“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

Kellyさん、Nominyanと“霊的成長度の違いにおける先祖供養”について議論し、その後Senyapooにもて遊ばれて、おもちゃ扱いされる!!

 Kelly 会話中 この間Kellyさんは、NominyanはんNominyan 会話中からメールを貰い、その用件は、ちょっとKellyさんといろいろ話してみたいってことやった。 
そのメールを見たとき、NominyanはんとKellyさんの話はなんやしらん突っ込んだものになりそうな予感がしたんやけど…そのときの様子を、今回は紹介しまんねん。 
ほんでから例によって、NominyanはんとSenyapooはんとは、いつもの公園で待ち合わせをしましてんな。

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Nominyan 会話中  Senyapoo 会話中  「Kellyさん、こんにちは」
Kelly 会話中 「こんにちはでんねん」
Nominyan 会話中「Senyapoo、Kellyさんとママはちょっとむずかしい話をするから、Senyapooが退屈だと思うのね。 
  だからボールを持って一人で遊んできたら」
Senyapoo 会話中「わかったでイモ。 一人で遊んでくるんだイモ。 
 Kellyさん、Senyapooは一人で遊んでくるけど、ママとの話がすんだらSenyapooと遊んで欲しいんだプ~。
それに、この間約束したみたいに、先生を肴(さかな)にしてKellyさんとママとSenyapooの三人で先生の悪口を言い合おうイモ。
 それとKellyさん、このボールは先生が買ってくれたボールでイモ、先生に(100円ショップの)ダ○ソーで買ってもらったボールでイモ。 
だからこのボールは、こ○まの~ボール~なのだプ~。
♪♪♪こ○まのボール~~♪♪♪こ○まのボール~~♪♪♪こ○まのボール~~♪♪♪

Senyapoo Kellyさんから遠ざかる 


Kelly 仰天中「こ…こ…こ○まのボール……こけてもた」
(注 ○○○大先生の本名は、こ○まのぼる)

Nominyan 会話中「すみません。 先生とのお付き合いが長いKellyさんにはよく分かると思いますが、これも例によって先生特有のジジギャグでSenyapooのお気に入りギャグなのです」
Kelly 会話中「そうなんでっか…そやけど先生は、Kellyさんに今みたいな種類のギャグはあんまり言うてないと思うけど…。 
そやからそれは先生のギャグも相手に合わせてるっていうのんか、先生がKellyさんに言うたギャグとSenyapooはんに言うたギャグは種類が違う感じやな。
ほんでから最近Kellyさんは先生と会って話をしてないけど、やっぱり何かのおりに先生はチョ~とろくっさいギャグを言うてまっか」
Nominyan 会話中「ええ、それはもう…。 
最近はだいぶなれましたけど、この間もお話したとおりこんなにギャグばっかりいう人だとは思っていませんでしたので、かなり戸惑ったりしましたよ」
Kelly 会話中「…そうなんや。 
そやから今の話、Nominyanはんが戸惑ったっていうのんは、Nominyanはんは先生の本を読んで先生に会いたくなった。 そやからNominyanはんの先生に対するイメージっていうのんか、ちょっと表現が違う言い回しになるかもしれへんけど、Nominyanはんの先生に対する印象っていうのんか先入観とかは、あの本の文章からの印象が強いってことなのかもしれへんな」
Nominyan 会話中「そうなんですよ。 
Kellyさんや、先生と長年お付き合いのある○○○療院を利用していらっしゃる方、普段から先生を直接知っていらっしゃる方たち、その人たちは、よくギャグを飛ばし、悪意の無いエロギャグを言ったり、あるいは皮肉混じりなちょっと意地悪なトークをする陽気な先生をよく知っていらっしゃるでしょうけど、私は、本の文章中の先生の思想、認識(悟り、幸取=さとり)、あるいは事象に対する意見…それらで、先生ってきっとこんな人なんだってイメージを作ってしまっていたってことでもあるのですね」
Kelly 会話中「そうなんやろな。 
ほんでからに先生とNominyanはんは、先生対Kellyさんとは違い、お互い惹かれあっている関係やからこそ、先生は思いっきりNominyanはんに心を開いてて、そやからこそKellyさんと相対するときの態度とか、話す内容も違い、ほんでからNominyanはんと接して話すときの先生は、先生の内面とか内側(心の中と感じている事)があらわになってるからこそ、アホくさい幼稚なギャグもいうのかもしれへん。 ほんでから先生はジジイのくせにちょっと子供っぽいところもあるし…。
そやから今の話、Nominyanはんは、Kellyさんが窺い(うかがい)しれん先生の一面を知ってはるってことなんやな」
Nominyan 会話中「そうなのかもしれませんね。 
それで私としては、私たちと接している普段の先生を見て、“本当にこの人はあの文章を書いた人なのだろうか…”って何度も思いましたよ。 
それは今、Kellyさんが指摘してくれたみたいに、先生は、私と接するときと、Kellyさんと接するとき、あるいは○○○療院のお客さんと接するとき、それぞれちょっとづつ違うと思うんですよね。 
それで例えばKellyさんと私、それはどちらでも先生は親しく接していてくださるとは思うんですけど、Kellyさんと先生は長年の友人で、先生がKellyさんに話したこと、“Kellyさんとの会話”は出版された本を読んでも分かるのですが、先生の人生観や“行”による認識が中心だと思うのですよ。 
でも、私と先生が話すこと…私がまだ先生とお付き合いをしていないとき、それは先生の読者として私が接していたときには、先生の認識の話とかが中心ではあったのですが、今はあまりそういう話をしない…。 今は普通の話をしたりすることが多いですし、それと大体、私が先生と会うときは、もれなくSenyapooがついてくるので、どうしてもSenyapoo中心のことをすることが多いし、先生と私が何か話すときもSenyapooのことを話題にする事が多いのです。 それに先生とSenyapooは、とても仲良くなっていて、先生いわく“先生の大親友はSenyapooちゃんだ”って言ってらっしゃるくらいだから。
ですから最近、私と先生は、“行”のことや霊的なことなどをあまり話さないですし、先生の認識を知るような質問とか、いろんなことを訊ねる機会とかがあまり無いのですよ」
Kelly 会話中「そうなんでっか…そうかもしれへんな」
Nominyan 会話中「それでKellyさん、今日Kellyさんと話したいのは、“霊的成長度の違いにおける先祖供養”ってことなんですよ。 
大体このことも、先生と話してるときに出てきたのですが、そのときの先生も、“それは大きな違いがあるね、Nominyanにはよく分かるでしょ”って言ったくらいで、あまり詳しく話をしてくれなかったのです」
Kelly 会話中「…そうでっか。 
そやけど今、Nominyanはんがテーマにしてくれはったことは、たくさんの要素を感じさせまんな」
Nominyan 会話中「そうかもしれませんね」
Kelly 会話中「今、Nominyanはんが言うてくれはったこと、それにはたくさん要素があるってことを、今Kellyさんは感じたけど、それは先生も同じことを感じたのやないんかな。 
ほんでから、先生が詳しく話をせんかったこと。 
それは多分、先生的にはNominyanはんに自分でしっかり考えなさいってことなのか、あるいはNominyanはんが考えたことをKellyさんと話をして確認をとりなさいってことなんやおまへんか。 先生はKellyさんと長い話をしたときにも、ときどきそういう態度でKellyさんに接したことがありまんねん。 
そやからそれは、先生がなにもかもNominyanはんにしゃべって教えたら、それは、鵜呑みでしかないし、それではしっかりとしたNominyanはんの認識にはならへんやおまへんか」
Nominyan 会話中「…そうかもしれませんけど…。
そういえば、Kellyさんと先生の会話(前のブログのこと)には、今Kellyさんがおっしゃったみたいに、Kellyさんが先生から宿題を与えられたり、それについてKellyさんが検索したりして考えたり、そういったことが多かったですよね。 
そしてそれは、そうやってKellyさんがいろんなことを考え、そのKellyさんの息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)、オーラに感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)してKellyさんの“上”が通信を送り、それはKellyさんの発想そのものとか思想になり、そうやってKellyさんの認識は拡がっていった…。
だからこそKellyさんは、先生の認識の一番の理解者でもある。 
 …そうか…先生は私にそれを望んでいるのかもしれない」
Kelly 会話中「そうかもしれませんでっせ。 そんなふうには思わへんかったんでっか」
Nominyan 会話中「そうですね…先生とその話、“霊的成長度の違いにおける先祖供養”の話をしようとしたときには分からなかったけど、今Kellyさんにそう言われて気がつきました。
 …そういえば、先生と出会った頃のメールのやり取りで、私は先生に以下のようなメールを送ったことがありました。

私は先生の本によって気付き(認識の変容とまではいきませんが…。先生にもチクリと「気付いたんじゃなく読んだだけだ」とも言われましたしね)今までよりも、もう一歩踏み込んで深く考えるきっかけを与えられた事に感謝しています

 先生は私にたくさんのことを考えて欲しい…それはこのメールを先生に送ったときに私自身が気がついたことでした。 
先生は私の成長を望んでいる…私はこのことを少し忘れていたのかもしれない…。
…先生は私に会い、二人きりになると、すぐ私を“ツンツン”したり、エロい話をするので、できるだけ難しい話を避けてエロい雰囲気を楽しみたいのではないのかって思ってました。 
キャ!!」 Nominyan 会話中 アセアセ

Kelly 会話中「…そうでっか…先生のエロジジイぶりは具体的にKellyさんは知る由もないし、それはNominyanはんしか分からへんことなんやろけど、Kellyさん的にはなんとなくうなずける話でんな。
(…先生とNominyanはんは、なかなかのエロエロカップルでんな)
 そやから話を戻し、今回NominyanはんがKellyさんと話題にしたがっている“霊的成長度の違いにおける先祖供養”、このことを分析していったなら、先生がNominyanはんに何を考えて欲しいのか、何に気がついて欲しいのか、それを知ることができるんやないやろか」
Nominyan 会話中「そうですね…そうかもしれませんし、先生の意図はそこにあるのかもしれませんね」
Kelly 会話中「そやからまず、Nominyanはんが“霊的成長度の違いにおける先祖供養”について、先生にどんな事を話題にしたかったのか、それを教えてもろてエエやろか」
Nominyan 会話中「わかりました。 私が先生に話をしてたずねてみたいって思ったことを述べますね。

私が常々思っていること、普通、先祖供養っていうのは、お経をあげたり墓参りに行ったりとかですけど、霊的進化程度の低い人が供養しても、大して供養にならないと思うのですよ。 
それは、霊的成長度の低い人が行う供養は、やはり息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)であるから、オーラの発振、発信であり、その発振、発信の影響を受けるのが先祖の霊でもあるって思うからです。 
それと例えば、お供え物をしたりすることが供養だと思われていたりすること、このことも大事だとは思いますが、無くなった人が食事制限をしなければならない病気で無くなった場合、食べる事に執着している浮遊霊になっているケースもありますよね。 
だからその霊に対しては、その霊=その人が生前好きだったものを供えるのは、ちょっと問題がある。 当然、迷いますよね。 
でも、供養ってことに霊的成長って認識の無い人は、こんな考え方をする事もありますよね。 
それに大体、供養に対して認識の低い人=低い霊的成長度の人の供養の概念は、そんなところですよね。
それはその供養する人も、迷っている霊も、自我の肥大っていう霊的成長度であり、だからその両者は、“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”を持たない。 
だからその供養って行為そのものが低いものになっている。
ですからそれは、自我の肥大、自分たちに都合の良い考え方をするなどの自らの欲望に囚われた心(靈)の人が、先祖を供養しても、その供養する人の心(靈)の息吹=オーラの発振、発信は当然低いから、それは自分の欲望って心(靈)の動きに満ちているから、だからこそ先ほど述べた浮遊霊などに成り下がっている低い霊的存在と感応共振するでしょうし、それは、先祖ってひとことでいっても、二~三世代前の先祖と、何千年も前の先祖とは霊的成長度は違う。 ですから自我の肥大した霊的成長度の低い人の行う先祖供養は、まだ彷徨っている(さまよっている)先祖とか、それは浮遊霊に近いし、そして自我の肥大している人は生きている間が三毒、貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の心(靈)に囚われていたりするから、その心(靈)の動きを持った低い先祖…因縁霊とかですよね…そういう存在と感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)する。 
これはただ、先祖供養っていうことに対して認識が低いってことでしかない。

それとたとえば、供養と称してお経を唱えたりするのはたいして“行”やってないお坊さんが中心じゃないですか。 
それに、先祖供養にもけっこう商売が入り込んでもいますよね。 そしてその商売は、日月神示で“役員づら”と表現されてるような人が、先祖供養の知識も意味も、またその意義も知らない理解していない人に、知識を吹聴して、あるいは恫喝に近いことを言ったりして、何かを強要したり、何かを売りつけている商売もある。 例えば遺骨ペンダントとか、これはその遺骨を子孫が持っている間はその霊は迷う…いつもこちらに引き戻されているみたいなものですね。 それではその霊は、こちらの世界で迷い、彷徨うだけになってしまう。
それと、いくらか金銭を払うと永代供養ができるとか、これはある意味、先祖の霊をないがしろにしているみたいな事でもある。 お金さえ払っておけば、供養できているって思わせて錯覚させるようなものですよね。

それと、浄霊ってことを謳っている人や本もありますが、その効用や効果が怪しいと思わせられるものも多いですよね。 大体、浄霊って概念もおかしいって思いますし…。 何か甘いことしか考えてない人の求めること、それがこの言葉だと思いますよね。 
ですからそれは、浄霊って言葉にも表れているように、心は霊的成長しかないってことを考えれば、それは、浄化ってことでは無く、ただただ認識(悟り、幸取=さとり)の変容と心(靈)の動きが“上”になることが霊的成長であり、それが霊的進化(霊的成長、神格化に向かうこと)であり、それは、先生が定義付けた心(靈)の動きの、本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動の“下”から“上”がだんだん発現していくものだし、そうなれば自らの考え、思想、ものの見方=事象の“観察と認識”が変容してくるものでもある。 そして霊的成長度の低い心(靈)は、“下”の心(靈)しか発現していない。
だからこそ、“下”の心(靈)、本能、情動、功名心、自我までくらいの心(靈)が本能化した霊的存在=悪の存在、悪霊は、地獄を体験しなければならない。 そして閻魔の庁の浄玻璃の鏡(えんまのちょうのじょうはりのかがみ)で、自分が生きている間やってきた事を見せられて自省(胸の磁性“十”)して認識を改める。 それが結果として“慈悲”と“慈愛”と、“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”が芽生え、それはアミの本を引用すれば、愛の度数って言い方もできる。 心(靈)はこんなふうに変わっていかねば進化(霊的成長、神格化に向かうこと)ではないし、その変容の過程、そこには大変な苦痛や苦悩が満ちているけど、浄化や浄霊って言葉自体に、そのニュアンスがあまり感じられないですね。 何か簡単に浄化できますみたいな、効果や効用を強調しているインチキ通販番組のコマーシャルみたいなことを思わせる感がありますよね。

また、低い霊的成長度と、低い先祖の霊、浮遊霊とか因縁霊に成り下がっている悪霊の進化過程は、三毒、貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の“下”の心(靈)の動きが中心だから、自分の欲望って心(靈)の動きを自分で分かり、それを制御するとか、自制するとかの心(靈)の動きが芽生えなければならない。 そしてそれは、ある意味、“日月神示”の“身魂掃除”“身魂洗濯”“改心”に近い概念ですよね。 
これらのことが、肉体を持っていようがいまいが=死んでいようが生きていようが、霊的成長の道程であり、だからこそ悪霊の進化過程も必須であり、そして今の地球のように恨みの連鎖の霊的干渉に満ちている場(フィールド)に、私たちの心(靈)が位置している事も、霊的に低い私たちが学習をする過程…そこで何を観て何を学び、教訓を得た心(靈)は今と違う世界を創造する。 
それがアセンション後の世界…私たちが感じ(感じる磁性)取る、観察して認識しうる、事象(現津(あきつ))ですよね。

…少し話がそれていますが、これらのことを含めて霊的進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の順序であることは、私なりに理解しているつもりですし…。

 それと先生は、霊眼(れいがん、憑き物の視覚を共有し、人の目の機能が感じ(感じる磁性)る可視光線以外の電磁波を感じ(感じる磁性)こと)が活発な時期、“上”に先祖供養の効果を訊ね、子孫や血筋の人がお経なり祝詞なり真言なりを唱えれば供養の効果は20倍違うのを先生自身が知った……先生の本に書いてありましたよね。 

それと、さっき言った事と重複する意味で、いくら子孫であっても、“行”やってない低い人が供養と称して何かをしても、低い人に感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)する存在は低いですよね。 ですからそれは、実際のところ、供養になっているのか疑問ですよね。
ですけど、“一”=智性=1番目のオーラを大きくするための“行”やっている霊的に高い人が何かをする、例えば、お経や祝詞、真言をあげること、それは違うと思うんですよね。
それは“一”=智性=1番目のオーラが小さい人が本当に力のあると思われるお経や祝詞、真言をあげても、それらを奏上している人の霊的成長度が低かったなら、結果として低い霊的干渉しかないと思うのですよ。

…私としてはこんなことを考えていたのですが、これらのことを先生と話題にしたかったし、その話をすれば、私が思う先祖供養に対する認識がしっかりして、いろいろ納得できるかもしれないって思ったのです」

Kelly 会話中「そうでっか。
今のNominyanはんの話を聞いてKellyさん的に思うのは、さすが先生の影響を直接受けてはるNominyanはんの考えてはることは、一味違う感じでんな。

ほんでから今Nominyanはんが言うたことに、Kellyさんが感想を述べるならば、Nominyanは、霊的成長、心(靈)の神格化ってことに対し、しっかりとした認識を持ってはる。 

そやけどそれは、すべての事象に当てはまるってことを、ちょっとだけ忘れてるように思えるやん。 

そやからそれは、今のNominyanはんの話、先生に“霊的成長度の違いにおける先祖供養”のことを訊ねようとした、話題にしようとした。
ほんでから今のNominyanはんの話の中にあったように、低い霊的成長度の人が、供養のため、お経を読んだりしても低い存在としか感応共振しない。 
だからそれは、低い人の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)は低い。 
また低い人の“上”はほんの少し“上”でしかない。 
ほんでから“下”(低い心(靈))の心(靈)を持った人が供養したなら“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)としか感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)しない。
このことはNominyanはんが良く理解している事やって思いまんがな。

そやからそれは、Nominyanはんがいろんなものを観て、何を感じ(感じる磁性)、何を思ったか、そしてNominyanはんは何を求めようとしてはるのか、そこまでのことを感じるんやけど、Nominyanはんが今の話で問題にした“霊的進化程度の低い人が供養しても、大して供養にならない”っていうのんは、“変圧”(アミの本で使われた概念。高い振動の霊的存在はいきなり低い心(靈)とは、感応共振しない)の概念をよくNominyanはんが分かってはる。 
そやからNominyanはんが今言うたこと、これは当然の事やし、Nominyanはんが問題にしている事、低い心(靈)の人が求める何かは低いってことを感じさせまんな。 
またそこには、甘い(亜、魔、出ずる、泉)夢を求めたりの浄霊とか浄化とかの考えを持ちだそうとするけど、それは清浄とかって概念を当てはめる事自体が不適切やな。
そやからこそNominyanはんが指摘した
認識(悟り、幸取=さとり)の変容と心(靈)の動きが“上”になることが霊的成長であり、それが霊的進化(霊的成長、神格化に向かうこと)であり、それは、本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動って先生が定義付けた心(靈)の動きの“下”から“上”がだんだん発現していくものだし、そうなれば自らの考え、思想、ものの見方=事象の“観察と認識”が変容してくるものでもある。
そして霊的成長度の低い心(靈)は、“下”の心(靈)しか発現していない。
だからこそ、“下”の心(靈)、本能、情動、功名心、自我までくらいの心(靈)が本能化した霊的存在=悪の存在、悪霊は、地獄を体験しなければならない。 そして閻魔の庁の浄玻璃の鏡(えんまのちょうのじょうはりのかがみ)で、自分が生きている間やってきた事を見せられて自省(胸の磁性“十”)して認識を改める。 それが結果として“慈悲”と“慈愛”と、“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”が芽生え、それはアミの本を引用すれば、愛の度数って言い方もできる。 心(靈)はこんなふうに変わっていかねば進化(霊的成長、神格化に向かうこと)ではないし、その変容の過程、そこには大変な苦痛や苦悩が満ちているけど、浄化や浄霊って言葉自体に、そのニュアンスがあまり感じられないですね

ってことになるやん。 
ほんでからこの過程は、きれいになるとか清められるとか浄化とかの言い回しが相当するものではありまへんな。 
そやからそれは、Nominyanはんが今いうたみたいに“大変な苦痛や苦悩が満ちている”ものでもある。 その過程は醜いし、ひどい目にも遭うし、その苦痛や苦悩があるからこそ自我より“上”の心(靈)が発現するものでもあるし、それは人、あるいは霊的存在が苦しまなければならない根拠、理由でもありまんな。 
またそれが(霊的干渉による)因縁の裏にある事情でもあるやん。 
ほんでから因縁を贖う(あがなう)ことは、因縁を背負わせた霊的存在の自省(胸の磁性“十”)を促すために、子孫が行わなければならない必須のことでもあり、それもまた苦痛と苦悩に満ちているやん。
ほんでからその苦しみは、Nominyanはんが言うたように必須のものでもある。 その苦しみがあるからこそ、“下”の心(靈)、言い換えたなら下三つのチャクラ(荷電粒子の回転を示す)、ムラダーラチャクラ、スワディスターナチャクラ、マニピューラチャクラ、そのチャクラ、その部分での心(靈)の発現は、強化され得るものやし、これも霊的成長の過程の必須のことやし、そやけどその過程の心(靈)の段階では、良いカタチの“創造”をしない…このことまで今、Nominyanはんが言うたことからもうかがい知る事ができるやん。

ほんでから、“行”やって霊的成長した人の心(靈)の動きには、自省(胸の磁性“十”)があり、そして“行”やっている人の因縁霊など、低い先祖は、その自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きの影響を受けるし、当然のことながら低い因縁霊の“上”と、その血筋の先祖の高い存在は、それを見させて因縁霊自身を自省させる。
それが結果として因縁を贖い(あがない)ながら“行”してるっていう先生の人生にも表れてるやん。 
それがほんまの供養=霊的成長=認識の変容っていう意味合いのことでもあるやんか。
ほんでから先生は“行”やってきたし、今も“行”やってるからこそ先生に“上”はかかる(憑依する)。 そやから○○○家の因縁霊は、先生に憑依している“上”の存在の影響も受けるやんか。 ほんま、このことが重要やと思いまんがな。
それはNominyanはんがさっき、

“一”=智性=1番目のオーラを大きくするための“行”やっている霊的に高い人が何かをする、例えば、お経や祝詞、真言をあげること、それは違うと思うんですよね。それは“一”=智性=1番目のオーラが小さい人が本当に力のあると思われるお経や祝詞真言をあげても、それらを奏上している人が霊的成長度が低かったなら、低い霊的干渉しかないと思うのですよ

って話したんやけど、Nominyanはんには、今Kellyさんがいうたことが理解できてるからこそ、こう言うたんやろ。

そやけど、さっきも言うたけど、NominyanはんはNominyanはん自身が持ってる霊的成長や進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の概念を、“霊的成長度の違いにおける先祖供養”って事象に当てはめて考えようとした。 
ほんでからNominyanはんが今言うたことの中には、もう結論もたくさん含まれている。
そやからこそ先生としては、これくらいのことはNominyanはんが自分で考えて欲しいって思うたのかもしれへんし、その程度の事は、今のNominyanはんに充分理解できているって思うたのかもしれへんな。

ほんでからKellyさんが女やから思うんやけど、女っていうのんはやはり目先の事にとらわれ易いっていうのんか、目先の事からいろんなことを考えて自分が得た認識(悟り、幸取=さとり)を当てはめようとする。 
そやからNominyanはんは、“霊的成長度の違いにおける先祖供養”ってことから、自分の認識(悟り、幸取=さとり)を構築しようとしていた。 
 そやけど先生は男やから、もっと違うものの見方をするし、違う考え方をする。 先生はもっと大局的なものの見方をしてるやろ。 そやから先生は、Nominyanはんが話をしようとしたことに対し、あまり話をせんかったのかもしれへん。 
それは、Kellyさんが長い事先生と話して、そしてKellyさん的に思うこと。
それは、すべての事象は霊的成長のためにしか無いやん。 
それが事象の観察の意義ってことでもあるやん。
ほんでから、事象における行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)、そして行動から得られた認識は、すべての霊的存在は観察しているもんや。 だからこそそれは、私たちが生きている、存在していること事態が、すべての霊的存在の成長に結びついている事にもなりうるもんや。 
Kellyさん的に思うんは、人は本来、そういう視点を持つべきで、そやから、先祖供養なんて概念は、今述べた視点からすれば“事象を観察する視野が狭い”ってことになる。
先生は多分、そう思うたんやろな。

ほんでからNominyanはんも指摘したように、この言葉を多用して商売をしている“役員づら”の人間も多いやん」

Nominyan 会話中「まったくそうですね」
Kelly 会話中「そやからそんな低い商売目的の先祖供養の話なんかを、先生は話題にしたくなかったのかもしれん。 それは先生が大嫌いな“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ)の人が行っている事でもあるからやし…。

ほんでからKellyさんが今感じたNominyanはんの認識の高まり、それは先生とNominyanはんは惹かれあってる男女でもあるから、先生の思想や認識を含んでるオーラを、Nominyanはんの心…荷電粒子の集合体としての心(靈)は、先生のオーラの発振、発信=振動、波動、荷電粒子の発振、発信、いろんな言い方ができるけど、Nominyanはんの心(靈)がNominyanはんの肉体を介して、例えば先生のスケベ心由来の行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)の“ツンツン”されながらでも、深い影響を受けていると思えるやん。 
そやからそれは、今Nominyanはんが話の中で問題提起してくれはった事の中に、すでにNominyanはんが気がついたことがたくさん含まれていて、そこにはNominyanはんの認識による見方や意見もあり、さらにそれはNominyanはんが問題提起したことに対する妥当な答えやと思いまんがな」
Nominyan 会話中「…おそれいります」

Kelly 会話中「それともうひとつKellyさん的に思うんは、今の話はとても長い話やし、深い意味合いの事柄を含んでいるやん。 
そやから先生としては、このことをひとつひとつ詳細に話すととても長い時間がかかり、ほんでからもうそれは、Nominyanはんの認識になってると先生が思うたからこそ、Nominyanにたくさん話をしようとせんかったってことまで思わせるやん。
 そやからそれは、さっきNominyanはんが言うたみたいに、Nominyanはんと会っているときの先生は“二人きりになると、すぐ私を“ツンツン”したり、エロい話をするので、できるだけ難しい話を避けてエロい雰囲気を楽しみたい”ってことを主体にしたいんとちゃいまっか。 
ほんでからこのこと事態が、Kellyさんがさっき言うたみたいに、Nominyanはんの心(靈)が先生のオーラの発振、発信を、直接“感受”(心(靈)で感じ取る)することにもなるやんか」
Nominyan 会話中「…そうなのかもしれません。 
でもそれは、私が先生のエロジジイぶりを甘んじて受け入れ、そして先生のウルチョラスケベ心をものすごく寛大に容認しなければならないってことになってしまうじゃ~あ~りませんか」
Kelly 会話中「お嫌いでっか?」 Kelly 会話中 ムププ (ムププ)
Nominyan 会話中「え~!!そんな~! 
チョ~お好きにきまってるじゃあ~りませんか~。 
イヤ~ン、そんな恥ずかしい事聞かないでください。 
Kellyさんのエッチ!!」 Nominyan 会話中 ウィンク

Kelly ニコニコ顔 「それは大変エエこっちゃ。  
 さて、NominyanはんとKellyさんの難しい話は大体終わったようやから…」
Nominyan 会話中「Senyapooを呼びますね。 
 Senyapoo~~Kellyさんとの話は終わったから~こっちへおいで~」
Senyapoo Kellyさんに近づく




Senyapoo 会話中「長い話でSenyapooは退屈だったイモ。 
今度はママとSenyapooとKellyさんと三人で、先生の悪口を言い合うのだイモ。
 Kellyさん、Senyapooとママと先生は、この間の12月末に三人で動物園に行ったでイモ。 そのとき先生は、鳩に説教したのだプ~。 先生はチョ~変人だイモ」
Kelly ビックリギョ~~テン! 「は…は…鳩に説教…なんやねんな…それは…」
Nominyan 会話中「Senyapooの話ではその時の状況がよく把握できないと思いますから、私から説明します。

 Senyapooが今話したとおり、昨年末に私たち三人は動物園に行きました。 そのとき先生は先生手作りジジメシ弁当を用意してくれたのです。
 それで動物をいくつか見た後、おなかが空いた私たちは、ジジメシ弁当を休憩所で広げて食べようとしました。
 その時です。 たくさんの鳩が群がってやってきて、私たち三人の周りを徘徊しました。 これは鳩たちの思惑として、人間の周りを徘徊すれば、餌になるものがもらえるということだと先生は一瞬で理解して…誰でもそう思うでしょうが…そのとき先生は、突然大きな声で鳩たちに説教し始めたのです。 それは以下のような内容でした。

お前たちが人間の周りをぐるぐる回って人間に媚びた振りをして食べ物を貰う事が、お前たちにとっての“正当な報酬”だと思っとるのか!! 
だからお前たちは本来あるべき野生の鳩の姿を見失っているのだ! 恥ずかしいと思え!


って。 

その時の鳩の様子を以下に画像で示します」
○○○大先生の説教を聞き首をかしげる鳩


 Kellyあっちょんぶりけ 文章用 「…たぶんそれは先生の悪ふざけギャグや…そやけど先生のことをよく知ってる人でなければ、いったいこのおっさん何を言うてるんやろかって思いまんな」
Nominyan 会話中「でしょう! でしょう! でしょう! 
いったいどんな人なのかしら…って思いますよね。
今の私なら、先生のこの時の行動が単なるギャグだってすぐ分かるのですが、その時の私は、まだ先生と付き合い始めたばかりで、先生のこともよく分かっていなかったところがあり…かなり戸惑いました。 
そして私は“この人と付き合ってもよかったんだろうか”って思い、とても不安に駆られたりもしました。 
それで、先生が鳩たちに説教をたれているのを見ている私の様子を、以下に画像で示します」
○○○大先生を見て、首をかしげて、不安を感じるNominyan



Kelly ビックリギョ~~テン!「…そうなんでっか。 これはまたKellyさんの知らん先生の一面やな。 
そやけど、先生のギャグもTPOをわきまえて貰わんとNominyanはんとSenyapooはんが恥ずかしい思いをするやん…困ったお人やな」
Senyapoo 会話中「そうなのだイモ。 先生はママとSenyapooが恥ずかしいって感じる事をわざとするところがあるのだイモ。 ときどきすごいおならもするし、困ったジジイだイモ。
 困ったジジイのことは置いといて、Kellyさん、この間のようにSenyapooと一緒に歌を歌って欲しいイモ。 その歌はこんな歌でイモ」
(Senyapoo、Kellyさんにゴニョゴニョゴニョと内緒話をする)

Kelly ニコニコ顔「かわいらしい替え歌でんな」
Nominyan 会話中「Kellyさんには意外に思われるかもしれませんが、これも先生の仕込みなのです。 例によって私も一緒に歌いますね」

Kelly ニコニコ顔 Senyapoo 会話中 笑顔  Nominyan 会話中 ウィンク

   
♪♪♪ イ~モ~娘~ イ~モ~娘~ イ~モ~娘~~ 四年生~ ♪♪♪
 (この歌の元ねた)






Kelly 会話中「…そやけど、さっきの話の鳩に説教する先生、それと今の歌…Kellyさんと先生は長い付き合いやけど、ほんま今日は、Kellyさんが知らん先生っていうのんを思い知らされて、なんやしらんちょっとだけ疲れてしもたやん。 
そやから、そろそろ失礼しようと思ってるけどエエやろか…」
Senyapoo 会話中「帰る前にSenyapooのお願いを聞いて欲しいイモ」
Kelly 会話中「なんでんねん」
Senyapoo 会話中「そこに立っていて欲しいイモ」
Kelly 会話中「??…立ってるだけでよろしいんでっか」
Senyapoo 会話中「動いちゃダメだイモ。 ちょっとじっとしていて欲しいイモ」
Nominyan 会話中「Senyapoo、Kellyさんは先生と違うからお手柔らかにね」

Senyapoo Kellyさんにこ○まのボールをぶつける



Kelly ドン引き中 「なっなっなにすんねん…Senyapooはんはいつも先生を的(まと)にして、こんなふうに遊んでるんでっか」
Nominyan 会話中「そうなんですよ」  Senyapoo 会話中「そうなんだプ~。 先生はでっかい的だプ~」
Kelly ドン引き中「アカン、Kellyさんとウルチョラ丈夫な先生を一緒にしてもろたら困りまんがな。
今のでドドドド~~~ンっと疲れてしもたから、Kellyさんはもう帰らせてもらいまっせ」
Nominyan 会話中「今日はありがとうございました。 またお話しましょうね」
Senyapoo 会話中 笑顔「Kellyさん、また的になってね」
Kelly 仰天中「…Senyapooはん、今度はもっと女の子らしい遊びをしましょうでんねん。
ほな、さいならでんねん」

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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
FC2ブログへようこそ!


Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
(クリックで拡大)

2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
(クリックで拡大) 

お近くの書店にない場合は
たま出版のサイトでお買い求めください。

発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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お近くの書店に無いときは
たま出版のサイトでお買い求めください。

この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




初めての方は、
・・・その後の事と・・・これからの事。
からお読みください。

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☆ Kellyさん的事象の観察と認識 (104)
Kellyさんがこのブログに霊縁あった人(日止、霊止)に伝えたい事 (22)
Kellyさんと○○○大先生との会話 (7)
Kellyさんとチョ~極上ラブラブ中高年夫婦はんとの会話 (6)
Kellyさんとチョ~ベッピンはんのA野はんとの会話 (7)
Kellyさんと∪・ω・∪ ▼・。・▼ ▼・。・▽ U・。・U U。・ェ・。U たちとの会話 (33)
Kellyさんとメタボ研修医のYっちゃん先生との会話 (2)
Kellyさんとややメタボ内科医のYっちゃん先生との会話 (7)
Kellyさんと和風のベッピンはんのSはんとの会話 (2)
Kellyさんと農業好きの社長婦人K地M美はんとの会話 (12)
KellyさんとNominyan ∥*σ_σ*∥&Senyapoo λ*゜ο゜*λ との会話 (6)
☆ Kellyさん的“日月神示”解釈 (480)
Kellyさんが、“日月神示”の解釈をして行くに当たって・・・考えた事。 (16)
“日月神示” 上つ巻 (42)
“日月神示” 下つ巻 (38)
“日月神示” 富士の巻 (26)
“日月神示” 天つ巻 (30)
“日月神示” 地つ巻 (36)
“日月神示” 日月の巻 (68)
“日月神示” 日の出の巻 (23)
“日月神示” 磐戸の巻 (21)
“日月神示” キの巻 (17)
“日月神示” 水の巻 (36)
“日月神示” 松の巻 (30)
“日月神示” 夜明けの巻 (26)
“日月神示” 雨の巻 (18)
“日月神示” 風の巻 (15)
“日月神示” 岩の巻 (11)
“日月神示” 荒の巻 (27)
☆ Kellyさん的“ローム太霊講話集”解釈 (108)
☆ 紫光会経文の文言 Kellyさん的解釈 (18)
☆ ○○○大先生的バシャールの文言解釈 (9)
☆ 先生が撮るけったいな花の写真 (22)
☆ 先生が撮る比較的まともな写真 (32)
☆先生が室内で写真を撮るときのセッティング (6)
その他 お知らせ (3)



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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
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○○○大先生の水草水槽記録
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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