“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

Kellyさん、Nominyan&Senyapoo親子と初めて会い、Nominyanと○○○大先生が出会った当初の話を聞かされて、妙に納得する。

  今回の記事は、Kellyさん、爆睡中に、A野さんの愛犬たち登場!…夢の中で、人間に見られる習性について、犬たちと論じる。 “その五”   の文末からつながっております。 by ○○○大先生)


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さて、先生からの写真添付メールも来たし、Nominyanはんと待ち合わせの約束の電話するんやけど…そやけど、この写真に先生が書き込んだ“アヘ棒”っていったい何やろ。 なんとなく想像はつくけど…。


↓ 先生が撮ったNominyan&Senyapooの写真 ↓
モノホンNominyan&モノホンSenyapoo 彼岸花見に行ったときの写真


ほんでから、この写真のほっぺたを引っ張るポーズは、先生が親しい人を撮るときによく使う定番のパターンやな。 先生自身も、ときどきチョ~~ご機嫌ハイテンションのときにこのポーズをとるし(○○○ 大先生とモノホンKellyさん、モノホンKellyさんのばあちゃんに会う為に四国に行き、そのついでに石鎚山にも行き、その後モノホンKellyさんと別れた○○○大先生は、名古屋に帰宅する時、高速道路の大渋滞に巻き込まれ…帰ってから(ヘ;_ _)ヘ パタ!!・・・コケテマッタ・・・・ゞ(_△_ )ゞ ヒクヒク・・・ってなったんやけど、その時撮った写真。  の、最後から四枚目の写真を参照)。 
そやからこれは先生のお気に入りのシチュエーションでもあるんやけど、この写真を見て元プロカメラマンのKellyさんとしては、先生とNominyanはん&Senyapooはんは、この時点でおたがいかなり親密になり、心を開いてる関係になっているって感じとることが出来るやんか。  
でも、この写真の撮影時期を考えると…先生からの電話では、Nominyanはんが9月の初めに○○○療院に初来院したって聞いてるし。 ほんでからに今年の彼岸花の開花っていうのんは、猛暑の影響で例年よりちょっと遅かったし…それにしても、10月初めの頃に満開やったやろから、まだ先生とNominyanはんが出会って一ヶ月になったかそのくらいのときの写真やん。 
そやからKellyさん的に思うのは、たった一ヶ月足らずの間にこんな写真を撮るような関係になっているっていうのんは、二人…いいや三人か…この三人にはいったいどれくらいのコミニケーションがあったんやろかって思うやん。 
そやからそれは、この間先生から電話もらったときも思うたけど、いろんな意味で興味津々やな。 
とにかくNominyanはんに電話してみたりましょ。

「もしもし~○○○大先生からのご紹介でお電話させてもろてるお~○○Kellyっていいますねん」
「わざわざお電話いただいておそれいります。 初めまして○○○○です。 先生にはこのブログ内ではNominyanって名乗るようにって言われてますので、ですからNominyanってお呼びください。 よろしくお願いします」
「こちらこそ初めましてでんねん。 よろしゅうに。

(…楚々としたしゃべり方や。 ほんでから先生からの情報では、Nominyanはんは三十代後半のはずなのに、まるで少女のような声やな)

 先生から聞いてるのは、NominyanはんがKellyさんと話をしたいってことで、そやから待ち合わせのお約束をしたいて思うててお電話させてもらいましてんな。 ほんでから先生が言うてたのは、Nominyanはんと待ち合わせるのには、A野はんやSはん、そして(夢の中の話しなんやけど)犬たちと会う公園でNominyanはんとSenyapooはんと話をするのいいんじゃないかっていうことやったんやけど」
「はい、明るい日差しの下でお話したいと思います。 よろしいでしょうか」
「オッ○―牧場でんねん。 そやったならお待ちしてまっせ」
「承知しました。 お会いできるのを楽しみにしております。 それでは失礼します」

 …礼儀正しい印象や。 ほんでからなんやしらんちょっとだけ固い感じのしゃべり方やったな。 どんな人か楽しみにしてましょ。


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アカン、遅刻してしもたやんか。 もう二人とも着いてはるやろな。 
おっ! あそこに挙動不審な親子がいてる。

Nominyan&Senyapoo 公園を右往左往と左往右往する 

Nominyan 会話中 「Senyapoo~~、Kellyさんらしき人、いないね」
Senyapoo 会話中 「そうだね~おそいね~」

Kelly 会話中(しもた…そうとう待たせてしまったみたいやな)
「すんまへ~~ん~~Nominyanはん~~Senyapooはん~~。 Kellyさんはここにいてまっせ~~」

Nominyan&Senyapoo Kellyさんに近づく

Kelly 会話中 「遅刻してすんまへんでした。 初めましてNominyanはん、ほんでからSenyapooはん、こんにちわでんねん」
Nominyan 会話中「初めましてKellyさん。 娘のSenyapooです」
Senyapoo 会話中「…」(じ~~~とKellyさんを見ている)
Kelly ニコニコ顔 「Senyapooはん、こんにちわでんねん」
Senyapoo 会話中「…」(じ~~~とKellyさんを見続けている…)

Senyapoo Kellyさんから遠ざかる 

Kelly ドン引き中 「あっ!! 逃げてしもた。 どないしはったんやろ」

Senyapoo 茂みに隠れ様子を見る


Nominyan 会話中「すみませんKellyさん、Senyapooはちょっと人見知りで、初対面の人がどんな人かよく分からないうちは仲良く出来ないようなんです。 お気を悪くしないでくださいね」
Kelly 会話中「そうなんでっか。 そやから茂みに隠れて様子を見てるんやな。
(そやけど、Senyapooはんが茂みに隠れてるこの画像は、犬たちの画像の使いまわしやな。 例によってこの文章を作ってる○○○大先生の手抜きやな)
そうやったならSenyapooはんにはKellyさんとNominyanはんが話してる雰囲気とかを見てもらうことにしてもろたら…」
Nominyan 会話中「はい、Senyapooがこの人なら仲良くなれそうだって思えば、そのうちに出てくると思いますので、しばらくこのままお待ちいただけますか」
Kelly 会話中「オッ○―牧場でんねん。 
そやけど、この間先生から送ってもらったメールの添付のお写真では、かなりお二人と先生は打ち解けてる感じやったけど、先生とちょっと人見知りのSenyapooはんは、すぐ仲良くなったんでっか?」
Nominyan 会話中「ええ、実はそうなんです。 
先生はSenyapooに会ったとき自己紹介をしたのですが、それはこんな言い方だったのですよ。

“Senyapooちゃん初めまして。 エロジジイのエロ○○○大先生です”
【<^><^>】デヘヘヘヘェェェェェ~~~~
Senyapooとしては、こんなふざけた挨拶をする大人に初めて会ったので、ちょっとびっくりしたみたいだったのですが、その後も先生はわけの分からないギャグを連発してSenyapooを笑わせたりしてすぐ仲良くなったのです。 
それで、伊吹山に向かうまでの車中でも、伊吹山登山中も、そして伊吹山から帰るときも私の家まで送っていただいたのですが、その間○○○大先生はどれくらいのギャグを連発したのか、今となってはたくさんありすぎて全部思い出せないくらいですけど、その中で印象に残っている先生のギャグは、当日は伊吹山ドライブウェイの開門が8時で一時間ほど早く着いたのですが、そのとき三人で近くの自然観察をしたりして、野草や、アゲハチョウを見たり、サワガニを見つけたりしたのですが、サワガニを発見したとき先生は、“サワガニ見つけたくらいでサワガニーでチョ~(騒がないでチョ~)”とか言ってましたよ」 
Kelly 会話中「そうなんでっか」(例によって、先生らしいしょうもないオヤジギャグやな)
Nominyan 会話中「そして、そんなギャグを言った直後、先生は伊吹山ドライブウェイの入り口でいきなり太陽凝視を始めて、その様子を見て私はちょっとびっくりしたんです。 
先生が長年、長時間の太陽凝視をしていらっしゃるっていうのは本を読んで知ってましたけど、実際に見るとびっくりですよね。 それに先生は伊吹山山頂でも太陽凝視をしていました。 
でも、ちょっと話がそれましたね。 
ですから先生は、私たちと伊吹山に行ったときはずっとギャグの連発だったんです。
ちなみに伊吹山下山中、先生はお得意のギャグのひとつである“アヘェェェ~~~”を連発したのですが、Senyapooは“アヘェェェ~~~”がとても気に入ったみたいで、比較的まっすぐな枯れ枝を見つけては“アヘ棒”と称して、先生と二人で“つんつん”しあっていました。 その様子を以下に画像で示します。

三人伊吹山下山中

Kelly 会話中「…そうなんでっか。 (なんやねん、先生はSenyapooはんをセブンはん のように扱ったみたいやな) 
Nominyan 会話中「それでSenyapooは、それからしばらく“アヘェェェ~~~”を一日に何回も口走り、私の実家で私の両親にも“アヘェェェ~~~”を連発したので、ちょっと困りました。
…ごめんなさい、私の話…とりとめの無い話になってますね。
 それで前後しますが、先生とSenyapooが初めて会ったのは、私が○○○療院を訪れてちょうど二週間後の日曜日なんです。 
それは、私が初めて○○○療院に行ったのが9月初旬なんですが、そのとき治療を受けてから先生と私は、数回メールのやり取りをしただけなのです。 
でも、今思うと…なぜか…その日から約二週間後に、伊吹山に行く話がとんとん拍子に進んだのです。 
そしてそのとき私の家まで先生が車で迎えに来てくれたのが、先生とSenyapooの初対面だったのですよ。 
ちなみに私が先生と直接お会いしたのは、その時が二回目でした」
Kelly 会話中「そうなんでっか。 そやから先生がKellyさんに添付で送ってくれはった写真には、Nominyanはんが“アヘ棒”を手に持っているんやな。 ちなみにKellyさんが添付で受け取った写真はいつごろの撮影なんでっか」
Nominyan 会話中「10月初旬に先生と三人で彼岸花を見に行ったのですが、Kellyさんがご覧になった写真は、そのときに先生に撮っていただいたものです。 そのとき先生とSenyapooが直接会うのは二回目で、私とは三回目だったのです」
Kelly 会話中「そうなんでっか。 Kellyさんがそのときの写真を見て思ったのは、もうかなり親密になっている感じやって思いましたがな」
(そやけど今のNominyanはんの話、メールに添付された写真を見たときKellyさんが感じたのと同じような印象で、とても速い展開やな。 きっと先生とNominyanはんは縁があるからや)
Nominyan 会話中「Kellyさんもそう思われますか? 何か…短期間の間に私たちは打ち解けてしまっているのですね。 
それで、その一ヶ月足らずの間にも、私自身たくさんの心境の変化もあり、そのことについても先生にいろいろメールでお訊ねしているのですが、長くなるのでそのことはまたの機会にでもお話しさせていただくことにして…それでKellyさん、先生がSenyapooに挨拶したときも、その後、伊吹山に行き、そして帰るまで、ギャグを連発する先生を見て、また太陽凝視をする先生を見て、私はとても戸惑ったのですよ。 
あの本を書いた人がこんなにギャグを連発する人だなんて思っていなかったので…。 それと太陽凝視をしている先生はとても真剣で近寄りがたく、ギャグを連発した後、すぐに雰囲気が変わってしまっていた…びっくりしますよね」
Kelly 会話中「それはそうやろな」
Nominyan 会話中「でしょう! でしょう! でしょう! 
いったいどんな人なのかしら…って思いますよね。
それと、またまた話が前後しますが、私が○○○療院に行くのも、とても迷ったのです。 
それは、私があの本を読んで思ったこと、それは、あの文章を書いた人はいったいどんな人なのだろう…なにを思っているのだろう…どんな生き方をしてきた人なのだろう…そんな事を考えました。 
…それで、あの本には、顔文字やギャグっぽい表現もありますけど、その内容はとても深く、読んだ後からいろんなことを思いますよね。 すごくいろんなことを考えさせられる…。
だから私は、あの文章を書いた○○○大先生に会うのは、何か、とても緊張するような感じがして…畏れ多いような…だから先生は何か…厳しくって怖い人のような…でも先生は人の良いカタチってことを考えて、だからあの文章を作ったのだわ…とか、いろんなことを考えて…だから私は、あの本の著者としての先生にぜひ会ってみたいと思い、散々迷ったうえで○○○療院に電話したのですよ。 
そして初めて○○○療院を訪れました…そのときの私の顔つきは、先生に対する興味と畏怖の入り混じったような複雑な思いがあり、後から先生に散々からかわれたのですが、普段と違う顔になっていたのです。 その様子を以下に画像で示します。

○○○療院を訪れた興味津々のNominyan 

それで初めて○○○大先生の治療を受けたとき、私が読者で、先生の本に感銘を受けた事を話したら、先生はいろんなことを話してくださったのです。 
ですけど、びっくりするくらいの勢いで話される…マシンガントークですよね。 そしてそのマシンガントーク中は、あまりギャグっぽい事をおっしゃらなかった。 さっき話した伊吹山に行ったときの先生とは、大違いって感じでしたよ。 
…そのときの先生の話の内容は、先生はすべての人の成長を望んでいる…そして、この世界、自己奉仕者が腐らせているこの世界の事を、先生はとても憂いていらっしゃって、恨みの連鎖の霊的干渉の増大を何とかしなければならない…でも、もう手遅れだって先生は言ってらした。 
…だからこそアセンションって神の計画があり、霊的成長度において分けられるのでしょうが、先生はすべての人が良いカタチになって欲しいから、そのことをとても嘆いていらっしゃる…このことは、私が本を読んで感じたことでもあったんですけどね。 
だから私としては、今私が話したこと…これらのことを、先生が真剣に考えているんだって確信を持ちました。 
その辺が一般に売られているスピリチュアルを題材にした本とはぜんぜん違うところですよね。 
ですから今、スピリチュアルや幸福や愛をうたい文句にしている本は多いですけど、それらの大半は商売目的で、人に甘い夢を見させるだけ物でしかない。 
そして大半の人がそのことにすら気がつかない。 
それは、アセンションや幸福や愛って言葉に酔っているだけでしかないし、そして、そういう認識や解釈の本を読んで満足している人たちは、自分に甘い(亜、魔、出ずる、泉)人で、自分の人生が霊的成長なんて概念は無いし、目の前の苦難や困難を試練と認識している人はごく少数でしかない。
このことも先生は、私の治療中に力説していらっしゃった。 
だから先生は先生の一冊目の著書のアマゾンの著者からのコメントに、以下のように書いたと思うのですよ。

アタシがなぜこの文章を作ったのか…それは、自分自身の存在の意味と意義を子供の頃から考え、思い悩み…時には自分の死まで考え、そしてその思いに感応共振して、様々な霊縁が出来、又、自分の思いの発振、発信に対し、様々な現津(あきつ)=観察され得る事象に遭遇し、そこから得られた認識は、神と人、善と悪、心霊やオーラの概念、霊的成長度の違う存在(既成宗教の開祖や宇宙的存在)からの教示、それらの事を思い考え、そして得た自分自身の認識(悟り、幸取=さとり)の一つが、人(日止、霊止)の存在意義は神格化で、そして、すべての生命はいずれ神格化する。
…中略…
低い心(靈)は、すべての存在の幸福(神格化の意味としての幸福)を願わないからこそ、経済の発展の裏で飢餓貧困戦争が起き、恨みの連鎖の霊的干渉が盛んな星になり、形骸の価値感と(通貨としての)金に対する執着は人の霊的進化を望まない存在の思惑で、大半の人の心はそれに操られている。 そして今、アセンションを扱った本やサイトはとても多いですが、何か甘い夢しか見ていない感があり、大半の人が甘い夢を見させられているのは、人の霊的進化を阻む存在の思惑であると認識しており、このままでは、地球と人の霊的進化の関門でもあるアセンションを迎えるまでに、ほとんどがダメになる…この文章はそんな思いで作った文章です

ですから、先生があの本を書いた元になっていること、先生自身のその認識を得たのは、先生の人生が苦難でいっぱいで、先生の人生も恨みの連鎖の霊的干渉の影響をたくさん受けていらっしゃって、そのことを先生は嘆いている…それは先生自身が、先生の人生を喜んでいない…そして先生が本を出版しても、あの本の内容を本当に理解してくれている人がとても少ない…それも嘆いていらっしゃる…そんな事も感じたのですよ」
Kelly 会話中「そうなんでっか」
(そやけどそれは、先生が初対面の人にそんな話をする…力説するっていうのんは、先生がNominyanはんをある程度見込んだからこそ話したことなんやろな)
Nominyan 会話中「それで私は○○○療院に初来院後、先生とメールのやり取りをするようになったのですが、一番最初のメールで私はこんな事を述べたのですよ。

先生の猛烈なトークに多少圧倒もされましたが、これも全て人の成長を望む先生の強い気持ちが溢れ出てきているもののように感じました(溢れ出るというよりは、噴射しているような感じでしたが…)。 
長い年月の間、先生が苦痛を伴いながら、試練や経験を経て得られた尊い認識、これらが詰まった先生の著書を、今後私は何度も何度も繰り返し読むことになると思います

それと…
低い心の動きとしか感応共振できない人が大多数を占めるこの世界では、先生のそれを受信できる人はごく少数であり、先生はそのことをとても嘆いておられる
それと…
今の私の目上(めうえ)の脳、大脳新皮質の程度では、理解できる部分はほんの少しであるかもしれません
私自身のチャクラの発達の程度に応じたやり方でしか、認識を高めることができません
私も先生からの高い振動を受信できない者の一人ということになるでしょう”…って。

 そしたら先生は、このメールの返信でこんな事を述べていらっしゃったのですよ。

初対面の方にも、いろんなことを解ってほしいというアタシのわがままな一面が出てしまいました。 
アタシは、自己奉仕者が活躍して、恨みの連鎖の霊的干渉が増しているこの事象=この世界の大半が大嫌いです。 だから、何とかしたいという傲慢な思いがあり、その思いが強かったのであの文章が出来たということもありますし、ついつい、初対面の人にもいろんなことを述べすぎる傾向があります。 
Nominyan様には、不快な思いをさせてしまったのかもしれません。 申し訳ありませんでした。 
それと“今の私の目上(めうえ)の脳、大脳新皮質の程度では、理解できる部分はほんの少しであるかもしれません”と、“私自身のチャクラの発達の程度に応じたやり方でしか、認識を高めることができません”と、“私も先生からの高い振動を受信できない者の一人ということになるでしょう”っておっしゃっていらっしゃいますが、こんなふうにご自身がご自身のことを決め付けないで、ややこしい文章で恐縮ですが、いろんなことをお考えいただき、Nominyan様の認識の糧になれば幸甚です。 
そしてあのややこしい訳のわからない文章に対し、ある程度理解をしていらっしゃるからこそ、“私は私自身のチャクラの発達の程度に応じたやり方でしか、認識を高めることができません”と、Nominyan様ご自身が思われたのだと思います。
そしてこのこと事態が、“変圧”(アミの本で使われた概念。高い振動の霊的存在はいきなり低い心(靈)とは、感応共振しない)なのです。 それは、霊、対、霊、あるいは、人、対、人、であっても、霊的成長の度合いと、心の在り方の方向性が違う者なら、出会って認識を共有したりはしないものです(それが霊縁って事でもあります)。
そして心(靈)の方向性が同じである存在同士が、今後=アセンション後の事象を“創造”していくものであると確信しております。
ですから、今後、疑問がわいたり、訳のわからない事象に遭遇したりしたならば、遠慮なくいろいろお訊ねになってください。 その作業そのものが、Nominyan様とアタシ自身の認識の拡大になっていくことだと思います。 そして認識を共有した人はアタシの友人だと勝手にアタシ自身が思っております
”って」
Kelly 会話中「そうなんでっか。 これはまた深い内容のメールやな。 一回目のメールのやり取りとは思えへんくらいやな」
Nominyan 会話中「…そうかもしれません。 
それで今、私がこのメールのやり取りを読み返すと、先生との縁を強く感じます。 またそれは、きっと先生も同じように思っていらっしゃるかもしれません。
 それで、またまたまた話が前後しますが、伊吹山に行く約束をするまでの間にも、何回かメールのやり取りをしました。 
そのときに私は、私自身の因縁の事も含めて、様々な事を先生に訊ねたりしたんです。 そのことについての先生からの返信メールの内容は、とても真剣で、また深い内容の事をたくさん述べていただいたりもした。 ですから先生は、いろんなことを真摯に考えていらっしゃる…そんな印象がありました。 でも、先ほども話したとおり、伊吹山に行ったときの先生はギャグ連発で、とても陽気で明るかったし、だから私と初対面のとき、それから数回のメールのやり取りで私自身が先生に抱いていたイメージが、くつがえされたっていうのか…この人いったいどんな人なのかって当時は思いましたよ。
それで、初めて先生とお会いしてから四ヶ月ちょっとになりました。 
今の私は、私なりに先生のことが少し分かってきました。 この人は決して普通の人生を送ってきたのではないし、苦しんだり喜んだりした事がたくさんあっただろうけど、そのたびごとに自分がどうするべきだったとか、どう在るべきだったとか深く考えてきた。 
そして先生の太陽凝視、これを真剣に自分にとって一生涯の“行”と捉えていらっしゃるし、さらにローム太霊との霊縁、太陽凝視を教えてくれたKさんとの霊縁、そしてそのことを通じて先生が考えてきたこと、それは霊的なこと、オーラ、神の概念、幸福の概念、愛の在り方、そして自分の人生…これらの事柄を真剣に考えていらっしゃる…それは強く感じます。
 それで今、私と先生は惹かれあっています。 ですが、今だ私は先生のことを100パーセント理解しているわけではないですし、とても分厚い壁みたいななにかを感じてしまいます。 ちなみに私も太陽凝視を始めましたが、現時点、会社の出勤前に短時間しか出来ないですし…時々先生のご自宅で太陽凝視もさせてもらうのですが…なんといっても私は太陽凝視一年生でしかない…。 そして先生の太陽凝視は、次の四月が来ると38年目にはいるのですよね。 ですから私と先生…その隔たりはとても大きい…大きすぎる…そして先生の価値観、認識、思想…まだまだ分からない事が多いです。 でも私は、もっと先生のことを深く解りたいと思います。 
だからこそ私は、Kellyさんと話がしたいって思ったのです。 
先ほど言いましたが、先生と私は強く惹かれあっていることを感じますが、そういう関係だからこそ先生に訊けないこともあったりする。 また、お互いが惹かれあっているからこそ、お互いに依存したり、甘えたりして、だからこそ喧嘩になることもある。 先生と初めて会い、それからの四ヶ月ちょっとの間でも、何度か言い争いをして、もうこの人とはやっていけない…と思ったこともあったけれど、お互いの考え方のくい違い、価値観の違い、それを理解するために私たちは言い争って喧嘩をする…ひとつひとつそんな問題が起きて、言い争うからこそお互いがお互いを深く理解するようになっていく…今はそう思っています。 多分、先生も同じように思っているでしょう。
それで、先生とKellyさんは、兄弟のような関係が十四年以上続いていらっしゃる。 当然、私とは違う立場で先生と話をしてきていらっしゃる。 
それとKellyさんは、先生の認識を一番理解していらっしゃる方だと思います。  
だから私がKellyさんと話せば、先生と直接話をするのとは違う立場でいろいろな事柄を話すことが出来ると思うのです。 
ですからKellyさん、私の一方的な身勝手なお願いなのですが、今後もいろいろお話させていただいてもよろしいでしょうか」 
Kelly 会話中「もちろんでんがな。 先生と親しい人はKellyさんにとっても友人でんがな。 なんなりと訊ねてもろたらエエし、そやからNominyanはん、これからもいろいろお話しましょうでんねん」 
Nominyan 会話中「ありがとうございます。 Kellyさんには、先生のことだけではなく、いっぱい訊きたい事や、話したい事があるんですよ。 
私は今、ローム太霊講話集や今まで先生のブログで紹介されてきた本、○○○療院の待合室にある本、そして先生の著書、さらにこのブログ“続”も、先生の三本目のブログの“改”も読んでいますが、分からない事、疑問に思う事も多いし、当然、先生にもそのことを訊ねるけれど、Kellyさんの認識(悟り、幸取=さとり)も聴きたいと思うのです。 
ですから今後もよろしくお願いします」
Kelly 会話中「オッ○―牧場! スーパーまかしといてチョ~でんねん(笑)。 
こちらこそ先生とプライベートで親しくしてはるNominyanはんと話が出来れば、Kellyさんにも分からへん先生の一側面をうかがい知る事が出来まんがな。 そやからそれは、先生とKellyさんはたくさんの話をしたけれど、先生は多分、先生自身の認識を全部Kellyさんにはしゃべっていない。 
そして先生は、先生とNominyanはん、先生とKellyさん、それぞれの話の仕方っていうのんは考えて話してはると思いまんがな。
そやからKellyさんとNominyanはんが話せば、また違う発見もあるかもしれんし、ほんでからお互いの認識が高まっていくと思いまんがな。
そやから、こちらこそよろしくお願いしますでんねん。 
ほんでからNominyanはんとは、先生との話で得られた認識だとかの難しい話だけではなく、先生を肴(さかな)にして悪口も言い合おうやおまへんか」
Nominyan 会話中「プッ! それいいですね。 そういうお話ならSenyapooも参加できるし、ですからKellyさんと私とSenyapooで、先生の悪口を言い合いましょう」 
Nominyan 会話中 ウィンク(パチッ) 

Kelly 会話中「そうでんな。 
…そやけどNominyanはん、Senyapooはん出てきまへんな」
Nominyan 会話中「Senyapooは、これだけKellyさんと私が話をしているのを見ているから、もう仲良くなりたいって思ってるかもしれません。 でも、何かきっかけが無いとKellyさんと話せないのかもしれません。 ですからそれは…」
Kelly 会話中「先生がSenyapooはんに接したみたいに、何かギャグっぽい事をしたらSenyapooはんとKellyさんは仲良くなれるってことを、Nominyanはんは言いたいんやな」
Nominyan 会話中「はい。 Kellyさんにはお手間を取らせてしまいますが…」
Kelly 会話中「オッ○―牧場でんねん。 そやったならKellyさんは本邦初公開の変顔をして、Senyapooはんに挨拶してみようやおまへんか。 
その前にNominyanはん、Senyapooはんを呼んでもらえまっか」
Nominyan 会話中「はい。 
Senyapoo~~!! KellyさんがSenyapooのために変顔するそうよ~~見においで~~」

Senyapoo Kellyさんに近づく


Kelly 会話中「Senyapooはん、今から変顔やりまっせ。 よ~見ときなはれよ」

Kelly 猫Kelly顔をする!! 

Senyapoo 笑い顔になる

Nominyan 会話中「Senyapoo~どうだった? Kellyさんの変顔」
Senyapoo 会話中「…ゴニョゴニョ…」
Kelly 会話中「なにを二人で内緒話してるんでっか?」
Nominyan 会話中「Kellyさん、SenyapooはKellyさんと一緒にある歌を歌いたいそうです」
Kelly 会話中「どんな歌なんでっか」
Nominyan 会話中「それをお伝えする前に…Senyapooは、先生に“イモ娘”って呼ばれてるんですね。 それは、先生が作るジジメシを、時々○○○療院でごちそうになるんですが、先生がしきりにイモ料理をSenyapooにすすめて食べさせ、そのときに“イモ娘、イモ食ってチョ~、たくさん食ってチョ~”とか言って、いつの間にかSenyapooは“イモ娘”ってことになってしまっているんですよ。 
 それでSenyapooがKellyさんと歌いたい歌は、先生とSenyapooが一緒に歌ったりするもするんですが…ゴニョゴニョゴニョ…こんな歌なんですよ」
Kelly 会話中「…承知しましてん。 その歌をSenyapooはんと一緒に歌えばKellyさんとSenyapooはんは仲良くなれるやな。 
そやったならSenyapooはん、(ちょっと恥ずかしいけど)一緒に歌おうやおまへんか」
Senyapoo 会話中 笑顔「はあ~~い」
Nominyan 会話中「ちょっと待ってください。 私も参加させてくださいね」
Kelly 会話中「オッ○―牧場でんねん。 そやったなら三人で歌いましょうでんねん」

Senyapoo 会話中 笑顔   Kelly ニコニコ顔   Nominyan 会話中 ウィンク

   
♪♪♪ 侵略!侵略!侵略!侵略!侵略!侵略!イモ娘! ぷ~~~! ♪♪♪

(この歌の元ねた)↓




Senyapoo 会話中 笑顔「Kellyさん、歌ってくれてありがとう。 SenyapooもKellyさんとたくさん話したい。 たくさん訊きたいことがあるの。
なぜ先生はエロい冗談いうの? なぜ先生とママはチョ~仲がいいの? なぜ先生とママは太陽見てるの? なぜママと先生はときどき喧嘩するの? それからそれからそれから…」
Nominyan 会話中「Senyapoo~~、あんまりたくさんの事を一度に訊くとKellyさんが困るでしょう~。 それにもうすぐSenyapooのスイミングの時間だから、今日はもう失礼しないといけないよ」
Senyapoo 会話中「エ~~!! そんなのイヤだイモ。 もっとKellyさんと話したいイモ」
Nominyan 会話中「Senyapoo!!」
Senyapoo 会話中「…分かったでイモ。 チョ~残念だぷ~」
Kelly 会話中「Senyapooはん、いい子でんな。 また今度、Kellyさんと話しようやおまへんか」
Senyapoo 会話中 笑顔「は~~い」
Nominyan 会話中「それではKellyさん、今日はこれくらいで失礼したいと思います。 何か、一方的に私のことばかり話させていただいたみたいで、すみませんでした」
Kelly 会話中「ぜんぜん構わへんねん。 またこの公園でお待ち合わせして、たくさん話をしようやおまへんか。 そやったなら今日は、さいならでんねん」

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…Kelly、帰宅してからぼやき中…

 なんやしらんNominyanはんは、電話させてもろた時の印象と違って、結構な勢いでいっぱいしゃべりはったな。 
そやからそれはNominyanはんも言うてはったけど、先生の本と出合い、先生本人と出会い、それからその後四ヶ月ちょっとに及ぶNominyanはんの心境の変化っていうのんは、急展開の大変化やったんやろな。 そやから、たくさんしゃべりはったんやろ。
ほんでからある意味、先生が強く求めてはる人…それは、先生と認識を一緒に高めあう霊縁ある人、それがNominyanはん…そういうことなのかもしれへんし…。 
 Kelly ムププ ムププ!!
そやから今後もNominyanはんと話をするのを楽しみにしときましょ。 

…という事で、今回はこれくらいにしときまんねん。

Kellyさん、Nominyanと“霊的成長度の違いにおける先祖供養”について議論し、その後Senyapooにもて遊ばれて、おもちゃ扱いされる!!

 Kelly 会話中 この間Kellyさんは、NominyanはんNominyan 会話中からメールを貰い、その用件は、ちょっとKellyさんといろいろ話してみたいってことやった。 
そのメールを見たとき、NominyanはんとKellyさんの話はなんやしらん突っ込んだものになりそうな予感がしたんやけど…そのときの様子を、今回は紹介しまんねん。 
ほんでから例によって、NominyanはんとSenyapooはんとは、いつもの公園で待ち合わせをしましてんな。

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Nominyan 会話中  Senyapoo 会話中  「Kellyさん、こんにちは」
Kelly 会話中 「こんにちはでんねん」
Nominyan 会話中「Senyapoo、Kellyさんとママはちょっとむずかしい話をするから、Senyapooが退屈だと思うのね。 
  だからボールを持って一人で遊んできたら」
Senyapoo 会話中「わかったでイモ。 一人で遊んでくるんだイモ。 
 Kellyさん、Senyapooは一人で遊んでくるけど、ママとの話がすんだらSenyapooと遊んで欲しいんだプ~。
それに、この間約束したみたいに、先生を肴(さかな)にしてKellyさんとママとSenyapooの三人で先生の悪口を言い合おうイモ。
 それとKellyさん、このボールは先生が買ってくれたボールでイモ、先生に(100円ショップの)ダ○ソーで買ってもらったボールでイモ。 
だからこのボールは、こ○まの~ボール~なのだプ~。
♪♪♪こ○まのボール~~♪♪♪こ○まのボール~~♪♪♪こ○まのボール~~♪♪♪

Senyapoo Kellyさんから遠ざかる 


Kelly 仰天中「こ…こ…こ○まのボール……こけてもた」
(注 ○○○大先生の本名は、こ○まのぼる)

Nominyan 会話中「すみません。 先生とのお付き合いが長いKellyさんにはよく分かると思いますが、これも例によって先生特有のジジギャグでSenyapooのお気に入りギャグなのです」
Kelly 会話中「そうなんでっか…そやけど先生は、Kellyさんに今みたいな種類のギャグはあんまり言うてないと思うけど…。 
そやからそれは先生のギャグも相手に合わせてるっていうのんか、先生がKellyさんに言うたギャグとSenyapooはんに言うたギャグは種類が違う感じやな。
ほんでから最近Kellyさんは先生と会って話をしてないけど、やっぱり何かのおりに先生はチョ~とろくっさいギャグを言うてまっか」
Nominyan 会話中「ええ、それはもう…。 
最近はだいぶなれましたけど、この間もお話したとおりこんなにギャグばっかりいう人だとは思っていませんでしたので、かなり戸惑ったりしましたよ」
Kelly 会話中「…そうなんや。 
そやから今の話、Nominyanはんが戸惑ったっていうのんは、Nominyanはんは先生の本を読んで先生に会いたくなった。 そやからNominyanはんの先生に対するイメージっていうのんか、ちょっと表現が違う言い回しになるかもしれへんけど、Nominyanはんの先生に対する印象っていうのんか先入観とかは、あの本の文章からの印象が強いってことなのかもしれへんな」
Nominyan 会話中「そうなんですよ。 
Kellyさんや、先生と長年お付き合いのある○○○療院を利用していらっしゃる方、普段から先生を直接知っていらっしゃる方たち、その人たちは、よくギャグを飛ばし、悪意の無いエロギャグを言ったり、あるいは皮肉混じりなちょっと意地悪なトークをする陽気な先生をよく知っていらっしゃるでしょうけど、私は、本の文章中の先生の思想、認識(悟り、幸取=さとり)、あるいは事象に対する意見…それらで、先生ってきっとこんな人なんだってイメージを作ってしまっていたってことでもあるのですね」
Kelly 会話中「そうなんやろな。 
ほんでからに先生とNominyanはんは、先生対Kellyさんとは違い、お互い惹かれあっている関係やからこそ、先生は思いっきりNominyanはんに心を開いてて、そやからこそKellyさんと相対するときの態度とか、話す内容も違い、ほんでからNominyanはんと接して話すときの先生は、先生の内面とか内側(心の中と感じている事)があらわになってるからこそ、アホくさい幼稚なギャグもいうのかもしれへん。 ほんでから先生はジジイのくせにちょっと子供っぽいところもあるし…。
そやから今の話、Nominyanはんは、Kellyさんが窺い(うかがい)しれん先生の一面を知ってはるってことなんやな」
Nominyan 会話中「そうなのかもしれませんね。 
それで私としては、私たちと接している普段の先生を見て、“本当にこの人はあの文章を書いた人なのだろうか…”って何度も思いましたよ。 
それは今、Kellyさんが指摘してくれたみたいに、先生は、私と接するときと、Kellyさんと接するとき、あるいは○○○療院のお客さんと接するとき、それぞれちょっとづつ違うと思うんですよね。 
それで例えばKellyさんと私、それはどちらでも先生は親しく接していてくださるとは思うんですけど、Kellyさんと先生は長年の友人で、先生がKellyさんに話したこと、“Kellyさんとの会話”は出版された本を読んでも分かるのですが、先生の人生観や“行”による認識が中心だと思うのですよ。 
でも、私と先生が話すこと…私がまだ先生とお付き合いをしていないとき、それは先生の読者として私が接していたときには、先生の認識の話とかが中心ではあったのですが、今はあまりそういう話をしない…。 今は普通の話をしたりすることが多いですし、それと大体、私が先生と会うときは、もれなくSenyapooがついてくるので、どうしてもSenyapoo中心のことをすることが多いし、先生と私が何か話すときもSenyapooのことを話題にする事が多いのです。 それに先生とSenyapooは、とても仲良くなっていて、先生いわく“先生の大親友はSenyapooちゃんだ”って言ってらっしゃるくらいだから。
ですから最近、私と先生は、“行”のことや霊的なことなどをあまり話さないですし、先生の認識を知るような質問とか、いろんなことを訊ねる機会とかがあまり無いのですよ」
Kelly 会話中「そうなんでっか…そうかもしれへんな」
Nominyan 会話中「それでKellyさん、今日Kellyさんと話したいのは、“霊的成長度の違いにおける先祖供養”ってことなんですよ。 
大体このことも、先生と話してるときに出てきたのですが、そのときの先生も、“それは大きな違いがあるね、Nominyanにはよく分かるでしょ”って言ったくらいで、あまり詳しく話をしてくれなかったのです」
Kelly 会話中「…そうでっか。 
そやけど今、Nominyanはんがテーマにしてくれはったことは、たくさんの要素を感じさせまんな」
Nominyan 会話中「そうかもしれませんね」
Kelly 会話中「今、Nominyanはんが言うてくれはったこと、それにはたくさん要素があるってことを、今Kellyさんは感じたけど、それは先生も同じことを感じたのやないんかな。 
ほんでから、先生が詳しく話をせんかったこと。 
それは多分、先生的にはNominyanはんに自分でしっかり考えなさいってことなのか、あるいはNominyanはんが考えたことをKellyさんと話をして確認をとりなさいってことなんやおまへんか。 先生はKellyさんと長い話をしたときにも、ときどきそういう態度でKellyさんに接したことがありまんねん。 
そやからそれは、先生がなにもかもNominyanはんにしゃべって教えたら、それは、鵜呑みでしかないし、それではしっかりとしたNominyanはんの認識にはならへんやおまへんか」
Nominyan 会話中「…そうかもしれませんけど…。
そういえば、Kellyさんと先生の会話(前のブログのこと)には、今Kellyさんがおっしゃったみたいに、Kellyさんが先生から宿題を与えられたり、それについてKellyさんが検索したりして考えたり、そういったことが多かったですよね。 
そしてそれは、そうやってKellyさんがいろんなことを考え、そのKellyさんの息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)、オーラに感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)してKellyさんの“上”が通信を送り、それはKellyさんの発想そのものとか思想になり、そうやってKellyさんの認識は拡がっていった…。
だからこそKellyさんは、先生の認識の一番の理解者でもある。 
 …そうか…先生は私にそれを望んでいるのかもしれない」
Kelly 会話中「そうかもしれませんでっせ。 そんなふうには思わへんかったんでっか」
Nominyan 会話中「そうですね…先生とその話、“霊的成長度の違いにおける先祖供養”の話をしようとしたときには分からなかったけど、今Kellyさんにそう言われて気がつきました。
 …そういえば、先生と出会った頃のメールのやり取りで、私は先生に以下のようなメールを送ったことがありました。

私は先生の本によって気付き(認識の変容とまではいきませんが…。先生にもチクリと「気付いたんじゃなく読んだだけだ」とも言われましたしね)今までよりも、もう一歩踏み込んで深く考えるきっかけを与えられた事に感謝しています

 先生は私にたくさんのことを考えて欲しい…それはこのメールを先生に送ったときに私自身が気がついたことでした。 
先生は私の成長を望んでいる…私はこのことを少し忘れていたのかもしれない…。
…先生は私に会い、二人きりになると、すぐ私を“ツンツン”したり、エロい話をするので、できるだけ難しい話を避けてエロい雰囲気を楽しみたいのではないのかって思ってました。 
キャ!!」 Nominyan 会話中 アセアセ

Kelly 会話中「…そうでっか…先生のエロジジイぶりは具体的にKellyさんは知る由もないし、それはNominyanはんしか分からへんことなんやろけど、Kellyさん的にはなんとなくうなずける話でんな。
(…先生とNominyanはんは、なかなかのエロエロカップルでんな)
 そやから話を戻し、今回NominyanはんがKellyさんと話題にしたがっている“霊的成長度の違いにおける先祖供養”、このことを分析していったなら、先生がNominyanはんに何を考えて欲しいのか、何に気がついて欲しいのか、それを知ることができるんやないやろか」
Nominyan 会話中「そうですね…そうかもしれませんし、先生の意図はそこにあるのかもしれませんね」
Kelly 会話中「そやからまず、Nominyanはんが“霊的成長度の違いにおける先祖供養”について、先生にどんな事を話題にしたかったのか、それを教えてもろてエエやろか」
Nominyan 会話中「わかりました。 私が先生に話をしてたずねてみたいって思ったことを述べますね。

私が常々思っていること、普通、先祖供養っていうのは、お経をあげたり墓参りに行ったりとかですけど、霊的進化程度の低い人が供養しても、大して供養にならないと思うのですよ。 
それは、霊的成長度の低い人が行う供養は、やはり息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)であるから、オーラの発振、発信であり、その発振、発信の影響を受けるのが先祖の霊でもあるって思うからです。 
それと例えば、お供え物をしたりすることが供養だと思われていたりすること、このことも大事だとは思いますが、無くなった人が食事制限をしなければならない病気で無くなった場合、食べる事に執着している浮遊霊になっているケースもありますよね。 
だからその霊に対しては、その霊=その人が生前好きだったものを供えるのは、ちょっと問題がある。 当然、迷いますよね。 
でも、供養ってことに霊的成長って認識の無い人は、こんな考え方をする事もありますよね。 
それに大体、供養に対して認識の低い人=低い霊的成長度の人の供養の概念は、そんなところですよね。
それはその供養する人も、迷っている霊も、自我の肥大っていう霊的成長度であり、だからその両者は、“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”を持たない。 
だからその供養って行為そのものが低いものになっている。
ですからそれは、自我の肥大、自分たちに都合の良い考え方をするなどの自らの欲望に囚われた心(靈)の人が、先祖を供養しても、その供養する人の心(靈)の息吹=オーラの発振、発信は当然低いから、それは自分の欲望って心(靈)の動きに満ちているから、だからこそ先ほど述べた浮遊霊などに成り下がっている低い霊的存在と感応共振するでしょうし、それは、先祖ってひとことでいっても、二~三世代前の先祖と、何千年も前の先祖とは霊的成長度は違う。 ですから自我の肥大した霊的成長度の低い人の行う先祖供養は、まだ彷徨っている(さまよっている)先祖とか、それは浮遊霊に近いし、そして自我の肥大している人は生きている間が三毒、貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の心(靈)に囚われていたりするから、その心(靈)の動きを持った低い先祖…因縁霊とかですよね…そういう存在と感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)する。 
これはただ、先祖供養っていうことに対して認識が低いってことでしかない。

それとたとえば、供養と称してお経を唱えたりするのはたいして“行”やってないお坊さんが中心じゃないですか。 
それに、先祖供養にもけっこう商売が入り込んでもいますよね。 そしてその商売は、日月神示で“役員づら”と表現されてるような人が、先祖供養の知識も意味も、またその意義も知らない理解していない人に、知識を吹聴して、あるいは恫喝に近いことを言ったりして、何かを強要したり、何かを売りつけている商売もある。 例えば遺骨ペンダントとか、これはその遺骨を子孫が持っている間はその霊は迷う…いつもこちらに引き戻されているみたいなものですね。 それではその霊は、こちらの世界で迷い、彷徨うだけになってしまう。
それと、いくらか金銭を払うと永代供養ができるとか、これはある意味、先祖の霊をないがしろにしているみたいな事でもある。 お金さえ払っておけば、供養できているって思わせて錯覚させるようなものですよね。

それと、浄霊ってことを謳っている人や本もありますが、その効用や効果が怪しいと思わせられるものも多いですよね。 大体、浄霊って概念もおかしいって思いますし…。 何か甘いことしか考えてない人の求めること、それがこの言葉だと思いますよね。 
ですからそれは、浄霊って言葉にも表れているように、心は霊的成長しかないってことを考えれば、それは、浄化ってことでは無く、ただただ認識(悟り、幸取=さとり)の変容と心(靈)の動きが“上”になることが霊的成長であり、それが霊的進化(霊的成長、神格化に向かうこと)であり、それは、先生が定義付けた心(靈)の動きの、本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動の“下”から“上”がだんだん発現していくものだし、そうなれば自らの考え、思想、ものの見方=事象の“観察と認識”が変容してくるものでもある。 そして霊的成長度の低い心(靈)は、“下”の心(靈)しか発現していない。
だからこそ、“下”の心(靈)、本能、情動、功名心、自我までくらいの心(靈)が本能化した霊的存在=悪の存在、悪霊は、地獄を体験しなければならない。 そして閻魔の庁の浄玻璃の鏡(えんまのちょうのじょうはりのかがみ)で、自分が生きている間やってきた事を見せられて自省(胸の磁性“十”)して認識を改める。 それが結果として“慈悲”と“慈愛”と、“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”が芽生え、それはアミの本を引用すれば、愛の度数って言い方もできる。 心(靈)はこんなふうに変わっていかねば進化(霊的成長、神格化に向かうこと)ではないし、その変容の過程、そこには大変な苦痛や苦悩が満ちているけど、浄化や浄霊って言葉自体に、そのニュアンスがあまり感じられないですね。 何か簡単に浄化できますみたいな、効果や効用を強調しているインチキ通販番組のコマーシャルみたいなことを思わせる感がありますよね。

また、低い霊的成長度と、低い先祖の霊、浮遊霊とか因縁霊に成り下がっている悪霊の進化過程は、三毒、貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の“下”の心(靈)の動きが中心だから、自分の欲望って心(靈)の動きを自分で分かり、それを制御するとか、自制するとかの心(靈)の動きが芽生えなければならない。 そしてそれは、ある意味、“日月神示”の“身魂掃除”“身魂洗濯”“改心”に近い概念ですよね。 
これらのことが、肉体を持っていようがいまいが=死んでいようが生きていようが、霊的成長の道程であり、だからこそ悪霊の進化過程も必須であり、そして今の地球のように恨みの連鎖の霊的干渉に満ちている場(フィールド)に、私たちの心(靈)が位置している事も、霊的に低い私たちが学習をする過程…そこで何を観て何を学び、教訓を得た心(靈)は今と違う世界を創造する。 
それがアセンション後の世界…私たちが感じ(感じる磁性)取る、観察して認識しうる、事象(現津(あきつ))ですよね。

…少し話がそれていますが、これらのことを含めて霊的進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の順序であることは、私なりに理解しているつもりですし…。

 それと先生は、霊眼(れいがん、憑き物の視覚を共有し、人の目の機能が感じ(感じる磁性)る可視光線以外の電磁波を感じ(感じる磁性)こと)が活発な時期、“上”に先祖供養の効果を訊ね、子孫や血筋の人がお経なり祝詞なり真言なりを唱えれば供養の効果は20倍違うのを先生自身が知った……先生の本に書いてありましたよね。 

それと、さっき言った事と重複する意味で、いくら子孫であっても、“行”やってない低い人が供養と称して何かをしても、低い人に感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)する存在は低いですよね。 ですからそれは、実際のところ、供養になっているのか疑問ですよね。
ですけど、“一”=智性=1番目のオーラを大きくするための“行”やっている霊的に高い人が何かをする、例えば、お経や祝詞、真言をあげること、それは違うと思うんですよね。
それは“一”=智性=1番目のオーラが小さい人が本当に力のあると思われるお経や祝詞、真言をあげても、それらを奏上している人の霊的成長度が低かったなら、結果として低い霊的干渉しかないと思うのですよ。

…私としてはこんなことを考えていたのですが、これらのことを先生と話題にしたかったし、その話をすれば、私が思う先祖供養に対する認識がしっかりして、いろいろ納得できるかもしれないって思ったのです」

Kelly 会話中「そうでっか。
今のNominyanはんの話を聞いてKellyさん的に思うのは、さすが先生の影響を直接受けてはるNominyanはんの考えてはることは、一味違う感じでんな。

ほんでから今Nominyanはんが言うたことに、Kellyさんが感想を述べるならば、Nominyanは、霊的成長、心(靈)の神格化ってことに対し、しっかりとした認識を持ってはる。 

そやけどそれは、すべての事象に当てはまるってことを、ちょっとだけ忘れてるように思えるやん。 

そやからそれは、今のNominyanはんの話、先生に“霊的成長度の違いにおける先祖供養”のことを訊ねようとした、話題にしようとした。
ほんでから今のNominyanはんの話の中にあったように、低い霊的成長度の人が、供養のため、お経を読んだりしても低い存在としか感応共振しない。 
だからそれは、低い人の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)は低い。 
また低い人の“上”はほんの少し“上”でしかない。 
ほんでから“下”(低い心(靈))の心(靈)を持った人が供養したなら“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)としか感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)しない。
このことはNominyanはんが良く理解している事やって思いまんがな。

そやからそれは、Nominyanはんがいろんなものを観て、何を感じ(感じる磁性)、何を思ったか、そしてNominyanはんは何を求めようとしてはるのか、そこまでのことを感じるんやけど、Nominyanはんが今の話で問題にした“霊的進化程度の低い人が供養しても、大して供養にならない”っていうのんは、“変圧”(アミの本で使われた概念。高い振動の霊的存在はいきなり低い心(靈)とは、感応共振しない)の概念をよくNominyanはんが分かってはる。 
そやからNominyanはんが今言うたこと、これは当然の事やし、Nominyanはんが問題にしている事、低い心(靈)の人が求める何かは低いってことを感じさせまんな。 
またそこには、甘い(亜、魔、出ずる、泉)夢を求めたりの浄霊とか浄化とかの考えを持ちだそうとするけど、それは清浄とかって概念を当てはめる事自体が不適切やな。
そやからこそNominyanはんが指摘した
認識(悟り、幸取=さとり)の変容と心(靈)の動きが“上”になることが霊的成長であり、それが霊的進化(霊的成長、神格化に向かうこと)であり、それは、本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動って先生が定義付けた心(靈)の動きの“下”から“上”がだんだん発現していくものだし、そうなれば自らの考え、思想、ものの見方=事象の“観察と認識”が変容してくるものでもある。
そして霊的成長度の低い心(靈)は、“下”の心(靈)しか発現していない。
だからこそ、“下”の心(靈)、本能、情動、功名心、自我までくらいの心(靈)が本能化した霊的存在=悪の存在、悪霊は、地獄を体験しなければならない。 そして閻魔の庁の浄玻璃の鏡(えんまのちょうのじょうはりのかがみ)で、自分が生きている間やってきた事を見せられて自省(胸の磁性“十”)して認識を改める。 それが結果として“慈悲”と“慈愛”と、“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”が芽生え、それはアミの本を引用すれば、愛の度数って言い方もできる。 心(靈)はこんなふうに変わっていかねば進化(霊的成長、神格化に向かうこと)ではないし、その変容の過程、そこには大変な苦痛や苦悩が満ちているけど、浄化や浄霊って言葉自体に、そのニュアンスがあまり感じられないですね

ってことになるやん。 
ほんでからこの過程は、きれいになるとか清められるとか浄化とかの言い回しが相当するものではありまへんな。 
そやからそれは、Nominyanはんが今いうたみたいに“大変な苦痛や苦悩が満ちている”ものでもある。 その過程は醜いし、ひどい目にも遭うし、その苦痛や苦悩があるからこそ自我より“上”の心(靈)が発現するものでもあるし、それは人、あるいは霊的存在が苦しまなければならない根拠、理由でもありまんな。 
またそれが(霊的干渉による)因縁の裏にある事情でもあるやん。 
ほんでから因縁を贖う(あがなう)ことは、因縁を背負わせた霊的存在の自省(胸の磁性“十”)を促すために、子孫が行わなければならない必須のことでもあり、それもまた苦痛と苦悩に満ちているやん。
ほんでからその苦しみは、Nominyanはんが言うたように必須のものでもある。 その苦しみがあるからこそ、“下”の心(靈)、言い換えたなら下三つのチャクラ(荷電粒子の回転を示す)、ムラダーラチャクラ、スワディスターナチャクラ、マニピューラチャクラ、そのチャクラ、その部分での心(靈)の発現は、強化され得るものやし、これも霊的成長の過程の必須のことやし、そやけどその過程の心(靈)の段階では、良いカタチの“創造”をしない…このことまで今、Nominyanはんが言うたことからもうかがい知る事ができるやん。

ほんでから、“行”やって霊的成長した人の心(靈)の動きには、自省(胸の磁性“十”)があり、そして“行”やっている人の因縁霊など、低い先祖は、その自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きの影響を受けるし、当然のことながら低い因縁霊の“上”と、その血筋の先祖の高い存在は、それを見させて因縁霊自身を自省させる。
それが結果として因縁を贖い(あがない)ながら“行”してるっていう先生の人生にも表れてるやん。 
それがほんまの供養=霊的成長=認識の変容っていう意味合いのことでもあるやんか。
ほんでから先生は“行”やってきたし、今も“行”やってるからこそ先生に“上”はかかる(憑依する)。 そやから○○○家の因縁霊は、先生に憑依している“上”の存在の影響も受けるやんか。 ほんま、このことが重要やと思いまんがな。
それはNominyanはんがさっき、

“一”=智性=1番目のオーラを大きくするための“行”やっている霊的に高い人が何かをする、例えば、お経や祝詞、真言をあげること、それは違うと思うんですよね。それは“一”=智性=1番目のオーラが小さい人が本当に力のあると思われるお経や祝詞真言をあげても、それらを奏上している人が霊的成長度が低かったなら、低い霊的干渉しかないと思うのですよ

って話したんやけど、Nominyanはんには、今Kellyさんがいうたことが理解できてるからこそ、こう言うたんやろ。

そやけど、さっきも言うたけど、NominyanはんはNominyanはん自身が持ってる霊的成長や進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の概念を、“霊的成長度の違いにおける先祖供養”って事象に当てはめて考えようとした。 
ほんでからNominyanはんが今言うたことの中には、もう結論もたくさん含まれている。
そやからこそ先生としては、これくらいのことはNominyanはんが自分で考えて欲しいって思うたのかもしれへんし、その程度の事は、今のNominyanはんに充分理解できているって思うたのかもしれへんな。

ほんでからKellyさんが女やから思うんやけど、女っていうのんはやはり目先の事にとらわれ易いっていうのんか、目先の事からいろんなことを考えて自分が得た認識(悟り、幸取=さとり)を当てはめようとする。 
そやからNominyanはんは、“霊的成長度の違いにおける先祖供養”ってことから、自分の認識(悟り、幸取=さとり)を構築しようとしていた。 
 そやけど先生は男やから、もっと違うものの見方をするし、違う考え方をする。 先生はもっと大局的なものの見方をしてるやろ。 そやから先生は、Nominyanはんが話をしようとしたことに対し、あまり話をせんかったのかもしれへん。 
それは、Kellyさんが長い事先生と話して、そしてKellyさん的に思うこと。
それは、すべての事象は霊的成長のためにしか無いやん。 
それが事象の観察の意義ってことでもあるやん。
ほんでから、事象における行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)、そして行動から得られた認識は、すべての霊的存在は観察しているもんや。 だからこそそれは、私たちが生きている、存在していること事態が、すべての霊的存在の成長に結びついている事にもなりうるもんや。 
Kellyさん的に思うんは、人は本来、そういう視点を持つべきで、そやから、先祖供養なんて概念は、今述べた視点からすれば“事象を観察する視野が狭い”ってことになる。
先生は多分、そう思うたんやろな。

ほんでからNominyanはんも指摘したように、この言葉を多用して商売をしている“役員づら”の人間も多いやん」

Nominyan 会話中「まったくそうですね」
Kelly 会話中「そやからそんな低い商売目的の先祖供養の話なんかを、先生は話題にしたくなかったのかもしれん。 それは先生が大嫌いな“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ)の人が行っている事でもあるからやし…。

ほんでからKellyさんが今感じたNominyanはんの認識の高まり、それは先生とNominyanはんは惹かれあってる男女でもあるから、先生の思想や認識を含んでるオーラを、Nominyanはんの心…荷電粒子の集合体としての心(靈)は、先生のオーラの発振、発信=振動、波動、荷電粒子の発振、発信、いろんな言い方ができるけど、Nominyanはんの心(靈)がNominyanはんの肉体を介して、例えば先生のスケベ心由来の行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)の“ツンツン”されながらでも、深い影響を受けていると思えるやん。 
そやからそれは、今Nominyanはんが話の中で問題提起してくれはった事の中に、すでにNominyanはんが気がついたことがたくさん含まれていて、そこにはNominyanはんの認識による見方や意見もあり、さらにそれはNominyanはんが問題提起したことに対する妥当な答えやと思いまんがな」
Nominyan 会話中「…おそれいります」

Kelly 会話中「それともうひとつKellyさん的に思うんは、今の話はとても長い話やし、深い意味合いの事柄を含んでいるやん。 
そやから先生としては、このことをひとつひとつ詳細に話すととても長い時間がかかり、ほんでからもうそれは、Nominyanはんの認識になってると先生が思うたからこそ、Nominyanにたくさん話をしようとせんかったってことまで思わせるやん。
 そやからそれは、さっきNominyanはんが言うたみたいに、Nominyanはんと会っているときの先生は“二人きりになると、すぐ私を“ツンツン”したり、エロい話をするので、できるだけ難しい話を避けてエロい雰囲気を楽しみたい”ってことを主体にしたいんとちゃいまっか。 
ほんでからこのこと事態が、Kellyさんがさっき言うたみたいに、Nominyanはんの心(靈)が先生のオーラの発振、発信を、直接“感受”(心(靈)で感じ取る)することにもなるやんか」
Nominyan 会話中「…そうなのかもしれません。 
でもそれは、私が先生のエロジジイぶりを甘んじて受け入れ、そして先生のウルチョラスケベ心をものすごく寛大に容認しなければならないってことになってしまうじゃ~あ~りませんか」
Kelly 会話中「お嫌いでっか?」 Kelly 会話中 ムププ (ムププ)
Nominyan 会話中「え~!!そんな~! 
チョ~お好きにきまってるじゃあ~りませんか~。 
イヤ~ン、そんな恥ずかしい事聞かないでください。 
Kellyさんのエッチ!!」 Nominyan 会話中 ウィンク

Kelly ニコニコ顔 「それは大変エエこっちゃ。  
 さて、NominyanはんとKellyさんの難しい話は大体終わったようやから…」
Nominyan 会話中「Senyapooを呼びますね。 
 Senyapoo~~Kellyさんとの話は終わったから~こっちへおいで~」
Senyapoo Kellyさんに近づく




Senyapoo 会話中「長い話でSenyapooは退屈だったイモ。 
今度はママとSenyapooとKellyさんと三人で、先生の悪口を言い合うのだイモ。
 Kellyさん、Senyapooとママと先生は、この間の12月末に三人で動物園に行ったでイモ。 そのとき先生は、鳩に説教したのだプ~。 先生はチョ~変人だイモ」
Kelly ビックリギョ~~テン! 「は…は…鳩に説教…なんやねんな…それは…」
Nominyan 会話中「Senyapooの話ではその時の状況がよく把握できないと思いますから、私から説明します。

 Senyapooが今話したとおり、昨年末に私たち三人は動物園に行きました。 そのとき先生は先生手作りジジメシ弁当を用意してくれたのです。
 それで動物をいくつか見た後、おなかが空いた私たちは、ジジメシ弁当を休憩所で広げて食べようとしました。
 その時です。 たくさんの鳩が群がってやってきて、私たち三人の周りを徘徊しました。 これは鳩たちの思惑として、人間の周りを徘徊すれば、餌になるものがもらえるということだと先生は一瞬で理解して…誰でもそう思うでしょうが…そのとき先生は、突然大きな声で鳩たちに説教し始めたのです。 それは以下のような内容でした。

お前たちが人間の周りをぐるぐる回って人間に媚びた振りをして食べ物を貰う事が、お前たちにとっての“正当な報酬”だと思っとるのか!! 
だからお前たちは本来あるべき野生の鳩の姿を見失っているのだ! 恥ずかしいと思え!


って。 

その時の鳩の様子を以下に画像で示します」
○○○大先生の説教を聞き首をかしげる鳩


 Kellyあっちょんぶりけ 文章用 「…たぶんそれは先生の悪ふざけギャグや…そやけど先生のことをよく知ってる人でなければ、いったいこのおっさん何を言うてるんやろかって思いまんな」
Nominyan 会話中「でしょう! でしょう! でしょう! 
いったいどんな人なのかしら…って思いますよね。
今の私なら、先生のこの時の行動が単なるギャグだってすぐ分かるのですが、その時の私は、まだ先生と付き合い始めたばかりで、先生のこともよく分かっていなかったところがあり…かなり戸惑いました。 
そして私は“この人と付き合ってもよかったんだろうか”って思い、とても不安に駆られたりもしました。 
それで、先生が鳩たちに説教をたれているのを見ている私の様子を、以下に画像で示します」
○○○大先生を見て、首をかしげて、不安を感じるNominyan



Kelly ビックリギョ~~テン!「…そうなんでっか。 これはまたKellyさんの知らん先生の一面やな。 
そやけど、先生のギャグもTPOをわきまえて貰わんとNominyanはんとSenyapooはんが恥ずかしい思いをするやん…困ったお人やな」
Senyapoo 会話中「そうなのだイモ。 先生はママとSenyapooが恥ずかしいって感じる事をわざとするところがあるのだイモ。 ときどきすごいおならもするし、困ったジジイだイモ。
 困ったジジイのことは置いといて、Kellyさん、この間のようにSenyapooと一緒に歌を歌って欲しいイモ。 その歌はこんな歌でイモ」
(Senyapoo、Kellyさんにゴニョゴニョゴニョと内緒話をする)

Kelly ニコニコ顔「かわいらしい替え歌でんな」
Nominyan 会話中「Kellyさんには意外に思われるかもしれませんが、これも先生の仕込みなのです。 例によって私も一緒に歌いますね」

Kelly ニコニコ顔 Senyapoo 会話中 笑顔  Nominyan 会話中 ウィンク

   
♪♪♪ イ~モ~娘~ イ~モ~娘~ イ~モ~娘~~ 四年生~ ♪♪♪
 (この歌の元ねた)






Kelly 会話中「…そやけど、さっきの話の鳩に説教する先生、それと今の歌…Kellyさんと先生は長い付き合いやけど、ほんま今日は、Kellyさんが知らん先生っていうのんを思い知らされて、なんやしらんちょっとだけ疲れてしもたやん。 
そやから、そろそろ失礼しようと思ってるけどエエやろか…」
Senyapoo 会話中「帰る前にSenyapooのお願いを聞いて欲しいイモ」
Kelly 会話中「なんでんねん」
Senyapoo 会話中「そこに立っていて欲しいイモ」
Kelly 会話中「??…立ってるだけでよろしいんでっか」
Senyapoo 会話中「動いちゃダメだイモ。 ちょっとじっとしていて欲しいイモ」
Nominyan 会話中「Senyapoo、Kellyさんは先生と違うからお手柔らかにね」

Senyapoo Kellyさんにこ○まのボールをぶつける



Kelly ドン引き中 「なっなっなにすんねん…Senyapooはんはいつも先生を的(まと)にして、こんなふうに遊んでるんでっか」
Nominyan 会話中「そうなんですよ」  Senyapoo 会話中「そうなんだプ~。 先生はでっかい的だプ~」
Kelly ドン引き中「アカン、Kellyさんとウルチョラ丈夫な先生を一緒にしてもろたら困りまんがな。
今のでドドドド~~~ンっと疲れてしもたから、Kellyさんはもう帰らせてもらいまっせ」
Nominyan 会話中「今日はありがとうございました。 またお話しましょうね」
Senyapoo 会話中 笑顔「Kellyさん、また的になってね」
Kelly 仰天中「…Senyapooはん、今度はもっと女の子らしい遊びをしましょうでんねん。
ほな、さいならでんねん」

Kellyさん、Nominyanと“憑き物が落ちた”ということについて論じながらSenyapooと歌いまくる!! “その一”

Nominyan 会話中 「こんにちはKellyさん」  Senyapoo 会話中 「こんにちはおぱんつお~ほほほなのだイモ」

Kelly 会話中 「こんにちはでんねん。 いきなりの質問でなんなんやけど、Senyapooはんがいま言うた“おぱんつお~ほほほ”ってなんでんねん」
(この間も夢で犬に変身したNominyanはんの究極犬芸(チンチン)“むらさきおぱんつお~ほほほ”を見たし…)

Nominyan 会話中「…これは、先生とSenyapooのお気に入りのしょーもないギャグなんです。 このギャグが出来上がった経緯は…Senyapoo、Kellyさんに話してあげて」

Senyapoo 会話中「“おぱんつお~ほほほ”っていうのはSenyapooが先生に送ったメールの中の言葉だイモ。 ちなみにSenyapooは去年の4月から携帯を持っているのだプ~。 いっちょまえ(一端(いっぱし)、一人前の意)なのだプ~。
 それである日、先生とメールのやり取りをしてる時に、なにげに“おぱんつお~ほほほ”って送ったんだイモ。 そしたらエロギャグ大好きの先生はとても喜んだのだイモ。 困ったジジイだイモ。
 それからおかんと先生が話しているとき、先生がおかんにパンツ買ってやるって話になって、それで悪乗りした先生が“おかんが持ってなさそうな色のパンツ買ったるがね、たとえばむらさき色とか”って言ったんだけど、その時おかんは“むらさきのパンツ持ってるもん”って言ったのだイモ。 当てが外れたのだイモ。
 それ以来先生はおかんに向かって“むらさきおぱんつお~ほほほ”を連発するようになったのだイモ。
でも、もともと“おぱんつお~ほほほ”っていうのはSenyapooの専売特許なのだイモ」

Kelly 会話中「そうなんでっか。 そやけどSenyapooはん、だんだん先生みたいにとろくっさいギャグが好きになってきてまんな」

Nominyan 会話中「そうなんですよ。 Senyapooはどんどん先生みたいになっているのですよ。 そしてそれは私もなんですけどね。 でもそれはSenyapooが先生みたいなチョ~とろくっさいギャグを連発するとかということではなく、私の考え方とか感じ方とかがだんだん先生みたいになっているみたいなんですよ。 
またこのことは先生にも“最近のNominyanの思考のパターンとその展開の速度はアタシみたいになっているね”って時々指摘されるし…私たち親子は先生の影響を受けて変わってきている…そんなにしょっちゅう会ってるわけではないんですけどね」

Senyapoo 会話中「Senyapooだって先生のギャグ好きだけが似てきただけでなく、先生といろんなこと話して、一年生の時のSenyapooはこんなだったけど今はこんなだとか、良かったことや悪かったことを自分で考えることが出来るようになってきたのだイモ。
 それは先生流にいえばSenyapoo自身の自己観察で、もっとむずかしい言い方なら自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きだってことなんだプ~。
 それで先生は、“過去の自分を振り返って、何が正しくて何が間違っているのか考えるのが大事なんだし、そういう考えは(事象の“創造”における時間の進行に伴う)自分の在り方を見出していくのだよ”って言ってくれたのだイモ。 ちょっと説教ジジイだイモ。
だから今日はこの間みたいにKellyさんを的(まと)にして、こ○まのボ~ル~をぶつけるのをやめようとSenyapooは思ったのだイモ。 また同じことをすると先生にも“Senyapooはまだ野生動物みたいなところがあるからね”って言われてしまうからだイモ。 こういう先生の言い方はひどいけど的を得ているのだプ~。 Senyapooは乱暴者の野生児からだんだん女の子に育っているのだプ~」

Kelly 会話中「なるほど、Senyapooはんは四年生…もう四月やから五年生になったやんか、子供から女の子らしくなっていくんやな」

Senyapoo 会話中「そうなのだイモ。 
それでちょっとだけ乱暴者で野生児のSenyapooを表すのに先生はぴったりの歌を教えてくれたのだイモ。 その歌を時々先生とも歌ってるけどKellyさんと一緒に歌いたいのだイモ。 それはこんな歌だイモ」
(Senyapoo、Kellyさんにゴニョゴニョゴニョと内緒話をする)

Kellyあっちょんぶりけ 文章用 「ギョエ~!!」

Nominyan 会話中「すみませんKellyさん、Senyapooと一緒に歌ってやってください。 私も一緒に歌いますので 」

Senyapoo 会話中 笑顔 Kelly ニコニコ顔Nominyan 会話中 ウィンク

♪♪♪サル~♪♪♪ゴリラ~♪♪♪イモ娘~~~♪♪♪
(この歌の元ねた)

Senyapoo 会話中 笑顔 「Kellyさんが一緒に歌ってくれて嬉しかったからSenyapooのテンションは上がってしまったのだプ~。 続けてSenyapoo一人で歌うのだプ~」

♪♪♪イ~モ~に胸キュン~♪♪♪
(この歌の元ねた)

Senyapoo 会話中 笑顔「もう一曲ハイテンションのSenyapooは歌うのだイモ!!」

♪♪♪イモ・イモ・モリ・モリ♪♪♪Senyapooは食べるよ~♪♪♪
♪♪♪バクバクムシャムシャ♪♪♪明日も~おならが出るかな~♪♪♪

(この歌の元ねた)


Kelly 仰天中 (疲れてしもたわ…)
Kelly 会話中「そやけどSenyapooはん、いつも先生とこんな歌を歌ってるんでっか、Kellyさんの知らん先生の一側面やな。  一緒に歌ったりするからこそSenyapooはんは先生の影響を受けてるんやな。
 
ほんでからさっきのSenyapooはんの話の中の自己観察…そんな考え方が出来るのは普通の五年生ではありまへんな。 大したもんでっせ。 
そやから今、二人が話してくれはったことは、先生の“一”=智性=1番目のオーラの影響を受けているってことでもありまんな」

Nominyan 会話中「そう思います。 これも先生の概念の“気血栄衛(營)”(取り込んだ振動で心(靈)と体が創り変わる)で、先生のオーラと私たち二人のオーラの相互干渉によることで、私たち二人は先生の影響を受けながら心も育っている。 
そして育った心(靈)の発振、発信は、今までとは違う霊的存在との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)をする。
 そのことが如実に表れているようですね。

 それで今日Kellyさんとお話ししたいのは、今話していたことの“育った心(靈)の発振、発信は、今までとは違う霊的存在との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)をする”ってことなんですよ。
 このことをKellyさんと話題にしようと思ったきっかけ、それはちょっと身近にあったことなんですが、私の知人で糖尿病と心臓病を患っている人がいて、昨年の夏に生きるか死ぬかぐらい容態が悪くなったのです。 それでも一応無事に退院できたのですが、それからしばらくの間は人が変わったようだったのです。
 これはいわゆる…俗にいうところの“憑き物が落ちた”っていう比喩が当てはまるくらいのことだったんですけど…」

Kelly 会話中「Nominyanはんが言いたいのは、その人の心(靈)の動き、そして霊的成長度、いい換えればその人の心(靈)の進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)、それに応じた霊的干渉とその人の憑き物、そしてそれらが理由の“気血栄衛(營)”(取り込んだ振動で心(靈)と体が創り変わる)ってことでんな。
 それに“憑き物が落ちた”っていうのんは、一般的には、その人に憑依した霊的存在が悪霊で、良くないことをするとか災いをなすとかの場合と、あるいは突然突拍子もない力を発揮してその力が無くなると“憑き物が落ちた”って言い回しをする場合もあるやんか。
要はその霊的存在が離れたら元に戻るとかの通念なんやろけど、これはちょっと分析が足らんことでんな」

Nominyan 会話中「そう思いますよ。 
それは、“憑き物が落ちた” と認めうる変化っていうのは相対的なものですし、そしてそれは“落ちた”=憑き物が離れたっていうことではなく、憑き物が変化したという言い回しが妥当でしょうし、だから“元に戻る”って見方もおかしいし、またその変化は霊的成長度にもよるし、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)に必然である右往左往(やってみてから失敗を体験)と左往右往(失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行をする)って要素もあるし…だから先に私が話した例の、死ぬほどの病気を体験して心(靈)の動きも変わり、それで憑き物が変わったりもして人が変わったかのようにも見えるのでしょうから。 
そしてその変化は心(靈)の進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)と、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)によるものでもあるし、憑き物が憑くことによって取り込んでいる振動、これは生体内電流に変換される…とか、いろんなことを考えますよね。

それでちょっと前にこのことを先生と話題にしようとしたんですけど、例によってチョ~エロい顔つきで“Nominyanならこんな程度のことはよく考えれば分かるでしょ”とかいって“ツンツン”されてしまったのですよ。 Nominyan 会話中 アセアセ キャッ!!」

Kelly ビックリギョ~~テン! 「…そうでっか」

Nominyan 会話中「それで、今Kellyさんがおっしゃられた通り一般の通念としての“憑き物が落ちた”って言い回しは、その状況の理由や根拠を示すには、ちょっと説明不足の感がありますよね。
 だいたい“憑き物が落ちる”あるいは“憑き物が落ちた”っていうのは、その人の心(靈)の動きや行動が変わってきたことを指す、そしてそれはその人以外の観察によるところの言い回しでもあるし…その人自身が自分が変わってきたって認識があるかないかっていう要素は含まれていない言い回しでもあるし…そしてその人が変わったことは相対的なことですよね。
 それにこの言い回しは、憑き物が憑いてその人の心(靈)の動きが変わったって印象を与えるけど、憑き物はいつも何かしら憑いているものであり、その人の心(靈)の動きに応じて憑いたり離れたり、いい換えれば感応したりしなかったりってことですし、それはいつでもどんな時にでも霊的干渉っていうのは起きているってことを、この説明では前提としていないし、それがまた一般の人の知らないことでもありますよね。
 そしてその感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)は、場合によってはその人の心(靈)を支配してしまうこともある。 その支配されている状況を“取り憑いた”とかいったりもするし、それがごく短い期間に悪いことをするような行動に結びつけていうならば“魔が差した”みたいな言い回しもする。
 でもその人の心(靈)を支配されている場合は、やはり霊的成長度が低い霊媒体質でしょうね。 
それは犯罪などを見るとよく分かるのですが、低い霊的存在に入り込まれて何かをしでかしてしまうことが多い。 その犯罪を犯す動機は恨みとか怒りとか妬みであり、その低い心(靈)の動き、要は目下(めした)の心(靈)の動きを、目上(めうえ)(人(日止、霊止)の進化過程、智性(神性)の獲得と行使)の心(靈)の動きで制御できていないか、あるいはそれに感応する霊的存在は、ローム太霊がローム太霊講話集で説明した“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の霊団で、それに自分の心(靈)が乗っ取られたなら犯罪を犯すっていう行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)となるのだろうし」
 
Kelly 会話中「そうでんな。 
そやから今Nominyanはんが言うた心(靈)の成長度と心の動き=発振、発信、それに感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)する霊的存在、そして大概の地球人の霊的進化程度はムラダーラチャクラ、スワディスターナチャクラ、マニピューラチャクラが中心、いい換えれば自我の確立=固定化の進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)やから、“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”とか智性(神性)を行使しないとかあまり持っていない…要は“一”=智性=1番目のオーラが小さいってことなんやけど、そやからこそ憑き物に入り込まれたり心(靈)を乗っ取られたりする。
 そやけどその具体的な分析っていうのんがあんまりありまへんな。 
ほんでからにそれは、今話してたみたいにその場その場の観察で言うてる言い回しが“憑き物が落ちた”ってことやし…そやからこのことはNominyanはんと論じるのに値する話やと思いまんがな。 その具体例を一つ一つ挙げて行ってそれを分析していけば、それ自体が自分の心(靈)の動きを見定めるのに役立つかもしれへんし」

Senyapoo 会話中「Kellyさん、ちょっと待って欲しいのだイモ。 
そんな難しい話にSenyapooは参加できないのだイモ。 おかんとKellyさんの話を聞いてSenyapooは退屈になってきたのだイモ」

Kelly 会話中「そうやな、Senyapooはんには退屈な話やし、ほんでからNominyanはんと具体例を話すにあたって、いろいろ考えてきてから話題にした方がエエかもしれへんな」

Nominyan 会話中「そうですね。
Kellyさんとこのことを論じることは、具体的な霊的干渉と霊的成長度、そしてそれが根拠となりうる事象の“創造”って話になっていきますし…たくさんの要素を一つ一つ分析しながら話をしなければいけませんね。 
それには何か具体的なテーマがあった方がよいだろうし…ですから私も考えをまとめてから話したいのでKellyさんの提案に賛成です」

Senyapoo 会話中「Senyapooも賛成の反対の反対なのだイモ。 結局賛成なのだイモ。 それとこれからおかんとKellyさんがSenyapooの理解を超えるむずかしい話をするときは、この公園の近所を自転車でうろうろすることにするのだイモ。 それで話が終わったらKellyさんとおかんとSenyapoo三人でまた歌を歌いたいのだプ~」

Nominyan 会話中「もうッ!! また変な言い方をして…こういうところが先生みたいで困ります」

Senyapoo 会話中「おかんが今“もうッ!!”って言ったからこれにちなんだ歌を一曲歌おうと思ったけど、おかんが怒るかもしれないから今回はやめておくのだイモ。 また機会があったらKellyさんと歌うのだイモ」

Kelly 会話中「そうでっか…。 そやったなら今回の話はこれくらいにしときましょか」

Nominyan 会話中「そうですね。 それでは今日は失礼しますね」  Senyapoo 会話中「またね~だイモ」

Kellyさん、Nominyanと“憑き物が落ちた”ということについて論じながらSenyapooと歌いまくる!! “その二”


Kelly 会話中 この間KellyさんはNominyanはんとSenyapooはんの二人と例の公園で会い、Nominyanはんと“憑き物が落ちた”と認めうる変化について話し、そのあとSenyapooはんともいろいろ話をしましてんな。 今回はその時のことを紹介しまんねん。

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Nominyan 会話中 「こんにちはKellyさん」 
Senyapoo 会話中 「こんにちわわ ∪・ω・∪ なのだイモ」

Kelly 会話中「こんにちはでんねん」

Senyapoo 会話中「Kellyさん、前回Kellyさんと会ったときSenyapooは
おかんとKellyさんがSenyapooの理解を超えるむずかしい話をするときは、この公園の近所を自転車でうろうろすることにするのだイモ。 それで話が終わったらKellyさんとおかんとSenyapoo三人でまた歌を歌いたいのだプ~
って言ったとおり、今から自転車に乗って公園の周りを走り回るのだイモ。 
それでKellyさん、おかんとKellyさんの難しい話がすんだら、Senyapooの質問に答えて欲しいのだイモ」

Kelly 会話中「Senyapooはんの質問? …どんな質問でんねん」

Senyapoo 会話中「“どんな質問でんねん”って質問に答えるのは難しいのだイモ。 とにかく質問するから答えて欲しいのだイモ。 
それでは野生児Senyapooは歌を歌いながら自転車に乗って公園の周りを一周してくるのだプ~」



Senyapoo Kellyさんから遠ざかる


Nominyan 会話中「すみませんKellyさん、Senyapooはいろんなことを考えるようになってきているのです。 
前回、わたしとSenyapooが先生の影響を受けているって話をしましたよね。 
その時Senyapooが、
Senyapooだって先生のギャグ好きだけが似てきただけでなく、先生といろんなこと話して、一年生の時のSenyapooはこんなだったけど今はこんなだとか、良かったことや悪かったことを自分で考えることが出来るようになってきたのだイモ。
 それは先生流にいえばSenyapoo自身の自己観察で、もっとむずかしい言い方なら自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きだってことなんだプ~

って言っていたように、一人でいろんなことを思ったりするようになってきているようなんですよ。 
それと、私のいない所で先生と二人っきりでいろんな話をしているようですし…多分それもあって、Senyapooとしては、先生と沢山の話をしたKellyさんにいろんなことを訊いてみたいと思ったりしたのかもしれませんし、また子供同士で話すようなこととは違う話を、身近な大人であるKellyさんとしたがっているのだと思うのです」

Kelly 会話中「そうでっか。 
そやからそれはSenyapooはんの成長に伴うことやし、ほんでから先生と話してるんやから普通の小学五年生とは違う考えを持ったりもするやろし…Senyapooはんの質問に答えるのはとても大事なことやな」

Nominyan 会話中「すみません、よろしくお願いします…っていっても、Senyapooが何を訊ねるのかは分からないのですが…」

Kelly 会話中「まあよろしいやおまへんか。 先生とSenyapooはんは大親友やって前に聞いたみたいにKellyさんもSenyapooはんと大親友になりたいやんか。 
そやからKellyさんはSenyapooはんといろんな話をしてみたいでんがな」

Nominyan 会話中「ありがとうございます。 

 それでは前回話していた続きみたいなことなんですが、“憑き物が落ちる、落ちた”って認めうる変化は相対的なことだって話をしましたよね。 
その相対的変化の観察を分析するには、まずは“憑き物が憑く”ってことの分析から始めるのが妥当だと思うのですがいかがでしょうか」

Kelly 会話中「そうやな。 憑き物が憑くってことの分析がきちんとできていないとあきまへんな。 
そやからそれはこの間Nominyanはんが言うてたみたいに、
“憑き物が落ちる”あるいは“憑き物が落ちた”っていうのは、その人の心(靈)の動きや行動が変わってきたことを指す、そしてそれはその人以外の観察によるところの言い回しでもある
それと
この言い回しは、憑き物が憑いてその人の心(靈)の動きが変わったって印象を与えるけど、憑き物はいつも何かしら憑いているもの
それと
人の心(靈)の動きに応じて憑いたり離れたり、いい換えれば感応したりしなかったり…中略…いつでもどんな時にでも霊的干渉っていうのは起きている
ってことが大事やし、またそれは大概の人の既成概念にはない認識でもあるから=“一般の人の知らないこと”でもあるやん。
そやけど、前回Nominyanはんが話したことの一部をちょっと考えるだけでたくさんの分析が必要になってくると思いまんがな。 だいたいこのテーマ自体が心(靈)(ヒ)の動きの話になってくるやろし…そやからいろんな話をせんならん感じやな」

Nominyan 会話中「そうですね」

Kelly 会話中「ほんでから今言うてたみたいに、憑き物が憑く、それはその霊的存在、憑き物が憑くっていうのは、人の心の動きによるってことも一般にあまり認識されていない感がありまんな」

Nominyan 会話中「それはありますね。 
自分の心(靈)の動きや行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)に霊的干渉があること自体が平均的地球人の霊的成長度の人は…いわゆる一般の人たちはその認識があまりない。 
またそれ以前に、私たち人は肉体(月(ツキ))を持っっている心(靈)(ヒ)であるという認識も自覚もあまりない。
要は、ほとんどの人が霊って何か、どういうものなのか、それを知り得ないし、しっかり知ろうとする姿勢も足りない感がある…だから霊って言葉や霊的な事柄をもてあそぶインチキ霊能力者の商売のカモになったり、えせスピリチュアリストなどの言葉を信じたりもする。
話がそれてますが、これはいつも先生が腹を立てていることだし、私もこの“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ)に相当するか、あるいは霊的成長度が低く、えせスピリチュアリストとかの話のパターンであるただ霊って言葉を使ったりオーラって言葉を使ったり…そういった“役員づら”に、だんだんなっていく人たちに対して不快に感じてますし…それはKellyさんもそうでしょうけど。
要は霊に対しても無知、自分たちが肉体を持った心(靈)(ヒ)であるということに対しても無知。 
また心(靈)(ヒ)が育っていく過程で私たちは肉体(月(ツキ))を持って生まれているなんて認識もないし、霊的成長なんて言葉もえせスピリチュアル本とか目立ちたいだけのサイトとかで使われてますが、本当のところどれくらい解っているのかも疑問ですね。
要は、ほとんどの人が霊的に低く、霊的なことに深い分析や認識を持っていない。
だから、何か良くないことが起きたりするとなんでも憑き物とか霊とかのせいにしたりっていう程度の低い自分に甘い(亜、魔、出ずる、泉。愛(炁)の間に魔が入った状態を指す)人も多いですね。

話を戻します。

それで“憑き物が落ちる、落ちた”って言い回しはその人の心の動きや行動を見てその人以外、要は他者がそう感じ(感じる磁性)うる変化であるということですけど、今Kellyさんがおっしゃった
霊的存在、憑き物が憑くっていうのは、人の心の動きによるってこと
それと、先生が今まで考え分析してきた憑き物が憑く仕組み、いい換えれば感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)の仕組み、その根拠みたいなこと、それは、肉体(月(ツキ))っていうのは物理的にコンデンサーの構造を持っていて、霊的存在は霊だから荷電粒子の回転であって、霊が空間に場(フィールド)を持っていて、当然電気容量を持っているから肉体に入り込まれるものでもある。 

だから憑き物が憑く、これは霊的干渉っていうことだけど、今言った入り込まれること、このことを理解するにとても分かりやすい例が、先回ちょっと話題になった犯罪を犯すケースでもありますよね」

Kelly 会話中「そのとおりでんな。 先ずその話をしてみたらエエかもしれん。

そやから犯罪っていうのんは悪霊の憑依があり、憑依された人が自らの善悪を判断する心の動きを見失うほど入り込まれるってケースがままある。 それは○○○大先生の著書にいくつか具体例を挙げて書かれていることやな。
ほんでからそのケースは、前回話題になったように霊媒体質でもあるし、さらに“一”=智性=1番目のオーラをあまり持った心(靈)(ヒ)ではないから、自分の良心由来の行動の選択も出来ていないっていえる。
そやから、犯罪を犯す過程で“善(神格化の方向性と智性の受信)”の存在である“上”からの通信も送られていたやろけど、それを見極めて自分の行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)の指標に出来なかったといえるやんか。 
さらにそれはすごく程度の低い右往左往=やってみてから失敗を体験したって認識するってことでもある。
その程度の低さ…そやからそこには霊的成長度における憑依、憑き物が憑くってことの分析が必須ってことでもありまんな」

Nominyan 会話中「そうですね。 
いわゆる霊的成長度、これは憑かれる方の人間と憑く方の霊の振動が違いすぎると感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)しにくく、双方が影響しにくいってことでもある。 このことを分かりやすい言い方をしたら、憑依する存在と憑依される人の心(靈)(ヒ)の動きが近い、同じような心(靈)の動きになっていなければ感応ってことにはなり得ないのだし…それで今話していた犯罪を犯すケースは、当然、犯罪者が智性(神性)をあまり持っていないか、智性(神性)を行使した心(靈)(ヒ)の動きをしていない。 
当たり前のことですが、智性は神性だから人を害するって行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)の根拠となる心(靈)の動きではない。 
これははっきり言えることですね。
だから智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)を持った人、智性=神性由来の心(靈)の動きと行動をする人は“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)と感応しにくいってことでもある。
また、人が進化(霊的成長、神格化に向かうこと)すればするほど犯罪なんてものは無くなり、その概念や言葉自体も消失するのでしょうし…そうなっていく…そういう世界になっていく…そういった世界を創っていく心(靈)(ヒ)の持ち主だけになっていく…そのステップを歩むのが、霊的成長度において区分けされること。 
それが霊的成長度に応じての“道”の違いってことになり、間もなく地球人が体験するアセンションって事象でもある」

Kelly 会話中「その通りやな」

Nominyan 会話中「ですけど、仮に、うんと高い振動を心(靈)(ヒ)に獲得(“日止、霊止”の止める)して、霊的成長してどんなに智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)を持った人間でも、必ず目下(めした)(動物の心(靈)の段階)の心は持っているし、その低い振動で構成された心(靈)(ヒ)の動きもある。 
今Kellyさんがおっしゃっていらした“良心由来”の心(靈)の動きと““善(神格化の方向性と智性の受信)”の存在である“上”からの通信
を、自分の行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)の指標にしなかった。
 要は、目下(めした)(動物の心(靈)の段階)由来の心(靈)(ヒ)の動き、欲望とか情動、犯罪を犯すケースは恨みとか妬みとか…色々ですが、
これらの低い心の動きを自制する要素とかになるし、それがまた智性という高い振動で構成された心(靈)(ヒ)でもあるでしょうから。 
また、自らの良心を自分が無視していたとか、これは“上”からの通信を無視していたのに等しいことですね。 
 それは、その犯罪を達成させようとする存在の通信を自分が受け入れていることになっている分かりやすいケースですし、自分がその存在の通信を受け入れその通りにするのは自分の“どういうつもり”でもあるけれど、それは高い心(靈)の動きではありませんね。 
ですから、その受け入れ、いわゆる“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)からの通信を受け入れるか、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)からの通信を受け入れるか、これは自分(の心(靈)(ヒ)の動き)が決めることでもある。
またこのこと自体、自分の心(靈)(ヒ)に高い部分と低いそれがあることを知るってことにもなるのでしょうし。
でも、結局、犯罪っていうのは、右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をするってことになるし、この場合、失敗して、自らの犯罪が白日の下にさらされたりして、そのこと事態を自分が自省(胸の磁性“十”)してから、それから良心由来の思想や行動をするとか、いわゆる“善(神格化の方向性と智性の受信)”を意識することでしょうけど、これが智性(神性)の獲得ってことにもなり得るし…またそれは霊的成長の過程でもあるのでしょうけど、その心の動きに応じての憑き物の変化、憑き物の高低、“上”“下”の変化もあると思えますね。

 それで、善悪の概念すら無い動物から進化してきた人間は、目上(めうえ)の脳を発達させて“一”=智性=1番目のオーラを大きくしようとしている。 
それが犯罪者の場合は、自分の犯した行為を恥じ、自省して悩み、もう二度と同じことはするまいって自分で決心するくらいの心境になる…ですけどこれは、死んでから地獄で閻魔の庁の浄玻璃の鏡(えんまのちょうのじょうはりのかがみ)を見て自省(胸の磁性“十”)するっていう今論じてることとは違うケースになり得ることも多いですけど…」

Kelly 会話中「そういうケースもありまんな。 
この世界で自省できなかった心(靈)は必ず自省(胸の磁性“十”)の“行”をさせられるっていうか、これは進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の必然でもあるってことやし、この具体例は今Kellyさんが解釈しているローム太霊講話集に書かれていることでもある」

Nominyan 会話中「そうでしたね。 
それで、死んでから自省(胸の磁性“十”)するケースは別にして、生きている間にしか、肉体(月(ツキ))っていうコンデンサーをまとった心(靈)(ヒ)にしか“憑き物が落ちる、落ちた”っていうケースは適用されないでしょうし…また死んで肉体が無いからこそ肉体(月(ツキ))に憑依するとか入り込むとかの影響はなくなっている。 それだからこそ自省(胸の磁性“十”)しやすいってこともいえますね。
それで、今話していた程度の低い左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をするってことになるのは、やはりKellyさんがおっしゃった“進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の必然”でもあり、自我の肥大から“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の発現の過程ってことでもある」

Kelly 会話中「その左往右往がまた霊的成長の重要な過程でもありまんな。 
ほんでから何かをやってみようっていう心の動きは、右往左往右往で、肝=“いきり立つ心(奴と心)”で砌(みぎり)の極性(事象への顕現)をしようとする心(靈)(ヒ)の動きでもあり、またそれは“どういうつもり”で行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)をするのかってことでもある。 また自分の持っている“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)の行使ってことでもある。
 そやけど、“力”をあまり持っていない、これから“力”を獲得する、その過程っていうのも重要やな。 
それはその心が育っていく過程やし、また育っていく過程においての憑依現象っていうのもある。 
そやから自らが何かを志して何かをなそうとする。 これは“思惑の顕現”=現象化でんな。 
ほんでからその過程っていうのか、いわゆる心(靈)の動きの様子、そして行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)、それぞれについて、その時々の霊的干渉、憑依っていうのんは、今話していた犯罪とか、他にも具体例はたくさん考えられることでんな」 

Nominyan 会話中「そうですね。 
 犯罪だけではなく様々な具体例を挙げ、そこにおける心(靈)の動きと憑依、感応、これらを分析し、そして人の一生における進化のプログラムである右往左往と左往右往を知る。 
 このことは重要ですね。 
そしてそれ自体が霊的成長に伴う心(靈)(ヒ)の変化、そして心(靈)の変化に伴う肉体(月(ツキ))の変化を知ることでもある。
いい換えれば、どの部分のチャクラ(荷電粒子の回転を示す)の強化になっていくのかでもあるし、その行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)が2~3番目のオーラの獲得の“行”か、“一”=智性=1番目のオーラの獲得の“行”か、それを知っていくことにもなり得る…。

…話が佳境に入ってきましたが…もうすぐSenyapooが公園の周りを自転車で走ってきて帰ってきそうだから、次回、Kellyさんとこのことを話題にしたいですね」

Kelly 会話中「…そうでんな(深い話になっていきそうやな)。
ほんでから噂をしたらっていう感じで、Senyapooはんの元気な歌声が聞こえて来ましてんな」

♪♪♪イ~モを~~食べるSenyapoo~~♪♪♪
(注  Senyapoo 会話中 笑顔 この歌の元ネタはこれだイモ)



Kelly 仰天中「…ひねりのないそのまんまの歌やけど、一回聞いたら一生忘れそうもない替え歌でんな」

Senyapoo 会話中 笑顔 「Kellyさんに褒められたからもう一曲歌うのだイモ!!」

♪♪♪イ~モイモイモイモ娘♪♪♪
♪♪♪イモイモ~ ♪♪♪イモイモ~ イモ~娘~♪♪♪




Kelly ビックリギョ~~テン! 「…これまたそのまんまの替え歌やけど…これも一回聞いたら忘れられへん感じや…ほんでから今の二曲もSenyapooはんとKellyさんは一緒に歌わんとアカンのでっか?」

Senyapoo 会話中「当然なのだプ~。 
でもその前にさっき言ったみたいにSenyapooの質問に答えて欲しいのだイモ」

Kelly 会話中「承知しましてんな。 何でも質問してチョ~でんねん」

Senyapoo 会話中「実はこの間、友達と自転車に乗ってうちの近所の公園へ行き、そこで遊んでいた時、公園の近くに止めておいたSenyapooの自転車に付けていた取り外し可能のLEDサイクルライトを盗まれたのだイモ。 
そのことを先生に報告したら、先生は代わりのLEDサイクルライトを新しく買って用意してくれたのだけれど、そのとき先生は、
盗む奴は盗む奴の勝手な事情や心の動きで盗むのだ。 だから自転車を止めてそこからはなれて遊ぶときはLEDサイクルライトをはずしてSenyapooが持っていなければいけないよ
って言っていたのだイモ。 
それで先生が言ってた“盗む奴は盗む奴の勝手な事情や心の動きで盗むのだ”この言い方自体がSenyapooにはなんとなく分かるような分からないようなことなのだイモ。
なぜ悪いことをする人は悪いことをするのか、誰だって正しいとか悪いとかって知ってるはずなのになぜ盗むのだイモ。
それにテレビでニュースとか見ていると、悪いことをする人間はたくさんいるってSenyapooは思うのだイモ。
 Kellyさんに訊ねたいのは、それはなぜなのか、正しいとか悪いとか知っているはずなのになぜ悪いことをするのかってことだイモ…Senyapooには分からないのだプ~」

Kelly 会話中「そうでっか。 そやけど先生の言うた“盗む奴の勝手な事情”っていうのはSenyapooはんには分かるんやないかな」

Senyapoo 会話中「それはただ何かが欲しいから、自分の都合だけ考えて相手の迷惑なんか考えずに盗むってことなんだと思うのだイモ。
 それでSenyapooが分からないのは、盗んだ人が盗むときに盗むことが正しいのか間違っているのか、それを考えないのかってことなんだイモ」

Kelly 会話中「そうやな、問題はそこにありまんな。 
要は、善悪とか正しいとか悪いこととかの区別を知っていても、それを実際の行動に活かさない人間が多いってことなんやけど、そこにSenyapooはんの疑問があるってことなんやな。 
 この答えはちょっと難しいことを説明せんならんな…。
そやから人間っていうのは誰もが一緒ではない、考えること、思うこと、やること、それぞれ違うやんか。 
ほんでから人によっては、これは悪いことだって知っていても悪いことをする。 
それは、自分が悪いことをしてもそれはそれでよいのだとか勝手なことを思ったりする。 それが先生が言うた“盗む奴の勝手な事情”ってことなんやけど、そこには今Senyapooはんが言うたように“盗むときに盗むことが正しいのか間違っているのか、それを考えないのか”ってことがあり、結局それは自分の勝手な都合が勝って正しいとか悪いとかの考えを自分で抑え込んでしまうから、盗んだりするってことになりまんねんな。
ほんでからSenyapooはんがこのことを疑問に思うのは、Senyapooはんが誰もが正しいことをするって思うからってことなんやけど、実際はそうではなく、悪いことが分かっていてもそれをやってしまう人間は多い。 
それは、その人の心が善悪を言葉でしか知らんってことやし、またこのことはSenyapooはんが先生の本を読めるようになると分かるやろけど、人(日止、霊止)としてある程度、神さんに近いか、まだ動物的なのかっていう違いがありまんねん。
そやからそれは、動物っていうのんは善悪が分からん。 そやけど人間は善悪を知っている。 
その善悪を知ったこと自体が、人が神さんへの道を歩んでるステップってことなんやけど、そこに程度の差があるってことでんねん。 
またそれは動物と人間の違いともいえるし、ほんでから同じ人間でも、さっきいうたみたいに悪いことと知っていながら悪いことをする人もいてるもんでんねん。 
それが神さんへの道のステップ、どれくらいの段階の違いってことなんやけど…そうやな…Senyapooはんに分かりやすい説明をするならば、その程度の差っていうのんは、幼稚園と小学生くらいの差があるってことでんねん。 そやから自分が“善悪”(神格化と、動物化=心の本能化)ってことを知ってても悪いことをする人間はいてるっていうことなんやけど…Kellyさんは説明が下手でんな…すんまへんな」

Senyapoo 会話中「…分かったような分からないような…人間のやること思うことにいろんな違いがあるってことは理解したのだプ~。 こういったことは、Senyapooがもう少し野生児から女の子になり大人になったら分かるのかもしれないのだイモ。
 また疑問がわいたらKellyさんにいろいろ聞くからこれからもよろしくなのだイモなんだプ~」

Kelly 会話中「そうやな。 そやけどLEDサイクルライト盗まれて腹立ったやろ」

Senyapoo 会話中「Senyapooはとても良い子だからそんなことで自分を見失うほど怒ったりはしないのだイモ。 
それに大体、SenyapooがLEDサイクルライトをはずさなかったのもいけないのだし、 だから盗まれたってことも分かるのだイモ。 
これからは先生に言われた通り自転車を止めた時LEDサイクルライトは外してポケットにでも入れておくのだイモ。 
それでSenyapooは、こういう自省(胸の磁性“十”)の心をちゃんと持っているのだプ~。
 それとSenyapooは、ものすごく腹が立ったときとか、悲しいときとか、悩んでいる時とか、そういう時には先生に教えてもらった歌を歌うのだイモ。 
今からその歌をKellyさんに教えるから、おかんとSenyapoo、Kellyさんの三人で歌うのだイモ」
(Senyapoo、Kellyさんにゴニョゴニョゴニョと内緒話をして歌を説明する)

Kelly 会話中「…なかなか結構な替え歌でんな。

(平静を装っているKellyさんではあるが、本当はこの歌を歌わなければいけないKellyさんの心境はこんな感じ Kellyあっちょんぶりけ 文章用 ) 

…それでは三人で歌いまっか」

Senyapoo 会話中 笑顔  Kelly ニコニコ顔 Nominyan 会話中 ウィンク
   

♪♪♪苦しくったって~~悲しくったって~~♪♪♪
♪♪♪イモさ~え食べれば 平気~だもん♪♪♪
♪♪♪エロジジイが~♪♪♪台所でイモ料理を始めると~♪♪♪
♪♪♪むねがはずんで~おなかがすいちゃう~わ~♪♪♪
♪♪♪じゃがいも♪♪♪サトイモ♪♪♪サツマイモ♪♪♪
♪♪♪イモイモイモイモイモ娘~~♪♪♪

(セリフ)

だけど…おならがでちゃう…イモ娘だもん


(この替え歌の元ネタ)



Kelly 仰天中 (いつものことやけど…疲れてしもたわ…)

Senyapoo 会話中 笑顔 「Kellyさん歌ってくれてありがとう」
Nominyan 会話中「それと、Senyapooの質問に丁寧な説明をしてくださってありがとうございました。 
それで…Senyapoo、Kellyさんは今の歌でとても疲れた様子だから、さっきSenyapooが歌っていた二曲を歌うのはまたの機会にしたらどうかな?」
Senyapoo 会話中「分かったのだイモ。 SenyapooはKellyさんのことを気遣いおかんのいうことも素直に聞くとても良い子なのだイモ。
だからKellyさん、また今度会った時に歌を歌ってねなのだプ~」

Kelly ドン引き中 「…承知しましてんな。 そやったなら今日はこれくらいにしときましょか」

Nominyan 会話中「そうですね。 それでは失礼しますね」 Senyapoo 会話中 「またね~だイモ」

Kellyさん、Nominyanと“憑き物が落ちた”ということについて論じながらSenyapooと歌いまくる!! “その三”


Kelly 会話中 例によってこの間KellyさんはNominyanはんから久々に連絡をもらい、いつもの公園で会ってNominyanはんと話し、そのあとSenyapooはんともいろいろ話をしましてんな。  
今回はその時のことを紹介しまんねん。

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Nominyan 会話中 「お久しぶりですKellyさん」
Senyapoo 会話中 「や~~とかめだなも、なのだイモ」

Kelly 会話中 「ほんま、ひさしぶりでんな。
 ほんでからSenyapooはん、随分大きなってしもて、Nominyanはんと同じくらいの身長になってるやんか。 よその子はちょっと見んうちにすぐ大きくなるな」

Senyapoo 会話中 「そうなのだイモ。 Senyapooは肉体も育ち、心(靈)も、先生流に言えば“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)に沿って順調に育っているのだイモ。
 そしてもうすぐSenyapooは小学校を卒業して、来年度からは中学生なのだイモ。 
 それでKellyさん、今日はおかんとKellyさんの話がすんだら、Senyapooと一対一で話したいのだイモなんだプ~」

Kelly 会話中 「オッ○ー牧場おぱんつ▼お~ほほほ!! 承知しましてんな」

Senyapoo 会話中 「それではSenyapooは例によって自転車を乗り回してくるのだイモ」



Senyapoo Kellyさんから遠ざかる

Nominyan 会話中 「毎度毎度すみませんKellyさん、Senyapooは今、自我の発達と強化をしている年齢です。 
 それで、自分の考えをはっきり持ち始めたり、意見を主張したり、自分なりの観察眼を持ち始めたり…要は大人になりつつあるってことなんですけど、それだからKellyさんと一対一で話したい、自分の話を聞いて欲しいって思ってるのかもしれません。 
 よろしくお願いしますね」

Kelly 会話中 「もちろんでんがな。 先生とSenyapooはんが大親友って前に聞いたけど、KellyさんもSenyapooはんの大親友でんがな」

Nominyan 会話中 「ありがとうございます。

 それで前回の話、犯罪のことを話題にしましたね。

その時、

犯罪だけではなく様々な具体例を挙げ、そこにおける心(靈)の動きと憑依、感応、これらを分析し、そして人の一生における進化のプログラムである右往左往と左往右往を知る。
そしてそれ自体が霊的成長に伴う心(靈)(ヒ)の変化、そして心(靈)の変化に伴う肉体(月(ツキ))の変化を知ることでもある。
いい換えれば、どの部分のチャクラ(荷電粒子の回転を示す)の強化になっていくのかでもあるし、その行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)が2~3番目のオーラの獲得の“行”か、“一”=智性=1番目のオーラの獲得の“行”か、それを知っていくことにもなり得る


って最後に話しましたが、今日はその“具体例”として、いわゆるボケているっていう状態、アルツハイマーとか認知症とかも含んでのことを話したいんです。
 そのボケなどの状態の時の、本人の心(靈)(ヒ)の状態、そして霊的干渉っていうことなんですが、よろしいでしょうか」

Kelly 会話中 「そうやな…。

 ボケなど…その状態の時の心、そしてその時の霊的干渉っていうのは、きちんと分析されてない感がありまんな。
 そして、ボケる前、正常とか、まともだとか認識されている時でも、自分の心(靈)が、憑依している存在との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)により構成されているって分析も無い。

 そやから、ボケなどの状態っていうのんは、ボケる前の心にたくさんの感応があって、心が構成されてきている、自分たちの行動には憑き物の影響もあるっていう分析が必須ってことでもありまんな。

 ほんでから、ボケる前の正常と見做されいる心を構成しているのは、正常と見做されている心(靈)の動き、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)に、感応している憑き物の影響がある。

 これは大概の場合、いわゆる普通の人生ってことなんやけど、その場合、その人の生業(なりわい)における息吹、それによる感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)ってことになる。
そしてその生業(なりわい)っていうのは、普通の人生=平均的地球人の霊的成長におけることってことなんやから、それは、自我の確立=固定化から、“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の発現の過程、そして智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)を少し獲得する段階でもあるってことや。

 そやけど大体、心っていうのが霊であるって認識が一般に無い。
そやから、ボケなどの症状を診せている人達の霊的干渉、そしてその霊的干渉を呼び込んでいる、感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)の条件になっている本人の心(靈)(ヒ)の動きって観点が大事やけど、これ自体が平均的地球人には無いに等しい、そしてその分析も無いでんな」
 
Nominyan 会話中 「そうですね。
 私たちが知っておかねばならない大事なこととして、今Kellyさんがおっしゃられた、自分たちの心(靈)は、自分の心(靈)だけで構成されているっていう思い込みがある。
 これは、自分に対する当たり前の認識といえるのだけれど、自分に対する観方が低い、自分たちをしっかり観察して分析していない、よって、間違った認識であるといえますよね」

Kelly 会話中 「そうやな。 
 そのことに気付かんのは、霊のことが分かっていない。
 そして自分たちは自我の確立=固定化の進化過程であることをまったく知らない。
 さらに自我の確立=固定化の進化過程は、マニピューラチャクラ以下の強化であることを知らないってことでもある。 
 ハッキリ言ってしまえば、自分を観察する自分が、自我の確立=固定化のおける視点であるから、自我由来の観方しかしないし、それはまた、自分にとって都合の良い考えでもある。
ほんでから自我の確立=固定化は、腹の段階の進化過程であるし霊媒体質でもある」

Nominyan 会話中 「それで、ボケなどの状態、今Kellyさんは普通の人生のことをおっしゃったけど、その人生における生業(なりわい)、平均的地球人が行っている人生における行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)、その行動の根拠たる息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)に対する感応により、心(靈)が構成されていない、その状態が、ボケである、そう観察され得るっていうのが妥当って言い方もできる。

 そしてこれもまた、“憑き物が落ちた”と認めうる変化である。
 
 それで、例えばアルツハイマーに診られる記憶障害(きおくしょうがい)と認知障害(にんちしょうがい)は、本人の心(靈)がとても脆弱で、記憶と認知、それ以外の心(靈)(ヒ)の機能と呼べるものも、憑き物に依存していた部分が大きいという仮説も成り立つ…けど、こんなことは誰も思いつかないでしょうね」

Kelly 会話中 「そうやな。 ほんでからそれは、仮説ではなく本当のことやと思いまんがな」

Nominyan 会話中 「私もそう思います…けど、これは霊のことをしっかり認識している人にしか通じない説明ですね。

 話を戻します。

 人が生業(なりわい)を達成しようとする心の動きに感応する霊的存在、そして生業(なりわい)に関連する背後である“支配霊”、そして“支配霊”の眷属、あるいはその場その場の心(靈)の動きに感応する霊的存在など、これらの存在の発振、発信を受けて自分の心(靈)を構成しているものでもある。
 
 それとKellyさんが今使われた表現、“正常”“まとも”、いわゆるボケる前の状態っていう意味合いのこと、これは“正常”“まとも”と認識されていても、完全に育った心(靈)(ヒ)ではないということも知っておかねばならない。

 だから、生業(なりわい)に関する憑き物がはなれた時、自分本来の心(靈)になるってことでもあるけど、憑き物と感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)していた自分の心(靈)が、肝=“いきり立つ心(奴と心)”中心ならば、憑き物がはなれたのちには、なにをしてよいのか分からなくなるケースもあるし、憑き物と共有していた“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)もほとんど消失することが考えられる」

Kelly 会話中 「そうやな。
 平均的地球人の霊的成長度は自我の確立=固定化であり、霊媒体質でもある。 
 それで霊媒体質の人は霊的成長度が低いといえる。
 そやけど地球人はほとんどがこの進化過程やから、“正常”“まとも”と認識されている。
 これが、自分たちが完成されている心であるという錯覚をまねいていたりもする。

 そやからボケなどの状態っていうのんは、子供から大人になり生業(なりわい)の“行”をしていく過程を、一般には“正常”“まとも”だと思われていたとしても、それは心(靈)(ヒ)が育つ=霊的成長をしている、ということにはなっていないことがあるもんや。

 ほんでから、生業(なりわい)にはいろいろあるけれど、今Nominyanはんがいうたとおり、生業(なりわい)を達成させよう、頑張ろうという心(靈)(ヒ)の動きは肝=“いきり立つ心(奴と心)”や。
その肝=“いきり立つ心(奴と心)”中心で動いている霊的成長の段階っていうのんは、はっきり言って低い霊的成長度であるし、Nominyanはんが言うたみたいに““正常”“まとも”と認識されていても、完全に育った心(靈)(ヒ)ではない”ってことでもある。

 そやから霊媒体質の人は、憑き物に心を乗っ取られていたりするけど、本人にその自覚は無いやろ。 自分のことを“正常”“まとも”であるとしか思って無いやろから。
 これは“自分を観察する自分の確立”が出来ていないし、これが出来ないこと事態が、心(靈)が育っていないって言い方もできる」

Nominyan 会話中 「そうですね」

Kelly 会話中 「ほんでから、さっきも言うたけど平均的地球人は霊媒体質である。
 だから憑依されやすいし、心を乗っ取られているケースが多々あったりもするし、以前テーマにした犯罪を犯すケースは、その解りやすい一例でもあったんやな。
 ほんでから犯罪を犯す場合、これは自分の心を乗っ取られ支配されるから憑依した存在の思惑通り犯罪を犯してる。
 そして、それをやめさせようとする、犯罪を犯さないように自省(胸の磁性“十”)を促す“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の通信を妨害するほどの憑依も起きているもんや。
 このこと事態が、犯罪にどれくらいの憑依があるのかっていうことの説明に成りうるし、その憑依に負けているならば、その人の心(靈)(ヒ)は育っていない、自我の確立=固定化の進化過程であるし、自分に都合の良い考えを押し通そうとするから、自我の肥大でもある」

Nominyan 会話中 「そうですね」

Kelly 会話中 「また、一般には犯罪とみなされていない“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の行い。 
 その心の動きっていうのんは名誉欲、(通貨としての)金に対する執着、それと本能由来の欲で心(靈)(ヒ)が構成されている場合、また、自我の肥大により示威行為をしたり(ディスプレイ(動物の発情行動)=目下(めした)(動物の心(靈)の段階)の心(靈)の動き)、物欲中心の心(靈)(ヒ)とか、これらは霊的成長した人、いい換えればある程度霊的成長した心(靈)から見れば、“下”(低い心(靈))であり、“悪(心の動きの本能化と低振動化)”に捉われていると見做されるものでもあるけど、ほんまは、捉われているのではなく、ほとんど“下”(低い心(靈))の心(靈)しか持ってないから、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)しかないといい得る。

 そやから、自分の人生の中で何かを頑張る(元の気を張る)、これは砌(みぎり)の極性、“思惑の顕現”=現象化であり、ありていに言えば、願望を達成する、希望を持ちそれを実現する、これは幸福の概念であったりもするけど、でもそれが霊的成長の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)に反していることもたくさんある。 
 そしてそれは、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の行いであったりもする。 
 だから“神の咎め”を受ける、その事象に遭遇する、左往右往して自省(胸の磁性“十”)するもんや。

 これはさっきNominyanはんが言うた“いわゆるボケているっていう状態、アルツハイマーとか認知症とかも含んでのこと”とはちょっと違うけど、いわゆる欲ボケみたいな言い回しでもあるけど、これは智性(神性)無き心やから、霊的成長度の高い心からこういった人を観るなら、欲にボケている、欲中心にしか考えず欲中心の行動をする、そして欲の達成のために“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を行使するっていうこともある。
 またこれも低い憑依現象であり、低い憑依現象を招いている本人の心(靈)(ヒ)も低い、幼稚で脆弱っていえるものであるやん。

 ちょっと余談になるけど、こういった、普通の、いわゆる平均的地球人の霊的成長度における行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)っていうのんが、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”であるから、“悪(心の動きの本能化と低振動化)”と見做されないし、自分たちの心(靈)が低い、“下”(低い心(靈))であるという認識も無く、その“下”である、目下(めした)(動物の心(靈)の段階)の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)に感応する存在は、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)であったりもすることが多い。

 こういった認識も一般常識や既成概念に無いから、平均的地球人にはほとんど理解できないってことでもあるやろな」

Nominyan 会話中 「そうですね。 
 ですから、自分が人生で頑張っていること、あるいは頑張ってきたこと、自分の信念や理念、“どういうつもり”(思惑)は、間違っていないと思う。
 あるいはそう思いたい。
 これは、自分の希望、いい換えれば自分の欲望のために頑張って何がいけないのか、という自我の肥大もあるから、“悪(心の動きの本能化と低振動化)”を容認する、“うそ、いつわり、ごまかし、にせもの”、いわゆるまっとうでは無いものを容認して、金儲けをして形骸の名誉や地位を得たりもする。
 それでこの場合の心(靈)の動きとしては、低い功名心と自尊心中心の心であるから、自我の確立=固定化の段階でもある。

 そしてKellyさんが今話された犯罪のこと、それと、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の霊的成長度の人、この人たちは、自分が憑き物に心を乗っ取られて生業(なりわい)を行っているという自覚を持っている人はほとんどいない。 ただただ自分の功名心と自尊心のため、何か目標を持ち、その目標は希望であったりもするけど、裏を返せば欲望であったり、低い自尊心と功名心を満たそうとしているのであったり…それを肝=“いきり立つ心(奴と心)”で達成しようとする。
 これは、ローム太霊の言葉の右往左往であるし、“世為人為”(S会=紫光会の経文、四空経録の中の言葉)になっていないことが多い。

 それで、人生っていうのは、霊的成長のための“道”(時間の進行)であるし、人生におけること、生業(なりわい)でもそれ以外の普通の生活の中でも、必ず左往右往をさせられる事象に遭遇する。
 そして自省(胸の磁性“十”)をさせるのが“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の思惑でもある。

 それで、この左往右往させられる事象に遭遇しても、それを恭順に受け止めない、そういう心(靈)(ヒ)の動きをする人、そういったケースもある。 
 このケースの場合、人間に反目している動物霊とかの憑依はおきやすいことが考えられるけど、こういった分析も無い。
 霊的干渉が、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)による感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)であるという理解があれば、解ることなのですけどね。

 話がちょっとそれましたね。

 いわゆる自我が突っ張ったままの場合は、自分に能力が無くなってきても生業(なりわい)や生活、あるいは(通貨としての)金や形骸の名誉に執着を持つ。
 また、自分が“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を発揮できなくなったって認めたくない。
 そういった思いにとらわれていたなら、自分の生業(なりわい)に“力”を貸していてくれた憑き物がはなれたあと、その思いに感応する存在が入り込む。
 そうすると、自分は悪くないとか、被害妄想に捉われたりもする。
 そして過去にあったことを、自分に都合よく書き換えて思い込んだりもする。
 これもボケなどといい得るし、さっきKellyさんがおっしゃられた通り“自分を観察する自分の確立”が出来ていないし、これが出来ないこと事態が、心(靈)が育っていないって言い方もできる”ってことでもある。
 そしてこれは智性(神性)無き心といい得る」

Kelly 会話中 「そうやな…。
 そやから平均的地球人の霊的成長度では智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)があまり発現していないから、自分の心(靈)の動きを自分が観て(自己を観察して)、これは自分の心(靈)の動きなのか、憑き物の思惑なのか、それを判断することも難しい。

 大体その判断より先に、自分の心(靈)の動きは、自分と憑き物の心(靈)の動きの両方で構成されているということに気付かねばならないのだけれど、それに気づくほどの局面に遭遇した人はとても少ないといえる。 
 これは“上”が課した試練を通して自分の行動とその行動の根拠になった心(靈)の動きを自分が観て、自分と自分以外の憑き物の心(靈)の動きがあるって気づかねばならないってことなんやろけど…やはりそれに気づくのは、智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)が高まってないと分からへんやろな」

Nominyan 会話中 「そうですね。
 ですから、自分の心(靈)の動きと自分が認識している、そう観察している、でもそれは実は錯覚であったりもする。 
 自分の心(靈)の動きは、自分本来の心(靈)の動きもあるけれど、憑き物の心(靈)の動きもあって、その両方で自分たちは行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)をしているし、事象の“創造”も行っているといい得えますね」

Kelly 会話中 「そしてその感応は自分の心(靈)の動きによるものでもある。
 このことに対しての既成概念も無いし、当然のことながらこういったことは、常識外れみたいな概念と受け取られやすい。

Nominyan 会話中 「そう思います。
 でも、霊的な事柄に認識を持ち始めたなら、自分の心(靈)の動きにさまざまな憑依があり、その影響を受けていることに気づくものである。

 また、それに気づかねばならないものでもあるし、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)はそれを教える事象に遭遇させるものでもある。

 そして、それに気付き、それを認めることが霊的成長の一環でもある…というより、心、そして霊ってことを、自分が理解していくには、必須のことでもありますよね…。

 ちょっとここまでの話をまとめましょう。

 私たち地球人は、自分のことが何も解っていないし、自分の心(靈)の動きに憑き物の感応があることを知らない。
 肉体(月(ツキ))の進化もよく解っていないし、心(靈)(ヒ)の進化も解っていないし、自分たちの心(靈)(ヒ)の動きに霊的存在の影響があるなんて思っていない。
 だから自分が何かを成した、あるいは成そうとする、その時はすべて自分の“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)で成したと勝手に思い込むでしょうけど、そうではないですね。 

 そして若い時、砌(みぎり)の“行”、生業(なりわい)の“行”をしている時は肝=“いきり立つ心(奴と心)”で行動している。
 だけれどもそのままでは、その人は霊的成長したとはいえない。
 だから左往右往を体験する事象に遭遇するし、それは“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)が課した試練でもある。
その左往右往の時、その人が右往左往していた時の憑き物は離れる。 その憑き物との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)が無くなっていくものでもある。

 それで、憑き物がはなれたなら、“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を発揮できなくなる。
 そして憑き物と行動を共にし、その依存度が高い脆弱な心(靈)、育っていない心(靈)は、憑き物の影響の割合が高ければ高いほど、自分の心(靈)は育っていないのであり、よって、憑き物がはなれたなら、意欲も無い、目的も無い、いわゆる思惑、“どういうつもり”で生きて行こうか、などという心の動きが無くなるし、医学でいう認知障害や記憶障害も当然起きるものである。

 だから、ボケなどの状態は、ボケる前の心にたくさんの感応があって、心が構成されてきているって観点が必須であり、ボケなどの状態は、その感応により心(靈)が構成されなくなっているとみるのが妥当である」

Kelly 会話中 「ほんでから、医学ではっきり分かっている目上(めうえ)(大脳新皮質、“田”(心、靈、の四つの場(フィールド)の脳の機能がダメになってる、それは脳血管性認知症、レビー小体病なんてのがあるようやけど、要はその人の心(靈)(ヒ)の入れ物がダメになっているってことでもある。
 これは“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意のうちの高い振動を止められない入れ物ってことやから、目下(めした)(大脳旧皮質と古皮質)(動物の心(靈)の段階)中心の心(靈)にしかなりえへん。
 そやからそれは、目上(めうえ)の脳の機能、その部分での心(靈)の発現っていうものが成されない、それもまた医学でいうところの記憶障害や認知障害の原因なんやろけど、脳の機能がダメになっているという肉体(月(ツキ))しか見ていないものの見方では、ボケなどの状態をしっかり理解できたとはいえない。
 そやからボケなどは、心(靈)の発現と動きに関わっているものであり、脳の器質障害っていう明らかな原因だけがボケの原因ではないといいうることやな。

 ほんでからここまでNominyanはんと話してきたことは、ボケが進んでいく過程のことや。
 どうしようもなくボケが進んでいたなら、霊媒体質の良くない点が現れ、動物霊や浮遊霊の憑依が盛んに起きる。
 だから子供のようになってしまったりもする…これは三毒、貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の心しか持っていない子供の浮遊霊の影響や。 それで幼稚になったように見えたりもする。
 そして、徘徊とか、何かを隠したり、隠した場所を忘れたり、あるいは忘れたふりをしたり、そして失禁とか、便を触ったりなすりつけたり…ボケについては、こういった現象ばかりをとらえている傾向があるけれど、これらをみると子供の浮遊霊や人間に反目している家畜の浮遊霊の現象って見抜ける。
 そやけど、こういった分析が出来る人もいてへんもんや」

Nominyan 会話中 「そうですね。
 それで、以前、○○○大先生がこぼしていたことがあったんですが、介護施設に出張治療に行くというあまりない機会に恵まれた時、そこにいた老人が、家族に対する愚痴、自分は家族にひどい目に合わされた、金もとられてここに入れられた、などと、誰も話を聞いていないのにずっとしゃべり続けている人がいた…これは目上(めうえ)(大脳新皮質、“田”(心、靈、の四つの場(フィールド))がもうあまり機能していなくて、目下(めした)(大脳旧皮質と古皮質)(動物の心(靈)の段階)の心(靈)であるから、憑依した存在に乗っ取られている現象だな…っていってました」

Kelly 会話中 「その人には、認知障害もあるやろし、ほんでからさっきNominyanはんがいうたみたいに“過去にあったことを、自分に都合よく書き換えて思い込んだりもする
ってことやろし、また
自我が突っ張ったままの場合
であるやろし、
その思いに感応する存在が入り込む
ってことになっているやな。

 そやから誰も居てへんのにしゃべりつづける、これは示威行為やし、ディスプレイ(動物の発情行動)でもあるってことや。
 それとボケた人の功名心を煽る(あおる)、いわゆる褒めそやすみたいなことが効果があるってTVで報道されてたけど、これは功名心を煽るんやから、ものすごくボケた人、ほとんど本能しか発現してない心(靈)のとき、本能より“上”の功名心や自尊心を煽る(あおる)、そして功名心や自尊心の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)に感応する憑依があるって観るのが妥当で、それはボケが回復した、治っているとはいえない」

Nominyan 会話中 「そうですね。 そう思えます。

 それで、ボケなどの状態って話をしてきましたが、そこに平均的地球人の認識の低さ、霊に対する無知、いい換えれば心に対する無知、そして霊的成長っていうこと事態に対する認識の無さ、また、霊的成長度の低い人間が何かの現象の分析をしてもそれは低い分析しかできないってことが分かる。
 そしてこれは平均的地球人のことであり、またそれは、右往左往中心の人生で、自分の在り方を見出していない、自分の存在の意義を見いだせなかった、ちょっと違う言い回しをしたなら「まほう色の瞳」の“ほんとうの自分というものに近付く”ってことになっていない。
 だから、自分の智性(神性)を発現させる、強化させる、ってことをしてこなかった。
 よって、自分が頑張ってきた人生における砌(みぎり)の“行”、これは生業(なりわい)がほとんどであるけれど、それに関連した憑き物が離れてしまったなら、自分が持っている心(靈)(ヒ)っていうのは、ほとんど無い…心として一番低い本能しか持っていないのに等しい。
またそれは、生物として進化してきた人間は目上(めうえ)の脳よりも目下(めした)の脳による心(靈)の発現の方が強い。
 よって、そういう進化の段階ならばボケる。

 それで、目上(めうえ)の脳がしっかりしていて、自分の在り方を常に考え、自分の獲得した“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)をどう扱うべきか考えていくなら、ひょっとしてボケないかもしれない…ともいい得る…ですね」

Kelly 会話中 「そうかもしれへんな…。
 そやからそれは、これからNominyanはんが今後の○○○大先生を見て、あの初老の○○○大先生がこれからボケ始めるかどうか、そやからそれは、太陽凝視をして自分の在り方を鑑み、多くの人の霊的成長を望んでいること事態が生業(なりわい)の“行”であると認識しているその心の持ち主がボケるかどうか、しっかり見てはったらよろしいんではないんでっか」

Nominyan 会話中 「…はあ…そうですね。 
 先生にはいつまでも若くあって欲しい…そして先生自身が思う自分の使命を全うしてほしいとは望んでいますが…。
 でも先生は、エロ心中心の心(靈)(ヒ)ですから、もうすでにエロボケ状態ですよ。
…そして、その被害をこうむっているのは私なのです…   キャッ!!」Nominyan 会話中 アセアセ

Kelly ニコニコ顔 「それは大変結構なことや。

 おっ、Senyapooはんが歌いながらこっちにやってくるやんか」

♪♪♪イモを見ていると~いつも❤❤❤DOKI☆DOKI♪♪♪

(注 Senyapoo 会話中 笑顔 この歌の元ネタはこれだイモ)


Kelly ニコニコ顔 「例によってひねりのない替え歌やな」

Senyapoo 会話中 笑顔 「Kellyさんに好評のようなので、もう一曲歌うのだイモ」

♪♪♪頭の中~~イモでいっぱい♪♪♪


Senyapoo 会話中 笑顔 「例によって今の二曲を三人で歌うのだイモ」


三人 合唱中
     
♪♪♪~~♪♪♪~~♪♪♪
歌詞省略
♪♪♪~~♪♪♪~~♪♪♪


Kelly ニコニコ顔 「Senyapooはん、これはなんの曲でっか」

Senyapoo 会話中 「アニメソングなのだイモ。 Senyapooはいろんなアニメを見ているのだイモ。
 それでKellyさん、さっきSenyapooが言ってたようにKellyさんと一対一で話したいのだイモ。
その話の前に、おかんはちょっと向こうへ行ってほしいのだイモ」

Nominyan 会話中 「…わかったわ」

Nominyan 遠ざかる



Senyapoo 会話中 「Kellyさんと話したいのは、魔法少女まどか☆マギカというアニメについてなのだイモ。
 このアニメは、鹿目まどかっていう少女が、魔法少女と対峙するところから始まるのだイモ。
 その魔法少女たちは、願いを叶えた代償として、人知れず人類の敵、魔女と戦うのだけれど、魔法少女たちがいずれ魔女になるという過酷な運命を背負っているのだイモ。
それを知って、まどかって少女はとても迷うのだイモ。
でも最終回でまどかは魔法少女になるのだイモ。
最終回でまどかが願ったことは…個人的な願い、それを叶える、というレベルではなくなっているのだイモ。
ものすごく大雑把なストーリーの説明をしたのだけれど、このアニメのDVDをKellyさんに渡すのだイモ。
それでKellyさんが感じたことをSenyapooにメールして欲しいのだイモ」

Kelly 会話中 「Senyapooはんはこのアニメになにか特別なことを感じたんやな」

Senyapoo 会話中 「そうなのだイモ。 人の願い、その願いの達成と代償、それから本編にも出てきた“贖う(あがなう)”なんて言い回し、そして個々の願いの違い、崇高な願い、自己犠牲…いろんなことを考えたのだイモ。
 それと、先生とおかんもこのアニメを見たのだけれど、これに登場する地球外生命体のキュゥべえ(インキュベーター)に対して、

これはグレイ(ゼータレチクルの一派)を彷彿させるね

なんて話してたのをSenyapooは聞いたのだイモ。

Senyapooはグレイのことも知らないし、なぜおかんと先生がグレイのことを連想したか、Kellyさんの意見が聞きたいのだイモ」

Kelly 会話中 「承知しましてんな。 それでは少し時間をもらって、後日メールさせてもらいまんがな」

Senyapoo 会話中 「よろしくお願いしますなのだプ~。 それではSenyapooはむこうに行ったおかんと帰るのだイモ。 またね~だイモ」

Kelly 会話中 「気を付けて帰ってや~~バイバイ~~」


Kellyさん、忘れていた約束を思い出し、そののちSenyapooと話をする。


 Kelly ドン引き中   しもた! KellyさんはSenyapooはんとの約束をずっとほったらかし(約一年半)にしてるやんか!
 ひょっとするとすごく怒ってはるかもしれへん…。
早速、貸してもらった魔法少女まどか☆マギカのDVDをみて、Senyapooはんにメールせなアカン…。

…… 以下、DVD視聴中のKelly ……

 
Kelly ビックリギョ~~テン! ホエ~~   Kelly 仰天中 むひょ~~   Kellyあっちょんぶりけ 文章用 アッチョンブリケ!!

……数時間後……

Kelly 会話中  …全12話…一気に見てしもた…疲れたわ…。
そやけど、途中から随分雰囲気が変わってくるアニメやな…いろんなことを思わされる…そやからそれはこのDVDを受け取った時Senyapooはんが言うてたこと…それを思い出すもんやな…。

 以下、DVDを渡されたときSenyapooが話していたこと ★
 このアニメは、鹿目まどかっていう少女が、魔法少女と対峙するところから始まるのだイモ。
 その魔法少女たちは、願いを叶えた代償として、人知れず人類の敵、魔女と戦うのだけれど、魔法少女たちがいずれ魔女になるという過酷な運命を背負っているのだイモ。
それを知って、まどかって少女はとても迷うのだイモ。
でも最終回でまどかは魔法少女になるのだイモ。
最終回でまどかが願ったことは…個人的な願い、それを叶える、というレベルではなくなっているのだイモ。
…中略…
 人の願い、その願いの達成と代償、それから本編にも出てきた“贖う(あがなう)”なんて言い回し、そして個々の願いの違い、崇高な願い、自己犠牲…いろんなことを考えたのだイモ。
 それと、先生とおかんもこのアニメを見たのだけれど、これに登場する地球外生命体のキュゥべえ(インキュベーター)に対して、
これはグレイ(ゼータレチクルの一派)を彷彿させるね
なんて話してたのをSenyapooは聞いたのだイモ。
Senyapooはグレイのことも知らないし、なぜおかんと先生がグレイのことを連想したか、Kellyさんの意見が聞きたいのだイモ。


Kelly 会話中  特に思い出すことは…Senyapooはんが言うてはった…

人の願い、その願いの達成と代償、それから本編にも出てきた“贖う(あがなう)”なんて言い回し、そして個々の願いの違い、崇高な願い、自己犠牲…

それと、先生とNominyanはんがキュウべえ(インキュベーター)に対して言うてはったこと…

グレイ(ゼータレチクルの一派)を彷彿させるね

これも含めて…ただ単にグレイのことだけやなく…グレイの情報を地球人に教えた“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の意図、そして人間の心(靈)が育っていったなら何を思い何を願っていくべきなのか…そんなことまで考えさせられるアニメやな…。
ほんでからこういった“上”からの情報ってことだけではなく、他にもとても印象に残った所がある…。
もう一度、美樹さやかが魔女になってしまう過程…暁美ほむらが何回も時間遡行するシーン…ほんでから最終話を見ようかな…。

Kelly ビックリギョ~~テン! ホエ~~   Kelly 仰天中 むひょ~~   Kellyあっちょんぶりけ 文章用 アッチョンブリケ!!

……数時間後……

 …フ~~知らんうちにずいぶん時間がたってる…引き込まれてしもたやんか…。
 Senyapooはんは感想をメールして欲しいって言うてはったけど、これは直接会って話したいもんやな…。
 そやから、保護者のNominyanはんに電話してSenyapooはんと会って話せるかどうか、訊いてみたりましょ。

Kelly 会話中 「もしもし~~〇〇Nominyanはんのおたくでっか?」

○○○大先生会話中 「おっ!!Kellyじゃないか。 久しぶりだね」

Kelly 会話中 「なんや先生か…今日はNominyanはん所に居てるんやな。 NominyanはんとSenyapooはんに用事やったんやけど」

○○○大先生会話中 「おかんは洗濯してる、娘は勉強してるところだね」

Kelly 会話中 「そうでっか。
 実は、KellyさんはSenyapooはんとの約束…ようやくまどか☆マギカのDVDを見させてもらいましてん。 
ほんでからにこれをSenyapooはんに渡されたとき、感想をメールして欲しいって言われてたんやけど、会って話がしたいと思いましてんな。
 そやからSenyapooはんと会う約束がしたい、ほんでからSenyapooはんと会う許可を保護者のNominyanはんにもらいたいっていうのんが電話の要件でんねん」

○○○大先生会話中 「そうか、おかんに訊いてみるからちょっと待っとってチョ。
 お~~い~おかん~~Kellyがまどか☆マギカの件で娘と会いたいって言ってるけどいいよな~~」

Nominyan 会話中 「オッ○ー牧場おぱんつ▼お~ほほほ」 Nominyan 会話中 ウィンク

○○○大先生会話中 「娘~~Kellyが会って話したいって言ってるよ~~」

Senyapoo 会話中 「ぶつぶつぶつぶつ……なのだイモ」

○○○大先生会話中 「…Kelly、娘は機嫌が悪いようだ」

Kelly 会話中 「…そりゃそうやろな…。 
 KellyさんはSenyapooはんとの約束をずっと忘れてたし…Senyapooはんにごめんなさいって伝えてもろてもエエやろか…」

○○○大先生会話中 「心配しなくてもいいよ、本気で怒ってるわけでもなさそうだから。
 …そうだね…。
 娘に受けるように、まどか☆マギカネタを織り込んで謝ってみたらいいんじゃない?」

Kelly 会話中 「そやったなら先生…受話器をSenyapooはんの方に向けて貰えまっか。

お~~いSenyapooはん~~!!
Kellyさんは「あたしって、ほんとバカ」(第八話のタイトル)って思ってまんねん。
Kellyさんが約束を忘れててSenyapooはんの心境としては、「こんなの絶対おかしいよ」(第六話)とか「そんなの、あたしが許さない」(第九話)とか「もう誰にも頼らない」(第十話)とか、Kellyさんと絶交しても「後悔なんて、あるわけない」(第五話)って思ってるかもしれへんけど…まどか☆マギカのDVDを見てSenyapooはんと話さなアカンて思いましてん」

Senyapoo 会話中 「ぶつぶつぶつぶつ……なのだプ~」

○○○大先生会話中 「…Kelly、娘はKellyにまどか☆マギカのオープニングを名古屋弁で歌ってくれって言ってるよ、それがKellyとSenyapooが友達でいられる「最後に残った道しるべ」(第十一話)だって言ってる」

Kelly ドン引き中 「えっ…(交わした約束って歌いだしや…)…承知しましてんな…。

♪♪♪~かわしてまや~~た~~や~~くそ~~く~~わすれんといてちょ~~め~をとじや~~て~~たしかめてりゃ~~す~~♪♪♪

Kelly はんべそ 会話中  え~~ん~~約束忘れててごめんなさい~~すんまへん~~」


元歌

 



○○○大先生会話中 「…娘、Kellyいじめはそれくらいにしといたら?」

Senyapoo 会話中 「分ったのだイモ。 Senyapooは良い子だからもうこれくらいにしとくのだプ~。 
Kellyさん、Senyapooの「本当の気持ちと向き合えますか?」(第七話)なのだイモ」

Kelly ドン引き中 「もちろんでんがな!! 
約束を忘れててSenyapooはんに不義理をしたKellyさんがSenyapooはんともう一度話が出来るなら、「奇跡も、魔法も、あるんだよ」(第四話)って心境でんがな」

Senyapoo 会話中 「それではいつもの公園で話をするのだイモ。 意地悪な要求をして悪かったのだプ~。 
 Kellyさんと話が出来ること事態は「それはとっても嬉しいなって」(第二話)なのだイモ。 Senyapoo 会話中 笑顔

 それとSenyapooは未成年だから、先生とおかんが同行すると思うけど、それでもよろしいですか?なのだイモ」

Kelly 会話中 「それはそうやな、承知しましてんな」

Senyapoo 会話中 「それでは後日、いつもの公園で待ち合わせなのだイモ。 バイバイなのだプ~」

☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀

Senyapoo 会話中 「Kellyさん~~Senyapooはここにいるのだイモ」

Kelly 会話中 「すんまへん、お待たせしましたでんねん。 そやけどNominyanはんと先生が居てまへんな」

Senyapoo 会話中 「Kellyさんとの話の邪魔になるからあっちいってて!!ってSenyapooが言ったから、おかんと先生はあそこで見守ってるのだイモ」


○○○大先生&Nominyanキュウべえ




Kelly ドン引き中 「なんやねん…怪しい中高年カップルやな…“わけがわからないよ”~~でんがな!!」

Senyapoo 会話中 「無視しとけばよいのだイモ。 
もうあれくらいの年齢になると羞恥心なんて薄れてしまってて、多分、あの程度のことなら「もう何も恐くない」(第三話)なのだイモ。
そんなことより、早速Kellyさんが何を思ったのか聞かせて欲しいのだプ~」

Kelly 会話中 「まず、先生とNominyanはんがいうてたこと、キュゥべえ(インキュベーター)に対して、
これはグレイ(ゼータレチクルの一派)を彷彿させるね
に関してなんやけど…ゼータレチクルのことを少し話しまんねん。

 一部のチャネラーの情報によれば、ゼータレチクルって星の住民は核戦争で絶滅の危機に瀕した。 それで残ったゼータレチクル人たちはその戦争の原因を鑑みた。 それは自分たちの感情にあるのではないか、と判断して、自分たちを遺伝子操作して感情を発現させないようにしたが、その結果として肉体は虚弱になり、性差もなくなり、クローンでないと子孫を作れないようになった。 これは割と確かな情報やと思う」

Senyapoo 会話中 「そういう言い方をするのは、不確かな情報もあるってことをKellyさんはいいたいのだなイモ」

Kelly 会話中 「そうなんや。 
 大体チャネラーっていうのは程度の低い憑依現象であることが多い、それは心霊現象なんかでもそうなんやけど、本来“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)が伝えるべき情報だけ述べてくれるならいいんやけど、憑依現象やから程度の低い存在との感応も多い。 
 それは霊媒でもチャネラーでも、その憑依されている人の心(靈)が程度の低い心(靈)の動きで霊的存在と感応している時、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)の憑依が起きて情報が捻じ曲げられていることがある。
 その辺の所をきちんと見極める視点を持って、チャネラーなどの言葉を見極めんとアカン…そしてその情報を利用して金儲けしている人間も多いんやけど、この話は本題からそれてる。
 
 Kellyさんが思うに、先生とNominyanはんがグレイのことを連想したのは、さっき説明した様にゼータレチクルは自分たちが自分達に対して遺伝子操作したせいで、感情が無くなったって伝えられているけど、感情のなくなった心(靈)っていうのんはちょっと大げさな情報であり、感情が脆弱になった、要はあまり心(靈)が動かなくなった、という言い回しが妥当やろし実際そういう状態なんやと思う。
 それは地球人の中にも、情のない人、薄情な人、他人の不幸に無関心なんて人は多い。
 そういった人、そういった心(靈)っていうのんはどうなんやって話なんやけど…」

Senyapoo 会話中 「Kellyさんの言いたいことはなんとなくわかるのだイモ。 
 Senyapooは先生とよく話をするから、心が育っているか育っていないか、その違いについては中坊(中学生)なりになんとなく理解しているのだイモ」

Kelly 会話中 「そうでっか。
 それで、多くのゼータレチクルは、地球人の愛という心の動きに興味を持ったんやけど、グレイと呼ばれている一部のゼータレチクルは、恐怖に興味を示した」

Senyapoo 会話中 「だからグレイは地球人の恐怖をあおることをした、これは先生に聞いて知っているのだイモ」

Kelly 会話中 「そのことを知ってはるなら話はしやすい。
 それでやな、キュゥべえ(インキュベーター)が、第九話でまどかに言っているように…

勘違いしないで欲しいんだが、僕らは何も、人類に対して悪意を持っている訳じゃない。 全ては、この宇宙の寿命を伸ばすためなんだ。
 まどか、君はエントロピーっていう言葉を知ってるかい? 簡単に例えると、焚き火で得られる熱エネルギーは、木を育てる労力と釣り合わないってことさ。 エネルギーは形を変換する毎にロスが生じる。 宇宙全体のエネルギーは、目減りしていく一方なんだ。 だから僕たちは、熱力学の法則に縛られないエネルギーを探し求めて来た。 そうして見つけたのが、魔法少女の魔力だよ


 ほんでから…

僕たちの文明は、知的生命体の感情を、エネルギーに変換するテクノロジーを発明した。ところが生憎、当の僕らが感情というものを持ち合わせていなかった。 そこで、この宇宙の様々な異種族を調査し、君たち人類を見出したんだ。 
 人類の個体数と繁殖力を鑑みれば、一人の人間が生み出す感情エネルギーは、その個体が誕生し、成長するまでに要したエネルギーを凌駕する。 君たちの魂は、エントロピーを覆すエネルギー源たりうるんだよ。 とりわけ最も効率がいいのは、第二次性徴期の少女の、希望と絶望の相転移だ。 
 ソウルジェムになった君たちの魂は、燃え尽きてグリーフシードへと変わるその瞬間に、膨大なエネルギーを発生させる。 
 それを回収するのが、僕たち、インキュベーターの役割だ


 この、
希望と絶望の相転移
それは
ソウルジェムになった君たちの魂は、燃え尽きてグリーフシードへと変わるその瞬間に、膨大なエネルギーを発生させる
……言うならば、願いをかなえさせて魔法少女になった…願いがかなったこと事態は嬉しいことなんやろうけど…その後、魔女になってしまう…これは人の心(靈)の動きとしてはどうなんやってことでんねん」

Senyapoo 会話中 「インキュベーターのもくろみ、願いをかなえて嬉しがらせてから絶望におとしいれる、そしてその感情、心の動きをエネルギーとしてインキュベーターは利用するっていう点、これはグレイみたいで、恐怖や絶望は、人の心(靈)としては低い心(靈)の動きであるとKellyさんはいいたいのだなイモ」

Kelly 会話中 「そうでんねん、さっきも言うたとおり、ゼータレチクルの中でもグレイは愛という心の動きではなく、低い心(靈)の動きに興味をもった。
 そやからグレイは地球人の恐怖をあおることをした。
 ほんでからインキュベーターは“希望と絶望の相転移”を仕掛けている。
 そやからNominyanはんと先生はインキュベーターからグレイを連想したんやろ。
 ほんでから、魔女たちを退治するために、インキュベーターは少女の願いをかなえさせ、魔女を倒させる、そして魔女を倒した魔法少女はいずれ魔女になっていく…連鎖やねんな。
 Kellyさんは先生と、恨みの連鎖って話をしたし、因縁を贖う(あがなう)って話もした。
このアニメでは“呪い”“因果”って言葉が使われているけど、これは恨みの連鎖と因縁とほぼ同じことやと思いまんねん。
そやから“希望と絶望の相転移”、何かを恨み妬み嫉み…何かを呪わなければならない仕組みともいえるし、先生の言葉を借りるなら恨みの連鎖の霊的干渉を助長しているし、その根拠と理由ってことに成りうる。
 そやからキュウべえ、インキュベーターのもくろみ、これは低い心(靈)の動きを助長して“呪い”を増やし、たくさんの“因果”を背負わせているかのように見て取れる。
 例えば美樹さやかの心(靈)の動き…第七話では、

私は人の為に祈った事を後悔してない。 その気持ちを嘘にしない為に、後悔だけはしないって決めたの…。 これからも

これが第八話ではかなり自暴自棄になっている…

今の私はね、魔女を殺す、ただそれしかだけ意味がない石ころなのよ。 死んだ身体を動かして生きてるふりをしてるだけ

あたしが死ぬとしたら、それは魔女を殺せなくなった時だけだよ。 それってつまり用済みって事じゃん。 ならいいんだよ。 魔女に勝てないあたしなんてこの世界にはいらないよ”」

Senyapoo 会話中 「まさに“希望と絶望の相転移”に至る過程なのだプ~。
 それと、恨みの連鎖の霊的干渉みたいなことは、第二話でキュウべえと巴マミが言っているのだぷ~。

不安や猜疑心、過剰な怒りや憎しみ、そういう災いの種を世界にもたらしているんだ”(キュウべえ)

理由のはっきりしない自殺や殺人事件は、かなりの確率で魔女の呪いが原因なのよ。 形のない悪意となって、人間を内側から蝕んでゆくの”(巴マミ)」

Kelly 会話中 「そうでんな。
それでKellyさん的には、この美樹さやかの心(靈)の動きはとても印象に残った。 好きな男の子の腕を治してバイオリンを弾けるようにしたい…それは一見とても崇高な願いに見えるけど…美樹さやか本人が第四話で言うてるように、

もしも私の願い事で恭介の体が治ったとして、それを恭介はどう思うの?
 ありがとうって言われてそれだけ? それとも、それ以上のことを言って欲しいの?


そして、

あたしって…嫌な子だ…思えばその時の私は、まだ何も分かっていなかった。 奇跡を望む意味も、その代償も

これは美樹さやか本人が何を目的に願おうとしてるのか自覚している…それで腕が治ったその男の子は美樹さやかではない他の女の子と付き合ってしまう…。
 …そして魔法少女になって活躍しながら美樹さやかはの心(靈)は…キュゥべえが第八話で言うてるように、

美樹さやかの消耗が予想以上に早い。 魔力を使うだけでなく、彼女自身が呪いを生み始めた

 ほんでからKellyさん的にとても印象に残った場面…魔女と化す寸前の美樹さやかの心境、同じく第八話のセリフ、佐倉杏子との会話、

結局私は、一体何が大切で何を守ろうとしてたのか、もう何もかも、わけ分かんなくなっちゃった。
希望と絶望のバランスは差し引きゼロだって、いつだったかあんた言ってたよね。
今ならそれ、よく分かるよ。
確かに私は何人か救いもしたけどさ、だけどその分、心には恨みや妬みが溜まって。一番大切な友達さえ傷付けて。
誰かの幸せを祈った分、他の誰かを呪わずにはいられない。私たち魔法少女って、そういう仕組みだったんだね
”」

Senyapoo 会話中 「ある意味、かわいそう…でもあるのだイモ。 でもそれは見返りみたいなことを求めていたからなのだイモ」

Kelly 会話中 「そうやな…そうなんやけど…大概の地球人(の霊的成長度において)は、何かをしたなら、自分のエネルギーを贖う(あがなう)ことをしたならば、見返りみたいなことを要求するのが当然やって思うてるし、それが当たり前の世界でもある。
 そしてそれは自分のため、自分のため、自分のため…でしかないもんや。 
 ありていに言えば自分の損得しか考えてないみたいなもんや」

Senyapoo 会話中 「先生的な表現ならば、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”、その霊的成長度ってことなのだプ~」

Kelly 会話中 「まったくそうやな。 よく理解してまんな。
 そやからその点において、佐倉杏子は美樹さやかに第六話でこんなふうに言うてる。

魔法ってのはね、徹頭徹尾自分だけの望みを叶えるためのもんなんだよ。 他人のために使ったところで、ロクなことにはならないのさ

…そやけど、このセリフは一見乱暴に見えるけど、美樹さやかのことを懸念しているセリフでもある」

Senyapoo 会話中 「佐倉杏子の美樹さやかに対する気持ちが込められているセリフなのだイモ」

Kelly 会話中 「その通りでんな。 
 美樹さやかの在り方ってもんを佐倉杏子ふうにお節介を焼いた、その心境の裏には他者の幸福を願うっていうもんも感じ取れる…そんなシーンでもありまんな。 

 それで、キュウべえが第十一話でまどかに言うてるように、

どんな希望も、それが条理にそぐわないものである限り、必ず何らかの歪みを生み出すことになる。 やがてそこから災厄が生じるのは当然の節理だ。 そんな当たり前の結末を裏切りだと言うなら、そもそも、願い事なんてすること自体が間違いなのさ

これは“希望と絶望の相転移”をもくろんでいるキュウべえの認識でしかない。
 またこれは、キュウべえが低い心(靈)しか持っていない、心が育っていないからでしかないと思えるやん。

 それで、まどかが最終話で願ったことは“希望と絶望の相転移”なんてこととは全く関係のないことになっている。

全ての魔女を、生まれる前に消し去りたい。 全ての宇宙、過去と未来の全ての魔女を、この手で

今日まで魔女と戦ってきたみんなを、希望を信じた魔法少女を、私は泣かせたくない。 最後まで笑顔でいてほしい。 それを邪魔するルールなんて、壊してみせる、変えてみせる、これが私の祈り、私の願い”」

Senyapoo 会話中 「それに対してキュウべえが言っていることは、

その祈りは、そんな祈りが叶うとすれば、それは時間干渉なんてレベルじゃない! 
 因果律そのものに対する反逆だ! 
 …君は、本当に神になるつもりかい?


それと、暁美ほむらにキュウべえが話しているように

“まどかがもたらした新しい法則に基づいて、宇宙が再編されているんだよ。 
 そうか…君もまた、時間を越える魔法の使い手だったね。 
 じゃあ一緒に見届けようか、鹿目まどかという存在の結末を


あれが、彼女の祈りがもたらしたソウルジェムだ。 その壮大過ぎる祈りを叶えた対価に、まどかが背負うことになる呪いの量が分かるかい? 
 一つの宇宙を作り出すに等しい希望が遂げられた。 
 それは即ち、一つの宇宙を終わらせるほどの絶望をもたらすことを意味する。 当然だよね?


これはさっきKellyさんが言ってたみたいに、キュウべえの認識由来の観察って言えるのだプ~。
 いい換えれば、キュウべえの霊的成長度における“観察と認識”であって、キュウべえ自身が持っている常識とか既成概念とは違いすぎるから、
一つの宇宙を作り出すに等しい希望が遂げられた。 それは即ち、一つの宇宙を終わらせるほどの絶望をもたらすことを意味する
こういう言い方をしたのだプ~。
 そしてほとんどの人は、キュウべえと同じように思うってSenyapoo的には思ってしまうのだプ~」

Kelly 会話中 「そうやな。 大概の地球人はキュウべえと同じような心(靈)しか持ってないって思えるし、またその心(靈)由来の認識しか持っていない…大体両者は同じような霊的成長度ってことがいえまんねんな。
 そやけど最終話のまどかは“まどかが背負うことになる呪いの量”なんてことに支配されていないように見受けられる。 
 それはまどかがほむらに話しているように…

ううん。 違うよ、ほむらちゃん。
今の私にはね、過去と未来の全てが見えるの。 かつてあった宇宙も、いつかあり得るかもしれない宇宙も、みんな。
だからね、全部わかったよ。 いくつもの時間で、ほむらちゃんが、私のためにがんばってくれたこと、何もかも。 何度も泣いて、傷だらけになりながら、それでも私のために…ずっと気づけなくてごめん…ごめんね。 
今の私になったから、本当のあなたを知ることができた。 私には、こんなにも大切な友達がいてくれたんだって。 だから嬉しいよ。 ほむらちゃん、ありがとう。 あなたはわたしの、最高の友達だったんだね


 それに対してほむらはこう言うてる。

だからって、あなたはこのまま、帰る場所もなくなって、大好きな人たちとも離れ離れになって、こんな場所に、一人ぼっちで永遠に取り残されるって言うの?

 そやけどまどかは…

一人じゃないよ。 みんな、みんないつまでも私と一緒だよ。 これからの私はね、いつでもどこにでもいるの。 だから見えなくても聞こえなくても、私はほむらちゃんの傍にいるよ
って」

Senyapoo 会話中 「これは、キュウべえが言っていた、

まどか。 これで君の人生は、始まりも、終わりもなくなった。 この世界に生きた証も、その記憶も、もう何処にも残されていない。
 君という存在は、一つ上の領域にシフトして、ただの概念に成り果ててしまった。
 もう誰も君を認識できないし、君もまた、誰にも干渉できない。
 君はこの宇宙の一員ではなくなった


この言い回しもキュウべえの認識由来の言い方で、ちょっとだけおかしい点があって、キュウべえが認識している世界…現津(あきつ)、観察され得る事象っていうのは先生の言い方だけれども、そこにおいては、
もう誰も君を認識できないし、君もまた、誰にも干渉できない
って言ってるに過ぎないのだプ~。 

 でも、まどかは、
みんな、みんないつまでも私と一緒だよ。 これからの私はね、いつでもどこにでもいるの
って言っているのだイモ。

 これは、まどかが自分のためだけの願いではなく、自分も含めて“全ての魔女を……”って願ったから、自分だけの願いではない願い方をしたから、キュウべえが言った
君という存在は、一つ上の領域にシフトして、ただの概念に成り果ててしまった
なのだけど、存在が消えたのではなく、キュウべえが認識できないのであって、存在そのものが無くなったのではないのだイモ。
 それに“全ての魔女を……”って願ったからこそ、自分のためだけの祈りではなかったからこそ、“上の領域にシフト”したのだと思うのだイモ。
 もうこれは普通の人間ではない…そういう崇高な願いをしたから…だからまどかは存在はするけど、普通の人間やキュウべえからは認識しえない存在となったと言いうるのだイモ」
 
Kelly 会話中 「Kellyさんもそう思いまんねん。 
 人の心(靈)の動き、それはその心(靈)の進化過程によるもので、低い心(靈)で動いていると自分のことを願うけれど、それは神さんの思惑通りの生命ではない。
 神さんの思惑は、Kellyさんが今やっている“日月神示”解釈やローム太霊講話集解釈で幾度となく取り上げているけれど、すべての生命が幸福(“夭と屰”(ようとげき)+示す偏(へん)(神を示す)+“畐”、“一”=智性=1番目のオーラ、口、田、田は思いって言う字の上半分&大脳の新皮質)であり、それは今の人間が思っている本能や情動由来の幸福感ではなく、すべての生命が進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して認識を高め神に近付いていき、それに伴った事象の“創造”をしていくことでもある。
 それでまどかに起きた変容、キュウべえ曰く、

君という存在は、一つ上の領域にシフトして、ただの概念に成り果ててしまった。
 もう誰も君を認識できないし、君もまた、誰にも干渉できない。
 君はこの宇宙の一員ではなくなった


これは、願いが違う=霊的成長度が違う=違う事象に移行する、ってことをKellyさん的には思いましてんな」

Senyapoo 会話中 「…そうなのか…なのだイモ」

Kelly 会話中 「今Kellyさんが言ったことを含め、このアニメには、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)が人間に知って欲しいこと、その情報を含めて、アニメの作成にかかわった人たちに通信を送りこの作品をつくらせたってKellyさん的には思いまんねん。

 例えば…前に先生と話したなかで、さっき話したグレイの情報が書いてあった「テオドールから地球へ」では、スタートレックのことが述べられていた。 それは、いきなり地球人が宇宙人と共同作業するとびっくりするから、こういったことがいずれおきるのだという意味合いで、スタートレックは作られたのだとテオドールは述べている。
 こういったことはとても重要なことでんねん。 “上”からの情報を与えられていないと、何が起きているのかってことが分からへん、こういった事態になったとしても情報を与えられていたなら受け入れやすいから、“上”はいろんな手段を使って地球人に情報を送っているもんでんねん

 それで、これからアセンションって事象の変容は起きていく。
 それに伴うこととして、人の心(靈)の変化変容、そして心(靈)が育っているかいないか=霊的成長度の高低、それによる願い方の違い、何かを願うのは自分が幸福になりたいからなんやけど、程度の低い心(靈)は程度の低い幸福の認識しかない。
 そやけど育った心(靈)は、低い幸福を願わない、それが低いって知っているからなんやけど、まどかが最終話で願うまでの過程は、自分が何を願うべきか悩む過程や。
 悩んだ挙句、“全ての魔女を……”って願った。
 これはSenyapooはんがDVDをKellyさんに渡した時に言うてはったこと、
個々の願いの違い、崇高な願い、自己犠牲…いろんなことを考えたのだイモ
これに相当することやな。

 それで、このまどか☆マギカを全部観てKellyさんが強く思ったのは、キュウべえのセリフを借りれば、
君という存在は、一つ上の領域にシフトして、ただの概念に成り果ててしまった。
 もう誰も君を認識できないし、君もまた、誰にも干渉できない。
 君はこの宇宙の一員ではなくなった

これは、まどかが変わったからまどかに相応しい所へ行った(位置した、位相が変わった)ってことでしかない。
 よくKellyさんはこのブログで、それぞれの霊的成長度における事象の“観察と認識”、霊的成長度の高低における事象の遭遇、みたいなことを述べるけど、低い心(靈)は低い事象しか認識できないけれど、育った心(靈)ならば観察しうる事象は違ってくるし、それはまた次の事象への移行=“一つ上の領域にシフト”ってことに成りうる。
 これがアセンションの真実でもあるってことでんねん。
 そやからこのアニメは、それぞれの霊的成長度におけるそれに相応しい事象しか“観察と認識”できないってことを示していると思いまんねん。
 これを作らせた、作成者に通信を送った“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)は、このことを知らせたかったってKellyさん的には思いまんねん」

Senyapoo 会話中 「ほ~~~なのだイモ」

Kelly 会話中 「それ以外にも、さっき話題にした“呪い”“因果”、恨みの連鎖、因縁を贖う(あがなう)こと。
 そして、キュウべえみたいな存在、願いをかなえた代償として魔女にする、Kellyさん的に解釈すれば、甘い(亜、魔、出ずる、泉。愛(炁)の間に魔が入った状態を指す)夢を達成させてから霊的成長を阻む存在がいる。
 そやから…悪魔のささやきってことをほとんどの人は言葉として知っていたとしても、自分の願いが達成されるならば、キュウべえが第九話でまどかに言ってるみたいに、

どんな希望も、それが条理にそぐわないものである限り、必ず何らかの歪みを生み出すことになる。 やがてそこから災厄が生じるのは当然の節理だ

なんてことを考えてはいないもんでんな。

 そしてもうひとつ、暁美ほむらがまどかに出会う時に何度も時間遡行してまどかとの出会いをやり直してきた過程で、あるシーンでは、ほむらの意に反して魔女になりかけそうになるまどかを殺してしまう所もあった…これはとてもつらいことやと思うけど、それでもほむらはまどかを守ることを諦めなかったから、何度も何度も時間遡行した…。

 それで、まどかもほむらもたくさんの因果を背負って行ったと思うけど、通常、ほむらの心境を考えるならほむら自身が魔女になって当然なんやけど、ほむらはまどかを守ること自体をあきらめなかった…。

 だからこそ、最終話のような結末があったともいえるし、どんなに“因果”を背負っていても自分があきらめず頑張る(元の気を張る)、そういった心(靈)を“上”は見放さないってことも思いましてんな。

 ほんでから、最後にまどかが語っていることからうかがい知れるのは、まどかは悲しんではいない、自分が願いをかなえたことにより、
誰も君を認識できないし、君もまた、誰にも干渉できない
ってことになったとしても、これは自分の望んだ結果に付随することであるし、まどか自身は、
一人じゃないよ。 みんな、みんないつまでも私と一緒だよ。 これからの私はね、いつでもどこにでもいるの
まどかからはみんなを観ることが出来得るってことでもある。

 これはまた、霊的成長を果たした心(靈)(ヒ)ならばっていう意味合いのことやと思いましてんな。
 今の平均的地球人から観たなら、育った心(靈)が位置している場(フィールド)は認識できないけれど、育った心(靈)からは“下”の場(フィールド)は“観察と認識”できるし、“下”の場(フィールド)にいる心(靈)が育つのを、見守る…あるいはキュウべえが言うみたいに“下”から観れば“ただの概念に成り果ててしまった”としても、ちゃんと存在している。 
 だからこそ第十二話の最後にまどかは、ほむらに…“がんばって”ということが出来る…。

 大体…これがKellyさんの感想かな…」

Senyapoo 会話中 「…Senyapooには解らないこともあったけど、その辺の所はジジイ(○○○大先生)にでもたずねる…たずねなくてもあのジジイは一杯話をするだろうから、だんだんわかっていくと思うのだイモ。
 それより、真剣に語ってくれてありがとなのだイモ。 嬉しかったのだイモ。 Senyapoo 会話中 笑顔
 KellyさんはSenyapooにとっての「わたしの、最高の友達」(第十二話)の、いち候補なのだイモ」

  Kelly ニコニコ顔 「ありがとさんでんねん」

Senyapoo 会話中 「それで、Kellyさんにお願いがあるのだけれど…イモ」

Kelly 会話中 「なんでっか?」

Senyapoo 会話中 「Kellyさんは、Kellyさんの夢の中で、犬のアズキ君とセブンちゃんと、「心が育つということを鑑みる」って話をしているのだイモ。
 その夢にSenyapooを参加させてほしいのだイモ。
 Senyapooは、アズキ君とセブンちゃんに話したいことがちょっとだけあるのだイモ。
 あの二人(犬だから二匹)は、犬M井さんと話してもう答えをほとんど見出しかけていると思うけど、それにちょっとだけアドバイスをしたいのだイモ」

Kelly 会話中 「それはSenyapooはんとアズキ君とセブンちゃんが、「夢の中で会った、ような…」(第一話)みたいな話になりまんな。
承知しましてんな。 今度念じておきまんがな」

Senyapoo 会話中 「よろしくお願いしますなのだプ~。 
それではSenyapooはあのへんな保護者達と帰るのだプ~。 
Senyapoo 会話中 笑顔  バイバイ~~またね~~なのだプ~」

Kelly ニコニコ顔 「気を付けて帰ってや~~バイバイ~~」





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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
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出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
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2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
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発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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☆ 紫光会経文の文言 Kellyさん的解釈 (18)
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
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○○○大先生の水草水槽記録
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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