“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”日月の巻 第三十帖 Kellyさん的解釈 “山野(やまぬ)に依りもちわけて、ことあげて生みませる神、”の意義


 今回も、前回からの続きの表記の以下の文を解釈しまんねん。

次に、大山津見神(おほやまつみのかみ)、野椎神(ぬつちのかみ)の二柱神、山野(やまぬ)に依りもちわけて、ことあげて生みませる神、
天之狭土神(あめのさつちのかみ)、
国之狭土神(くにのさつちのかみ)、
天之狭霧神(あめのさぎりのかみ)、
国之狭霧神(くにのさぎりのかみ)、
天之闇戸神(あめのくらとのかみ)、
国之闇戸神(くにのくらとのかみ)、
大戸惑子神(おほとまどひこのかみ)、
大戸惑女神(おほとまどひめのかみ)、
大戸惑子神(オホトマドヒコノカミ)、
大戸惑女神(オホトマドヒメノカミ)
生みましき、

 この文章は、前回取り上げた文章に、体が似ていることに着目しなければならないと思う。 
それは前回の、“川海(かわうみ)に因(よ)りもちわけ、ことわけて、生ませる神”そして今回の“山野(やまぬ)に依りもちわけて、ことあげて生みませる神”の、“生みませる”=これが理由で発生した神、荷電粒子の回転という意味で、前回の“川海(かわうみ)に因(よ)り”は、腹の段階の心(靈)の発現と“腑”の電磁誘導であることを指摘したが、今回は“山野(やまぬ)に依りもちわけて、ことあげて”と書かれている。
それで、これまでも高い心霊が使う表現としての山=脳、そして“日月神示”での表記の“野”、これについては何回も示した画像で説明する。

野の解字 (富士の巻 十七帖)

 よって今回取り上げている分の表記の“山野(やまぬ)”は、脳の進化、目下(めした)の脳から目上(めうえ)の脳の発達=大脳古皮質、旧皮質から、大脳新皮質への進化のことであり、そして以前解釈した“大山津見神(おほやまつみのかみ)、野椎神(ぬつちのかみ)”も、(ことに人の完成を意味した“大”の表記のある“大山津見神(おほやまつみのかみ)”)脳と脊椎のことである。 
 それで、以前解釈した、“大山津見神(おほやまつみのかみ)”については、以下にコピペしておきまんねん。
 

“山神(やまのかみ)、山神(ヤマノカミ)、大山津見神(おほやまつみのかみ)”の、(高い心霊が使う言い回しの)山=脳という表記が示している(それに続く神は、いうまでも無く肉体(月(ツキ))の電気特性による荷電粒子の回転の意)。
そして“大山津見神(おほやまつみのかみ)”は、大は脊椎動物の究極の進化の姿、人(日止、霊止)が手足を広げた様を表し、山は目上(めうえ)の脳であり、 津は中心の意味、そして、この場合の見るという字は、目と、時間の進行を示す儿部(じんぶ、にんにょう)。それは、儿部(じんぶ、にんにょう)は、丿部 (へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)で構成されている。 要は、個々の心(靈)が“観察と認識”を行っているという意味合いの事。 
そしてその認識(悟り、幸取=さとり)は、“うれしうれし”“大歓喜”の事象を“創造”するための基準=“能”、それはまた、自らの在り 方の指針となりうる天の御目(あめのおめ)の獲得であり、さらに、目上(めうえ)の脳の荷電粒子の回転=神(“一”=智性=1番目のオーラ)は、これまで も述べたとおり“上”との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)で、それが人から“日止、霊止”っていう表記になっていく事でもある。

引用終わり。

 よって、今取り上げている文の全体をみると“大山津見神(おほやまつみのかみ)、野椎神(ぬつちのかみ)”=脳と脊椎による荷電粒子の回転=神が、“山野(やまぬ)”=人の脳の進化である大脳新皮質の発達になっていることを示唆した表記であると思う。

 さらに、前回の文と今回の文を比較すれば、前回は、“川海(かわうみ)に因(よ)りもちわけ、ことわけて、生ませる神”の“因(よ)りもちわけ、ことわけて、”であったが、今回は“山野(やまぬ)に依りもちわけて、ことあげて生みませる神”の、“因(よ)りもちわけ、ことわけて”と“生ませる神”であり、それは、前回の文の、それが根拠と理由で=“因(よ)り”であるが、今回の文は、“依りもちわけて、ことあげて”と書かれており、それは、“山野(やまぬ)に”と“依り”、これは依頼とか依存とかのニュアンスがあり、これに依ること、例文をあげれば、時と場合に依るとか、法に依り裁くとか…であるから、前回の文の“因(よ)り”とは、意味合いが違うし、それは、前回の文の“生ませる神”と、今回の文の“生みませる神”の、“生ませる”と、“生みませる”との表記の違いでもあり、この二つの表記の違いが“因(よ)り”と“依り”の違いでもあると思う。

 それと、今回の“もちわけて、ことあげて生みませる神”の“ことあげて”の“こと”意味は、前回の“言”(事象に顕現され、(自己と他者に)観察された心(靈)の動き)(発振、発信)で、それが“あげて”と書かれているので、前回で説明した自我の心(靈)のこととは違い、自我から“上”に心(靈)が移行するとか、自我より“上”の心(靈)の発現を示していると解釈する。

 それでここまで述べたことを踏まえて“天之狭土神(あめのさつちのかみ)、国之狭土神(くにのさつちのかみ)、天之狭霧神(あめのさぎりのかみ)、国之狭霧神(くにのさぎりのかみ)、天之闇戸神(あめのくらとのかみ)、国之闇戸神(くにのくらとのかみ)、”を見れば、“天之(あめの)”と“国之(くにの)”の表記があり、これはやはり前回と同様の意味の天=“一”=智性=1番目のオーラ+自省(胸の磁性“十”)+人(日止、霊止)、あるいは天意=“上”からの荷電粒子の振動と、“国”(囗)くにがまえ)と“玉(ぎょく)”…“玉(ぎょく)”は自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きを示すことで、これも脊椎動物の究極の進化が通り越さねばならない心(靈)の発現と進化(霊的成長、神格化に向かうこと)であるから、その意味のことだろう。
 そして“天之狭土神(あめのさつちのかみ)、国之狭土神(くにのさつちのかみ)、”の“狭土(さつち)”は、土=肉体(月(ツキ))の意味だろうし、狭いは、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、その振動、それと自らの思惑と行動で事象を“創造”しているのが人だが、その現津(あきつ)、観察され得る事象を、自らの心(靈)の入れ物である肉体(月(ツキ))が持つ、感覚器官(五感)や、心(靈)が直接感じ(感じる磁性)る感覚器官以外の感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)で、心(靈)の高い振動の部分、それは、本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動としての入れ物である目下(めした)と目上(めうえ)の脳が“観察と認識”をして、ことにその高い振動の部分、智性(神性)、智慧(日を知る事=智性の恵み=慧)、“創造”、ほんでから“慈悲”と“慈愛”ゆえの自分に対する“厳しさ”をつかさどる部分である目上(めうえ)の脳が、事象の観察と自分の心(靈)の動きの観察をして、認識して霊的成長する(大山津見神(おほやまつみのかみ)”)。 
要は、肉体(月(ツキ))を介して受ける振動や心(靈)が感じる振動、その振動の細分化を指した表記であると思う。 
その意味で、この表記に続く“天之狭霧神(あめのさぎりのかみ)、国之狭霧神(くにのさぎりのかみ)、”の“霧”の表記に着目し、説明するまでもないが霧は水が水蒸気になったり、液化したものが気体になることを指すものであり、それは肉体(月(ツキ))の臓器における腹(水)から胸、ことに空気の呼吸(2番目のオーラを構成するコンデンサーの構造)に関する器官を指すのだと思うし、それは肉体(月(ツキ))のエネルギーの高振動化でもあるし、ムラダーラチャクラ、スワディスターナチャクラ、マニピューラチャクラ、から、アナハタチャクラの覚醒を示唆し、ヨガでいうところのオージャスも下から上へのエネルギーの昇華、それを示しているし、また、前のブログで述べたこと、このブログでも幾度も述べたが、大日如来の条帛(じょうはく)は、腹から胸へのエネルギーの昇華の方向や仕組みまで示しているものである。
そして“狭霧(さぎり)”の後に続く“天之闇戸神(あめのくらとのかみ)、国之闇戸神(くにのくらとのかみ)、”の“闇戸(くらと)”の闇は、低い振動であり、それは人間とサル、一部の鳥くらいしか、可視光線の赤 橙 黄 緑 青 藍 紫を認識できない。 要は脳の進化の段階で可視光線を七色に分けて認識できないってことであるが、その視覚の発達の弱い進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)の生物は、聴覚が発達している。 それはまだまだ腹の心(靈)の発現とその(自我の)強化であるから、腹の水=“日月神示”表記の“江戸と尾張”の“江”…自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロンの進化の心(靈)だからこそ“戸”、マニピューラチャクラからアナハタチャクラへの関門、と、(可視光線としての)光以下の“闇”が書かれていると思うし、それは、“闇戸(くらと)”は“狭霧(さぎり)”より低い進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の段階を示唆している。
だが(脊椎動物の究極の進化、○ 九 十の“九”、その段階の)人においては、その“狭霧(さぎり)”と“闇戸(くらと)”の心(靈)の発現と動きは、同時に起きたりもするし、その自らの心(靈)の発現と動きとしての上と下の、その心(靈)の動きに迷う段階の“創造”は、右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をするでもあるからこそ、次の表記の“大戸惑子神(おほとまどひこのかみ)、大戸惑女神(おほとまどひめのかみ)、大戸惑子神(オホトマドヒコノカミ)、大戸惑女神(オホトマドヒメノカミ)”に続いており、“日月神示”表記の“戸”、マニピューラチャクラからアナハタチャクラへの関門に、心(靈)が至る進化=“狭霧(さぎり)”になるには、自我が迷うから戸と惑(戸惑う)、そしてそれは日足(ひたり)=思惑、砌(みぎり)=顕現があるからこそ、“戸惑子神、戸惑女神”と書かれ、だがその日足(ひたり)の極性はまだ戸惑うの段階では低いからこそ、“惑子(とまどひこ)”と示され、要はまだ未熟な段階だから、比古(ひこ)とは書かれていないと推測した。
そして人(日止、霊止)の霊的成長に必須な右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をする、それによって戸惑う、戸惑わせるのが“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の思惑であるからこそ、それが神の意図だからこそ、ここでカタカナ表記の読みが重複して書かれているのだと思う。

今回はこれくらいにしときまんねん。

“日月神示”日月の巻 第三十帖 Kellyさん的解釈 “川海(かわうみ)に因(よ)りもちわけ、ことわけて、生ませる神”の意義

今回も、前回解釈した“火之夜芸速男神(ひのやきはやをのかみ)、火之比古神(ひのかがひこのかみ)生みましき。”に続く、以下の文について解釈しまんねん。

速秋津日子(はやあきつひこ)、速秋津比売(はやあきつひめ)、二柱の神 川海(かわうみ)に因(よ)りもちわけ、ことわけて、生ませる神、
沫那芸神(あわなぎのかみ)、
沫那美神(あわなみのかみ)、
頬那芸神(つらなぎのかみ)、
頬那美神(つらなみのかみ)、
天之水分神(あめのみくまりのかみ)、
国之水分神(くにのみくまりのかみ)、
天之久比奢母智神(あめのくひさもちのかみ)、
国之久比奢母智神(くにのくひさもちのかみ)、


 この文の冒頭の“速秋津日子(はやあきつひこ)、速秋津比売(はやあきつひめ)、二柱の神”の“速秋津(はやあきつ)”は、自省(胸の磁性“十”)の意味を示唆している“日月神示”表記の“秋立つ”のことであり、それは平均的地球人が通り越さねばならない進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)の、腹から胸、マニピューラチャクラからアナハタチャクラ、自我の確立=固定化から“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の動きの発現、そして“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”から(アセンション後に位置して行く心(靈)、今より霊的進化を果たした心(靈)(ヒ))奉仕者、そういう心の動きになっていくこと。
また、この表記が示唆する進化(霊的成長、神格化に向かうこと)過程は、様々な宇宙的存在がアセンションに向けて情報を知らせてくれていること、それはユニオン(宇宙連合)に参加できうる資格=霊的成長度でもあるが、それを速く成すことが、“上”の思惑であり、何度も述べたが、このこと自体が進化の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)である。
 さらに“速秋津日子(はやあきつひこ)、速秋津比売(はやあきつひめ)”の“日子(ひこ)”と“比売(ひめ)”は、日足(ひたり)の極性と砌(みぎり)の極性を表す表記であり、それはまた日月の巻の、日=心(靈)、精神性、月=肉体と同義でもある。 
そして、すべての事象に共通する日足と砌(ひたりとみぎり)、それは(自我が発現して、自分が一個体であることを認識した=独り神(ひとりがみ、日取り神)になるための進化の必須である)個々の心(靈)が、ある程度、(集合意識から)進化したからこそ、自分が自分であることを認識し、また、自我があってこそ、低い価値観から高い価値観を持ったり、“善悪”(神格化と、動物化=心の本能化)の概念を持ったり、さらに自我を持った自分自身は幸福を求め、その幸福感の高低もあるが、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)は低い心(靈)の発現から始まるし、その心の動きによる行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)が、“上”に認められるか認められないか、人世において失敗をしたりもして、だからこそ、そこに“創造”の“主(ヌシ)”の“創造”の法則性を見出しうることでもある。
 そしてこの文に書かれている“川海(かわうみ)に因(よ)り”は、川、海、江、など、“日月神示”の中に書かれている水を指した表記は、肉体(月(ツキ))が持つ体液、血液やリンパなどは錯体であるし、ことに心(靈)の動きを示唆している腹の水(“江戸と尾張”)、そしてそれは自我までの心(靈)の発現、現地球人の平均的霊的成長度のことであり、それはムラダーラチャクラ、スワディスターナチャクラ、マニピューラチャクラによる心(靈)の発現と動きである。
 そして先に述べた進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の段階、このことも、これまで幾度と無く述べてきたことではあるが、進化は神格化であり、現地球人の進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)は、自我の確立=固定化の段階から“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の発現に至ろうとしており、それがアセンション後の事象に移行する最低の必須条件でもあり、だからこそ“日月神示”では“われよし”を問題にし、霊的に高い宇宙的存在は、愛(炁)の度数を指摘し、低い霊的成長度の心(靈)のことを、自己奉仕者と述べたりもしている。
 それで今述べた、心(靈)の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)のことを踏まえ、“速秋津日子(はやあきつひこ)、速秋津比売(はやあきつひめ)、二柱の神 川海(かわうみ)に因(よ)りもちわけ、ことわけて、生ませる神、”を解釈すれば、肉体(月(ツキ))を持った心(靈)(ヒ)、は、(“創造”の“主(ヌシ)”の思惑で)速く、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)に向かわなければならない=“津”(中心の意味)、そしてそれは自我の確立=固定化から、“慈悲”と“慈愛”、“秋立つ”の、荷電粒子の回転=示す偏(へん)と呂(神)とならなければならない。
 それで現地球人は、自我の確立=固定化の進化過程、だからこそ、(錯体であり、“上”からの荷電粒子の情報を含む)血液やリンパは、山(脳)から流れる川、それは上流から、腹の水=海に注ぎ込まれる。 
そしてまた“川”は、腹に水とともに注ぎ込まれる食物=“腑”の電磁誘導の意味もあるだろうし、それは“大宜都比売神(おほけつひめのかみ)、大宜都比売神(オホケツヒメノカミ)”の表記が示すことでもあるし、それが“川海(かわうみ)に因(よ)りもちわけ、ことわけて”の意味で、これは自我の心(靈)の動きを指しているのだと思うし、ことにここに書かれている“ことわけて”は、“日月神示”表記の“コト”“言”(事象に顕現され、(自己と他者に)観察された心(靈)の動き)でもあると思える。

それで少し重複することを述べるが、進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)において、本能、情動、功名心、自我までの心(靈)の発現と動きがなければ、自己と他者の区別を“観察と認識”できない、自分より“上”=神の認識(悟り、幸取=さとり)も持つことができない。
だからこそ心(靈)が神格化していくためには、自我の確立=固定化は、必須でもある。 そしてアセンション後に位置していく心(靈)は、自分の自我の肥大を、“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”で諌めることができなければならない。 

それで“川海(かわうみ)に因(よ)りもちわけ、ことわけて、生ませる神、”に続く“沫那芸神(あわなぎのかみ)、沫那美神(あわなみのかみ)、頬那芸神(つらなぎのかみ)、頬那美神(つらなみのかみ)、”の“沫(あわ)”と“頬(つら)”は、泡沫のそれと、“頬(つら)”は、水面の面(つら)だと思うし、古事記や日本書紀の解説にも水面のことだと書かれている。 
 それで“川海(かわうみ)に因(よ)りもちわけ、ことわけて、生ませる神、”は、腹の水においての“沫(あわ)”と“頬(つら)”であり、そしてそれは、なぎ=凪と、なみ=波、であり、波が立つときは、肝=“いきり立つ心(奴と心)”であり、それを諌める心(靈)の動きは、脾=“思う、憂う”であり、これは腹における砌(みぎり)=肝と、日足(ひたり)=脾、でもあるし、その脾=“思う、憂う”があるからこそ、肝=“いきり立つ心(奴と心)”を諌め、その諌めた苦痛や苦悩が、“慈悲(いつくしむ、かなしむ、心(靈)が(非)いたむ)”“慈愛(いつくしみ、いつくしむ)”の心(靈)の発現とその心の動きの強化になっていくものであるし、だからこそローム太霊は、最後の霊訓講話で、右往左往と左往右往のことを述べた。
(だが、ほとんどのS会=紫光会の会員はこのことを読み解いていない)
 
そして今述べた“なぎ=凪と、なみ=波”自我を諌める心(靈)、それは次の表記の“天之水分神(あめのみくまりのかみ)、国之水分神(くにのみくまりのかみ)、”に続き、“天之水分神(あめのみくまりのかみ)”の意味は、天=“一”=智性=1番目のオーラ+自省(胸の磁性“十”)+人(日止、霊止)であり、そしてこれ=之、そう書かれており、それは水を分ける神(荷電粒子の回転)と示されており、その次の“国之水分神(くにのみくまりのかみ)”も、“国”の意味は囗(くにがまえ)と“玉(ぎょく)”であるし、“玉(ぎょく)”は自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きを示すものであるし、結晶化したもの、価値のあるものを示唆していることは前のブログで述べたとおりである。 それがまた、“日月神示”表記の“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化の意味でもあるし、自我の肥大、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”“役員づら”の心(靈)を諌めることが、“日月神示”表記の“身魂掃除”“身魂洗濯”“改心”が示すことでもある。
 ちなみに“国”の旧字である“國”、これは、囗(かこい、場(フィールド))、或(ワク)、(或は、弋(くい)と、囗(かこい、場(フィールド)と横棒―(水平磁場、日足と砌(ひたりとみぎり))で領域を区切ることを意味する。域の原字であるので、このことは以前にも述べたが(日月の巻 第十七帖 Kellyさん的解釈)、同様の意味を持つものであるし、その自省(胸の磁性“十”)の心(靈)は天意と自らの自我より“上”(智性(神性)、智慧(日を知る事=智性の恵み=慧)、“創造”、ほんでから“慈悲”と“慈愛”ゆえの自分に対する“厳しさ”)により、“水(腹)分ける、神(荷電粒子の回転)”という意味合いのことであると思うし、その心の動き、その分けることがなければ、次の表記の“天之久比奢母智神(あめのくひさもちのかみ)、国之久比奢母智神(くにのくひさもちのかみ)、”が示す意味のこと、それは“天之”“国之”の意味は今述べたとおりであるが、これに続く“久比奢母智神”は、久しい、此の、奢(おごる、おごりたかぶる)、母(生み出すもの、母体、砌(みぎり)の極性(事象への顕現))、智(日を知る、“上”からの荷電粒子を感じ取る、“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行うことの意味をも持つし、それが“日止、霊止”の表記の意味でもある)であるから、要はこの表記の最後の“智”と“神”(荷電粒子の回転)は、“一”=智性=1番目のオーラを示すものであると思うし、これが大きいことが天意の受信になり、それは“上”との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)でもあるし、それがまた“日月神示”表記の“天詞様”でもあるし、その意味で自らがそうなるには=その母体は、奢り高ぶる砌(みぎり)の心(靈)、肝=“いきり立つ心(奴と心)”を、“天之”“国之”で諌めなければならないという意味の表記であると思うし、それは進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)において、低い心(靈)の発現である自我の肥大は、他者から見てだんだん消失するものであるし、それがまた(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者でもあるし、それに対して“智”と“神”=“一”=智性=1番目のオーラは、肉体(月(ツキ))が無くなっても永遠不滅であるからこそ“久”この表記が当てられていると思う。

 今回はこれくらいにしときまんねん。

一本目のブログ 「太陽凝視を行っている鍼灸師の話」の、削除のお知らせ


 先生が、一本目のブログ、「太陽凝視を行っている鍼灸師の話 Kellyさんとの会話」を、削除したので、お知らせしまんねん。
 その理由は一本目のブログの最後に記した以下の文面を読むと、分かりまんねん。

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 2005年10月から始まり、2008年1月に完結したこのブログ、“Kellyさんとの会話”ですが、この文章の大半はすでに出版されており、その部分は削除もさせてもらいました。

それで、「太陽凝視を行っている鍼灸師の話」は、LOVELOGで公開しておりましたが、このブログはプロバイダー依存のブログです。 
私事ですが、近々プロバイダーを変更するので、このブログは下記の理由で、すべて削除させてもらうこととさせてもらいます。

なお、出版されていない文章、それは<6><7>になる予定なのですが、(出版にかかわる)様々な大人の事情があり、出版を見合わせております。

そしてもうひとつの理由としては……。
アタシ自身の30年以上の“行”としての太陽凝視、電気行、そして人生における因縁を贖って(あがなって)きた事などによる認識(悟り、幸取=さとり)を述べてきたこの文章の役割は、<1>~<5>までの出版で、大体、終えたと思います。
それは、今の地球人の認識の低さを指摘し、さらに、“創造”の“主(ヌシ)”の計画である、今後=アセンション後に自分たちが移行するには、自分の“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)、自分の思想、それは認識(悟り、幸取=さとり)、価値観、幸福感、これらを自分自身がどう扱うのか…これらのことをも含めて作った文章です。 
そして今、“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ)の人たちを信じる人、その人たちが行っている“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)からの情報を引用して吹聴したり、ただ甘い(亜、魔、出ずる、泉)夢を見させて商売をしている人間の言うことを、なんとなくそんなものなんだと思っている人が多すぎる。
これは、悪魔のささやきは甘いものだということすら分かっていない人が多いことを示しており、さらに“日月神示”春の巻 第二帖には以下のように述べられているので引用させてもらいます。

“特別神かかりは神の御力を強く深く集める行がいるのぢゃ。九分通りしくじるのぢゃ。
太陽の光集めること知っているであらうが。
神の理(ミチ)をよりよく、より高く集める理(ミチ)がマコトの信仰であるぞ。理(ミチ)であるぞ。
世、迫って、霊かかりがウヨウヨ出ると申してある時来ているのぢゃ。悪かみかかりに迷ふでないぞ。
サニワせよ。外はウソが多いぞ。内の声ウソないぞ。”

この文の後半の“世、迫って、霊かかりがウヨウヨ出ると申してある時来ているのぢゃ。悪かみかかりに迷ふでないぞ。サニワせよ。”で、示されているとおり、これからダメになるこの事象には、(今もそうですが)低い憑依現象が多すぎるし、何が低くて何が高いのか、それは心霊現象でも宇宙人からのメッセージでもチャネラーのメッセージでも、それらの内容は人を誑かす(たぶらかす)ものなのか、あるいは“上”が必要にせまられて起こしている現象なのか。 この判断が出来ない人が多い。

(誑かす(たぶらかす)(言葉=発振、発信が狂う。 狂うは、 三つのオーラの向って左=その人の右、砌(みぎり)(事象の“創造))

またそれは、ひとことで言えば、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)からか、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)からなのか。 
これを見抜くためのことをも書いたつもりですが、それすら理解できていない人が多い。 要は、大半の人は霊的に低すぎ(“一”=智性=1番目のオーラが小さい、たいした“行”をしていないから)、今後=アセンション後の“創造”を担うべき認識を持っていないということですが、本を出版してから幾人かの方たちと直接お会いしたり、電話をいただいたり、メールのやり取りをさせていただいたりして感じた感想でもありますし、これも<6><7>の出版を見合わせている理由です。

それで、もし、<6><7>の文章(“行”の意味と意義(肉体組織の結晶化)、現地球人の進化の順番(腹から胸、自我から“慈悲”と“慈愛”、マニピューラチャクラからアナハタチャクラ)、 そして人(日止、霊止)の存在の意味と意義)で、自らの認識を高めていきたいと思われる方もいらっしゃるかもしれません。
その部分(思惑と顕現~エピローグ)は、出版のための原稿の整理はできておりますので、これを読みになりたい方は、
児玉療院のメールフォームよりご連絡ください。
添付ファイルをお送りするなどして対応させていただきます。

 それで、この際に、料金の請求や謝礼を求めたりはいたしません。 それは、アタシ自身が多くの人の認識(悟り、幸取=さとり)の変容を望んでいるからであり、“役員づら”が行っているような、貴いことを利用して、金儲けをして自分の欲望を満たすとか、低い功名心と自尊心を満たしたいとかなどという発想は、ありませんので。

以上、あしからずご了承ください。 ○○○大先生=児玉登

“日月神示”日月の巻 第三十帖 Kellyさん的解釈 “火之夜芸速男神(ひのやきはやをのかみ)、火之比古神(ひのかがひこのかみ)生みましき。”の意義


 今回も、前回解釈した“鳥之石楠船神(とりのいわくすつねのかみ)、天鳥船神(あめのとりふねのかみ)、大宜都比売神(おほけつひめのかみ)、大宜都比売神(オホケツヒメノカミ)、”に続く表記の“火之夜芸速男神(ひのやきはやをのかみ)、火之比古神(ひのかがひこのかみ)生みましき。”について解釈しまんねん。

 今回解釈する“火之夜芸速男神(ひのやきはやをのかみ)、火之比古神(ひのかがひこのかみ)生みましき。”を見れば、まず、“火”と日足(ひたり)の極性の表記である“男”“比古”の表記がある。
 まずこの場合の“火”は前回の“大宜都比売神(おほけつひめのかみ)、大宜都比売神(オホケツヒメノカミ)”=“腑”の電磁誘導、肉体(月(ツキ))の“気血栄衛(營)”(取り込んだ振動で心(靈)と体が創り変わる)によることであるから、取り込んだ異物=捕食により取り込んだ食べ物を、酸素と共に、(錯体である血液を介し)エネルギーや肉体(月(ツキ))の構成物質に変えていく作用の肝臓のことである(火=肝臓、これもS会=紫光会の交霊会でよく使われた表記であるが、大概の会員はそのことに気がついていなかった)。
 今述べたことを踏まえ“火之夜芸速男神(ひのやきはやをのかみ)”を見れば、“夜芸(やき)”の夜は、昼に対しての夜、陽に対しての陰、日足(ひたり)に対しての砌(みぎり)、精神性、心(靈)(ヒ)に対しての肉体(月(ツキ))の意味の表記であると思うし、それがまた“芸(き)”の字を構成する厶部(しぶ)(物を囲い込んで自分のものとする様子に象る。手を「伸ばす、伸びる」の意がある)と、肉体(月(ツキ))のオーラの意味である二、そして芽生えるの意味の艸部(そうぶ)艹、クサカンムリが当てられ、それが速く、日足(ひたり)の極性で示すという意味で“速男神(はやをのかみ)”という表記が当てられていると思う。
 そして次の“火之比古神(ひのかがひこのかみ)”を見れば、日足(ひたり)の極性の表記の“比古(ひこ)”“神”(荷電粒子の回転)が、“輝(かが)”=輝く、これは一般に、可視光線の波長の発振、発信の意であり、可視光線が観測できる=アタシたち地球人の霊的成長度で見ることが出来る振動の度合いは、砌(みぎり)=この事象における一部の波長でしかないってことでもあるし、今後=アセンション後に移行できる資格を持つ肉体(月(ツキ))を持った心(靈)は、“日月神示”表記の“半霊半物質”(今の事象よりも思惑が早く顕現する)になるのであるから、当然、観測できうる波長も、今より“上”になるってことでもあるが、話がそれるので別の機会に詳しく説明することにする。
(このことは、すでに、アタシの著書に簡略に書いたことでもある)
 よって自分たちの思惑、それは日足(ひたり)の意味を持つ“男”“比古(ひこ)”を、輝かせ=発振、発信し、その秘訣は、“大宜都比売神(おほけつひめのかみ)、大宜都比売神(オホケツヒメノカミ)”=“腑”の電磁誘導=“火”により、心(靈)の動きである思惑(“男”“比古”)で、肉体(月(ツキ))(“夜芸(やき)”)により、事象の“創造”をせよ、という解釈が成り立つ。
 
 それで、ここまでの第三十帖の表記の纏め(まとめ)として、“生みましき。”と書かれている。
 それは第三十帖の冒頭の“おのころの国成り、この国におりまして あめとの御柱(みはしら)見立て給ひき。茲(ここ)に伊邪那岐命(いざなぎのみこと)伊邪那美命(いざなみのみこと)島生み給ひき。初めに水蛭子(ひるこ)、淡島(あわしま)、”……から始まり、それはまず、“島”=たんぱく質の集まり、塊(かたまり)、そしてそれは自凝(おのころ)の仕組み=たんぱく質の高分子化の秘訣があり、だからこそ“上”との荷電粒子の反応があり、そして“国”((囗)くにがまえ)と“玉(ぎょく)”…“玉(ぎょく)”は自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きを示す)が進化(霊的成長、神格化に向かうこと)により出来上がり、そしてその“国”=心(靈)の動きは、事象の“創造”を、日足(ひたり)の極性で行えよ、という、今回の“火之夜芸速男神(ひのやきはやをのかみ)、火之比古神(ひのかがひこのかみ)”で結ばれているのだと思う。
 それで、今回取り上げた部分は、このあとの表記の“速秋津日子(はやあきつひこ)、速秋津比売(はやあきつひめ)、二柱の神 川海(かわうみ)に因(よ)りもちわけ、ことわけて、生ませる神、”……につながっていくものであると思うが、それはまた後ほど。

 今回はこれくらいにしときまんねん。

“日月神示”日月の巻 第三十帖 Kellyさん的解釈 “鳥之石楠船神(とりのいわくすつねのかみ)、天鳥船神(あめのとりふねのかみ)、大宜都比売神(おほけつひめのかみ)、大宜都比売神(オホケツヒメノカミ)、”の意義


今回も、前回解釈した“野神(ぬのかみ)、野神(ヌノカミ)、鹿屋野比売神(かやぬひめのかみ)、野椎神(ぬつちのかみ)、”に続く表記の“鳥之石楠船神(とりのいわくすつねのかみ)、天鳥船神(あめのとりふねのかみ)、大宜都比売神(おほけつひめのかみ)、大宜都比売神(オホケツヒメノカミ)、”について解釈しまんねん。

まず最初に“鳥之石楠船神(とりのいわくすつねのかみ)、天鳥船神(あめのとりふねのかみ)、”は、両者とも船の表記があり、それは何を意味しているのかといえば、霊的成長度の高い肉体(月(ツキ))を持った存在が行ったこと、それは人が“日止、霊止”と成りうるべき遺伝子操作の介入があったことを示唆しているのだと思うし、このことはミッシングリングがある裏の事情でもあるし、多くの宇宙的存在が伝えていることでもあるので、特に詳細は述べない(この文章を作っているアタシもその意味の通信を受けている)。
そして地球上で生命が発現=肉体(月(ツキ))を持った心(靈)(ヒ)が発現し、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して、脊椎動物の究極の進化(○ 九 十の“九”)したのが人、そして人が“日止、霊止”となりうるべき表記が、日月の巻 第三十帖の文章であると思われる。
その点でも次の“大宜都比売神(おほけつひめのかみ)、大宜都比売神(オホケツヒメノカミ)”は、以前(第三十帖の“淡道之穂之三別島(あわじのほのさわけしま)”“伊予の二名島(いよのふたなしま)”のときに)解釈したことをそのまま以下にコピペしてから説明する。

“大”は人が手足を広げた様、これも脊椎動物の進化の果て、生命の完成に至る過程の最終段階の表記である“日月神示”表記の、○ 九 十 の、“九”と同義でもある。 そして“宜”は、ほどよくかなっている様、よろしい、道理、の、意味がある。 “都”は栄えるとか繁栄の意味と、宮(みや)処(こ)に在るという意味もあり、“宮”は宀(うかんむり、頭の意味)と“呂”で、“呂”はエネルギーの“上”と“下”の回転を示すってことでもあり、よってこの場合の“都”の意味を深読みすれば、智性(“一”、1番目のオーラ)の発現すら感じさせる。 
そして“比売”は、先の“媛”と同義で、砌(みぎり)の極性(事象への顕現)を示している=心(靈)に対しての肉体(月(ツキ))の意味。 
ちなみに古事記で“大宜都比売(おおけつひめ)”は、高天原を追放された須佐之男(“素盞鳴尊(スサナルノミコト)”(日月の巻 第二十九帖の表記))が大宜都比売(おおけつひめ)を訪れたさい、大宜都比売(おおけつひめ)は、みずからの鼻と口と尻からさまざまな美味なものを出しそれを料理した。 それを須佐之男が見て、汚物と思い、怒って大宜都比売を殺し、そうすると大宜都比売の死体の頭から蚕、目から稲、耳から粟、鼻から小豆、陰部から麦、尻から大豆が発生した。 そして神産巣日神(神皇産霊尊)がそれらを取って種にしたのが農業と養蚕の起源とされているが、この話も“臓腑”の“腑”の電磁誘導が進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)において異物の取り込みから捕食、そして“臓腑”の進化において捕食も変化していくことを感じ、また大宜都比売(おおけつひめ)が、保食神 (ウケモチノカミ)とされているのが、“腑”の電磁誘導であるという私見を持つものである。

引用終わり。

要は“大宜都比売神(おほけつひめのかみ)、大宜都比売神(オホケツヒメノカミ)”は、人(日止、霊止)の肉体(月(ツキ))、物質の部分、その作り変わりを示唆した表記であると思うし、それが“臓腑”の“腑”の電磁誘導で、またそれは物質の取り込みであり、捕食でもある。
そしてこれは、これに続く表記の“火之夜芸速男神(ひのやきはやをのかみ)、火之比古神(ひのかがひこのかみ)生みましき。”につながっていくが、それはまた後ほど。

今回はこれくらいにしときまんねん。

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 Kelly & ○○○大先生

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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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智性無き心は
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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智性無き心は
アセンションを見誤る

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太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
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2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


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神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


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太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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