“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 夜明けの巻 第十三帖 Kellyさん的解釈 “その十三”


今回は、先回告知した通り
「アオウエイ。カコクケキ。サソスセシ。タトツテチ。ナノヌネニ。ハホフヘヒ。マモムメミ。ヤヨユエイ。ラロルレリ。ワヲウヱヰ。」
 アイウエオ。ヤイユエヨ。ワヰヱヲ。カキクケコ。サシスセソ。タチツテト。ナニヌネノ。ハヒフヘホ。マミムメモ。ヤイユエヨ。ラリルレロ。ワヰウヱヲ。 五十九柱ぞ。 
この総括を述べる。

“その三” で述べたように、春の巻 第十七帖の
“アイウエオからアオウエイの世にうつって来るぞ。アオウエイの世が天国ぢゃ”
これは今後=アセンション後のことを述べていると思え、「」で区切られた文言は、以下のように解釈した。

“アオウエイ”
地に降りた生命(生きる使命=存在理由)(“ア”)が、肉体(月(ツキ))と心(靈)(ヒ)を持って進化(霊的成長、神格化に向かうこと)し(“オ”)、その肉体(月(ツキ))と心(靈)(ヒ)を持った生命は、連綿と続き(“ウ”)、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して行き(“エ”)、それが生命の発生力(“イ”)、これの顕現、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑の顕現、“創造”の“主(ヌシ)”が生命を創造した意図、意義、であると解することが出来る。
よって“アオウエイ”は、肉体(月(ツキ))と心(靈)(ヒ)を持った生命の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)そのものが“創造”の“主(ヌシ)”の意図であり、今後=アセンション後は、これが台頭する事象になるのだ、と、読み取ることが出来る。

“カコクケキ”
今後=アセンション後の形而上の生命、それは、生命とその力(“カ”)が、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を果たした生命として凝り集まり(自凝(おのころ))(“コ”)、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、これが集約され結合し(“ク”)、現津(あきつ)、観察され得る事象に顕現し(“ケ”)、自らの心(靈)が観察する事象の“上”“下”=天地、そこで獲得する振動の取り込み、それは認識(悟り、幸取=さとり)のたかまり(素幸霊(スサノオ)、“夭と屰”(ようとげき)、その素、いわゆる進化(霊的成長、神格化に向かうこと)した心(靈)(ヒ))が、事象の“創造”をする(“キ”)、と解することが出来る。

“サソスセシ”
進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して繁栄するべき生命は(“サ”)、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を真に凝り(自凝(おのころ)、自凝(おのころ)するのでタンパク質の高分子化によるローレンツ力
ローレンツ力   の発現がある)止め(マコト、)、個々の性質を発現(“ソ”)、それそのものが生命発現の基である真澄の統一であり(“ス”)、真澄の(自凝(おのころ)と自凝(おのころ)によるローレンツ力 ローレンツ力 の強化により集約され)狭まり、“上”からの振動を止める意味での堰であり(“セ”)、これらそのものが、“創造”の“主(ヌシ)”の振動、人に感知しにくい高振動(弱き光)、その顕現、事象における現象化、生命の発現と進化(霊的成長、神格化に向かうこと)そのもの(“シ”)、であると解することが出来る。

“タトツテチ”
神の“思惑の顕現”=現象化として現れ立つ生命は(“タ”)、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を止め(“ト”)、進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)を歩み、獲得する振動も霊的成長の段階の上昇により高振動化していき、さらに認識(悟り、幸取=さとり)も高じていく=すべての事象(自分に対しても、自分以外に対しても、外側(外国と幽界)の事象も内面とか内側(心の中と感じている事)も含め)の法則性を理解していく(“テ”)、成長すればするほどさらなる“上”との感応により高い振動を集約して顕現するものであり、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の段階が進めば進むほど高い振動を顕現した生命と成り(“ツ”)、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)が進んだ=高い振動を獲得した、その上でのチカラ(“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む))の顕現をして、事象の“創造”を成していく、今より高い事象の“創造”をする、と解することが出来る。

“ナノヌネニ”
神から命名され使命を持つ生命は(“ナ”)、延び広がり(“ノ”)、“上”からの振動をチカラと“理(ミチ)”(法則性)として顕現し(“ヌ”)、それを根、元基とし(“ネ”)、変化変容して益々進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して行くものである、と、解することが出来る。

“ハホフヘヒ”
“創造”の“主(ヌシ)”の思惑の顕現である生命は(“ハ”)、進化して深く高く広がり(“ホ”)、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)して事象を“創造”しながら進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して(“フ”)、そして死んで生まれ変わり(“ヘ”)、ますます成長した心(靈)(ヒ)となっていくものである、と解することが出来る。

“マモムメミ”
“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意(“ア”、“亜”)を止めて育つ生命は(“マ”)、生命の元、元基(もとき)元座(もとくら)、本、であり、それ自体が神の“思惑の顕現”=現象化、明津、であり(“モ”)、チカラこもれる生命はますます多岐に分れ(“ム”)、これまでとは違う事象を“創造”して観察して認識することをして(今後=アセンション後の事象)(“メ”)、それが(今後=アセンション後における)新たな生命(生きる使命=存在理由)の現実である、と解することが出来る。

“ヤヨユエイ”
進化(霊的成長、神格化に向かうこと)発展し高き段に進み(“ヤ”)、進化しつつ継続する生命(生きる使命=存在理由)は(“ヨ”)、ますます進み(“ユ”)、生命力を強め(“エ”)、生命の出生力、勢い、威(稜威(“イツ” 古代日本語で、“イチ”が変化した言い方、意味は、神霊の威力、みいつ、天子の威光、 類義語として、威霊))が増す、と解することが出来る。

“ラロルレリ”
生命の発生、奇霊(くしみたま)(“創造”の“主(ヌシ)”の振動の低振動化、“思惑の顕現”=現象化の意)、神の“思惑の顕現”=現象化である生命(生きる使命=存在理由)、“日止、霊止”(“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を止めるの意)は(“ラ”)、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を成してチカラを詰め固め顕現(奇霊(くしみたま)(“創造”の“主(ヌシ)”の振動の低振動化、“思惑の顕現”=現象化の意))し(“ロ”)、同様にチカラの顕現そのものが、神の“思惑の顕現”=現象化であり、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を止め凝りかためるということでもあり=霊流凝(ヒルコ)、それそのものが進化の最終段階(○ 九 十 の“九”と“十”の意味、卆(そつ、卒業の卒の異体字))であり(ル)、さらにそれは、元座道座(もとくらみちくら)=進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を見出す)(右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をする)であり(“レ”)、これらが、生命根源(“創造”の“主(ヌシ)”の振動、“亜”、ア(“亜”)から、イ(出る(いずる)、泉)、そしてそれは“創造”の“主(ヌシ)”の表記である“一”)の、張り、広がり(“リ”)である、と解することが出来る。

“ワヲウヱヰ”
生命の調整の義を成していった進化した生命(生きる使命=存在理由)は(“ワ”)、完成と終わりという局面を迎え(“ヲ”)、たった今のこの事象、宇宙全体、そこには進化(霊的成長、神格化に向かうこと)程度の差があるが、高い進化を成した生命の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)は、低い進化の段階の生命(生きる使命=存在理由)に影響を与える、それは“創造”の“主(ヌシ)”の振動ではなく、進化した生命(生きる使命=存在理由)の振動を、“下”に影響し、“下”が育つことにつながる(“ウ”)、そして“下”も、いずれは“うれしうれし”“大歓喜”となり(“ヱ”)、神の縁どりという進化した生命(生きる使命=存在理由)となる(“ヰ”)、と解することが出来る。

 

 これに相対する、たった今までの進化過程を示す以下の文言、これに対しては以下のように解釈した。

“アイウエオ”
“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、が、地に降り(“ア”)、生命(生きる使命=存在理由)が発生(“イ”)、そして生命は、連綿と続き(“ウ”)、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して行き(“エ”)、それは肉体(月(ツキ))と心(靈)(ヒ)の進化である、と解することが出来る。
よって“アイウエオ”、これは生命が発生した理由、そしてその状況、生命(生きる使命=存在理由)の存在意義を示していると思える。

“ヤイユエヨ”
生命は進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して発展すべきものであり(“ヤ”)、だからこそ勢いがあり、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して威を示すべきであり、それそのものが出生の力であり(“イ”)、進むべくものであり(“ユ”)、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)すべく力が生命力を強め(“エ”)、生命は進展し、代々続き、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を受け継いでいくものである、と解することが出来る。

“ワヰヱヲ”
これは、“ワヰウヱヲ”の“ウ”が、神の振動が動いた(“下”へ下降した)、神の振動が移った、であるが、それが無いのは、生命(生きる使命=存在理由)自身が自分たちの“創造”した事象の中で、思索し、行動し、経験して、認識を高め、成長するの意があるのだ、神の思惑を受けるだけで生命は育っているのではない、自らが進化している(“ワ”)、そして神と人間の区別があり(ヰ)、進化していくならば、“上”の振動を取り込んで生命の調整の義を成して、“うれしうれし”“大歓喜”となり(“ヱ”)、完成と終わり、という局面を迎えるのだ(“ヲ”)、と解することが出来る。

“カキクケコ”
生命の形(形而上の生命(生きる使命=存在理由))、その力、生命力(“カ”)、その根源たる何かは天地の精気の顕れ(“キ”)、またそれは“亜”の約まりと結合の顕れ(“ク”)、そしてそれは“上”の意志の事象への顕現であり(“ケ” 下り魂)、心(靈)(ヒ)も“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、その凝り集まりであり、心(靈)が凝り集まったからこそ、自凝(おのころ)の仕組み、タンパク質の繋がり、凝り集まりにより、肉体(月(ツキ))が構成されるの意。
 
“サシスセソ”
生命の繁栄(“サ”)、それは“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、により育まれ(“シ”)、それは生命発現の基、素、これを真澄と称し、それを(自凝(おのころ)により)統一(“ス”)、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を止める意味での堰、それは振動の狭まり(自凝(おのころ)により凝縮)、競い合い、それそのものが真澄(マスミ)(善でも悪でもない、“上”でも下でもない、そう認識しうる振動)の顕現、これは、生命の発現とその意義である進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の真座に立つ(“セ”)、生命の個々の相違、個性、性質の違い、これを発現していく(“ソ”)、ということになる。

“タチツテト”
生命(生きる使命=存在理由)の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)、神の“思惑の顕現”=現象化として現れ立つ生命は進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を顕現すべき使命を持つ(“タ”)、その生命は獲得したチカラ(“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む))で、事象を“創造”する(“チ”)、またそれは、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を集約して(“ツ”)、“道”(時間の進行)と“理(ミチ)”(法則性)に従い、段々に進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して行き、これらそのものが、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を止めた結果、その結果は進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)に相当するものである、と解することが出来る。

“ナニヌネノ”
生命は“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意により“創造”され、種類、分類、そして使命(命名の意味)をもち(“ナ”)、進化に伴い変化変容し(“ニ”)、
生命そのものが“上”からの振動、“天津御空(あまつみそら)”、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑を含んだ荷電粒子の顕れであり、そのチカラ(“チ”は、まず“タ”の行が、命が現れ立つ、建く高く成長する音義の意があり、“チ”はチカラ(力)意で、それは様々に現津(あきつ)(顕現)して世を成すもの(事象の“創造”をするの意)、“カ”は、幽れたる(かくれたる)生命と力(ちから)の音意、“ラ”は、生命発生の初音(ウネ) 物の根の意)も生命の存在そのものも、“理(ミチ)”(法則性)を示し(“ヌ”)、またそれは生命の根、元基であり(“ネ”)、延び広がる(“ノ”)ものである、と解することが出来る。

“ハヒフヘホ”
“創造”の“主(ヌシ)”の思惑の顕現として発現した生命は、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)すべきそれであり(“ハ”)、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、日、を止めるのが霊であり、火(丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)と回転を示す点が二つ)で変容し(“ヒ”)、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)して事象を“創造”しながら育ち(“フ”)、死んで成長する場(フィールド)を変えて、さらに生まれ変わりながら生命を継ぎ(“ヘ”)、深く高く広がった生命と成していくものである、と解することが出来る。

“マミムメモ”
“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意(“ア”、“亜”)を止めて育つ生命は、正しきものと認識され得るべく進化すべきものではあるのだが、善悪を体験し認識してこそより進化するものであり(“マ”)、それが現時点での生命の現実(“ミ”)、そうやって生命は多岐に分れて、個々の性質を発現させ(“ム”)、生命は現津(あきつ)、観察され得る事象の“観察と認識”を行い(“メ”)、これらのことが生命の基、本、元座(もとくら)といいうるものである、と解することが出来る。

“ヤイユエヨ”
生命は進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して発展すべきものであり(“ヤ”)、だからこそ勢いがあり、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して威を示すべきであり、それそのものが出生の力であり(“イ”)、進むべくものであり(“ユ”)、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)すべく力が生命力を強め(“エ”)、生命は進展し、代々続き、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を受け継いでいくものである、と解することが出来る。

“ラリルレロ”
生命の発生、奇霊(くしみたま)(“創造”の“主(ヌシ)”の振動の低振動化、“思惑の顕現”=現象化の意)、神の“思惑の顕現”=現象化である生命(生きる使命=存在理由)、“日止、霊止”(“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を止めるの意)は(“ラ”)、“創造”の“主(ヌシ)”の根源の振動、“亜”を張り広がり(“リ”)、生命は“亜”を止め、止めることによりチカラ(“チ”は、まず“タ”の行が、命が現れ立つ、建く高く成長する音義の意があり、“チ”はチカラ(力)意で、それは様々に現津(あきつ)(顕現)して世を成すもの(事象の“創造”をするの意)、“カ”は、幽れたる(かくれたる)生命と力(ちから)の音意、“ラ”は、生命発生の初音(ウネ) を顕現し(“ル”)、元座道座(もとくらみちくら)=進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を見出し(“レ”)、これらそのものが神の奇霊(くしみたま)(“創造”の“主(ヌシ)”の振動の低振動化、“思惑の顕現”=現象化の意)である(“ロ”)、と解することが出来る。

“ワヰウヱヲ”
“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、は、低振動化して生命(生きる使命=存在理由)となったのだ、それが生命であるのだが、生命自らが、自分たちの進化のために、自らが“創造”した事象において、思索し、行動し、経験を重ねながら、進化している=生命(生きる使命=存在理由)の調整の義(“ワ”)、それは、生命が、神の“思惑の顕現”=現象化ではあるが、神そのものではない=“神避りぞかし”であり、天津(中心、“創造”の“主(ヌシ)”の場(フィールド))の縁どりとしての生命であり(これは、夜明の巻 第十三帖“その一”で解釈した画像の意味が当てはまる)(“ヰ”)
また、神そのものではない、神が“創造”した生命は、神の振動が動いたもの、移ったものであり(“ウ”)、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)に伴い、神の振動が満ちていき、認識の拡大のために右往左往と左往右往するものではあるが、進化が進めば、“日月神示”表記の“うれしうれし”“大歓喜”となり(“ヱ”)、そうなるのがある意味、生命の完成といい得る(“ヲ”)、と解することが出来る。

 この「」で区切られた文言と、そうではない表記を読むと、神が、“創造”の“主(ヌシ)”が、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意によって、生命を創造したことが理解でき、“上”との感応、“上”からの振動の取り込み、“日止、霊止”の表記の意味合い、それにより、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を果たしていくのだということが理解できる。
またその両者を比較するならば、ある程度進化(霊的成長、神格化に向かうこと)した生命(生きる使命=存在理由)は、自分たちの思想、行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)により、認識を拡大しつつ、さらなる進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を果たしていくのだ、そして自分たちは神の“創造”によって存在しているものだが、神とは違う生命となるものであり、それが“ワヲウヱヰ”と“ワヰヱヲ”“ワヰウヱヲ”の“ヰ”の意味に含まれる“神避りぞかし”であり、“その一”で解釈した
第十三帖の画像の意味合いと合致するものでもある。

 それと、
アイウエオ。ヤイユエヨ。ワヰヱヲ。カキクケコ。サシスセソ。タチツテト。ナニヌネノ。ハヒフヘホ。マミムメモ。ヤイユエヨ。ラリルレロ。ワヰウヱヲ。 五十九柱ぞ。
これは通常のカタカナの並びではないし、カタカナに“ワヰヱヲ”の表記は無い、さらに“ヤイユエヨ”は二回書かれている。
 それで先に記したそれぞれの文言の意味合いを加味してこの並びを鑑みるならば、

“アイウエオ”は、生命が発生した理由、その状況、生命(生きる使命=存在理由)の存在意義

“ヤイユエヨ”は、生命は進化して発展し、それは代々続く

“ワヰヱヲ”は、生命は、自分たちの“創造”した事象の中で、思索し、行動し、経験して、認識を高め、成長する、それは、神の思惑を受けるだけで生命は育っているのではない、そして進化の最終局面は、神と人間の区別を構成し(ヰ)、自分たちの進化は“うれしうれし”“大歓喜”となる

“カキクケコ”は、生命の形(形而上の生命(生きる使命=存在理由))、その力、生命力、それは“上”の意志の事象への顕現、生命そのものが“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、その凝り集まりである 

“サシスセソ”は、生命の繁栄、それは“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、により育まれ、それ自体が生命発現の基、素、であり、進化して行くならば、生命の個々の相違、個性、性質の違い、これを発現していく

“タチツテト”は、生命(生きる使命=存在理由)の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)、神の“思惑の顕現”=現象化として現れ立つ生命は、獲得したチカラ(“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む))で、事象を“創造”し、それは、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を集約して“道”(時間の進行)と“理(ミチ)”(法則性)に従い、段々に進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して行き、これらそのものが、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を止めた結果である

“ナニヌネノ”は、生命は“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意により“創造”され、種類、分類、そして使命(命名の意味)をもち、進化に伴い変化変容し、生命の存在そのものも、“理(ミチ)”(法則性)を示し、ますます延び広がる

“ハヒフヘホ”は、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑の顕現として発現した生命は、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)すべきもの、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、日、を止めるのが霊であり、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)して事象を“創造”しながら育ち、死んで成長する場(フィールド)を変えて、さらに生まれ変わりながら生命を継ぎ、深く高く広がった生命と成していくものである

“マミムメモ”は、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意(“ア”、“亜”)を止めて育つ生命は、正しきものと認識され得るべく進化すべきものではあるが、善悪を体験し、それを認識してこそより進化するもの、それをして、それを成し、生命は多岐に分れて、個々の性質を発現させ、これらのことが生命の基、本、元座(もとくら)といいうる

もう一度登場する“ヤイユエヨ”は、先の“マミムメモ”にかかり、元座(もとくら)の確立、これは進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の確立と換言出来得るが、それが、
生命の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)であり、発展であり、それが代々続くものである

“ラリルレロ”は、生命の発生と発現(奇霊(くしみたま)であり、そのことそのものが、生命が神の“思惑の顕現”=現象化であり、生命が、元座道座(もとくらみちくら)=進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を見出していくものであり、これらそのものが神の奇霊(くしみたま)(“創造”の“主(ヌシ)”の振動の低振動化、“思惑の顕現”=現象化の意)である

“ワヰウヱヲ”は、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、は、低振動化して生命(生きる使命=存在理由)となったのだ、それが生命であるのだが、生命自らが、自分たちの進化のために、自らが“創造”した事象において、思索し、行動し、経験を重ねながら、進化しそれは、生命が、神の“思惑の顕現”=現象化ではあるが、神そのものではない=“神避りぞかし”であり、天津(中心、“創造”の“主(ヌシ)”の場(フィールド))の縁どりとしての生命であり、“創造”された生命は、神そのものではない、神が“創造”した生命は、神の振動が動いたもの、移ったものであり、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)に伴い、神の振動が満ちていき、認識の拡大のために右往左往と左往右往するものではあるが、進化が進めば、“日月神示”表記の“うれしうれし”“大歓喜”となり、そうなるのがある意味、生命の完成といい得る

以上のように解することが出来るし、これらすべてが進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を指し示す重要な表記であると思える。

 また、
アイウエオ。ヤイユエヨ。ワヰヱヲ。カキクケコ。サシスセソ。タチツテト。ナニヌネノ。ハヒフヘホ。マミムメモ。ヤイユエヨ。ラリルレロ。ワヰウヱヲ。
これは五十九文字のカタカナで示されており、これが“五十九柱”というのは、神の“思惑の顕現”=現象化である生命(生きる使命=存在理由)の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)そのもの、それを五十九で示した、の意味合いと、やはり、“五”(糸巻の象形文字)は進化した生命が持つ密なる神経、神経が密になればなるほどローレンツ力がたかまり“上”からの振動の取り込みが増し、進化した生命(生きる使命=存在理由)は胸の磁性“十”を発現させ、その心(靈)が台頭し、それが“九”=“一”、智性、1番目のオーラと、丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)、乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)、であり、○ 九 十 の、“九”と“十”に相当する意味合いであると思える。

 今回はこれくらいにしときまんねん。



“日月神示” 夜明けの巻 第十三帖 Kellyさん的解釈 “その十二”


 今回は、先回告知した通り“ワヲウヱヰ”とこれに相対する“ワヰヱヲ”“ワヰウヱヲ”の解釈を述べることとする。
 まず、たった今を示す “ワヰウヱヲ” “ワヰヱヲ”から。

“ワ”は、物を生む 生まれしものを和合する意 生命(生きる使命=存在理由)の調整の義
“ヰ”は、その音根に軽くものをそらす音根そ含む ヰ しあれどもその ヰ は縁りを求むる心ぞ また含めり 縁り以て其の生命を咲きさかす理りあり 場所一定の地に草木の如く生存の意 ヰの意の意 それ汝の住居 ヰぞかし ヰ それそのところ その明津気吹 それそのままに ヰぞかし ヰなりて 事それ自ら整ふ そのヰ そのかれし霊 それその気吹 それ神避りぞかし
“ウ”は、動きと移す力
“ヱ”は、満ち足りたる生命 笑
“ヲ”は、完成と終わり
よって、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、は、低振動化して生命(生きる使命=存在理由)となったのだ、それが生命であるのだが、生命自らが、自分たちの進化のために、自らが“創造”した事象において、思索し、行動し、経験を重ねながら、進化している=生命(生きる使命=存在理由)の調整の義(“ワ”)、それは、生命が、神の“思惑の顕現”=現象化ではあるが、神そのものではない=“神避りぞかし”であり、天津(中心、“創造”の“主(ヌシ)”の場(フィールド))の縁どりとしての生命であり(これは、
夜明の巻 第十三帖“その一”で解釈した画像の意味が当てはまる)(“ヰ”)
また、神そのものではない、神が“創造”した生命は、神の振動が動いたもの、移ったものであり(“ウ”)、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)に伴い、神の振動が満ちていき、認識の拡大のために右往左往と左往右往するものではあるが、進化が進めば、“日月神示”表記の“うれしうれし”“大歓喜”となり(“ヱ”)、そうなるのがある意味、生命の完成といい得る(“ヲ”)、と解することが出来る。

 もうひとつ、“ウ”の表記のない“ワヰヱヲ”について。
“ワ”は、物を生む 生まれしものを和合する意 生命(生きる使命=存在理由)の調整の義
“ヰ”は、その音根に軽くものをそらす音根そ含む ヰ しあれどもその ヰ は縁りを求むる心ぞ また含めり 縁り以て其の生命を咲きさかす理りあり 場所一定の地に草木の如く生存の意 ヰの意の意 それ汝の住居 ヰぞかし ヰ それそのところ その明津気吹 それそのままに ヰぞかし ヰなりて 事それ自ら整ふ そのヰ そのかれし霊 それその気吹 それ神避りぞかし
“ヱ”は、満ち足りたる生命 笑
“ヲ”は、完成と終わり
これは、“ワヰウヱヲ”の“ウ”が、神の振動が動いた(“下”へ下降した)、神の振動が移った、であるが、それが無いのは、生命(生きる使命=存在理由)自身が自分たちの“創造”した事象の中で、思索し、行動し、経験して、認識を高め、成長するの意があるのだ、神の思惑を受けるだけで生命は育っているのではない、自らが進化している(“ワ”)、そして神と人間の区別があり(ヰ)、進化していくならば、“上”の振動を取り込んで生命の調整の義を成して、“うれしうれし”“大歓喜”となり(“ヱ”)、完成と終わり、という局面を迎えるのだ(“ヲ”)、と解することが出来る。

 これに相対する“ワヲウヱヰ”、今後=アセンション後のことは。

“ワ”は、物を生む 生まれしものを和合する意 生命(生きる使命=存在理由)の調整の義
“ヲ”は、完成と終わり
“ウ”は、動きと移す力
“ヱ”は、満ち足りたる生命 笑
“ヰ”は、その音根に軽くものをそらす音根そ含む ヰ しあれどもその ヰ は縁りを求むる心ぞ また含めり 縁り以て其の生命を咲きさかす理りあり 場所一定の地に草木の如く生存の意 ヰの意の意 それ汝の住居 ヰぞかし ヰ それそのところ その明津気吹 それそのままに ヰぞかし ヰなりて 事それ自ら整ふ そのヰ そのかれし霊 それその気吹 それ神避りぞかし
よって、生命の調整の義を成していった進化した生命(生きる使命=存在理由)は(“ワ”)、完成と終わりという局面を迎え(“ヲ”)、たった今のこの事象、宇宙全体、そこには進化(霊的成長、神格化に向かうこと)程度の差があるが、高い進化を成した生命の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)は、低い進化の段階の生命(生きる使命=存在理由)に影響を与える、それは“創造”の“主(ヌシ)”の振動ではなく、進化した生命(生きる使命=存在理由)の振動を、“下”に影響し、“下”が育つことにつながる(“ウ”)、そして“下”も、いずれは“うれしうれし”“大歓喜”となり(“ヱ”)、神の縁どりという進化した生命(生きる使命=存在理由)となる(“ヰ”)、と解することが出来る。

 次回は、
 「アオウエイ。カコクケキ。サソスセシ。タトツテチ。ナノヌネニ。ハホフヘヒ。マモムメミ。ヤヨユエイ。ラロルレリ。ワヲウヱヰ。」
 アイウエオ。ヤイユエヨ。ワヰヱヲ。カキクケコ。サシスセソ。タチツテト。ナニヌネノ。ハヒフヘホ。マミムメモ。ヤイユエヨ。ラリルレロ。ワヰウヱヲ。 五十九柱ぞ。 
この総括を述べることとする。

 今回はこれくらいにしときまんねん。



“日月神示” 夜明けの巻 第十三帖 Kellyさん的解釈 “その十一”


 今回は、先回告知した通り“ラロルレリ”とこれに相対する“ラリルレロ”の解釈を述べることとする。
 まず、たった今を示す“ラリルレロ”から。

“ラ”の行は、生命発生の初音(ウネ) 
“ラ”は、クの言霊に似て 奇霊(くしみたま)(“創造”の“主(ヌシ)”の振動の低振動化、“思惑の顕現”=現象化の意)の音根 物の根の意 張り 配り 広がり 延び むすぶ の意
(注 “ク”は、亜のくぐもり(つづまり、結合) 奇霊(くしみたま) 炁空無光眞奇力存の奇(あらわれ)の意)
“リ”は、生命根源の 張り 広がり
“ル”は、チカラの止まり 物の流れ 走る を表す音根 この音根を綴る言霊こそ悉にその終わり又は止まりを示す あるいは霊流凝
“レ”は、稀に見ぬ心の持ち主 その持ち主は吾が心にそわずして また次座を訪れ 離れ離れて また元座道座(もとくらみちくら)に戻る それそれて またもとり 其のチカラ自らそれ ムレ クレ ヨレ ヒレフリの真澄心となりし其理 自ら幸取よかし 
右往左往と左往右往と同義のことだと思え、個々の心(靈)(ヒ)が、“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)からそれたなら、それは“ほんとう”の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の方向性と“ほんとう”の時間の進行に戻る)
“ロ”は、根を纏めチカラを詰め固める意 咲き裂くの意ありて物を清め広め 神の奇霊(くしみたま)(“創造”の“主(ヌシ)”
よって、生命の発生、奇霊(くしみたま)(“創造”の“主(ヌシ)”の振動の低振動化、“思惑の顕現”=現象化の意)、神の“思惑の顕現”=現象化である生命(生きる使命=存在理由)、“日止、霊止”(“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を止めるの意)は(“ラ”)、“創造”の“主(ヌシ)”の根源の振動、“亜”を張り広がり(“リ”)、生命は“亜”を止め、止めることによりチカラ(“チ”は、まず“タ”の行が、命が現れ立つ、建く高く成長する音義の意があり、“チ”はチカラ(力)意で、それは様々に現津(あきつ)(顕現)して世を成すもの(事象の“創造”をするの意)、“カ”は、幽れたる(かくれたる)生命と力(ちから)の音意、“ラ”は、生命発生の初音(ウネ) を顕現し(“ル”)、元座道座(もとくらみちくら)=進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を見出し(“レ”)、これらそのものが神の奇霊(くしみたま)(“創造”の“主(ヌシ)”の振動の低振動化、“思惑の顕現”=現象化の意)である(“ロ”)、と解することが出来る。

 これに相対する“ラロルレリ”、今後=アセンション後のことは。

“ラ”の行は、生命発生の初音(ウネ) 
“ラ”は、クの言霊に似て 奇霊(くしみたま)(“創造”の“主(ヌシ)”の振動の低振動化、“思惑の顕現”=現象化の意)の音根 物の根の意 張り 配り 広がり 延び むすぶ の意
(注 “ク”は、亜のくぐもり(つづまり、結合) 奇霊(くしみたま) 炁空無光眞奇力存の奇(あらわれ)の意)
“ロ”は、根を纏めチカラを詰め固める意 咲き裂くの意ありて物を清め広め 神の奇霊(くしみたま)(“創造”の“主(ヌシ)”
“ル”は、チカラの止まり 物の流れ 走る を表す音根 この音根を綴る言霊こそ悉にその終わり又は止まりを示す あるいは霊流凝
“レ”は、稀に見ぬ心の持ち主 その持ち主は吾が心にそわずして また次座を訪れ 離れ離れて また元座道座(もとくらみちくら)に戻る それそれて またもとり 其のチカラ自らそれ ムレ クレ ヨレ ヒレフリの真澄心となりし其理 自ら幸取よかし 
右往左往と左往右往と同義のことだと思え、個々の心(靈)(ヒ)が、“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)からそれたなら、それは“ほんとう”の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の方向性と“ほんとう”の時間の進行に戻る)
“リ”は、生命根源の 張り 広がり
よって、生命の発生、奇霊(くしみたま)(“創造”の“主(ヌシ)”の振動の低振動化、“思惑の顕現”=現象化の意)、神の“思惑の顕現”=現象化である生命(生きる使命=存在理由)、“日止、霊止”(“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を止めるの意)は(“ラ”)、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を成してチカラを詰め固め顕現(奇霊(くしみたま)(“創造”の“主(ヌシ)”の振動の低振動化、“思惑の顕現”=現象化の意))し(“ロ”)、同様にチカラの顕現そのものが、神の“思惑の顕現”=現象化であり、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を止め凝りかためるということでもあり=霊流凝(ヒルコ)、それそのものが進化の最終段階(○ 九 十 の“九”と“十”の意味、卆(そつ、卒業の卒の異体字))であり(ル)、さらにそれは、元座道座(もとくらみちくら)=進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を見出す)(右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をする)であり(“レ”)、これらが、生命根源(“創造”の“主(ヌシ)”の振動、“亜”、ア(“亜”)から、イ(出る(いずる)、泉)、そしてそれは“創造”の“主(ヌシ)”の表記である“一”)の、張り、広がり(“リ”)である、と解することが出来る。

次回は、“ワヲウヱヰ”とこれに相対する“ワヰヱヲ”“ワヰウヱヲ” の解釈を述べることとする。
 今回はこれくらいにしときまんねん。




“日月神示” 夜明けの巻 第十三帖 Kellyさん的解釈 “その十”


 今回は、先回告知した通り“ヤヨユエイ”とこれに相対する“ヤイユエヨ”の解釈を述べることとする。
 まず、たった今を示す“ヤイユエヨ”から。

“ヤ”の行は、強く生命発展の音義
“ヤ”は、その心は高台(たかと)高き段に進む
“イ”は、勢い 威 出生力
“ユ”は、進む力
“エ”は、生命力を強める元
“ヨ”は、生命進展の階 世 代 継目
よって、生命は進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して発展すべきものであり(“ヤ”)、だからこそ勢いがあり、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して威を示すべきであり、それそのものが出生の力であり(“イ”)、進むべくものであり(“ユ”)、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)すべく力が生命力を強め(“エ”)、生命は進展し、代々続き、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を受け継いでいくものである、と解することが出来る。

 これに相対する“ヤヨユエイ”、今後=アセンション後のことは。

“ヤ”の行は、強く生命発展の音義
“ヤ”は、その心は高台(たかと)高き段に進む
“ヨ”は、生命進展の階 世 代 継目
“ユ”は、進む力
“エ”は、生命力を強める元
“イ”は、勢い 威 出生力
よって、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)発展し高き段に進み(“ヤ”)、進化しつつ継続する生命(生きる使命=存在理由)は(“ヨ”)、ますます進み(“ユ”)、生命力を強め(“エ”)、生命の出生力、勢い、威(稜威(“イツ” 古代日本語で、“イチ”が変化した言い方、意味は、神霊の威力、みいつ、天子の威光、 類義語として、威霊))が増す、と解することが出来る。

 次回は、“ラロルレリ”とこれに相対する“ラリルレロ” の解釈を述べることとする。
 今回はこれくらいにしときまんねん。




“日月神示” 夜明けの巻 第十三帖 Kellyさん的解釈 “その九”



 今回は、先回告知した通り“マモムメミ”とこれに相対する“マミムメモ”の解釈を述べることとする。
 まず、たった今を示す“マミムメモ”から。

“マ”の行は、有形生命、または正しき生命の音意の音根
“マ”は、まことの神の意 それ含む また裏問ひすれば 禍根(マガネ) 故に正しきと醜げきとの意を含む その音根の綴りにて ヨシ アシ を表すこそ アが降り集(アツマ)(自凝(おのころ)の仕組)つて(真凝止 真固止) マ となる
“ミ”は生命の幹 その現実
“ム”は、生命は自ら多岐に分かれ、ムシ出すチカラこもれる(篭る)ヒ(靈)のチカラを…中略…次々に異なれる生命生まれ出る理(ことわり)
“メ”は、ムシ出された生命の芽 吾が心は目 その目に止まりてすべてのものはそれ現津するにあれ(“観察と認識”のこと)
“モ”は、物(現津(あきつ)、観察され得る事象)の始め、生命の元、また、元基(もとき)元座(もとくら) 本 それ明津(事象への顕現)
よって、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意(“ア”、“亜”)を止めて育つ生命は、正しきものと認識され得るべく進化すべきものではあるのだが、善悪を体験し認識してこそより進化するものであり(“マ”)、それが現時点での生命の現実(“ミ”)、そうやって生命は多岐に分れて、個々の性質を発現させ(“ム”)、生命は現津(あきつ)、観察され得る事象の“観察と認識”を行い(“メ”)、これらのことが生命の基、本、元座(もとくら)といいうるものである、と解することが出来る。

 これに相対する“マモムメミ”、今後=アセンション後のことは。

“マ”の行は、有形生命、または正しき生命の音意の音根
“マ”は、まことの神の意 それ含む また裏問ひすれば 禍根(マガネ) 故に正しきと醜げきとの意を含む その音根の綴りにて ヨシ アシ を表すこそ アが降り集(アツマ)(自凝(おのころ)の仕組)つて(真凝止 真固止) マ となる
“モ”は、物(現津(あきつ)、観察され得る事象)の始め、生命の元、また、元基(もとき)元座(もとくら) 本 それ明津(事象への顕現)
“ム”は、生命は自ら多岐に分かれ、ムシ出すチカラこもれる(篭る)ヒ(靈)のチカラを…中略…次々に異なれる生命生まれ出る理(ことわり)
“メ”は、ムシ出された生命の芽 吾が心は目 その目に止まりてすべてのものはそれ現津するにあれ(“観察と認識”のこと)
“ミ”は生命の幹 その現実
よって、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意(“ア”、“亜”)を止めて育つ生命は(“マ”)、生命の元、元基(もとき)元座(もとくら)、本、であり、それ自体が神の“思惑の顕現”=現象化、明津、であり(“モ”)、チカラこもれる生命はますます多岐に分れ(“ム”)、これまでとは違う事象を“創造”して観察して認識することをして(今後=アセンション後の事象)(“メ”)、それが(今後=アセンション後における)新たな生命(生きる使命=存在理由)の現実である、と解することが出来る。

次回は、“ヤヨユエイ”とこれに相対する“ヤイユエヨ” の解釈を述べることとする。
 今回はこれくらいにしときまんねん。



“日月神示” 夜明けの巻 第十三帖 Kellyさん的解釈 “その八”


 今回は、先回告知した通り“ハホフヘヒ”とこれに相対する“ハヒフヘホ”の解釈を述べることとする。
 まず、たった今を示す“ハヒフヘホ”から。

“ハ”の行は、生命発現成長の音義
“ハ”は、それ自ら育み成り出ず身 其実の芽生 生幸速(いさはや)の清身(スガミ)ハレチ心に育みそだてる 其心自から吾れ等のはえ真愛目(エメ)ぞかし 初め、生い、物を初め現す(“創造”の意志の顕現)
(ちなみに“ハレチ”は、“ハ”は生命発現成長の意、“レ”は元座道座(もとくらみちくら)、生命のあるべき姿形、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)した形、“チ”はチカラ(力)意で、それは様々に現津(あきつ)(顕現)して世を成すもの(事象の“創造”をするの意))
“ヒ”は その音霊こそすべての物の根、フを生む基(モト)にして ヒの中の様々のそれ チカラの音霊(オトタマ) ヒフミヨイムナヤコト=一二三四五六七八九十のヒ。 心(靈)(ヒ)、日、火
“フ”は、ヒにより生まれし生命を更に太り栄えせしむる理(ことわり) 呼吸力、気吹(いぶき、息吹)、光線界が原素界へと進む ヒフミヨイムナヤコト=一二三四五六七八九十のフ
“ヘ”は、生命を継ぐ 死して霊界入りを現世(ヘツ)さかる(~へ、何処へ、の意)
“ホ”は 深き 高き 広き の意、それが備わったさま(穂=禾(のぎへん)と恵)
よって、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑の顕現として発現した生命は、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)すべきそれであり(“ハ”)、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、日、を止めるのが霊であり、火(丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)と回転を示す点が二つ)で変容し(“ヒ”)、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)して事象を“創造”しながら育ち(“フ”)、死んで成長する場(フィールド)を変えて、さらに生まれ変わりながら生命を継ぎ(“ヘ”)、深く高く広がった生命と成していくものである、と解することが出来る。

 これに相対する“ハホフヘヒ”、今後=アセンション後のことは。

“ハ”の行は、生命発現成長の音義
“ハ”は、それ自ら育み成り出ず身 其実の芽生 生幸速(いさはや)の清身(スガミ)ハレチ心に育みそだてる 其心自から吾れ等のはえ真愛目(エメ)ぞかし 初め、生い、物を初め現す(“創造”の意志の顕現)
(ちなみに“ハレチ”は、“ハ”は生命発現成長の意、“レ”は元座道座(もとくらみちくら)、生命のあるべき姿形、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)した形、“チ”はチカラ(力)意で、それは様々に現津(あきつ)(顕現)して世を成すもの(事象の“創造”をするの意))
“ホ”は 深き 高き 広き の意、それが備わったさま(穂=禾(のぎへん)と恵)
“フ”は、ヒにより生まれし生命を更に太り栄えせしむる理(ことわり) 呼吸力、気吹(いぶき、息吹)、光線界が原素界へと進む ヒフミヨイムナヤコト=一二三四五六七八九十のフ
“ヘ”は、生命を継ぐ 死して霊界入りを現世(ヘツ)さかる(~へ、何処へ、の意)
“ヒ”は その音霊こそすべての物の根、フを生む基(モト)にして ヒの中の様々のそれ チカラの音霊(オトタマ) ヒフミヨイムナヤコト=一二三四五六七八九十のヒ。 心(靈)(ヒ)、日、火
よって、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑の顕現である生命は(“ハ”)、進化して深く高く広がり(“ホ”)、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)して事象を“創造”しながら進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して(“フ”)、そして死んで生まれ変わり(“ヘ”)、ますます成長した心(靈)(ヒ)となっていくものである、と解することが出来る。

 次回は、“マモムメミ”とこれに相対する“マミムメモ” の解釈を述べることとする。
 今回はこれくらいにしときまんねん。




“日月神示” 夜明けの巻 第十三帖 Kellyさん的解釈 “その七”


 今回は、先回告知した通り“ナノヌネニ”とこれに相対する“ナニヌネノ”の解釈を述べることとする。
 まず、たった今を示す“ナニヌネノ”から。

“ナ”の行は、生命の殖え栄ひ進展の意含む
“ナ”は、自ら奇しき(顕現の意)種々のナ、種の生物 生命をこもれりある意含めりぞ(生命の名、命名、種類)
“ニ”は、物を固らし縮め、またやわす 物を固めるにその固めしを、また、ゆるめにもそれ用いしぞ (その形を変え調いへる言霊の霊引となす)
“ヌ”は、まもり強き神の心 零霊(ヌヒ) 零雷(ヌチ)と現れ出し御空 それ明津の理(コトハリ)り幸取れば 自ら吾がチカラ ヌ ぞかし(御空=“上”からの振動が零(こぼれるの意)、それそのものが明津(日と月、太陽と月、そして津は中心の意)の法則性)
“ネ”は、根 元基(もとき) チカラ自と漲りはびこらす 根魂
“ノ”は、延びる 広いところ の意
よって、生命は“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意により“創造”され、種類、分類、そして使命(命名の意味)をもち(“ナ”)、進化に伴い変化変容し(“ニ”)、
生命そのものが“上”からの振動、“天津御空(あまつみそら)”、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑を含んだ荷電粒子の顕れであり、そのチカラ(“チ”は、まず“タ”の行が、命が現れ立つ、建く高く成長する音義の意があり、“チ”はチカラ(力)意で、それは様々に現津(あきつ)(顕現)して世を成すもの(事象の“創造”をするの意)、“カ”は、幽れたる(かくれたる)生命と力(ちから)の音意、“ラ”は、生命発生の初音(ウネ) 物の根の意)も生命の存在そのものも、“理(ミチ)”(法則性)を示し(“ヌ”)、またそれは生命の根、元基であり(“ネ”)、延び広がる(“ノ”)ものである、と解することが出来る。

 これに相対する“ナノヌネニ”、今後=アセンション後のことは。

“ナ”の行は、生命の殖え栄ひ進展の意含む
“ナ”は、自ら奇しき(顕現の意)種々のナ、種の生物 生命をこもれりある意含めりぞ(生命の名、命名、種類)
“ノ”は、延びる 広いところ の意
“ヌ”は、まもり強き神の心 零霊(ヌヒ) 零雷(ヌチ)と現れ出し御空 それ明津の理(コトハリ)り幸取れば 自ら吾がチカラ ヌ ぞかし(御空=“上”からの振動が零(こぼれるの意)、それそのものが明津(日と月、太陽と月、そして津は中心の意)の法則性)
“ネ”は、根 元基(もとき) チカラ自と漲りはびこらす 根魂
“ニ”は、物を固らし縮め、またやわす 物を固めるにその固めしを、また、ゆるめにもそれ用いしぞ (その形を変え調いへる言霊の霊引となす)
よって、神から命名され使命を持つ生命は(“ナ”)、延び広がり(“ノ”)、“上”からの振動をチカラと“理(ミチ)”(法則性)として顕現し(“ヌ”)、それを根、元基とし(“ネ”)、変化変容して益々進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して行くものである、と、解することが出来る。

 次回は、“ハホフヘヒ”とこれに相対する“ハヒフヘホ” の解釈を述べることとする。
 今回はこれくらいにしときまんねん。




“日月神示” 夜明けの巻 第十三帖 Kellyさん的解釈 “その六”


 今回は、先回告知した通り“タトツテチ”とこれに相対する“タチツテト”の解釈を述べることとする。
 まず、たった今を示す“タチツテト”から。

“タ”の行は、命が現れ立つ、建く高く成長する音義の意
“タ”は、生命が現れ立つ、建く(たけく)高く成長の音義、進化=霊的成長、神格化に向かうこと
“チ”は、チカラ(力)意で、それは様々に現津(あきつ)(顕現)して世を成すもの(事象の“創造”をするの意)
“ツ”はつづまる(約まる)集う(つどう) 物をまとめ次々その形を変えて次なる新たななる生命を咲かすの意
“テ”は、其の道々に必ず踏むべき段々を現す(進化過程、代々、振動の段階)
“ト”は、止まると云う心
よって、生命(生きる使命=存在理由)の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)、神の“思惑の顕現”=現象化として現れ立つ生命は進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を顕現すべき使命を持つ(“タ”)、その生命は獲得したチカラ(“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む))で、事象を“創造”する(“チ”)、またそれは、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を集約して(“ツ”)、“道”(時間の進行)と“理(ミチ)”(法則性)に従い、段々に進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して行き、これらそのものが、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を止めた結果、その結果は進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)に相当するものである、と解することが出来る。

 これに相対する“タトツテチ”、今後=アセンション後のことは。

“タ”の行は、命が現れ立つ、建く高く成長する音義の意
“タ”は、生命が現れ立つ、建く(たけく)高く成長の音義、進化=霊的成長、神格化に向かうこと
“ト”は、止まると云う心
“テ”は、其の道々に必ず踏むべき段々を現す(進化過程、代々、振動の段階)
“ツ”はつづまる(約まる)集う(つどう) 物をまとめ次々その形を変えて次なる新たななる生命を咲かすの意
“チ”は、チカラ(力)意で、それは様々に現津(あきつ)(顕現)して世を成すもの(事象の“創造”をするの意
よって、神の“思惑の顕現”=現象化として現れ立つ生命は(“タ”)、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を止め(“ト”)、進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)を歩み、獲得する振動も霊的成長の段階の上昇により高振動化していき、さらに認識(悟り、幸取=さとり)も高じていく=すべての事象(自分に対しても、自分以外に対しても、外側(外国と幽界)の事象も内面とか内側(心の中と感じている事)も含め)の法則性を理解していく(“テ”)、成長すればするほどさらなる“上”との感応により高い振動を集約して顕現するものであり、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の段階が進めば進むほど高い振動を顕現した生命と成り(“ツ”)、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)が進んだ=高い振動を獲得した、その上でのチカラ(“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む))の顕現をして、事象の“創造”を成していく、今より高い事象の“創造”をする、と解することが出来る。

 ちなみに“日月神示”の表記ではないが、カタカナ表記のチカラは以下の意味がある。

“チ”は、まず“タ”の行が、命が現れ立つ、建く高く成長する音義の意があり、“チ”はチカラ(力)意で、それは様々に現津(あきつ)(顕現)して世を成すもの(事象の“創造”をするの意)
“カ”は、幽れたる(かくれたる)生命と力(ちから)の音意
“ラ”は、生命発生の初音(ウネ) 物の根の意
よって、神の“思惑の顕現”=現象化たる生命は、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、を取り込み、(霊的成長度の段階において、その高低において)“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を顕現し、それそのものが、生命発生の始まりであり、意義でもあり、事象の“創造”の根である、と解することが出来る。

 次回は、“ナノヌネニ”とこれに相対する“ナニヌネノ” の解釈を述べることとする。
 今回はこれくらいにしときまんねん。




“日月神示” 夜明けの巻 第十三帖 Kellyさん的解釈 “その五”


 今回は、先回告知した通り“サソスセシ”と、これに相対する“サシスセソ”の解釈を述べることとする。
 まず、たった今を示す“サシスセソ”から。

“サ”の行は、栄え発展する生命の音根
“サ”は、幸ひらき強く現れる生命力 物の始めの意 開(さ)き 咲き
“シ”は、弱き光 と称され、それは次々に出る生命を育む(はぐくむ)意 “慈(しげる)”のシ
“ス”は、生命発現の基(モト)、真澄(マスミ)、素、巣の意、御統、統一(ミスマル)のス、自ら統一すべ治(シ)らすの言霊
“セ”は、セキ セク(堰、堰く、急く) 狭り(セマリ) 競り(セリ) それマスミ咲かせて次々にマスミ真澄とセキソバラ(真座に立つ)しむるこれ セ ぞかし
“ソ”は、個性の本意 また原質物 その真澄(マスミ) 元 素 マスミ 真凝止(マコト)(自凝(おのころ)して止める) 此れ悉く其のチカラ
よって、生命の繁栄(“サ”)、それは“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、により育まれ(“シ”)、それは生命発現の基、素、これを真澄と称し、それを(自凝(おのころ)により)統一(“ス”)、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を止める意味での堰、それは振動の狭まり(自凝(おのころ)により凝縮)、競い合い、それそのものが真澄(マスミ)(善でも悪でもない、“上”でも下でもない、そう認識しうる振動)の顕現、これは、生命の発現とその意義である進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の真座に立つ(“セ”)、生命の個々の相違、個性、性質の違い、これを発現していく(“ソ”)、ということになる。

 これに相対する“サソスセシ”、今後=アセンション後のことは。
“サ”の行は、栄え発展する生命の音根
“サ”は、幸ひらき強く現れる生命力 物の始めの意 開(さ)き 咲き
“ソ”は、個性の本意 また原質物 その真澄(マスミ) 元 素 マスミ 真凝止(マコト)(自凝(おのころ)して止める) 此れ悉く其のチカラ
“ス”は、生命発現の基(モト)、真澄(マスミ)、素、巣の意、御統、統一(ミスマル)のス、自ら統一すべ治(シ)らすの言霊
“セ”は、セキ セク(堰、堰く、急く) 狭り(セマリ) 競り(セリ) それマスミ咲かせて次々にマスミ真澄とセキソバラ(真座に立つ)しむるこれ セ ぞかし
“シ”は弱き光 と称され、それは次々に出る生命を育む(はぐくむ)意 “慈(しげる)”のシ
よって、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して繁栄するべき生命は(“サ”)、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を真に凝り(自凝(おのころ)、自凝(おのころ)するのでタンパク質の高分子化によるローレンツ力
ローレンツ力 の発現がある)止め(マコト、)、個々の性質を発現(“ソ”)、それそのものが生命発現の基である真澄の統一であり(“ス”)、真澄の(自凝(おのころ)と自凝(おのころ)によるローレンツ力ローレンツ力 の強化により集約され)狭まり、“上”からの振動を止める意味での堰であり(“セ”)、これらそのものが、“創造”の“主(ヌシ)”の振動、人に感知しにくい高振動(弱き光)、その顕現、事象における現象化、生命の発現と進化(霊的成長、神格化に向かうこと)そのもの(“シ”)、であると解することが出来る。

次回は、“タトツテチ”とこれに相対する“タチツテト” の解釈を述べることとする。
 今回はこれくらいにしときまんねん




“日月神示” 夜明けの巻 第十三帖 Kellyさん的解釈 “その四”


 今回は、先回告知した通り“カコクケキ”と、それに相対する“カキクケコ”の解釈を述べることとする。
 まず、たった今を示す“カキクケコ”から。

“カ”の行は、形而上の潜在生命及びエネルギーの意
“カ”は、幽れたる(かくれたる)生命と力(ちから)の音意
“キ”は、天地の精気 モノの現れを示す音根、その表し得ざる心の素幸霊(スサノオ)自ら明津(アキツ、現津(あきつ)、観察され得る事象)させんにぞかし
“ク”は、亜のくぐもり(つづまり、結合) 奇霊(くしみたま) 炁空無光眞奇力存の奇(あらわれ)の意
“ケ”は、零霊(ぬひ)へ還元の音意と霊より現津(あきつ)への道程、下り魂(ニニゲ)
“コ”は停滞して働く意と細分の音義、物の凝り集まりに固まる意
よって、生命の形(形而上の生命(生きる使命=存在理由))、その力、生命力(“カ”)、その根源たる何かは天地の精気の顕れ(“キ”)、またそれは“亜”の約まりと結合の顕れ(“ク”)、そしてそれは“上”の意志の事象への顕現であり(“ケ” 下り魂)、心(靈)(ヒ)も“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、その凝り集まりであり、心(靈)が凝り集まったからこそ、自凝(おのころ)の仕組み、タンパク質の繋がり、凝り集まりにより、肉体(月(ツキ))が構成されるの意。
 
 次はこれに相対する“カコクケキ”、先回説明した通り、今後=アセンション後のこと。
“カ”の行は、形而上の潜在生命及びエネルギーの意
“カ”は、幽れたる(かくれたる)生命と力(ちから)の音意
“コ”は停滞して働く意と細分の音義、物の凝り集まりに固まる意
“ク”は、亜のくぐもり(つづまり、結合) 奇霊(くしみたま) 炁空無光眞奇力存の奇(あらわれ)の意
“ケ”は、零霊(ぬひ)へ還元の音意と霊より現津(あきつ)への道程、下り魂(ニニゲ)
“キ”は、天地の精気 モノの現れを示す音根、その表し得ざる心の素幸霊(スサノオ)自ら明津(アキツ、現津(あきつ)、観察され得る事象)させんにぞかし
よって、今後=アセンション後の形而上の生命、それは、生命とその力(“カ”)が、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を果たした生命として凝り集まり(自凝(おのころ))(“コ”)、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、これが集約され結合し(“ク”)、現津(あきつ)、観察され得る事象に顕現し(“ケ”)、自らの心(靈)が観察する事象の“上”“下”=天地、そこで獲得する振動の取り込み、それは認識(悟り、幸取=さとり)のたかまり(素幸霊(スサノオ)、“夭と屰”(ようとげき)、その素、いわゆる進化(霊的成長、神格化に向かうこと)した心(靈)(ヒ))が、事象の“創造”をする(“キ”)、と解することが出来る。

 次回は、“サソスセシ”とこれに相対する“サシスセソ” の解釈を述べることとする。
 今回はこれくらいにしときまんねん。




“日月神示” 夜明けの巻 第十三帖 Kellyさん的解釈 “その三”


 先回告知したように、今回から第十三帖の以下の文言の解釈に入っていくこととする。

「アオウエイ。カコクケキ。サソスセシ。タトツテチ。ナノヌネニ。ハホフヘヒ。マモムメミ。ヤヨユエイ。ラロルレリ。ワヲウヱヰ。」
 アイウエオ。ヤイユエヨ。ワヰヱヲ。カキクケコ。サシスセソ。タチツテト。ナニヌネノ。ハヒフヘホ。マミムメモ。ヤイユエヨ。ラリルレロ。ワヰウヱヲ。 五十九柱ぞ。

 今回は、この文言中の“アオウエイ”と“アイウエオ”についての解釈を述べることとする。

 少々先走るが、春の巻 第十七帖には、以下の表記がある。
希望は愛の現れの一つ。 どんな時、どんな人にも与へられているのぢゃ。 希望にもえつつ、現在を足場として生きよ。 呼吸せよ。 同じことしていても、希望もつ人は栄え、希望なき人は亡びる。 希望は神ぞ。
アイウエオからアオウエイの世にうつって来るぞ。 アオウエイの世が天国ぢゃ。 用意はよいか。 今の世は道具ばかりぢゃ。 使ふ人民、早うつくれよ。

 この文言中の
“アイウエオからアオウエイの世にうつって来るぞ。アオウエイの世が天国ぢゃ”
これは今後=アセンション後のことを述べていると思える。
 それは、今の事象に相対した言い回し、“アオウエイの世が天国”と言われているのは、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”が台頭し、その息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)で“創造”されている今の事象に対してであると確信する。
 また“希望”という表記、これも“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)に相対する表記であり、低い心(靈)の動き、その息吹で何かを達成しようとするのは、目下(めした)(動物の心(靈)の段階)の心(靈)の欲望の達成、“ケダモノ”あるいは“獣”と“日月神示”内で示された進化過程の心(靈)が思うことであるが、それは“希望”ではない、“上”から観て“希望”と認識するに値しない、という言い回しであると思える。
 よって、“希望は神ぞ”という文言に、自分たちは何を思うべきなのか、自分たちが進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して行き、進化を果たした心(靈)で、何を思い、何を達成するのか、どういった心(靈)の動きをしていくべきなのか、を、示しているのだと思われるし、それは当然のことながら低い欲望の達成ではない。 
 やはりそれは、自我の肥大(“石屋の仕組み”)した人はいない、よって恨みの連鎖の霊的干渉が無い、またそれを産みださない、誰もが“世為人為”(S会=紫光会の経文、四空経録の中の言葉)を理念として行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)している事象であり、ローム太霊がローム太霊講話集「第二話 四方の祈り 東」で説いた
何とかしてこの地球を、凡ての人間が不幸から救われて愉快にたのしく暮らせる楽土にしたいという、神自身の本当の気持ち
これが実現した事象である、進化した高い心(靈)の持ち主ならばそれを実現するものである、それが“アオウエイの世が天国ぢゃ”の意であると思う。

 たった今の事象、それは“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の目的、欲望の達成、その息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)、それそのものが腐った事象を創り、それが春の巻 第十七帖の“希望なき人は亡びる”、それは恨みの連鎖の霊的干渉に満ち満ち、多くの人を死に至らしめ、次の事象に移行できないアセンション落第組を増やし、築き上げてきた形骸のもの、“上”から観て、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)にとって“ほんとう”の価値が無いものは崩れ落ちる、その結末を迎える“世”になっている、このことを示唆し、それは“希望”という息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)で“創造”された事象ではない。
 よって、今後=アセンション後における事象、そこに移行すべく資質を持った人、“上”と感応した心(靈)(ヒ)が何を息吹くか、どういった世界を“創造”するか、を、示している文言である。

 それでは冒頭で述べたように、今回は“アオウエイ”と“アイウエオ”の解釈を述べる。

 たった今を示す“アイウエオ”というのは
“ア”は、天より地に降った生命の初声、究極生命の符音、事の初め、アはそれ生之雷(イノチ)に至らす
“イ”は、生気生命の発生力
“ウ”は、生物を生み出す力と説明されている。 産土の太神の“ウ”に相当するもの
“エ”は、“上”に向かう事、神格化に向かう事、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の意味、その“道理”=“道”(時間の進行)“理(法則性)
“オ”は、生命発生の元根と説明されているが、この“オ”に関しては、物質を伴った進化=肉体を持った進化のこと
なので、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、が、地に降り(“ア”)、生命(生きる使命=存在理由)が発生(“イ”)、そして生命は、連綿と続き(“ウ”)、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して行き(“エ”)、それは肉体(月(ツキ))と心(靈)(ヒ)の進化である、と解することが出来る。
よって“アイウエオ”、これは生命が発生した理由、そしてその状況、生命(生きる使命=存在理由)の存在意義を示していると思える。

 それに対し“アオウエイ”は、
“ア”は、天より地に降った生命の初声、究極生命の符音、事の初め、アはそれ生之雷(イノチ)に至らす
“オ”は、生命発生の元根と説明されているが、この“オ”に関しては、物質を伴った進化=肉体を持った進化のこと
“ウ”は、生物を生み出す力と説明されている。 産土の太神の“ウ”に相当するもの
“エ”は、“上”に向かう事、神格化に向かう事、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の意味、その“道理”=“道”(時間の進行)“理(法則性)
“イ”は、生気生命の発生力
なので、地に降りた生命(生きる使命=存在理由)(“ア”)が、肉体(月(ツキ))と心(靈)(ヒ)を持って進化(霊的成長、神格化に向かうこと)し(“オ”)、その肉体(月(ツキ))と心(靈)(ヒ)を持った生命は、連綿と続き(“ウ”)、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して行き(“エ”)、それが生命の発生力(“イ”)、これの顕現、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑の顕現、“創造”の“主(ヌシ)”が生命を創造した意図、意義、であると解することが出来る。
よって“アオウエイ”は、肉体(月(ツキ))と心(靈)(ヒ)を持った生命の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)そのものが“創造”の“主(ヌシ)”の意図であり、今後=アセンション後は、これが台頭する事象になるのだ、と、読み取ることが出来る。

 次回は“カコクケキ”と、それに相対する“カキクケコ”の解釈を述べることとする。
 今回はこれくらいにしときまんねん。




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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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