかった。
母親とも疎遠・・・或は母親が亡くなっているとか・・・
その人の成長期に女の人の影響をあまり受けなかった境遇の人やろな。
そやから女の人と一緒に居たい・・・
只一緒の時間を共有したいって思うんやろけど、
そう言う人は、上手く性交渉を持つ事が出来ないってケースかも知れへんな。」
「そうかもしれませんね。
でも・・・話が逸れましたね。」
「そうでんな。

そやから、
A野はんにもお客はんにも低い浮游霊が沢山取り憑いてて、
それで心(靈)の動きが構成されてて、
その感応共振がある。
それはもう解ってはるやろけど、
A野はん自身の心(靈)の低い部分の感応共振で、
貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の心(靈)の動きに由来する事が多いって、
事でんねん。」
「・・・解ります。」
「ほんでから一般に、
それより“上”の心(靈)の発現をしてる人は、
少ないとも言えまんねん。
そやからこの世界は自己奉仕者の世界になってて、
腐ってまんねん。
そやからA野さんが相手にして来たお客の心(靈)の動きって言うのんは、
“下”三つのチャクラ由来の心(靈)の動きでんねん。
ほんでから、
A野はんがその人達と、
性的にお互いの快感を高めあうって事をするのは、
霊的干渉でもあるし、
それは肉体の磁性の電磁誘導でんねん。」
「そうなんですか・・・」
「そやから性的な話をちょっとだけしまんねん。

男と女って言うのんは、それも、
神の“思惑の顕現”で、
性が有る事自体が、人が・・・進化した証明で、
その事自体を言い方を変えれば、
神の極性を発現した、
神性の器となった動物って言えば、解り易いかもしれへんけど・・・」
「人が動物から進化したって事を言ってるんですね。」
「そうでんねん。
ほんでから男と女って言うのんは、
前のブログでもこのブログでも言うたけど、
男は、思想を構築し、
思想を構築する為に色々やってみたり考えてみたりする・・・
それが“上”の思惑の受信になるんやけど、
そして“力”(力、知恵、知識・・・学問・・・能力、そして霊能力を含む)を得て、
この世界に活かしていく。
それは、事象の創造をするって事でんな。
それが、
男って言う字を構成している“田”と“力”に現れてて、
“田”は、四つの場(フィールド)で、
それは、思いって言う字が、
田と、心=靈の、四つの場(フィールド)、大脳の新皮質を表してる。

ほんでから、女って言うのんは、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と、
“一”=智性=1番目のオーラと、
乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)と、
もう一つ、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)って書く。
そやからそれは、
丿部(へつぶ)と乚部(いんぶ)で、
人の思惑=“一”=智性=1番目のオーラが出来上がり、
それは男の思想であり、
男の思想が連綿と続くこの世界の構築に活かされるって事で、
ほんでから人は寿命があり、いずれ死なんならんから、
その男の思想は子に受け継がれ、
子を産むって言うのんが女の役割で・・・ほんでから又それに、
丿部(へつぶ)を書くのは、
男と女が出逢い、
結婚し、子が生まれ、
そして、
子が又、
神さんの思惑を受信して行く事を示してまんねん。

 

女の解字、丿部(へつぶ)乚部(いんぶ)“一”=智性=1番目のオーラ 



そやから簡単に一言で言うたなら、
“思惑の顕現”=現象化って言うのんがこの世界やし、
ほんでから思惑を受信し、
人の思惑を創っているのが男で、
それを子に受け継がせる役目が、女でもあるって言い方が出来まんねん。
子を産むって言うのんは、肉体を持った霊をこの世界に顕現するって事やし、
ほんでからその霊は、魂としての期間を過ごすって事でんねん。」
「霊と魂・・・違うんですか?」
「そうでんねん。
霊は何回も生まれ変わり、
生きてる間の体験や思想の構築で、霊自身が育ち、
その間の肉体を持ってる期間とその直後の霊が、
魂って呼ぶのが妥当って言うのが、先生の解釈なんやけど、
それは、
“二”=肉体のオーラと、
ム部(しぶ)で、
魂って言う字の偏(へん)の部分が構成されてますやろ。
ほんでから旁(つくり)の鬼って言うのんは、
亡者とか・・・浮游霊とか、この世にあらざるものって言う意味で、
死んですぐの、
この世界に執着のある霊って言う意味もあり、
そやからこちら側の見方、生きてる存在の見方として、
霊と魂って分類があるって事でんねん。
そやから、霊がこの世界に下りてきて色んな体験する期間が、
魂の期間って思うたらエエねん。
霊と魂の違い・・・その事は、
“日月神示”上つ巻 第一帖 Kellyさん的解釈で言うたんやけど・・・
良かったらそこも読んで貰ったらエエねん。」
「はい。」

「そやけど・・・話が逸れましてん。

男と女、
何回も言うけど、どっちも大切な神さんの極性の現れでんねん。
そやからこそ動物の場合はオスメス・・・♂♀って表現をするけど、
人(日止、霊止)の場合は男と女って言いますねん。
そやからそれは、
人が神性の器って事を前提に言うてる言い方やし、
そやから・・・長い説明になってしもてるけど、
人(日止、霊止)は、
神の極性を持ってるって事でんねん。
その神の極性が、
男と女でんねん。」
「進化した動物・・・」
「・・・理解し難かったですか?
そやからそれは、
下等な生物は性の区別が無いって事で、
性が無い事自体が、神の極性を顕現していないって事でんねん。
それは、
Kellyさんの頭の中には、
先生との話が残ってるからそう言う言い方をしましてんな。
前のブログで何回も出てきた事なんやけど、
ミミズ、ヒル、ゴカイ君達、
性別の無い環形動物は、
目ん玉も無い、
脳も無い、
心臓も血管の発達したくらいの物しかない。
そやから当然、心(靈)の顕現としても、
てんで低い本能しかない。
心(靈)の構造と認識される言葉の、
本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性・・・
それは“下”から“上”に向かうって事でもあり、
それが霊的進化過程でんねん。
そやからミミズ、ヒル、ゴカイ君達は、
他者に対しても、食い物か敵か・・・
それくらいしか事象を認識出来へんって事でんねん。

・・・話が大幅に逸れましてん。

そやから、
セックスを通じてお互いがお互いを高めあう事は、
霊的干渉で、
行為を見れば電磁誘導の為でもあり・・・
腰を使ったり色んな格好をしたり、
ピ○○ン運動したり・・・それは生体内電流の誘電とか、
増幅とか、発振、発信とか・・・色んな事が起きてまんねん。
そやから電気的な変化としてそれを感じ(感じる磁性)るから、
心(靈)が感じるからこそ、
イクって事が起きまんねん。
性的な事にはそう言う秘密がありまんねん。

そやからこそ性は、
大事に扱わんとアカンのやし、

性的な行為そのものが、
相手の心(靈)と、
自分の心(靈)との、
感応共振でんねん。

ほんでからにそれは肉体を持った霊と霊・・・
人(日止、霊止)と人(日止、霊止)との霊的干渉で、
ほんでからに電磁誘導でも有りまんねん。

その時にオーラの発振、発信もするし、
それはオーラの相互干渉でもあるし、
発振されたオーラは情報を伴った電磁波でんねん。」
「思惑を持った電磁波って事ですね。」
「そうでんねん。
そやからこそ霊的成長度が近い存在で無いと、
感応共振出来へんし、
その時の二人の心(靈)の方向性が“上”に向かっているもの同士なら、
それは恋愛やセックスを通じて、
霊的成長もするけれど、
心(靈)が“下”に向かっている恋愛は、
堕落しかない・・・
そやからこそ低い心(靈)の発現の人のセックスは、
本能中心・・・只、楽しむだけのセックス・・・
相手の事を自分の性欲を満たすだけの対象としか見てない・・・」
「・・・」
「そやからきつい言い方をすれば、
今、A野はんがしてはる仕事って言うのんは、
堕落した性行為で、
その性行為を通じて男の思惑を受けている。
そやからこそ、
心(靈)が“上”に向かっている人(日止、霊止)とは縁が無い。
堕落した男としか縁が無かったって事でんねん。
そやからその相手の人と破局した事自体が、
A野はん自身が変わって来たって事でんねん。」
「・・・」
「・・・そやから・・・今言うた事は、
低い心(靈)の発現・・・或は、
心(靈)が“下”に向かってる人同士が、
性的交渉を持つって言うのんは霊的に堕落になりまんねん。
神の極性を“上”に向かう為に使ってへんのと同義でんねん。
ほんでから、風俗を長年やってはると、
なんとなく・・・その事に気が付いて行くと思いまんねん。
それは・・・今Kellyさんが言うた様な言葉では思わへんやろけど、
自分のやって来た事を恥じるとか・・・
こんな事をしててええんやろか・・・とか、
そういう事を感じるようになりまんねん。」
「それは霊的成長を望む存在からの通信ですね。」
「その通りでんねん。
そやけどそう言う通信を受けるには、
何年も風俗の仕事をしてて、そして自分のやってはる事を恥じていく・・・
それも、
自省(胸の磁性“十”)の行やけど、
その心(靈)の発現があるまで・・・それまでは、
“上”は只見守ってるだけに等しい・・・そう言う事でんねん。
ほんでから今言うた事そのものが、
自省(胸の磁性“十”)の“行”に入り、
“観自在”“直日(なおひ)”でも有るんやけど、
風俗を始めはった時はそんな事は思わへんやろし・・・
それは砌(みぎり)の“行”やからやねん。
右の思いしかなかったって事でんねん。
そやからそれは、
自分がどう生きるのかなんて考える事をして無い段階でんねん。
只々・・・それは、
金儲けと快楽・・・それが中心の心(靈)の動きで、
それは、目下(めした)の思いでんな。
そやからA野はんが風俗をし始めた時は、
そう言う心(靈)の動きしか持ってへん段階でんねん。
そやけどそれは・・・
いつか先生が言うた様に因縁を贖ってる段階もあるんやけど、
A野はんの人生はそれだけやおまへんねん。
因縁を贖っているだけの人生やおまへんねん。
そやから、A野はん自身が、
その事象を通じて自分の在り方を考えるようになる時が、
必ずやって来る・・・
それはA野はんの心(靈)の発現が相対的に“上”になり、
それまで“上”は通信を送らんし、
そやからそうなるまでは、
互いに“上”に向かう為の恋愛の相手を選らばへん。
それは恋愛だけや無くって、
いろんな人との縁も、
低い心(靈)の発現の人としか縁が無いって事になりまんねん。」
「・・・」
「ほんでから、
もしA野はんに“上”の心(靈)の発現が無く、
A野はんに通信を送ってる浮游霊も霊的成長しないで、
貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)由来の心(靈)の儘で、
今後も時間を過ごしていくなら・・・
そしてA野はん自身が自分のやってきた事を恥じる段階に入ったなら、
それは、
A野はんが自省(胸の磁性“十”)の“行”に入ったなら、
落ち込み・・・心が折れ・・・
それは砌(みぎり)のエネルギーが条帛(じょうはく)で上昇するんやけど・・・
それは悲しみになり、
只々・・・悲しみになり・・・
その時に自分は自分の人生を恥ずかしく思い・・・
さらに浮游霊の念を受け・・・恨みの連鎖の念を受けたら・・・
こんなやつどうなってもいいって通信を受けたなら、
自分の人生を恥じるだけの心(靈)の動きになり、
自分の人生に価値を見出せなくなり・・・自殺したりしまんねん。
風俗を長年やってはった人は、そう言う死に方をする人がいてまんねん。」
「・・・」

「・・・長い話になってしまいましてん。
要は、
A野はんの心(靈)は、
今までと違う認識を得たって事でんねん。
そやから今までの恋愛と違う恋愛も出来るやろし、
その恋愛を通じて違う認識も得られる・・・
それは段々心(靈)が“上”に向かっていく事やし、
霊的成長するって事やし、
そやからこれからは“思う、憂う”って心(靈)の動きが中心になるやろけど、
そうやって育って行きまんねん。」
「・・・左往右往ですね・・・」
「そうでんねん。」
「解ります・・・もうこの仕事をやめる決心は出来てるんです。」
「そうやったんか・・・良かったでんな。
それは、これからは今までと違う人生を送り、
今までと違う心(靈)の動きをして行く。
そやからそれは、今までと違う認識を得る段階に入るって事でんねん。
A野はんが風俗の仕事をやめる決心をした事を、
Kellyさんは、A野はんの友人として喜びまんねん。」
「・・・ありがとうございます・・・」

「そやけど・・・長い話とちょっときつい話で疲れはったやろ。」
「エエ・・・でも、
Kellyさんが私の事を気遣って話してくれている事もよく解ります。
だから今後も、友人として・・・話をさせてくださいね。」
「勿論でんねん。
ほな・・・今日はこれくらいで帰りましょか?」
「はい・・・帰ってから今日の話を思い出す事にします。
・・・自分の為に・・・」
「・・・ほな、さいなら。」
(これからの事は・・・不安やろけど・・・頑張ってな。)

○○○大先生が、“日月神示”上つ巻 第三十四帖 Kellyさん的解釈・・・にコメント頂いた、田舎様へ、お伝えしたい事があるって言うてましてん。



・・・ちゅう事で今回は、それを書き込みまんねん。

まず・・・田舎様のコメントそのものをご紹介させて頂く事にしまんねん。

     

“二回目?です。
検索してここにきました。
カテゴリーの解釈読まさせていただきした。

古事記にあります『久羅下那洲多陀用幣琉』も十字。
もう一つも漢字にあてられておりますが。
全体の意味、そして各語に込められている数等も含めた意味がございます。

ここからも言葉、数、シンボルとはイメージの塊(固まり)であることがわかります。
しかし五十連、言葉にいたしましても戦後さまざまに変えられてしまいました。
(ゐ等使われておりません)

日本語の本来の意味すらもなくなっている。
または従来の“意”が穢されてしまっています。
(言霊の実力に関係します)

そしてこのようなこともございます。
ヘブライ語、アラビア語等は右から左書き。
日本はその前はどっちから書いていたのか。


貴殿のブログにもございますように、
現代はカネ中心等でありますから、
その前提がないゆえに到底神示等を理解できる下地がございません。
ひふみ神示は神からの“示”でありますから、
当然言語学等だけでは理解できない。
ヽがないとならない。
それには『口、心、行』の一致この基礎がなによりも肝要。
ただ人々は学に囚われ基本の重要さに気づいておりません。


ゆえに学ばかりで“実”が加わっておりませんから、
社会におきましても心ない行為、行動、
犯罪が蔓延るのは当たり前であります。
しかも間違っている常識(教え、カルト等)を正しいと錯覚している始末。
ここからもマコトがない世だということが分かります。



『そう云う進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり、(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。 』

感銘いたします。その通りでございます。
読ませていただきありがとうございました。
長文失礼しました。”



以下、先生からの返事でんねん。


     


田舎様へ、コメントありがとうございます。

文中の、

“到底神示等を理解できる下地がございません。”
“五十連、言葉にいたしましても戦後さまざまに変えられてしまいました。”

←この世界は“玉石混交(淆)”で、
霊的成長度の高い存在と低い存在が、
同一の時空=現津(あきつ)=観察され得る事象を、
共有して観察していると思っています。
それは、
地球人が、まだまだ動物に近い集合意識の霊的進化過程でもあり、
動物の進化過程の集合意識から、
自我の確立=固定化に至り、
そしていずれ“個”の意識=独り神に、成長する過程だと思います。

ですから、
高い霊的存在のメッセージが沢山の人に理解出来る訳がなく、
(霊的成長度の変圧の過程)
アタシとしても、解らない人に解って貰おうなどという考えは持っておりません。
(しかし・・・現状を憂いてはいますが・・・)

価値のある貴い何かは、
圧倒的多数の霊的成長度の低い人によって勝手な解釈をされ、
自己奉仕者、“われよし”の思惑で利用されていますが、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の思惑は、
人の低い功名心や自尊心を煽り、その事に気付かせない・・・
そう言うふうに感じています。

そしてそれは、田舎様のご指摘の通り、

“ゆえに学ばかりで“実”が加わっておりませんから、
社会におきましても心ない行為、行動、
犯罪が蔓延るのは当たり前であります。
しかも間違っている常識(教え、カルト等)を正しいと錯覚している始末。”

←この田舎様の言葉そのものが、
それぞれの霊的成長度に於ける認識(悟り、幸取=さとり)を示し、
それは、
それぞれの霊的成長度に於ける解釈にしかなり得ないと言う事です。
ありていに言えば、
霊的に低い人は低い解釈しか出来ず、その事にほとんどの人が気付かない・・・
その事を、田舎様の言葉を拝借すれば、
“学ばかりで”・・・と、言う事になり、
よって、
人(日止、霊止)が霊的成長の為に“行”をするならば、
“上”の思惑と感応共振する・・・
そしてそれぞれが、
事象の観察という神と共通の行為をしたとしても、
それぞれの認識(悟り、幸取=さとり)というものは、
差があるものだと思います。
そしてそれは、
人と動物の違い(霊的進化過程の違い)でもある、
“目上(めうえ)と目下(めした)”=大脳の新皮質と旧皮質古皮質の脳で、
生み出される思惑の違いでもあります。

(“目上(めうえ)と目下(めした)”に付いては、
前のブログをお読みください。サイドバーにリンクが貼ってあります。)

更にそれは、
田舎様が書かれた“実”の解字として、
宀(うかんむり)=頭、
三=人(日止、霊止)が備える三つのオーラ、
それに丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)が書かれる事、
“一”と肉体のオーラ、2~3番目のオーラ、“二”“三”に、
“上”から“下”に向かって、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)が、
書かれる事、
そう言う頭=思想を持つべきということだと思います。

又、
霊的な“上”と“下”で田舎様の表現を拝借すれば、

“言葉、数、シンボルとはイメージの塊(固まり)であること”

←この事自体がそれぞれの認識(悟り、幸取=さとり)=イメージで、
それは上記の通り、
霊的成長度により差が有る事を、
田舎様は、
おっしゃっていらっしゃると思います。
ですからそれは、心(靈)の発現の“上”“下”により差が有る事です。


そして今回書き込んでいただいた、

“久羅下那洲多陀用幣琉”の“久羅下”を一文字づつ観れば、
以下の意味があると思います。

“久”は、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)+
“一”=智性=1番目のオーラ+人(日止、霊止)・・・或いは創造主そのものを指す。
“創造”の主は、
“亜”から出ずる・・・アイ、“思惑の顕現”=現象化、
それは人の観察=こちらから観れば、
向かって日足(ひたり)から砌(みぎり)に移行する形でも有ると思います。
そして、
最後に書かれるのは、丿部(へつぶ)と乚部(いんぶ)で、
神の思惑の顕現と、人(日止、霊止)の思惑の顕現だと思います。

“羅”は、
目の下の錐体状の神経を表した字であり、
般若心経の“波羅密”の“羅”であり、
それは視床下部でもあり、
振動の受信=“波羅密”の“波”で、
それは事象の観察と認識(悟り、幸取=さとり)で有り、
それにより、
心(靈)と体が創り変る事=“気血栄衛(營)”を示す字だと思っています。
(この事に付いては、前のブログをお読みください)

“下”は、
“一”=智性=1番目のオーラ + (たて棒、コン)、縦の磁性 +
ローレンツ力  =ローレンツ力。
この場合の“下”は、
“上”の思惑を縦の磁性で取り込む事を示した字だと思います。

よって、
自分が高い認識を得ようとするならば=“上”の思惑の受信をしようとするならば、
肉体の磁性の強化が霊的成長に結びつき、
その過程で相対的に“上”の心(靈)の発現が有り、
人(日止、霊止)の神格化の過程は、それ以外に有り得ないと思っています。

又、
心(靈)の進化過程=霊的進化過程の具体的な表現が、
“ひふみゆらゆら”、
それは人(日止、霊止)に観られる“一”“二”“三”のオーラ、
動物には、“二”“三”のオーラしかなく、
それは“王”に対しての“土”でもあります。
そして、霊的成長の過程は、
“思惑の顕現”=現象化で、
思惑=日足(ひたり)で、顕現=砌(みぎり)だと思います。
その事を“日月神示”では“ゆらゆら”と表現され、
“一”“二”“三”それぞれの、
左右の磁性の右往左往と左往右往であると思います。

そして・・・今回は書かなかったのですが、
御幣を支える棒が、
背骨に相当し、
背骨の磁性・・・それは、“金(かね)”の意味でもある、
“力(ちから)の根(ね)”=骨髄中の鉄分子と、
その周りの神経がコイル状で、
生体内電流により電磁石の構造を持ち、
ローレンツ力  =ローレンツ力が発生する事、
それがこの場合の、
“下”の、(たて棒、コン)であると思います。
それは、御幣そのものが、
神の依り代と表現されそれは、
神の思惑を取り込んだ人(日止、霊止)の“思惑の顕現”=現象化を、
示したものだと思いますが・・・これに付いては、
三本目のブログでいずれ私見を述べたいと思っています。
(三本目のブログは、まだ公開出来る段階には至って無いので、
もう少し纏まったならこのブログからリンクを貼ります。)

・・・と、今回の田舎様のコメントに対し、
感じた事を書かせて頂きました。

又のご来訪お待ちしております。

by ○○○大先生

     

     

・・・っちゅう事やったんやけど、
先生は、長年の太陽凝視で平均的地球人よりほんの少し、
“一”=智性=1番目のオーラが大きいからこそ、
“上”の思惑を受信出来るって我田引水な判断をしてる・・・
そやけど・・・間違える事も多いに決まってる・・・
それはまだ地球にいるんやから・・・その事自体が、
たいして霊的成長してないって事やし、
そやから先生は、

“今後も感想をお聞かせください。
突っ込んだ質問や、
こんな解釈間違っているというようなご意見もあれば、
どうぞ遠慮なくおっしゃってください。”

・・・って言うてましてん。

そやから、こんな事書いたら失礼とか思わんと、
遠慮なくドシドシ突っ込んで下さい。
ほんでからそれは、田舎様だけに限らず、
このブログを読んだ人(日止、霊止)すべてにお伝えしときまんねん。

by パチモンのKelly

Kellyさん、チョ~極上ラブラブ中高年夫婦の奥さんとす○きやラーメンを啜りながら、程度の低い“思惑の顕現”=現象化に付いて話し、そして、奥さんのウルチョラスーパースッペシャルマシンガントークに負けんように、Kellyさんの屁理屈を・・・精一杯・・・話す。

今日、Kellyさんは、
近所のスーパーに食料品のお買い物に行ったら、
ちょっと特徴のある喋り方をする聞き覚えのある声に出逢いましてん。
それは・・・

「あ~~~~~~!!!!!!
マ○ちゃんの昔○がらの中○そばの“赤白合わせ味噌”が~~
ひとつも無い~~
“鶏ガラ醤油”と“濃コク豚骨”と“鶏しお”は~
こんなに沢山あるのに~~
せっかく買いに来たのに~~どういう事~~」

・・・その声と喋り方でKellyさん的にはすぐに、
チョ~極上ラブラブ中高年夫婦はんの奥さんって事が判りましてん。
ほんでからその後、Kellyさんは奥さんに見つかってしまい、
捕まってしまいよりましてんな。
その時に話した事を紹介しまんねん。

☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀

「あら~~~Kellyさん~~こんにちは~~
偶然ですね~~~Kellyさんもここに買い物にいらっしゃるんですね~~~
私は~先生から~ここのスーパーなら~
マ○ちゃんの昔○がらの中○そばがおいてある~って~~
教えて貰ったから~~~
せっかく~~家からちょっと遠いここまで~~わざわざ~買いに来たのに~~~
マ○ちゃんの昔○がらの中○そば“赤白合わせ味噌”は~
チョ~ラブラブの私の旦那~❤❤❤○○ちゃん❤❤❤~の~~~
大好物なんですけど~~
“赤白合わせ味噌”だけ在庫が無いんですよ~~~
ガァァァァァァァ~~~ン~~ チョ~ショック~~~」

(およっ!!ちょっと古いリアクションやな。
ほんでからこの間も思うたけど・・・やっぱりよう喋る人やな・・・)

「チョ~極上ラブラブ中高年夫婦の奥さん、こんにちはでんねん。
それはそうと・・・五月に先生の治療院の待合室でお逢いして以来でんな。」

「そうですね~~ちょっとだけ~久し振りですね~
名古屋弁で~~ち~となり~~や~とかめだなも~ですね~(笑)
それで~Kellyさん~~今日は忙しいですか~
Kellyさんと話してみたいって思ってたんですよ~~
このスーパーの一階の奥には~
Kellyさんの大好物の~す○きやラーメンのお店があるでしょ~~
Kellyさんの大好物は~~~
前のブログの~エピローグに~書いて有りましたよね~~
ですから~~一緒にす○きやラーメン楽しみませんか~~
但し~~エピローグに書いてあったみたいに~~
叉焼抜きで~~」

「忙しい事なんかおまへんねん。
ちょうど小腹がすいてたし・・・そやから・・・行きましょか。」


ズルル~~ズルル~~チュルルルル~~~~~~ズルルルゥゥゥゥゥ~~~~~
(注、す○きやラーメンを食している音でんねん)


「奥さんも、叉焼抜きのす○きやラーメンでっか?」
「そうなんです~~最近肉はまったく食べなくなったんですよ~~
どこでラーメン食べても~~肉抜き!!って~言いますから~~~
それも~~~先生の話の影響もありますね~~
動物霊の恨みの連鎖の霊的干渉の事を~~~沢山話してくれましたしね~~~
ですけど~~先生の~恨みの連鎖の霊的干渉の概念は~
いまひとつ良く解らないんですけど~
仮にそんなものが有るとしたなら~~そんなのイヤですものね~
私~~動物好きだし~~~」
「そうでんな・・・
そやけど、今食べてる叉焼抜きす○きやラーメンでも、
おだしには動物性のものが入ってる・・・
まったくの菜食って事ではありまへんな。
そやからそれは・・・」
「段々そうなっていけばよいって事でしょ~~
それも~段階があるって先生に聴いてますよ~
牛や豚なんかより鳥~
鳥より魚がいいし~
最終的には植物だけにしたらいいって事ですよね~~
だから~~~もう肉片は見るのもイヤって感じですよね~~
なんか~気持ち悪くなってくるんですよね~~~」
「今奥さんが言うた事、
“肉片は見るのもいや~~”って言うのんは、
もし奥さんがそう思うんやったならそれは、
奥さんが今言うたみたいに、
先生の話はよく理解出来なくても、納得してなくても、
もう奥さんの心(靈)の一部になってるって事やと思いまっせ。
そやからそれは、奥さん自身が恨みの連鎖の霊的干渉を、
感覚として捉えてはるって事やと思いまんねん。」
「そうなんでしょうかね~~~
今Kellyさんが言ったみたいな~~感覚~~
イヤとか良いとかで~~判断してるからですよね~
きっとそれは~先生のブログに書いてあった~~
感覚優先の事象の観察って事で~
それは~大脳の新皮質を使って無い~~
感覚で何でも物事を観てしまう~~感覚でしか物事を考えない~~
結果それは~~
人間の動物化に繋がる事って言うのが先生の意見ですよね~
そして~~それは~~
人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑が~
人(日止、霊止)の心(靈)に入り込んで~
だからこそ~今の人は~
なんでも感覚でしか物事を判断しないって~
時々~~~先生は治療中に~そう言う話をするんですよ~~
何の事か解らない事ばかり話すんですよね~
でも~今のKellyさんの話によれば~~
その難しい先生の概念でも~言葉でも~
私なりに~
なんとなく理解してるって事ですよね~~
だから~肉を食べるのは~多分~
恨むって心(靈)の動きを~食べる事によって~
吸収して~増幅するみたいなものですものね~
ですからそれは~~~
恨みの連鎖の霊的干渉の~最初の理解は~~
感覚でしか判断出来ないって事でもありますよね~~
きっと~~
何でも自分が知らなければならない認識(悟り、幸取=さとり)って言うのは~~
なんでも最初~~
感覚から感じていけばいいって事でも~あるかもしれませんね~~
だから~私は~
理屈で動物霊の恨みの連鎖の霊的干渉を解ってなくても~~~
肉抜きす○きやラーメンを頼む~~~そうなって行くんですね~
ですから~その恨みの霊的干渉の理屈とか~~~
肉を食べなくなる理由は後から考える~~とか~~
だから~~言葉を使い~自分なりの考えを構築して~~
そして~言葉で認識して行く事が~~
だんだん自分の智性を高めて行く事なんですね~~
でも~今私が言ったのは~~
先生の受け売りですけどね~~(笑)
ですから~~今の私は感覚で物事を観てるけど~~
でも~今みたいにKellyさんと話をすると~
それが段々言葉で解る様になる~とか~
それは~今も言いましたけど~~~認識(悟り、幸取=さとり)するって~
事ですよね~~~
だから~Kellyさんと話したいって思うんでしょうね~~~
そう思うのも~~私の“上”からの通信を~~~
私が受けていて~~自分の霊的成長に~プラスになる事を~
自分自身で選択するようになるって事でしょうね~~~
だから~~その認識は~
感覚優先の物の見方ではなく~感覚で解るって事ではなく~~
智性で認識したって事に~なりますよね~~
そうなっていくのが~又~~人間の進化なんですよね~~
人間の進化は~~認識(悟り、幸取=さとり)なんですよね~
動物には~そこまでの心(靈)の動きは無いでしょうし~~~
だからこそ~~人は言葉で認識(悟り、幸取=さとり)する~~
ですから~言葉は事象を認識する為の道具~~
これも先生の受け売りですけどね~~
だから~それも含め~
人間は動物に比べ~(知識としての)知恵と~
智慧(日を知る事=智性の恵み=慧)と~
智性(日を知った上で獲得した性質)を持ち~~
大脳=目上(めうえ)が発達したって先生も言ってましたしね~~
だから~私も~
私のチョ~ラブラブ❤❤❤の主人の○○ちゃんも~
長年の喫煙と大量の酒で~~~
大脳の新皮質がダメになりかかってたのかもしれないんですものね~~
だから~~~
大脳の古皮質と旧皮質=目下(めした)での心(靈)の動きの感覚で~~
物事を判断する~~
それはしょうがない事だったんですよね~~
でも~~~もうお酒はあまり飲まないし~
主人も私も~~~煙草をやめてから~何年も経つし~
少しは~~私も~主人も~~
目上(めうえ)の心(靈)が動き出したんでしょうね~」

「・・・・・・・・・そう・・・でんな。」
(話し・・・長ッ!!
ほんでから・・・自分で自分達の問題点を・・・自分で指摘して、挙げて・・・
ほんでから話の最後には・・・自己完結してる・・・ある意味・・・凄い・・・)

「それで~~恨みって事で~最近思うのは~~
この間~二十五年以上前の事件で逮捕された人が~~
アメリカで自殺したでしょ~~
無罪が確定していたのに~アメリカまで移送されて~~
ほんとにやったのでしょうかね~
そして~死んでしまった事は~~
殺されたかもしれない人の恨みがあるんでしょうね~~
それで~~なんか~~
自殺って言うのも腑に落ちないですし~
だから~Kellyさんは~どう思いますか~~~」

(やっと話を振ってくれはったやんか・・・
よ~~し!!チョ~極上ラブラブ中高年夫婦はんの奥さんの、
ウルチョラスーパースッペシャルマシンガントークに負けんように、
一気に喋ったりましょ!!)


「今奥さんが言うた事には・・・色んな事を感じまんねん。

そやから最初に、Kellyさん的に思うんは、
ほんまにその人がその事件に関わってたのかって事は、
極端な言い方すれば、自分しか真実を知らんやろし、
いくら警察が調べたってそれは、その人の心(靈)の動きまで解る訳では無いし、
そやから証拠を羅列して追い詰めて自白させたりって事をしますやんか。
そやけど自白かて、なんとでも言い換える事は出来るし・・・
そやから自分がやった事って言うのんは、
自分しか詳細に解らへんみたいなもんでんねんな。
ほんでからそれは、最も重要な事って言うのんは、
自分の心(靈)の中の事は自分しか知らへんって事やと思いまんねん。
そやからあの人は、結果として日本の裁判で無実を勝ち取ったけど、
どんなに自分の外側(外国と幽界)を取り繕って無罪を勝ち取ったとしても、
ほんまに殺したならば、
それは、自分の心(靈)の中の事やから、
自分では誤魔化しようの無い事やと思いまんねん。

そやからあの人が自殺したとするなら、
その人かてその事件の事を忘れてる訳では無いし、
その為に拘置所にまで入れられてた訳やし、
その時に死んでしもた人の事も思い出すやろし、
それはその死んでしもた人の霊を呼んで、
自分に招いてるのとおんなじで、それも振動の感応共振の法則でんねん。
そやから殺した人とかの霊は、犯人のところに現れたりもしまんねん。
それはその犯人の自省(胸の磁性“十”)を促す為の事でんねん。
どんな人でも自省して霊的成長しまんねん。
そやから、自分が仕出かした事に対し、
自省(胸の磁性“十”)せんとアカンって事でんねん。

ほんでから犯人と殺された被害者、両者の心(靈)は感応共振してるから、
思いはよく伝わるって事になりまんねん。
被害者の思い、殺されたから死んでしまえって思うてるのも伝わりまんねん。
その時に犯人が一瞬自省したなら、
殺した方の思惑通りに、自殺したのかもしれませんな。
それは、殺された方は殺した人の不幸な死を望んでいたのやろから。
そやけどその話はおいといて・・・
そやから・・・仮にあの人があの事件を起こしたとするならば、
裁判に勝つ為に凄くエネルギーを使ったろうし、
無実になるまでに沢山の心(靈)の中の葛藤もあったやろし、
それも贖う(あがなう)って事なんやけど・・・結果としては間違ってまんな。
そやから、間違うから“上”はバチを当てるって事でんねん。
さっきの話の、被害者が犯人のところに現れるのも“上”の思惑で、
それが無いとその人は自分を省みる事をしない・・・
そやから、自分が仕出かした事、
“どういうつもり”=自分の在り方で、
事を起こした=行動したのかって事なんやけど、
それも、
自分の利益の為にやったって事は自分なりの思惑があったって事でんねん。
自分の思惑・・・それがあった事は間違いの無い事実やろし、
ほんでから、何の為になんて言うのんは敢えて言う事ではおまへんけど、
その心(靈)の動きは・・・ほんまはその時少しは躊躇ったかもしれへんけど、
結果として人に対する尊厳なんてもんはありまへんやんか。
そやから間違いを起こすって言うのんは、
誰かが裁くとか、罰を与えるとか、人が作った法律ではそう言う事をしまんねんけど、
それでは自分が突っ張って非を認めん人かて居てる。
突っ張って自分の非を認めない事って言うのんは、
それは程度の低い砌(みぎり)の“行”をしてるって事やねんけど、
只々、自分の思惑通りに事を進めたいって事なんやけど、
そしてそれは、結果として誰かに迷惑をかけたなら、
“創造”の法則って事に則って(のっとって)ませんやんか。
“創造”の法則に付いては、
良いカタチの創造に対する心(靈)の在り方って言うのんは、
前に先生の治療院の待合室で御主人はんと話したやおまへんか。
それは、
自分、あるいは自分の周囲の人しかしか愛せへん人は、
自己奉仕者で、
そう言う人たちが構築した世界は奪い合う世界で、
奪い合う世界は創造の方向性ではなく、壊滅にしか向わへん。
それは、成り立たへんって事なんやけど、
成り立つ世界を創るには自省(胸の磁性“十”)をせんとアカンって事でんねん。

そやから人(日止、霊止)の霊的進化って言うのんは、
今の地球人から言えば、
如何に自己奉仕者で無くなるのかが、霊的進化に向う方向性でんねんな。
そやからあの人が人殺ししたかもしれへん理由って言うのんは、
報道から判断すれば、自分の利益を追求したかった・・・
本人はんの思惑かて多分そうやったんやろし・・・
そやけど、殺したかもしれへん動機になった思惑は、
金・・・それ以外にもあるかもしれへんけど・・・
奥さんに対する憎しみとかもあったかもしれへんけど・・・
そやからそれも相手を殺す事の程の事やったのか・・・
その二つに関して、
殺人まで犯すことに付いての善悪は、それを判断するのは、
自分でしかないって事でんねん。

誰でもそうやけど・・・神さんの子やから誰でもそうなんやけど・・・
そやから良いカタチの“創造”の法則性を知る為に、
自分が仕出かした事に対し、
自分が考え、教訓にして、
そこに“善”と“悪”を自分で見い出さんならんですやろ。
そやから、
自省(胸の磁性“十”)の“行”をする最初の段階って言うのんは、
自分が仕出かした事に対し、
その時の自分の心(靈)の動きって言うのんは、
“どういうつもり”やったのか考えまんねん。

(ハァ~~ハァ~・・・久々に長い話をしてるから・・・息が続かへん・・・)

ほんでからあの人が拘置所で死にはったやないですか。
それが、結果、自殺なのか殺人なのかは別にして、
その人の遺体が搬送されたのは、南カリフォルニア大病院で、
そこは被害者の奥さんが頭を撃たれて搬送された病院と同じでんねん。
被害者だった奥さんの死んだ病院と、
その人が同じ病院に運ばれた事実って言うのんが、
殺されたとされてる奥さんの恨みの念の現象化やと思いまんねん。
それも殺されたかもしれへん奥さんの“思惑の顕現”=現象化でんねん。

そやからそれは、何かをするとか・・・どうつもりだったのか・・・
動機の無い行動って言うのんは有り得へんって事でんねん。
そやから、被害者とされてる奥さん=殺されて死んでしもた人なら、
加害者を同じ目に遭わせたいって思うからでんねん。
そやから、殺された霊的存在って言うのんはそう言う思いに囚われる。
それも自我の確立=固定化の霊的成長の段階でんねん。
腹のエネルギーの強化、貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の思いに囚われまんねん。
心(靈)って言うのんは、
本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動の、
“下”のほうから発現するからでんねん。
そやからその奥さんも、
その段階の心(靈)の動きの強化をせんならんって事でも有りまんねん。
そやけどそれは、動物霊に近い段階でも有りまんねんな。
人間ならば、
何故殺されたのかとか、殺した人となんで縁があったのかとか・・・
そう言う事を思い、殺された事に対し自省したりしまんねん。
自省(胸の磁性“十”)する事そのものが、
智性=目上(めうえ)の脳の心(靈)の動きを、高めて行く事にもなりまんねん。
そやからそれは具体的に言えば、
殺されたのは、自分にも責任があった・・・とか、
ちょっと話が本題から逸れまっけど、
殺された事自体が何かの因縁を背負っているとか・・・
そういう事に気付いたりもしまんねん。
因縁を背負っている事を考えれば、先祖代々から背負っているもんやから、
それは、その殺された人の主護霊なんかが教えんと解らへんのやけど、
そやけど、主護霊がその事を教えるって言うのでも、
その人の心(靈)が殺された恨みから少し開放されて無いと、
受け入れられへんから、
心(靈)が殺された事自体に囚われてるから、
それは自我の心(靈)の発現の段階でしか思わへんから、
そやからことが済んでそれをその人が観察して、
ほんでから結果としてあの人を恨んで殺したいって念を送った事に対し、
自省(胸の磁性“十”)して、
そして自我より“上”の心(靈)の発現をする・・・
そやからその時までその事を教える時期を、
“上”の霊的存在・・・主護霊は待ってまんねん。

そやから死んですぐって言うのんは、
殺された殺された殺された・・・それしか思って無いみたいなもんでんねん。
それが自我の確立=固定化の段階の心(靈)の動きでんねん。
ほんでから殺されて死んで彷徨ってたなら、
それしか思えへんみたいなもんでんねん。
そやから殺された立場から言えば、殺した相手を同じ場所で同じ目に遭わせたい。
そやからあの人が日本で無罪を勝ち取って、
のうのうと暮らしてる事を奥さんの霊が観察して、
益々、恨みの念を送りますやんか。
ほんでからその恨みの念に感応共振する霊的存在が“力”を貸す。
悪霊の霊団の力を借りるって事になるんやけど、
その霊団が活躍してる事を“上”の存在は容認してまんねん。
容認する事自体が、
その人の霊的成長に必要やし、
それをさせんと、自省する段階に入らへんからやねんな。

そやから今の話の重要な事は、
観察と認識(悟り、幸取=さとり)によって、自分の行動を決定する。
死んでからでもそうでんねん。
動機の無い行動は有り得へんし、
それは、
神さんだろうがどんな低級な霊であろうが、
あるいは心(靈)と呼べんくらい進化過程の低い生物であろうが、
何か理由がなければ行動を起こす事は無いって事でも有りまんねん。
その行動を起こす時の心(靈)の発現の段階が、
例えば動物やったなら、獲物を食う為に殺す。
そやけどそれは、肉食動物の霊的成長度に於ける水準で許される事でんねん。
心(靈)の進化過程って事でんねん。
そやけど人間は、
殺す事が悪に繋がる事を知っていますやんか。
動物と違う悪の概念を持ってるやないですか。
その概念が有るからこそ、
自分がやったことに対し良い事なのか悪なのか・・・
それを思うことが出来るやないですか。
ほんでからそれは自分の行動に活かしてるやないですか。

そやから、
殺すなんて事を考えるとか、仕出かすとか言うのんは、
てんで心(靈)の進化過程が低いって事なんやけど、
そう言う心(靈)の進化過程の段階の人でもそれは、
神の子なんやから、
只、相対的に低いって事でしかないって事でんねん。
そやからその仕出かした事が、
その人の霊的成長度に於ける霊的成長度の水準に合ってなかったら、
その人の心(靈)のレベルに沿った行動でなかったなら、
その人の“上”の存在はバチを当てまんねん。
要は、一言で言えばバチが当たったって現象でんねん。
それは“神の咎め”って前にKellyさんは調べた事が有るんやけど、
“神の咎め”が有る理由って言うのんは、
“創造”の法則を学ばなければならないからでんねん。
そやからその被害者の呪いみたいに思われてる事って言うのんも、
被害者自身の“思惑の顕現”=現象化で、
それも被害者が死んでから、ずっと自分の恨みを晴らしたい・・・
そやからそれは同じ病院に運ばせた。
自分と同じ目に遭わせたかったって事でしか無いけど・・・
その被害者の心(靈)の動きも、
その被害者の心(靈)の動きに感応共振して協力した“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の霊団の行動も、
“上”の存在はちゃんと観察してて、
被害者もあの人もちゃんと霊的成長に向かう為に、
今後の教訓にする為に、自省(胸の磁性“十”)の“行”をさせる為にって事で、
“上”の存在は“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の霊団が、
色んな事を仕組んでる事をちゃんと解ってて、
その感応共振もちゃんと解って、敢えて許可してて、
自分達の思うようにやらせておき、
そして、自分達がやった事に対して自省させるって事でんねん。
そやから結果としてあの人も死んでしもて、
その殺した動機の心(靈)の発現の儘、
言い換えれば低い心(靈)の動きの儘死んだとするなら、
それは、凄く長い間、浮游霊として彷徨わんならん。
そやけど、死ぬ前に一瞬でも自省したならそれは、
自分の心(靈)の在り方って事を考えるようになるですやろ。
そやからこそ奥さんと同じ病院に運ばれて、
そう言う目に遭わされたって事でんねん。
そしてその事を、その人の霊も奥さんの霊も観察してまんねん。
観察して自分のやった事の“善悪”(神格化と、動物化=心の本能化)の程度を、
自分の心(靈)が認識しまんねん。
そうして行かんと、心(靈)が“上”に向わへんって事でんねん。」

(ふ~~~~~~・・・やっと話し終わったやんか・・・)

「そうなんですか~~~
難しい事は~解らないですけど~今のKellyさんの話の要点は~~
創造の法則性は~良いカタチを目指すって事なんですよね~~~
そして~誰でもが~それを目指すから~
心(靈)が“上”に向かう事を~しなければならないって事ですよね~~~
その為に~主護霊が居て~その人達を見守っているって事ですね~~
先生がよく言う~
主護霊はその人達が死んでからも~“共々にいく”って事ですね~~
ですから~今の話~心(靈)が“上”に向かう事~
だから~私達は~よいカタチを目指すって事を~
常に思ってるって事でも~有りますよね~~
その程度が低いと~相手を殺したりする~
でもそれは~人として間違ってる~~
当たり前みたいな言い方ですね~~
その当たり前の事を忘れさせるのが~~~
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の思惑なんですよね~~
だから~~自分の欲望の為に人殺しまでするんですよね~~
そうやって~“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の存在の思惑は~
恨みに囚われる霊的存在を増やして行くんですね~~
又~そうやって沢山の因縁も出来て~
今の人は~たくさんの因縁を背負ってるんですね~~
それも~先生の言う恨みの連鎖の~一側面って事ですよね~~~
そして~~“上”の存在は~
その自分達のやった事を教訓にする為に~色々働いているって事ですよね~~~
それは~“上”の存在の~愛(炁)の顕れ~って~事ですよね~~~」

「そうでんな。」
(えらい簡単に纏めはったな・・・)

「でも~私の事を~先生は~
○○○療院の常連客の中で一番喋るチャンピオンって~言った事がありますけど~~
今のKellyさんの話を聞いて~~
チャンピオンの座を~譲らなければならないって~思いましたよ~~」
「・・・そうでっか・・・それは・・・光栄でんな。」
(かっ・・・かっ・・・勝った・・・・・・・・・そやけど・・・なんか虚しい・・・)

「だから~良いカタチの創造は~
私達みたいにチョ~極上ラブラブ❤❤❤で無いと~
お互いの幸福を願う事も出来ないし~
私達はお互いにチョ~極上ラブラブだから~
誰かに対しても~他者の幸福を願う事も出来るし~
誰もが誰もの幸福を願うって言うのが~神の思惑で~
私たちがチョ~極上ラブラブなのも~その顕現なんですよね~~
それが~人(日止、霊止)の在るべき姿なんですよね~~」
「・・・そうでんな。」
(なんか・・・我田引水な都合のエエ事言うてはる・・・でも、何にも言わんとこ。)

「では~す○きやラーメンも食べ終わったし~
では~そろそろ失礼したいから~主人に電話して迎えに来て貰いますね~~

もしもし~○○ちゃん~❤❤❤
聞いてくれる~
ここのスーパーには~
マ○ちゃんの昔○がらの中○そばの“赤白合わせ味噌”が~
一つも無かったのよ~
チョ~ショック~
せっかく○○ちゃんの為に買いに来たのに~~❤❤❤
え~~~~!!!!!
もうスーパーの玄関に~車留めてるの~❤❤❤
離れ離れが~~寂しかったのね~❤❤❤
すぐ玄関まで行くわ~❤❤❤
ちょっと待っててね~❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤

と言う事なので~これで失礼しますね~
又~お話させてくださいね~」
「勿論でんねん。ほな、さいならでんねん。」




Kellyさん、チョ~極上ラブラブ中高年夫婦の御主人の、ラーメンに対する気持ちを拝聴し、その裏にあるご主人の仕事に対する理念とその理想の高さに驚嘆し・・・そして・・・コケる。



この間Kellyさんは、もう長い事先生と話をして無い事に、
ふと気がつきましてん。
ほんでから先生は12月が誕生月で・・・今年でもう53歳になる。
そやから、久しぶりに先生の顔を見に行くついでに、
Kellyさんが用意したささやかなお誕生日プレゼントを持って、
○○○療院にお邪魔しましてん。
そしたら先生は又もや珍しく仕事をしてはって、
その時チョ~極上ラブラブ中高年夫婦の奥さんの治療中で、
ほんでから待合室に、御主人はんが奥さんの治療が終わるのを待ってはって、
御主人はんとちょっと話をしたから、その時のことを紹介しましてんな。


☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀

「Kellyさん、こんにちわ。」
「チョ~極上ラブラブ中高年夫婦の御主人はん、こんにちわでんねん。」
「この間は、うちのかあちゃんと色々話していただいたそうで。」
「そうですねん。す○きやラーメンを一緒に啜らして貰いましてんな。」
「あのあとスーパーの帰り道、うちのかあちゃんは、
“Kellyさんは~~すごぉぉぉぉぉ~~~く喋って~~
その勢いに負けそう~~ガビ~~ン!!~~~って思ったわ~~
先生の知り合いでは~私が一番よく喋るって思ってたのに~~~
ガ~~ン~~チョ~ショック~~”って、言ってましたよ。
それでKellyさんと話した印象は、
Kellyさんの事を典型的な大阪のおばちゃんみたいだとも言ってましたよ。」

_(。_°/ ズルッ!・・・ズベッ(ノ_ _)ノ・・・(o;_ω_)oバタ・・・コケテモタ

「・・・そうでっか・・・」
(奥さんのウルチョラスーパースッペシャルマシンガントークに、
負けんようにムキになって喋ったからやな。
・・・大阪のおばちゃんか・・・そう言われてしもた事もある意味、正当な報酬やな。
自省(胸の磁性“十”)しよ。)

「また、す○きやラーメン付き合ってやってください。」
「承知しましてんな。喜んで~喜んで~喜んで~でんねん。(笑)
Kellyさんの大好物でもあるし、いつでも付き合いまんがな。
そやけど・・・
御主人はんと奥さんは、前にラーメン屋さんをしてはったそうでんな。」
「そうですね・・・ちょうど今から二年位前の事です。しかし・・・失敗だったんですけどね。
それは、ラーメン職人として雇った人がてんで自分勝手で、
たいした技量もないのにエラそうにして理屈ばっかり言ったり、
その割には毎日味が違ってたりもしたんですよ。
まったく幼稚な人で・・・困ってしまって、こんな事ではこの店は将来性がない・・・
だから自分達で店を閉める事を決めたんですよ。」
「そうやったんか・・・
そやけど、こんな事聞いたりしたら失礼かもしれへんけど、
なんでラーメン屋さんを始めはったんですか?
その時の御主人はんの心境って言うのんは、どんなもんやったんやろって思いましてん。
今のお店の儲けだけで生活するのは充分やろし、
ほんでからラーメン屋さんでは、今のお店ほど到底儲からんやろし、
言うたらなんやけど、
ラーメン店を出店した資本と時間と体力を、無駄に費やしただけやおまへんか。」
「それは先生に聞いてらっしゃるんじゃないんですか?
私たちの生き方に対する先生の意見みたいなことも、前のブログにも書いてあったし・・・」
(思惑と顕現“その十”
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔=マーラ(魔羅)”・・・その思惑と顕現 参照)

「それはそうなんやけど・・・
Kellyさんは直接、御主人はんから聞いてみたいって思いまんねん。
そやからお二人のその心(靈)の動きって言うのんは、
先生がお二人を見て思った憶測みたいな事は、先生から聞いてまっけど、
それは、
今までと違う生き方を求め始めた=左往右往に入り始めたって言うことなんやけど、
先生もKellyさんも今、
自分の在り方って言うもんを考えて生きてるやないですか。
そやからこそ、
御主人はんの心境も直接ご本人から聴きたいって思いましてんな。」
「そうでしたか・・・それじゃ、少しお話しましょう。

先生から聴いていらっしゃるとは思いますが、
私の仕事に対する理念は、自分たちが儲ける事も大事ですが、
お客さんに喜んで帰って貰いたい、楽しい時を過ごして貰いたい、
それを大切に思っていますからね。
普通、ホストクラブって言うのは見せ掛けの言葉で騙したり、見せ掛けの優しさを売ったりする・・・そして高い酒とつまみを出し、女を食い物にするホストもたくさんいる。
そんなことはKellyさんも知っていらっしゃるでしょうが・・・
ですから私としては、
さっきも言ったように、共に楽しんで、只、奪うだけの商売はしたくない。
そしてお客さんが不快に感じる事など・・・そういうことはしたくない。
例えばひどい例はホストが女を食い物にするとか・・・それでは結果、
商売は成り立たない・・・いつかそれはダメになる。
お客も私たちも共に喜ばないと仕事は長く続かないでしょうし、
たくさん儲ける為に、騙し、奪い、欺き・・・そう言うことをうまくやれば、
きっと一番になるでしょうけれどもね。」
「そうでんな。
そやからKellyさんが一番最初に御主人はんと話をしたとき、
政治家や公務員が無責任ってことを話させてもろたやおまへんか。
それは、御主人はん自身が無責任な人を観て、感じて、思うことで、
御主人はん自身の自分の感覚と、
違うことをする人って事ですやろ・・・
そやから仮に、ご主人はんがそう言う仕事に携わっているなら、
国民の税金や年金を誤魔化して自分の私服を肥やしたり、
欲望を満たす為に地位や名誉を利用して金を集め使ったり・・・そんな事はしないやろし、
そやからそれは,
御主人はんの心(靈)の在り方って事を示す言葉やとKellyさんは感じるし、
ほんでからそれは、
ご主人はんが人に対する尊厳を持ってはるって事やと思いまんねん。」
「そう言うむずかしい表現をしたことがないですけど、そう言うことなんでしょうね。
ですから私が今、Kellyさんに話したことは、
以前から、水商売を始めたときからそう言うことを感じていましたからね。
うちのかあちゃんも同じように考えているようですし・・・そして、
今、私たちがやっている仕事も何時ダメになるのかわからない。
それで、違う事もしてみたい。
それで、私たち夫婦は麺類好きってこともありましたし、
美味いラーメンを作りたいと思いましたし、
それでラーメン屋をやってみようと思ったんですよ。」
「麺類好きでっか。先生とKellyさんとおんなじでんな。」
「しかし・・・そう言う私たちのラーメンに対する気持ちだけではダメで、
さっきも言ったように人の縁に恵まれませんでしたね。
だから数ヶ月で閉めた・・・その結果、余った麺や、スープの材料の野菜や昆布は、
みんな先生に食べられてしまった・・・
先生を太らしたみたいな結果にしかならなかった(笑)」
「それはある意味最悪でんな(笑)先生が喜んだだけやんか(笑)。
そやけど今、冗談ぽくご主人はんが言うたことだけなく、
さっきも言わはったみたいにたくさんの事を学習した・・・
そういう事もありましたんでっしゃろ。」
「そうですね・・・
だからラーメン屋に未練はあるんですよ。
またいつかやってみたい・・・そう言う気持ちは強いですね。
その時は、私たち夫婦のラーメンに対する気持ちを理解してくれる人と、
仕事がしたいですね。
そして美味いラーメンを食べてもらい、お客さんには喜んで帰ってもらう・・・
そう言う仕事がしたいですね。
そう言う人の縁・・・今後・・・あるんでしょうかね・・・」

「そう思われまっか・・・
そやから今ご主人はんが言わはったこと、人の縁・・・
Kellyさん的にちょっと生意気な意見を言わせて貰えば・・・」
「どうぞおっしゃってください。」
「そうでっか・・・(やっぱり謙虚な人やな)。

そやから、その時の人の縁が大切やったって事でんな。
失敗しはったお店のラーメン職人はんは、
お二人の仕事に対する理念を理解出来へんから、エエかげんな仕事をしたってことや、
ないですか。
それは、さっきご主人はんが言わはったみたいに、

“たいした技量もないのにエラそうにして理屈ばっかり言ったり、
その割には毎日味が違ってたりもした・・・まったく幼稚な人”

それはお二人の霊的成長度とは違うって事でんねん。
ほんでからKellyさん的には、
御主人はんの言わはった言葉に、御主人はんの霊的成長度を感じまんねん。
そやからそれは、御主人はんとKellyさんが一番最初に話したことに近い感想やないですか。
(Kellyさん、チョ~極上ラブラブ中高年夫婦の御主人と、心(靈)の発現の段階に付いて・・・世間話をする。 参照)
それは自分の感覚と違うってことを言わはったんやし、
そやからその人は、自分達の仕事に対する理念ってもんを感じさせん人って事やし、
ほんでから無責任で、自分勝手で、簡単に言えばそれは自分の事しか分からへんって事なんやけど・・・自分の功名心や自尊心も低い。

功名心や自尊心って言うのんは、
事象の創造に関わるエネルギーって先生と話をしたことがあるんやけど、
自分の中のそう言う心(靈)の動きを自分でどう扱って行くのかが、
自己奉仕者と奉仕者では、てんで違いまんねん。

自分の心(靈)の動きの功名心と自尊心が、
自分の低い欲望や利益の為だけに働いたなら、
地位や名誉や・・・それは見せ掛けの物でもエエってことになりまっしゃろ。
欲望を満たす為だけの何かの獲得、
金だけ儲かればエエとか、それは欲望さえ達成できればエエんやから。
他人の事なんか考えんでもええんやから。
そやから、それより“上”の霊的成長度の人の功名心と自尊心は、
満足って概念が自己奉仕者とは違う・・・そういう事は言えまんな。
それは、本当に自分が心(靈)の奥底から満足することを求めるってことも言えるし、
そやから欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとか・・・そんな自分に後ろ暗いことはしたくないって思いまっしゃろ。
そんな事をしたら自分が自分に恥じるって事でんねん。
そやからこそ自己奉仕者の心(靈)の動きをしてはる人は、恥を知らん・・・
今そんな人が左往右往に入りかけること・・・
そんなニュースが、たくさん報道されてますやんか。
それは一例を挙げれば、
自分達がやってきたことが考えが浅くて失敗し、誤魔化したことを公表して行かんならん。
批判され人に責められ自分の恥を知る。
そう言う心(靈)の進化過程で自分で自分のしたことに恥じないって言うのんは、
自分に対する厳しさも無いし、人に対する尊厳もないし・・・
そやからそれは、政治家でも公務員でも食品偽装でも、
なんでも儲かればエエって考えでんねん。ばれなかったらエエって考えでんねん。
ほんでから、
この間奥さんと話をした保険金殺人の容疑がかかってた人でもそうでんねん。
それは、死んでから自省(胸の磁性“十”)の“行”に入り、
自分を恥じるってことになりまんねん。
そやけど、話が逸れましてんな。
そやから、ほんまに自分が満足するって何かは自分の心(靈)の中にしかない・・・
そう言う言い方を前に先生はした事があるし、それはまた、
ほんまに貴いって感じることを求めるって事やとKellyさん的には思いまんねん。
そやから、話を戻させてもらいますけど、
御主人はんとの仕事の縁も、段々違う縁がついていくと思いまんねん。
それは、御主人はんの思いに感応共振して、
霊縁って言うのんは“上”の存在が付けて行くって事でんねん。
言い換えれば霊的成長度の高い人と出会える・・・その許可が出るってことでも、
ありまんねん。
人の縁でも、何かの技術でも、発明発見でもそれは、
その人がどれ位自分のエネルギーを贖ったか?それによるもんでんねん。

そやから御主人はそんな人としか縁が無くって一度失敗しはったけど、
それを教訓にして、又、次の段階に進む。」
「そうですね・・・
あの店をはじめ、閉めるまで数ヶ月だったですが、たくさんのことを思いましたし・・・
当然、ラーメンの知識もたくさん学びましたし、
だから又、いつかやってみたいと思っているんですよ。」
「それは、ご主人はんがラーメンを作るって事を思っていくのなら・・・
そう言うそれなりの霊縁が出来て、
お二人と近い霊的成長度の人と仕事をするようになっていくと思えるし・・・
なんでも最初からうまい事にはなってへんって事で、
そやからそれも“上”から試されてて、そこでどれ位頑張るのか、
ちゃんと“上”の存在は観てはって、
試練として与えられた条件って事でんねん。
そこで色んな教訓を得たり学習したりしまんねん。
そやけど今言うた事は、さっきKellyさんが言ったことと重複してまんな。
ほんでから、いつか又、ラーメン屋さんをやりたいって思うてはるのなら・・・
御主人はんが今の仕事に対し、自分なりの満足を得られないって事があると、
思いまんねん。」
「そうですね・・・さっきも言ったとおりですね。」
「そやからそれは、御主人はんの仕事に対する理念・・・
その理念が貴い理念やからこそ、
今の仕事でたくさん金は儲かるけれど、そこに御主人はんの本当の喜びはない。
自分の満足する何かって言うのんは貴い何かって事で、
御主人はんは、それをラーメンを通じ獲得しようとしてはるって思いまんねん。

ほんでから今ご主人はんが言うてくれはったみたいに、
“だから又、いつかやってみたいと思っている”・・・
それを思い続けていき、それなりの行動をして行けば“力”の獲得っていうのはある。
その“力”の獲得って言うのんは、その人(日止、霊止)の“術”になる。
ほんでからラーメンに対する御主人はんの認識が高まる事は、
ラーメンを通じて“力”を獲得し、認識の拡大って事が起きる。
それはラーメンを通じて自分のエネルギーを贖い、
それは生体内電流の強化=自分のオーラを大きくする。
そう言うことでもありまんねん。
それは言い換えたなら、ラーメンを通じて霊的成長するってことでもあるし、
ほんでから“力”と“術”の獲得って言うのんは、
霊的干渉でもあり、
ラーメン作りに手を貸してくれる霊的存在とのオーラの相互干渉もあり、
そやからそれは、段々、
ラーメンに対し、あるいはラーメン店経営とかに、御主人はん自身の目が利くようになりまんねん。
それを追い求めて行ったならそれは、ラーメンを通じて“力”を獲得し、
“術”を顕していくって事でんねん。

ほんでからちょっと違う話みたいやけど、“力”の獲得と“術”の顕現って言うのんは、
仙人の“仙”って言う字に表現されてて、
仙人の“仙”は、“イ(にんべん)”に“山”ってことで、
それは脳の発達って前のブログで先生と話をした事がありまんねん。
ほんでから、先生と霊縁があったローム太霊さんもその事を先生に教えてる。
(霊的干渉“目上(めうえ)と目下(めした)”“その六” 参照)
そやから普通、仙人って言うとなんやしらん特殊な“術”を発揮したり、
不老不死やったりとか色んなことを思うけど、当然そう言う存在も居てるけど、
人が仙人になるには、まず身近な事を極めていく。
それは、仙人にも段階がありまんねん。
それは・・・尸解仙(しかいせん)、地仙(ちせん)、天仙(てんせん)、神仙・・・
これを説明して行くととても長い話になるから今回は見送らしてもらいまっけど、
身近なことを極めていくのは、
尸解仙(しかいせん)の入り口みたいなもんでんねん。
そやからまた話を戻して、
そうやってラーメンを通じ認識の拡大をして行くことそのものが、
仙人の“仙”に現れてて、
“力”の獲得と“術”の顕現、それは“上”の思惑の受信、
そして自分がエネルギーを贖ったから、
自分より少し“上”の霊的存在との感応共振があり、通信を受けたりもする。
そうやって御主人はんの認識は高まっていくって事でんねん。

ほんでから仙人の仙って言う字はこういう意味があると思いまんねん。

仙の解字 

今言うたみたいに、自分の心(靈)の発振、発信に=心(靈)の動きに感応共振する霊的存在がいてるし、その霊的存在がその人に通信を送り、
何かに気が付いたり、何かを思いついたり、それは発明発見でもそうやし、
ほんでから解りやすい例として、
スポーツで活躍するには、反射神経と筋肉の発達と色んな肉体的要素もあるけど、
それはそのスポーツで活躍してる人だけの力ではなく、
その時に憑依現象もおきてまんねん。
そやからスポーツって言うのんは、憑依現象を理解するのには、
とても解り易いねんけど、
話が逸れまっから、別の機会があったならKellyさん的解釈をお話しまっけど・・・」

「その話は興味が有りますね。是非詳しく聞きたいですね。
でも今Kellyさんがおっしゃったみたいに別の機会にしましょう。
ですが・・・話の腰を折りましたね・・・すみません。」
「いいえ・・・こちらこそ長い話で恐縮でんねん。
(・・・そやけど御主人はんは、ほんま謙虚な言い方をする人でんな・・・)

話を続けさせてもらいまんねん。
そうやってすべての“力”、
人(日止、霊止)が獲得してきた“力”(、知恵、知識・・・学問・・・能力、そして霊能力を含む)って言うのんは、
“上”から“下”に垂れてまんねん。
そやからそれは“力”って言うのんはすべて神さんの要素やと思ったらエエねん。」
「神はすべてを知っている。すべての力を持っている。すべてを支配している。
そう言うことですかね?」
「(ちょっと違うけど・・・)大体そう思うて間違いないと思いまんねん。
ほんでから人(日止、霊止)がどれ位、
何かを求め、エネルギーを贖い、
そしてその事自体をその人の主護霊も支配霊も観てる。
主護霊と支配霊って言うのんは、
ローム太霊さんがS会=紫光会の交霊会で会員に示した定義って事なんやけど、
今その定義自体が、まぜこぜになってる。
それは“上”からの言葉を自分の利益のために利用し、
もてあそんでる低い霊能力者のせいでもありまんねん。
その事は前にチョ~ベッピンはんのA野はんと話をしたから、
よろしかったら前の記事を読んでくださいでんねん。
(その記事は、
Kellyさん、チョ~ベッピンはんのA野はんと、最近の霊能力者に付いて世間話する。
・・・でんねん。)

その御主人はんの仕事に対する理念を、御主人はん自身が貴いと思うのは、
精神性やから、
それは主護霊はんの領域で、その理念そのものが、
御主人はんの心(靈)が“上”に向かう方向性って事でんねん。

ほんでからそう言う理念を形骸の言葉で言うてる人は多いけど・・・
わかり難い言い回しをしてしもたけどそれは、
耳心地のエエ言葉だけ言うて票を集める選○演説みたいなもんでんな。
そやから今のはひどい一例やけど、高い理念・・・それを言葉にしてる人は多いけど、
その理念どおりに行動してる地球人はとても少ないし、
その事自体が、地球人の霊的進化の程度の低さを示してる事でんねん。
そやから主護霊はんはその人の心(靈)の成長を見守ってはるってことを言いたかったんやけど・・・別の話になってしまいましてんな。」
「どうぞお続けください。」
「すんまへんな・・・なにしろ大阪のおばちゃんさかい、
話してるうちにどんどん言いたい事や伝えたい事が浮かんできて、
止まらへんようになってしまいまんがな。

そやから・・・仕事に対する理念が、
自分の心(靈)の進化の指標でもあるし、そのために御主人はんも奥さんも、
努力しはった結果があのラーメン店でもあったって事で、
ほんでからその体験から得た学習や教訓は、お二人の認識の拡大って事でんねん。

ほんでからもういっぺん支配霊の話しをしまんねん。
そやから支配霊って言うのんは、仕事や趣味の事に携わり、
御主人はんの場合、具体的にラーメンの作り方とか、
人を喜ばす美味いラーメンって言う視点で、
どんな材料を使うのかとか、どんな作り方をするのかとか・・・」
「ラーメンの神様みたいなもんですね。」(笑)
「神様は大げさやけど・・・例えば、支配霊の眷属って言うのんは、
ラーメンを極めようと思っても時間がなくって=早く死んで、
向こうの世界でこの世界を観察したり向こうの世界で新たに勉強したり、
そうやってラーメンに対する力と知恵を獲得した存在は、
自分の力と知恵をこの世界に顕現したいって思いまんねん。
そやから目的が同じ人に憑依して“力”を顕し“術”を示したい。
これも、さっき言うた功名心と自尊心でんな。
そうやってたくさんの霊的干渉があり、
それは今の話、ご主人はんが理想のラーメンを作り、 お客さんに喜んでもらう。
そのためにエネルギーを贖わせる・・・それが支配霊でもあり、
ほんでからそれを管轄してるのが主支配霊でんねん。
支配霊の親分みたいなもんでんねん。

ほんでからに物質には精が宿る、それは花の妖精なんかでもそうやけど、
そういうもんは自然霊で、肉体を持ってない。
ほんでからそう言う存在は、人の念(今の心(靈)の発振、発信)に応じて、
自分を顕現して行く・・・それが妖精とか精でんねん。
その事もローム太霊講話集でローム太霊さんが説いてまんねん。
そやから、ご主人はんがラーメンを極めようとして行くなら、
御主人はんにラーメンの精もたくさん憑くやろし、
ラーメン作りに執着のある霊的存在も憑くやろし、
そう言う存在がたくさん憑かんと、ラーメンを極めることが出来へんやろし、
ほんでからラーメンに関わる霊的存在の“上”の存在から、
“力”を加えてもらうことをするには、
ご主人はんがラーメンを極め、その為にエネルギーを費やし、時間を費やし、金も費やし・・・色んなものを贖う(あがなう)それをして行かんと“上”は動かへんねん。」
「ラーメンに関わる霊的存在・・・そしてその“上”・・・
なんかとんでもない話になってますね。
私たちがそう言う存在を知らないってことなんでしょうね。」
「そうでんねん。
そやからそれは、なんでも人間は“思惑の顕現”=現象化をする。
それはア、“亜”からイ出る(いづる)泉(いずみ)って事でもあるんやけど、
(すべての創造の根源とも言い得る、アイ、愛(炁)、日足(ひたり)から砌(みぎり)、
“思惑の顕現”=現象化の事)
そやから動機=自分の心(靈)の発振、発信で、
“力”を獲得することは発振、発信による霊的干渉で、
ほんでからうまいラーメンを作ったとしたならそれは、“術”の顕現で、
始めてそこで上の思惑をご主人はん自身が受信して自分の“力”と“術”にしはったって事でんねん。
そやから前に、動機のない行動は無いって話させてもらいましたやんか。
簡単に言えば、何か思わんと自分は動かんとか・・・
極端なこと言えば、
この世界でも人間がいて、段々理想を求め、その為に“力”を獲得し、
“術”として顕現し、そして段々自分達の世界を良いカタチにしていこうと思う。
それを今ちょっと間違えてるから、この文明は崩壊するかもしれへんってことなんやけど・・・それは学習の過程で、
間違えた思想の文明は壊れるに決まってまんねん。
ほんでから文明を構築してる最中は間違えてるなんてことに気が付かへんねん。
壊れて失敗を体験して失敗と認識してから始めて教訓になりまんねん。
ほんでから自省(胸の磁性“十”)しまんねん。」
「それも、右往左往から左往右往ですね。」
「そうでんねん。それは神さんの極性があるからこそ起きる事でんねん。
神さんの極性は、
陰陽とかプラスマイナスとか日足と砌(ひたりとみぎり)でんねん。

ほんでから動機の無い行動は有り得へん。
それは“思惑の顕現”=現象化で、
この間、奥さんと話題にした事件のことでも、
容疑者と被害者、両者の思惑と顕現の心(靈)の動きがあの複雑な事件の裏側にあったって事なんやけど、
そやから思惑と顕現って言うのんは生命(生きる使命=存在理由)の基本要素でもあり、
それは神さんの子やからこそ、
神さん=“創造”の主って言うのんはこの世界を創造したとされてるなら、
創造主の思惑があったからこそ、
この世界を顕現した・・・って言うよりも、今も創造してはる。
それは、私たちの心(靈)の動きに入り込んでって事で、
それが先生の解釈のアイ、“亜”から出(いずる、)泉(いずみ)、愛(炁)ってことで、
ほんでからそれは創造主って認識されてる“一”って言う字でも、
向かって左、日足(ひたり)から、右、砌(みぎり)に筆を移行して書きますやんか。
ほんでから日足(ひたり)から砌(みぎり)に移行する過程には、
時間の進行っていうもんがある。
時間がなければ、
“思惑の顕現”=現象化も出来へんって言うのんが、
またそれがこの世界っていうのんが、
先生とKellyさんのこの世界に対する認識なんやけど・・・

・・・そやけど話が逸れまくりでんな。

そやから、又もや御主人はんに取り留めのない生意気な口をきいてしもたけど、
今Kellyさんが言うた事は先生の受け売りでもあるんやけど、
纏めれば、
“術”の獲得
“どういうつもり”=自分の在り方でご主人は仕事に向き合っているのか。
そのポリシー、奪うだけでは自分が満足しない、
それは霊的成長度によりまんねん。
そやからご主人はんが、何かを作って人に喜んでもらうって気持ちが強いからこそ、
ラーメン屋を始めるって発想に至ったってKellyさんは思いまんねん。
それは先生から、御主人はんの仕事に対する理念っていうのんをKellyさんは聴いてるから、
そう思いまんねん。
ほんでから今の話・・・いつか御主人はんは、
チョ~すごいラーメンを極めるんやないか??って思いまんねん。

そやからそれは、チョ~極上ラブラブラーメンでんな(笑)

麺類好きのKellyさんはチョ~期待してまっせ。」

「いやKellyさん、そう言って頂いて恐縮ですが、
私が目指すラーメンは、

ウルチョラスーパースッペシャルチョ~極上ラブラブ中高年バカップル愛情チョ~たっぷりありえないって感じ~ベリベリデリシャスファンタスチックチョ~スィートきんきらきんゴージャスラーメンですよ。ハッハッハッ!!」

J゚Д゚し||ヒィィィ ! !ヒィィィ! (゚Д゚||)(||゚Д゚)ヒィィィ! 

「すんまへん・・・言葉足らずでした。」
(・・・それは実際に味わってみんと何にも言えへんけど・・・ なんやしらん恐ろしいもんになりそうやな・・・
参りました。 )
(ノ_-;)ハァァァァァァァ・・・゚~~~(゚ω゚=)~~~゚ ポカ~~~ン

・・・・・・チョ~極上ラブラブ中高年夫婦の奥さんの治療終了・・・・・・

❤❤❤○○ちゃん~お待たせ~~❤❤❤
あら~Kellyさん~こんにちは~~~
この間はたくさんお話ししてくださってありがとう~~
又~お話しましょ~ね~
それまで~私は~Kellyさんの長いお話に~~負けないように~
肺活量を増す訓練をしておきますからね~~
ですけど~
Kellyさんと私が話すと~~
名古屋のおばちゃんVS大阪のおばちゃんの~~
頂点を極めたおしゃべり対決~~て感じですね~~~」

_(。_°/ ズルッ!・・・ズベッ(ノ_ _)ノ・・・(o;_ω_)oバタ・・・コケテモタ
「そうでっか・・・又、お話しできるときを楽しみにしてまんねん。
お二人とも良いお年をお迎えくださいでんねん。」

「Kellyさんも良いお年をお迎えください。」
「Kellyさんも良いお年をお迎えください。」

(ウッ・・・見事にハモってまんがな)「ほな、さいならでんねん。」

☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀

「やあいらっしゃい。や~とかめだね。」
「先生、53歳の誕生日おめでとさんでんがな。
ささやかなプレゼントをお持ちしましてんな。」
「ア・・・ア・・・ありがとう・・・」 
【<●><●>】・・・【<~><~>】グジュグジュ
                        
感激して感涙にむせぶ先生

「わざわざすまなかったね、プレゼント大切にするよ。
それで、せっかく足を運んでもらってなんなんだが、今日は珍しく忙しいので、
Kellyと話が出来ないんだ。」
「別にKellyさんの目的は、プレゼントだけやからエエんですけど。」
「いや、実はちょっとKellyに報告したい事があるんだよ。
それで今度、少し話したいから、1月1日にお○げ庵に行かないかい。」
「恒例の大盛りシ○○○―ルと、じぇらし~(やきもち=焼餅)入りのかけ蕎麦でっか?」
「うん。一年ぶりだね。それで、話したい事はちょっと長くなりそうなんだ。
だからKellyさえ良ければ、お○げ庵で待ち合わせしよう。」
「承知しましてんな。ほな先生、良いお年を。」
「うん。Kellyも良いお年を迎えてね。来年も宜しくね。」


Kellyさん、チョ~ベッピンはんのA野はんが語る風俗引退の決意報告を受け、そして少しだけ“正当な報酬”って話をする。



今回もチョ~ベッピンはんのA野はんと待ち合わせたのは、いつもの公園でんねん。
ほんでから今日は、
この間犬たちが残念がってたから、
Kellyさんはウルチョラスッペシャルベリベリファンタスチッチクデリシャスドッグフードを買って、犬たちにあげようと思うてましてん。

そう思って出掛けたんやけど・・・そやけどまたKellyさんは、
少し遅刻しましてんな。

ウッ・・・またもや先にA野はんが待ってはるみたいやな。
この間みたいに楽しそうに犬たちと遊んではる。
A野はんも犬たちも嬉しそうやな。

(愛犬たちと遊んでいるA野はん。)
     ↓

♪♪♪ それ~~~!!♪♪♪ ボール拾いに行きなさい!!
*σ_σ*~/⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒ ◎    

♪♪♪ キャワワンキャワワンキャワワワワァ~~~ンキュ~~ンクウゥゥゥン ♪♪♪


猛dash!! ビュ~~~ン→→→   ~~☆☆☆ ~┬┬(▽^⊇ 
猛dash!! ビュ~~~ン→→→   ~~☆☆☆ ー(((▼^ 。^▼ 
猛dash!! ビュ~~~ン→→→   ~~☆☆☆ ~((▼・。・▽ ~(( U・。・U
猛dash!! ビュ~~~ン→→→   ~~☆☆☆ ~┬┬(▼^⊇

♪♪♪クゥ~~~ンクゥ~~~ンキュンキュ~ン~グルルルル~~~~~♪♪♪
♪♪♪クゥ~~~ンクゥ~~~ンキュンキュ~ン~グルルルル~~~~~♪♪♪

∪・ω・∪ ▼・。・▼ U。・ェ・。U ボールと戯れる


♪♪♪あら~~みんな、お利口ね~~~♪♪♪

♪♪♪クゥ~~~ンクゥ~~~ンキュンキュ~ングルルルル~~~~~♪♪♪
♪♪♪クゥ~~~ンクゥ~~~ンキュンキュ~ングルルルル~~~~~♪♪♪


        シッポフリフリ (^ェ^ U ))) オナラ3ブッーー
    オテ! U^ェ^U ~*σ_σ*~ ▼・。・▼オテ!
  へ▼・。・▽ へU・。・U

               
(注 愛犬たちとなごんでるチョ~ベッピンはんのA野はんでんねん。)


ゲッ!!なんやねんな!!二匹殖えてはるやん。
三匹の内の一匹が子供を産みはったんやな。

そやけど・・・この間みたいに・・・押し倒されんように・・・
犬たちに見つからんように・・・
そぉ~~~~と近付いて・・・・・・
Jo*し ビクッ!(*_*)ビクッ!(*_*;ビクッ! ・・・((;゚Д゚)ガクガクブルブル・・・


「あら~Kellyさん~~こんにちは!!遅刻ですよ~~」
「A野はん~~こんにちは~~~・・・すんまへん~遅くなりましてんな~~」
(しもた!!見つかってしもたやんか!
ヒェ~~~~!!犬たちの突進に身構えて備えんとアカンやんか!!)
J゚Д゚し||ヒィィィ ! ! (゚Д゚||)(||゚Д゚) ! !  ! ! (゚Д゚||)(||゚Д゚) ! !


Kellyさんを発見した犬たちの様子 
     ↓

∪・ω・∪ ギャワッ!!!
▼・。・▼  キャン!!!▼・。・▽ U・。・U キャワン!キャイン!
U。・ェ・。U  バウッ!!!
(Kellyさん発見!!)


♪♪♪キャワワンキャワワンキャワワワワァ~~~キュンキュ~ン♪♪♪
(それ~~~突進!!)



∪・ω・∪ ▼・。・▼ U。・ェ・。U 突進 

 

(注 恐怖におののき・・・身構えるKellyさん)
     ↓
J゚Д゚し||ヒィィィ ! ! (゚Д゚||)(||゚Д゚) ! !ヒィィィ ・・Y(>_<、)Y ヒェェ~!・・・

キャワ~~ワァン~~(全体~~止まれ!!)
グル~グル~キャワ~ンキャイ~ン(ラジャ~!!)

∪・ω・∪ ▼・。・▼ U。・ェ・。U ストップ 


犬たちになつかれるKellyさん


シッポフリフリ (^ェ^ U ))) オナラ3ブッーー
オテ! U^ェ^Uへ Jo×し へ▼・。・▼オテ!
へ▼・。・▽ へU・。・U


「およよ・・・なんやねんな、この間と随分リアクションが違いまんな。」
「うちの子たちとてもお利口でしょ~!
この間Kellyさんに突進して、Kellyさんを押し倒したことが、
自分達にとって良いことか悪いことか、ちゃんと判るんですよ~~!」
「そうでっか・・・」
(とにかく・・・押し倒されんでよかったわ~~~)


「それはそうとこの間はうちの子たちが押し倒してすみませんでした。
それで・・・
この間Kellyさんに会って帰ってから、うちの子たちに怒ったんですよ。

それはこんな感じだったんですよ。
     ↓


*σoσ*~「こらっ、三人ともこっちにいらっしゃい!!」
∪・ω・∪ ▼・。・▼ U。・ェ・。U・・・キュゥゥゥゥ~~~~~ン

*σoσ*~「どうしてあなた達はKellyさんを押し倒したの!!
そんな事を言っても解らないでしょけど!!」

犬たちの様子・・・
∪*ノ_<*∪ キャン(だって・・・)
▼>。<▼ キャイン(・・・体が勝手に・・・体は正直・・・イヤァ~~ン)
U。;ェ;。U バウ(ママが犬の習性に文句言ってもしょうがないじゃんか!!)

∪`ω´#∪ ▼`Д´▼ U。ー'`ー;。U 
ギャワワンギャワワンギャワワワワ~~~ン!!
(え~い!!僕達の本能的な行動をママが認めてくれないんだったら、
ママの布団にスネションしてやる!!)

⊆´U) ┬┴~・゜゜・。...
▼`。´▼┬┴・゜゜・。...
⊆´▼) ┬┴~・゜゜・。...

「もう~~~お布団クリーニング代が大変じゃない!!」
。・° °・~**~・° °・。ウワーン!! ~*πдπ*~グスグス・・・



「そうやったんか・・・しょうがおまへんな。犬やから・・・」
「でもその後、私が出掛けてからうちの子たちは、
多分、こんな感じで相談したのかもしれません。」

     

犬たちミーティング中・・・
∪・ω・∪ 「ママが泣いてた・・・」
▼・。・▼ 「私たちが悪いのね・・・」
U。・ェ・。U 「でも・・・僕たちの本能由来の行動を認めてくれなかったママが悪いんだ・・・」

∪・ω・∪「だけど・・・そんな思い方は、
僕たちの立場としての、ママの愛犬としての、自分たちの在り方として間違っているんじゃないか?」

▼・。・▼ 「きっと・・・そうだわ。」
U。・ェ・。U「そうかも・・・ママが帰ってきたら、ごめんなさいって言わなきゃ・・・」

∪・ω・∪ 「でも僕たちは、人間のようにごめんなさいって言えないじゃんか!」
▼・。・▼ 「そうね・・・どうしたらいいのかしら・・・」

U。・ェ・。U 「!!・・・“あれ”をやったらいいんじゃない?」
∪・ω・∪ 「“あれ”・・・か。・・・究極の犬芸だし・・・いいかもしれない。」

▼・。・▼ 「いや~ん、ちょっと恥ずかしい・・・」

U。・ェ・。U 「恥ずかしがってる場合じゃないよ。絶対“あれ”をやるべきだよ。きっとママの機嫌もなおるよ。」
∪・ω・∪「きっとそうだ!だから今から“あれ”を練習しようじゃないか!」
▼・。・▼ 「うん・・・恥ずかしいけどやってみるわ。」

U。・ェ・。U 「さあ、みんなで頑張るんだ!!」




「そうでっか・・・そやけど、究極の犬芸・・・“あれ”ってなんでんねん。」
「それはそのうち、こうやって公園で遊んでいる時にうちの子たちが、
やって見せてくれると思いますよ。」
「ハア・・・そうでっか。」
「それで最近は、
ウルチョラスーパーベリベリデリシャスドッグフードをあげようとすると、
“あれ”を取り込んだちょっとしたパフォーマンスをするようになったんですよ。
だから私が思うには、
うちの子たちはちゃんとこの間のことを反省して自省(胸の磁性“十”)して、
自分たちの在り方を思ったんですよ!!とてもいい子たちだから・・・」
「ハア・・・そうでんな。
(親バカならぬ犬バカでんな・・・ええこっちゃな)
・・・実は今日は、
Kellyさんがウルチョラスーパーベリベリデリシャスドッグフードを持ってきてまんねん。
この間、犬たちの期待を裏切ったから・・・あとで与えてもエエやろか?」
「それはきっとうちの子たちは喜ぶと思いますよ。

だから今の話、うちの子たちはお利口だし、
そして今日は、Kellyさんを押し倒さなかった。
ちゃんとKellyさんの手前で止まったでしょ。
そのご褒美としてウルチョラスーパーベリベリデリシャスドッグフードをあげてください。」
「承知しましてんな。
そやけど・・・A野はんの話・・・A野はんは想像力が豊かでんな。」
「あら~うれしいわ!!そんなに褒めてもらえるなんて。キャッハハハ~!!」
「・・・」(半分・・・からかったんやけど・・・)

「それでKellyさん、今日も聞きたいことがあるんですよ。」
「なんでんねん。」
「最近のことなんですけど・・・この間からお店に出勤すると気持ちが悪くなるんですよ。
吐き気がして気持ちが悪くって・・・胃腸科に行って診て貰ったら、
逆流性食道炎って言われて、それはストレスが原因だろうって言われたんですよ。
それで安定剤の処方を受けて・・・なんか納得の行かなかった事だったから、
先生に意見を聞いたんですけど、たった一言、霊的干渉だって言ったんですよ。
それ以上の事は何も説明してくれなくて・・・
でも、その意味もなんとなく解るんですけど・・・ですから私としては、
先生が詳しく話してくれなかったのが、ちょっと冷たいって感じたんですけどね。」
「それは先生に良くある態度でんねん。
A野はん自身が考え、自分で気付くことが“上”との霊的干渉やからやねん。
自分で答えを求めないと、
自分で納得した回答と認識は得られへんからやねん。
ほんでから先生のそういう態度、そこが先生がチョ~へそ曲がりって誤解されてるところでもありまっけど・・・そやけどあのお人は元々へそ曲がりなんやけど・・・」
「そうですね。」
「そやからそれは、A野はんの霊的成長を望んではる態度でもありまんねん。
A野はん自身に気が付いて欲しいから、
あの屁理屈のチョ~多い先生でも、その事を詳しく説明せんかったって思いまんねん。」
「・・・それもなんとなく解るんですけど・・・もう少し優しかったなら先生は、
モテモテだと思うんですけどね。」
「それはそうやけど・・・それはA野はんのおせっかいでんねん。
先生は誰にでもモテようなんて思うてない・・・先生が求める女性って言うのんは、中々むずかしいって事でんねん。それは先生の考えや意図や行動を、瞬時に理解出来る女の人で無いと先生は満足せんやろし、ほんでから恋に落ちないやろし、
ほんでからそんな女の人は地球上にはいてへんからこそ、
前にKellyさんに言うた先生の理想の女性は、
天使の様に、天女の様に、女神の様に・・・って事でんねん。
(ウエサク祭を通じてローム太霊が伝えたかった事“その五” 参照)

そやけど、話が逸れましてんな。
先生の求める理想の女性って話は、とても面白そうやから、
別の機会にたっぷり話して、先生を肴(さかな)にして楽しもうやおまへんか。」
「プッ!!そうですね。それは面白そうですね。」
「そやから話を戻して、もう判ってはると思うんやけど、お店に行く時に限って気持ち悪くなるのは“上”からの通信を受けてるからやねん。」
「先生の言った霊的干渉って言うのはそういう意味のことですね。」
「そうでんねん。間違いないと思いまんねん。
それを確かめるには、
お店に言って気持ち悪くならなかったA野はんの霊的干渉を考えればエエ事やと思いまんねん。」
「そうか・・・風俗の仕事に対して何の抵抗もない・・・楽しんで儲ければいい・・・
それは子供の浮游霊とかの思いが中心って事ですね。」
「そうでんねん。そやからA野はんが“上”か“下”か、どっちの霊的存在の思いを受けて自分の心(靈)の動きにしているのかって事でんねん。」
「そうですね・・・だから私としては今年いっぱいで引退するつもりなんですけど、
今まで私の仕事に関して憑いた霊的存在は、
もっと楽しんで仕事しろって念を送るでしょうし、
私のよい在り方を思う霊的存在は、早くやめろ!!って念を送る・・・
そのどっちを受けるのかは私の心(靈)の状態なんですね。
ですからお店に向かうときに気持ちが悪くなる・・・必ずそうなるって事ですね。
それは引退を決意したからこそ、
“上”の・・・霊的成長を望む“上”の霊的存在の念を、
私自身が積極的に受けるってことですね。」
「そうでんねん。よく解ってはるやないですか。」
「自分の体の状態にも霊的干渉があり、それは自分の生き方と、
心(靈)の在り方に左右される・・・そういうことですね。」
「そこまで解ってはるのならもう何にも言う事はおまへんねん。」
「そしてそれは自分の心(靈)の在り方に対する正当な報酬ってことで、
仮に私が引退を決意しないで、もっと風俗の仕事を続けていたなら、
たくさんの浮游霊が私の心を支配して、
私自身の心も低い心(靈)の動きになって、
自分に対する“厳しさ”とかをなくして、
どんどん楽しむことだけ考えて・・・そのために仕事して・・・そしていつか、
浮游霊の念を受けて私の心が折れたとき・・・自殺したりとかする・・・
それは、風俗嬢・・・同じような条件のAV嬢・・・同じ心(靈)の発現ですよね。
性を“蔑ろ(ないがしろ)”にして仕事した人は、
よく自殺する。
それにはそういう理由がある・・・それって前にKellyさんが話してくれたことですね。」
「よく解りまっしゃろ。」
「そうですね・・・それもやってきたことの結果で・・・それも正当な報酬ですね。
Kellyさんは前に正当な報酬を獲得するって言うのはむずかしいって言ってくれましたよね。
だから自殺して、あの世で自省するのも正当な報酬ですね。」
「その通りでんねん・・・そやけど自殺した心(靈)が自省(胸の磁性“十”)に至るには、
凄く時間が掛かりまんねん。」
「自省するまでには、
悪霊として活躍し、同じような条件の人を自殺に追い込む念を送り、
その結果を自分が観察して・・・それが良いことか悪いことか判るまで観察して・・・
それは閻魔の庁の浄玻璃の鏡ですね。
自分がしでかしたことを見せられ、そして自分を振り返る・・・
その事をKellyさんは今おっしゃったんですね。
だから私自身がそんな方向性に進んではいけない・・・
だから、引退を決意した私に対し、私の成長を望む“上”の存在は、
一生懸命私に念を送ってるから、私が店に向かうと気持ちが悪くなる。
・・・良く解りました・・・」
「・・・良かったでんな。」
「はい、でもこんな話しが出来るのもKellyさんのおかげです。
それは風俗の世界に入って本音で話が出来る人っていうのは、
いなかったんですよ。
それは、うわべだけの付き合いですから・・・お店で友達が出来てもやめてしまうとほとんど音信不通になってしまう。
みんな自分を誤魔化してお店に来ているからでしょうね。」
「そうでんな。一緒に仕事するにはうわべだけの付き合いのほうがエエからやろな。
真剣に自分たちの在り方とかを話すなんてことは、あらへんやろし・・・」
「・・・ですからKellyさん、今後も私の本音を聞いてくださいね。」
「勿論でんねん、喜んで喜んで喜んで~でんねん。
ほんでから手前味噌やけど、
本音で喋る相手が出来たこともA野はんにとっては正当な報酬で、
それもA野はんが自分の心(靈)の在り方を自分で変えたからでんねん。」
「そうか。そうですね・・・ありがとうございます。」
「そやから・・・もうよう解ってはるやろからこれ以上の事は言いまへんねん。」
「はい。充分です。そして・・・Kellyさんと知り合えて嬉しいです。」
「ありがとさんでんねん。
そうやって霊縁って言うのんは構築されていく・・・自分たちの心(靈)の在り方で、
人と人の縁は出来て行きまんねん。そやから今後もよろしくでんねん。」
「はい。この話は終わりにしましょうね。」
「そうやな。
ほんでからさっきも言うたけど、
この間、犬たちの期待にこたえられへんかったKellyさんは、
ウルチョラスーパーベリベリデリシャスドッグフードを持ってきてるから、
食べさせてもエエやろか?
・・・そやけど、さっきA野はんから説明は聴いたけど・・・
襲いかかってくるんやないやろか?」
「それは大丈夫ですよ。あの件以来(前回Kellyさんを押し倒して以来)、
私がウルチョラスーパーベリベリデリシャスドッグフードをあげる時は、
うちの子たち自身が相談して作り上げた“あれ”を取り込んだパフォーマンスをしてくれないと、
ウルチョラスーパーベリベリデリシャスドッグフードをあげないように、
完璧に躾(しつけ)けたんですよ。
さっきも話したように、うちの子たちも前回のことを良く分かっていると思いますし、
ですから、今日はKellyさんを押し倒したりはしないと思いますし・・・」
「ハア・・・そうでっか。
そうやったなら・・・ちょっと不安やけど、
ウルチョラスーパーベリベリデリシャスドッグフードをあげてみますわ。」


ほれっ!!えさじゃ!!Joし/⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒エサ

∪♡ω♡∪ ▼☆。☆▼ ▼・。・▽ U・。・U  U。ΛェΛ。U
!!キャワワンキャンキャンクンクンキュウ~ン!!
(やたっ!!ウルチョラスーパーベリベリデリシャスドッグフードだ!!)

 

∪・ω・∪ ▼・。・▼ U。・ェ・。U 突進 

∪・ω・∪ ▼・。・▼ U。・ェ・。U ストップ 

             

 !!犬たちのパフォーマンス開始 !!



A野はん愛犬たち Kellyさんに服従のポーズをする 

A野はん愛犬たち Kellyさんに○ン○ンをする 

「キャッハハハ~!!カワイイやんけ!!
究極の犬芸の“あれ”って言うのんは、チンチンやったんか。
ほんでからにチョ~カワイイ~○ン○ン・・・おっと、スケベな事言うてしもたやん。」
「大丈夫だったでしょ。」
「そうでんな。
これもA野はんの犬たちが自省(胸の磁性“十”)して、
その結果、究極の犬芸の“あれ”を取り込んだパフォーマンスして、
ほんでからKellyさんが犬たちにウルチョラスーパーベリベリデリシャスドッグフードをあげるのは、
犬たちの自省(胸の磁性“十”)の結果と、パフォーマンスの為に練習をして、
エネルギーを贖ったって事でんな。」
「ですからそれは、
うちの子たちの心(靈)の在り方として、それに対する正当な報酬ですね。」
「そうでんな。」

「今日はうちの子たちのご馳走まで用意してもらってありがとうございました。
来年もよろしくお願いしますね。」
「こちらこそよろしくでんねん。それでは良いお年をお迎えくださいでんねん。
ほな、さいなら。」



 

“太陽凝視を行っている鍼灸師の話” 出版の告知。(前のブログの事です)  ち~となりや~とかめ(少しだけ久しぶり)の、○○○大先生とKellyさんとの会話でんねん。


・・・・・・2009年1月1日、先生とKellyさん、一年ぶりにお○げ庵にての会話・・・・・・

「先生、明けましておめでとさんでんがな。」
「うん、おめでとう。今年もよろしくね。」
「なんやしらんこの間、年末に会ったとき報告があるって言ってましたやんか?
なんでんねん。」
「うん、それはね、
Kellyと話した二年数ヶ月の記録、前のブログが数冊に分けて出版されることになったんだ。
その事を伝えたくてね・・・だから今日は来てもらった。」
「そうでっか~それはそれはそれは・・・でんな(笑)どこの出版社からでっか?」
たま出版だよ。」
「そうやったんか。
それはたま出版のホームページにあるように、
“精神世界・ニューエイジ関連の出版物を中心に、ノンフィクション分野の書籍を数多く世に送り出して・・・混迷の時代を照らす一灯として・・・”
そやからあの文章は、たま出版から出すのが妥当やな。」
「うん。」
「そやけど先生としては、色んなことを考えて出版を決意したんやろな。
それは、前のブログのプロローグのコメントやらモノホンKellyさんのコメントの返事やらに・・・モノホンKellyさんのコメントの返事はパチモンのKellyさんが返事したんやけど、
(楽屋落ち的表現ですみません by ○○○大先生)
あんまり出版に付いては乗り気やない感じの返事やったやないですか。
例えば、こんなことも言うてはった。 ↓

“そもそもこのブログを作り始めた時、出版も視野に入れて文章を作っていたのですが・・・
今、自分が思う事、アタシの認識は、出版してもほとんど受け入れられない。それは今現在、只々、甘い夢を見させるものしか本にならない。出版社も商売でしか無いという事と、
もう一つ、神やオーラや心霊やUFOやアセンションや・・・そして太陽凝視や・・・人(日止、霊止)が生きて行く為の指針にもなる事ばかりでもありますが、(人(日止、霊止)の存在目的)ほとんどの人が、その意味や意義を見出そうとしない。
只々甘い夢だけ見たい人が多い。”・・・

ほんでから、モノホンKellyはんのコメントにパチモンKellyさんが返事したのは、

“先生的には、このブログに精力つぎ込んで自分の考えを文章にすればするほど、
この形骸化した世界がイヤになってきてまんねん。
読んでくれてはる人も・・・それぞれの認識でしか理解出来へんねん。
それは、自分の持ってる認識以上の事は、いくら文章に先生の考えを表現しても、それはただ・・・文章を読むってだけの事でしかなくって、読んだくらいでは解らへんねん。
経験と学習と・・・それによる認識・・・そういうもんが無いと(1番目のオーラ)
只、長い文字列を見たって事でしかない・・・そういう事でんねん。
ほんでから、先生の体験した事や先生の意見・・・思想・・・そういう事を理解してくれてはる人はほんの少数でんねん。それが分かれば分かるほど先生的には・・・たくさんの人に読んで貰わんでもエエがね・・・そう思うてはるようでんねん。
ほんまの価値のあるもんは、たくさんの人になんか・・・解れへんねん・・・この世界は、
今、現在・・・形骸化した何かのほうが、力を示しているからやねん。
先生は根っからおせっかいやから、先生の考えを出版して・・・たくさんの人が認識を変えて行って・・・ほんでからに、次の地球上での創造を担う人・・・そういう人がひとりでも多なる事を期待してはったんやけど・・・もう・・・決まってるようやねん。”

そやから、こんな事まで先生が言うといてからに出版を決意したって言うのんは、
又、“上”からの通信があったんやな。」
「うん・・・そうだと思うね。
だからあのブログが完結してすぐそんな事を考えなかったんだと思う。
それも時期があってのことだろうしね。」
「そうやな。
情報を本として出す・・・その許可が“上”から出るには、
先生もエネルギーを贖う(あがなう)期間がいるやろし、
ほんでから、多くの人がこの世界を観て、
憂い(左往右往の左往)て・・・
それからやないと、あの文章は受け入れがたいやろし・・・」
「そう、そういう点でもこの世界の大半の人の心(靈)は、育っていない。」
「自己奉仕者の世界、“玉石混交(淆)”って事やな。」
「うん。
でも“上”の“思惑の顕現”って言うのは、人(日止、霊止)の霊的成長だからこそ、
様々な存在が通信を送っている。
だからこそ今までもたくさんの宗教があり、
そして昭和に入ってから、T霊媒=竹内満朋を通じて、
ローム太霊が主護霊の定義を説いたりもした。
(主護霊の定義と存在意義を伝えた存在は、ローム太霊が最初です)
だが、宗教は自己奉仕者の心(靈)の動きで形骸になり、
同じように、ロームさんが伝えた主護霊の定義と存在の意味・・・程度の低い人は、
その重要性を見出すことが出来ないし、主護霊を守護霊と書き換えたり、
憑いている霊的存在は自分を守ってくれているって都合のよい解釈をする。
他にも、霊的成長と、事象の創造の仕組みであるオーラの発振、発信に対し、
低い解釈にする。
挙句の果てにはそれらの言葉を利用して金儲けにする。
これらのことは悪魔の思惑だと思えるし、その話はたくさんKellyとしたね。」
(事象の形骸化・・・など)
「そうでんな。」
「ローム太霊が人に伝えた主護霊の情報、その定義、
そしてアタシの主護霊がアタシ自身に語った言葉として、
たくさんの低い霊を身に憑けると、主護霊の立場として“動きが取れない”・・・それは、
自分たちが間違った主護霊の認識を持っていると、
本当の意味での主護霊の通信を、受けにくい。
その事を示す重大な事だね。
そして今、大半の人が低い解釈の主護霊の概念を持ち、
その認識で霊的干渉=感応共振するから、低級な“下”の存在と通信しあっている。
今そういう状況に成っているし、成り下がって、そして恨みの連鎖の霊的干渉で、
特に子供の浮游霊と家畜の動物霊・・・その心(靈)の動きで、
幼稚になり、大人の快楽を楽しみたいとか食いたいとか難しいことは考えないとか・・・
動物霊の思いは、金を使う事に憧れるとか、人の娯楽に憧れるとか、人を動物のように扱いたいとか・・・ひとことで言えば人に対する復讐だね。
他にも家畜は思うようにセックスしたいとか・・・そんな事は色々話したね。」
「そうでんな。
ほんでから最近のニュース・・・前にも先生は言うてたけど、
低い霊的干渉によることがどんどん表面化してきてる・・・」
「うん、そんなニュースは今後もどんどん増えるだろう。
その裏にある霊的干渉、その事を自称、霊能力者たちは、たいして述べていない。
解って無いとしか思えないね。
まあ、低い霊能力者のことは別にして、
今言ったこと、低い霊的干渉の事象とその原因は、自分たちの心(靈)の在り方、
その事も多くの人に知って欲しい事だね。」
「そうでんな。」
「その点でもアタシはあの文章を作ったといえるんだが、
ちょっと話が逸れたね。

あの文章の中で述べたアタシの認識・・・それは、18歳の時に霊眼が覚醒し、
太陽凝視を教えてくれたKさんに出会い、ローム太霊に出会い、
そして色々な事があり、アタシはアタシなりに認識を得てきた。
これも、この事自体が人(日止、霊止)の霊的成長を望む“上”の思惑の顕現の一端なのかもしれないし、特に最近自分でそう思うようになった。
そして、アタシの霊的成長を見守ってきた存在は、
言い換えればアタシの“上”の霊的存在は、
あのブログを始める何年も前から、アタシ自身の認識を公開しろ!
・・・そういう通信を送ってきていたんだと思う。
ずっと以前からその事を考え続け・・・
そしてこれはKellyは知らないことなんだが、
あのブログを始める以前にも一度、文章を作ったりもした。
しかし・・・その作業の膨大さと、何から説明してよいのか・・・
混乱してしまって途中で破棄したことがあるよ。
その事は一部の人は知っている。Kellyの知り合いでその事を知っている人は、
チョ~極上ラブラブ中高年夫婦の二人とか、メタボ研修医のYっちゃん先生とか・・・」
「そうやったんか。
ほんでからにモノホンKellyさんをモデルにした会話ってことを、思いついたんやな。」
「うん。その通り。
モデルを引き受けてくれたモノホンKellyさんにはとても感謝しているよ。」
「そうでっか。それも霊縁ってことやな。
ほんでから先生が今言うてたことは、
この世界全体が、自省(胸の磁性“十”)の“行”の方向性に向かいだしたなら、
エエころかげんな情報よりも、
ほんまの何かを求めて行くって事になる・・・そういう意味も含んで話してたんやな。
そう言うことでんな。」
「そうかもしれない。
だからそれも、“上”の“思惑の顕現”=現象化って事だと思うよ。」
「そうやな。」
「そしてね、あのブログは元々出版するつもりで作っていた文章には違いないし、
それには目的もあった訳だし・・・」
「印税を飢餓貧困の救済に当てるって事でんな。
恨みの連鎖の霊的干渉の軽減・・・それをしないと、この世界は良くなっていかない。

この世界・・・とくに日本とアメリカ・・・
Kellyさんは検索してて、こんな記事を見たことがありまんねん。
      ↓

“国連大学世界経済研究所によれば、富裕層2%が世界の家計資産の半分以上を所有し、
その中で最も裕福な10%の内訳を国別に見ると、
アメリカが4分の1、日本が5分の1を占め、
世界的な超富裕層と言うべき人々の割合の第1位がアメリカ人、
第2位が日本人、
そして富裕層の人口の1%は世界の富の40%の富を所有している・・・”


ほんでからほとんどの人は今、この星で三秒に一人くらいの割合で、
子供が死んでいるのを知らへん。
ほんでから飢餓貧困とか、医者にかかれへんかったとか、
兵器産業のために戦争が起きて戦争で死んだ人が、
今Kellyさんが言うたその事を知ったなら、当然恨むやん。
そやからそれは金持ちの国を恨む。
そやから大半の浮游霊はこの国とアメリカに来てるってことやな。
ほんでからに特に恨みの連鎖の霊的干渉で分かりやすいのは、
貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)って心(靈)の動きでんな。
貧(とん)は、貪欲、むさぼり際限のない欲、食欲、色欲、財欲、名声欲・・・
瞋(しん)・・・怒って目をむいて恨んで・・・そして、妬んで、嫉む(そねむ)・・・
痴(ち)は、一言でアホって事でんな。」
「そうだね。低い霊的干渉の影響を受ければ受けるほどそうなっていく。
だからこそ、今、色んな事があくどい金持ちたちの道楽に成り下がっている。
又、あくどい金持ちたちの心(靈)は、
本能、情動、功名心、自我、・・・それが中心の心(靈)でもあるから、
低い霊と感応共振する。
そして・・・一部金持ちたちの道楽を指摘すれば、
サプリメントや美容と美白(骨の結晶化に結び付かない価値感)の概念、
そんなものばかり求める心(靈)の動きって言うのは敢えてKellyに説明するようなことではないね。」
「自分たちの在り方を考えんから煙草も酒もやめず、
グルメ指向で過食してても血糖値を上げないサプリメントを買いたいとか思う。
ほんでから自分たちの仕事は、
言い換えれば“力”(力、知恵、知識・・・学問・・・能力、そして霊能力を含む)を顕す事は、
何かを楽しむためだけに、その為に金を儲けたいと思い込む。
貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の、貪(とん)やな。
ほんでから自分たちの在り方を思わんのは、貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の、
痴(ち)やな。
この国の大半の人が求めるもんは、そういうもんに成り下がってるやん。」
「うん、それは三文小説やとても分かりやすい時代劇みたいに、
金持ち貴族や悪代官・・・自分たちだけ楽しんで多くの人が苦しんでいるのを無視し、
どうでもいい事に金をつぎ込んで自分たちだけ楽しんでいる・・・
そういう点でもTVの正月番組なんか見てると、お笑いとかグルメとか見せ掛けのものが多くって、なんか・・・末期的な感じだね。」
「いつかKellyさんが思ったノストラダムスのローマの崩壊・・・
まったく今が、その通りでんな。
性の乱れ、貧富の差、どうでもエエ娯楽・・・オ○ェなんかがTVに出るのもそうやな。
こんなことも前のブログでKellyさんが言うたから多くは述べまへんけど、
それは今、多くの人の本能化、
心が“上”に向かっていない人たちが多いって事でんな。」
「そうだね。
それがまさに、恨みの連鎖による飢餓貧困・・・子供が死ぬこと、そして家畜を殺して食うこと。
そうやってその低い心(靈)の存在を増やし、
人に憑依して心(靈)の低い部分で感応共振させ、
人を幼稚にしたり、動物化させる。
それが“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の、
“思惑の顕現”=現象化なんだけど、
そんな簡単なことすら気が付かない霊能力者がほとんどだ。」
「スピリチュアルな事柄に肉を食べるのは良くないって言いながら、
焼肉屋に出入りする低い霊能力者みたいなもんでんな。」
「そうだね。そういう低い自称霊能力者のほとんどは、一時期霊能力を発揮しても、
それは“上”から試されているし・・・」
「自分の霊能力をどう扱うのかって事でんな。」
「そのとおり、そして霊能を維持できなくなった時に左往右往に入るんだが、
大概の人は、霊能が無くなったならば今までの自分の立場を守りたいから、
インチキをやるだろうし・・・それはただ甘い汁を吸いたいって心(靈)の動きだね。
その事自体、“上”から試されているって認識が無いみたいなもんだ。
又、そういう人たちは自分に発現した霊能力に対し、神聖なものだと思っていないからだ。
そして今、
アセンションや“日月神示”や人(日止、霊止)の在り方を説いている本は、
たくさんあるけれど、
その本を出版して自分の利益だけにしている人は、
心(靈)の発現が低く、
低い功名心と自尊心で自分の考えを述べたに過ぎない。
仮にそれらの本が“上”からの通信を受けて書かれていたとしても、
出版して自分の考えを述べる・・・それに付いても“上”から試されているみたいなものだし、
そして、自分たちが今後どうするべきなのかなんてことを考えていないならば、
TVに出ている程度の低い霊能力者と同じでしかない。
だからこそそういう人たちは自己奉仕者でしかなく、
そんな心(靈)の動きの人たちが、アセンション後の神聖な事象の創造・・・
次の世界の創造に携わる資格があるとは、思えないね。」
「そうでんな。」
「だから今、アタシとしては鍼灸師として食っていけるだけの収入はある。
“行”が中心の生活で、たいして仕事をしていないけどね。
それは、太陽凝視、電気行中心の生活を望み、段々そうなってきたんだが、
生活して行くのには現状困っていない。
そしてアタシは、アタシ自身に贅沢を許さない。
必要なもの以外は必要ではない。
食べるものはたくさんあるし、それは毎週治療させてもらってる人の中にも、
アタシのブログのファンはいて、その中には、
建設会社の社長婦人なんだけど農業が好きっていう人がいたり、
変形性関節炎で膝が曲がらなくなって20年前から治療している日舞のお師匠さん、
余談だけど、今その人は、ヒンズースクワットを一日に100回以上やるくらいになったけどね。
そのお師匠さんのお弟子さんが農家で、お弟子さんから毎週山のように野菜をもらうんだが、お師匠さんの家族は老夫婦二人だけなので食べきれない。
そこからも余った野菜をもらう。
その他にもアタシに野菜をくれる人は数名いらっしゃるよ。
だからアタシが食べるものはたくさんある。
そしてチョ~極上ラブラブ中高年夫婦のお二人からも、
治療する度に、チョ~極上ラブラブ中高年トマトジュース(笑)も貰うし、
ほかにも色々頂いたりする。

話がそれたね。

今、アタシが話していたことは、アタシが問題に思っていること。
それは、自分たちが裕福って認識がなく、
この国はどうでもいいことばかりに金を使う場(フィールド)に成り下がっていて、
だからこそ、この国やアメリカは、悪魔の傀儡の国になっていると言い得る。
特にアメリカは自国の経済の為に兵器産業が盛んでもあり、又、
戦争が起きそうなニュースを、今、毎日のようにやっているね。」
「そうでんな。まさに悪魔の傀儡でんな。」
「うん。それも今までやってきたことの結果だからある意味しょうがない。
話を戻し、この国やアメリカの人たちはある程度裕福だからこそ、
アセンションや霊的成長のことを考える余裕がある。
世界中の貧しい国の人たちは、自分たちが生きるか死ぬかって毎日を送っているからね。
だから、自分たちがアセンションや霊的生長に興味があり、そして、
多くの宇宙人たちのアドバイスでもある平和な世界の実現を試みるならば、
恨みの連鎖の霊的干渉の解消に、少しでも自分の“力”を使いたい。
自分たちの“力”、
そしてその表れである“力(ちから)の根(ね)”・・・(“金(かね)”の言霊)
アタシはそれを考えてきているし、
アタシ自身はアタシの“力”をどう扱うべきなのか?ってことで、
アタシ自身は、そうすべきだと思うからこそ、さっきも言ったようにこの本の印税の数十パーセントは、
飢餓貧困の救済に当てる。
最低でも印税の50パーセントの寄付をする。これはもう決めた事だ。」
「なんで50パーセントでっか?もっと寄付の割合を増やしてもエエやろに。」
「うん、それは年末にちょっと大きな出費があったんだよ。
それで車を買い替えようと貯めていた貯金がなくなった・・・だから最初は、50パーセントって事だよ。
それと今、アタシの仕事はどんどん少なくなっているし・・・それはアタシの霊縁が、
自己奉仕者とは縁が出来ないからなんだが・・・」
「それはありますやろな。
そやから一般に自己奉仕者ではない人は、少ないから、先生の仕事は増えて行くなんて考えにくいでんな。
ほんでから先生が霊的成長して行ってるからこそ、先生が昔から治療していた人の中で自己奉仕者の心(靈)の発現をしてる人とは、縁がなくなる・・・そういうこともありまんな。」
「そうだね。
そしてそういう低い心(靈)の発現の人は、同程度の霊的成長度の人が心地良い。」
「それも霊的干渉の変圧の過程って事でんな。
そやから自己奉仕者の人は先生のことが疎ましくなって行く・・・なんとなくイヤとか、
嫌いとか・・・憑いてる存在が低いからでんな。
ほんでからそういう人は自己奉仕者の治療師を選ぶやろし・・・また、治療師やない自己奉仕者の典型の無資格のマッサージを選んだりもするやろし・・・」
「うん。
それで、今後アタシの生活もどうなるか分からないから、印税の寄付は、数十パーセントって事だよ。」
「そうでっか・・・変なこと訊いて話の腰を折ってすんまへんでした。」
「いや、かまわないよ。
そしてその後、アタシが現状のまま生活できるなら寄付の割合を多くして行く。
そんな事も考えているわけだ。」
「そうでっか。
そやけど・・・むずかしい本になるやろけど、売れるとエエな。
ほんでからあの本は形骸のことは書いてない。
オーラの発振、発信の仕組み、霊的成長の仕組み、その視点での動物から人への進化、
そして神格化・・・今後、人(日止、霊止)が進むべき方向性・・・それらは全部、
先生の認識やし、
ほんでからローム太霊さんの伝えたかった事の一部も書いてある。
その代表的な事は、主護霊、支配霊の定義・・・そやけどそういう言葉を利用して金儲けしてる本の著者とか、テレビに出てる霊能力者とか・・・
ほんでから“日月神示”を説いてこの世界の批判をしてるお偉いさんなんか・・・
そういう人はたくさんいてるけど、あきらかにそれとは違いまんな。
そやから・・・あの文章がどれくらい多くの人に読まれるか・・・
それがこの世界の高さと低さを示す・・・そういう事になりまんな。」
「そうだね。
それで、さっき話したアセンションや“日月神示”や人(日止、霊止)の在り方を説いて自分の利益だけにしている人のことも、
今後Kellyが解釈して行く“日月神示”下つ巻 第三十二帖に述べられている。」
「それは、

“この道ひろめて金儲けしようとする臣民 沢山に出て来るから、役員気つけて呉れよ、
役員の中にも出て来るぞ、
金(かね)は要らぬのざぞ、金いるのは今しばらくぞ、
生命は国にささげても金は自分のものと頑張ってゐる臣民、気の毒出来るぞ、
何もかも天地へ引き上げぞと知らしてあること近づいて来たぞ、
金かたきの世来たぞ。
八月三日、一二 ローレンツ力と ○ 。”・・・でんな。

ほんでから、今、先生が言うたんは
“この道ひろめて金儲けしようとする臣民 沢山に出て来るから、役員気つけて呉れよ、
役員の中にも出て来るぞ、”・・・これは、
下つ巻 第九帖の“役員づら”してる人たちのことやな。」
「うん、その通りだね。
だから今後、自分たちがアセンションや“日月神示”、
そして様々な事象を観て、認識を高めたならば、
自分たちがどう在るべきなのか考える。
繰り返すが、自分の持っている“力”と“力(ちから)の根(ね)”、
それをどう使っていくべきか、どう扱うべきなのか。
それを考えて自分たちが創造する事象を良いカタチにして行く。
そしてそれは、今後の世界の創造に携わる最低限の資格でもあると思える。
だからこそアタシは、アタシが得た何かは、
今言ったような使い方をしたい。
そしてKellyは、このブログでよく霊的資格って言葉を使うけど、
心=霊だから、
心(靈)の動きがそうなるべく人(日止、霊止)がアセンション後の世界に位置できる。
そうとしか思えないし・・・そして、
今、述べた恨みの連鎖の霊的干渉を解決しようと自分たちの力を贖っていく人たちも、
今後増える・・・増えていくだろう。
そういう心(靈)の動きも段々表面化して行くだろうし・・・まあ期待しよう。」
「そうでんな。それが自分たちの世界を変えて行く事になって行く。
ほんでからそういう心(靈)の動きの人は“上”から評価されるって事でんな。
先生の文章と霊縁があって、そういう心(靈)の動きの人が増えるとエエな。」
「そうだね。」

☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀

・・・ちゅうことで、大体こんな話を、お○げ庵で先生としましてんな。

ほんでから先生は、今、
前のブログを本の原稿にする為に加筆訂正してて、ちょっとそれが負担になってるらしいから、
このブログ、Kellyさんが主役の“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話と、
○○○大先生が鍼灸師としての立場で書いてはる、
太陽凝視を行っている鍼灸師の話“改”は、
少しの期間、
更新が滞るかもしれへんって先生が言うてましてん。
悪しからず御了承くださいでんねん。

ほんでからに一冊目の本のタイトルは、

          太陽凝視を行っている鍼灸師の話 

                   《1》 

              ローム太霊との出会い



この本の発売予定日は、3月1日らしいけど、 場合によれば早まる可能性がある・・・そう先生は言うてはったから、 その事もお伝えしときまんねん。
発売日が確定したら、 ○○○療院のホームページと、このブログで報告させてもらうつもりでんねん。

(発売日は早まりました。2月12日(木)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。 )


・・・っちゅう事で、遅くなってしもたんやけど、
このブログに霊縁ある人(日止、霊止)に、
明けましておめでとさんでんねん。本年もよろしくでんねん。


by パチモンKelly=Joし  &  ○○○大先生=【<●><●>】

太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い 発売日のお知らせ



前回の出版の告知では、
一冊目の本の発売日は3月1日の予定やったけど、発売日が予定より早まったさかいにお知らせしまんねん。

2月12日(木)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。
お近くの書店に見当たらない時は、
たま出版のサイトでお買い求めくださいでんねん。
ほんでから表紙はこんな感じでんねん。

 

太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い 



何で一冊目が赤主体のデザインになっているのかは・・・ちょっとした秘密がありまんねん。
前のブログを読んではった人ならすぐ分かると思いまんねん。

ほんでから先生は“思惑と顕現”の加筆訂正にこれから入るところでんねん。
そやからそれは、前のブログの加筆訂正がすべて終わったならこのブログ“続”ももうひとつのブログ“改”も再開する予定やから、悪しからず御了承くださいでんねん。
多分、本の発売日までには終わると思いまんねん。

以上、パチモンKellyさんからの告知でした。

Kellyさん、チョ~極上ラブラブ中高年夫婦に“気血栄衛(營)”の話を少しだけして、それからお二人に…チョ~屁理屈交じりの説教を…垂れまくる。



いつものようにKellyさんは、近所のスーパーに食料品の買い物に行きましてん。
そしたらいつかみたいに…

“あら~~Kellyさん~~こんにチワワ ▼♡。♡▼」」」」~~~
ち~となり~や~とかめですね~~
今日は~❤❤❤○○ちゃん❤❤❤と一緒ですけど~~
また~す○きやラーメン行きませんか~~ちょっとお話したいんですけど~~”

……って、チョ~極上ラブラブ中高年夫婦の奥さんに、
ほんのちょっとおばはんギャグ交じりの挨拶をされましてん。
そやからその後、チョ~極上ラブラブ中高年夫婦のお二人はんと、
す○きやラーメンを啜りながら話をしましてんな。
その時のことを紹介するつもりなんやけど……その前に、今回は、
先生のブログ始まって以来の三人での会話やから、
ちょっと複雑になるかもしれへんので、登場人物を紹介しまんねん(笑)

ご存知Kellyさんでんねん→ Jo
チョ~極上ラブラブ中高年夫婦の御主人はんでんねん→ -| ̄◇ ̄|- 
チョ~極上ラブラブ中高年夫婦の奥さんでんねん→ ≁ξ*ο*ξ≁


☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀

ズルル~~ズルル~~チュルルルル~~~~~~ズルルルゥゥゥゥゥ~~~~~
す○きやラーメン啜りちゅうでんねん 
-| ̄◇ ̄|- 「実はKellyさん、
もう何年も前から先生に伊吹山に行けって言われてるんですが、
今年こそ、今年こそ、今年こそ…って思いながら、もう五年にもなるんですけど、
ちっとも行けない……。
先生にそう言われてから…行かなければ…行かなければって思うんですが…
行こうと思うと用事が出来たり、今日こそは行くぞ!…って思っていると、何か疲れてしまった感じで行く気にならなかったり…そんなふうで…いつのまにかシーズンが終わってたりするんですよ。
それを先生に話すと“上”から許可になっていないって言い方をするんですが…その言い方自体もちょっと意味不明ですし……どういう意味なんでしょうね。」
Joし「それを考える前に…
先生がなぜ伊吹山に行けって言うたのか…それはご主人はんは解ってはるんですやろ。」


-| ̄◇ ̄|-「ええ…今までと違う振動を受けて来い…そんな言い方をしたことがあるんですが、
自分たちにはその言い方自体も…ちょっと謎ですよね。」
≁ξ*ο*ξ≁「私にも~~今までと違う振動を受けたらいいとか~
だから~花を育てろ~~とか~野菜育てろ~~とか言うんですよ~~
でも~~今までそんな事したことも無いし~~
スーパーで買った葱(ねぎ)の根っこの部分を~~コップに活けて復活させたくらいしか無かったし~~
それから~~私のお誕生日とか~私たちの結婚記念日とかに~~鉢植えの花とか~洋蘭とか貰って~それを以前は~~枯らしてしまうことが多かったんですけど~~
でも~最近は~
先生に育て方を教えてもらって~~ちょっとうるさいくらいあれこれ教えてくれたんですけど~~
おせっかいですよね~~
それで~~デンドロビウムや胡蝶蘭は~
ここ2~3年~うちでも咲くようになったんですけど~~
その報告をしたら~~
それは大変結構~~よござんした~~とか~~茶化して言うんですよ~~~
なんか~チョ~らかされてる(からかわれているの意味、名古屋弁)みたいで~
そこはかとなく~~ムカつく感じですけど~~
悪気のないのは~~判るんですけどね~~」

Jo・゚し「すんまへんな。
あの御人はなんでも茶化す癖があって、良いことを良いって中々素直に言いませんねん。へそ曲がってるし……。
…ほんでから、ご主人はんが言うてたことから感じるのは……先生はその人たちにとって悪いことをはっきり悪いって言わん時もありまんねん。
それはこの間、Kellyさんが年末に、
チョ~ベッピンはんのA野はんと話したときにも感じたんやけど…
(Kellyさん、チョ~ベッピンはんのA野はんが語る風俗引退の決意報告を受け、そして少しだけ“正当な報酬”って話をする。 参照)
A野はんの逆流性食道炎の原因はA野はん自身が“上”からの通信を受けている……それ由来の症状って先生はすぐ判ったんやろけど、そやけど先生はそのこと自体を、
A野はんにしっかり理解して欲しかった。
そやからたったひとこと、霊的干渉って言うただけやった。
そやけど…A野はんはもう少し詳しく説明して欲しかったみたいやけど…
ただ説明を聴くのと、自分で気付くのとでは大変な違いがありまんねん。
先生としてはA野はんの在り方をA野はん自身に深く考えて欲しかったと思いまんねん。
そやからそういう先生の態度からも、先生の心の動きを感じたんやけど…
A野はんにとって重要なことはA野はん自身に気が付いて欲しい…
自分で気が付くことって言うのんは、“上”からの通信を受けて自分の認識(悟り、幸取=さとり)にすることでんねん。
自分で考えて考えて考えて…その思いを発振、発信して、
それが、自分たちの霊的成長を見守っている“上”の霊的存在に届く……“上”は通信を送る…そうやって答えを得る。
ほんでからそれは、自分のエネルギーを贖う(あがなう)ことでもありまんねん。
そうやって自分の良い方向性を認識する……
良い方向性って言うのんは、霊的成長の方向性ってことなんやけど、
それを自分自身で納得して認識する。
そやからこそ“上”の霊的存在からの通信を受ければ受けるほど、その人(日止、霊止)と“上”の霊的存在との関係は密になるやん。
そやけど…長いこと風俗をしてはったA野はんは、
“下”の存在…“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の存在、特に子供の浮游霊の想念を受けてはった。
そやから、楽しんで仕事したいとか、たくさん(通貨としての)金だけ得ればエエとか、今だけ良ければエエとか…そんな心(靈)の動きもあったやろけど、
それではA野はん自身が(霊的に)堕落するだけでんねん。
言うたらなんやけど…A野はんは、そんな心(靈)とそんな体になってはったと思いまんねん。
そやから…それではあきませんやんか。
“上”からの通信を受けんと霊的成長の方向性って言うのんは自分で判らへん。
“下”の存在…悪霊と認識される存在との感応共振しかしてへんのやったなら、
それは悪霊の貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の思いも受信するし、
悪霊としては取り憑いてる人を利用だけしてるだけやから、ほんでから嫉んでる(ねたんで)から、
その人のよい形…真の幸福…神格化に向かう方向性…そんな事は望む訳が無いですやろ。
そやから悪霊っていうのは取り付いた人を利用だけする…その人の心(靈)や体がどうなろうとも悪霊には関係の無いことでんねん。
そやからこそ風俗嬢やAV嬢は比較的早く死ぬ…自殺も多いやん。
ほんでからそれは、
水商売の人かて程度の差こそあれ、同じような傾向があると思いまんねん。」

-| ̄◇ ̄|- ≁ξ*ο*ξ≁「……」「……」

Joし「…そやから先生としては、自分で良く解って欲しいからこそ、
A野はんにたったひとことしか言わへんかったと思いまんねん。
なんでも自分たちで気が付いて欲しい…
常に先生は、そう思うてるから、
今、ご主人はんが言うたみたいに、
なんとなく遠まわしな、訳分からんような言い回しをしたりもする。
…ほんでから先生は、お二人さんと相対してるのは、仕事をする相手っていう前提があるから、あまり色んなことをズケズケと言えん…それもあるのかもしれへん。」

≁ξ*ο*ξ≁「そうですか~~なんでも遠慮なく言ってる感じですけどね~~~
ですけど~それは~私たちは○○○療院を利用してるお客って前提で~先生を~観てるから~そう思うのかもしれませんよね~~~」

Joし「そうやと思いまっせ。
先生は、自分と霊縁があった人は…っちゅうよりも、先生が霊縁を感じた人は、仕事上での出会いでも、それは、ただのお客扱いはしてへん。
そやからこそ、その霊縁あった人に霊的成長の方向性に向いて欲しいから、説教を垂れたり小うるさいことを言うたりしまんねん。
それはよう解ってはるんやないんでっか?」

-| ̄◇ ̄|-「…そうですね…先生の仕事には先生の理念がある。それは一番最初に出会ったときから感じてましたよ。
小うるさいけど、ある意味とても真面目で…そしてチョ~頑固ですね。」
≁ξ*ο*ξ≁「私も~そう思いますよ~~
だから~~なんでも小うるさい人になってるんですよね~~
おかげで~私も~❤❤❤○○ちゃん❤❤❤も~~煙草をやめることが出来た~~先生の説教なしでは禁煙を決心できなかったかもしれませんし~~~
ですけど~~
親切にアドバイスだけしてればいいのに~~時々皮肉言ったり~ジジギャグ交じりのことを言ったりするから~~へんに誤解されたりするんですよね~~~
へんなジジイですよね~~」

Joし「…まったくそうでんな。そんなんは自分でも分かってると思うんやけど…直さへんやろな……困ったオッサンでっせ。
そやから今Kellyさんが言いたかったのは、
自分たちの発振、発信で…言い換えれば心(靈)の動きで伊吹山に行く許可が“上”から出る。
先生はそういう意味のことを言うたんやろけど、そやけど……それは、
許可になるって言うよりも、
お二人がそういう思いを強く持たへんと、お二人に伊吹山と霊縁は、
出来へんってことやと思いまんねん。
そやからそれは、お二人さんが今までどんな心(靈)の構築をして来たのか…それによることやと思いまんねん。
それをKellyさん的に今思うたし…それを言いたいんやけど、
その前に敢えて確認させてもらうんやけど…山登りなんてしたことは、
今まで無いんでっしゃろ?」

-| ̄◇ ̄|- ≁ξ*ο*ξ≁「そうですね。」「そうですね~」

Joし(うッ…ハモってはる…)「そやからこそ先生の言うた、今までお二人が感じてきたのとは違う振動を得る…それがお二人の霊的成長には必要やと先生は思うたからこそ、
伊吹山に行けとか花やお野菜を育てなさいとか言うたと思いまんねん。ほんでから花見にも行けって言うたんでっしゃろ?」

-| ̄◇ ̄|- ≁ξ*ο*ξ≁「そうですね。」「そうですね~」

Joし(またもや…ハモってはる…)「そやからお二人の心(靈)と体って言うのんは、
長年の水商売の影響を受けてる。水商売の場(フィールド)って言うのんは敢えて言うまでも無いんやけど、酒飲んでうまいもん食って…歌ったり…スケベなこと思って…低い快楽の場(フィールド)でっしゃろ。
真剣に物事を考える場(フィールド)ではありまへんやろ。
そやから、当然そういう場(フィールド)には、
低い快楽を求めてる…あるいは、低い快楽に執着してる霊的存在が居てまんねん。
そんな霊的存在が集まってきて、場(フィールド)を構築してる。
そやから…言うたらなんやけど、
お二人の人生って言う時間の大半は、その影響を受けてきたってことでんねん。」

-| ̄◇ ̄|-「酔っ払いの浮游霊とか…酒を飲むことに憧れてた子供の霊とか…うちの店にいらっしゃるお客…特に風俗ネーチャンの憑き物とか…そういう存在ですね。」

Joし「そうなんやけど……
問題は、今、ご主人はんが言うた霊的存在の種類や無くって、
それらはどういう心(靈)の動きの存在なのか……
そういう分析の仕方が、本質を見失わん事象の観察やと思いまんねん。
そやから今ご主人はんが言うた自分たちを堕落の方向に向かわせる霊的存在…そればかり思うてたなら、
自分たちの心(靈)の動きのことを思わんようになる。
それは、なんでも悪霊のせいにする幼稚な考えでんねん。
自分に原因が無いって思いたくないとか…そやからそれは…自分は悪くないって発想にもなりまんねん。
ほんでからに重要なことは、
自分の心(靈)の動きと関係の無い霊的干渉は、有り得へんってことでんねん。
それは先生と何回も話をしてKellyさん的にしっかり認識したことでんねん。
そやから…誰にでも快楽を求める心(靈)の動きはありまんねん……それは、生命って言うのんは、本能から発現して来たからやと思いまんねん。
本能って心(靈)の動きが、一番低い段階の心(靈)の発現でんねん。
そやから先生は、
心(靈)の動きと、
心(靈)の“上”“下”を、
本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動…って、
言い方で定義づけた。
これは心…霊…生命の本質の“上”“下”で、
そして進化過程を示してる言葉でんねん。
本能と智性、どっちが神さんに近い心(靈)の動きかってことでんねん。
この世界が本能って心(靈)の動きだけで出来てるんやったなら、
食い合い奪い合い殺し合い…存続なんて出来へんやんか。
……そういえば一番最初に御主人はんと話させてもろた時、
今言うたことに近いような話をしましたやんか。」

-| ̄◇ ̄|- 「自己奉仕者だけの世界は存続しないって話ですね。」

Joし「そうでんねん。
…ほんでから、今…ちょっと話が逸れてしもてるけど、
お二人の今までの心(靈)と体の構築って言うのんは、お世辞にも良い成長とは言われへんねん。
それをお二人さん自身がしっかり自覚してない…自分たちに認識(悟り、幸取=さとり)のないことは自分たちの認識よりほんの少し“上”のことしか解らない…これは、
霊的干渉の変圧の概念なんやけど…
そやからこそお二人に今までより“上”の振動を獲得して欲しい…
先生が思うてるのは多分…そういうことやねんな。」

-| ̄◇ ̄|- ≁ξ*ο*ξ≁「そうなんですかね。」「そうなんですかね~」

Joし(またもや…ハモってはるやん…エエこっちゃな)
「そやから…ちょっと難しい言い方をすれば、
自分たちの発振、発信、自分たちの思い、
それによる事象の顕現…それを人(日止、霊止)の心(靈)は感じていく。
心(靈)が感じるから現実やって思いまんねん。
(自分の外側の)事象って感じまんねん。
そやからこそ現実を創造するのは自分たちの心(靈)の動きでんねん。

…何をKellyさんは言いたいのかと言うと…
そやから今言うたみたいに、今までのお二人さんの心(靈)と体は、
水商売の場(フィールド)での霊的存在との感応共振で出来上がってきた心(靈)と体しか無いんやったなら、すぐ堕落の方向に向かう可能性かてありまんねん。
そやからこそ伊吹山に行くことの重要性にも今ひとつピンとこないのかも知れへんし…
それはお二人の心(靈)の中にまで、
水商売の場(フィールド)で影響させられた振動…その霊的干渉…
それで一杯やからやねんな。

そやからこそ、今までと違う振動を心(靈)に獲得せんならん。

言うたならば…水商売の場(フィールド)で出来た心(靈)と体は、
酒飲むとか快楽を追求することは喜んでするやろけど…さっきご主人はんが言うたみたいに伊吹山に5年も行けへん…それは、
自分たちが思い切って何かに挑戦するとか、今までと変わりたいとか、
それを強く思わんと(そういう念=今の心(靈)…を発振、発信せんと)“上”は縁をつけてくれへんって思いまんねん。
凄い決心をして何があっても行く…それくらい思わへんとアカンのかもしれへんな。
それもエネルギーを贖う(あがなう)ってことやし、
それが出来たなら、
お二人さんとお二人さん自身の“上”の存在との感応共振も密になって行く。
そやから…そういう意味で先生は“許可にならん”って言うたと思いまんねん。
そやからお二人の心(靈)と体は、
お二人の低い心(靈)の動きとその心(靈)の動きに感応共振して来た霊的存在の影響で出来上がってる。」

-| ̄◇ ̄|- ≁ξ*ο*ξ≁「……」「……」

Joし「ほんでから…自分たちの心(靈)を、
自分が観るならば、
低い心(靈)の動きしか持ってない人が自分の心(靈)を観たならば、
自分の心(靈)の振動が持っている以上の振動で判断は出来んやん。」

-| ̄◇ ̄|- ≁ξ*ο*ξ≁「…解り難い説明ですね。」「…解り難い説明ですね~」

Joし(またや…ゲロゲロ←死語)
「今Kellyさんが言うたことを具体的に言えば、
自分が自分を観るならば…それは心(靈)の発現の程度による自己観察しか出来へんってことでんねん。
そやから例えば、ちょっと極端な言い方をしまっけど…本能と自我しか持ってない人の価値感は、人が死んでも自分の利益しか考えん。
ほんでからそれを自分で“悪(心の動きの本能化と低振動化)”やと思わへん。
それは、心(靈)の発現の程度に応じてしか、
心(靈)の進化程度=霊的成長度に応じてしか“善悪”の認識は出来へん。
そう言うたかて、この事例がお二人に当てはまるって事や無いんやけど、
今までのお二人が感じてきた喜びや苦しみ…お二人に色んな心の動きを、
感じ(感じる磁性)させてきた事象って言うのんは、
今までは、水商売の場(フィールド)が中心ってことでんねん。
そやから、水商売の場(フィールド)にいてる霊的存在との感応共振が起きて、
それでお二人の心(靈)と体は出来上がってきたやんか。
それも“気血栄衛(營)”ってことでんねん。
自分が受けてきた振動で心(靈)と体は、
時間(空間の回転による磁場=時)の進行と共に、出来ていく。
そやけどさっきも言うたように、
水商売の場(フィールド)、その霊的干渉…それだけではあきまへんやん……。
そやからこそ、違う振動を受けて来いって先生は言うたと思いまんねん。
奥さんに言うた花を育てたり野菜を育てたりって言うのも、
そういう意味やと思いまんねん。
…そやけど、あからさまにそんな言い方をしたら…
先生とお二人さんは、
鍼灸師と○○○療院を利用する立場って違いがあるやん…
そやから、多分、先生は茶化したりしまんねん。
先生の立場上…失礼に当たるって思うから、遠まわしに言うたり…茶化したりしまんねん。
…そやけど、ほんまは…もっとはっきり言いたいと思いまんねん。」

-| ̄◇ ̄|- ≁ξ*ο*ξ≁「……」「……」

Joし「今のお二人の心(靈)と体が、今までの儘では、
違う段階に行くことが出来へん……。
それを先生は懸念してると思いまんねん。
今後、お二人の“上”の存在は、お二人の霊的成長を望んではるからこそ、
今までとは違う新たな試練とかを下したりするやろけど…
仮にお二人が、そのままの心(靈)の動きやったなら、それに対応出来んようになる……。
なんとなく無気力になるとか…そんなことせんでも今さえ良ければエエとか…そんなふうになるのかもしれへん。
そやからこそ今後のお二人は、
水商売の場(フィールド)に居てる霊的存在とは違う影響を受けんならん。
違う振動を取り込むことをせんと自分たちの心の動きも変化して行かへんねん。
もういっぺん言えば、
今までは低い心(靈)の動きの霊的存在…例えば解りやすいのは酔っ払いの浮游霊とかやけど…その想念で心(靈)と体の構築をして来たようなもんでんねん。
そやから今までのお二人は、水商売の場(フィールド)で得た振動しか認識出来へんから、
遊びに行くとしてもその水商売の場(フィールド)の振動に近いところを選択したりもしたのかもしれへん。」

-| ̄◇ ̄|- 「そうかもしれませんね…カラオケとかフルコースの料理とか…遊びに行こうって思ったらまずそういうことを考えますしね。」

Joし「自分たちが楽しく遊びたいとかは、大体、霊的干渉の影響も大きい。
…それは、自分がやりたいこととか好きなことって言うのんは、憑き物の影響も大きいやん…それを統括してるのが支配霊やけど、
その“上”の存在が主護霊でんねん。
主護霊って言うのんは、ほんまにその人の霊的成長を見守ってて、
支配霊や支配霊の眷属のことも“上”から観てまんねん。
言うたならば今までのお二人さんの支配霊と支配霊の眷属は、
水商売関係の存在でんねん。
…そやけど御主人はんは、最近お店に行くと“ここは自分の居るべき場所ではない”…そう思うようにならはったって先生から聞いてまんねん。
(思惑と顕現“その十” “悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)…その思惑と顕現 参照)
それはご主人はんが判断することやからエエんやけど、
Kellyさん的の思うんは、それも支配霊より“上”の存在からの通信で、
当然そこには御主人はんの心境の変化って言うのもある…そやから、
御主人はん自身がそう思いはったならば、違う段階にすすまんならんやんか。
そやから先生は、色んなところへ行ってきたらどうでっか?…って言うと思いまんねん。
そうやって今までと違う振動で心と体の作り替えをしたらエエと思いまんねん。
それがまた“気血栄衛(營)”でんねん。
違う段階の“気血栄衛(營)”でんねん。
ほんでからそれは、
花の妖精の影響や、山に居てる自然霊、あるいはあまり悪意のない動物霊、そういう存在を憑けてくるとか、その影響を受けるとかして来たらエエと思いまんねん。
そういうところへ行けば、そこの場(フィールド)の振動も受けまんねん。
それに付いては前のブログの(タイトルがチョ~かっこよすぎる)“愛の息吹く山”を、
読んで貰たらエエと思いまんねん。」
(ほんでから“愛の息吹く山”は、出版される本の二冊目になりまんねん)

-| ̄◇ ̄|- 「…そういう意味合いがあるんですね。」
≁ξ*ο*ξ≁「…そういう意味合いがあるんですね~」

Joし(…なんやしらん…あんまりおんなじリアクションやと…そこはかとなくムカついてくるやんか…J`´し)
「ほんでから今住んでいらっしゃるお二人のお住まいを思うても…今までは、
部屋にも酔っ払いの浮游霊を取り込んでまんねん。お仕事に行かはったならたくさん憑けて来まっしゃろ。そやから帰って来たなら祓わんならんやん。
それは先生の仕事にも同じことが言えるからこそ、
先生の主護霊はんは、これも、前のブログ“良い発振の為に”で、
説明してるみたいなことを、S会=紫光会の主護霊会で先生に言うた。
禊ぎの祓いを唱えること自体が“上”との感応共振でんねん。段々“上”と自分との関係が密になる事でもありまんねん。

話が逸れましてんな…そやから今までのお二人さんは、
お仕事でもお住まいでも同じ種類の霊的干渉を受けてまんねん。
そやからこそ、
人を害さない振動を発する…一番身近なのは花やろな…そやから先生は、奥さんに花を育てたらどうでっか?って言うたと思いまんねん。
ほんでからさっきも言うたけど、
今年は伊吹山に行く決心を、強く持ったらどないでっか?」

-| ̄◇ ̄|- 「そうですか…よく考えてみることにします。」
≁ξ*ο*ξ≁「そうですね~よく考えてみることにしますね~~」

Joし(……)「解ってもろたやろか……
そやけど年上の人に向かって、またもやKellyさんは生意気な口をきいてしまいましてんな。
すんまへんでした。」

-| ̄◇ ̄|- 「そんなふうには思いませんよ。ありがとうございます。」
≁ξ*ο*ξ≁「そんなふうには思いませんよ~ありがとうございます~~」

J・o・し(もう…仲の良過ぎるのも…なんやしらんイラついてくるな…Jー'`ー;し)

-| ̄◇ ̄|- 「また…解らないことがあったらKellyさんに意見を伺いますよ。
色々教えてください。」

Joし「承知しましてんな。いつでもお話させてもらいまっせ。
ほな、さいなら。」

≁ξ*ο*ξ≁「ちょっと待って~~Kellyさん~~
たくさんお話してくださったから~~おなか空いたんじゃありません~~
デザートはいかがですか~~ご馳走させてもらいますよ~~」

J´`し(ジュル~~ジュル~ジュルルルル~~~よだれが出てしもたやん)
「ありがとさんでんねん。
そうやったならKellyさんは大盛りクリームぜんざいを、
遠慮なくご馳走になりまんねん。」

バクバクバクバクバクバクバクバクバクバク

大盛りクリームぜんざいを食してる音でんねん。

Joし「…ふ~~お腹一杯でんねん。どうもご馳走様でした。」

-| ̄◇ ̄|- 「それじゃ、またお話させてください。」
≁ξ*ο*ξ≁「またね~Kellyさん~~」

Joし「ほな、さいならでんねん。」


おまけ…大盛りクリームぜんざいを食べ過ぎ、数日後太ってしまった、チョ~極上ラブラブ中高年夫婦さんの奥さんと、Kellyさん(笑)
                                              

 奥さんとKelly 食べすぎてデブい顔

 

真の意味での“主護霊”と、間違った解釈の“守護霊”…その違い。




今回は表題の通り、
何でローム太霊さんが、主護霊って書き記すようにS会=紫光会で言うたのか、
それについての先生の解釈を、説明したいと思いまんねん。
その前に、今、主護霊の概念はとんでもなく低いものになってる…そのことは前のブログで先生と何回も話したことやけど、
憑いている存在は自分を守ってくれている…護ってくれている…そう思うからこそ、
主護霊を守護霊って書き換えたりするんやろけど、
守る、護る、霊…そんな言葉の使い方を高い存在はしないと思うやんか。
ほんでからローム太霊さんが伝えた主護霊の定義と意味と意義…ほとんどの人がそのことを真剣に思うてない。
ほんでから“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の存在の思惑は、
ほんまの意味での主護霊と感応共振させたくないからこそ、
低い霊的干渉で“力”を示させたり、低い霊能力者を活躍させたりもする。
そんな事はいまさら詳しく説明はせんけど、せめてこのブログに霊縁あった人に知っておいて欲しいのは、
主護霊って情報を正確に詳しく伝えた存在は、ローム太霊さんだけで、
他にはいてへんねん。
ほんでからS会=紫光会に取材に来た漫画家が主護霊を題材にした漫画を書き(うしろの百太郎 つのだじろう)、
そして主護霊って言葉が一般に知られたんやろけど…それは、
言葉だけが知られたに過ぎないに等しい。
そやから、主護霊の字を観て、
霊的に低い人は、
主に、護る、霊…そんなふうにしか思わへんのやろ。

そやから“主”…この字のことをいま少し言うとけば、
“日月神示”下つ巻 第十二帖で、
Kellyさんが“十柱”って言葉を解釈した時に、
“柱”って言う字は木部と主…
そやから、その“主”って言う字は、
ローレンツ力 ローレンツ力 と、
三つのオーラと、
(たて棒、コン)…この解釈はすべて磁性の形の違いってことでんねん。

一つ一つ言うとけば、
ローレンツ力 ローレンツ力 は磁束が無いと発生しない力でんねん。
ほんでからローレンツ力 が“上”から降り注がれる荷電粒子を引き寄せ、
自分の場(フィールド)に取り込み(霊=○、荷電粒子の場(フィールド))
回転させる様子が、
“一二三”のオーラ、
“一”=智性=1番目のオーラと“二”2~3番目のオーラの表記になってる。
それが全部組み合わさると“三”になり、
それを縦の磁性でつないだカタチが“王”でんねん。

ほんでから今、縦の磁性のことを少し言うとけば、
先生は、下等な生物から高等な生物に進化して来た過程は、
蛋白質の結晶化により縦の磁性が出来始める…それが遺伝子やって、
太陽凝視を行っている鍼灸師の話“改”で説明してるつもりで、
そやから今、原生動物の…ゾウリムシとかアメーバとかホシズナとか単細胞生物を先生が観た視点で文章を書いてはる。
そやけど…中々原生動物から先に進まへん…先生、変な生き物好きやからな。

話を戻し、
原生動物から進化して軟体動物になり、段々進化って言うのんは骨を持つようになり、
そして背骨を持つようになる…それは魚とかでんな。
そうなると頭とシッポの縦の磁性の発現が強固になるってことで、
それが示されてるのが“王”の(たて棒、コン)やって先生は思うてる。
ほんでから魚から両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類…人間…そうやって進化して来た過程って言うのんは、肉体の磁性の強化とその変容やって先生は思うてる。
ほんでから“三”…“一二三”のオーラ…
これは縦の磁性ありきで、
縦の磁性が無ければオーラは三つにならず、
そして縦の磁性のローレンツ力 ローレンツ力 で荷電粒子が回転し、
そして構成されている水平磁場が三つのオーラって考えを持ってはる。

主(ヌシ)の解字 
先生はそこまでのことを“改”で説明しようとしてはるんやけど…変な生き物好きの先生は中々ゾウリムシ君から先に行かれへん。

まあ先生の変な生き物好きは一部で有名やから…それはおいといて、
そやから、
主護霊の“主”…ヌシって言うのんは、
ただ、主に(おもに)護る霊なんて薄っぺらい意味ではなく、
人(日止、霊止)が独り神(ひとりがみ)になる仕組みを表してるとKellyさんは思いまんねん。
そやからこそオーラが大きくなり、オーラの質も高いものになれば、
“上”から降り注がれる荷電粒子…と反応をする。
当然…先生もそう思ってるに決まってまんねん。
そやからこそローム太霊さんは、
人が神格化する仕組みともいえる、今言うた要素、
ローレンツ力 ローレンツ力 と、
“一二三”のオーラと、
(たて棒、コン)=縦の磁性…
それを護る霊…そやから“主護霊”って表記で書き記せって交霊会で言うたと思いまんねん。

ほんでから…なんで今、こんな記事をアップしたのかって言うと、
主護霊と低い解釈の守護霊…その違いに付いていずれKellyさんは、
このブログで述べていくつもりやったし、今までも何回も先生とその話はした。
そやけど、
今度発売される先生の本、その著者のプロフィールに、
“主護霊”って表記があるんやけど、
何の手違いか… 守護霊って書き換えられてる。
先生は、たま出版のお偉いさんと電話で、
“しゅごれいは守護ではなく、主護霊と書き表すべきです…”って話をしたんやけど、
うまく通じて無かったかも知れへんし、
著者のプロフィールを先生自身がパソコンに打ち込んだときに、
ゲラと一緒に、
印刷したものを出版社に送っただけやった。
ほんまはWordの添付ファイルも送り、そして打ち合わせすべきやったって後悔してはる。


そやから、
太陽凝視を行っている鍼灸師の話《1》ローム太霊との出会い…の、
初版本の著者のプロフィールは、
誤植があることを知って欲しいからでんねん。

悪しからず御了承くださいでんねん。

そやからここで、先生が自分のプロフィールをどう書き記したのかを、
原文のまま公開しときまんねん。

“著者のプロフィール

1955年12月 愛知県名古屋市生まれ。名古屋市東区在住。
鍼(はり)灸(きゅう)マッサージ治療(予約制)児玉療院を一人で自営。
学歴も地位も名誉も金も無い…屁理屈の多い偏屈なただの鍼灸師。
本文中にもあるとおり、18歳の誕生日にあるきっかけで霊眼が覚醒し、その直後、霊縁により太陽凝視を知り、また、T霊媒=竹内満朋主催のS会=紫光会霊団に入会を許され、竹内満朋の稀有な能力により自身の主護霊との直接談話にて様々な指導を受ける機会に恵まれた。その後、様々な霊的存在やオーラを観測し、同時に“行”を行いつつ、神や霊や人(日止、霊止)の存在の意味と意義を追求し始め、そして33歳の時霊眼を消失し、その意味を自分に問いつつ、同時に“上”の霊的存在との交流をはかり、自分の在り方も考え、さらなる“行”を行いつつ…現在も時間の許す限り太陽凝視をして…この世界=事象に不満を抱きつつ…現在に至る。
著者の名前の児玉登は、本人曰く、漢字の音訓を読み替え並び替えると(アナグラム)、言霊(ことだま)の意味を持つ。
ちなみに本文中のKellyさんと○○○大先生は、著者の心の二面性(感情と論理)が表れているとのこと。”

…以上でんねん。

Kellyさん…低い心(靈)の発現と低い心(靈)の動きとその心(靈)が生み出している事象にムカついてるチョ~極上ラブラブ中高年夫婦さんのお二人に対し、Kellyさん自身がちょっとムカつきながら…話する。




今日も、いつものように近所のスーパーに買い物に出かけたKellyさんは、
またもやチョ~極上ラブラブ中高年夫婦のお二人と食料品売り場で、
ばったり出会い…それはこんな感じやったんやけど……

チョ~極上ラブラブ中高年夫婦奥さん 会話中 「❤❤❤○○ちゃん~~!!あそこに~Kellyさんがいる~~!!」 
チョ~極上ラブラブ中高年夫婦御主人 会話中  「ほんとだね、よく見つけたね。さすがうちのかあちゃんは目ざといね。」
チョ~極上ラブラブ中高年夫婦 会話中 「Kellyさん、こんにちはッ!!」「Kellyさん~~こんにちはぁぁ~~!!」

チョ~極上ラブラブ中高年夫婦 突進 



Kelly 仰天中 (ビックリするやんか…)「…こ…こ…こんにちわ…でんねん。
なんやしらん…スゴイ勢いで迫って来はったでんな……」

チョ~極上ラブラブ中高年夫婦御主人 会話中 「ええ、Kellyさんとすごぉぉぉーく話したいと思っていたんですよ。」
チョ~極上ラブラブ中高年夫婦奥さん 会話中 「ええ~Kellyさんとすごぉぉぉ~く話したいと思っていたんですよ~~~」

Kelly 会話中 (またもやハもってはるな…)「そやったなら小腹もすいてるし…恒例のす○きやラーメンはどないでっしゃろ?」
チョ~極上ラブラブ中高年夫婦 会話中 「そうですね。一緒にす○きやラーメンを味わいながら話しましょう。」 「そうですね~~一緒にす○きやラーメン味わいながら~話しましょう~~」


…っちゅう事で、又、す○きやラーメンを三人で一緒に味わいましてん。
その時に話した事を紹介しまんねん。


☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀


チョ~極上ラブラブ中高年夫婦御主人 会話中 「まずは、す○きやラーメンを先にいただきましょう」
チョ~極上ラブラブ中高年夫婦奥さん 会話中 「まずは~~す○きやラーメンを先にいただきましょう~~」
Kelly 会話中 「そうでんな…ラーメン啜りながら話しにくいし……。
それでは、いただきますでんねん。」 Kelly ヨダレ垂らし中

ズルル~~ズルル~~チュルルルル~~~~~~ズルルルゥゥゥゥゥ~~~~~

す○きやラーメン啜りちゅう…ほんでから…ごちそうさまでんねん 

チョ~極上ラブラブ中高年夫婦御主人 会話中 「…実はね…Kellyさん、今日話したいって思ってたのは…
最近のニュースを見て、毎日ムカついてるんですよ!!!」

ムカついてるチョ~極上ラブラブ中高年夫婦 御主人 

Kelly ドン引き中 「ど…ど…どないしはったんでっか?いきなりアップにならはって…ビックリしまんがな。」

チョ~極上ラブラブ中高年夫婦御主人 会話中 「テレビ好きな私としては、毎日ニュースを欠かさず見てるんですけど、
Kellyさんも知ってるとは思いますが…腹の立つような事ばかりで…」

チョ~極上ラブラブ中高年夫婦奥さん 会話中 「実は~~~私もなんですよ~~」

ムカついてるチョ~極上ラブラブ中高年夫婦 奥さん 


Kelly ドン引き中 「……」

チョ~極上ラブラブ中高年夫婦奥さん 会話中 「最近のニュースで腹が立つのは~~AIG~政府の管理下で経営再建を進めているAIG~~が~結果として~公的資金の投入で百万長者を生み出した~~って言われてるでしょ~~ 
特に~今回ボーナスを支給されたのは~~AIGの英国子会社の~AIGファイナンシャル・プロダクツ(AIGFP)の幹部社員で~~
そのAIGFPは~~金融危機の引き金となったデリバティブ商品を扱ってて~~
2008年に405億ドル(約4兆円)もの損失を計上して~~AIGを破綻寸前に追い込んだらしいですし~~
それなのに~~AIGFPの幹部社員たちは~~自分で責任を感じてない感じで~~
それに~咎められるどころか~~
ボーナスの支給は~~公的資金注入前に決まっていたって主張して~~
自分達の権利のために~~訴訟までちらつかせ~~その結果~
2年で1人平均約1億1000万円~~最高額で約6億3700万円ものボーナスを貰ったらしいですし~~私的に思うのは~~常識はずれなのはAIGFPのように~~
働く前から何年も先のボーナスが決まっている~~そんな馬鹿な~って思いますよね~~
それと~~少し前の話ですけど~~~
メリルリンチ証券でも昨年12月に、幹部160人が総額4億4700万ドル(約438億円)ものボーナスを受け取ってたらしいですし~~盗っ人たけだけしいって感じですよね~~」

Kelly 会話中 「それはKellyさんもほんの少しニュースを見て知ってましてんな。
ほんでから公表してた金額より実際はもっと多かったらしいやんか……
アホみたいな話しでんな。」

チョ~極上ラブラブ中高年夫婦奥さん 会話中 「そうですよね~~
ですから~~前に~~○○○療院の待合室で~~Kellyさんと~❤❤❤○○ちゃんが話したとき~~自己奉仕者の話を~~したって~~聞いてましたけど~~~
今のニュースはそんなニュースばかりですよね~~
だから~~❤❤❤○○ちゃん~~と~~私は~~毎日ムカついてるんですよ~~」

Kelly 会話中 「そうやったんか……。
そやからそれは、今奥さんが言うた通り、
一番最初に御主人はんと○○○療院の待合室で話したときに、
Kellyさん、チョ~極上ラブラブ中高年夫婦の御主人と、心(靈)の発現の段階に付いて・・・世間話をする。
今の世界って言うのんは、
進化過程の低い心(靈)の発現で、
自分達の希望をかなえようとして来た結果でんな。
ほんでから自分達の希望…それは自分達の良いカタチを望む愛(炁)が動機の事やって、
奥さんと話しもしましたやんか。
Kellyさん、チョ~極上ラブラブ中高年夫婦の奥さんとす○きやラーメンを啜りながら、程度の低い“思惑の顕現”=現象化に付いて話し、そして、奥さんのウルチョラスーパースッペシャルマシンガントークに負けんように、Kellyさんの屁理屈を・・・精一杯・・・話す。

その時に(あらゆる生命(生きる使命=存在理由)は)思惑の無い行動は、
無い…有り得へんって言い方もしましたやんか。

…そやからそれは、お二人がムカついてるのは、
その人達が程度の低い砌(みぎり)の“行”をしてるって事やねんけど、
それを言い換えれば、
只々、自分だけの思惑通りに事を進めたいって事なんやけど、
それは結果として誰かに迷惑をかけたなら“創造”の法則って事に則って(のっとって)ませんやんか。
ほんでから“創造”の法則に付いては、
良いカタチの創造に対する心(靈)の在り方って言うのんは、
前に先生の治療院の待合室で御主人はんと話したやおまへんか。
それは、自分、あるいは自分の周囲の人しかしか愛せへん人は自己奉仕者で、
そう言う人達が構築した世界は奪い合う世界で、 奪い合う世界は、
愛(炁)の進化の創造の方向性ではなく、自滅して壊滅にしか向わへん。
それは只単に成り立たへんって事なんやけど、
成り立つ世界を創るには、
自省(胸の磁性“十”)をせんとアカンって事でんねん。
そやから進化過程として自我の確立=固定化の人は、
自己奉仕者になり、
それが今、失敗を体験して、ほんでからに自我より“上”の心(靈)の発現をして行く。
それも話したんやなかったんかいな……。
そやからそれは、何かをする動機って言うのんは愛(炁)で、
心(靈)の進化程度が低い=自我の発現しかしてない人は、
自分の為だけにしかエネルギーを贖わん。
そやから低い愛(炁)しか顕現してないって事でんねん。

そやけどそれを観てお二人がムカついてるのは、
お二人の心(靈)の進化の程度から観察して認識したからで、
そやからお二人は、自我の発現の段階の人が創造した事象よりも、
お二人が“上”の心(靈)を持ってはるからでんねん。
そやからムカつきまんねん。
もういっぺん言えばそれは、心(靈)の進化過程による違いってもんがあって、
お二人がムカつくのは、
そのアホな事してる人達よりも“上”の心を持っているからって事なんやけど……
そやから解り易く言えば、
そのアホみたいな事が“上”から観て、
進化の方向性に則って(のっとって)いるのか、進化の方向性から外れているのか…
ただそれだけの事やおまへんか。
そやからそれは、ご主人はんが腹の立つことを具体的に言葉にしはったなら、
よく分かると思いまんねん。
良かったら、ご主人はんがニュースを観て思う感想…それは、御主人はんの心(靈)の動きって事なんやけど…またそれは、
御主人はんなりの事象の観察と、
そこから得られた御主人はんの認識って事でもあるんやけど…
それを言うてくれまへんやろか。」

チョ~極上ラブラブ中高年夫婦御主人 会話中 「前にも話しましたけど…政治家の無責任、その場限りみたいな発言、その裏にある政治家の保身…低い欲望由来の行動ですね。」


Kelly 会話中 「それも今言うたばかりやけど…自己奉仕者の進化過程って話をしたやないですか。」 


 チョ~極上ラブラブ中高年夫婦御主人 会話中 「その自己奉仕者の心(靈)の発現って言うのが、私には納得行かない部分があって、同じ人間なんだから…なぜそんな事をするのか…悪いと思わないのか…自分に恥ずかしいと思わないのか…」


Kelly 会話中 「そやから今ご主人はんが言うたのは、自分と感覚が違うって事やないですか。
自分やったならそれは、無責任とか恥ずかしいとか…そう思うって事やないですか。
そやから自己奉仕者って言うのんは進化過程の低い心(靈)って何回も言うたんやけど、
それをご主人はんが今ひとつ理解出来てないんやな。」
チョ~極上ラブラブ中高年夫婦御主人 会話中 「そうかも知れませんね。
私としては、あんな自分勝手な政治家達が今の政治を執り行なっているから不幸になってる人も多い…ですから政治家が少し自分達の在り方を考えればもっと暮らしやすい世の中になる…そう思いますね。
だからあの人たちは私利私欲ばかり考えてる…それから、保身…自分の立場を考えて…自分達の立場だけ考えてる…それが今、見え見えじゃないですか。」

Kelly 会話中 「暮らしやすい世の中でっか…それは今の政治では絶対に無理でんねん。
大体、政治なんかで誰もが幸福な世界は出来へんねん。
それはその場(フィールド)にいてる人たちの進化程度が、今より“上”で無ければ、
実現出来へんねん。
ほんでからに大体、暮らしやすい世の中って言う概念がちょっと低い概念でんねん。
それは目先の幸福が前提の概念やと思いまんねん。
そやからそれは、毎日楽しくなに不自由なく暮らせたらそれでエエとか…そんな事でっしゃろ。
そやから言うたらなんやけど…そんなもんでは今以上の霊的進化って事が出来へんねん。
問題はそんな事よりも、暮らしやすい世の中の実現って言うのが、今の地球人の平均的進化程度では、絶対に無理でんねん。
それは、ほとんどの人が地球全体の事を考えんし、自分の身の回り…自分の身近な人の事…そんな程度の事しか考えてない。
この星全体の霊的干渉の結果って言うのんを知らんからでんねん。
そんな認識すらほとんどの人がたいして持ってないからでんねん。

そやからそれは、
今の地球は、恨みの連鎖の霊的干渉で、大半の人の心(靈)はその影響を受けてて、
本能的になり、情動に流されてる。
ほんでからその心(靈)の動きは智性ってもんをどんどん失いつつあるって思いまんねん。
そやから、今言うた情動に流される傾向って言うのんは、
最近のテレビ番組なんか特にその傾向が強くなってるやんか…昔の歌を懐かしむとか、些細なことをエエ話やな~とか、紹介して喜ぶとか…
テレビ番組以外にも、見せ掛けの癒しを求めるとか…優しい言葉を聴きたいとか…いつも暖かい心になりたいとか…今そんなものばかり流行ってるけど、
そんなもんは低い心(靈)の発現由来の思いでんねん。

ほんでから、今ご主人はんが言うた政治家なんてのは、
使ってる言葉は難しい言葉を使ってても、やってる事は駄々っ子みたいでっしゃろ。
まさにそれは、自我の確立=固定化の成長過程の子供みたいなもんで、それは、
この国とアメリカには貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の心(靈)の動きの子供の浮游霊がたくさん来てる…ほんでからその浮游霊との感応共振で、人(日止、霊止)の心(靈)はどんどん幼稚になり…そして家畜の動物霊の影響もあって、選挙演説なんか…先生の言い回しをすれば、まったく動物の咆哮でしかなく、前のブログでも先生はワンワンニャ~ニャ~ブ~ブ~モ~モ~コケコッコ~って表現をしましてんな。

…そやから…話が逸れそうやけど、今の大半の人は低い幸福の概念を持ってる。
その低い幸福の概念そのものが幼稚で欲望中心の発想やったりもする。
それが子供の浮游霊と家畜の動物霊…その霊的存在が多いからこの星の人のほとんどは、
どんどん幼稚になり、情動に流され、そして欲望むき出しになって行く。
そやからそれは、この星全体の恨みの連鎖の霊的干渉の影響が大きい。
ほんでからその恨みの連鎖の霊的干渉を解決するのには、
もう時間が無い。
低くなってる心(靈)を“上”に向かわせるのは、たいへんな事でんねん。
そやからもうすぐアセンションって認識される事象を体験して、
心(靈)の発現が“上”と“下”の人を分ける…それは宇宙的プログラムで、
そのプログラムそのものが神の思惑でもありまんねん。

そやから今言うた事を考えても…
Kellyさんは、暮らしやすい世の中って言う概念は低いって思いますねん。
それはさっきも言うたけど、低い幸福の概念でもあり、自分達の狭い…自分達の周囲の観察の概念でしかないですやろ。
それはこの星全体とか、全人類とか、それを思わん事そのものが幼稚でんねん。
そやからほんまに解決せんならんのは、飢餓貧困による恨みの連鎖の霊的干渉で、
そやから心(靈)の進化程度の違う人を分けるアセンションって事が、もうすぐ起きまんねん。」

チョ~極上ラブラブ中高年夫婦 会話中 「それも良く解らないんですが…」 「それも~良く~解らないんですよ~~」

Kelly 会話中 (…ゲロゲロ←死語)「アセンションって言うのんは霊的成長度で分けられる。
そやから心(靈)の発現と心(靈)の進化程度とアセンション…これはすべて、“創造”の“主(ヌシ)”のオーラと、そのオーラと共に通信されてる“創造”の“主(ヌシ)”の思惑を人が受信して、発振、発信して、
事象の創造をしている人(日止、霊止)が居てる。
そやからこの事象って言うのんは創造の“主(ヌシ)”と人(日止、霊止)、
その両方の“思惑の顕現”=現象化なんやからでんねん。

そやから心(靈)が“上”の発現をして、
自我より“上”の心(靈)の動きを持つようになった人は、
段々全体を考えるようになる。
自分だけ、自分の周囲だけ…そんな事を考えんようになる。
その心(靈)の発現をした人だけが、アセンション出来る…そやけど、
今一般に言われてるアセンション出来るって言い方は、今Kellyさんが使った言葉でもあるんやけど正しい言い回しではない。
それは、自分達の心(靈)の進化過程が観察する事象の程度が、
違ってくるって事なんやけど……」

チョ~極上ラブラブ中高年夫婦 会話中 「???」「???」

Kelly 会話中 「アセンションに付いて、お二人はんがKellyさんの考えを知りたかったなら、
別の機会に話したらエエと思いまんねん。
大体、今の話かて…アセンションの意義と意味を追求する話なんやけど…今後もKellyさんとお二人が話す機会があるならば、だんだんアセンションの意義と意味、
それは人の神格化を示す話になって行きまんねん。」


チョ~極上ラブラブ中高年夫婦 会話中 「そうなんですか。」「そうなんですか~~」

Kelly 会話中 「話を戻しまんねん。
そやから今のお二人の話を聞いてKellyさんが思うんは、
お二人は基本的に善人やし、御人好し(おひとよし)やし…
そやからこそ、
どんなに程度の低い人を見ても、自分とおんなじやと思いたい…その大前提で人を観る。
それは政治家やろが、AIGやろが…その人達の在り方って事を考えるんやろけど、
その人達自身…心(靈)の進化程度の低い人には、
自分の在り方…そんな考えは無く、そやからそれが解りやすいのは…
一番最初に御主人はんと話した時に、自分の欲望の在り方に付いて話したやおまへんか。
それはこんな話しやった。


“「仮に、 御主人はんが世界的な地位や名誉や金を得ようとして、
人を欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとか・・・そんな事はしませんやろ。」
「そうですね。」
「ほんでから仮に、
沢山の使いきれんくらいの金を得たとしても、
自分の欲望の達成を・・・それは少しは考えるやろけど・・・
低い心(靈)の発現由来の欲望・・・本能的な事でんな。
例えば、
女買ったり美食ばかりしたり・・・そんな事ばかりしませんやろ。」
「そうですね・・・そんな事はしないですね。
美味い物は食べたいと思いますが、それは程ほどにしておくべきですね。
食べる事に関しても先生から随分色んな事を言われましたし・・・
だから・・・
自分とかあちゃんの幸せを考える・・・まずそれを思いますね。
そして欲望ばかりには走らない・・・女買ったりはしないですね。
それは・・・今Kellyさんが言った通り、
少しはそう言う気持ちもありますけど・・・」
「それは誰もが、
本能から心(靈)の発現をして来たからでんねん。
心(靈)の構造の“上”と“下”は、
本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動やからやねん。
本能と智性、
どっちが動物的でどっちが神さんに近いのかって事でんねん。」
「そうですね・・・
本能由来の行動・・・本能中心の行動って事ですね。
そんな事はしないでしょうね。」”


…そやからお二人がムカついてる人達は、
自分の欲望を自分でどう扱うのか…そんな事がすぐ出来へんからこそ“神の咎め”…バチが当たらんと自分の在り方を考えん。
ほんでから“神の咎め”って言うのんは、
自分の発振、発信した振動が事象と反応して自分に還って来るって考えたらエエやろし…それは神道の“曲霊(まがつひ)”とか、肉体の磁性由来のローレンツ力でもあるって先生と話をしましてんな。」

チョ~極上ラブラブ中高年夫婦 会話中 「解り難いですね。」「解り難いですね~~」

Kelly 会話中 「解り難いでっか…そやったならそれは先生に聞いたら説明してくれるやろし、
前のブログの後半に書いてあるから読んだらよろしいねん。

…そやから今Kellyさんが言うてたのは、
程度の低い心(靈)は自省をする…右往左往から左往右往の心(靈)の動きになる。
そやからそれを平たく言えば、バチが当たって考えを変えるって事でんねん。
バチが当たらんとその低い心(靈)の持ち主は相対的に“上”の心(靈)の発現をして行かん。
ほんでからバチが当たる事そのものが、自分達がやって来た事の正当な報酬でもあり、
それが無いとその低い心(靈)の持ち主は“上”の心(靈)を発現せんって事でんねん。
理屈はそうなんやけど…今も言うた通りお二人の人に対する見方って言うのんは、
御人好しの善意に満ち溢れてる……。
そやからあの進化程度の低い事象を観て、その人達が少しでも良いカタチになる事を願うからこそ、ムカつきまんねんな。

それはよう解るんやけど…その人の霊的成長の過程って言うのんは、その人のペースで無ければアカン事でんねん。
誰かが強制して進ませようとしてはアカン事でんねん。
そやから誰もが色んな思惑で行動して、そして色々体験して、失敗もして…そして失敗から認識を得る。
それがローム太霊さんが言うた右往左往から左往右往って言葉の意味の一部なんやけど、
左右…日足と砌(ひたりとみぎり)って言うのんは、神の極性でんねん…そやからすべての事象が、それは人も物もこの世界すべてに神の思惑って言うもんが関っているとするならば…すべて私たちが観察する何かって言うのんは、
すべてに神が関っていて、
ほんでから人(日止、霊止)の心(靈)って言うのんは、
人(日止、霊止)が神の子やとしたならば、
当然、
その神の極性ってもんを持ってまんねん。
そやけど…今の言い方はあんまり正しくないから言い直すんやけど、
誰もが神の子でんねん。
誰もがいずれ…全存在がいずれ…神格化しまんねん。」

チョ~極上ラブラブ中高年夫婦 会話中 「…」「…」

Kelly 会話中 「ほんでからそれは、神の子やからこそ、
神の極性が人(日止、霊止)の心(靈)の動きに顕れ、それが、
砌(みぎり)のエネルギー=“いきり立つ心(奴と心)”(肝)の意味
日足(ひたり)のエネルギー=“思う、憂う”(脾)の意味って事で、
そやから肝臓と脾臓って言うのんは腹にありまっしゃろ。
それから“上”に向かうのが肺=“悲しみ”で、
そうやって発現して行く心(靈)の動きが“慈悲”と“慈愛”でんねん。
ほんでから“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の発現をした人(日止、霊止)か、
或いは今後アセンションを通り越すまでの限られた時間に、
“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の発現の種を持つ人(日止、霊止)…そういう人(日止、霊止)でなければ次の世界の“創造”は“上”から託されへん。
それが本当のアセンションの意味と意義でんねん。

そやけど人(日止、霊止)の霊的進化を阻む思惑の存在…その存在の思惑の受信って言う意味が、先生の悪魔に対する解釈の、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)…この意味は、
人の頭=广(まだれ)に、浮游霊の思惑…それは“鬼”って言う字に現れてて…それが人(日止、霊止)の低い心(靈)の部分とも言い得る自我…そやからそれを腹で受信して、増幅するのがある意味自我の肥大…自分だけ守りたいみたいなもんでんな。
今、お二人さんが言うたのはそんな心(靈)の動きでっしゃろ。
ほんでから“魔”って言う字の中にある左右の木部でその浮游霊と自分の自我との感応共振した心(靈)を“上”に吸い上げ、頭=广(まだれ)で自分の思想になってしまうのが悪魔って事でんねん。

そやから今までKellyさんが言うて来みたいに、今の政治って言うのんは、
低い心(靈)の発現の人の場(フィールド)になってしもてるから、醜く腐って行きまんねん。
それはもうしょうがないと思いまんねん。
問題は、
政治の執り行ない方ではなくって、今の政治家の心の発現の段階が低すぎるからでんねん。
大体、今の政治家って言うのんは利権と形骸の名誉と地位と…ほんでから保身と…指摘して行ったならもっと色んな言葉で表現できるけど、それはすべて自我の確立=固定化の段階の心(靈)の発現と強化と行動でんねん。

そやから…先生とKellyさんがいつも思うのは、
すべての事象の観察って言うのんは、その事象はどんな心(靈)の“思惑の顕現”=現象化なのか…それを念頭に置かんと物事の分析って言うのんは本質を見失いやすい…そう思いまんねん。」

チョ~極上ラブラブ中高年夫婦 会話中 「すべての事象は“思惑の顕現”=現象化…」「すべての事象は~~思惑の~~顕現~~それは現象化~~」

Kelly イラつき中 (又おんなじリアクションやな…)「そやからそれは、
奥さんとあの事件の事を話したときに(三○○義が自殺した時の話)
動機の無い行動はないって言うたやないですか。
ほんでから動機って言うのんは、自分の心(靈)の発振、発信で、それは息吹って言う字に現れてて、
そやから、息吹って言うのんは、
自分の心(靈)が吹くって書きますやろ。
自分の心(靈)が発振、発信してる事を言うてまんねん。
ほんでから自分が感じてる事象って言うのんは…簡単に言えば現実は、
自分の心(靈)の発振、発信によりまんねん。

そやからご主人はんがムカついてる政治なんてのは、低い心(靈)の人ばかりでんねん。
そやけど心(靈)の進化過程って社会通念が無いから解らへんねん。
そやから壊れんと解らへんねん。
ほんでからにそれはもう…次の段階に移行するまで…アセンションって認識されてる事象に地球全体が遭遇するまで、あんまり時間が無いからでんねん。
時間がたっぷりあれば…今の政治でも段々良くなっていく可能性はあるやろけど、
“上”の思惑としては、
今、アセンション後に移行出来る可能性のある人に、
“下”の心(靈)の発現とその行動が如何に醜いのか…それを認識させたい。
そやから結果を出して“上”の心(靈)の発現をした人にそれを観させる。
それは観察と認識っていうすべての生命(生きる使命=存在理由)の共通の行為で、
自分達が良く解っていく。
そやから…それをして行かんと、
神の思惑と人の思惑が合わさった良い世界は出来へんねん。
ほんでから良い世界にしたいって思うのが広義の意味での愛(炁)でんねん。
そやからそれは愛(炁)って言うのんは“亜”が出ずる、泉って先生は言うた。
今Kellyさんが言うた“亜”“ア”って言うのんは、
創造主の思惑の始まりみたいなもんで、先生の表現なら“亜”でんねん。
一冊目の本に書いてありまんねん。
ほんでからに前のブログの後半で先生とKellyさんが話したのは、
愛(炁)、アイ、そして“一”って言うのんは同義で、
“一”を良く観るとその筆の動きは、向かって左=日足(ひたり)から、
向かって右=砌(みぎり)に移行する。
そやけどこの見方は、創られた方から見るから左に見える。
人が感じてる左は、
精神性で、それは思惑って事で、
ほんでから“創造”の“主(ヌシ)”の思惑は、
右=砌(みぎり)=現象化に移行し、
それが“一”って言う字に表れてて、
“一”そのものが創造主を示すってメッセージを受けてるチャネラーが居てまんねん。
そやからそれは“亜”が出ずる、泉、って事で、
“創造”の始まりと“創造”そのものを示す表現が、愛、アイ、って事でんねん。
ほんでからそれが肉体に下りた形が、
炁空無光眞奇力存(きくうむこうしんきりきぞん)の“炁”で、
“炁”って言う字は、
二=肉体と、
二の真ん中を貫いている儿部(じんぶ、にんにょう)と、
その向かって左に点があって、
ほんでからその字の下半分は火=灬(よつてん、れっか、れんが)でんねん。
それは上から下りた振動が肉体=“二”を貫き、
ほんでから腹で変化する様を表してると思いまんねん。
そやからその字の下半分は火を表す、灬(よつてん、れっか、れんが)になってまんねん。
それは“上”の思惑を受信した肉体が“上”の思惑と人の思惑でこの世界を創っていくっていう意味でもあるんやけど…そやけど…話が逸れましてん。
いずれ炁空無光眞奇力存(きくうむこうしんきりきぞん)に付いては、
Kellyさんが詳しくこのブログで解釈しまんねん。

話を戻し…前に御主人はんとこんな話をしたやないですか。

“誰もが、 本能から心(靈)の発現をして来たからでんねん。
心(靈)の構造の“上”と“下”は、
本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動やからやねん。
本能と智性、 どっちが動物的でどっちが神さんに近いのかって事でんねん”

そやから、心(靈)の発現…心(靈)の進化過程って言うのんは、今の学者さん達には理解出来てないからでんねん。
只、言葉で分類しただけで、そこに“上”か“下”か、
進化したのか進化と反対なのか、
神に近いのか神に遠いのか…その分析が出来てない。

そやからそれは、心は霊で、それは縦の磁性で集められた荷電粒子って概念を先生は持ってるんやけど……」 

チョ~極上ラブラブ中高年夫婦 会話中  「…」「…」

Kelly 会話中 「縦の磁性…それは背骨の磁性って先生は思うてる様で、
そやからそれは高等な進化をしたとされてる脊椎動物を観ると解りまんねん。
頭と背骨がありまっしゃろ。
それが肉体の縦の磁性を構成してて、ほんでからそれはローレンツ力が出来、
その磁性の強化と肉体のコンデンサーの構造が段々高い振動を取り込むようになってきた。
そしてその振動を自分の心(靈)にして、そして自分で増幅して…それは思うとか行動するとかの生体内電流の変化が自分のオーラになり、
その自分が発振、発信するオーラも荷電粒子やから、
他の存在…自分以外の心(靈)…肉体を持っている心(靈)も、
肉体を持っていない心(靈)も、相互干渉し、
そうやってお互いの荷電粒子の発振、発信により、
心(靈)って言うのんは肉体を持っていようが持っていまいが、
相互干渉して影響を与え合う。
それが霊的干渉でもあり、オーラの相互干渉でもあり、
それを肉体で観察すれば電磁誘導でんねん。
そやからこそ霊的干渉は、電磁誘導そのものでんねん。
それをちょっと画像で説明しまんねん。

人(日止、霊止)の縦と横の電気特性 “一二三”のオーラ 



これが“上”から取り込んだ荷電粒子による心(靈)の発現を示してて、
本当はもっと詳しく説明を入れるべきなんやけど、
あんまり難しくなると理解し難いやろから、今回はこれくらいの説明にしておきまっけど、
ほんまはこの楕円の部分に荷電粒子の回転を示さんならんし、
それが“上”と“下”の極性に対し、
どっち回りになってるのかで心(靈)の動きって言うのんは変化して行きまんねん。
ほんでから七つのチャクラの荷電粒子の回転も書き込まんならん。
心(靈)の発現って言うのんは、先生の一冊目の本に書いてあった、
(クンダリーニの白光)七つのチャクラと同義でんねん。

ほんでからこの画像はいずれ“改”でも使うと思いまんねん。
その時に多分、この画像をベースに細かく説明をして行くと思いまんねん。
…余談やけど、今、○○○大先生が訳の解らん文章を書いてはる“改”って言うのんは、
すべての生命が神の“思惑の顕現”=現象化で、
そして神の思惑…“上”の思惑って言うのんは、“上”から降り注がれる荷電粒子で、
それを生命は取り込んできて進化して来た。
それを説明する為に考え込んで書いてまんねん。
そやけどこれは先生としては中々慎重に事を進めてまんねん。
“上”から色んな受信をしてるから…中々先に進みませんねん。
まだ脊椎動物の進化どころか…やっとゾウリムシ君の段階を終えたところでんねん。

話を戻しまんねん。

そやから進化過程としての人(日止、霊止)って言うのんは、
前のブログで言うたけど、神の最後の仕事でもあり、
ほんでからそれは“日月神示”の表記の○ 九 十 に表れてて、
そやからそれも画像を貼っておきまんねん。

○ 九 十(まこと)の解字 


ほんでからこの ○ 九 十 に示されてる“十”は、胸の磁性で、
その磁性の発現が心(靈)の動きとしては自省になり、
ほんでからそれは心(靈)の進化の必要条件でんねん。
動物から神になって行く過程の絶対必要条件でんねん。
そやからそれはその“十”のカタチを観ると、
腹のサイクロトロンが上昇して安定して発振、発信する事を示してるし、
それはシンクロトロン放射になるんやけど…これもいずれ先生が詳しく“改”で、
説明して行くと思いまんねん。
ほんでから今も言うたけど、
そのサイクロトロンからシンクロトロン放射に移行する心(靈)って言うのんは、
その時の心(靈)の動きそのものが自省で、
それは東洋医学の概念の、
砌(みぎり)のエネルギー=“いきり立つ心(奴と心)”(肝)から、
日足(ひたり)のエネルギー=“思う、憂う”(脾)に変化して行く。
ほんでからそれは、肺=“悲しみ”になる。
更に。その自省って心(靈)の動きって言うのんは、
般若心経の“観自在”にも表現され、
神道では“直日(なおひ)”って表現され、
仏教では“慈悲”と“慈愛”って表現されてまんねん。
これらの概念はすべて霊的進化過程を示してる。
人(日止、霊止)の神格化の為に“上”が通信を送って出来た概念でんねん。
そやからそれは、“上”からの通信を受けた宗教の開祖が、受信して認識(悟り、幸取=さとり)にして、ほんでから言葉にしたもんでんねん。
ほんでからに…“観自在”“直日(なおひ)”自省(胸の磁性“十”)の“行”…
自分は“どういうつもり”=自分の在り方で、
時間の進行=儿部(じんぶ、にんにょう)を、
(時間を認識して物質世界に存在する)肉体を伴った心(靈)で…それは“元”って言う字に表れてて、“元”って表記も“日月神示”にはよく出て来るんやけど、
肉体を持った心(靈)としての人を示してる表記でんねん。
“元”って言う字の上半分“二”は、肉体と2~3番目のオーラの事ですねん。
ほんでから儿部(じんぶ、にんにょう)って言うのんは、人が歩く様に象るって辞典で説明されてる…まさにその通りやと思いまんねん。

又々、話が逸れましてんな。自省、胸の磁性“十”の話をしてたんやった。

そやからその心(靈)の発現とその心(靈)の動きを獲得した人は、
次の段階の“創造”を“上”から託されるって事でんねん。
ほんでからさっきお二人さんがムカついてた話題って言うのんは、そのムカつくニュースを観て、私達は、
自分達の心(靈)の動きにも同じような部分がある事を知らんならん。
そやけどそれが自分の中の“下”の心(靈)の動きとか、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の心(靈)とか認識出来たならば、
それは“上”の心(靈)の発現をしたからでんねん。
そやから自己奉仕者…無責任…恥知らず…自分に都合のエエ人は、
自分に自分の無責任を許してる。大体無責任って自覚もないんやろな。
それは、本能、情動、功名心、自我…それが中心の心(靈)で、その進化過程でしかなく、
それはどうしても人(日止、霊止)が進化して行く段階として通り越さんならん。
それが自我の確立=固定化の段階で、今その段階の人が地球には多い…大多数の人がそうでんねん。
そやからさっきも言うたけど、大半の人は目先の観察しか出来ないし、
自分達の低い幸福しか願ってない。
そやから無責任にもなりまんねん。

そやから今の世界…低い心(靈)の発現で生み出される事象って言うのんは、
その進化程度の低い人が発信し行動するって言うのんは、
これも相対的な見方やけど、無責任に見えるって事やな。
ほんでからに例えば、心(靈)がうんと“上”の存在って言うのんを仮定したら、
それは無責任なんて言葉自体が無いって事やな。
それは自省(胸の磁性“十”)をしてバチも当たることもしっかり認識して、
“曲霊(まがつひ)”とかローレンツ力とかブーメランの法則とか、
自分のした事=発振、発信した事=“どういうつもり”の心(靈)の動きなのか、
それが結果として…時間の進行の結果として、
創造されて現象化する事を、
霊的に高い存在は認識してて、
それが当たり前やから、欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとかなんて事はしない。
そやから“上”の存在ほど…
極端な事を言えば、一番霊的成長をしてる存在…神さんって呼ぶにふさわしい存在は、
絶対に無責任では無いって事になる。」

チョ~極上ラブラブ中高年夫婦 会話中 「…」「…」

Kelly 会話中 「今Kellyさんが言うた事、…これはとても大事な認識で、今、政治や宗教やヨガや天皇制や…ほんでからにそれはアセンションでもそうやけど、その価値や意味が形骸になってるだけやなくって、その形骸のものにしてしまった人達がとても無責任って言う事でもあるな。
そやからアセンションのサイトなんか見てても、自分達が霊的進化を果して行き、今後の世界の創造を担う。そう言う認識は無いな。
只々、お掃除してインチキデトックスみたいな考えを取り込んで、それが心身浄化やと思うてる。
そんな事で人は神に近くなるなんて事は有り得へん。
ほんでからにこの世界はそんな情報でいっぱいになり、アセンション後の“創造”を担う人って言うのんは、所詮そんなもんなんやと思わせる事自体が“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の存在の思惑やろし、そうやってアセンションを騒いでる人は、単なるディスプレイ(動物の発情行動)やろし、その自覚すらないって事やろな。

…そやけどお二人はん…今日Kellyさんが言うたのは、
今までお二人に話して来た事の繰り返しみたいなもんでっせ!!
そやから楽屋落ち的言い方をするならば、お二人が先生と出会って、その後自分達が変って行って、生き方も考え方も変って行って、
それをお二人はん自身が貴いもんやと思うならば…
それを言い換えれば、
先生との出会いが、お二人はんにとって、良いカタチを示す霊縁って感じるならば、
今までKellyさんと話した事ぐらいしっかり理解して欲しいもんでんな!!」


ムカついてるKellyさん  


チョ~極上ラブラブ中高年夫婦 仰天中  「…」「…」

Kelly 会話中 「そやから今話してた事は、
要約すれば、アホな連中はアホな事しかせんって事やし、
そんなもんばかり見てたって今後の自分達の在り方を考えることにはなりまへんやろ。
そやから…すべての事象は自分の在り方を示すって前のブログで先生は言うたけど、
そんなもんばかり見てて腹を立ててるのは、
腹の段階の心(靈)の発現でしかなく、
お二人さんはそれより“上”の心(靈)の発現をしてるってことが理解出来たなら、
そんなもんを問題にしてても埒(らち)があかんって事やねん。

そやから、
程度の低い進化過程の創造する事象は、
程度の低い進化過程の心(靈)の人が、認識を獲得する為にあるもんでんねん。

そやからそれがトロくっさいとか、アホくさいって思うたなら、
それは、そう感じた人はその人たちより“上”の心を持ってるからで、
トロくっさくてアホくさいことしてる人はそれが精一杯の行動でんねん。
それより“上”…自己奉仕者より“上”の心(靈)の発現をしていない。
そやからそれは心(靈)が育っていなくて、“下”の心しか持ってないからでんねん。
ほんでからそれは進化過程なんやから、他人がどうこう言うたから変るもんでもありませんねん。
その人達にも必ず“上”の存在って言うのんが居てて、バチが当たって心(靈)が折れて、
左往右往の段階に入ったときに通信を送って、その人たち自身の在り方を指導しまんねん。
それがほんまに霊的成長を望んでる存在で、今言うた霊的成長って言うのんは神格化への道程って言う意味の事で、そやからそれは、人が神格化する仕組とも言い得る“主(ヌシ)”…それを護るからこそ、ローム太霊さんは“主護霊”って書くように示したと思いまんねん。
ほんでから“主(ヌシ)”…これは神道で言うところの天之御中主(あめのみなかぬし)の、
“主(ヌシ)”でもありまんねん。
そやけど、Kellyさんの説明より画像を見たら理解し易いと思いまんねん。
そやから、画像を貼っておきまんねん。


主(ヌシ)の解字 


そやから今日の話って言うのんは、ご主人はんと奥さんが低い事象を観て何とかしたい…それは貴い発想ではあるんやけど、もう間に合わへん。
タイムリミットがありまんねん。
ほんでからこの世界を何とかしたいって思いは、前のブログでKellyさんが何回も言うた、
“何とかならへんのやろか…何とかする事…”この言葉に表れてて、そう思う事自体が“上”からの通信でもありまんねん。又、それ自体が“上”との感応共振でもありまんねん。
そやけど…タイムリミットがあるからこそ“下”の心(靈)の“創造”の結果を、
私達が観察し、それを教訓にして、次の世界の創造をする。
もうそれしかありまへんねん。
ほんでからKellyさんが思うんは、
お二人がそんな事象ばかり見てて腹を立ててるよりも、この世界を少しでもよくしたいって思うならば、恨みの連鎖の霊的干渉を減らす…それをして行かんならんと思いまんねん。
今日の話でも説明したけど、子供の浮游霊と家畜の浮游霊…その感応共振、それがこの世界をダメにしている根本の原因でんねん。
言うたらなんやけど、お二人はわりに裕福な生活をしてはる。
そやからそれは、さっき言うた低い幸福を満たしてる。
そやからこそ、低い事象を見て、
その事象を形成してる恨みの連鎖の霊的干渉を見抜く事が出来ん。
まあ、この世界は…そんな人が大多数の世界なんやけど…そやからそれは…
事象を観察する視野が狭い…
一番最初に先生とKellyさんが話したときに出てきた先生の概念でもありまんねん。
そやからお二人はもっと広い視野を持ち、その事象の裏側まで考えるようにならへんと、
お二人の霊的成長を望んでる“上”は、
お二人に通信を送る事が出来んと思いまんねん。
そやからその点でもお二人は、自分達の心(靈)の在り方に付いてもっと学習すべき事がありまんねん。
それを今回は強く思うたから、ちょっと長い…一方的な話になってしもたんやけど、
解り難い話やと思うんやったなら、いつでもお話させて貰いまんねん。
そやから時々、す○きやラーメンミーティングをしましょうやおまへんか。」

チョ~極上ラブラブ中高年夫婦 会話中 「…解りました。又お話させてください。」「…解りました~又お話しましょうね~~」

Kelly 会話中 (解ってもらえたやろか…)「そやったなら、そろそろKellyさんは…失礼しまんねん。ほな、さいならでんねん。」



 

Kellyさん、○○○療院に○○○大先生のご機嫌伺いに行き、Y県のOさんの話を先生から聴いて、ちょっと長話する。



この間Kellyさんは、正月以来、ちょっと久しぶりに○○○療院に行って、
先生に会って少し話をしましてんな。
今回は、その時の事を紹介しまんねん。

☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀


「やあ、こんにちは。ち~となりやーとかめだね。(少し久しぶりだね)」
「今日は、最近の先生はどんなんかな~~って、ご機嫌伺いに来ましてん。」
「そうか…気に掛けてくれてありがとう。
まあ…“行”中心の生活に変わりはないよ。
でも…太陽凝視はいつもの通り時間が許す限りやってはいるんだが…電気行は、最近レベルダウンしてるね。それは、いよいよ年を取って骨髄がダメになり始めてるのかもしれない…“腎気”の消失だね。
しかし、レベルが下がっても、やめたりはしないつもりだけれどもね。」
「そうなんでっか…段々年を取るからしょうがないのかもしれませんな…肉体には現界がある。
…そやけど先生は53歳には見えませんやん。まだまだ“行”を頑張れる感じ(感じる磁性)には見えるんやけど……」
「うん。死ぬまで“行”をするつもりではいるよ。
…それと、あのブログを始めてからたいして仕事をしてなかったんだが、2月と3月はブログを始める以前くらいの仕事をしたね。」
「それは“Kellyさんとの会話”の文章を作るのにエネルギーを贖ってて、
そやからたいして仕事させて貰えなかったって事を言うてるんやな。」
「うん…それもあるかもしれないし…
大体去年の12月と今年の始めは本当に仕事が少なかった。」
「それは前のブログを加筆訂正してた時でんな。
そやからそれも“上”の配慮やったんかもしれませんな。」
「そうだね…だからその分を取り戻しただけかもしれない。だからある意味、一つ役割を終えたのかもしれないね。」
「そうかもしれませんな。」
「それで、新しい仕事の縁もちょっとだけ増えた。
“上”が仕事を通じてでも、新しい霊縁を付けてくれているようだ」
「それは良かったやんか。」
「うん、でも件数としてはいつもの通りたいして仕事はしていないし…相変わらずうちはビンボーだよ。」
「そうでっか。
まあ…先生はたくさん金儲けしたいって人や無いし、先生自身と先生に霊縁あった人が、
先生とその人のお互いの認識を高めあう…そういう縁を先生は望んではるんやから……
そやから先生の新しい仕事の縁は、そんな人もあったんやろな。」
「うん。
でもね、新しい仕事の縁で出会った人は、自分の存在の意義とか意味とか生き方とか…それを思っている人が多いけれど、そうじゃないケースもあった。」
「そうやろな…なんでもええカタチばっかりって事は無いやろから……」
「それでね、新しい縁の中には、本を読んだって人が、著者のプロフィールを見て、
検索して○○○療院に連絡をくれた人もあるんだけれど、そのうちのOさんって方の話をちょっとしたいけど、いいかな。」
「聴かして貰いまっせ。先生がそんな言い方するんやから、感じたことがあるんや。」
「うん。
でも、前の会話のように凄く重要な話ではないね。
今までの話と同義反復みたいな事が多くなると思う…承知しておいてね。」
「はい。」

「Oさんは中年の女性で、Y県からわざわざ高速バスに乗っていらした。
その方もある意味、アタシと同じように、
自分の存在ってなんなのか…ずっと考えていらっしゃったようだ。
そして、自分の存在の意味とか意義とかを自分が思えば、当然、宗教や心霊や宇宙人からのメッセージやチャネラーや…その中に意味を見い出そうとするようになる。
又、ローム太霊講話集とも縁があり、何回も読んだそうだ。」
「…そうでっか…そうやろな。」
「うん、そしてOさんは体調が悪く、今まで色んな治療も試したり、手かざしで有名なある教団にも行った事があるようだ。
その時の事も少し話してくれたんだが…Oさんにとってその教団の教義は頷ける部分があり、自分の認識の糧になった事もあったそうだ。
だがその教団は、裏で金が動いてて…今後、アセンションと認識されうる事象は、
天変地異や戦争もあるから、それから教団の教祖を守る為に、金を集め、そして教団の教祖と一部の教団員は、そこで天変地異や戦争に巻き込まれないようにする施設を作る……それを知ってOさんは興醒めし、その後、そこには行かなくなったらしい。」
「それは、アセンションに対する解釈が低いでんな。単なる天変地異や戦争だけと思うてるみたいなもんでんな。
そやからその人達の認識には、霊的成長度による事象の“創造”って認識が無く、
天変地異や戦争は、自分達の低い心(靈)が生み出しているなんて思うてないやろな。
そやから、アセンション後も今とたいして変わらへんと思うてるみたいなもんやな。
そやから自分の身を守ればアセンション後の地球に存続を許されると思いたい。
天変地異や戦争に巻き込まれないようにする…身を守る施設を作るなんて、てんで発想が低いやん。
…そういえば、オ○ム真○教もおんなじような事してたようやし…日本が水没するから標高の高いところの土地を買い漁ってたらしいし……」
「うん。だからその教団の人達のアセンションに対する認識は、その人達の心(靈)の発現が自我の確立=固定化の段階だからこそ、そんな発想しか出来ない。」
「そうやな…そやけどOさんって人は、それを見抜くっていうのんか…その人達の霊的成長度…心(靈)の発現の段階が低いのをOさん自身が理解してはる。
そういう人で無ければそれは解らへん事やな。」
「そうだね。だから、心(靈)の発現が低いっていうのは、
人(日止、霊止)としての進化程度が低いのと同義だし、
同時に、事象を観察する視野も狭いからこそ、
アセンションに対してそんなふうにしか解釈が出来ない。
そしてこの星の人の大半は、
アセンションって言うのは、霊的成長度で分けられるなんて思っていないだろうからね。」
「そうやな。
そやけど、Oさん自身が、そういう観察…人の低い心(靈)の動きを認識出来るようになるまでには、色んな事があったんやろな。」
「うん、それに付いてはもうひとつ話を聞いている。
Oさんはさっきも言った通り、体調も悪く、自分の存在の意味と意義を追い求める…だから、自分の体には色んな霊的干渉もある事をなんとなく理解しているようだし、
そういう視点で自分が治療を受けるところも選択している。
それで、○○療法で有名な所へも行ったって話を聞いた。
その○○療法をやっている人は、高名な霊能力者の弟子と称し、その霊能力者の理念を信じ、又、その○○療法の創始者自身がローム太霊講話集を読んでいるようで、それらから得られた認識を治療に活かしていはいるんだが…それだけではなく、それを吹聴して仕事をしているようだ。
そして○○療法の本を何冊も出し、アセンションの本も出し、かなり有名な人ではあるね。」
「そやけどそれは、人を引きつける為に利用しているみたいなもんでんな。
認識の低い自己奉仕者って感じやな。そやからそれは、吹聴するのがディスプレイ(動物の発情行動)とおんなじでんな。」
「うん、今、Kellyが感じたのを裏付けるような事もOさんから聴いた。
それは、その○○療法には分院があり、創始者と一緒に仕事をしている人達がいるそうだが、○○療法の創始者が一流志向で、高級外車を何台も持ち…そして遊び歩き…宵越しの金は持たない…そんな事を豪語し…そして、その分院をやっている人達にも、そうするべきだって半ば強制みたいに強要してるようだね。」
「それがステータスみたいに思ってるんやな。」
「うん…でも、分院の人達は借金でいっぱいだそうだ。そんな事もOさんから聴かせて貰った。」
「まったく自己奉仕者でんな。」
「そうだね。
それと、その創始者の考え方に付いてもOさんは批判的だった。
それは…今、世界で起きている飢餓貧困などの不幸な事象は、その不幸な状況は、
その人たちのカルマ…試練だから、何も手助けする必要などない。
そう話すそうだ。それもある意味正しい考えではあるが、必要以上のカルマ…恨みの連鎖を増やしてはいけない。」
「そやからそれは子供の浮游霊を増している事を考えてない感じやな。」
「そうだね。
背負っているカルマを、自分の霊的成長の糧として、因縁や困難と闘うのにはある程度大人になっていなくてはいけない。
だから、子供は、自分の試練の意味を追求出来ないし、
子供の浮游霊が増える事は、地球全体を考えれば必要以上のカルマになっている。
又、それが、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の“思惑の顕現”=現象化でもあるね。
だからこそ、恨みの連鎖を増やしてはいけない。
そして、幸福の意味は“夭と屰”(ようとげき)で、夭折に逆らう事なんだってKellyは調べたね。
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の思惑は、
自分の背負ったカルマに立ち向かう機会を与えないうちに殺す…浮游霊にする。
それは今以上にこの星が恨みの連鎖でいっぱいになる。
人の霊的成長を望んでいない存在はそれを目論んでいる…そんな事はKellyにはすぐ判るね。」
「…あんまり知りたくない事ではありまっけど…」
「そうだね。
でも、アタシ達は、それに対処する心(靈)ってものを持ってなければいけないね。」
「そうでんな。その心(靈)そのものが“上”との感応共振やから、段々自我より“上”の心(靈)…“慈悲”と“慈愛”を持つようになるって事でもありまんな。」
「うん。その点でも、今、飢餓貧困を何とかしないと、
この星は低級な浮游霊でいっぱいになり…もうなっているけどね。
特に最近…目立つようになって来ているね。
少し例を挙げれば、この間Kellyがチョ~極上ラブラブ中高年夫婦と話してて指摘した、
政治家の駄々っ子みたいな言い分とか…まったく無責任で子供っぽい。
それとか…街中歩いててもゴスロリとか…過剰な化粧や美白(骨の結晶化に結び付かない価値感)とかエステとか……まったく、着る物も無かった女の子の浮游霊の思いの現象化だね。」
「そんなもんは、例を挙げて行ったならいっぱいありまんな。」
「問題は、それを見て感じるのは認識の違い=霊的成長度の違いでもある。
低い心(靈)の発現の人は、それらを見て問題意識を持たない。
子供の浮游霊が増してこの星がダメになるなんて、到底解らないんだな。」
「その見方そのものが、子供の見方やな。」
「そう。低い心(靈)しか発現していない人は、低い心(靈)の浮游霊と感応共振する。
そして恨みの連鎖の霊的干渉に気付かない。心(靈)が子供だからだね。
そして八戒の欲望…食いたい、やりたい(性的な事)、着飾りたい、美しく見せたい…ディスプレイ(動物の発情行動)をする。
そしてそれが幸福だと思う…まったく地球人は平均的に幼くなっている。
だからこそ、恨みの連鎖の霊的干渉に気が付かないし、その仕組を理解出来ない。
そして、見ないし、仮に見てとしても知らん顔をする…考えないって事だ。」
「幼稚でんな。」
「うん。今だって子供の浮游霊が増えている…三秒に一人増えている。
その裏にある事情として経済の繁栄…経済の繁栄は、
帯電するミネラルが結晶化していない段階の心(靈)の発現…“石屋の仕組み”だね。
しかし…こんな解釈をしているのはアタシだけだが…余談だが、Oさんもフリーメーソン自体が“石屋の仕組み”だって思っていたようだから、ちょっとだけその説明もした。
(“石屋の仕組み”に付いての先生の私見は、
事象の形骸化“その十一” 事象を形骸にする仕組み・・・そして、真実=真固止の無い世界を御覧下さい)
だからそれは、アタシたち地球人の霊的進化程度がとても低く、
低い心(靈)の発現だからこそ自己奉仕者の進化過程を歩んでいる。
そして恨みの連鎖の霊的干渉がとても多い…地球はそんな星になってしまったからこそ、“痛みと悲しみの星”って呼ばれている。
それも、アタシ達がやって来た事の結果を、地球って場(フィールド)で、同じ場(フィールド)にいる存在は、観察して認識をしなくてはいけない。
只、それぞれの認識は、霊的成長度により違いがあるって事だ。
又、認識の違いが創造する事象の違いになって行く。
それがアセンションでもあるけれど…心(靈)の創造の結果が自分の観察する事象って概念が無いから解らないんだろうし……。」
「そうでんな。そやからアセンションに甘い夢を抱いたりする……。」
「うん。そして“上”の心(靈)の発現をしている人は、Kellyのセリフを引用すれば“何とかならへんのやろか…何とかする事…”そう思うようになるのが当然。
自我より“上”の発現をしていたならば、それを考えるものだと思う。
同時にそれは、今Kellyが言った通り、
自分の心(靈)の高い部分と“上”との感応共振でもあるね。
だから飢餓貧困に苦しんでいる人がいる事を知って、自分は高級外車に乗って遊び歩いて背負っているカルマは自分達の試練だから手助けしなくていい…そんな事を言っているのはとても霊的成長度が低い心(靈)の人だし、右往左往と左往右往の、右往の段階だね。
だから地球全体の事を考えるならば、前にもKellyと話した事だけど、自分の持っている金と“力”をどう扱っていくべきなのか、
それが霊的成長の段階で行動に表れてくるものだね。」
「そやから今の話、その創始者の人は、人生に於いてたいして失敗をしてへんのやな。
Oさんに対しては、馬脚をあらわすみたいなもんやな。
自我中心の心(靈)の人は、誰でも“力”を示したいと思う…そして自分が得た収入は正当なものだと思いたい…そやけどそれは自我の肥大でんな。
それを自分で解らへん…自分の心(靈)を観察する視野が狭い…当たり前でんな。
ほんでから自我中心の人って言うのんは自分に対する厳しさも無いし、当然、
自我より“上”の心(靈)の発現、“慈悲”と“慈愛”を持ってへんからやな。
そやから高名な霊能力者の言葉とか理念とかを利用する。利用してその言葉の意味や理念を自分の行動に活かさんならば、それはワンワンニャ~ニャ~ブ~ブ~モ~モ~コケコッコ~でしかあらへん。
そのうち“神の咎め”がありまんな。」
「うん…その“神の咎め”はパターンがあって、多分、半身不随で寝たきりになり、
あの頃はよかったな~~とか、全身にチューブをつけられて死の時期を伸ばされて、
生かされて…そしてその期間、考えさせられる。」
「それは、自省(胸の磁性“十”)の“行”と、閻魔の庁の浄玻璃の鏡(えんまのちょうのじょうはりのかがみ)の両方を味わう“神の咎め”でんな。
そやから先生は、脳血管障害で半身不随になってる人の治療もするから、
それがよく解るんやな。自分がやってきたことを…思い出し…見せられ…そして自省する。
早く自省したらエエやろに…そやけどそんなふうに思うのがおせっかいでんな。」
「うん…だからOさんは、その人に対しても批判的だった。
Oさんにとっては、その創始者とOさんは共にローム太霊講話集を読んだ人であるからこそ、そこに治療を受けに行ったって思いがあるから……」
「それはがっかりしたのかもしれへんな。」
「それはKellyの憶測だが…そう思ったのかもしれないね。
それで…それも、その人が選択して行くべき自分の“道”そのものだから、
アタシたちはこれ以上どうこう言うのはやめよう。」
「そうでんな。
ほんでから、他にどんな話をしはったんでっか?」
「うん、これはちょっと大事な話なんだが、
ローム太霊講話集の168~169ページに三角形のぶっちがいって表記がある。
それは、恨みの連鎖による因縁の霊障を形代(かたしろ)で祓う事を指しているんだが、
その時に形代(かたしろ)に三角形のぶっちがいを書くってロームさんは教えている。
その図形は、  …こんな表記になる
それをOさんは“かごめ”…篭目かな…そんなふうに言ってらして、アタシとしては最初その言葉にピンとこなかったんだが、それはおいといて、
この三角形のぶっちがいは、その書き方の違いは、男と女の心(靈)の発現と、
心(靈)の動きの違いだってOさんに話をした。
これはKellyには理解出来るんじゃないかな。」
「そやからそれは、
△ と ▽ どっちを先に書くのかって事をローム太霊さんは言うてるやないですか。
男の場合は▽を先に書く。女の場合は△を先に書いて、
 …って書くようにって説明されてる。
そやから今先生は言うたけど、この三角形の書き方を見れば、
男と女の心(靈)の発現と、心(靈)の動きの違いを示している感じでんな。
男の三角形は、まず ▽ を先に書きますやんか。
その後で △ を書きますやんか。
女の場合はその逆に書く…そやからそれは、
時間の進行みたいなもんでんな。先と後なんやから。
そやからそれは、
▽ は向かって左から真横に筆を移動させ、それから、向かって右から左下に降ろし、
それから左上に移行して書き終わる。
ほんでから筆を下に動かすのは低振動化で“思惑の顕現”=現象化なんやろな。
そやからこれは左往右往やな。
認識を獲得したカタチでんな。

ほんでから
△ は、向かって左から右上に筆を移動させ、右下に降ろし、
それから左に移行して書き終わる。
これは右往左往やな。
そやけどこの△は筆が“上”に向かってる。
そやから、行動とか現象化を“上”に向かわせる感じでんな。
霊的成長をして、行動して事象の創造をするみたいな感じやな。

ほんでから ▽ も △ も、
左=日足(ひたり)で終わるのには違いない。
そやからどっちも心(靈)の成長、霊的成長を示してるけど、
その過程…筆の運びが違うって事やな。

ほんでからこれを画像にすると…こんな感じでんな。

▽と△の違い 



そやから ▽ も △ も、
その中に横棒が含まれてるけど、その筆の運びは、
向かって左から右と、右から左の違いがある。(①と、③の違い)
ほんでから“上”に向かうのと“下”に向かう筆の動きの違いがある。
そやからこれは日足(ひたり)から砌(みぎり)=“思惑の顕現”と
砌(みぎり)から日足(ひたり)=現象化した事象から認識を得る。
その違いみたいやな。

そやから男と女の心(靈)の動きは、
男は▽から△を書く。
“上”の思惑を取り込んで、それが下の筆の動きに示され現象化して、
そして△のように心(靈)が“上”に向かう。

女は△から▽を書く。そやから女は後に書く▽が大事で、
これは“思惑の顕現”=現象化を表してて、
そやから男と女は、事象の創造っていう点での男と女の役割に顕れてて、
そやから男は、思想を残す為に自分の精神性を高め、
そして男は女に、
自分の思想を受け継いでる肉体を持った心(靈)を残したいから、子供を産ませる。
その違いがこの▽と△…どちらを先に書くのかの違いで示されてるんやな。
そやから今言うた事を平たく言えば…
男は理想を求め、理想は神聖な事象の創造をする為に求め、
その為に自分のエネルギーを贖い、認識の拡大をする。そやから
“行”中心の生き方をする…自分の目の前の事象に対し自分の在り方を考え、
そして精神性を高め、オーラを大きくし、自分の認識と自分の思想を子孫に託そうとするんやろけど、男は子供が産めんやんか。
そやからそれに対し、女は現実的で、女は男の思想を受け、時間の進行と共に良い世界を創る為に、子供を産む役割を担っている……」
「そうだね。
陰陽、プラスマイナス、太陽と月、男と女、左と右、日足と砌(ひたりとみぎり)
これらはすべての事象に観られる神の極性を示している。それをこのローム太霊が教えた
 の書き方は示しているね。」
「そうでんな。

そやけど先生…遠路はるばる初めて○○○療院にやって来はった人に、
いきなりそんな話をしたんでっか。
(ある意味、迷惑なこっちゃな。)
そやからそれは、Oさんみたいにあちこち色んなところへ行って、そして自分なりに貴い何かを求めてはる。
ほんでから先生と話をした……。
そやから…霊縁って言うのんは、ほんま、人間の立場からでは解らんもんでんな。」
「うん。それはあるね。今後もそんな話をする人がうちにやってくるかもしれないね。」
「それは楽しみでんな。そのうちの誰かはKellyさんとも話が出来るかもしれへんな。」
「そうかもね。まあ今後も“上”が付けてくれる霊縁を期待しよう。」

☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀

…とまあ、こんな話を先生としましてんな。
そやから、今回先生と話したKellyさんの感想は、今、アセンションや“日月神示”や…人の今後を示す何かを利用して、自分の金儲けにしている人はとても多い。
そやからそんな人達は自己奉仕者やから、霊的成長度が低いから、アセンション後の世界の創造を“上”から託されん。
それは、霊的資格が無いって事やし……。
そやからこそ、アセンションが何やろって思うてる人には、是非その事を考えて欲しいもんでんな。

…今回はこれくらいにしときまんねん。



PS. 治療中に話した事柄の公開を許可してくださったOさんに、感謝でんねん。


by J^人^し  【<^>人<^>】 


Kellyさん、チョ~ベッピンはんのA野はんから、風俗を引退したその後の体の変化と心境の変化の報告を受け、A野さん自身の霊的干渉と心(靈)の動きに付いて話す。



この間、年末以来ちょっとだけ久しぶりにチョ~ベッピンはんのA野はんから連絡があり、そやから、またもやいつもの公園で、待ち合わせしましてんな。
その時話した事を、紹介しまんねん。

☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀

…今日はA野はんより先に着いたやん。そろそろやって来はる時間やな……。
おッ!!A野はんの愛犬たちの声が聞こえてキタデ~~

♪♪♪ ワンワンキャンキャンクウ~~ンキュウ~ン♪♪♪ ガウガウバウバウキャイイイイイ~~ン ♪♪♪


♪♪♪ ワンワンキャンキャンクウ~~ンキュウ~ン♪♪♪ ガウガウバウバウキャイイイイイ~~ン ♪♪♪

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♪♪♪ワンワンキャンキャンクウ~~ンキュウ~ン♪♪♪ガウガウバウバウキャイイイイイ~~ン♪♪♪

A野 犬 登場 

∪・ω・∪ ▼・。・▼ 
▼・。・▽ U・。・U U。・ェ・。U
ガウ!!ギャワ!!キャイ!!キュン!!バウ!!
(Kellyさんだ!!)
キャイキャイキャイキャイキャイイイイイ~~~~~ン
(それっ!!突進!!)
犬 突進 

ギャワ!! ∪・ω・∪ (みんな、ちょっと待って!)

▼・。・▼ (どうしたの)
U。・ェ・。U (?????)
▼・。・▽ (止まるんだって)
U・。・U (わかったわ)

∪・ω・∪ (みんな、この間Kellyさんに会ったとき“あれ”をやったじゃんか。
今日も同じ事をしてたら、ママの愛犬としての自分たちに恥ずかしいと思わない?)
▼・。・▼ (そうね…)
U。・ェ・。U (そうかも)
▼・。・▽ (そうだそうだ)
U・。・U (そうよそうよ)

∪・ω・∪ (だから、ちょっと後戻りしてから、“あれ”をしながらKellyさんのところへ行こうよ!!)
▼・。・▼ (解ったわ!)
U。・ェ・。U (OK!)
▼・。・▽ (ラジャー!)
U・。・U (ブラジャー…間違えちゃった)



A野 犬 後退 


「あれ~~犬たち戻ってしもたやんか…どうしたんやろ。
おっ…又、近付いてきたやんか……」


          チ○チ○をしながらKellyさんに近付いてくる犬たち
                                   ↓↓↓

犬たち チ○チ○前進 

「キャッハハハ~~!!!❤❤❤カワイイやんけ!!」

「こんにちわKellyさん。」
A野はん 笑顔
「こんにちわでんねん。なんやしらん、A野はん、雰囲気変ったやないですか。
ほんでからに犬達の芸も、グレードアップしてまんな。」
(A野はん…陽気にならはった感じ(感じる磁性)やな。ほんでからちょっと太ったみたいやし…ふくよかにならはったな。……そやけど、太ったって面と向かって言うたら失礼やから…言わんとこ。)
「そうなんですよ。風俗をやめてから、昼間に犬たちと遊ぶ時間も増えましたし、そんな事よりも、あの仕事をやめてからいろんな変化があったんですよ!!聴いてくれます??」
「勿論でんがな。」
「まず、先生にもうるさく言われてたんですが、煙草をやめられたんですよ。それから、1月1日から風俗の仕事と縁を切ったんですけど、それから2週間くらいひどい口内炎になって熱も出て苦しかったんですよ。それから、もう年末から何年も立ったような気がするんですよ。それから3kg.も太ったんですよ。」
「…A野はん…いっぱい話したい事があるんやろけど、ちょっと興奮気味でんな。
落ち着きはったらどないでっか?ドウドウドウ…ドウドウドウ………」
「モウ~~~馬鹿にして!!私は馬じゃありませんよッ!!」
A野はん ぷんぷん 

「言うたらなんやけど~~~モウ~~は牛の鳴き声でっせ~~!!」

「モ………ブーーーッ!!」
A野はん 豚顔 


「キャッハハハ~!!そんな顔しはったらチョ~ベッピンはんが台無しでっせ~~!!
(…明るくならはったやん。エエこっちゃ。)
「いいんです。どうせもうすぐジーミソ(三十路の事)ですし、いつまでも若いネーチャンみたいにチャラチャラしてられませんから。
それに、先生にも“自分の年を考えろ”…って、皮肉交じりに何回も言われてますし、それは、先生が意地悪な言い方するのは、いつまでも幼稚な心(靈)の儘ではいけなって意味ですよね。
それだからって訳ではないんですけど、ブランドとかファッションとかにあまり興味が無くなりましたから。それで最近は、着る物は安物ばかりで、先生にこの間イヤミったらしく“しま○らネーチャン”って言われましたよ。
それだから…もうすぐジーミソ(三十路の事)なので“し○ラー”は卒業ですし、先生にも“しま○らネーチャンからしま○らおばさんだね”って言われてしまいましたよ。」
(注 10代~20代の女性で、しま○らで買った洋服でコーディネイトしている人を“し○ラー”と呼ぶそうでんねん。Wikipediaより引用でんねん)

「相変わらず口悪いでんな。あのジジイは……」
「そうですね。
それと前は、どうでもいい買い物をしてた時があったんですけど、最近は良く考えて、必要では無いものを買わない様になりましたし……」
「それも、A野はんの心境の変化でんな。
(形骸の“美”を求めるのとは違う心境…そういう心(靈)の成長度になって来たんやな)
ほんでから今言うてはったのは、沢山の子供の浮游霊が取り憑いてるからこそどうでもエエ買い物をする。ファッションやブランドや化粧品なんかそんなもんでんな。ほんでからどうでもエエ買い物って言うのんは、いらんもんばっかり集める子供(の浮游霊)の習性みたいなもんでんな。」
「そう思いますよ。」
「そやからA野はん、A野はんは今まで約十年くらい風俗してはった。それが急に変ったから心(靈)も肉体も変わり始めた。
今、A野はんが言うたのは、それをA野はんが感じてはるから、今までと違うからA野はん自身がビックリしてるんやろけど……」
「そうですね。今までと色んな事が違うって思うんですよ。」
「そやからA野はん、今A野はんが言うた事一つ一つ話をしましょうやおまへんか。
まず、口内炎の話をしましょうやおまへんか。」
「はい、それは自分でもなんとなく解るんですけど、Kellyさんの分析が聴きたいです。」
「分析なんてそんな大げさなもんやないけれど、A野はんの認識の糧になればエエことやから、思いついた事を整理しましょうでんねん。」
「はい。」
「まずKellyさん的に思うのは……肉体の創り変わりって言うのんは新陳代謝で行われてるやないですか。それは解りまっしゃろ。」
「はい。先生の本にも書いてありましたね。“気血栄衛(營)”(取り込んだ振動で心(靈)と体が創り変わる)って。」
「そやから…こんなんあからさまに言うたらなんなんやけど……A野はんは風俗のお仕事で、凄く口を使ってはった。
ほんでからお客にサービスすると、お客はん自身の欲望が…ちょっといやらしくて言いにくいけど、お客さんにA野はんの口で快感を感じさせる事自体が、電磁誘導でんねん。」
「それは、私とお客さんとのオーラの相互干渉でもあるんですよね。それも低い心(靈)の動きのオーラの相互干渉ですね。」
「そうでんねん。そやから…言い方を変えたなら、客さんとA野はんは、肉体を伴った霊=○、荷電粒子の場(フィールド)で、それは又、物質の振動を伴った心(靈)って事でもありまんねん。
そやからお客さんとA野はんに電磁誘導が起きてまんねん。それをA野はんの立場で考えれば、A野はんの口は、その電磁誘導の影響を受けてはった。ほんでからそれは、お客さんとA野さんのオーラの相互干渉だけでは無く、お客さんとA野はんの憑き物の影響も受けてる。お客さんはただ快感を得られれば良いとか、A野はんはお金の為とか、そんな心(靈)の動きがありまっしゃろ。
それはどう見たって高い心(靈)の動きとは言えへんやん。」
「そうですね。」
「そやからそれは低い霊的干渉を招いてる。そしてお客さんもA野はんも低い心(靈)の動き、その心(靈)の動きを伴った生体内電流で体を創ってた。
そやからA野はんの口の粘膜とか喉とか顎とかの組織は、その霊的干渉と電磁誘導の影響で新陳代謝して“気血栄衛(營)”して創り変わってたって事でんねん。」
「それが…仕事をやめて、風俗由来の電磁誘導が起きなくなったから口内炎になったんですか?」
「そんなに簡単に結論付けられては困りまんねん。」
「はい、慌てもんでした。」
「もう少し細かく分析しましょうやおまへんか。
A野はんの“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の思惑としては、A野はんに二度と風俗の仕事をして欲しくない。ほんでから今までの仕事で作り変ってきた組織は捨てんならん。
そやから、新陳代謝って言うのんはその時の体の使い方の影響もある。その時の霊的干渉の影響もある。それは通常、生きてる人間の事しか思わへんのやけどその行為中に憑依して自分の思いを達成したいたくさんの霊的存在が居てるやんか。」
「そうですね。だから仕事中は、自分のやってる事が良いのか悪いのかなんて考えないんでしょうね……」
「それはあるやろな。
ほんでからもう一つ、今言うたみたいにA野はんの良いカタチ=霊的成長を望んでる“上”の存在は、今後A野はんが金に困ったとか…そんな時に又、風俗やってみたいとか安易に思わんように、苦痛を感じさせる…それもちょうど、やめはった時にその苦痛を感じさせる。そしてA野はん自身に今までやってきた事を自省(胸の磁性“十”)させる。
その二つをKellyさん的には感じまんねん。」
「そうなんですね…やっぱりKellyさんに意見を聞いてよかった。」
「そやけどA野はん、風俗やめはった人が、今言うたみたいに、全部そうなるわけやおまへんねん。その理由は……」
「それは○○○療院で私自身の憑き物が祓われてるからですね。そして祓われてるからこそ私は、低い憑き物の通信を受けにくくなる…又、私自身に付いている霊的存在も、先生の話を治療中に私と共に聴いたり、そして私と共に憑き物も先生のオーラの影響を受けている…だから憑き物も私自身もだんだん考えが変わって行く。
それが本当に祓う=元津宮に帰る=自分の在るべき姿を思う……祓うっていうのはそういう意味があるって先生から聴きましたよ。」
「その通りでんな。」
「だからこそ私自身は、低い憑き物と…セックスに執着のある子供の浮游霊とかそんな存在との感応共振が少なくなり、そして私自身に付いている低い憑き物も、段々、自分自身がどうあるべきなのか考えて成長して行く。
だから私の“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の通信を受けやすくなってきた。」
「そうやな。」
「ですから私自身が風俗の仕事がイヤになり、自分の在り方を真剣に考えるようになった。それは、それ自体が私自身の考えの発振、発信ですね。
私が私自身の生き方を変えたから、私自身の心(靈)の動き、それに、私の主護霊とか私の霊的成長と良いカタチを望む霊的存在との感応共振がある。
ですけど、私が、自分の心(靈)が、風俗の仕事を容認してたら、そんなふうにはならないですね……それは、仮に私がそうならば、私の憑き物も私自身も考えを変えていない。だから風俗をやめたとしても、又儲ければいいとか、復帰すればいいとか、そんな考えを持ったりもする…実際、そんな人も知ってますし、そしてそれはその風俗嬢の霊的な堕落を望んでる存在の思惑と感応共振してる…それは良く解ります。」
「そこまで自分で解るんやったなら、A野はんの認識も高まったって事やと思いまんねん。
言うたらなんやけど…要は、ちょっと前のA野はんはそんな考え方をしなかったって事やな。その事自体にA野はん自身が、自分でビックリしてはる。」
「そうですね。だから今日、Kellyさんと会った時にちょっと興奮してしまったんですね。」
「それはよろしいんやおまへんか。
そやから大事なのは、先生もKellyさんも色んな事をA野はんに話すやおまへんか。それはA野はん自身が意見を求めてはるって事でもあるんやけど、先生やKellyさんのそのおせっかいな話を元に、A野はん自身が認識(悟り、幸取=さとり)を変えて行く。そしてA野はん自身に今までと違う霊的干渉がある。それはA野はん自身の心(靈)が育って行くんやし……。
そやからこんな言い方はA野はんに失礼かもしれへんけど、ようやくA野はんは、自分の生き方とか自分の在り方とかを意識するように成って来たって事でんねん。
ほんでから風俗の仕事をしてはった時のA野はんは、下三つのチャクラ由来の思いで行動してはった。
それが今は、自分の在り方を考えたり、今までの自分を振り返ったりしてる。
そやからそれは、まず下三つのチャクラ由来の行動をしてから人は振り返り、自省(胸の磁性“十”)して霊的成長を思うようになって行く。」
「右往左往から左往右往ですね。」
「そうでんねん。そやからそれは、前に先生とこんな話をした事がありまんねん。
(ウエサク祭 月の祭り“続き” ローム太霊との出会い225~227ページ)

“「……人間の欲望は、物質欲、金銭欲、食欲、性欲、まずそれをある程度満たし、それについて、自分の在り方を観ることから、それから……自分の進化を考えるようになる。その段階のことだから……
…………中略…………
それは、下三つのチャクラの力ともいえる。それに共振してくる霊の力も必要で、商売なんてのはそういう側面もある。人の不幸を考えていたら商売で成功はしない側面がある。それが……度を過ごせば……悪魔に魂を売ったと言い得る」
「ドキッと、しまんな……」
「必要な過程だから仕方ない。そうでないと、次の認識を得る段階に進まない。欲望をある程度満たさないと、欲望のことが分からない。その欲望を満たす行為そのものも、自分の霊的進化に進む道なんだけどね。卒業しなければならないから、欲望を学習するって思ったらいい。例えば、たくさん金を持ったりすれば、最初のうちは自分の欲望を満たすことに夢中になるが、必ず飽きてくる。そして、必然的に、自分が得た金、能力など……それをどう使うべきか? ……考えるようになり……そして自分の今後を考え……もっともうけて欲望を追及するのは、卒業できない人。悪魔に魅入られた人。
次の段階に進む人は、自分の行為を振り返り、……自分の在り方を考えるようになる。そういう考えに至るまでには、自我の確立も必要。自分のことしか考えないこと、そういうことを体験しなければ、その段階を卒業できない。いつか放送していた“富豪刑事デラックス”の、神戸喜久右衛門みたいにね。(笑)」”……って。」
「下三つのチャクラ…目下(めした)の思いですね。私は目下(めした)の思いに囚われていた。それは今なら良く解ります。
でも、その会話って…先生が“深○恭子ちゃんは、きゃわええし、(カワイイの名古屋弁)セクシ~で、エエね~~~~~❤❤❤❤❤❤❤❤❤”って話してたんでしたよね。
エロジジイですね。」
「そうでっせ。困ったもんでっせ。」
「それでこの間、先生の治療を受けている時に先生から聴いたんですけど、最近、先生のパソコンのディスクトップ画像は、ゆう○りんとかしょ○たんって言ってましたよ。」
「げッ!…それは衝撃の事実でんな。」
「でも私が、“先生のタイプはゆう○りんやしょ○たんなんだ”って言ったら、“あんな娘育ててみたかった…”って言ってましたよ。」
「…そうなんかもしれへんけど…なんやしらん言い訳みたいなセリフでんな。
そやから先生はチョ~スケベで若いネーチャン好きやから、A野はんにエエカッコしてそんなん言うたのかも知れまへんで~~」
「プッ!!そうかもしれませんね。」
「あのエロジジイの事はおいといて……さっきA野はんが言うてはった事にKellyさんが感じるのは…“もう年末から何年も立ったような気がするんですよ。”…そんなふうにA野はん自身が今感じてはるのは、風俗の仕事をしていたときがそれは、砌(みぎり)の“行”みたいなもんでんねん。そやからさっき、ウエサク祭の記事を引用しましてんな。
ほんでからそれは、物と(通貨としての)金、それは自分の認識(悟り、幸取=さとり)の中の外側(外国と幽界)の事象に喜びを見出そうとする低級な心(靈)の動きともいえる事でんねん。」
「外側(外国と幽界)の事象…難しいですね。」
「それは、誰でも、自分の外側とか、自分の中とか内面とかって認識を持ってるやないですか。
「精神性みたいな事なんですか?」
「精神性…それだけではちょっと言葉が足らんのやけど、事象の観察って言うのんは自分の外側(と感じている事)だろうが、自分の内面とか内側(心の中と感じている事)だろうが、それは両方とも自分の心(靈)の中で行われているって事なんやけど…ちょっと長い説明になるからそれは別の機会に話をしましょうやおまへんか。」
「その言い方は、私の理解力を考えて言っていただいてるんですよね。」
「そうやけど…それを解ってしまうA野はんは只者やおまへんな。」
「だって、Kellyさんと先生との会話はそんな感じで進んでたじゃないですか。」
「それはそうでんな。
そやから先生とKellyさんが話をし始めた時のKellyさんは、ちょっとアホやった。それが先生と話をして行くうちに、段々、Kellyさんの心(靈)の動きも認識も変わり、そしてKellyさんの心(靈)の動きに応じて霊的干渉もあったやん。」
「Kellyさんの“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の霊的存在との感応共振ですね。」
「その通りでんねん。
ほんでから今日A野はんと話してて思うのは、段々A野はん自身の認識が高まってきてる…さっきも言うたな。それを感じ(感じる磁性)まんねん。」
「そうなんですか…そうなんでしょうね。」
「話が逸れかかってるから、もういっぺん言うんやけど、日足(ひたり)の思い…“思う、憂う”(脾)の時には、時間の進行が違うように感じるって事でんな。
それはその時々の霊的干渉の影響もあるやろけど、砌(みぎり)って言うのんは行動中心みたいなもんで、日足(ひたり)って言うのんは思い中心やからでんねん。
それが又、心(靈)の極性みたいなもんで、特に若いときは砌(みぎり)しか感じへんみたいなもんでんねん。
そやからA野はんは風俗の仕事をしてはった時は、何も考えてないみたいなもんでんねん。」
「それは良く解ります。いまさらながら、何であんなことしてたんだろう…とか、今の私はそんな事ばかり考えているんですよ。」
「それが自省(胸の磁性“十”)の“行”でんねん。」
「そうですね…ようやく自分の在り方が解ってきたんでしょうね。」
「そうやな。そやから繰り返すけど、年末からまだ四ヶ月しかたっていないのに何年も経ったかのようにA野はんが感じるのは、今、日足(ひたり)の“行”に入ったからやと思いまんねん。
又、その時には、時間の進行がとても長く感じられたりもしまんねん。
それは、時間の進行(儿部(じんぶ、にんにょう)人が歩く様に象る部首)は、自分の心(靈)が生み出してるもんでんねん。それを、解りやすい例で言うたなら、ちょっと前のユー○ンが作詞した曲に、こんなんがありまんねん。

♪~♫~♬~隣り町も~~ゆれてるやんけ~~花火の晩やん~~♪~♫~♬~
……中略……
♪~♫~♬~恋の一時間は~~~孤独の千年~~でんねん~~♪~♫~♬

「今Kellyさんが歌ってた中で…

♪~♫~♬~禁じられた恋は~~○○色の鳥やんけ~~♪~♫~♬~
♪~♫~♬~……中略…… ♪~♫~♬~
♪~♫~♬~かごを~~抜けまんねん~~♪~♫~♬~
♪~♫~♬~ディンドンやん~~ ♪~♫~♬~
♪~♫~♬~はばたいて~~みたいやんけ~~~ずっと~~♪~♫~♬~

…この詞には、相手に恋焦がれ…自分の思いが募ってる…凄くそれを感じますね。片思いみたいな歌ですね。だからそれはそれを実現したい…それだから時間の進行が長く感じられる……」(注 著作権の問題があるから全部は書けませんねん。by Kellyさん)
「そうでんな。思っても思っても自分の思うとおりにならへんし、今すぐ実現したいって思うからこそ時間の進行は長く感じる。」
「それも良いカタチを思うから余計長く感じられるんですね。簡単に良いカタチの実現を思ったなら安易に金が儲かることをすればいい…そしてそれは低い価値感で、智性由来の思いではない。今まで私がして来たのはそんな仕事だった…でもこれからは自分の良いカタチを考え実現したい……」
「そうでんな。今それが始まったって事でんねん。そしてほんまに良いカタチを思うのは、
智性であり、それが反映した心(靈)の動きにならへんとアカン。
ほんでから良いカタチの心(靈)の構築は、自分が感じてる事象としての自分の内面の構築で、それは砌(みぎり)の“行”よりもたくさんのエネルギーを贖わんならん。そやからそれは、A野はん自身の心(靈)の構築の段階でもありまんねん。ほんでからこれからが、A野はんの心(靈)が良いカタチになって行く期間でもありまんねん。
そやからA野はんの今まで…それは、砌(みぎり)の“行”=風俗の仕事で自分のエネルギーを贖っていた時は、あんまり自分の良いカタチが解らへんみたいなもんでんねん。
又その時は、自分の外側の事象を良くしたいって思うてるから、それは今より、心(靈)の構築の為にたいしてエネルギーを使ってないみたいなもんでんねん。」
「そうですね。
今、思えば、風俗してたときの私は、無我夢中で突っ走ってきたって思います。でも…今は、何の為にそんな事をして来たんだろうか…そんな事ばかり思ってるんですよ。」
「そやからそれは、砌(みぎり)の“行”をある程度卒業して、心境とか心(靈)の動きそのものが、日足(ひたり)のエネルギー=“思う、憂う”(脾)の心(靈)の動きにならへんと判らへんねん。
もういっぺんさっき言うたウエサク祭の記事を思い出してくださいでんねん。」
「そうですね。やってみないと自分の愚かさが解らない…物欲に一生懸命の時や金儲けをしてる時は、そのことしか頭にない…でもある程度それを果たしたら、違う自分を見いだして行くんですね。」
「そうでんねん。そやからそれは、今のA野はんは、日足(ひたり)の“行”の段階で、それは、人(日止、霊止)の心(靈)の極性って言うのんは、“創造”の“主(ヌシ)”、神さんの極性とおんなじでんねん。それが日足と砌(ひたりとみぎり)で、それは思いと現象化でもあり、それを言い換えたなら、愛(炁)アイ、“亜”が出ずる、泉、の“亜”と出ずる…詳しく話すと長くなるからこれくらいにして、要するに神さんであろうが人であろうが、今、先生が“改”で説明している下等な生物の電磁誘導であろうが、すべての生命(生きる使命=存在理由)、すべての霊=○、荷電粒子の場(フィールド)、すべての心(靈)って言うのんは、観察と認識をして発振、発信をする。
ほんでからそれは又、受信と、受信した振動を溜め込み、それに自分の心(靈)の要素を加え、それは自分の心(靈)が吹く(畐)…息吹くって事でもあるんやけど、そうやってすべての生命と認識され得る存在は、心(靈)から発振されてる電磁波の干渉で、この事象を創造している。
そやけどこの事象=この世界を良いカタチにして行くには、砌(みぎり)の“行”と日足(ひたり)の“行”をして行かんならん。ほんでからほんまに貴い価値の有る何かって言うのんは決して外側なんかにはなく、自分の中にしか在りまへんねん。ほんでからに自分の中にある貴い何かを、自分はどう顕していくのかが、自分の在り方とも言えるし……」
「それが右往左往と左往右往ですね。失敗して自分の在り方を考えて今後の良いカタチを思っていく…そしてそれは右往…実現して行く……」
「そうでんねん。それは又、現象化の“力”と思いのエネルギーみたいな言い方なら理解し易いと思いまんねん。
ほんでから余談やけど、今の地球は程度の低い砌(みぎり)の“行”中心でんねん。ほんでから大半の地球人が程度の低い砌(みぎり)の“行”で得られる何かが幸福やと思い込んでる。」
「だから物欲と(通貨としての)金が支配してる…そんな世界になってしまったんですね。」
「その通りでんねん。」
「そして今までの私は…風俗の仕事をしていた私は…そんな心(靈)の動きだった……」
「そんなんばっかりやないと思うんやけど、そやから前に話したように因縁を背負ってたり、その因縁由来の霊的干渉があって、どうしても風俗をやめられへんかったり…そやからA野はんは自分の良いカタチってことを自分で思いながら今まで過してきてはったと思いまんねん。
そやけど低い霊的干渉ばっかりやったなら、自分の良いカタチを思われへん。そやからA野はんの“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)は、先生と霊縁を付けはった。」
「…そうなんですね。私の“上”の思惑がよく解ります。
…でも、今までの自分が恥ずかしい…思い出すと自分がイヤになってくる……」
「そんなふうに自分を卑下したらあきまへん。A野はんはこれからでんねん」
「ですけど…Kellyさん…前の私を思い出すと悲しいです……」

A野はん 大泣きする 

「しもた…泣かしてしもた!話し方がきつかったんやろか。
すんまへんすんまへんすんまへんすんまへんすんまへんすんまへんすんまへんすんまへんすんまへんすんまへんすんまへんすんまへんすんまへんすんまへんすんまへんすんまへんすんまへんすんまへんすんまへんすんまへん……」
「Kellyさんが悪いんじゃないですから…謝らないで下さい……」
「……」(どうしたらええやろか…)


…場面は変わり、A野さんとKellyさんの会話を見守ってた犬たちの様子。

∪・ω・∪(ちょっとみんな、Kellyさんとママを見てよ)
▼・。・▼ (ママが泣いてる…)
U。・ェ・。U (どうしたんだろう…)
▼・。・▽ (…)
U・。・U (…)

∪`ω´#∪ (Kellyさんがママを泣かせたんだ!)
▼`Д´▼ (Kellyさんがママをいじめたんだわ!)
U。ー'`ー;。U (Kellyさん…ひどい。咬みついてお仕置きしなくちゃ!)
▼・。・▽ (そうだそうだ!)
U・。・U (そうよそうよ!)

∪・ω・∪(でも、僕たちは小さい時、ママに、人に咬みついてはいけないって教え られたじゃんか!そんな事をしたら、ママの愛犬としての立場を悪くするし……)
▼・。・▼ (そうだったわ…どうしたらKellyさんにお仕置きできるかしら……)
U。・ェ・。U (Kellyさんを泣かしたらいいんだから、ママを泣かしたのと同じ事をしたらいいと思うよ!!) 
▼・。・▽ (そうだそうだ!)
U・。・U (そうよそうよ!)

∪・ω・∪(そうか、その手があったじゃん。…それじゃ…そ~~とKellyさんに近付いて…計画を実行に移そう!)
▼・。・▼ (解ったわ!)
U。・ェ・。U (OK!)
▼・。・▽ (ラジャー!)
U・。・U (ブラジャー…間違えちゃった)

忍び寄るA野はん犬たち  


「…A野はん…犬たちも心配してやってきたやん……」
「はい…少し落ち着きました。」
「お利口な犬たちやな……。」

∪・ω・∪ (みんな、用意はいいか!)
▼・。・▼  (いつでもオッケーよ!)
U。・ェ・。U (エネルギー充填率100パーセント!)

▼・。・▽ (ターゲットスコープオープン!!)
U・。・U (耐ショック、耐閃光防御!!)

∪`ω´#∪ ▼`Д´▼ U。ー'`ー;。U ▼`。´▽ U`。´U
ギャワワンギャワワンギャワワワワァァァァァ~~~~~~ン
(安全弁解除!!発射まであと一秒!!)

「…………んッ!!あんたら何すんねんな!!」

犬たち スネション攻撃開始 

「こらっ!!あなたたち!!Kellyさんに何をするつもりなの!!」

A野 ドド~~ン 
!!キャイキャイキャイキャイキャイィィィィィ~~~~~~~~~~ン!!

スネション姿勢のまま 固まった犬たち 

「…犬たちが失礼な事してゴメンなさい。」
「エエねん…被害は無かったんやから……。
そやけど…犬たちもA野はんも感情が昂ぶってるようやから、今日はこれで帰りまんねん。又、今度、話をしようやおまへんか。」
「…そうですね。今度は私も冷静に話が出来るように努めますね。」
「そんな事気にしなくてもエエねん……。
ほんでからA野はんは、これからほんまに価値のあるもんが解って行くんやから、今日、昔の事を悔やんで泣いてしもた事なんか気に病まんでもエエと思いまんねん。些細な事でんねん。」
「はい…そう思うようにします。それじゃ、犬たちと帰ります。」
「……連絡待ってまっせ~~ほな、さいならでんねん。」

         

             おまけ
先生が悪ふざけでファンシーなディスクトップ画像を作成しましてんな。
よろしかったら、右クリックしてお持ち帰りくださいでんねん。

↓↓↓
 犬たちスネション画像 1024x768
(クリックで拡大しまんねん)



                

太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 出版の告知


前のブログ、二冊目の発売が決定しましてんな。

太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり)  


7月11日(土)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。
お近くの書店に見当たらない時は、
たま出版のサイトで、あるいは、Amazon 楽天 YAHOOなどで、お買い求めくださいでんねん。

ほんでから先生が、前のブログで、太陽凝視を行っている鍼灸師の話<1>ローム太霊との出会い を通じて、縁が出来た人にお礼を言うてまんねん。
よかったら、そちらも読んでやってくださいでんねん。

以上、パチモンKellyさんからの告知でした。

Kellyさん、チョ~ベッピンはんのA野さんに、真実=真固止の“美”…その認識(悟り、幸取=さとり)を獲得し、本当のチョ~ベッピンはんを目指して欲しい…って、真剣に話をする。

……Kellyさん、爆睡しながら、夢を見ている最中……zzz…zzz……
Kelly爆睡中
…なんやしらん…夢見てるな……。


…そやけど最近のKellyさんは、寝ながら夢見てても、これは夢を見ているんやってことが、判るようになってきたな。
ほんでからに、こういう状況のときは、通信を受けてるって感じ(感じる磁性)やな。
…そやから…なんやしらん、Kellyさんに何かを伝えたい霊的存在が、Kellyさんに夢を見させて、伝えたいんやな。
…それを承知して、今、見てる夢を、じっくり観察することにしよう……。

ここは…A野はんとよく待ち合わせするいつもの公園やな。また待ち合わせでもしてるんかいな……。
おっ……いつものように犬たちの声が聞こえてきたやんか。いつもながら、にぎやかやな。



♪♪♪キャワワンキャワワンキャワワワワァァァァ~~~ン
キャワワンキャワワンキャワワワワァァァァ~~~ン♪♪♪


♪♪♪キャワワンキャワワンキャワワワワァァァァ~~~ン
キャワワンキャワワンキャワワワワァァァァ~~~ン♪♪♪



♪♪♪キャワワンキャワワンキャワワワワァァァァ~~~ン
キャワワンキャワワンキャワワワワァァァァ~~~ン♪♪♪


おっ、A野はんと犬たち、遠くからすごい勢いで、走って来よったで~~~。
A野、犬、泣きながら突進
がばっ!!!!!
Kelly飛び起きる


!!何やねんな!!今の夢は……!!
…これは、多分…A野はんも犬たちも、このあいだのことを気にしてるんやろな…。
(注 このあいだのこととは、A野はんと話しをしたとき、犬たちがA野さんの泣く様子を見て、KellyさんがA野さんをいじめて泣かしたと勘違いし、スネション攻撃を仕掛けたこと)

そやから、犬たちとA野はんの思いが伝わって、Kellyさんの“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の霊的存在は、Kellyさんに分かりやすいように通信を送ってきた…今の夢は、その現象なんやろな。
そやけど、四月にあって以来、ちょっと長いあいだA野はんと話をしてないし。
…そやから、こんな夢見たんやから、きっとA野はんも犬たちもKellyさんに会いたい気持ちもあるんやろな。
多分そうなんやろけど、そやけど、A野はんも犬たちもこの間のことを気に病んでいて、連絡を取りづらいのかもしれへんな。
ほんでからに…こんな夢見たから、会いたくなってきたな。
連絡待っててもアカンな。こっちから電話したりましょ。

「A野はん。こんにち∪・ω・∪ ▼・。・▼ ▼・。・▽ U・。・U U。・ェ・。U ワンワンワンワンワンでんねん」
「キャッハハハ~~!!Kellyさん、こんにちは。…それはそうと…この間は話してる最中に、泣いてしまってごめんなさい」
「そんなこと、どうでもよろしいやおまへんか」(やっぱり、気に病んではる……)
「それと、うちの子たち(犬五匹のこと)に、よく言い聞かせておきましたから、もうスネション攻撃を仕掛けたりしないと思いますよ」
「そうでっか」
(きっと…きつ~~~く、叱ったんやろな。そやから犬たちは自分たちを恥じた…Kellyさんに犬たちの気持ちも伝わってきたんやな。そやから、あんな夢見たんや……)

「それはそうと、梅雨明けしてから暑いですけど、お元気ですか?」
「ウルチョラ元気でんねん。A野はんも元気そうな声でんな。ほんでからにちょっと、久々でんな。A野はんの顔、見たいでんな。
そやから、また、いつもの公園で待ち合わせしましょうか?犬たちにも会いたいし……」
「そうですね。それじゃ、いつものところ、いつもの時間で…」
「承知しましてんな。ほな、そういうことで」


…そやけど、A野はん…今の電話はちょっと遠慮がちな様子やったな。
やっぱりA野はん、このあいだのことを少し恥じてはるんやろな。そんなこと気にせんでもエエのに……。
この間のA野はんの心境…誰でもほんまのことを知ったなら…それまでの自分がやってきたことの愚かさを知ったなら、自分に恥じるけど、自分に恥じたこと自体が、認識(悟り、幸取=さとり)を獲得した。その認識が貴いことなのに。
そやから今度は、そのことを話したいな。ちょっとおせっかいやけど……。
そのつもりで、A野はんと会う…ほんでから犬たちも恥じてるやろ。あんな夢見たんやから。
そやから犬たちにも、Kellyさんと犬たちは友だちなんやってことを、示したいし。ウルチョラスーパーベリベリデリシャスドッグフード持って会いにいったらエエやろな。


☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀

……A野さんとKellyさん待ち合わせの約束の日……

そやけど、また、先についてしもたな。
…今日も暑いな。名古屋の夏は暑いわ……今日も猛暑日やな。
…キャミソール一枚で来て正解やったな。

おっ、いつものように犬たちの声が聞こえてきたやんか。

♪♪♪キャワワンキャワワンキャワワワワァァァァ~~~ン
キャワワンキャワワンキャワワワワァァァァ~~~ン♪♪♪


♪♪♪キャワワンキャワワンキャワワワワァァァァ~~~ン
キャワワンキャワワンキャワワワワァァァァ~~~ン♪♪♪



♪♪♪キャワワンキャワワンキャワワワワァァァァ~~~ン
キャワワンキャワワンキャワワワワァァァァ~~~ン♪♪♪

A野犬登場 2
犬たち、Kellyさん発見!!
ギャワ!!キャイン!!キュン!!キャン!!バウン!!
犬たち Kellyさんを見て“聞いてないよ~”と、驚く


 バティ  (ゲッ!!Kellyさんだ!!この間の仕返しをされるかも!!)
 ミュウミュウ (噛みつかれたらどうしよう!!スネションされたらどうしよう!!)
コロン (みんな、あの茂みに隠れて、Kellyさんの様子を見るんだ!!)
アズキ (らじゃー!)
キナコ (ぶらじゃー…間違えちゃった)

犬 反対方向に逃げる2  犬に引っ張られ、回転するA野さん

…A野さん…こける…


目が回り、倒れたA野さん

「だっだっ大丈夫でっか? A野はん…」

「すっすっすみません…大丈夫です。
…うちの子たち、このあいだKellyさんにスネション攻撃を仕掛けたから、その仕返しをされるって勘違いしたんですね」
「そうみたいでんな」
「ちょっと呼んでみますね。バティ!ミュウミュウ!コロン!アズキ!キナコ! Kellyさんはこのあいだのことを根に持って仕返しするような人間ではありませんよ~~!! 慈悲深い、仏のKellyさんだから~~!!だから~~こっちへいらっしゃい~~!!」

(注 犬たちの紹介 ↓


A野 犬たち 名前



犬たちの様子



茂みの中で、KellyさんとA野さんの様子を窺う犬たち


「出て来ないですね」
「そのうち出てくるやろ。こっちの様子をうかがってるみたいやし」
「そうですね。
私とKellyさんが普通に話してれば…このあいだみたいに私が泣いたりしなければ、そのうち、気を許して出てきてくれるでしょう。
ですから、犬たちの勝手に任せておけばいいですね」
「そうやな」
「それはそうとKellyさん…胸の谷間、立派ですね」
「テヘッ、これはちょっと前、Kellyさんがイケイケだったときに着けてた、谷間強調ブラのおかげでんねん。A野はんかて、セクシーなキャミソールやし、ほんでから、なかなかの谷間でんな。若いネーチャンの乳はエエでんな。デヘヘヘヘ~~」
「…Kellyさん、言い方がオヤジっぽくて、エロいですよ」


キャミソール着用で、お互いの谷間をほめたたえるA野とKelly

「谷間のことは置いといて、A野はん、ちょっと顔にぶつぶつが出来てまんな」

「ええ、最近、大人ニキビが出来るようになったんですよ。それに、あれからまた少し太ったし…どんどん、醜いジーミソ(三十路の事)おばさんになっていく。先生にイヤミを言われそうです」
「そうでっか。
そやけどそれは、今までにもあったように、“気血栄衛(營)”(取り込んだ振動で心(靈)と体が創り変わる)やと思いまんねん。今までの仕事で受けていた振動、そしてそれを受けていたA野はん自身の心(靈)、そのときに感じ(感じる磁性)たり、思ったり、その思いで行動したり、それは受けた振動と自分の心の動きとで、増幅した生体内電流になるやおまへんか。それは解りまっしゃろ」
「ええ、なんとなく理解できます。
先生のところにうかがいはじめたころ、原因不明の不正出血がありましたし、そのことはお話しましたよね。
それと、このあいだお話した、風俗を引退したとたんに口内炎になったこと…すべて自分の心と、自分の心(靈)の動きに、感応共振する霊的干渉と、それによって出来てきている自分の肉体が、創り変わっている……」
「そうでっせ。
そやけど、今のA野はんの言葉、“醜いジーミソ(三十路の事)おばさん”…それは決して醜いことではおまへんねん。
そやからそれは、外面(そとづら)は、一見、大人ニキビとか太ったとかで、醜いように思うかも知れへんけど、それは低い視点での観察と認識でんねん。
それも解りまっしゃろ」
「解りますけど…鏡を見ると自分がいやになります。自分でもどんどんブサイクになっていくなって思いますし……」
「でもそれは、現時点での相対的変化ってことでんねん。
Kellyさん的に思う今のA野はんは、風俗してたときのA野はんより、チョ~ベッピンはんやと思いまんねん」
「そうなんですか…。
今のKellyさんの言い方、それも、なんとなく、今までのKellyさんとの話を思い返せば、分かる感じもするんですけど、それを話してもらってもいいですか」
「もちろんでんねん。
そやから、まず、大人ニキビは、今までの仕事や生活で作ってきた体の組織を排出している。それは低い霊的干渉の結果できた組織とも言い得ることでっしゃろ」
「そうですね。あのときの私と今の私は、心(靈)の在り方はぜんぜん違う」
「そやからそれは、風俗してたときのA野はんに対する霊的干渉は、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)の霊的存在の影響を受け通信を受けていた。
またそれは、霊的存在だけではなく、肉体を持った霊としての人の縁も、言い換えれば、接していた人も、大半の人が低い心の動き中心の人だった。
その影響を受ける…それが風俗の仕事でもあったやん。そんな時間をすごしてきてはったやんか。
そやけどA野はんは、自分で風俗の仕事をやめる決心をしはった。
そやからそれは、人の縁も変わってきたと思いまんねん。低い心の動きの人と接することが少なくなってきたんやから。
また、A野はん自身が低い心の動きをする時間も少なくなってきた。
そやからそれは、人対人でも、A野はん対霊的存在でも、オーラの発振、発信とその受信があり、相互干渉がある。
そやからそれは、今話してるのはA野はんの肉体の変化、それは、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)の存在の通信を受けていたのと、人対人でも、A野はん自身の低い心(靈)と、低い心の動き中心の人と接していた。
そやけど風俗やめはった。やめはったのは自分の生き方を考え、良いカタチを求めたからや。当たり前のことやけど。
そやから、風俗やめはってからは、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の通信を受けるようになってきてる。
人と接するにも、“下”(低い心(靈))の心(靈)の動きの人と接する機会は、少なくなってきた。
ほんでからA野はん自身の心の動きも“上”に向かっているから、自省(胸の磁性“十”)する。
そやからそれは、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の通信と霊的干渉の結果であることは、理解できまっしゃろ」
「解ります」
「そやから、A野はんが風俗やめはってから、半年以上経ちまんがな。そやからこそ、A野はんがこのあいだ話していたみたいに、心境の変化がある。
それは、これからもどんどん変わっていくやろし、変わっていくこと自体に霊的干渉があり、それに応じた人の縁も有るやろな。
そして、A野はん自身に対する霊的干渉について言えば、これからは、“上”としては、もっと通信を送りたい。“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)の存在が憑依することが少なくなって行くんやから。
ほんでから、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)からの通信を受けやすくするための肉体の条件ってもんがありまんねん。
大体、低い霊的干渉を引き起こす肉体としての要因は、たくさんあるけれど、A野はんの場合、タバコ吸ってたとか、酒飲んでたとか、肉食が多かったとか、こういうことに対する霊的干渉ってことを考えんならん」
「タバコが吸いたい、酒が飲みたいって言うのは、子供の浮遊霊の通信によるところが多いって感じですね。
大人のやることに憧れてる…その思い…性に対する執着でも、そうですね」
「そうでんねん。
ほんでからタバコっていうのんは、大脳の新皮質に血液が行き難くなる。それは脳細胞を守る生体の防御作用でもあるんやけど、その結果としては…」
「目下(めした)(動物の心(靈)の段階)の脳(大脳の旧皮質と古皮質)しか働いてない…目下(めした)中心の心(靈)の動きになりやすい…本能、情動、功名心、自我中心の心(靈)の動きになる」
「その通りでんねん。
それを理解してはったなら、肉食の功罪も理解できまっしゃろ」
「動物は、自我の確立=固定化の段階の進化過程って、何回も先生が言ってますよね。
だから、人が肉食して“気血栄衛(營)”(取り込んだ振動で心(靈)と体が創り変わる)してれば、自我の強化しか起きないし、それは自我の肥大になりやすい…そんなことも前のブログに書いてありましたよね。
そして、肉食そのものが、恨みの連鎖の霊的干渉を増すことになっていくし、動物の霊的存在…特に家畜の霊は、人を恨み妬み嫉む(そねむ)…それが、仏教で言うところの三毒、それは、貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の心(靈)の動きになっていく」
「そうでんねん。
それをもっと簡単に言うたなら、動物と人間の違いは智性を持ってる。
人(日止、霊止)は、智性=神性の発現ともいい得る心(靈)の動きを働かせた行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)をしてる。
その、智性(神性)を発揮した行動をすれば、低い心の動き、欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとか…そんなことをする人はいなくなる。
そやから、あくどい人に対するケダモノって言い方とかって言うのんは、自分の“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を自分の低い欲望のためにしか使わない」
「“力”っていうのは、自分たちの世界を良いカタチにするためにあるんですよね。
そしてそれは、先生の仕事や先生の霊能力に対しての理念でもありますよね」
「そうでんな」
「だから先生は、(通貨としての)金儲けしかしてない人は大っ嫌い。それは“力”を持ってても、自分のためにしか使わない。人のためにとか、あなたの幸福のためにとか…見せ掛けの言葉を使って、結果としては(通貨としての)金を取ったり、自分の低い功名心と自尊心を満たすために使ったりする」
「そうでんな」
「ですからそれは、自我の肥大で、自我しか働いてない心の動きですよね。
でも、先生の考えには、特に先生の仕事には、人の良いカタチを願う先生の思想がある。だから小うるさい。自分の考えをはっきり述べることが大事。良いカタチを願って説教たれる先生の姿勢…それが解らなければ、その人と縁が無くてもいいって思ってる節がある」
「その通りでんな」
「さらに先生は、今後=アセンション後は、自分の“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)の使い方を、誰もが良いカタチになるように使う。
そういう心(靈)の動きの人だけの世界になるって思っていらっしゃる」
「そやからそれは、“慈悲”と“慈愛”による自分の低い欲望を制御する自分に対する“厳しさ“と、“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)の使い方を考えるのは、さっきも言うたけど、智性(神性)で、智性(神性)の顕現してない人=1番目のオーラの小さい人は、ただただ自分の欲望と低い功名心と低い自尊心中心の心のなってるからやねん。
そやけどA野はん、今までの話をよく理解してはるやおまへんか。
そやからもう一度言えば、低い欲望と低い功名心と低い自尊心、そこから左往右往して自分の在り方を考え始める。
それが、霊的進化過程の、マニピューラチャクラからアナハタチャクラの覚醒でもあり、自我から、“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の発現と動きになっていくことでんねん。
そやから、今までの地球人の進化過程は、自分たちの欲望の達成の為に、“力”を求めてきた。
その結果が、この世界は、泥棒と嘘つきの世界になってしまった。何回も話したことやけど、それは自己奉仕者でんな。
ほんでからこの世界はそれが普通で、それが大多数…それが一般的でっしゃろ」
「そうですね」
「そやから先生は、アセンションって言うのんは、“日止、霊止”の霊的進化過程の数億年に一度のチャンスって通信を受けている。要するにアセンションは、人の心(靈)の変容を促し、“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の発現をさせるために加速された荷電粒子の中に地球が入る。それがフォトンベルトで、その加速された荷電粒子は、今の地球が受けている神のオーラ(宇宙背景放射)より、一段高い段階でんねん。それは地球自身も変わるし、地球に居てる全生命体にも変容がある。
ほんでから変容した地球に居られへん霊的成長度の生命は、今の地球程度か、あるいはもっと進化程度の低い星に転生する。その星で、もう一度、自我の確立=固定化の段階の霊的成長をしていきまんねん。
それに対して、アセンション後の地球は、自分の在り方を思う人、“慈悲”と“慈愛”の発現をした人、自分に対する“厳しさ”を持ってる人、そういう人だけになる。
そやからそこでは欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとかってことは消失する。その概念も無くなり、その言葉自体が死語になるやろな」
「そこでは、低い価値観由来のことはなくなるんですよね。泥棒とか、犯罪とか、戦争とか、飢餓貧困とか…当然、風俗みたいなものもなくなる。すべてが貴いって扱われるのだから……」
「そうでんな。
ほんでから今、アセンションやフォトンベルト、人の霊的成長、人の在り方、その言葉や概念を利用して、商売してる人も、とても多い。そんなサイトやそんな本ばっかりでんな。
そやからそれは、貴いものを貴いと感じさせなくする“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)の思惑…ほんでからそこには(通貨としての)金が絡み、貴い何かを程度の低いものにしてしまっている。
先生は、すごくそのことを憂いてまんねん。
先生は、若いころ、S会=紫光会の交霊会で“これからの人”“明日の人”って何回も言われてて、先生自身がアセンションのことを長いこと考えてはって、考えてはること自身が先生自身の発振、発信で、それに応じた霊的干渉があって、同時に先生は太陽の思惑も受信してはる…言うまでもなくそれは、太陽凝視でんねん。
そやから先生は、アセンション後の世界について、こんな言い方をしたことがありまんねん。

“「アセンションは意識の次元上昇、本能、情動、功名心、自我、愛(助h)、創造、知恵、智慧、智性という振動で言えば、本能化の反対、智性に向っていく。
その上の認識の変容…それは極めて個人的な事で、そのオーラの発振、発信と、今までの霊的干渉と違う段階に入り、奪う価値感を低い物と認識し、違う価値感を持つ…それがこの世界の創造に繋がるって事…只それだけだ。
そして、話は違うが、今の経済なんて、上手い泥棒と上手い嘘…それに卓越した人が無知な人を相手に利益を得る。
大半のアセンションのサイトの言葉も、そんな感じだね。」
「ダイヤモンドは永遠の愛の証、ダイヤの重さは愛の重さ、そういう見せ掛けの言葉を使う宝石屋さんやD社みたいなもんでんな。」
「うん、それは宝石を扱った商売だけではないと思うよ。今の地球上の人ほとんどが、そういう傾向を持っているんだよ。それは、自分達の欲望の達成の為に力を求めてきた。
その結果が、この世界は、泥棒と嘘つきの世界になってしまった。それが普通…それが一般的…アセンション後の世界は、そんな事が許されない世界が来ると思うんだが。甘い言葉を使って、アセンションを説いている人達は、あるいは、アセンションを商売にしている人たちは、自分達の心の低さに気が付いているのかな…疑問だね」
「…」(皮肉や…)
「だから、今までの地球人の心の進化として、心の構造が本能、情動、功名心、自我という振動で出来た進化過程の低い人こそ、上手い嘘と、上手い泥棒のやり方を追求してきた。
そういう心の動き=発振、発信、息吹で、“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を得て来た訳だ。そういう事に、エネルギーを贖って来たようにしかアタシには見えない。
そういう人がアセンションって情報を得たなら、高い存在の思惑も伝えるが、自分の欲望の達成も考える。
そういう心の動きを醜いと感じ、その上での自分の在り方を考える人(日止、霊止)でなければ、次の世界の創造は、神から託されず…任されないんじゃないのかな?」
……中略……
「だから、アセンションに対する認識が低いから、こう言う甘い言葉を使うサイトは、商売の要素がある。アセンションを本当に貴いと思うなら、商売にしない。
そういう在り方が、アセンションを目指す人の在り方だと思うんだが…そういう点で、自分達の霊的覚醒度って事を知って欲しいね。

程度が低いから、いつか話したインチキヨガとか、現世利益の宗教とかみたいにね…そういう事をしてしまう…アタシにはそういうふうにしか見えないんだよ」
「それは、自分の幸せの為とか、目先の欲望の達成とか、そのためのアセンション…地球の癒しなんて言葉を利用してる。
地球も生命やから、意志と意思を持ってて自分の良い方向を選択する。その、地球の霊的成長に付いていけない人は、現時点での地球みたいな場(フィールド)に移される。そういうことをよう解ってへん感じやな。
ほんでからに、今までの地球人の進化、欲望の達成が中心…それは、砌(みぎり)でんな。右往左往でんな。そやからそれは、失敗の世界なんやな。腐ってまんな。
ほんでからに…自分たちは、腐ってる事を知らんならん。そやから、色んな目に遭わんならん…それは色んな事を知らんからや。腐ってる事を知らんからや…自覚が無いからやな。そういう視点を持ってへんからや……。
自分達の自我が肥大してるから、自分の心の動きが解らんのや。身の程を知らんって言うのんは、この事でんな。そやから、自分の心の低いところ…醜いところを知って、その上で、今後…体験を教訓にして自分の心の在り方を考えて…ローム太霊さんの言葉、左往右往する為に。
そういう人でなければ次の創造を任されない。そういう事でんな。それが今までと違う創造の段階に入るって事でんな。」”
事象の形骸化 “その十” アセンションの甘い(亜、魔、出ずる、泉)認識…先生とKellyさん…又…憂う… 参照)

そやから今のA野はんには、先生と話した、この文章の意味がよく解るんやおまへんか?」
「そうですね。
だから今の話は、外見の“美”に囚われてる人と、認識の甘い人の話ですよね。
そして、認識が甘い…低い認識は貴い価値のあるものを、形骸にしていく。
その話でしたよね。
それはその低い認識をしてる人たちは、自我中心の…自我の肥大をしている人たちですよね。
そして、美しいとか醜いとかは、外見ではなく、心(靈)の動き…そこに“美”と“醜”を見出していかなければ、本当に良いカタチにはならない。
それは、誰もが良いカタチを目指してるのに、ほとんどの人が勘違いしている…だから自己奉仕者になる。
私も間違えた行動を取ってきた。だから自分がイヤになった」
「それはそうでんな。そやけど、ちょっと話がそれてまんな」
「そうでしたね。私の体の変化についての話でしたよね。
それで、太ることについても先生から話しを聞いてて、それは今まで何回も聞かされてて、それ以上にタバコをやめろって何回も説教されてて……」
「ほんまおせっかいな人でっしゃろ」
「でもそれは、先生の愛情表現ですよね。それは良く分ります。先生は、私の生き方を憂いてたから、小うるさいことをたくさん言った。
だから、タバコを吸うと、全身が酸欠になり、それは毛細血管が閉じるからで、その条件で新陳代謝してたなら、だめな細胞が増していく。たとえば筋肉内の新陳代謝が毛細血管が閉じた状態で行われたら、筋肉の細胞は三ヶ月くらいしか寿命がないから毎日死んで、新しい細胞を作らなければいけないのに、血液がこないから、血液が新しい細胞を作る材料を運んでこれないから、レベルの低い脂肪細胞しか作れない。
本当は、そういう視点で、禁煙後、太ることを分析するべきだって先生は言ってましたし、きっと、今度、先生に私が太ったことを報告したなら、先生は皮肉交じりに、“禁煙して、呼吸機能は回復してるから、犬たちとぶっ倒れるくらい走り回って、シェイプアップしなさい!!”…そう言うに決まってますよ」
「それを自分に対する忠告にしたらエエと思いまんねん。先生はそれを期待してるから、わざわざ意地悪な言い方をしまんねん。そやけどちょっとへそ曲がってまんねん」
「そうですね。それは良く解ります」
「そやけど、今のA野はんの話の印象として、A野はん……自分が恥じ入ったことばかり気にしてても埒があきまへんで~。
そやからKellyさん的にA野はんを見て思うのは、さっきもその意味のことを言うたんやけど、A野はんは今までにない認識(悟り、幸取=さとり)を獲得した。その認識由来の思想で、自分の行動を観察した。
だから今までの自分を恥じたやん。
そやけど恥じたことなんかどうでもエエことで、A野はん自身の心の中で自分の今後を考えるために恥じたってことでしかないやんか。
…そう言えば、一番最初にそんなようなことを話したことがあったような気がするんやけど、そやからそれは…

“今、A野はんがやってはる事、それが自分にとって恥ずかしい事…大事なのはその認識でんねん。 自分でそう思う事でんねん。 そやからA野はんがやってはる事自体を見て、それは卑しいとか恥ずかしい事とか悪い事とか、そんな風には思ってませんねん。
それは先生もそんな風には思うてないって思いまんねん。
そやからそれは、さっきも言うたみたいに一般論でんな。
一般にはそう言う見方をされがちですな。
そやけどそれは、その人のすべてを観たって事ではありまへんねん。うわべだけ見たからA野はんの仕事を卑下しまんねん。ほんでからA野はん自身を卑下しまんねん。
そやけど先生やKellyさん的には、そう言ううわべだけしか見てへん人の方が嫌いでんねん。
ほんでからそれは低い心(靈)の観察やと思いまんねん。
そやから一般論…A野はんのやってはる事を頭ごなしに悪い!!
そんな事を言う資格の有る人は誰もいてへんねん。
そやから、恥ずかしいって認識はA野はんだけの認識でんねん。 そやからそれは形骸の善悪の事やなくって、A野はんが今してはる事自体には、今言うたみたいに恨みの連鎖の因縁の霊的干渉って理由があって、それはお父さんもおじいさんもA野はん自身も、心(靈)が“上”に向かう為の事でんねん。
只認識を獲得する為の過程に過ぎない…ほんでから、間違える事は恥ずかしい事では無く、間違いに気付き、自分が恥ずかしいって思う心の動きそのものが、貴いって事やと思いまんねん”…って」
「覚えてます」
「そやから、今論じてる貴い何かとか、ほんまに美しい何か。ほんまに価値のある何か。それを判断できるのは…」
「智性(神性)ですよね。
ですけど前の私は、それがなんとなくわかっていても、行動に活かせなかったから、風俗の世界に入ってしまった」
「またそんなふうに、自分を卑下するような言い方をせんでもエエと思うんやけど、そやから今、自分の心(靈)の動きを判断できたやおまへんか。
その心(靈)の動きは、A野はんが今後、遭遇する事象の判断の基準になるやおまへんか。
これからだって色んなことが起きていくやろし」
「そうですね」
「そやから今の話、この世界の大半の人たちは、本当の“美”の概念を知らへんねん。目先のことしか感じ(感じる磁性)ないからでんねん。
ほんでから、外側(外国と幽界)の事象だけしか解らへんからやねん。
そやからファッションとか宝石とかエステとか化粧とか美白(骨の結晶化に結び付かない価値観)とか、(通貨としての)金…金額が大きいものが価値があると思い込んだりとか、特にブランドとか、美食とか、そんなんばっかりやおまへんか。
それらは、智性(神性)を発揮した価値観ではありまへんやろ」
「そうですね」
「ほんでからそれは、心(靈)の動きにも顕れてて、ただ自分がすばらしいとか美しいと思える言葉だけ利用して多用する。
そういう人もたくさん居てまんねん。生かされていることに感謝しましょうとか、永遠の愛とか幸福とか……ただ、ありがたそうな言葉によってる人も多い。言葉に酔ってるだけでは、低い功名心と自尊心を満足させるだけでんねん。
大体、幸福の概念が低すぎる人が、幸福って言葉を使うこと自体がおかしいでっしゃろ。大半の人の幸福の概念は、自分の目先の欲望を対称にしたものやし、目先の欲望を達成することが幸福やと思い込んでる。ほんでからありがたそうな言葉だけ使ってるだけで、ほんまの幸福は、すべての存在の神格化のために行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)する…そこにあると思いまんねん。
そやったならそれは、高い功名心と自尊心の発現になり、自分にも恥じないし、誰にも恥じないし、神さんにも恥じない自分になれまんねん。
人と神って関係を認識したなら、神にも恥じない自分を目指す。そうあるべきやと思いまんねん」
「そうですね。
今の話、先生とKellyさんの幸福の概念は、神格化ですものね。
それは、進化の本当の意味ですよね。それは、Kellyさんが一冊目の本の中で言ってらしたですよね。(ローム太霊との出会い 個人個人の振動の違い 参照)
だから、すべての存在の幸福を願う=すべての存在の霊的成長を願う。もしそうなったなら、欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとかってことは無くなる。
でも、今までの私は、見せ掛けのものに振り回されたから、お客さんに対しても、見せ掛けの優しさとか、見せ掛けの愛想とか、見せ掛けの気遣いとか、そして……見せ掛けの快楽を売ってきた。付き合う男も見せかけの愛でしか縁が無かった。ほとんどの人間関係も、見せ掛けの付き合いしかして無かった」



A野 半泣き

「すんまへん。きつい言い方して、また、A野はんの自省(胸の磁性“十”)の心を刺激するようなことを言うてしもた」

「いいんです。すべて自分に原因があったことなんですから、それが解ったから、時々自分が悲しくなる。でもこれからは、今のKellyさんの話のように……」
「自分の今までの行動に、ほんまの“美”が無かった。外側(外国と幽界)の事象だけチョ~ベッピンはんのA野はんやったってことを、A野はん自身が知ったから、それが貴いし、それは自分の心の美しさに変化していくもんでんねん。
そやからそれは、ほんまの“美”は、行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)で現すもので、それを心(靈)がどんなふうに感じ(感じる磁性)、受信するのか。それが大事でんねん」
「そうですね」
「そやから、ちょっと極端な話をすれば、外見が醜くても心が美しい人は居てる。たとえばそれは、そのとき…たとえば今の一生とかで、障害を持ってるとか、たくさんの因縁を背負ってて不幸な人生を送ってたりとか…でもそこには因縁に立ち向かう心があり、それは自分のあり方を考えた結果でもあるし、苦難を試練と、とらえる思想やし、それは智性(神性)由来の思想やと思いまんねん。
そやからそれは、持って産まれた条件やったりもするし、問題はその事情の裏側にある恨みの連鎖の霊的干渉で、背負ってるのはその結果としての因縁で、因縁を解消するのは因縁を背負った人がそれに対処して立ち向かい、そして自分の在り方を考えて…智性(神性)由来の思いで考えて、それ自体が因縁を背負った人の“一”=智性=1番目のオーラの獲得になっていく。それも霊的成長の一側面でんねん」
「そうですね。
因縁…だから私は、風俗の仕事をした。父と祖父の自省(胸の磁性“十”)の“行”のために…閻魔の庁の浄玻璃の鏡(えんまのちょうのじょうはりのかがみ)で、父と祖父が騙して利用した女の人の恨みの念を、私自身が受け、その念に反応する低い霊的存在が私に憑いて…私の心(靈)の中にまで入り込んで、そして目先の(通貨としての)金と、仕事で指名ナンバーワンを目指すとか…そんな低い功名心と自尊心にとらわれてた。ですからそれは、私自身をダメにしようとする、“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の思惑ですよね」
「そうでんな。
そやけど、どんなに因縁を背負っていても、今の話、自分がそれに対し、どう対処するのか考えることが出来る。
ほんでからその考えは、自分の在り方を思うことやし(“観自在”“直日”自省(胸の磁性“十”)の“行”)、そして、自分の行動を決定していくのは、智性(神性)でしかない。
そういうことを体験した心(靈)は、死んでからもその認識(悟り、幸取=さとり)は持ってまんねん。
絶対に無くなることはあらへんねん。
それは自分の発振、発信による結果で事象を体験し、そして認識を得た=自分のオーラになったってことでんねん」
「そうですね。それが貴い認識(悟り、幸取=さとり)なんですよね」
「そうでんねん。それがA野はんに理解できたのは、真実=真固止を捜し求める心(靈)の動きでんねん。
結果、真実を探すって言うのんは、自分の智性(神性)でしかない。
そして、真実を教えるために“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)は、さまざまな苦難を与え、それを試練と感じて欲しい。
そやからS会=紫光会の交霊会では“神は乗り越えられない試練は与えない”って言葉が何回も出てきてたらしい。それは先生に聴いて知ってまんねん。
要は、その言葉の意味することをどう解釈していくのか?A野はんはその解釈が出来ている。そうやおまへんか」
「そうですね…なんとなく解ります。
ですから、今の話、大半の人は、自分の心の中に真実=真固止を見出せない。そして“美”の概念を見出せない。
だからそれを行動に活かせない。私もそうだった。
だから、間違えて風俗の仕事をした。
でも本当は、男と女の関係、性をどう扱っていくのか。その扱い方に“美”の概念を当てはめ、性に対しても、貴い行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)をしていかなければならない。それが、男と女って言う、生命(生きる使命=存在理由)の極性、神の極性の顕れって先生は言ってますよね。だからこそ性は貴いし、それを知ったなら、性を貴く思うのが、智性(神性)ですよね」
「そうでんねん。今、A野はんが言うたことでも、A野はんが自分の在り方を考え、自分がどんな行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)をとり、そしてどんなふうに自分が変わっていくのか。それを理解したからそんな言い方が出来まんねん
そやから、人(日止、霊止)って言うのんは、時間の進行って認識(悟り、幸取=さとり)を持ってる。
そやから人は自分の良いカタチを求めたりもする。
そのために努力もする。
“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)も求める。
これらはすべて自分のエネルギーを贖う(あがなう)ことで、同時にそれは、自分の心の発振、発信で、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)でもありまんねん。ほんでからそれはオーラになり、そのオーラと感応共振する霊的存在が居てる。
そしてそれは霊的存在と自分の心(靈)との感応共振で自分の行動が決定されていくこともある。これまでの話でそれは理解してまっしゃろ」
「はい。
そこに、自分の心(靈)が何を求め、どうしたいのか?どう生きたいのか?それを考えなくては“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)と“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)の感応共振が自分で判断できない。
ですからそれは、自分の心(靈)の動きは、自分に都合がいいようにしか判断しないこともある。
それは、先生の話と、Kellyさんとの今までの話で理解してるつもりです」
「そやから“上”は、間違ったことをしてた人には、恥じて欲しい……この言い方はちょっと極端でもあるんやけど……今までの自分の行為に恥じないと、“上”の思惑を受信できへん。
そやからそれは“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)との感応共振を説明すると分かりやすいんやけど、それをちょっと説明しまんねん」
「はい」
「大体、人をだめな方向に向かわせたい存在の思惑って言うのんは、だめな方向に向かわせるために、“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)…いわゆる悪魔みたいな存在は、やり方にパターンがありまんねん。その具体的な方法は、人の自我の肥大による低い功名心と自尊心を煽る(あおる)。
その、きわめて低い例を挙げれば、宝石をたくさん持ち、歩くとジャラジャラ音がするほど身に着けるとか、たいして効果の無い化粧品をたくさん使うとか、エステ行ってきれいになりたいとか…そこには、外見の“美”のに対する依存とか、雰囲気に酔うとか……。
また、最近多いのは、自分は成長したとか錯覚させる、ハイヤーセルフとか名のってる低い霊的存在の憑依による現象とか…こんなことを最近のKellyさんは、このブログで指摘してるんやけど、これはすべて低い心(靈)由来のことでっしゃろ。
 そやから、“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の存在、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)の存在は、人の低い功名心と自尊心を煽る(あおる)…そうすれば、その人自身が、自分が堕落していることに気がつかず、どんどんだめな方向に行くのを知ってまんねん。
そやからそれはA野はんの場合、目先の欲望を煽り(あおり)、お店でトップにさせたり、たくさんの指名客がつくような知識と知恵を教えたり…それはA野はんが持ってはる能力をそんなふうにしか使わせなかったりってことなんやけど、それも“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)の獲得って事でもありまんねん」
「そうですね。風俗の仕事をしてたときは目先の欲望の達成が当たり前のように思っていた。でもそれは、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)の罠ですよね。
ですから低い功名心と自尊心を煽られる…今後はそれに気をつけなければいけませんね。それは対外的にも、自分の心の動きにもあるから…内在する“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の心(靈)の動きですよね。気をつけなければ……」
「そこまでの言葉が出てくるんやから、もうしっかりそれはA野はんの認識になってて、それはA野はんの息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)、自分のオーラになってまんねん。
 そやからこれからのA野はんは、そのオーラの発振、発信による縁がある。人でも霊的存在でもそういう縁になって行きまんねん。
ほんでからそれは、自分の認識に、真実=真固止を求めることでもあり、本当のことを知ろうとする心(靈)の動きやし、結果それは、自分の霊的成長になって行きまんねん。  
そうなったらA野はんは、心(靈)も、外見も、チョ~ベッピンはんのA野はんって言えまんねん」
「…すごい表現ですね…でも、今のKellyさんの言葉を聴いて、私はそうなるべく、今後、生きようと思いますよ」
「そうやったら、エエねん。もうこの話はよろしいでっしゃろ」
「そうですね」(ありがとうございます)

「そやけど、犬たち…中々出て来まへんな。」
「さっきも言いましたけど、この間のことを気にしてると思います」
「そやけどA野はん、あのスネション攻撃は、A野はんのことを犬たちが大事に思ったから仕掛けたことやと思いまんねん」
「それはそうですけど…分かりますけど…」
「そやから犬たちとしては、今日、Kellyさんに対してどんな態度をとったらエエのか分からへんと思いまんねん。
ほんでからA野はんがこのあいだうちに帰ってから怒った…そやから、犬たち、ビビッてまんねん」
「そうかもしれませんね」
「Kellyさんがそう思うのは、このあいだA野はんに電話する前に、こんな夢を見ましてんな」

……Kellyさん、A野さんと犬たちが登場した夢を説明中……

「そうだったんですか。
この間の件と、私が怒ってしまったことで、うちの子たちがKellyさんを怖がる…トラウマになってしまったのかもしれませんね」
「そうかもしれへん。
そやから、あんな夢を見たから、今日、Kellyさんは、ウルチョラスーパーベリベリデリシャスドッグフードを持ってきてまんねん。この間のことを気にしている犬たちに親愛の情を示したいからでんねん。
ほんでから、Kellyさんのことを怖がってる犬たちに、親愛の情を示す…それには、先生のやり方を真似したらエエと思いまんねん」
「???先生の真似???……なにをするんですか?」
「それはでんな、ちょっと説明させてもろたなら…先生は時々、早朝にジョギングをしまんねん。それは週に1~2回くらいかな。
山登りの時期が近づいてくると、ジジイになって衰えてきた体力を取り戻し、それから山登りするためでんねん。
そのときに、犬を散歩させてる人とよく遭遇しまんねん。
最近、しつけの行き届いた犬が大半で、ジョギングしてる人に、吼えたり、近づいていくような犬は、ほとんどいないらしいけど、時々、先生のジョギング姿にびっくりする犬が居てるようでんねん」
「びっくりするかもしれませんね。先生の顔は真っ黒ですし、180センチ80kgの巨体が、むこうからドスドス走って近づいてきたら、犬でなくても身構えますよ」
「そうでんな。
ほんでから先生は、先生にビビッてる犬を発見したら、こんなことをしまんねん」


ジョギング中、散歩している犬に近づく○○○大先生

「これって…ヱヴァ○○リ○ン初○機が、第十四○徒ゼ○エ○を食ってるときみたいですね。

ですからそれは……○号機のシン○ロ率…400%を超えています!!」
「…やはり、目覚めたのね…○○○大先生のケダモノの部分が……」
「キャハハハハ~~!!私のギャグに付き合っていただいてありがとうございました。
先生は、怖がってる犬に同じ目線で接しようとするんですね。それから先生は、犬にどんなふうにするんですか?」
「犬に親愛の情を示すために、こんな行動をとりまんねん。
以下、画像で示しまんねん」


ジョギング中 吼えた犬に対処する○○○大先生



「……………」(馬鹿みたい)

「そやからA野はん。
今の話、先生の真似をして、犬たちと同じ目線で近づいてみましょうやおまへんか。そやったなら犬たちも、気を許すかもしれへんし」
「その前にちょっとびっくりするでしょうけど…そんな人間見たことないから。
でも、うちの子たちはお利口だから、私やKellyさんが“どういうつもり”で先生の真似をするのか、きっと理解してくれると思います。」
「そうやな。
そやけど、事情を知らん人に見られたら、なんやしらんって思われるし、ちょっと恥ずかしいポーズになるから、周囲を見回してから……大丈夫みたいでんな。実行に移しましょか」
「オッ○ー牧場です」


ワ○ワ○スタイルで犬たちに近づくKellyさんとA野さん

「みんな、Kellyさんがこのあいだのことは、水に流して、今日も仲良く遊びましょうって言ってるよ。
ウルチョラスーパーベリベリデリシャスドッグフードも持ってきてくれたし~~」
「だから~~出ておいで~~一緒に遊ぼやおまへんか~~」


……犬たち、茂みの中で、ミーティング中……

 バティ  ねえみんな…Kellyさんが…僕たちのために…ウルチョラスーパーベリベリデリシャスドッグフードを用意してくれた。

 ミュウミュウ このあいだ、あんなひどいことをしたのに……。

 コロン ……どうしようか。

アズキ ……。
キナコ ……。

 バティ  ねえみんな、僕たちは、Kellyさんの気持ちにこたえるべきじゃない?

 ミュウミュウ そうね…。このあいだのことで私たちはKellyさんに嫌われてるって思ってたのに…さっきはワ○ワ○スタイルのKellyさんを見て、Kellyさんに噛みつかれると思ったわ。
でも、Kellyさんとママは優しい感じで話しかけてくれてるし、Kellyさんはウルチョラスーパーベリベリデリシャスドッグフードまで用意してくれたし。

 コロン それにワ○ワ○スタイルは、犬対人間って…よく人間が取る傲慢な態度…傲慢な人によくある犬を見下した態度ではなかったし、僕たちのことを大切に感じ(感じる磁性)、僕たちに対し、尊厳を持っている…それも考えなければいけないね。

アズキ そうだそうだ。ママとKellyさんはエロい谷間も見せてくれたし。
キナコ そうよそうよ。Kellyさんはワ○ワ○スタイルで、スッペシャルなブラジャーも見せてくれたし。

 バティ  だから、みんな、今日は、いつもの究極犬芸ではなく……。

 ミュウミュウ あれをやるって言うの!!

 コロン 全然練習して無いじゃんか。

アズキ …やれるかな…。

キナコ ……。

 バティ  でもさー、いつもと同じことをしてては、今日、ワ○ワ○スタイルまでしてくれたママとKellyさんに対して、申し訳ないじゃんか。

 ミュウミュウ …それはそうね。

コロン  出来なくっても、やってみようか。出来るかもしれないし…。

 アズキ そうだそうだ! 

 キナコ そうよそうよ!

 バティ  じゃあ、決定だ。みんな用意はいいか!!

 ミュウミュウ いつでもオッ○―牧場よ!!

 コロン !!こんなのはじめて!!…って、ママとKellyさんに言ってもらおう。

アズキ そうだそうだ。キナコも用意はいい?

キナコ ブラジャ~~!!…ではなくって、ラジャ~!!


!!茂みから飛び出してきた犬たち!!

犬突進 キナコ リボンバージョン 何かしようとして、こけた犬たち 

「……何やねん。何をするつもりやったんやろ」
「なにかしようとしましたね。なんだったんでしょう」
「でもA野はん、犬たちは私たちの気持ちにこたえようとした。それはなんとなく分かりまんな。」
「そうですね。
だから、さっきの話、うちの子たちもこの間のスネション攻撃を恥じていた。でもKellyさんは、それに腹も立てず、うちの子たちに親愛の情を示し、ウルチョラスーパーベリベリデリシャスドッグフードまで用意してくれた。
Kellyさんは、私にも、うちの子たちにも、大切な友だちだと思っていてくれているんですね。
ですからそれは、うちの子たちは、今日の私とKellyさんが話しているのを見ていて、なんとなく伝わった。そしてうちの子たちは、Kellyさんの気持ちに応えようとした」
「そうかもしれへんな…お利口さんな犬たちやな。
A野はん、少し犬たちとたわむれて、仲良くしましょやおまへんか」
「そうですね」


犬たちとたわむれ、和む、KellyさんとA野さん

「うん…なんやねんな。キナコはんだけ、変な目つきで、じっとKellyさんを見てるやん」

Kellyさんの胸を凝視するキナコ


「…どうかしたんやろか」

「キナコは、さっき、Kellyさんの谷間強調ブラを見たから、興味を示しているんだと思いますよ。
この子はちょっとへんな子で、ブラジャーが大好きなんですよ。私が着替えているときも同じような目つきでブラジャーを見てますし……」
「そうなんでっか…きっと人間の女の子にあこがれてるのかも知れへんな」
「ぷっ!!そうなのかもしれませんね」
「そやったならKellyさんのブラジャーを、キナコはんに着けてもらいましょか。
そやから周囲を見回して…大丈夫みたいやな」


谷間強調スッペシャルブラをはずしたKellyさん

「ほれ、キナコはん。こっちへおいで。ブラジャー着けたげまんがな」


ブラジャーつけて跳ね回るキナコ  犬たち、キナコの究極犬芸を憂う
!!ギャワワンギャワワンギャワワワワァァァァァ~~~ン!!
(キナコ!!“あれ”(チ○チ○のこと)をやっちゃだめだ!!)

キナコ、ブラジャー落として泣く


「キナコはん…おたんちんやな。そやけど、ブラジャー着けたんが、よっぽどうれしかったんやな。…そうかそうか、よしよし。
今度、Kellyさんが、キナコはんのバストのサイズに合ったブラジャーを、作ってきてあげるわ」


Kellyさんと和むキナコ
「今日はありがとうございました。とても有意義な話が出来てうれしかったです。

今後も迷ったりするかもしれませんけど、今日の話、本当のことを追い求めていく姿勢は高い“美”の概念につながっていく。それを忘れないようにします」
「そうでんな。それさえ忘れなかったら、自分がどんなに苦しくても方向性を見失うことはなくなると思いまんねん。そやからそれは、真実=真固止の追求やってこともよく覚えてくださいでんねん」
「はい。そうします。それじゃ、今日はこれで。
またお話しましょう」
「ほな、さいならでんねん」


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…その夜、Kelly爆睡中…z z z z z z

Kelly爆睡中 

…また…夢を見てる。昼間の公園やな。
…おっ!!犬たち近づいてきたやん。

犬突進 キナコ リボンバージョン

Kellyさん!!Kellyさん!!Kellyさん!!Kellyさん!!Kellyさん!!

犬停止 2 
Kellyさん。今日はウルチョラスーパーベリベリデリシャスドッグフードありがとう。
いつまでも僕たちのお友達でいてください。
これから、昼間失敗した、ウルチョラスッペシャルベリベリファンタスチックありえないって感じ~チョ~極上究極犬芸をお見せします。


…ゲッ!!犬たち喋ってるやんか……まあエエわ。夢なんやし…。
そやけど、“ウルチョラスッペシャルベリベリファンタスチックありえないって感じ~チョ~極上究極犬芸”って、何をするつもりなんやろ。

…おっ、いきなりスケートリンクに場面が変わったやんか。
ゲッ!!犬たちスケートしてはるやんか!!

犬 スケートリンク滑走



…上手に滑ってはるな。たいしたもんや。おっ!!ジャンプしたやんか!!






犬たち 三回転半 ジャンプ


たいしたもんや…上手やな。……また滑ってはる。


犬たち 再び滑走中


…今度は何をするつもりなんやろ。

犬たち イヌバウア~~をする








がばっ!!!!!

Kelly飛び起きる


!!びっくりした~~!!

ありえへんありえへんありえへん……。そやけど…そうか…犬たちこんなことがしたかったんやな。
そやけどイ○バウアーは、犬の骨格の構造からして不可能や無いか。敢えてそれを真似しようとしたんやな。
犬たちの気持ち…よ~~くわかったやん。お利口な犬たちや……。

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…っちゅうことで、今回の記事は、先生の悪ふざけが多かったんやけど、先生からモノホンA野はんに対するメッセージでもありまんねん。
そやからモノホンA野はんは、しっかり読んで欲しいねん。しっかり自分の認識にしてくださいでんねん。

ほんでから、今回多用した“谷間 命”のネタは、以下の画像から引用したもんでんねん。




モノホンKellyさんからの写メ A野 谷間 想像  

この画像は、モノホンKellyさんが所有する先生の一冊目の著書に、モノホンKellyさんが落書きしたもので、先生の携帯に写メで送信されてきたものでんねん。


“谷間 命”ネタを提供してくれはったモノホンKellyさんに、感謝でんねん(笑)

         J^人^し  【<^>人<^>】

Kellyさん、和風のベッピンはんのSはんに、初対面にもかかわらず、人の価値観の相違は、霊的成長度によるって屁理屈を、ほんの少し垂れる。



Kellyさんは、最近、ずっとご無沙汰の先生の顔を見ようと思って、○○○療院を久々に訪ねましてん。
そしたら、○○○療院の玄関で、中々のベッピンはん…先生の表現を引用すれば、ウルチョラスーパースッペシャル魅力的な若いネーチャンに出会いましてん。
ちょうど、はり(鍼)治療が終わったところやったそうでんねん。
ほんでからそのとき、Kellyさんと先生は、たいして話をせんかった。ちょうどその日は、秋の空…澄みきった晴天で、先生は太陽凝視をしたがってた様子やったから、早々にご無礼しましてんな。
話を戻し、玄関で出会ったその方は、Sはんって言うんやけど、Kellyさんと初対面にもかかわらず、○○○療院の玄関先でちょっと長話をしましてんな。
そのときのことを、紹介しまんねん。



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「Kellyさんですね。こんにちは。Sと申します」
「Kellyでんねん。はじめましてでんねん」
(およっ…見たところ20代中ごろくらいで若いのに…古風で物静かな雰囲気の人やな。色白で切れ長の目で…思慮深い目の相やな。ほんでから長い黒髪も見事やし…)

「時々、Kellyさんが主役の“続”…あのブログを読ませてもらってます。
でも、Kellyさんって、あの理屈っぽい複雑な文章の印象とは違い、中々の美人ですね」
「そんなふうに言うてもろて、大変光栄でんな。
(そやけど…明らかに社交辞令的な言い方やな)
Sはんかて、今、少なくなってきた和風美人って感じ(感じる磁性)で、多分、お着物なんかお似合いな感じでんな」
「まあ、ありがとうございます。でも…仕事柄、着物を着ることが多いんですけど、最近は、単なる道化みたいにしか思えなくなっているんですよ」
「そうなんでっか。…初対面でいきなり失礼な質問かも知れへんけど、お仕事ってなんでんねん」
「クラブホステスなんですよ」
「そうなんでっか…。
(そうか…そやから自分の仕事が道化って思うてはるんやな。
そやからそれは、自分の仕事に対する価値ってもんを見出し始めてるんやな。形骸の価値と、真の価値…真実=真固止を理解しようとし始めてるんやな)

そやけど、Kellyさんが主役の(この)ブログ…あの文章を理解してもらってまっか?」
「Kellyさん的“日月神示”の解釈は、てんでチンプンカンプンです。
先生が、あれは前のブログを何回も読んでからでないと理解できないっておっしゃってましたし…ですけど、少し失礼言い方で感想を述べてしまいましたね」
「そんなことは全然かまわへんねん。正直に言うてもろた方が話がしやすいやおまへんか。
Kellyさん的には、あの文章にお世辞を言うてもらうとか、理解もしてもらってないのに…すごいですね…とか、そんなふうに言うて欲しいなんて思ってませんねん」
「そうですね。
今のKellyさんの言葉に、あの“日月神示”の解釈に対するKellyさんの気持ちが、現れてますね。
でも、“Kellyさん的事象の観察と認識”は、理解しやすい…具体的なことが多いですよね。
特に、チョ~ベッピンはんのA野さんの記事は、自分に照らし合わせて読んでいることが多い。…私は、風俗をしてるのではないのですけど、何年も水商売をしてきて、人を信じられなくなっている。
そして自分自身が、なぜ、水商売を仕事として選択してしまったのか…あの記事を読んで、考えさせられます」
「そうでっか」
「ですからそれは、私の周りの人たちは、お客でも、お店のママでもホステスでも、みんな言葉とやることが裏腹…体裁(ていさい)の良いことをしゃべってても、それは、相手を自分のために利用しようとしている…それが、最近、分かってきて、毎日イライラして、それが高じてくると頭痛がして、そのときに先生に治療をお願いするんです」
「そうなんでっか」
(それは、Sはんが本当のことを求めようとしてはるからや。
“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)と“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)との霊的干渉があり、その両方を受け、そしてそれはSはん自身の心(靈)の葛藤にもなってるからやねんな。
そやけど…いきなりそんなこと言うたなら失礼やろから、だまっとこ。
ほんでからそれはSはん自身が分かっていけばエエことやし…もう、ある程度、自分で解ってはるやろから、自分にとって良いカタチを選んでいく方向性を知ってるから“上”の通信を受け、やってることでは、仕事では“下”の通信を受けて、それで頭が痛くなるんやろし…)

「それで、治療中に先生に説教されたり、いろんな話を聴いたり…先生の話は人の心の動きの話が多いですね。
それと、治療中は、先生の1番目のオーラで、低い霊的存在は祓われているんですよね。そのこと自体、半信半疑なんですけど、治療をしてもらった日は良く眠れるんですよ」
「そうでっか。
そやけど先生の話…説教…あの人は説教SMマニアみたいなところがありまんな。説教ドSでんな(笑)」
「キャハッ!!本当ですね。
説教ドS…先生の話は、先生が使う言葉は、むずかしい意味の言葉が多すぎるんですよね。
それも、先生が正確に物事を伝えようとしている…先生の認識(悟り、幸取=さとり)を私に伝えようとしている…それは良く解るんですけど、先生の言葉の意味を、後からすごく考えるんですよ。
それで、私にとっては、さっきもお話したとおり、信じられる言葉を発する人がいないように感じている。
先生の言うことが絶対だなんて思ってはいないですけど、私が、いつも、話している人たちとは違う話が聴ける。
その話を聴くと、私自身が、今までと違う視点で、物事を見ることができるようになる…そんなふうに思いますよ」
「そうでっか。
そやけど、今、Sはんが言うたのは、Sはん自身が、人の心(靈)の動きを見出そうとしてはるんやと思いまんねん。
そやからさっきSはんが言うたみたいに、おんなじ目的のおんなじ心(靈)の動き…水商売の場(フィールド)、大体、Sはんのまわりって言うのんはそういう人が多いから、そんな人ばっかりと話をしてはったなら、それに染まっていく。
いうなれば、普段、Sはんが話する人は、お店で一緒に働いてはる人やお客さんばかりで、ちょっと悪口になるけれど、その人たちの心(靈)の発現と動きは、おんなじ程度でんねん。
そやから、水商売で働いてる人たちはお客にお世辞を言ったりする。お客も見栄を張ったり、見せ掛けの甘い言葉でホステスを口説いたりするけど、それは、その人の本音ではない。嘘の言葉でんな」
「そうですね。
だから私たちは、機嫌をとって(通貨としての)金を取るってことですよね。それが水商売の醜さって、最近、思うようになってきたんですよ」
「そやからSはん。同じような心(靈)の発現と動きの人は、場(フィールド)を形成していく。低い価値観で行動してる。そこには欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとかって要素が多い。それは自分の利益しか追求していない」
「自己奉仕者ですね」
「そうでんねん。そしてその場(フィールド)にいてる人たちは、それ以上の視点を持たへんようになりまんねん」
「そうですね。それは先生からも教えられました。
だから、言葉とやることが裏腹で、美しい言葉や体裁(ていさい)の良い言葉を使ってても、自分のために利用してやろうって魂胆がみえみえになる。でも、その世界に長くいると、それ自体、麻痺していき、それが当たり前になっていく。長く水商売をしてる人を観ると、そんなことも感じる…それを私自身が感じていくのは、その人たちと違う価値観を持っている。
その価値観を、私が大切に思っているんだって先生は言ってくださった。
それはたった一言ですが、“Sさんは、答えを知っているからだ!”っておっしゃったんですよ」
「そうでっか」
「そして、私自身、今、水商売で仕事をしている…毎日、お客を欺きながら…馬鹿みたいって思いながら…お客なんて、どうせ私の体が目当ての癖に、お世辞や機嫌を取ったり、君のために…とか、ミエミエのせりふを言うんですよね。
それはたとえば、この間の選○○説みたいに、国○のために…国○のために…そんな言葉に近いですよね。
自分たちの立場や利益や…そのための選○なのに国○に甘い言葉を吐き、現世利益の、ご利益主義の宗教みたいな言葉ですよね…マ○フェ○トって言うのは…」
「Sはん、中々鋭い視点を持ってまんな」
「そう思いませんか?」
「思いまっせ」
「特に水商売の世界は、そんなことが多いように思う…だから最近、嫌になってきてるんですけど…先生にも指摘されるんですけど、まだ私自身に(通貨としての)金に対する執着とか、ブランドも好きですし…形骸の“美”の概念ですよね。そんなものを求めようとしている…」
「そうでっか。
でも、Sはん自身がそう思えるんやったなら、それは、Sはん自身の自分の心(靈)の“上”と“下”を見出そうとしてまんねん。
ほんでから先生が、“Sさんは、答えを知っているからだ!”って言うた。
そやけど、その通りにSはんがしてない…Sはんが知ってる答えどおりにSはんが行動していない。そやから頭が痛くなるようなことがおきると思いまんねん」
「そう思います。
答えを知っていても、それを自分で良く解っていない。自分の生き方に活かしていない…迷っているんですよね。
それもなんとなく解ってきたんですよ。それで最近は、先生と、そのことばかり話すんですよ。
でも、先生の言葉はさっきも言ったとおり、むずかしい言葉が多い。ですから、Kellyさんと話をしたいって思っていたんですよ」
「そうでっか。
そやけど、今、ほんの少ししか話してないけど、たくさん話をせんならんことがあるように思いまんねん。
そやから、KellyさんがSはんの(認識の拡大のために)役に立つんやったなら、いつでもお話しましょうでんねん」
「ありがとうございます」
「そやから、今、Sはんが言うたのは、水商売の人は、見栄とハッタリの心(靈)の動きが中心で、お客なんて道具でしかない。
また、お客はんにとってのホステスも、自分の欲望を満たすための道具でしかない。
そして、極端な一例として、低い心のホステスは、相手…客はんでんな。その心(靈)の低さを利用して、体を売ったりして(通貨としての)金を儲けたりもする。
おんなじ様に、低い心の発現のお客はんも、そのホステスはんを買ったりして、欲望の達成を果たし、低い功名心と自尊心を満足させ、お客はん自身は以下に社会的名誉を持っていたとしても、今までの人生で辛酸をなめたり、頑張ってきたとしても、結果、低い心の発現の人、霊的成長度の低い人は、自分の欲望の達成のために仕事をしてはる……。
ほんでから一般にも、それが目的で仕事をしてはる人も多い。たくさんの金を儲け、たくさん、自分の低い欲望を満たす…それが幸せやと思うてる。物欲、食欲、性欲…アホみたいでんな。
そやからそれは、生きることについての認識が低すぎまんねん。
ほんでからそこには、自分に対する尊厳も、他者に対する尊厳も無い。そう思いまへんか?」
「そう思いますよ」
「そやからそんなことをする人たちは、心(靈)が理解できてないのと同じで、生きていることに対しての認識も低く、それはまだ、動物の進化過程に近いって言い方をしてもエエくらいでんな」
「自分の欲望を満たすことが、自我の確立=固定化の進化過程…またそれは、動物、四足獣から人(日止、霊止)への進化過程…そんなことを先生から聴かされたことがありますけど、そのことですね。でも、それもむずかしい話ですね」
「むずかしいでっか?
そうSはんが思いはるのんは、どうせ先生は、具体的な例を挙げて話をしてなくって、Sはんがしっかり考えて気が付く…それを期待してるからやと思いまんねん。
(そやからそれは、Sはんの“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応共振をする…それを期待してるんや)
それは、2年数カ月、前のブログで先生とKellyさんが話をしたパターンに似てると思いまんねん。
そやから先生は、先生が発する言葉、むずかしい言葉や概念、それを、Sはんにしっかり考えてもらって、Sはんの現実(と感じ(感じる磁性)てる)の生活を通し、認識の糧にして欲しいって思ってると思いまんねん。
そやけどSはんは、言うたらなんやけど、まだとても若い。
先生は若いネーチャンがチョ~好きなくせに、若いネーチャンに対する気遣いが足らんところがあって、前にKellyさんは、先生にこんなことを指摘したことがありまんねん。




“「先生は、ほんま…たくさん話をするんやけど、事細かに話してくれへんし、いつでもKellyさん自身が自分で気が付くようにしか話してくれへん。ほんまはそういう事が一番大切なんやろけど…Kellyさん自身の成長のためにって事やろけど。
老婆心やけど…先生は、そういう、小難しい、ややこやしい事を、噛んで含めるように優しく説明する所が、欠けてるから、あんまり優しく見えへんのやし。
そやから先生は、若いネーチャンと縁が出来へんのやで」
「…」
(ヘ;_ _)ヘ パタ!!・・・コケテマッタ・・・・ゞ(_△_ )ゞ ヒクヒク・・・

「ほんでからに先生は、話に夢中になると相手の事をよう考えん様になる所があるさかい、気を付けんと、一生、若いネーチャンと縁が無いと思いまっせ。」
「そうか、ご忠告ありがとう。アタシ的にアタシの儚い希望を達成する…もう、そういう望みは叶わないと思っているから、Kellyと話をするに当たっても、そういう気遣いを忘れているかもね。よく覚えておくよ」”
思惑と顕現 “その三” 同位相の右往左往と左往右往…サイクロトロン 参照)

「そうだったんですか。でも、そのとおりかもしれませんね」
「そやからSはん、さっきも同じ意味のことを言うたけど、Sはんの認識のために、Kellyさんと話をしようやおまへんか」
「そうですね。よろしくお願いします。
それで、もうすぐ私は犬を飼うつもりなんですけど、チョ~ベッピンはんのA野さんとKellyさんが話をするみたいに、公園で待ち合わせしませんか」
「それは、全然かまいませんねん。
Kellyさん的には、六匹目の犬の友だちが出来るやおまへんか。喜ばしいことでんな。
ほんでから、明るい太陽の下でエエ空気吸いながらはんと話をしたなら、悪い霊的干渉は少ない…それも解りまっしゃろ」
「そうですね。仕事場で受ける霊的干渉では、私の体も心も弱っていく。それも最近感じるようになってるんですよ」
「そやけどそれも、正当な報酬でんな。ちょっと意地悪な言い方やけど…」
「…そうですね。それを私がしっかり理解していない。迷っている」
「そやから、今日、○○○療院の玄関でこんな話をたくさんしてしもたんやから、SはんとKellyさんはお互いの認識の拡大のために話をする…そういう縁かもしれませんな」
「はい、そうかもしれませんね。それじゃ、今度、お電話差し上げてかまいませんか?」
「もちろんでんねん。待ってまんねん」
「よろしくお願いします。それじゃ、今日はこの辺で失礼します」
「ほな、さいならでんねん」

太陽凝視を行っている鍼灸師の話 〈3〉 神格化のプロセス 目上(めうえ)と目下(めした) 出版の告知



 前のブログ、三冊目の発売が決定しましてんな。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話<3>神格化のプロセス 目上(めうえ)と目下(めした) 


 

 12月5日(土)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。
 お近くの書店に見当たらない時は、 たま出版のサイト、あるいは、Amazon 楽天 YAHOOなどで、お買い求めくださいでんねん。

 ほんでから、この本のタイトルの、目上(めうえ)と目下(めした)は、ちょっと難しい意味がありまんねん。
それについて先生は、Amazon用の“著者からのコメント”の文章を用意してはって、それは、

○○○療院のホームページ内の、本の紹介

に公開してあって、それを読んでいただいたら、目上(めうえ)と目下(めした)の意味も、大体、分かっていただけると思いまんねん。
 ほんでからこの項目には、すでに発売済みの<1><2>のAmazon用の“著者からのコメント”も載ってまんねん。
 そやからそれは、今、一般に、タイトルだけ見て、内容を観ないで批判するだけの人が多いから、先生は、こんな文章を作りましてんな。

 よかったら、読んでやってくださいでんねん。

 以上、パチモンKellyさんからの告知でした。

(パチモン)Kellyさん、○○○大先生とモノホンKellyさんが話した事柄について報告を受け、そのことについて、先生と久々に、ちょっとだけ長話する。 “その一”



「先生、こんにちはでんねん。先生と話をするのはすごい久しぶりでんな」(三月以来)
「そうだね。
まあ、連絡したときに説明したように、この間(前回の記事)モノホンKellyさんと、御嶽山、瀧原宮、伊勢神宮の内宮…その後、モノホンKellyさんが○○市に帰る途中、三ノ宮からの高速バスが好都合なようだったから、そこまでドライブしたんだが…」
「そやからそれは、先生とモノホンKellyさんはたくさんの話が出来たって事なんや」
(それも、五月に先生とモノホンKellyさんが、ばあちゃん所へ行って以来って事なんやな)
「うん。
その話の中で、(パチモン)Kellyにちょっと分かって欲しいこともあったもんで、今日は来てもらった」
「そうなんや。いろんな話をしたんやろけど、先生がわざわざ、(パチモン)Kellyさんと話したいって思うたことがあるんや」
「その通り。
まず話したいのは、こんな話をモノホンKellyさんから聴いた。
それは、かなり前のことらしいが、モノホンKellyさんのおじさんとおばさん夫婦が、旅行に行って交通事故に遭った話。
それはあるとき、おじさんとおばさんは旅行の計画を立てた。そして二人は旅行に行って事故に遭った。
そしておじさんは、その計画を立てた前後かな? その辺はよく聞かなかったのだが、事故に遭う何ヶ月も前から、自分が車の事故に遭う夢を見ていたそうだ」
「それは、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)からの通信やな。ローム太霊講話集でローム太霊さんが述べてたことでんな」
「そう。
そして、そのおじさんが見た夢の話をおばさんにしたんだが、おばさんは、“そんなこと気にしないで、もう宿の予約を取ったから行こう”って言って、結局二人は旅行に出かけたわけだ。
それで、夢で“上”から教えられていた通り、事故に遭った。
おばさんは車外に投げ出され即死、おじさんは、運転席で足を挟まれて何時間もかけて救出される目に遭った。
それで、アタシがモノホンKellyさんからその話を聴いて感じたのは、今、(パチモン)Kellyが指摘した、ローム太霊講話集のその文章を読むと、霊的成長度の低い人は甘い解釈をしがちで…」
「そうか。先生がモノホンKellyはんに話した内容が、大体、解りましてん。
そやからそれは、ローム太霊さんが“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)から通信を受けることは、ローム太霊講話集の 第八話 死の前後 病死と事故死の場合 で説明してる。
それは、ローム太霊講話集の38ページに、

電車や汽車に轢かれたり撥ねられたりする場合は、恐らく半年前から予告されている筈であるが、本人がそれを知らないのはその背後の霊が強力ではないからであろう。

…って言うてはるやん。

そやけど普通、その文章を読んでも、ただ、そうなんや…としか思わへんやろな。
ほんでから、このローム太霊さんの説明に対して甘い解釈をしたなら、事故や災難から逃れられるって思うやろな。
そやけどそれは、てんで低い解釈でんな。
それは、ちょっと間違えた解釈をしたなら、できるだけ災難に遭わへんように“上”は教えたって解釈をするってことや。
そやけど、自分たちが事故や災難に遭うには必ず理由があって、その理由を知ることも大事。
そやから自分たちの“上”の存在は、自分たちの良いカタチを願うから教えようとしてるし、それは死んでからのことも含んでる。
おじさんが死んでからも、その事故に遭った事と、“上”から通信を受けた意味と意義を考える。
それが必要やから、おじさんの“上”は、おじさんに夢を見させたんや」
「そう」
「そやけど普通、生きてる人間は、生きてる間のことしか念頭にないから=生きてる期間、肉体を持った心(靈)としての時のことしか認識がない。
そやから、この文章を読んだ認識の低い霊的成長度の低い人は、夢を見させることは、“上”が、災難や自己から逃れさせたいからや!…って甘い解釈をする」
「そうだね」
「そやから、こんな夢を見させる“上”の意図って言うのが大事。
それは、大概の人はたくさんの因縁を背負ってて、不幸な事象に遭うことそのものが、恨みの連鎖の霊的干渉によることで、その恨みの連鎖の原因になってる=恨みを買った先祖とかに、その事象を観せんならん。
観させることが必要やからなんや。
そやから、先祖が子孫を観察する…子孫が不幸な目に遭う…それを観た先祖は、自省(胸の磁性“十”)する。
自分がしでかしたことで、子孫が不幸な目に遭うことを知るからや。恨みの連鎖の種をまいた先祖は、それを観んならんやん。
ほんでから、種をまいたから、そのために因縁による不幸な事象は起きるやん。
ほんでからおじさんは、死んでからすぐそのことに気が付かんやろけど、だんだん判って行く。理解して行かんならん。
恨みの連鎖の霊的干渉=因縁としての事故に遭遇する。
それがまた、おじさんの人生の意味と意義の一端でもあることを、おじさん自身が、おじさんの心(靈)が知って認識するって事や。
“上”が不幸な事象が起きることを夢で見させる意図は、そこにありまんな」
「そうだね。
しかし、おじさん自身も、おじさんに恨みの連鎖の霊的干渉を背負わせた先祖も、そのことにすぐ気付くことはないね」
「そうでんな…。
そやから、おじさん自身のことだけ思っても、おじさんの心(靈)がそのことに気付くのは、多分…死んでから自分の“主護霊”と感応共振できるくらいの認識になったときやな。
言い換えれば、おじさんが死んでから、ある程度、霊的成長を果たしてから、“主護霊”はんが、おじさんの目の前に現れるってことや」
「うん」
「そやから、死んで間もないときは、自分に起きた災難が恨みの連鎖の霊的干渉によるものなんて認識は無いやろ。
(そやからこそローム太霊さんは、S会=紫光会のローム霊訓講話で、死のことを、比較的最初に述べたんや)
その認識を獲得するために、あっちの世界(死んでからの場(フィールド))では、いろんなことに遭遇するやろし、それもおじさん本人の霊的成長のために、“上”が意図的に遭遇させることやろし、ほんでから、そのたびごとに“上”は、その人自身の心(靈)に、認識(悟り、幸取=さとり)を得させようとする通信を送るやろ。
それがその死んでしもた人のオーラになっていって、それは“一”=智性=1番目のオーラで、そうなれば始めて“主護霊”はんが登場して、その人が死んでしもた理由を説明する。ほんでから、恨みの連鎖の霊的干渉についても、その人とその人の先祖が背負っていたことについて説明する」
「その通りだね。
そして、もうひとつ大事なのは、“予告されている筈であるが、本人がそれを知らないのはその背後の霊が強力ではない”って指摘されてる所だが、(パチモン)Kellyにはこの言い回しの意味はすぐ理解できるよね」
「そやからそれは、“上”の通信を妨害してる“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)の存在がたくさん憑いてたなら、受けられへんって事でんな。
それは先生の“主護霊”はんの言い回しの、“動きが取れない”って事でんな。
(ローム太霊との出会い 146ページ 参照)
たくさんの悪霊が憑いてたなら、“上”は通信を送られへん。簡単なことやおまへんか。
ほんでから不幸な事象を願ってるのが悪霊=“下”の霊的存在なんやからこそ、“上”の通信を妨害する。
目先の楽しさばかりに注目させるとか、この場合は、おばさんが“そんな夢など気にせずに”…なんて言うた。それをおじさんが受け入れる。
因縁を贖う(あがなう)って言う意味合いでは、この事故を受け入れる必然はあったやろけど、因縁を贖わんとアカンからなんやけど…」
「うん。おばさんがおじさんに夢のことを気にしないでっていったことについて、たいして罪はないよ。
ただ、おばさん自身が霊的に低い。それとおじさんも、その夢を見たからっていう理由で、自分の行動を決定できなかっただけだよ」
「そうやな。
そやからそれは、おばさんが、おじさんの見た夢に対し、たいして意味を考えへんかった。
それは、おばさん自身が“上”から通信を受けてないのか、妨害されてたのか…。そやからそれは、旅行に行くって言う目先の楽しさが心(靈)を支配してたからや。
そんなことを本人に思わせるなら、簡単に“上”の通信を妨害させることが出来る。
ほんでから通常、“上”の通信を受けられへんのは、恨みの連鎖の霊的干渉の結果が因縁で、不幸な事象で、その意味まで理解してる“主護霊”はんとかはあんまり居てへん。
それは“主護霊”はん自身が低いからや。
そやから不幸な事象を夢で見させるほどの強力な“主護霊”はんが、仮にその人と一緒でも、その本人の霊的成長度と極端な違いがあったなら、感応共振できへん。そんなふうにはなってまへんな。
そやけどそれも、一般にあんまり認識のないことでんな。それも、前に先生との話でよく出てきた、霊的干渉の変圧の概念でんな」
「そうだね。
今(パチモン)Kellyが言ったことをまとめれば、生きている人に通信を送れるような強力な“主護霊”は、中々居ないってことだし、それは、その人とその人の“主護霊”の霊的成長度はバランスしていなければならないって事でもあるし、ほとんどの人は、霊的成長度が低いからこそ、その人の“主護霊”もあまり高い存在ではない。
また、その人の霊的成長度が低かったなら、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応共振は許可されない。
その具体例として解りやすいのは、S会=紫光会の主護霊会に出席した人の中でも、“主護霊”が出なかったケースもあった。
アタシ自身、何回も交霊会に出席したが、そんなケースがあったのを覚えている。
要は、霊的成長度の低い人は、T霊媒=竹内満朋の物理霊媒の能力に遭遇する縁があっても、その人の“主護霊”もその人自身も低いから、“主護霊”が言葉を発して指導するって言う許可が出ない。
結果として“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の指導を直接受ける霊縁が無かったってことになる」
「そうでんな。
そやから、重要なのは、このローム太霊講話集の中でローム太霊さんが言うてるのは、すべての地球人の霊的成長度に当てはまることではない。
そやから同じ意味のことを繰り返せば、“その背後の霊が強力ではない”って言うのんは、その人本人がまだ低かったなら、その人の“上”は、“主護霊”はんは本人に通信を送ってもそれが許可にならへんって事や。
ほんでから“主護霊”はんからの通信や指導が無かったなら、当然のこと何やけど、自分たちは霊的成長して行かんやん。
そやからこそ“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)の存在は、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の通信を妨害する。
そして恨みの連鎖の霊的干渉による因縁って認識の無い霊は、言い換えれば不幸な事象で死んでしもた人は、恨みの連鎖の霊的干渉に加担していく霊的存在になる。
ほんま、ローム太霊さんのこの話を聴いたならそこまでのことを思わんならんし、思うべきでんな」
「そうだね。
しかし、通常、そこまでのことは思い当たらない。
だから、通常の人=霊的成長度の低い人は、ローム太霊講話集の言葉を自分の商売に引用したり、文章そのものを引用した本を書いたりとか、ローム太霊講話集をぼろぼろになるまで読んで成功者になったって思ってる人もいるようだけど…」
「それは形骸の価値観での成功者でんな。
成功って概念は、物欲と(通貨としての)金と形骸の名誉に起因する発想でんな。そやからそれは、自己奉仕者の発想でしか無いやん。
そやからそれは、ローム太霊さんが人に望んでることでもありまへんな。
ローム太霊さんは、真実=真固止を認識できる人を望んでるんやし、人の霊的成長を望んでるから神への“道”を説いてる。
そやから、形骸の価値観での成功者は、ローム太霊さんが望んでる人では無いやん。
ほんでから大体、あの本は、何回も読まんならんから、ぼろぼろになるのは当然で、先生かて何冊も買いなおしたんでっしゃろ。
ほんでから何十人もの人に読んでもろたんやろし…そんな話を前にしましたやんか」
「そうだったね」
「そやから今の話、ほんまの成功者って言うのんは、霊的成長を果たし、どれくらい神に近づき、神さんに認められる人になったのか…その視点で論じられるべきことでんな」
「その通り、あえて(パチモン)Kellyに言うまでもないことだったね」
「まあエエですわ。何回も確認せんならん重要な事柄やと思いまんがな。
 そやから話を戻して、今話をしてるローム太霊講話集の死の前後を説明してはる中で、第九話には、“憎悪の霊団”って表現も出てくる。
そやけどそれは、いうまでも無く霊的成長の方向性ではないやん。
恨みの連鎖の霊的干渉を引き起こす原因としての霊団でしか無いやん。
そやからローム太霊さんが人に望むこととして、第九話 死の前後 殺人の場合 の文の最後で、次のことを言うたと思いまんねん。

それゆえ、ここで悟らなければならないことは、汝等は常に心の鍛錬をしているが、人間は確固とした信念を持っていて、それが如何に悪口雑言されようとも、少しも傷つけられないという立派な精神になることである。誰に何と言われようと、大木の如くまたは柳の如く、それを正面(まとも)受けることも軽く逸らすことも出来る人間になるのが修行であって、どんなに恨まれ手も決して恨まない心(靈)を造ることが大切である。
         …中略…
汝等は今話したひとつの覚悟(さとり)を常に心に思い浮かべ、主護神、主護霊の導きの下に大きな御光(みひかり)の中の霊団、憎悪でなく燃える太陽のような愛の霊団の一員となり、死に際しては凡てのことを後輩に委ね、自分は幽界から霊界へと神の道一筋に進むように心掛けていればよいのである。


この文の“確固とした信念を持っていて、それが如何に悪口雑言されようとも、少しも傷つけられないという立派な精神になること”…この言い回しは、自分の外側(外国と幽界)の事象の形骸の価値や概念に振り回されてるようではアカンっていうことも感じさせられるし、大体、悪霊がささやくこと、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)の存在の思惑は、目先の欲望で人を堕落させて、その人自身に不幸な死に方をさせて恨みの連鎖の霊的干渉を引き起こす霊団の一員にする。
ローム太霊さんはそのことに対する注意を喚起したから、それが“心の鍛錬”でんな。
そやからこの文は、自分の“道”は、神格化で、それを忘れてはアカンっていうことも感じさせる。
それがまた“ひとつの覚悟(さとり)を常に心に思い浮かべ、主護神、主護霊の導きの下に大きな御光(みひかり)の中の霊団、憎悪でなく燃える太陽のような愛の霊団の一員となり”って言い回しに感じられる。
それは心が“上”に向かっていくことでもあるやん。神格化の道程でもあるやん。
そやからローム太霊講話集の第八~九話は、恨みの連鎖の霊的干渉の結果として事故に遭ったとしても、殺されたとしても、自分たちは“憎悪の霊団”の一員になってはアカン。
不幸な事象には、それなりの理由があり、ほんでからそれは、恨みの連鎖の結果として正当な報酬でもあるやん。
ほんでから生きてる人間は、先祖から受け継いでる恨みの連鎖の結果=因縁を贖わんとアカン。
先祖と子孫、子孫が因縁を贖うことそのものが、恨みの連鎖の種をまいた先祖の霊が、自省(胸の磁性“十”)することになる。
当然、先祖の霊は、子孫が事故に遭うところを観せられるやん。
それが、何回も先生との話しに出てきてた、閻魔の庁の浄玻璃の鏡(えんまのちょうのじょうはりのかがみ)でんな。
そやけど地獄の閻魔の庁の浄玻璃の鏡(えんまのちょうのじょうはりのかがみ)かて、自分の心(靈)の中の事象でんな。
それはそれを観てる本人の心(靈)がそう感じ(感じる磁性)るってことで、それを観て自省(胸の磁性“十”)せんと、先祖もその人も“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の発現に至らへんやん。
それがまた、この文の中の自我で認識する場(フィールド)、外側(外国と幽界)の事象から、自己観察、“観自在”“直日”自省(胸の磁性“十”)の“行”をするための、霊界、霊界っていう表現そのものがそれは、自分の内面とか内側(心の中と感じている事)の観察でんな。
それをして行かんならんと、現時点の地球人の霊的成長度から“上”に行かん。
それをローム太霊さんは、今まで生きてきた世界に執着を持たず=執着を持った浮遊霊にならず、あるいは、因縁霊にならず、自分の心(靈)は“上”に向かわんならんからこそ、それが霊的成長であるからこそ、“死に際しては凡てのことを後輩に委ね、自分は幽界から霊界へと神の道一筋に進むように心掛けていればよい”って言うたんやな」
「そうだね。
この文は、自分が感じている認識(悟り、幸取=さとり)のことを言っているね。それは今(パチモン)Kellyが言ったように、

幽界から霊界、
腹から胸、
マニピューラチャクラからアナハタチャクラの覚醒、
自我の確立=固定化から“慈悲”と“慈愛”、

その段階の霊的成長のことを言っているし、その時点々々での認識の違いまでも、感じさせる言い回しだね。
だから自分が感じ(感じる磁性)る事象は、生きていようが死んでいようが、良いことと感じることだろうが、悪いことと感じることだろうが、そこには“上”の意図って言うのはある。
そして、自分が相対してる事象を観察し、感じ(感じる磁性)てから、自分は何を思うのか?どう在るべきなのか?
それが大事だね。
それと、ちょっと繰り返すけど、そのことを考えるのは、生きている間だけではなく、死んでからも永遠に考え続けることを知らなければならないね」
「そやからそれは、先生の人生においての認識(悟り、幸取=さとり)でんな。“すべての事象は自分の在り方を示す”ってことでんな。
そやから事象って言うのんは、嬉しいことや悲しいことや、幸福感を感じることや、不幸って思うこともあるけど、そのときの自分の心は“上”に向かっているのか“下”に向かっているのか?
それを自分で見極めて、自分の今後の在り方を考えるのが智性(神性)で、“一”=智性=1番目のオーラが小さいとそれを考えられへん。
そやからローム太霊講話集 第八~九話の、ローム太霊さんのこの言葉は、そこまでのことまで思い起こさせるやん」
「そうだね。
…まあ、今、(パチモン)Kellyが話したようなことを、モノホンKellyさんに話したつもりなんだが、なにぶん、ドライブ中に発想したことだし、当然、文章にしてないから、モノホンKellyさんにうまく伝わったのかどうか…そのこともあったから、今回(パチモン)Kellyと話すことにしたんだ。
楽屋落ち的言い方だが…」
「まあ、楽屋落ち的言い方はよろしいやおまへんか。
大体、○○○大先生と(パチモン)Kellyさんとの会話は、○○○の心(靈)の中の二面性なんやから。
そのことは、モノホンKellyさんは承知してるし、先生の本の読者や、前のブログから霊縁のある人も承知してることやと思いまんがな。
 ほんでからに、今話してたこと以外のことも、モノホンKellyさんと話したんでっしゃろ」
「うん。それも話したいが、ちょっと一服して、茶を飲んでから話そう」
「それはあんまり話が長くなると、モノホンKellyさんが文章の長さに辟易(へきえき)するからやな。
承知しましてんな。
ほな、(パチモン)Kellyさんが茶をいれさせてもらいまんねん」


Joし _且~~ ソチャハ イカガ?

【〈 ̄ =3 =3  旦フーフー・・・ 【< ̄>日< ̄>】 グビグビ・・・ 

シブーイ!!【<≧~≦>】o旦~~~


J ̄ =3 =3  旦フーフー・・・  J ̄日 ̄し グビグビ・・・ 

シブーイ!! J≧~≦しo旦~~~

☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀

 …茶を飲んでから二人が話したことは、次回のアップロードで。

(パチモン)Kellyさん、○○○大先生とモノホンKellyさんが話した事柄について、報告を受け、そのことについて先生と久々に、ちょっとだけ長話する。 “その二”


 …前回の続きでんねん。



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「さて、もうひとつドライブ中に話したのは、霊的資格ってこと。
モノホンKellyさんとそんな話になったいきさつとして、それは、人がどんな仕事をするのか…職業の選択の話から、そんな話になったのだが」
「モノホンKellyはんはたくさんの仕事を体験してるからやな」
「そう、なんでもないような話から、そんな話になった。
それは今回、モノホンKellyさんが、今まで体験したことの無い職についたから話をしたんだと思う。
(そんな話になったのは、“上”の思惑があって、霊的成長度に於ける仕事の選択ってことを確認するためにだと思えるな)
また、モノホンKellyさんは、今までいろいろ自分の理想を追い求めていたから、たくさんの職についたんだと思われる…憶測だが。
それで、(パチモン)Kellyは理解していると思うけれど、職業は、当然“力”の顕現であること。
それは、簡単に言えば、自分が思った理想を実現することでもある」
「そうでんな。
そやけど、先生が今言うた言い回しの“自分が思った理想を実現すること”…先生にしては珍しい簡潔なものの言い様でんな。
先生が言うたその簡潔な言葉の裏にあることとして、それは、理想を実現するために、そのときの心(靈)の動きや、神のオーラ(普遍的に実在する創造主のオーラ、宇宙背景放射)との相互干渉があるし、ほんでからそれを取り込んだ憑き物の霊的干渉もあって、それそのものが神の“力”や智慧を変圧の過程で人が取り込む仕組みがあるやん。
ほんでからにもうひとつ、霊的資格って言うのんは、チャクラの覚醒の度合い、そしてそれは心(靈)の動きにも関連することや。
そやからそれを今、説明したいんやな」
「うん、それはそうなんだが、そこまでのことをドライブ中にモノホンKellyさんと話したわけではない」
「そうなんや。そやけど、ドライブ中に発想したことがあるから、今、(パチモン)Kellyさんと話をしてるんやな」
「そうだね。
だから、(パチモン)Kellyと前(のブログ)で話したときに“思惑と顕現”=現象化っていうニュアンスで話をした。
それは、“上”の思惑と自分の理想、心(靈)の動きが感応共振して、自分の肉体や心(靈)に、普遍的に実在する創造主のオーラ(宇宙背景放射)=思惑=荷電粒子を取り込む。
その心(靈)が行っていることは、“観察と認識”で、その対象は、外側(外国と幽界)の事象、内面とか内側(心の中と感じている事)に関わらず、すべての事象であること。
そしてそれは心(靈)は霊=○、荷電粒子の場(フィールド)で、観察行為は電磁波の受信であること。
また、自分の心(靈)の動きは、生体内電流に反映し、発振、発信されるオーラになり、
オーラは認識の程度を示すものでもある。
そしてオーラの発振、発信に応じた霊的干渉があり、自分に憑依させる霊、霊的干渉は、自分の心(靈)の動きと自分の心(靈)の姿勢である心(靈)の在り方でもある。
そしてそれが、また“気血栄衛(營)”(取り込んだ振動で心(靈)と体が創り変わる)でもある」
「そうでんな」
「人が持つ理想、“力”を求める動機、その心(靈)の動きについては、人(日止、霊止)は動物と違い、目上(めうえ)の脳が進化した。(大脳新皮質)
だから、人は、筋肉由来による身体能力では動物に劣る部分が多いが、“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)の中でも、知恵、知識、学問、そして霊能力、それらを行使することが出来るようになったとも言いうる」
「そうやな。
目上(めうえ)の脳、その進化(霊的成長、神格化に向かうこと)をした人は、“力”を発現したとしても、良いカタチの使い方、言い換えればよいカタチの“創造”をしようとする。
その、よいカタチの“創造”を思うって言う点で、今より霊的進化していけば、誰かが誰かを害する今の地球みたいな場(フィールド)ではなくなる。
そやからそれは、自己奉仕者はいなくなるってことや。
ほんでからにそれは、智性(神性)由来の、目上(めうえ)の脳の行使、その視点、それで自分の獲得した“力”の使い方を思い、行動するようになる。
それがまた、アセンション後の地球やな」
「その通り。こんなことは、あえて(パチモン)Kellyに言うまでも無いことだね。
そしてよいカタチの“創造”、理想を実現すること。
そこには霊的成長度に於ける“上”と“下”があろうが、何かを求めるとか達成したいとか、その動機が、愛(炁)で、アイで、“亜”が出ずる、泉、であることも説明したし、それは日足(ひたり)=思惑から、砌(みぎり)=行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)でもあることも言ったし、そうやって人間は認識を高め、霊的成長することも言ったね」
「そうでんな。
それが“創造”の“主(ヌシ)”を示す、“一”で、“一”を書くとき、向かって左から右に筆を移行する。
それがまた、“思惑と顕現”、あるいは、“思惑の顕現”。
この二つの言葉の言い回しは、“と”“の”の違い、これは格助詞なんやけど、かなりニュアンスが違うやん。
“の”は、最初の言葉、この場合は“思惑”なんやけど、その動作や状態の主体を表したりするけど、“と”は、動作や関係の及ぶ対象を示したりもする。
そやから“思惑と顕現”そして“思惑の顕現”…後者は、そこにどんな心(靈)の動きがあるのか…それを感じさせる言葉やな。
そやから“思惑と顕現”って言い回しのニュアンスは、自分が理想を追い求め、幸福の概念を持ち始め、最初は低い幸福の達成を追い求め、それは進化(霊的成長、神格化に向かうこと)過程が低いと、智性(神性)を持っていないと、低い欲になる。そして“力”を求め、それを現象化させる=この世界に現す…表す…顕す…ほんでからそれは、炁空無光眞奇力存(きくうむこうしんきりきぞん)の奇、奇才の奇(あらわすの意味がある)でもありまんな。
そやからただ単に、“思惑と顕現”って言うたなら、それは、自分の心(靈)が何を求めて、そして求めたものを顕現=現象化させるために頑張って(元の気を張って)時間の進行を感じ(感じる磁性)ながら生きる。その意味の言い回しやな。
そやけど、“思惑の顕現”って言う言い回しのニュアンスは、そこに自分の心(靈)が“どういうつもり”で動いてるのか…その心(靈)の動きは、“善(神格化の方向性と智性の受信)”か“悪(心の動きの本能化と低振動化)”か…そこまでのことまで感じさせるやん。
そやからこの二つの言葉は、自分の理想、幸福の概念、“力”を求めること、“力”を顕現して行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)することで、その意味を含んでいるけど、“思惑と顕現”って言うたならばちょっと繰り返すけどそれは、思ったことを顕現しただけの事を言い表した言い方やな。
ほんでからに“思惑の顕現”は、心(靈)の“上”と“下”、“善(神格化の方向性と智性の受信)”と“悪(心の動きの本能化と低振動化)”、“どういうつもり”…低い欲か、崇高な思いか…いろんなニュアンスを思い起こさせるやん。そこまでのことを、“思惑の顕現”って言い回しには、感じるやんか」
「そうだね。
だからモノホンKellyさんと話したのは、仕事でも何でも、自分が理想を求め、それをカタチにして自分が観察している=自分の心(靈)が感じ(感じる磁性)ている事象に対し、“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を示す。
だから、“力”、それはすべて愛(炁)が動機の“思惑の顕現”でもあるから、それは“術”(“力”の顕現)で、霊的干渉と自分の心(靈)の動きによる行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)でもある。
そしてそれに大事なのは“力(ちから)の根(ね)”=肉体内の鉄分子(“カネ”の言霊)でもある。
自分たちが何か理想を抱き、目標を思い、それを達成しようとする。
そしてそれは、“善(神格化の方向性と智性の受信)”であろうが“悪(心の動きの本能化と低振動化)”であろうが、エネルギーを贖う(あがなう)=生体内電流の強化になる=身体磁場の強化につながり、オーラは大きくなる。
そしてそのオーラの発振、発信に応じた感応共振する霊的存在が“力”の顕現に手を貸す。
だからこそそれは、仕事や行為の“善悪”に関わらず、その“術”(“力”の顕現)を行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)に現す資格って言うのは、霊的成長度に応じた資格でもある。
ちょっと話がそれるが、一般に今言った認識が無いからこそ、仙人って聞けば、甘い(亜、魔、出ずる、泉)発想で、何か特別な術を使えるのではないのかって思う。でもそれは間違った認識とも言え、幼稚なものの見方でもある」
「そうやな。それは天の僥倖、棚から牡丹餅、のびた君がドラえもんに何かを頼む心理みたいなもんでんな。ただ単に甘い夢を見たいだけでんな」
「うん。大多数の地球人の認識って言うのはそんなところだろう。価値のある貴いものは自分で獲得しなければならないなんて“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”を感じないだけだ」
「そうやな」
「その点でも、ローム太霊が御天筆でアタシに教えた力と“術”(“力”の顕現)の意味合い、それを、亻(にんべん)と、山=脳で示した。
(神格化のプロセス 目上(めうえ)と目下(めした) 霊的干渉 目上(めうえ)と目下(めした)“その六” 参照)(もうすぐ発売です)
だから、すべての“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)の顕現は、“術”と称するべきだ。
そして“力”の顕現には、資格が要る」
「それは、自分が求める理想に対し、どれくらい“行”したか=どれくらいエネルギーを贖ったか=どれくらい生体内電流の強化をしたのか。それによる霊的干渉、エネルギーを贖う(あがなう)からそれを見ている霊的存在は、憑依現象や通信を送ったりして“力”を貸したり、あるいは、何かを発想させることをする。それが身体能力やったり、発明発見やったりもする。
地球人はそうやって進化してきたやん。
そやけど今、“力”の使い方を間違えてる。
ほんでから、間違えてることに気が付かん。
そやから“力”を示すために経済が発展したり、経済を潤すために戦争をしたり、その結果は恨みの連鎖の霊的干渉の拡大…増大…今おかしな事件が多いのは、恨みの連鎖の霊的干渉の結果としか思えへん。
そしてこの星はどんどんおかしくなっていく。そやけど大半の霊能力者は、それを指摘する視点を持ってない。霊能力の使い方を間違えてるからや。
こんなことを指摘して言ったならキリが無いんやけど、解らへん人が多すぎるからアセンション後に移行できる資格のある人は少ない。
それも霊的資格ってことで、(パチモン)Kellyさんがこのブログで何回も言うてきたことなんやけど、理解できん人があまりにも多すぎるやん。
大半の人が霊的成長度が低く=“一”=智性=1番目のオーラが小さいから、認識(悟り、幸取=さとり)できへんのや」
「そうだね。今(パチモン)Kellyが言ったのは、“力”の使い方は智性(神性)によるものでなければならない。それが良い世界の“創造”の法則性でもあるってことで、このことは何回も話をしたんだけれど、その霊的成長度、チャクラの覚醒度合い、“一”=智性=1番目のオーラと、肉体を示す“土”=2~3番目のオーラ、このブログで(パチモン)Kellyが使ってる表記なら“一二三(ひふみ)”のオーラ、その大きさ。それと、心(靈)の動きとしての“ひふみゆらゆら”=“一”“二”“三”のオーラ、それぞれの左右の磁性の右往左往と左往右往。
それと“上”の思惑の相互干渉と霊的干渉。そして個人々々の霊的成長度。
これらは、画像にしたら理解しやすいのではないのかって、今回のドライブ中に発想したんだ。
またこの画像は、霊的成長度と、どんな仕事、言い換えればどんな“術”(“力”の顕現)を顕すのか、“どういうつもり”(心(靈)の動き)で顕すのか?
それについてと、霊的成長度=霊的資格を理解するのに、ちょうど良いのではないのかって思ったわけだ」

“一二三”のオーラと、肉体の器官による水平磁場 

水平磁場 身体内の七つのチャクラ 構成器官  




“一二三”のオーラと心(靈)の発現 

1番目、2番目、3番目のオーラのオーラを“上”から観る 








「これは…いろんなことを感じさせる画像でんな」
「うん。
それで、この画像を中心に、“術”(“力”の顕現)や仕事、憑依現象を分析すると非常に解り易い。
言い換えれば、仕事の選択と、霊的資格=霊的成長度に於ける“術”(“力”の顕現)の発現、それと、霊能力の発現もこの画像を使いながら解釈していくと、とても解りやすいと思う。
それを(パチモン)Kellyと考えようと思ったんだが…ちょっと長い話をしたから、お腹がすいたね。(パチモン)Kellyはお腹はすいてないかい?」
「すいてまんがな」
「話は一服して、野菜たっぷりにゅう麺でも作ろうか。
実は、今年のうちのベランダは、青唐辛子が豊作だった。青唐辛子の収穫は暑いときが中心なんだけど、今でも収穫できているくらいだね。
それで、青唐辛子の味噌漬けや、醤油漬けを作ったんだ。
余談だが、今回、モノホンKellyさんがうちで合宿したときに、冷奴を青唐辛子の味噌漬けで食べてもらい、大絶賛だった。
話を戻し、その青唐辛子醤油漬けを、にゅう麺に使うと実にうまい。ちょっと辛くてマニアックな味になるけどね。
アタシがそれを作るから、(パチモン)Kellyに食べてもらって、そのあとで、今回発想した画像でいろいろな分析をしよう」
「それは楽しみでんな。ご馳走になりまんねん」

 

にゅう麺でっせ~ 


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 …にゅう麺を食べたあとに話した内容は、次回のアップロードで。

 

 

(パチモン)Kellyさん、○○○大先生とモノホンKellyさんが話した事柄について、報告を受け、そのことについて先生と久々に、ちょっとだけ長話する。 “その三”


…また、前回の続きでんねん。



☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀



「さてね、(前回紹介した)画像を観て、(パチモン)Kellyが感じたのは、どんなことかな?」
「まず、動物と人(日止、霊止)、進化した人(日止、霊止)の心(靈)の構成って言うのんか、心(靈)の成り立ちって言うのんか、先生は前のブログでいろんな言い回しをしましたやんか。
そやからそれは、この画像を見るとすぐ分かるやん。

“一二三”のオーラと心(靈)の発現 



これは平均的地求人のオーラの構成でんな。智性(神性)のオーラ、“一”=1番目のオーラが小さい。
そやから平均的地球人の心(靈)の動きは、自我から“下”の心(靈)の動きが中心やってすぐ分かる。
その心(靈)の動きでの、(前回のアップロードで言うた)“思惑と顕現”そして“思惑の顕現”、これは一言で言うたなら“どういうつもり”で行動するのかってことや。
そこに自分たちはどんな心(靈)の動きを見出せるのか、言い換えれば、行動の動機って言うのんはすべて愛(炁)が動機なんやけど、その愛(炁)の顕現が高いか低いか判断することができるやん。 
そやから、人の行動って言うのんを観れば、言い換えれば人の心(靈)が顕す行動は、自己奉仕者と奉仕者って違いになる。
そやから自我の確立=固定化の段階、自我中心の心(靈)の動きの人の愛(炁)の顕現って言うのんは低い。
そやけど、人は、進化して神さんに近くなっていくと、愛(炁)の顕現の程度が高くなり、思想にも行動にもそれが顕れるようになる。
…こんなことはいまさら先生と話すようなことでは無いんやけど」
「そうだね」
「ほんでからあえて言うとけば、自己奉仕者の世界は、欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとかをして、ほんでから奪い合いが続けば、最後には殺しあいになる。
そやからそれは、如何に大義名分を振りかざしてても結局は人殺しをして自国の経済を潤してるどっかの国は、その解りやすい一例や。正義って言葉を、自分たちに都合よく、うまいこと使ってるだけや。
そやけど自己奉仕者の低い心(靈)の動き、それも霊的進化に必要で、醜い行動であろうが、美しいと思われる行動であろうが、要するに“上”の心(靈)の顕現なのか、“下”(低い心(靈))の心(靈)の顕現なのかなんやけど、そのどちらもエネルギーを贖うことには違いない。
そやから進化って言うのんは、やってることの“善悪”(神格化と、動物化=心の本能化)とか、美しいと感じられる行動か、醜いと感じられる行動か、その“上”と“下”の程度に関わらず、すべての生命(生きる使命=存在理由)は、進化してるってことでしかない。
ほんでから先生は、前のブログで、ミミズ、ヒル、ゴカイ君を引き合いに出して、進化や霊的成長度の違いを説明した。
また、霊的成長度は進化過程で、その過程に於ける肉体の違いも説明したやん。 
それは、ミミズ、ヒル、ゴカイ君は、目ん玉が無い。脳が無い。心臓も血管が発達した程度のものしか発現していない。
それは言い換えれば、心(靈)の発現も、とても低いってことや。それは、肉体が持ってる磁性も小さいからや。
ほんでからその磁性を構成する肉体の器官も、進化過程として低いからや。
それをチャクラで言い表せば、ムラダーラチャクラの幼稚なもんみたいなもんでんな。一番最初の心(靈)の発現とも言える本能すら、とても低いってことや」
「そうだね」
「ほんでから、ミミズ、ヒル、ゴカイ君は美しいと感じられる生命ではない。
そやけどその見方は、私たち人間の見方でしかなく、その下等な生命かて進化過程には違いない。ただ低いだけや」
「そうだね。アタシたちの進化程度が、進化程度の低いミミズ、ヒル、ゴカイ君を醜いと感じ(感じる磁性)る。それも自分たちの心(靈)による、事象の観察の結果だね」
「ちょっと話がそれてしもてるけど、今の話、人は、下等生物を見て“美”と“醜”、“上”と“下”を見出せる。
ほんでから人は、他者の行動や自分の行動に対し、“善悪”(神格化と、動物化=心の本能化)を見出せる。 
それは、人(地球人)が、わずかに獲得した智性(神性)で判断してるってことや。
そやからさっきの話、霊的進化程度の低い人は、自己奉仕者の行動をとり、それは智性(神性)をあんまり持ってないから、この画像のようなオーラの構成になる」

1番目、2番目、3番目のオーラのオーラを“上”から観る 


「そやからそれは、“上”から注がれる振動を、肉体の磁性で取り込んでるのが進化過程でもあるけれど、この画像を見てすぐ判るように、平均的地球人は、低い部分が中心の感応共振しかしていない。
言い換えれば、平均的地球人は、普遍的に実在する創造主のオーラ(宇宙背景放射)の低い部分との感応共振で心(靈)が構成されているのがすぐ判るやん。
ほんでから低い部分の感応共振、それは霊的干渉にも言えることや。
同じような心(靈)の発現と、同じような心(靈)の動きの霊としか感応共振しないし、それは、アミの本で使われた表現“変圧”でもある。
いきなり高い霊的存在は平均的地球人と感応共振しないことも、この画像ですぐ理解できる。
そやから(パチモン)Kellyさん的にさっきの画像を補足したなら、こんな感じになりまんな」

 

平均的地球人と“上”との感応共振 



「それに対し、霊的成長を果たした人、霊的に進化した“日止、霊止”、今後=アセンション後の地球人は、“王”って言う字が示すように、1番目、2番目、3番目のオーラのオーラの大きさのバランスが、現時点での平均的地球人とは違ってくる。
それは、胸の磁性“十”と頭の磁性によることや。
胸の磁性“十”は、“日月神示”表記の“江戸と尾張”腹の水=“江戸と尾張”の“江”…自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロンから、シンクロトロンに移行して、“慈悲”と“慈愛”って心(靈)の発現をするようになる。
それがほんまのアナハタチャクラの覚醒やな。
そして“慈悲”と“慈愛”の心(靈)を発現した人は、事象を観察する視点も違ってくる。
ほんでからにそれは、自分の心(靈)の動きを観るにあたっても、“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”由来の観方をする。そやからこそ自分の“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)の顕現の在り方を考える。
そやからそれは、一言で言えば自己奉仕者ではなくなる。
それは自分の“力”をどう扱うのか考えて思うってことなんやけど、その、考えて思うことは、日足(ひたり)のエネルギーラインでもあるんやけど、それは結果として、大脳新皮質、目上(めうえ)の脳の進化になっていく。
そやから要は、智性(神性)の発現とその心(靈)の動きは、頭の磁性、目上(めうえ)の脳の進化につながっていく。
そしたら、“上”から注がれてる荷電粒子との感応共振も、違ってくる。
そしてそれはオーラにも反映する。そやからそれは、こんな感じになりまんな」

アセンション後の“創造”を神から託される人のオーラの構成 




そやからそれは、智性(神性)の発現で、その霊的成長度の人の行動も、当然、智性(神性)が顕現したものになる。
そうなれば、自分が獲得した“力”の使い方っていうのんは、自己奉仕者のような低い使い方はせんようになる。
すべてが良いカタチになるように“力”の使い方を考えて思い(日足(ひたり))、それを行動に活かすようになる。(左往右往)
すべてが良いカタチになるって言うのんは、それそのものが“創造”の“主(ヌシ)”、神さんの思惑やろし、“日月神示”の表記なら“うれしうれし”“大歓喜”やろし、それがこれからの地球人が進んでいくべき進化過程やな」
「そうだね」
「ほんでからそれは、現状の進化過程の地球人=比較的動物的な人から、神さんに近づいていく人への霊的成長の過程や。
そやから、動物から人、その違いって言うのも行動に顕れるやん。
そやから、行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)を起こすのは、さっきも言うたとおり、愛(炁)の顕現に於いての、その動機とも言いうる心(靈)の動きの“上”と“下”がある。
心(靈)の動き、それは肉体で言えば、目上(めうえ)と目下(めした)=大脳新皮質と大脳旧皮質と古皮質。
智性(神性)と、智性(神性)以下の振動、それは“下”(低い心(靈))から、本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵(知識)って言ってもエエな。
ほんでから人と動物の相違点、動物より霊的に進化した人間は、智性(神性)を持って智性(神性)以下の心(靈)の動きを制御できる。 
ほんでから人間は、自分たちの心(靈)の動きも観察できる。
そして、人は、自分たちの心(靈)ってもんを、事象を観察して認識する道具としての言葉で、認識をし始めたとも言いうるけど、言葉の意味をよく理解していない人も多い。さっき言うた、大義名分で人殺ししてるどっかの大国なんてのもその一例や。
そやけど、事象を観察して認識するための道具としての言葉、これは先生の言い回しやったやん。
そやから人は、自分たちの心(靈)の動きを言葉で分類してる。当然これは、動物には出来ないことでもあるやん。
ほんでからもうひとつ、私たち人は行動や心(靈)の動きに“善悪”(神格化と、動物化=心の本能化)を見出せるようになった。
これも、動物には出来へんことや。
そやから“一”=智性=1番目のオーラがあるって言うのんは、自分の心(靈)の動きを言葉で認識できる。そして自己観察できる。自分の心(靈)の動きに“上”と“下”を見出せる。本能由来の行動か、智性(神性)由来の行動か。その違いを知るのは、智性(神性)でしかない」
「そうだね。
だから、言葉を使いこなすのは、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)過程としての必須条件でもあるね。
しかし、そのことすら平均的地球人には、あまりしっかしした認識が無いね」
「そうでんな。
そやから現時点の平均的地球人の認識って言うのんは、言葉を知ってるだけでしか無いみたいなもんでんな。
 ほんでから、今後の世界は、霊的進化した人の世界になる。それは、言葉に対しての認識も変わってくるやろし、そやから“誠”って言う言霊は、言葉成る、意味は、自分が発振、発信した振動(言葉)が完成するってことになるんやろ」
「そうだね」
「そやから、前のブログで使った、真実=真固止、ほんでから“日月神示”表記の、○ 九 十(まこと)、ほんでからに今言うた、誠。
すべて霊的成長に伴う表記でんな。
ほんでからそれは、自分たちの心(靈)に真実=真固止って認識ができたっていう霊的成長過程でもあるんやな」
「その通りだね。
だから、平均的地球人って言うのは、真実って言葉を知っていても、それを体現していない。それは言葉だけを知っているだけとも言い得るし、体現できない=行動に顕せないのは、真実を認識した霊的成長度では無いとも言いうる」
「真実って言う言葉だけしか知らん。真実を行動に移さへん。そやから霊的成長のための宗教とかヨガとか、価値のあるものは形骸になって商売に利用されたり、自己奉仕者の道具に成り下がってしもてる。
低い霊的成長度の人たちの欲望の実現のための道具に使われてしもてるってことや。
そやけど、今後=アセンション後は、そんな霊的成長度の人は存在を許されへん。
それがアセンションの真の意味と意義で、そやからこそ、アセンション後の事象は、真実=真固止の世界になる。そういう言い方も出来まんな」
「そうだね」
「ほんでからアセンションは神さんの計画で、時間の進行=進化を認識している生命である私たち人が、心(靈)で感じてる、神さんのプログラムでもある」
「そうだね。
霊的成長って言うのは、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)のプログラムでもあることすら認識が無いから、アセンションを間違えた解釈をするんだろう」
「そうやな。
そやけど、今言うてたのは、人間と動物の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)程度の違いやった。いつの間にかアセンションの認識に対する話になってしもてる」
「いいんじゃないかな。アセンションに対する認識の違いも、霊的成長度によるんだから」
「そうでんな。
…話を戻して、人と動物の違いを観れば、これは当たり前のことでもあるけど、当然、動物にはアセンションなんて認識は無い。
それ以前に、動物には進化の認識が無い。
それ以前に進化(霊的成長、神格化に向かうこと)とか認識(悟り、幸取=さとり)とかの言葉を持ってへんやん。ワンワンニャ~ニャ~ブ~ブ~モ~モ~コケコッコ~なんやから。
ほんでから今言うてた霊的成長度の低い人のアセンションって言うのんは、それを知ってる人間でも、その認識はずいぶん違うもんになってる。アセンションって言葉と、アセンションの情報しか知らんからや。
それは、甘い夢ばかり見たい霊的進化過程の人が多いからや。
その進化過程は自我の確立=固定化の段階の進化過程で、また“一”=智性=1番目のオーラが小さい霊的成長度の人や。そやからその人たちはアセンションの真実を認識出来んやん。
何回も考えたことやけど、今後=アセンション後は、霊的進化をある程度果たした人の世界で、それは智性(神性)と“慈悲”と“慈愛”由来の心(靈)の動きってもんがないとアカン。
ほんでからそこには、自分が獲得した“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)をどう扱っていくのか?
その違いが出てくると思われるやん。
そやからそれは、今までの地球上の“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)の使い方って言うのんは、霊的成長度が低い人がほとんどの世界やから、個人の欲望、あるいはその人の狭い範囲での欲望の達成が目的で“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を使う。
そやからそれは、“上”から受信した“力”ってもんを、自分だけ、あるいは自分たちだけのものやと思い込む。
それが自我の確立=固定化の進化過程。
ほんでからそれは、土=2~3番目のオーラの進化過程でもあるやん。“一”=智性=1番目のオーラを持ってない動物に近い進化過程=霊的成長の過程でもありまんな。
そやけど今後=アセンション後は、自分たちがエネルギーを贖って(あがなって)手に入れた“力”の使い方、顕現の仕方は、今とは変わってくる。
それは地球人の“一”=智性=1番目のオーラが、平均的に今より大きくなってくる。
その違い、“一”=智性=1番目のオーラが小さい人の行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)って言うのんは、自己奉仕者になるし、当然智性(神性)が無いんやから、“慈悲”と“慈愛”なんて心の発現は無い。
そやからそれは智性(神性)を発現した人から見たならば、自我の確立=固定化の心(靈)の進化過程の人は、動物的に観える。
今(パチモン)Kellyさんが言うたことは、今までの“日月神示”の解釈に何回も出てきてることやし、そやからこそ“日月神示”って言うのんは、“ひつく”=太陽凝視を“行”として行うことで、智性(神性)のオーラ、“一”=智性=1番目のオーラを大きくする方法でもあると思えるやん」
「そうだね。
だから“日月神示”って言うのは、霊的進化とアセンションのことを説いているね。でも大概の人は、それに気がつかない」
「それは今、(パチモン)Kellyさんが言うたみたいに、平均的地球人の霊的成長の過程は、“上”との感応共振をしていない。
そやから“日月神示”を利用して本を書いたりしてる人は多いけど、大体、現状を批判してるとか、おんなじ様なことしか言うてないでんな。
そやから“日月神示”の言葉の一つ一つに霊的成長の秘密を読み取ることが出来てない。それは、如何に低い心(靈)で“日月神示”を見てるのかって事でもあるんやけど、今話してるのはそんな話や無かったでんな。
またまた話を戻し、自我の確立=固定化の段階の進化過程での霊的干渉の一例といえるのは、物理霊媒や自動書記、ひどい場合は低い霊的存在に取り憑かれておかしくなるケースもある。
そやけどT霊媒=竹内満朋はんや、岡本天明はんみたいに、霊的に高い存在の思惑があって、人の霊的成長のために何かを教えるのは、“上”からの“命”があって起きてる霊的干渉で、それによる現象はちょっと違う例や。
そやけど一般に多い憑依現象や、“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を顕すための霊的干渉って言うのんは、自分の心(靈)の動きに感応共振してくる憑依霊が多いやろし、また因縁霊の思惑かてあるやん。
それは、智性(神性)との感応共振ではないからや。
自分の心(靈)が自我中心やから、感応共振する霊的存在も、自我の確立=固定化の段階の進化過程の霊的存在と、感応共振する。
そやからそれは、自我の進化過程の人、対、自我の発現の進化過程で死んだ霊的存在の感応共振って言うのんは、自我までの心(靈)の動きしか顕すことができないみたいなもんや。
またそれが、近い進化過程の霊的干渉で、極端な“変圧”(アミの本で使われた概念。高い振動の霊的存在はいきなり低い心(靈)とは、感応共振しない)の無い、自然な霊的干渉でもありまんな」
「そうだね」
「ほんでから、現状の霊的干渉に対して、今後=アセンション後の場(フィールド)は、“一”=智性=1番目のオーラが大きい人で構成されるから、霊的干渉かて“日月神示”の表記のように天意を受けるとか、“天詞様”とか、要は、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の思惑を自分の思想にして行動する“日止、霊止”ばかりになるってことで、とうぜんそれは、“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)の顕現にも反映する。
そやから“力”の顕現は、“術”ってことで、“力”を良い“創造”のために顕すのは、“上”との感応共振が必須やし、“上”と感応共振するには、“一”=智性=1番目のオーラが大きくなければならないやんか。
そやから“一”=智性=1番目のオーラの大きい人は、仕事とか霊能力、それを真実と認識して、価値のあるものを貴く扱い、価値のあるように顕現する。
言い換えれば、貴いものは貴い。神聖なものは神聖に扱う。
そうやって使わんならん。
それをまたまた言い換えれば、ほんまに価値のある“力”の顕現をしようとする。そやから、霊的進化した人(日止、霊止)の場(フィールド)である今後=アセンション後の地球は、そうなると確信できまんな。
それに対し、霊的進化程度の低い自己奉仕者は、貴い神聖なものを利用して商売にして自分の低い欲望の達成のために利用してる。
そやからそれは、平均的地球人のオーラの構成を観ればすぐ判るやん。
智性(神性)があんまり無くって、腹の心(靈)の発現の、自我中心なんやから。
…そやけど、霊的資格ってことを考えてると、知らんうちにこんな話になりまんな」
「(パチモン)Kellyに言うまでもないことだけど、霊的資格は、霊的成長度による“力”の顕現でもある。
同時にそれは、“思惑の顕現”でもある。
だから、仕事でも憑依現象でも同様の法則性があるから、(パチモン)Kellyはそれを自分の心(靈)にしっかり認識してるから、今、話してたみたいな言い回しになるんだろう」
「そうやろな」
「今話してたのは、“術”(“力”の顕現)とか、“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を表すための行為としての仕事とか、憑依現象の具体的な分析には、欠かせないことだ。
だから、今、(パチモン)Kellyが話したことは、分析をする上で大事な認識ってことだ」
「そうかもしれへん。そやけど…具体的な話になってまへんな」
「うん、今の、霊的干渉と、“術”(“力”の顕現)としての仕事、この話は具体例を挙げて話すと理解しやすい。
その話を(パチモン)Kellyとしようと思っていたんだが、その前に、大事な認識を(パチモン)Kellyは、語ってくれたわけだ。
 …で、これから具体例を挙げて二人で分析しようと思うんだが、部屋にこもりきりで長い話をして酸欠になっているから、少し散歩しようか」
「そうやな。それも大事なことでんな。
頭が酸欠やったなら、目上(めうえ)の脳がしっかり働けへんやろし。
ほな、出かけようやおまへんか」



☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀

…○○○大先生と(パチモン)Kellyさん、近所の公園まで散歩中…



「先生、あそこに退屈そうにしてる犬が居てまっせ!!」
「ほんとだね。それじゃ、あの犬をちょっとだけちょ~らかすことにしようか」
「オッ○ー牧場でんがな」

(“ちょーらかす”は、名古屋弁でからかうの意)

○○○大先生と(パチモン)Kelly 散歩中に犬発見!親愛の情を示す行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)をとる。  




この画像の意味が解らへん方は、以下の記事をご覧くださいでんねん。

Kellyさん、チョ~ベッピンはんのA野さんに、真実=真固止の“美”…その認識(悟り、幸取=さとり)を獲得し、本当のチョ~ベッピンはんを目指して欲しい…って、真剣に話をする。

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…散歩した後で話したことは、次回のアップロードで。

(パチモン)Kellyさん、○○○大先生とモノホンKellyさんが話した事柄について、報告を受け、そのことについて先生と久々に、ちょっとだけ長話する。 “その四”


…またまた、前回の続きでんねん。



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「それじゃ、“術”(“力”の顕現)と仕事、霊能力の発現とその行使について話そうか」
「オッ○―牧場でんがな。
 そやけど今言うた先生の言い回しは、それはその二つともが自分のエネルギーをどう贖う(あがなう)のか、“どういうつもり”で頑張って(元の気を張って)エネルギーを贖う(あがなう)のか。
言い換えればどんな発振、発信をするのか。何を求めてるのか。その裏には、自分たちの良いカタチを求める幸福の概念がある。
そやけど程度の低い幸福の概念による“思惑の顕現”=現象化は、自己奉仕者の行いになる。
そやからそれは、自己奉仕者から奉仕者。複雑な言い回しをすれば“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”から(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者。
それが霊的成長なんやって認識(悟り、幸取=さとり)が、一般にありまへんな」
「まったくそうだね。
だから、“術”(“力”の顕現)の行使と“思惑の顕現”=現象化は、形骸の価値観由来の発想をする人が圧倒的多数で、成功者とか、実力者とか、それらの言葉を使う人は、(通貨としての)金を獲得することが第一みたいなもんだし、もうひとつ、形骸の権力と地位=サル山のボス猿程度の低い功名心と自尊心を満たすのが目的の霊的成長度でもある」
「てんで低いでんな。そやけどこの事象は、現時点、それが当たり前でもあるやん。そやから、そんな霊的成長度の人が活躍してるこの世界は、このままでは崩壊する。
それを、そのことを、地球人より“上”の存在は教えてるんやけど、言い換えれば、地球人の平均的霊的成長度の低さのことを指摘してるんやけど、低い霊的成長度の人は、ただ、情報しか認識出来なくって、自分たちの霊的成長度の低さを省みることをしないやん。
ほんでからアホくさいのは、情報を利用して商売してるやんか。
最近のコピーとして“宇宙と一つになる秘訣とか、精神世界や心の世界の力を使いこなし あなたの生活を豊かにする3つのコツとか、201○年に加速する引き寄せ、アメリカで一部の人だけが知っている 本当の秘密を期間限定で無料公開”…まったくアホやんけ。
ほんでからこの世界は、霊的成長度の低い人が圧倒的多数やから、情報を大騒ぎしてるだけで、最近公開された映画、20○2年なんか、その手のたぐいのひどいもんやな」
「そうだね。
大概の人は、他者への奉仕なんてことを真剣に考えていない。また、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の存在が伝えた情報について自分たちがどう在るべきなのか考えもしない…言葉だけをもてあそんでいるだけに等しいね。
だから、今、(パチモン)Kellyが言ったとおり、アセンション後の事象に位置できる霊的成長度の人は、奉仕が当たり前になるのは当然。前のブログでよく引用した、ブーメランの法則、与えれば返ってくることは当たり前の認識になる。
そしてそこには、形骸の権力とか地位とか、(通貨としての)金は無くなる。
このことを理解できないことそのものが、霊的成長度の低さを示すものなのだけれども、それすら(アセンションの情報をもてあそんでいる人たちは)判らないのだろうね」
「そうやな。
そやから今先生が言うたんは、それは、智性(神性)由来のものの観方をしていない。そやけどそれは仕方おまへんな。心(靈)に“一”=智性=1番目のオーラ、言い換えれば智性(神性)の発現をしていない。その観方=その認識(悟り、幸取=さとり)しか、出来ないんやから。
そやからそれは、“上”の高い振動の受信によって構成されるべき“一”=智性=1番目のオーラをもってない。以下の画像のような人が平均的地球人の霊的成長度でもあるからや。

 

“一二三”のオーラと心(靈)の発現 1番目、2番目、3番目のオーラのオーラを“上”から観る




それに対し、今後=アセンション後に位置できる霊的成長度の人のオーラの構成は、以下の画像のようになるし、そうならなければならないのが、人って表記から、“上”の振動を止める意味での表記の“日止、霊止”への“道”でもありまんな。

 

アセンション後の“創造”を神から託される人のオーラの構成 

 



ほんでからにこの画像が示すのは、神格化へのプロセスでもあるやん。現時点での目下(めした)中心の心(靈)の動きから、目上(めうえ)中心の心(靈)の動きになっていくことも示してる。
そやから人は進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して行って、だんだん智性=神性が豊かになる。そやから、智性(神性)由来の“力”の使い方は、自分が感じ(感じる磁性)得るすべての事象のよいカタチを願い、そのために“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を行使する。そして“日止、霊止”はそのために頑張る(元の気を張る)。
そやからそれは、“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)って言うのんは、何のためにあるのかってことを考えれば解りやすい。
そやからそれは“力”を事象に、現津(あきつ)、観察され得る事象に顕現するのは、間違いなく“上”からの贈り物でしかない。
そやけど、“力”の獲得をするのは、言い換えれば“上”との感応共振と、霊的干渉による“思惑の顕現”=現象化は、自分の心(靈)の動きによるものであり、自分の心(靈)の動きには“上”と“下”があるってことを知る…それがまた、アセンション後の“創造”を託されるべき霊的資格としての必須条件でもありまんな。
ほんでからにそれは、例えば、陰徳とか、人知れず努力したとか、形骸の権力や金を目的にしないで頑張った人(日止、霊止)、そういう人に“上”は教えようとする。
そして、“上”は導く。
そやけどその“上”の導きは、“力”の顕現が目的では無く、智性(神性)、“一”=智性=1番目のオーラの獲得が目的やから、右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をする。
そやから少し高い視点でものを観るとするならば、ほんまの成功者とか実力者って言うのんは、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)が認めるべきものや。
智性(神性)由来の“力”の顕現をする人や。
そういう人を“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)は望んでるし、そのために“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)は人にいろんな体験をさせる。
そしてそれは、いつも人を見守っている“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の存在としての、天の御目(あめのおめ)の意味のひとつでもあるやん」
「まったくそうだね。
それは、以前(前のブログ)で紹介した、S会=紫光会の経文、四空經録にも、“世為人為 陰徳普及”って表記がある。
人(日止、霊止)は、そう在らねば(あらねば)ならない」
「そうでんな。
そういう心(靈)の在り方の人をローム太霊さんをはじめとした、S会=紫光会の霊団の“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の存在は、求めてはって期待してるんやろな」
「そう思う。
だからこのことは、現時点の地球人が、自分たちの指標にするべきの心(靈)の在り方で、それは、アセンション後に位置できる人の、一番大事な霊的資格を示している情報だと思えるね」
「そうやな。
そやから、現時点での“力”の顕現と行使は、さっき指摘した通り、自己奉仕者由来の発想の、たった一人、あるいは少数のための“力”でしかないことが多い。
そやけど、そんな“力”の使い方ってもんを“上”は教えてないと思えるやん」
「そうだね」
「そやから、“力”ってもんを、自分の心(靈)が見たならば、どう扱うべきか考える。
ほんでから“力”の使い方、扱い方を間違える…それは低い心(靈)の動きで“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を使う。そうすると最初は上手く行ってても“神の咎め”があって失敗して教訓を得る。それがあって初めて“力”の使い方と自分の心(靈)の在り方を思う。
それが“観自在”の意味の一つでもあるやん。
そやけど、大概の仏教関係者は、“観自在”の意味を見出せん。観自在菩薩って呼ばれてる菩薩が居てるって思うてる坊さんが大半や。
いかに今の坊さんは、経文の言葉から、真実=真固止を見出せん霊的成長度なのか…そんなことまで感じさせることやな」
「そうだね」
「ほんでから、見せ掛けの言葉を多用して、人の甘い(亜、魔、出ずる、泉)心(靈)の隙をつく、感謝して生きましょう、生かされていることに感謝しましょうとか、そんな言葉で信者集めをしてる霊的成長度の低い人も居てる。
結果それは、自我の肥大をした人を集め、その言葉を使ってる人も、自我の確立=固定化の進化過程でしかない。
そやけど、その段階の進化過程の人はとても多い。“一”=智性=1番目のオーラが小さいのが平均的地球人なんやから。
そやから、その形骸の言葉を、美しいと思ったりすばらしいと思ったり感動したりする。それが一般的…それが当たり前…。
そんな言葉に酔ってる人は、この地球の現状を知らんのか、あるいは無視してる。今の地球の、三秒に一人子供が死んでる現状を見て、恨みの連鎖の霊的干渉の増大を認識して、今後=アセンション後の自分たちは、どんな心の在り方をするべきなのか…。どんな心(靈)の発振、発信をして事象の“創造”に加担していくのか…。それを思うべきなんやろけど、
ただ言葉に酔ってるだけなのは、雰囲気を楽しんでるだけに等しい。
そやから恨みの連鎖の霊的干渉の増大、子供が死ぬこと、家畜を殺すこと、その結果の一例として訳の分からん犯罪が増えたりもする。そやからそれは自分たちが安心して生活できる世界を作ることの反対やな。ほんまこのことは、霊能力者が指摘するべきことなんやけど、大概の霊能力者は、低い霊能力で人を恫喝して金を取ったり、見せ掛けの甘い言葉を使って言葉に酔わせたりして、エエ気分にして、結果としては金を取る。ほんま、スピリチュアルカウンセリングなんてエエかげんなものが多いやん。
話がそれてもた。
そやから恨みの連鎖の霊的干渉の原因、その現状を知ってたら、ただ言葉に酔ってるなんてことをしてられへんやん。そのことを見直して欲しいもんやな。おせっかいな言い回しなんやけど…。
ほんでからこのことに関しては、たくさんの人が同じ心(靈)の動きの霊団…肉体を伴った霊団…そんなもんを構成して、ほんまに考えんならんことを考えんようになる。
そやからそれも、形骸の薄っぺらい言葉に酔わせてるのも、“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の“思惑の顕現”=現象化やな。アセンションってタイムスケジュールに間に合わん人を増やすのが意図としか思われへんことや」
「そう思うね。
だけれどもそれは仕方が無いね。アセンション後の“創造”を託されるべき霊的成長度の人(日止、霊止)は(パチモン)Kellyに言うまでも無く、“一”=智性=1番目のオーラが大きくなり、それは、土=2~3番目のオーラの進化過程から、“王”の字が示す1番目、2番目、3番目のオーラのバランスにならなければならない。
そのために、頭の磁性の強化のために、左右=日足と砌(ひたりとみぎり)の眼球から視神経を介し、目上(めうえ)の脳に電磁誘導を起こして、“一”=智性=1番目のオーラ
を大きくする。
だから、アセンション後の“創造”を託されるべき資格、そのために一部の人が、目上(めうえ)の“行”として真剣に太陽凝視を行った。“一”=智性=1番目のオーラの大きい人が、今後=アセンション後の地球人を導くためなんだよ。
余談だが、その電磁誘導が目下(めした)の脳=大脳旧皮質と古皮質で起きれば、それは、土=2~3番目のオーラの強化になり、それがまた、消化器官の強化の“行”の結果でもある不食ってことになりがち。
その目下(めした)の脳の心(靈)の発現は低い功名心と自尊心、自我の確立=固定化と自我の肥大、その心(靈)の動きと太陽の低い振動との感応共振。だから、目立ちたいと思ったりもするんだろう。
しかしそれは、太陽凝視を始めたばかりの時には、必ずあることでもある。…が、それは“上”が望む真の太陽凝視ではない」
「そやから不食…それに対し、“日月神示”春の巻 第三帖の表記の、“特別神かかり”(神格化を意識した太陽凝視)…そやから“日月神示”を伝えた霊団の計画は、黒住教から始まって、その教義では、朝日の日拝(にっぱい)をするように教えられた。
そやからそれは、朝日の日拝(にっぱい)は、太陽凝視の入門編みたいなもんでんな。
そやけどそれは、あくまでも入門編で、“日月神示”を岡本天明はんに書かせた存在の思惑って言うのんは、かなり高度なことまで言うている。
いうまでも無くそれは、アセンション後の“創造”を託されるべき人の霊的成長度と霊的資格を獲得して欲しいって言う“上”の思惑の顕現でんな。
そやから現時点の(パチモン)Kellyさんの“日月神示”の解釈かて、“日月神示”全体の約9パーセントくらいしか読み解けていないけど、その9パーセントの文章の中にでも、“上”との感応共振、天意を受け、自分の思想にすること、“慈悲”と“慈愛”の発現をすること、胸の磁性“十”のことなど、先生が言うた霊的成長に関わる仕組みについて何回も出てきてる。
そやから霊的成長度の低い人は、土=2~3番目のオーラの強化から始まる…それが無ければ、“一”=智性=1番目のオーラの大きさにつながらん。それもありまんな」
「その通り。進化した動物=人の肉体の構造は、腹、胸、頭、コンデンサーが直列に並んでいると思えばいい。進化した脊索動物である人(日止、霊止)は、三つのコンデンサーを持っている」
「先生が“改”で説明していくことでんな」
「うん。
三つの大きなコンデンサーが縦に直列に並んでいて、それを縦の磁束が貫き、縦の磁束由来のローレンツ力で、“上”の思惑である“上”からの荷電粒子と感応共振して、時間の進行とともに、心(靈)が構成されている。
そして、コンデンサーの特徴として、だんだん高い振動しか通さない性質を持っている。こんなことはちょっと電気のことを知っていれば分かるんだが、生体内電流って視点が無いから、誰もオーラの発振、発信のことに対し、気がつかない。
話を戻し、何かの目的のためにエネルギーを贖う(あがなう)、だから頑張る=元の気を張る、の、“元”って言う字は、肉体を示す“二”と、時間の進行を示す儿部(じんぶ、にんにょう)で構成されている。(儿部(じんぶ、にんにょう)は人が歩く様に象る)
よって、普通の地球人の霊的成長度と霊的資格による“思惑の顕現”=現象化を観ると、
3番目のオーラとの感応共振と2番目のオーラとの感応共振が多い。またそのときの霊的干渉は動物霊が中心。
その場合の“術”(“力”の顕現)は、例えばプロスポーツとか、肉体労働者とか、頭をあまり使っていない段階の肉体の使い方が多いね」
「そやけど例えば、プロスポーツで活躍してる人を観ると、必ずそこには右往左往と左往右往がある。絶好調のときと絶不調のときがある。絶不調のときは、悩み思い憂い…日足(ひたり)の“行”をしてるときやな。そやけど悩み思い憂う…それは“一”=智性=1番目のオーラのわずかな拡大になるんや」
「その通り、だからプロスポーツって“術”(“力”の顕現)の行使をしていても、“上”は“一”=智性=1番目のオーラの大きさに結び付けていく」
「そやからプロスポーツとか肉体労働者、その段階は、霊的成長度の低い“行”ってことなんや」
「そう。しかしそれも、神格化への道程であるし、霊的成長度が低い人はまず、土=2~3番目のオーラのオーラの強化をしなければならない。だから、霊的成長の段階として、土=2~3番目のオーラがしっかりしていないと、要は肉体が発達していないと、“一”=智性=1番目のオーラは大きくならない。
言い方を変えれば、土=2~3番目のオーラは“一”=智性=1番目のオーラの“元”になる。
またまた余談だが、それを阻む悪魔の“思惑の顕現”=現象化が、太陽凝視=不食って低い功名心と自尊心を煽る(あおる)ことだと思われる。
肉体がしっかりしていなければ、“一”=智性=1番目のオーラは大きくならない。その邪魔をさせている薄っぺらい価値観の太陽凝視の情報を流すのが、人の霊的成長を阻む存在の意図でもあるね。
そして人は、現時点、