“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

Kellyさん、メタボ研修医のYっちゃん先生と、死を待つだけと思える入院患者の事に付いて、話す。

この間、
最近ちょっと疎遠になってる先生から珍しく電話があって、

“Kellyと話したいって人が又々出てきたんだけど・・・
話をしてくれるかな?”

・・・って、内容やった。

ほんでから、
今回先生から電話で紹介して貰った人は
現在30歳の内科の研修医で、
先生はその人の事をYっちゃんって呼んではるそうでんねん。

それは、先生とYっちゃんの付き合いって言うのんは、
最初に顔をあわせてからもう二十年近くになるらしく、
伊吹山や、桃の花見なんかも一緒に行った事があるらしいねん。
ほんでから・・・Yっちゃんが中学生の時に膝関節を痛め、
その症状に対し、先生が鍼をうって症状を軽くした。
それ以来Yっちゃん先生は、
鍼に興味を持ち、鍼が好きになったらしく、
調子が少しでも悪いと先生を呼ぶらしい。
ほんでからYっちゃんの家系は、代々チョ~有名な政治家で、
特にお祖父さんは、
既に故人やけど、誰でも名前くらいは知ってはる人でんねん。

そやからそれは、Yっちゃん先生の家系での右往左往と左往右往・・・
Yっちゃん先生の血筋としての場(フィールド)・・・○○家が、
○○家全体として霊的成長をして行かんならんから、
そういう事があるからこそ、
お祖父さんの一生が、右往左往で、
それは政治家として “力”を示してた期間が有ったって事でんねん。
ほんでからその後は・・・
息子さん・・・Yっちゃん先生のお父さんが政治家になり、
そして今は、Yっちゃん先生のお兄さんが政治家になったけど、
○○家が左往右往の段階に入ってるから・・・
これからはたいして活躍は出来へんやろって言うのが、
先生の見解でもある・・・
ある意味、チョ~失礼な見方でもあるけどな。

そう言う点でも・・・Yっちゃん先生を電話で紹介して貰った時、
Kellyさん的に一番最初に思うたんは・・・

今現在、先生と(霊)縁のある人(日止、霊止)って言うのんは、
心(靈)が“上”に向かってて、
ほんでから自省(胸の磁性“十”)の“行”をしてはる人が多く、
前のブログで紹介させて貰った、
元ソープ嬢のY子さんや、
このブログにも再度登場したチョ~極上ラブラブ中高年夫婦さんや、
チョ~ベッピンはんのA野はんや・・・

それは・・・今まで楽しく調子よく生活してきて、
金も物も入り、功名心や自尊心・・・腹の段階の心(靈)の発現を満足させてきた。
そやからその時は・・・比較的なんでも自分の思い通りになってて、
その事に付いてあまり何も考えずに生きてきた期間がある。
そやからそれも結果良好で・・・それは、一言で言えば右往左往何やけど・・・
ほんでから、
その右往左往の期間でも小さい左往右往はあったやろけど・・・
特にチョ~極上ラブラブ中高年夫婦さん御夫婦は、
お互いに結婚に失敗したりして、
それから巡り逢ったとか、
ご主人は一度、生死の境を彷徨った事が有ったそうで・・・
そう言う事でもそれは、
総体的な右往左往の中の、
小さい左往右往とも言える事なんやろけど・・・
そんな言い方したら御主人はんは・・・きっと気を悪くするやろな。
とてつもなく苦しかったって思うてはるやろから・・・
そやけど・・・
それを体験して今の奥さんと巡り逢い、
ほんでからチョ~極上ラブラブ中高年夫婦って呼ばれるような仲になった。
そう言う事も、本当の相手・・・見栄とか地位とか物欲とか・・・目先の愛欲とか・・・
結婚って言うのんはそんなものではなく、
お互いがそれを望んだからこそ、本当の結婚の意味を追求し始めた。
だからこそ、チョ~極上ラブラブ中高年夫婦は出逢った霊縁であると、
先生は思うてる。

・・・余談やった。

今その人達は、今現在感じてはる事象に付いて・・・
それはなんやしらん・・・
何事も今迄の様に調子よく上手くいかなくなってきてはる・・・
そやから、
自分達が今までやってきた事を、憂う(脾、日足(ひたり))事が多なってきた。
そやからこそ先生と話が出来る部分があるし、
先生は、その人たちに今起きてる事象、
その事自体・・・思うように行かん様になって来た左往右往の段階が、
その人達の霊的成長に必要な事象やって確信を持ってはる。
それは・・・先生自身がそうやからでもあるな。

そやからYっちゃん先生・・・
多分その人も、
そう言う人なんやろって思うたんやけど・・・ちょっと違ってましてんな。

それはまだ幼い・・・心(靈)が幼い段階でもある・・・
話をして、それを感じ(感じる磁性)たんやけど・・・

そやから・・・その話をした時の事を紹介しまんねん。


☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀


「Kellyさんはじめまして。○○ Y です。」
「こちらこそはじめまして、Kellyって言いますねん。
そやけど・・・いきなり失礼な事言わせて貰いますけど・・・
Yっちゃん先生・・・腹、でかいでんな。
チョ~メタボやおまへんか。」
「そうなんです・・・その事でいつも先生に罵られてイジメられますよ。」
「先生・・・口悪いから・・・
そやけど先生はただイジメてるだけや無い・・・
その事もYっちゃん先生は解ってはるんや無いんでっか?」
「そうですね・・・
先生は口が悪く、ふざけて傲慢な言い方をする事もある・・・
ですけどそれは先生自身が自分に厳しく、
それは・・・先生なりの基準と思想って言うのかな・・・
そう言う視点で何でも観るからでもありますね。
だから・・・僕の腹の事を観て先生が言った事、
例えば・・・新弟子検査とか、朝○龍の腹とか、
養豚場に仕事に来たとか、
仰向けのガマガエルとか・・・(笑)
そして・・・僕自身が自分に甘いからこそ、
Yっちゃんの心(靈)の甘さが皮下脂肪になったとか・・・
散々な事を言われましたけど、
それは、僕自身の良いカタチって事を先生は思っていらっしゃるから、
だからこそ先生はそう言う言い方をしてくれている・・・
それは理解してます。」
「・・・しかしひどい言い方してはるんやな。
先生は屁理屈も一流やけど、
皮肉や悪口も中々の物やから・・・時には傷付いたりしたんやないんでっか?」
「それは・・・不愉快に思った事も有りますけど、
不愉快に思う自分自身が自分に甘いからだって思いますから・・・」
「そうでっか・・・
それは先生の考えの影響を受けてるからYっちゃん先生はそう思うんやな。」
「そうかもしれませんね。
だから・・・僕にとっての先生は、
色んな事を皮肉交じりに、
親切に・・・時にはチョ~おせっかいに、
教えてくれてくれる人でもあるんですけど・・・
色んな質問をすると、厳しい返事が返ってきて、
なんか・・・結局、
僕自身の甘さを指摘される・・・
そう言う印象があって、最近あまり話が出来ないんですよ。」
「そうでっか・・・
そやから先生は、
KellyさんとYっちゃん先生が話をしたらエエやろって思うたんやろな。」
「そうですね。
何か・・・先生と直接話をするとちょっと怖い・・・
特にあの屁理屈混じりの話は、聴くととても疲れる感じだし・・・」
「それも霊的干渉の変圧の過程でんな。」
「変圧ってなんですか?」
「それはいきなり“上”の思惑を受信出来へんって事でんねん。
それを簡単に言うたなら・・・
先生はちょっと平均的地球人と考えがかけ離れてる。
それをいきなりYっちゃん先生が理解出来ん。
そやから、Yっちゃん先生が理解するには、
Yっちゃん先生の霊的成長度に近い人の話の方が、
Yっちゃん先生にとっては、
先生と直接話をするよりも難しくなく、
抵抗も少なく、
相対的に、簡単に理解出来るし、納得出来るって事でんねん。
ほんでから話をする事自体が、
霊的干渉そのもので、
それは又、
電磁誘導で、
Yっちゃん先生の肉体に先生の思惑=オーラで、
新たな生体内電流が生じ、それで肉体が創り変わる・・・
そやから霊的に高い人と話をすると疲れまんねん。
それは太陽凝視でもそう言う事でんねん。
太陽の振動=太陽の思惑を受信したら、
凄く疲れまんねん。
そやから“行と修行”って事なんやけど・・・

余談やけど・・・最近の夏の太陽の影響で先生は、
ちょっとこけてると思いまんねん。

大体いつも先生の顔は、
【<●><●>】・・・こんな感じやけど、
梅雨明けの頃の先生は、梅雨の間、
あまり太陽凝視をして無い体になってて、
梅雨明けでいきなり夏の太陽になり、
ほんでから、長時間の太陽凝視の影響で凄く日焼けして、
一時顔がむくみ、
【<-><->】・・・こんな感じになりまんねん。」
「そうなんですか・・・
変圧・・・覚えておきます。
しかし・・・いきなりKellyさんの話も先生のような難しい話ですね。
変圧・・・霊的成長の過程・・・程度の差って事ですね。
そして電磁誘導・・・それは、物理や電気の言葉ですね。」
「電気や物理や霊的な事って言うのんは、
結局同じ事でんねん。
その話は先生から聞いた事は無いんでっか?」
「いや・・・聞いたような聞いてないような・・・」
「今のYっちゃん先生の感想・・・
それが多分、変圧の過程って事でんねん。
先生の思惑がYっちゃん先生に伝わってなくって理解出来なかった。
そやけど今Kellyさんが言うた事、
電気や物理の事でんな。
それはとても重要な先生自身の認識やから、
言うて無いはずは無いと思いまんねん。」
「・・・そうかもしれませんね。
僕が理解出来なかったから、
僕自身が忘れたとか話してる時に注意して聞いてなかったとか・・・
そういう事になるんですね。
だからこそ変圧の過程で、
Kellyさんと話をしたなら僕自身の認識は変わっていく・・・
それは、
先生と直接話をするよりも、僕自身にとって良いカタチなのかも知れない・・・」
「多分そうでんねん・・・
ほんでから、Yっちゃん先生に対し、
KellyさんがKellyさんの認識を伝える事って言うのんは、
Kellyさんの為にもなりまんねん。
大体、Kellyさん自身の認識って言うのも、
先生と霊縁が有り、長い話をしたから構築出来た認識でんねん。
それをYっちゃん先生に解り易い様に話す・・・
それは大事な作業やと思いまんねん。」
「そうですか・・・そうですね・・・
解りました・・・よろしくお願いします。

・・・それで、
先生に訊いてみたかった事があるんですけど、
Kellyさんに訊いてもいいですか?」
「Kellyさんが判る範囲で答えまんねん。
それでYっちゃん先生がエエなら・・・言うてくれまっか?」

「最近・・・長い学生生活がやっと終わってやっと医師免許が取れ、
今、研修期間中なんですけど・・・
今行ってる病院では・・・大体どこでもそうだと思うんですが、
長期に入院して・・・只、命を長らえさせてるような患者さんがいる・・・
それは、半年も一年も寝たきりで・・・意識があるような無いような・・・
只、食事して排便して時々家族が見舞いに来て・・・
それもまるでお義理みたいな見舞いでしかない。

そういう事に意味があるのか無いのか・・・
それは、
その人の人生にとってその期間って言うのは、
意味があるのか無いのか・・・

医者が言うセリフでは無いですけど・・・疑問を感じるんです。
それは・・・
早く昇天したほうがいいんじゃないのか・・・
そういう事まで考えてしまう。
そのほうが本人も家族も楽なんだろうし・・・」
「Yっちゃん先生、それは違いまんねん。
そうやって意識があるような無いような時間を過ごす事そのものが、
自分の死を意識する事でんねん。
それもその人にとっては重要な期間でんねん。
そやからそれは、その逆を考えたら判りやすい事でんねん。
突然の死は、自分が死んだ事すら認識がないって事でんねん。
そやから彷徨う・・・
例えば、殺されて因縁霊になるとか・・・
相手に恨みを晴らすって霊でんな。

それは自分に対する認識が低いから・・・
死を認識してへんし、ほんでから自分が肉体を持ってた霊やったって認識を、
持ってへんからでんねん。
そやから生きてた事に執着するから、次の段階・・・
それは・・・ちょっと語弊のある言い方やけど、
霊の世界に、
死後の世界に行かれへんねん。」
「語弊のある言い方?霊の世界と死後の世界って言葉が・・・ですか?」
「そうでんねん。
自分が感じる事象って言うのんは自分の認識が生み出す物でんねん。
そやから霊の世界とか死後の世界って言う言葉そのものが、
幼稚な表現でんねん。

死っていうのは、心(靈)が感じる認識で言えば、
相対的な変化でしかない。
肉体を持ってる・・・肉体を捨てる・・・それが生死やけど、
そう認識されてるんやけど、
死んでからも自分は自分でんねん。」
「ハア・・・それはなんとなく判ります。
霊=心って事だからですね。
その事は先生はくどいほど言いますから・・・」
「そうでっか。
そやからその先生の言うた事を材料に考えれば、
エエ事でんねん。」
「この世界に迷う霊は、霊的成長をしてない。
そして生きてる人間の足を引っ張る結果になる。
そういう事があるからこそ自分の死を意識する事は大事って事ですね。」
「それ以外にも有りまっけど・・・
それは、
入院生活そのものが左往右往の段階で、
自省(胸の磁性“十”)の“行”でもありまんねん。
例えば、
飲酒や美食が過ぎて糖尿病になって、
心臓疾患や脳血管障害を併発して、
それで寝たきりになってはる人が居たとしますやんか。」
「そう言う人は多いですね。」
「そやからそれも自分がやってきた事の結果でんねん。
それは食事制限も進められたやろし、医者も周囲の人も忠告したやろし・・・
それでも自分のやる事って言うのんは自分で決めてやってきた。
そうでっしゃろ。」
「そうですね・・・言い訳めいた事は言いますけどね。
友達の誘いを断れずに食事したり酒飲んだりとか・・・
自分が悪いって思って無いからですね。」
「その通りでんねん。
自分が悪く無いと思いたいのは、
自我の確立=固定化の段階の霊的成長度でんねん。
それを如実に示してるからこそ、そう言うものの言い様をしまんねん。
そやけど・・・
自分のやってきた事そのものは色んな条件があったやろけど
結果それは自分で決めた事でんねん。
それを、誰かのせいにしたいって事でしかないって事でんねん。
言ってしまえば・・・自分に甘いって事でんねん。
そやけどその心(靈)のまま死んでしもたなら・・・」
「欲望に執着した浮游霊になるって事ですね。
あの時食べた物は美味かったな~とか、
あのときの酒は美味かったな~とか、
あのときの旅行は楽しかったな~とか・・・
結果そう言う人たちの言う事は昔の良かった事を思い出すだけ・・・」
「Yっちゃん先生、
そこにその言葉の裏にある心(靈)の動きを感じんとあきまへんで~。
それは、その言葉って言うのんは、
もうその時の自分には戻れないって言う、
自分に対する・・・寂しい認識が芽生えたからでもありまんねん。
大事な心(靈)の変化って言うのんはそこにあると思いまんねん。」
「そうか・・・そうかもしれませんね。」
「そやからそう言う人達にとっての入院生活って言うのんは、
過去の思いから執着を断ち切る・・・その過程の事でんねん。
それが、
死ぬ前に自分の死を意識する事で、
それはとても大事な事でんねん。
大体、突然死を迎えたなら、
さっきも言うた事やったけど・・・自分が死んだって認識すら無い事でんねん。
そやから、
長患いで入院し自分が段々弱り・・・
それを体験した霊=その人の心(靈)って言うのんは、
死を自覚出来るからこそ、
迷う事が少なくなりまんねん。
それに対し、死を意識しないうちに死ぬ場合は、
それはローム太霊講話集でも、ローム太霊さんが解説してて、
今の話に比べ、極端な例を挙げれば、
事故死や殺人や・・・そう言う事例までローム太霊さんは解説してまんねん。
それは必ず迷い、恨みの連鎖に加担する事になりまんねん。
ほんでから今Kellyさんが言うた先生の概念、
恨みの連鎖の霊的干渉って言うのんは、
先生がローム太霊講話集を読んで、
ほんでから、先生自身が自分の因縁を贖う(あがなう)事象も、
先生が体験した。
それは相当苦しかったらしいけど・・・それを通じて成長したからこそ、
認識は変容した。
そやからその結果、先生が持った概念の上での言葉、
それが、
恨みの連鎖でもありまんねん。

そやけど・・・先生の話や無かったでんな。
話を戻しまんねん。

そやから、
恨みの連鎖って言うのんは低い心(靈)の事象でもある。
それは“日月神示”上つ巻 第二十帖の解釈で、
(前回の記事)
Kellyさんが考えた事でもありまんねん。

目先の損得って概念があるから=霊的に成長をして無いから、
奪われたら奪う・・・仕返ししたい・・・殺されたら殺す・・・
そう言う発想そのものが、
自我の確立=固定化の段階でんねん。

それに対し、
自分が“慈悲”と“慈愛”を持ってて、
さらに、
霊的干渉と、自分の心(靈)は永遠の実在って認識を持ってたなら、
自分がどんな目に遭ったとしても、
それは、
自分に起きた必然の事象であり、
その意味を考え、
今後の自分の在り方を考える材料にする。
それが、
先生の認識(悟り、幸取=さとり)から出た言葉、
“すべての事象は自分の在り方を示す”・・・でも有りまんねん。
ほんでから多分・・・
今後の世界は(アセンション後は)そう言う認識をしっかり持った人ばかりの、
世界に成りまんねん。」
「そうなんですか・・・」
「解り難いやろな。
要は、
今KellyさんがYっちゃん先生に言いたかった事は、
恨みの連鎖・・・
それを引き起こしてるのは心(靈)の低い段階・・・
心(靈)の低い部分っていうのが妥当かな?
それは心(靈)の構造と認識される言葉の、
本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性・・・
その言葉を考えたら判りまんねん。
それが又、進化の本当の意味でんねん。
進化=霊的成長=本能の心(靈)から発現し智性に至る=神格化でんねん。
そやから、人の認識(悟り、幸取=さとり)が、
幼い段階でこの世界に執着するから、
恨みの連鎖の霊的干渉が起きる・・・って思うてまんねん。」
「そうですか・・・心(靈)が幼いから恨む。
だから動物を食ってはいけない。
そういう事も有りますね。」
「それは先生から聴いたんでっしゃろ。」
「そうでした。受け売りでした。」
「Kellyさん的に今Yっちゃん先生に思うのは、
先生から聴いた事そのものがYっちゃん先生先生の認識そのものに成り得ていない。
そやから受け売りに成る。
失礼やけど・・・それを感じましてん。」
「・・・」
「余談でした。
死んでから・・・只単に死んだ後はこうなるって言うのでは無く、
死んだ後からも心(靈)って言うのんは、
認識は拡大して行くって事が重要な事やと思いまんねん。」
「そうなんですね・・・
認識の拡大・・・自分を振り返り自分のやってきた事を反省する・・・
それが先生のよく言う自省(胸の磁性“十”)の“行”って事ですね。」
「そうでんねん。
そやから生きてる期間・・・肉体を持ってるうちに、
自省(胸の磁性“十”)の “行”に、
入るって事が、
霊的成長にとって必要やと思うんやけど、
今、恨みの連鎖で起きてる事は、
それは、恨みの連鎖の具体的な事象って言う意味の事やけど・・・
戦争とか災害とか疫病とか、最近の理由の判らへん無差別殺人とか・・・
それに関わった人の心(靈)そのものが、
未熟なままの心(靈)での死になりまんねん。」
「そうですね。それは良く判ります。」
「そやから、
自省(胸の磁性“十”)させんと簡単に人に死を体験させる・・・
結果、彷徨う・・・
この世界は浮游霊でいっぱいでんねん。
ほんでからそう言う世界を望んできた存在が居てる・・・
それは人が持ってる心(靈)の低い部分と感応共振する。
それが、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)って、
先生は思うてる。

そやから・・・今Kellyさんが言いたかった事って言うのんは、
人は生き死にを通じて自分の認識を拡大する。
それが霊的成長の段階・・・多分それは、
生命(生きる使命=存在理由)としては低い段階の成長過程で、
平均的地球人はまだとても幼いから、
死の事をよう知らんし、
只、恐怖の対象でしかないって事も有りまんねん。
大事な事は、
死を通じて認識を拡大させて行く事で、
ほんでからそれは、
生きてる間に死を通じて得られる認識を獲得する事の方が、
霊的成長は早いって事でんねん。
そやからこそローム太霊さんは、
死んだ後の事をローム太霊講話集で説明した。
そしてローム太霊さんの意図としては、
死を通じての認識、その事を考えて欲しい。
先生は、
ローム太霊さんが比較的最初に死の事を説明した意図は、
そこにあるって思うてまんねん。」
「認識ですか・・・」
「そうでんねん。
ほんでから、自分の認識の分だけしか事象を感じる事が出来ん。
これも変圧の過程でんねん。

それが前のブログで先生が何回も言うた事、
“人は自分の持っている認識より少し“上”の事しか理解出来ない”
・・・でも有りまんねん。

そやから・・・霊的成長をすればするほど・・・

地球人の幼稚な言い方を引用すれば、
自分の意識は高次元に位置する事が出来る様になりまんねん。
自我の確立=固定化の段階の心(靈)は、
物質の世界しか認識出来ん。
それも変圧の概念でんねん。
そやからこの世界に執着のある霊的存在は、
物質の世界にしか位置出来ん。
それより“上”の世界には行かれへんって事でんねん。
行き先は自分の心(靈)の認識が決めているって事でんねん。
そやからそれは、解り難い一例を言えば、
先生は、
目を閉じた瞬間に違う場(フィールド)の情景を見たりする事が出来るらしいけど、
そんな事は先生自身の認識でしかないから、
誰にも証明出来ん・・・
そしてその世界で通信を受けたり認識を拡大させてまんねん。
ほんでから、そこでの情景を材料に、
先生はけったいな写真を撮りまんねん。

又、話が逸れましてん。

そやから、
認識の変容の為の死・・・状態の変化。
その事を大多数の人は気が付かへん。
そやから認識の低い人が=霊的成長度の低い人が、
死後の世界の事を(知識として)知ったならば、
霊の世界はある~とかの映画を作って、死後の世界を茶化したりしまんねん。
結果それも、
知識を金儲けに利用したに過ぎず、
ほんでから、
自分がエネルギーを贖って獲得した知識ではなく、
只、本に書いて有る事なんかを自分の利益の為に利用した。
そやからその人の認識=霊的成長度はその程度のものでしかなく、
そういう事を先生は、
エネルギーを贖って無い事から考え、
それは、盗んだに等しいって思うてまんねん。」
「・・・厳しい考えですね。」
「又々・・・話が逸れましてん。
話に熱が入りすぎでんな。最近のKellyさんの欠点でんねん。」
「いえ・・・どうぞお構いなくお話ください。」
「そうでっか。それでは遠慮なく話させて貰いまんねん。

そやから、自分が死ぬって言うのんは、
生きて来た事の結果でもあるし、
それを自分の心(靈)が観察して自省しまんねん。
そうやって死後の世界って認識されてる場(フィールド)では、
段々心(靈)が育っていく。
結果自分がどんな目に遭ったとしても、
心(靈)が育つ=認識の拡大をする。
それが“夭と屰”(ようとげき)でもあり、
“幸”って言う字を構成する部首でも有りまんねん。」
「・・・そうなんですか。」
「ちょっと話し足りんかったから話を蒸し返すんやけど、
死後の世界って言葉そのものが不適切って言うのんか、
きちんと表現されて無いっていうのんか、
生きてる間の世界、死んでからの世界・・・
すべては事象の認識であり、
生きてても死んでからも、
自分が得られる事は、
認識(悟り、幸取=さとり)で、
観察する対象って言うのんは、
現津(あきつ)=観察され得る事象であり、
ちょっとややこしい言い方したんやけど、
自分が感じ(感じる磁性)それを観察して、
認識する(受信)って言うのんは、
自分の心(靈)でしかないって事でんねん。
ローム太霊さんはその事を知って欲しいからこそ、
死後の世界の事を言うたと思いまんねん。

その事をYっちゃん先生にはよう覚えて欲しい・・・

おせっかいな言い方やけど・・・

大体・・・質問に対する答えはこれくらいでエエんやろか?」
「充分です。
長患いの意味はよく理解できました。
そしてその答えから得られた事・・・
人は認識するために存在する・・・そう言う言い方が正しいのか判りませんが、
そういう事も感じました。
ですから今後、
解り難い事があったなら又、
Kellyさんと話をさせて貰ってもいいですか?」
「さっきも言うた通り、
この会話自体がYっちゃん先生とKellyさんの為でんねん。
そやから今後もよろしゅうに。」
「わかりました。
今後もよろしくお願いします。

一言、今日の話の感想を述べてもいいですか?」
「どうぞ遠慮なく感じたまま言うて下さい。」
「Kellyさんと話をするのは、
先生と話をするより簡単かのように思ってた・・・
さっきも言いましたね。

ですが・・・自分はとても甘かった・・・

それは先生の屁理屈も凄いけど、
Kellyさんの屁理屈も凄い・・・それを感じましたよ。」

_(。_°/ ズルッ!・・・ズベッ(ノ_ _)ノ・・・(o;_ω_)oバタ・・・コケテモタ

「そうでっか・・・褒めて貰って恐縮でんねん。」
「そう言う皮肉っぽい言い回しも先生そっくりですね。」

_(。_°/ ズルッ!・・・ズベッ(ノ_ _)ノ・・・(o;_ω_)oバタ・・・コケテモタ

「・・・そうやって、Kellyさんの評価をするYっちゃん先生も、
かなりへそ曲がりで、
それは多分、
先生のイジメに鍛えられたからやと思いまっせ。」
「そうか・・・なるほど・・・鍛えられていたんだ。
だから先生の口汚いチョ~メタボの僕の腹に対する言い回しも、
僕自身の認識でどうにでも取れる。
それはさっきKellyさんが言った先生の言葉、

“すべての事象は自分の在り方を示す”

まさにその言葉どおりの事ですね。
勉強になりました。

今日はありがとうございました。
又よろしくお願いします。
それではこれくらいで失礼します。」
「承知しましてん。又の機会を楽しみにしてまっせ~」


Kellyさん・・・メタボ研修医のYっちゃん先生と、 現津(あきつ)=観察され得る事象に観られる“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の思惑の介入と、 それに反応する人(日止、霊止)の心(靈)の動きと、 その顕現=現象化に対し、 ほんの少し私見を述べ、 ほんの少し・・・屁理屈垂れる。

・・・最近、ちょっと疎遠になってる先生から、
この間、電話を貰いましてん。
それは・・・

“もし今度、Yっちゃんと逢うんだったら、
ちょっと伝えて欲しい事がある。”

・・・って言うてて・・・言付けも頼まれてたし、
ほんでから、Yっちゃん先生からも、
なんやしらん話がしたいって連絡を貰いましてんな。
そやからYっちゃん先生に、
“先生から伝言がありまっせ~”って言うときましてん。

そやから、今回又、
メタボ研修医のYっちゃん先生と少し話をしましてん。

その時の事をかいつまんで紹介しまんねん。


☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀



「Kellyさん、こんにちは。
今日もよろしくお願いします。」
「こんにちはでんねん。
ち~となり、や~とかめでんな。
マメで過ごしてりゃ~たかやんけ?・・・でんねん。」(笑)
「ハッハッハッ!!それは名古屋弁関西弁合体挨拶ですね。」
「そうでんねん。
それは、
この間のYっちゃん先生はKellyさんの話も、
先生の話くらい屁理屈いっぱいで、小難しいって感想を聞かして貰って、
ほんでから随分・・・Yっちゃん先生が緊張してたようやから、
Kellyさんは怖いお人ではありまへんで~~って事でんねん。」
「お気遣いありがとうございます。
僕に対しての親愛の情も感じられるギャグですね。」
「いいえ・・・
只、関西人やから何でもギャグにしたいだけでんねん。」
「そうですか・・・でも・・・正直、
今日Kellyさんに逢うのも、結構緊張してきましたよ。
それは、
Kellyさんと僕が話す事で、“上”の思惑の受信をする。
そう言う事も、チョ~ベッピンはんのA野さんとKellyさんが話した記事に、
書いてあった。」
「そうやったな。
それも霊的に“上”の存在に対する緊張で、
それはこの間も言うた様に、
変圧の過程で、
そやから緊張したり、話してる時に色んな事を思ったり、
話が済んでからも考えたり・・・
後から考え込んだりしまんねん。
その時に色んな通信を受けてるって事でんねん。」
「そうですね。」
「そやからそれは、
チョ~ベッピンはんのA野はんが先生のところに治療に来る時、
最初は怖い・・・なんやしらん怖い・・・
それはA野はんにとって、低い霊的干渉による通信で、
そうやって、
A野はん自身が感じ(感じる磁性)て思った事でもそうやし、
ほんでから、
Yっちゃん先生がこの間言うてた事、
先生と話をする時の感想を、言うたやないですか。」
「そうでしたね。
その緊張をほぐそうとしてくれたんですね。
まさに、前のブログに書いてあった通り、慈悲深い仏のKellyさんですね。」

_(。_°/ ズルッ!・・・ズベッ(ノ_ _)ノ・・・(o;_ω_)oバタ・・・コケテモタ

「そうでっか・・・褒めても貰ってチョ~恐縮でんねん・・・」

「今の話、先生やKellyさんと会話して、
僕自身が話した内容に付いて思う・・・思う事自体が、
“上”の存在との感応共振ですね。」
「そうでんねん。」
「“上”の思惑の受信・・・それにより、
心(靈)も肉体も創り変わる。
そして、心(靈)の顕現が肉体でもある・・・

先生の“気血栄衛(營)”の概念・・・

中々・・・ちょっと思いつかない解釈ですよね。」
「それもそうやろな。
通常は、その言葉の意味から何を受信するのかって事が無いからでんねん。」
「言葉の意味から受信する???」
「判らへんかったんでっか?・・・
でもこの話をしだすと、話が逸れそうやから別の機会にして・・・
要は、変圧の過程の事なんやけど・・・」
「ハア・・・そうですか。

・・・今の話は、僕が緊張するって話でしたよね。
だから自分としては、疲れたり緊張したり・・・正直あまり嬉しい事では、
無いんですけど・・・」
「そやけど、
Yっちゃん先生としてはなんとなく話をしたいって、
思うたんやろ。」
「そうです・・・よく分かりますね。

でも・・・自分には霊的な知識もその体験も無い・・・
それだからこそ・・・何を訊いたらいいのか・・・迷う事がある。
こんな事を訊いてもいいのか・・・
なんか自分が程度の低い質問をしてるのではないのかとか・・・
そういう事を思う事がある・・・」

「それはKellyさんもそうでんねん。
それは、先生と話をする時・・・いつもそう思い、
そう感じ(感じる磁性)てた事でんねん。

そやから先生は、
普通=平均的地球人の認識と違う認識を持ってる。
その自分なりの基準で・・・視点で・・・KellyさんやYっちゃん先生に、
話をする。」
「そうですね・・・誰にでも同じ話をしてませんね。
うちの両親や兄には・・・そう言う話をしませんし・・・」
「それは、話をする段階に至って無いって事でんねん。
受け入れられん事を話しても、
心(靈)って言うのんは、荷電粒子で出来た場(フィールド)やから、
その人の心(靈)に高い振動が無ければ、
高い振動で構成された心(靈)の動きって言うのが無ければ、
高い振動は素通りしまんねん。」
「それは・・・反応しない・・・感応共振ですね。」
「そうでんねん。
そやから変圧って過程が必要で、
“上”はそうやって霊縁を付ける・・・例えば、
いわゆる人と人の縁でんな。
(ほんまは、
人と人の縁でも、沢山の霊的存在同士の縁があってこそ、
成立するもん何やけど・・・)

そやからそれは、
いきなり高い存在とは話が出来ないって事でもあるし、
あんまり霊的進化程度の違う人同士って言うのんは、
場(フィールド)を創られへん。
そやから、
程度の違うもん同士を分けるって言う意味で、
もうすぐアセンションと認識されてる事象も体験する。

・・・すんまへん・・・話が逸れましてん。
Yっちゃん先生の心境の事を話してたんやった。」

「そうでしたね・・・

だから・・・僕自身が緊張する・・・
でも・・・先生やKellyさんと話がしたい・・・なんとなくそう思うんですけど・・・
それも“上”からの通信ですね。」
「そうでんねん。」
「そして・・・今の話・・・
普段・・・色々疑問も湧く。
色々訊いてみたい気もするけど、
何を具体的に訊ねたらいいのか・・・中々言葉に出来ない。
それが変圧の過程みたいなもんですね。」
「そうやと思いまんねん。
先生の事を良く知ってる人(日止、霊止)は、大体そう言う感想を持ちまんねん。
ほんでからそれは、
先生が太陽凝視を教えてくれたKさんと話をしてた時も、
ものすごぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~く、緊張したらしいねん。」
「そうだったんですか・・・
霊縁有って自分の心(靈)が“上”から通信を受ける・・・
僕とKellyさんと先生の縁はそう言うものなんですね。
それは、この間の様に、
自分の仕事に対してでも疑問を感じたりもする・・・
しかしそれは、
Kellyさんと話して自分なりに納得して、
自分の認識を高めて行く為の過程って事を、少し判った・・・
そして死を待つだけの入院患者・・・
そう思って患者を観ていた自分の認識も、それは、
自分に霊的な知識も無いし、霊的進化って概念も無い。
だからこそ、一見、意味の無い、
死を待つだけの一生に入った人の霊的成長の段階の事が解らなかった。」
「そうでんな・・・
そやけどYっちゃん先生がその事を理解したなら、
それはもう、そう言う視点を持ったって事でんねん。」
「視点・・・“天の御目”って事でも有りますね。」
「それはまだ・・・そんな大そうな言葉を使う段階では、
無いと思うんやけど、
段々、自分の認識が高まっていけば、
物事を観る視点って言うのんは、変って行きまんねん。」
「そうですね・・・
視点の変化・・・学習したとか、知識を得たとか、知恵が付いたとか、
頭を使う事ですよね。
そしてその学習した何かを材料に考え、
そうやって結果は、
自分の心(靈)の中の認識が高まって行く。」
「そうでんねん。
ほんでから、物事を観る視点って言うのんが、
凄く大切で・・・それは、先生と前のブログで沢山話したんやけど、
一番最初に先生が言うた事、(プロローグ 参照)

“事象を観察する視野が狭い”

これはその人の霊的成長度と、
心(靈)の方向性が、
“上”か“下”かによって、
“観察する視野”が、決まってくるもんでんねん。
(そやけどこの言葉は・・・認識出来得る次元って事なんやけど・・・)

そやから、Yっちゃん先生が今言うた、
緊張するって感じ(感じる磁性)る事・・・
人(日止、霊止)の視点って話になったから言うんやけど、
緊張するからこそ、
“上”からの通信を受ける資格があるとも言い得る事でんねん。
その“上”と“下”を理解するには、
Yっちゃん先生が感じ(感じる磁性)た緊張、
その反対を考えたらエエねん。」
「反対ですか・・・」
「解り難かったでっか?
今言うてた事は、Yっちゃん先生が緊張するのは、
“上”の思惑の受信による心(靈)の変化でっしゃろ。」
「ハア・・・そうですね。」
「その逆を考えたらエエねん。」
「緊張しない・・・って事ですね。」
「もっと飛躍して考えたらエエねん。」
「緊張しない・・・
それは・・・楽に過ごしたいとか・・・いつも楽しんでいたいとか・・・
何も考えないとか・・・そう言う事ですかね。」
「そうやな。それも心(靈)の動きでんねん。
それは解りまっしゃろ。」
「ハア・・・そうですね。」
「そやから今Yっちゃん先生が言うた言葉、
“楽に過ごしたいとか・・・いつも楽しんでいたいとか・・・何も考えない・・・”
その心(靈)の動きで、
今、人は具体的にどんな事をしてまっか?」
「疲れないとか・・・楽しい事だけしていたいとか・・・そして快楽とか・・・ですね。」
「そうやろな・・・その快楽って言うのんは、
どう言う事でっか?」
「食いたい、やりたい・・・すみません、言葉が下品でした。」
「エエねん。
上品ぶってても物事の本質は観えて来ないやろし、全然構いまへんねん。
ほんでからその快楽が行動の動機で、
それがその人の心(靈)の動きのすべてでは無いとしても、
その快楽を満たしたいからこそ、
金を集めてる人は沢山居てる・・・それは解りまっしゃろ。」
「行動の動機・・・そうですね。
何の為に仕事をするのか?
自分の欲望を満たしたい・・・上手い物が食いたい、
沢山性的な事を楽しみたい、
その為に金を儲け、それが動機で仕事をする人もいますよね。」
「そうでんな。
そやけどそれは程度が低いって思いますやろ。」
「そうですね。
だから快楽ってのは、本能由来の心(靈)の動きですよね。
でも、当たり前の事ですけど、
人はそれだけでは行動していない。
科学も有り、
学問もあり、
発明発見もあり、
そして地球は文明が進化して来た。」
「そうでんねん。
段々“力”を獲得してきたって事でんねん。
それは進化過程でんねん。」

「進化過程・・・本能だけの心(靈)の動きから、
科学や学問や発明発見・・・そして文明を構築してきた。
同時に心も、本能だけではなく・・・」
「そうでんねん。
そやからそれは、
本能って心(靈)の動きでは獲得出来へん事でんねん。
もしYっちゃん先生が、
人の為に発明発見をしたとすれば、その時どんな気持ちになりまっか?」
「嬉しい・・・その嬉しい気持ちになるのは、
前のブログでKellyさんと先生がよく使った概念、
心(靈)の構造と認識される言葉、
本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動からすれば、
情動と、功名心と、自我中心って事ですかね。
そして少し愛(炁)もあるかもしれない・・・」
「その通りでんねん。
よく前のブログを読んでまんな。
ほんでから、
今Yっちゃん先生が言うた情動と功名心と自我は、
本能より“上”にある。
そう思いまへんか。」
「それは確かにそうですね。」
「そやから今言うた情動や功名心や自我・・・
この場合は功名心と自尊心って言い回しがエエけど、
それは本能より“上”にあり、
何の為に本能より“上”の功名心や自尊心が有るのか?
それは先生の考えとしては、
心(靈)の発現には段階があり、
本能より“上”と認識され得る心(靈)の動きが発現したのは、
それは本能中心の心(靈)より相対的に、
霊的進化したっていう証明でもある。
ほんでから生命(生きる使命=存在理由)は、
現時点より時間の進行で、
今より、心(靈)の発現が“上”に向かい、
“上”の段階の心(靈)の要素を、
普遍的に実在する創造主のオーラ(宇宙背景放射)から、
取り込んでいるって言うのんが、
先生の考えでんねん。
ほんでからそれは、
肉体が持っている磁性によるローレンツ力で、
普遍的に実在する創造主のオーラ(宇宙背景放射)と、
感応共振してまんねん。
そやから一言で言えば、
心(靈)の発現=神さんとの心との、
神さんの発振、発信するオーラとの感応共振でんねん。」
「ハア・・・」
「解り難いやろけど・・・それが、
地球上での生命(生きる使命=存在理由)の進化過程で、
それは、
心(靈)が“上”に向かう過程=霊的進化が、
肉体の構造に現れてる事で
先生はもうすぐ三本目のブログを立ち上げるんやけど、
そのブログでその事に付いて自分の私見を説明するつもりでんねん。
ほんでからこの事は、先生からの伝言、
“Yっちゃんに伝えてチョ~”って言うてた事の一つでんねん。」
「そうなんですか・・・」
「ほんでから学問とか発明発見とかは、
その心(靈)の発現が、本能より“上”で、
功名心と自尊心による結果でもあり、
その発振、発信の結果で“上”から受信しまんねん。
ほんでから、
学問や発明発見は単なる“力”でしかなく・・・
“力”って言うのんは学問や発明発見だけではなく、
スポーツの身体能力とか、ほんでから霊能力なんかもそうやけど、
それらすべては、自分が求め、
そしてその為に自分がエネルギーを贖った結果、
“上”から許可が出て=“上”からの受信をして、
霊的干渉(電磁誘導)で、
自分が感じ(感じる磁性)ていくもので、
そしてそれを、
自分がこの世界だと感じている現津(あきつ)=観察され得る事象に示す。」
「難しいですね・・・」
「もうちょっと話を続けてもええやろか。」
「どうぞ・・・続けてください。」
「“力”・・・“力”の使い方を間違えると人は堕落する。
それは解りますやろ。」
「そうですね。」
「その“力”すべて、
それをローム太霊さんは、たった一言“術”って言うて、
その“術”の扱いには法則性があるから、
“條”って言葉で言い表した。

そやからそれは、この世界=現津(あきつ)=観察され得る事象に、
自分が“力”を示し、
“力”を使い、
そして、
自分の求めている何かって言うのんを獲得出来るって事やねん。
それが例えば、
さっきの話みたいに快楽を求めれば、
求める対象が、物やったり(通貨としての)金やったりもするし、
出逢った人間を物としか扱わんかったりもする。
そやから風俗とか・・・性欲だけ満たしたいとか、
極端な話では、
人身売買や臓器売買や・・・最近そんな映画もあったようですな。」
「そうでしたね。」
「ほんでからこれは前に先生と話をした事が有るんやけど・・・
儒教の教義を心無い親が利用して、
自分の娘に対し・・・
親孝行の為に、自分の心は祖国に置いて、
日本で体を売って稼いで来いって言う話もある。」
「ひどい話ですね・・・」
「大体それは、
人に対し心って言うもんを感じへんからでんねん。
心(靈)を感じ(感じる磁性)へん事、
そのものが、
その人の心(靈)が、
低い振動で出来ているって事でんねん。」
「心(靈)の発現が低いって事なんですね。」
「そうでんねん。
そやから自分の娘でも道具として扱い、
自分が楽に過ごす事を思う・・・自分の娘に対してでもそんな事を思う。
さっきの人身売買も臓器売買も、
そう言う程度の低い心しか持ってない人のやる事でんねん
そやからそれは言い換えると、
Yっちゃん先生が今言うた通り“上”の心(靈)の発現をしていないって事でんねん。
そやから自分の欲望の為に人が死んでも構わないとか、
人身売買や臓器売買や・・・まるで道具の売り買いみたいに人を扱う。
それは、
人に対する尊厳を見出せない事そのものが、
“上”の心(靈)の発現が無いって事で、
今、地球上ではそう言う視点があまり無いから、
戦争が起きたり、
飢餓や貧困が起きたり、
いわゆる恨みの連鎖の霊的干渉がどんどん増え、
そしてこの世界は、どんどん醜くなった。」
「そうですね・・・」
「話を戻しまんねん・・・
今言うてたのは、心(靈)の発現が低い人(日止、霊止)は、
他者の心(靈)を見出さず、
物として扱ったりするって事なんやけど・・・
それは人(日止、霊止)を物としか観ていない、
そう言う視点しか持って無いし、
そう言う認識で人を観察してるって事でんねん。
そやけど・・・今の話はとても程度の低い話で、
こう言う事から、段々人は、
物質を求めるだけではなく、
精神性を求めるようになる・・・それも理解出来ますやろ。」
「そうですね・・・物や金に執着してそう言う人生を送り、
その結果友人とか家族とか愛する人とか・・・
そう言う人との関係が悪くなって、
段々自分の心(靈)の在り方に気が付いて行く・・・そんな話とか・・・
ドラマなんかにも多いケースですね。」
「そうでんねん。
人にとって大事なもんは(通貨としての)金や物だけではない。
そやけど・・・当たり前のつまらん話をしましてんな。
敢えて言うまでも無い事やったかもしれまへんな。

そやからKellyさんが言いたかった事は、
“力”と認識されてる身体能力とか、
知恵、知識、学問、そして霊能力・・・は、
単なる道具でしかなく、
それをどう使うのか?
それを決めて行くのは、智性で神性なんやけど・・・」
「“上”の心(靈)の発現は智性に向かうって事ですね。
それは前のブログを読んで・・・そんな印象を持ってますよ。」
「そやからそうなっていく理由を言いたいんやけど・・・
人(日止、霊止)の心(靈)の動きとしては、
自分達の良いカタチを目指す=愛(炁)が動機の事でんな。」
「そうでしたね・・・その事も前のブログに書いてありましたね。」
「そうでんねん。
そやけどそれが良いカタチにならん事が多い・・・
それも解りまっしゃろ。」
「ハア・・・心(靈)の方向性って書いてありましたね。」
「そうでんねん。
心(靈)の方向性には“上”と“下”しかおまへんねん。
ほんでから、
“甘い”って言う事を何回も先生と話したんやけど、
甘いは、亜、魔、出ずる、泉・・・って言う概念を先生は持ってはる。
その事を説明する前に・・・行動の動機って言うのんは、
言い方を変えれば、
“創造”の動機って言い方でもエエし、
“どういうつもり”=自分の在り方でもエエし・・・
色んな表現が出来るんやけど、
それは只一言で言えば、
“亜”が出ずる、泉、って事で、
“創造”の根元が、“亜”で、
それが私達の感じ(感じる磁性)てる事象になり、
それを、人(日止、霊止)と神が観察している。
それが、
現津(あきつ)=観察され得る事象で、
それは、
神と人(日止、霊止)の“思惑の顕現”=現象化でもある。
それが人って言う字、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)に現れてる。
そして、
事象の観察は電磁波の受信、
振動の高低による感応共振でもある。
それを人は感覚器官で感じ、認識する。
それは感覚器官を通して、
心(靈)が感じ(感じる磁性)ているって事なんやけど・・・」
「ハア・・・そうでしたね。
しかし・・・難しい言い回しですね。」
「もうちょっと我慢して聴いて貰えまっか?」
「・・・どうぞ続けてください。」
「その行動の動機、“創造”の動機は、
アイで、愛(炁)で、“亜”が出ずる、泉、って事なんやけど、
それに、
“魔”=マーラ(魔羅)が入り込んで、
それを先生は甘い=亜、魔、出ずる、泉って言い回しをするんやけど、
“魔”=マーラ(魔羅)って言うのんは、
广(まだれ)=頭骸骨の意味があり、
それに、
左右の磁性を示す、林・・・
これは本来は木・・・部首で言うと木部(もくぶ)ではなく、
人の縦と横の磁性の構造=十に、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と、
乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)が加えられ、
それが木部って部首になってるって言うのんが先生の解釈なんやけど、
ほんでから、
“魔”=マーラ(魔羅)を構成する、鬼って言う字は、
亡者とか、この世に在らざる者とか・・・
それはいわゆるこの世界に執着を持った浮游霊の事を指し、
その浮游霊の心(靈)って言うのんは・・・その執着って言うのんは、
貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の心(靈)で、
貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)は低い心(靈)の発現で、
それは極めて本能に近い・・・そう思いまっしゃろ。」
(注 貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)が解らへんかったなら、
“三毒”或は“貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)”で、
ググったらエエねん。 by Kellyさん)

「人間より動物に近いって言い方も出来ますね。」
「そうでんな・・・
そやから、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の、
思惑って言うのんは、
少し智性を獲得した生命(生きる使命=存在理由)、
今の地球人でんな。
それを“下”に引き戻す。
そやからそれは“下”の心(靈)の動き中心になり、
やる事、考える事が現時点より相対的に、
動物化する。
そやから動物の心(靈)の発現って言うのんを知って、
その上で人間の観察をする・・・
或は、
自分の心(靈)の動きを観察する。
そうすると、
自分の心(靈)の中の、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”と、
“善(神格化の方向性と智性の受信)”が、
自分で判別出来、
そして自分達は今後どうするのかって事を判断出来る様になり、
それは段々良い形を目指すって事でも有るんやけど・・・
そやからこそそれは、
“亜”が出ずる、泉、って事でも有るんやけど・・・」
「“亜”、ア、愛(炁)の“あ”・・・すべて創造の根源って事ですね。」
「そうでんねん。
その“創造”の結果を見て私達人(日止、霊止)は、
もっと良いカタチを考える。
良いカタチを思う事自体が、
愛(炁)とも言い得る事でんねん。
ほんでから自分にとっての良いカタチ、
最初は本能中心の心(靈)の発現をする・・・」
「“下”から“上”に向かうって事ですね。」
「その通りでんねん。
そやからそれが自分の低い欲望の為の“創造”なら、
その“創造”に、
“魔”=マーラ(魔羅)が入り込み、
それは浮游霊の貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)由来の通信を受ける。」
「それも“気血栄衛(營)”になるって事ですね。」
「そうでんねん。
それは低い事象になり、
この場合の事象って言うのんは、
観察されてる世界(“日月神示”の表現、外側(外国と幽界))と、
自分の心(靈)と、
肉体の構築って事が起きてる。」
「そうなんですか?」
「解り難いやろから、まず、観察されてる世界の話をすれば・・・
今、色んな事が起きてて、
人(日止、霊止)の低い心(靈)の創造の結果って言うのんが、
示されてる。
何とか偽装とか、アホな政治家のやって来た事とか・・・
肉を食ってきた事の結果の霊的干渉による殺人とか・・・
そんな事は例を挙げたらきりが無い・・・
そやから結果、自己奉仕者の世界は崩壊する。
その事を、今、
今後の世界=アセンション後の世界に、
心(靈)が位置して行く人(日止、霊止)は学習してるけど、
その事を思わせない心(靈)の動きが、
現状を憂いていてるだけの人が多い・・・」
「現状を憂いているだけの人・・・」
「そう言う人は、何にも学習してへんって考えたらエエねん。
ほんでからそう言う人達の求める事は、
いやな事とか苦悩とかを忘れたいから、
いつも笑って過ごしましょうとか、
楽しく人生を過ごしましょうとか、
自分が生きている事に感謝しましょうとか、
永遠の愛とか、幸せになりましょうとか・・・
そう言う、
只、ありがたそうな言葉に酔いたい・・・
そう言う人もいてるし、
そやからそれは、只、一言で、
甘い(亜、魔、出ずる、泉)って事やと思いまへんか?」
「言葉に酔う・・・そうすると自分達が何をするべきなのか考えない。
今地球人が考えなければいけないのは、
平和の実現・・・そうやってアミの本に書いてありましたよね。
だからそう言う言葉だけに酔ってる人は、
目先の幸福感に酔っているだけ・・・そういう事も言えますよね。」
「今、Yっちゃん先生が言うた事は、
本当に使うべきところに金を使わへんって重大な問題も感じさせるんやけど、
話が逸れるから、
今その事に触れるのは、やめときまんねん。」
「???・・・ハア・・・」
「だから、さっきYっちゃん先生が、
先生やKellyさんと話すと緊張するって言うたやないですか。
その緊張を避けたい心(靈)の動きが、
今、言うた事なんかや、癒されたいとか・・・
最近こういう言葉を使う人は多いでんな。
ほんでから苦痛から逃れたいとか、
サプリメントや鎮痛薬の多用にもそういう事は感じられる。」
「・・・そうかもしれませんね。」
「結果それは、
自分が観察してる事象に対して、何も深く考えん事になる。
この間Yっちゃん先生は、
すべての事象は自分の在り方を示すものなんやって言うたやないですか。」
「そうでした。」
「自分に起きてる事とか、
観察して感じてる事に対し、
深く考えず、そして自分の在り方も思わない。
特に今言うたサプリメントとかは、
自分が食事制限しなければいけない事を思わせず、
食いたいだけ食ってサプリメントで解決しましょう・・・
そう言うCMも沢山あるやないですか。」
「そうですね。お茶なんかにも有りますね。」
「そうやな。
そやからそれは、自分の在り方を考えた事ではありまへんな。」
「そうですね・・・自分が本当に健康を目指し、
それはさっきKellyさんが話していらした、
自分にとっての良いカタチを考えるならば、
間違ってるし、
そしてそれは、甘い考えですね。」
「その事そのものが、
自分の心(靈)が“下”に向かっている事で、
それは一部の人間が金儲けしてる結果でもある。
ほんでからそのサプリメントなんかのデータは、
さっき話してた、
“力”=知識や知恵の使い方を間違えてるって事でも有りまっしゃろ。」
「そうですね・・・」
「そう言う事からして先生は、
“悪”の定義を、
心(靈)の動きの本能化と低振動化って決め付けてる。
それも解りまっしゃろ。」
「そうですね・・・」
「そやけど、
平均的地球人の“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の認識は、
その行為とか結果しか見てない・・・
例えば犯罪の起きた状況とか、その心理とか・・・
そやけどそれは、
霊的干渉って概念も無いし、心(靈)の動きを深く観てへんって事でんねん。」
「“下”の心(靈)の発現と、
心(靈)が“下”に向かう事が、
悪の、
行為(事象の創造)を引き起こすって事ですね。」
「そうでんねん。
そやから今言うた事も目先の観察でしかなく、
それは、感覚優先の物の見方でもあり・・・
それは、何も考えない事でもありまんねん。」
「そうかもしれませんね・・・」
「ほんでから今の人は、
そんなもんばかり見せられ、
それは毎日のように、
ニュースでやってるやないですか。
そやからこそ、
さっきも言うた様に甘い言葉に酔ったり、
お笑い番組を見たり、
ドラマを見て一喜一憂したり・・・
それもとても甘い事でしかなく、
今の醜い事象を解決する方向では無い・・・
そう思いまへんか。」
「・・・そうですね。
そして、
感覚優先って事は、その心(靈)の動きって言うのは、
低い心(靈)の発現の人ならば、
自分だけ楽しみたいとか、
楽になりたいとか、
苦痛から逃れたいとか、
癒されたいとか・・・
そう言う事になりますね。」
「その通りでんねん。
ほんでから今Yっちゃん先生が言うた事は、
さっき、Yっちゃん先生が言うた事と一緒でっせ。」
「そうか・・・それは、極端な事を言えば、
本能の心(靈)中心、快楽優先の心(靈)の動きみたいなもんですね。」
「そうでんねん。
そやから、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)って言うのんは、
人(日止、霊止)の心(靈)の低い部分と、
貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の心を持った浮游霊とか・・・
いわゆる悪霊との感応共振って事なんやけど、
それが自分の思想になる事が、
鬼=貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)由来の浮游霊の思惑を、
左右の磁性を示す、木部(もくぶ)二つ、林で、
吸い上げ、
それは、
广(まだれ)=頭骸骨に示されてる自分の思惑になる。
その結果は、
さっきYっちゃん先生が言うた快楽中心の心(靈)の動きになる。
それは人(日止、霊止)の動物化とも言えるやんか。
ほんでから、
貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の心を持った浮游霊の感応共振の事象、
大食い選手権とかお笑い番組ブームとか風俗とか・・・きりが無いけど、
そんなもんがもてはやされてる事、
その事すら指摘出来る霊能力者は、今、居てへんねん。
それは、
ほとんどの霊能力者って言うのんは、
前のブログでも今のブログでも何回も言うてる事なんやけど、
自分の目先の利益の為の“力”=霊能力でしかない。
その為に甘い言葉を使ったり、
見せ掛けの愛を語ったり・・・
そんな事では自分達のよいカタチを見出せないし、
それは悪魔の傀儡とも言い得る事でんねん。

ほんでから、この事も前に言うた事なんやけど、
T霊媒が毎回死ぬほどの思いで、
それくらいエネルギーを贖って、
“上”から“下”に垂れた知識、
それが、S会=紫光会でのローム太霊さんの交霊会・・・
ほんでから主に公開されてるのは、ローム霊訓講話で、
それが出版されたのがローム太霊講話集でんねん。
その言葉・・・現界、幽界、霊界、神界、
主護霊・・・そう言う言葉すら自己奉仕者は自分たちの商売に使って、
それは、
人のふんどしで相撲とをとるとか・・・そう言う言い回しも有るやろけど・・・
Kellyさんと先生は、
自分がエネルギーを贖って獲得した“力”やから、
尊いのであって、
それを自分の目先の利益の為に、
上手い事利用して、上手い事儲け、
自分の功名心・・・
この場合は低い功名心でんな、それを満たした・・・
それは、今、
霊能力者の物欲と低い心(靈)の動きって二つの事を言うたんやけど、
それは、その二つの心(靈)の動きの結果、
価値のある何かを利用したならそれは、
盗んだに等しい・・・そう思いまんねん。」
「今のKellyさんの話は、
前のブログでよく表現された、
“力”が素晴らしいのではなく、
“力”をどう扱い、
どう役立てるのが素晴らしいって事ですね。」
「素晴らしいって表現は、
大げさで正確性に欠けてると思うんやけど、
要は、自分が“力”を獲得するには、
エネルギーを贖う(あがなう)・・・
贖う(あがなう)って言うのんは、
疲れるし苦痛もあるし、
さっきYっちゃん先生が言うてた、緊張するって事でも有りまんねん。
そやから、緊張するから生体内電流の強化にもなるし、
高い心(靈)の動きもあるし、
その発振、発信があるから、
自分より“上”の霊的存在との感応共振が有りまんねん。

そやから、そうやって人が苦労せんと、
贖う(あがなう)って事をせんと、
“上”の知識とか、
霊的干渉による発明とか発見とか、
それは、“上”から許可が出ないと、
すべてを知っている神からの許可が出なくって、
その人に簡単に教える事自体が、
その人の霊的成長にはならないって事で、
そやからこそ、
苦痛や苦悩は避けてはいけない・・・
ほんでから、苦痛や苦悩は自分の在り方を示す先生でもあり、
自分の体験だけが、自分の認識の拡大に至る・・・
認識(悟り、幸取=さとり)の拡大=オーラが大きくなる事でも有るんやけど、
それが、
生命(生きる使命=存在理由)の神格化=真の幸福の意味で、
それをはき違えるのが甘い考え・・・
はき違えさせてるのが、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の、
思惑の介入でもある。」
「・・・」
「そやからYっちゃん先生が、
今後、色んな物事に遭遇し、それを分析するには、
今Yっちゃん先生が言うた、
本能中心の心(靈)とか、快楽の為の“創造”とか、
人の心(靈)の動きのその裏にあるものを見抜いて欲しい。
それは、今後、医療に関わる人は、
その事を知っていないと、
医療そのものが、人の良いカタチを望むって言う霊的進化の大前提を、
達成しようとするカタチになってない・・・

実は先生からの伝言のもう一つはこれでんねん。
“Kellyから伝えてチョ~”って言われてましてん。」
「そうだったんですか・・・」
「そやから前のブログで、
先生視点の現状の医療やサプリメントや、
美容や美白・・・形骸の美の概念・・・
こんな事も先生と話をしたんやけど・・・

繰り替えすんやけど・・・特にYっちゃん先生に知って欲しいのは、
医療も形骸の健康の概念に支配されてる。
それも、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の、
思惑でもあり、
そやからこそ、
医者の財布の為の医療行為って言うのんは多いんやないんでっか?」
「そうですね・・・
本当の健康の概念・・・
それは鍛えるって事を先生は言いたいんでしょうね。」
「そうでんねん。
それは、鍛えるって言う字に現れてまんねん。
鍛えるって言う字はよく観ると、
“力(ちから)の根(ね)”=肉体内の鉄分子が持つ磁性=金へんと、
その段階って事で、
生命(生きる使命=存在理由)の進化って言うのんは、
肉体内の電気的な事って概念を先生は持ってはる。
そやからそれは、
その電気的な事が霊的進化と同義で、
それはオーラの発振、発信に現れ、
特に“一”=智性=1番目のオーラは、
(地球上では)サルが進化した人(日止、霊止)しか持ってへん。
それが先生の観察した結果・・・
オーラや霊的存在が見えてたときの観察から得られた認識でんねん。
又その事を“上”の存在に訊ね、
“上”からメッセージを貰ったりもしてまんねん。」
「前のブログに紹介されてた、
アルレーム(亜流連無)、アーローム(亜呂無)・・・
そう言う人(日止、霊止)の進化を望む存在ですね。」
「そうでんねん・・・
ほんでから先生は公開して無いけど、
もっと沢山の存在からメッセージを貰ってまんねん。
そやけどその沢山の存在や沢山のメッセージには、
一貫した共通性があり、
その一つが、オーラの拡大、
それは、認識の変化と拡大・・・
それに伴う苦悩や苦痛・・・
それは避けて通る事はならんって事を言うてまんねん。」
「それはローム太霊の、
苦に苦を重ね苦を求め更に苦を求めるのだ、楽を求めてはいかん
・・・って事でも在りますね。」
「そうでんねん。
ほんでからS会=紫光会の交霊会の言葉、
神は乗り越えられない困難は与えない”・・・の、
意味でも有りまんねん。
そやから、苦痛を感じ(感じる磁性)るって言うのんは、
生体内電流の強化って事で、
極端な話、死体には生体内電流の活動は無い。
そやけど医学にその視点や、
そういう事を前提に、
生命(生きる使命=存在理由)を観る科学って言うのもありませんねん。
ほんでからその事を、
先生は三本目のブログで説明すると思いまんねん。」
「そうなんですか・・・」
「そやから、
自分が育って行く事、それは時間の進行があるからこそ、
自分は変化し、
様々な霊的干渉を受けつつ、心(靈)も肉体も創り変わる。
上の思惑の受信をすれば進化やろし、
“下”の思惑・・・さっき言うてた、
“魔”=マーラ(魔羅)の中の鬼、
貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)由来の浮游霊の思惑なんかでんな。
それは食いたいとかやりたいとか・・・特に子供の浮游霊の思う事は、
そういう事が多く、
ほんでから着飾りたいとか、美容とか美白とか、
それを目的に仕事する=金儲けしたいとかは、
動物霊・・・家畜の霊が少し知恵がつくと思う事で、
それは、
ディスプレイ(動物の発情行動)でんねん。

そやから、
心(靈)と肉体が時間の進行と共に創り変る事は、
“上”と“下”の方向性があり、
そのどっちかしかあらへんねん。
ほんでからその“上”と“下”を決めるのは、
自分の心(靈)の在り方でしかない。」
「・・・だから先生の善悪の概念は、
“善(神格化の方向性と智性の受信)”と、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”って事なんですね。」
「そうでんねん。

そやからそれは、
心(靈)の方向性が、霊的成長をどれ位出来るのかを決定するし、
その事そのものが、
自分の心(靈)の構築やと思うたらエエし、
肉体もそれに応じて創り変わる。
そやからそれは、肉体を持った存在は三つのオーラを持ってて、
それが“日月神示”では、
“ひふみゆらゆら”=“一”“二”“三”のオーラ、
それぞれの左右の磁性の右往左往と左往右往で、
肉体も心(靈)も、
そして人(日止、霊止)が認識し得る事象・・・
例えば宇宙とかでんな。
それも・・・空間と認識されてるものでも、
それは、
生命(生きる使命=存在理由)やと思いまんねん。

ほんでから生命(生きる使命=存在理由)それは、
右往左往と左往右往、
砌(みぎり)と日足(ひたり)は、
陰陽で、
それは神さんの極性だと思うって言うのんが、
先生の考えでんねん。
そやからそれは荷電粒子に現れてるって事でも有りまんねん。」
「それは・・・すべての事象は、
電磁波・・・振動・・・究極微粒子の振動を、
人(日止、霊止)の心(靈)が感じ取っていてそれが認識になる。
感じ取る過程が観察って事ですね。」
「そうでんねん。
よく先生のキチガイ染みた考えを理解してはるやないですか。」
「ハア・・・」

「そやけど、長い話をして疲れたやろ。」
「そうですね・・・又、
沢山考えなければいけないですね。」
「そやから今日はこれくらいにしといたらエエと思いまんねん。
一応、先生からの伝言は伝えたし・・・
今日、詳しく話せへんかった事もあるし・・・」
「そうですね。又お話させてください。
それでは今日は失礼します。」
「又の機会を楽しみにしてまっせ~~!
ほな、さいなら。」


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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
(クリックで拡大)

2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
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お近くの書店にない場合は
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発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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初めての方は、
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“日月神示” 上つ巻 (42)
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“日月神示” 富士の巻 (26)
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“日月神示” 夜明けの巻 (26)
“日月神示” 雨の巻 (18)
“日月神示” 風の巻 (15)
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☆ 紫光会経文の文言 Kellyさん的解釈 (18)
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その他 お知らせ (3)



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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
写真部の○○○大先生のページ
写真部に投稿した最新の写真
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○○○大先生の水草水槽記録
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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