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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“ローム太霊講話集” 第三十四話 精の形とその利用法 Kellyさん的解釈“その四”



 今回も、先回取り上げた文言に続く以下の文言を解釈する。

先程の十二の修行の室は光を中心としているのであるが、光以下のものは凡て物質に譬えられるとしても、光以上のものは物でないから簡単な言葉で表わすとすれば波動というよりない…中略…しかしこの地球の上の粟粒にも過ぎない人間の心が、地球そのもの以上の力を持つことの出来るのは、物質でないこの無限に存在する波動を受け入れる

 冒頭の“先程の十二の修行の室”、これに関しては第三十三話で以下のように述べられていることに当たる。
十二の室というのはその一つの道を選んだ者の修行の場で…中略…第一室から段々進んで第十二室で完成…中略…内容を簡単に話すと、第一は自分の理想を固める室、第二は神の命を自分が媒体となって受入れる室、第三はこの神の命と自分の理想とを纏めて根本の針路を定める室、第四は術を学ぶ室、第五は道を学ぶ室、第六は命を学ぶ室、第七は光の波動、例えば現界より細かい幽界の波動を受入れるための室、それ以上は非常にむずかしくなるから名前だけを並べると、第八は光の上の空に対する室、第九はその上の無に対する室、第十はその上のあらゆる創造の根源となる炁に対する室、第十一は以上の修行を綜合して行人が神として行動を起こす力を与えられる室、第十二はそれらのものが完成して、自分の与えられた理想があらゆる所で実現出来る最高の境地を顕わす室…以下略…

 それで“先程の”と前置きされているのは、三十三話と三十四話を編纂者が編集した時の区切りが不適切であると思え、それは“十二の修行の室”に関しては、同じ日のローム霊訓講話で述べられたことを三十三話と三十四話に分けて編集したと思われるし、実はローム太霊講話集にはそういった作業の跡が他にもみられることを指摘しておく。

 本題に戻り、この文言の中ほど、
地球の上の粟粒にも過ぎない人間の心が、地球そのもの以上の力を持つことの出来るのは、物質でないこの無限に存在する波動を受け入れる
その前の文言
光以上のものは物でないから簡単な言葉で表わすとすれば波動というよりない
これが何を意味しているのか。

 それを述べる前に取り上げておかねばならないこととして、文言中の以下の言い回し、
光以下のものは凡て物質に譬えられる
これについて述べる。

 まず、全く違う話に受け取られるかもしれないが、人間は個の心(靈)であり、現津(あきつ)、観察され得る事象の“観察と認識”をしている。
 その“観察と認識”において“光以下”、これは可視光線以下、人間の目でとらえられる波長、いわゆる目に見えるもの、これを“物質”と人間が分類しているものである。
 また、今述べた視覚を含めた五感、人間の肉体に備わった感覚器官で感じ(感じる磁性)ることが出来るその対象、これを“現界”においての物質的な事象とすることが出来る。
 その現津(あきつ)、観察され得る事象とは、振動、この文言中の“波動”、これを個の心(靈)が受けているから、心(靈)に“映像”されうるのである、ということが、“日月神示” 地震の巻 で述べられていたが、これは“観察と認識”ということを理解するのにあたって実に的を得た表記であると言いうる。

 蛇足になるが、“現界、幽界、霊界、神界”においては、その場(フィールド)を構成する振動の違いがあるからこそ、物質である肉体を持った心(靈)である人間は“現界”を“観察と認識”しうる、肉体ではない“幽体”となると“幽界”の振動を心(靈)が感じ(感じる磁性)るので“幽界”を“観察と認識”しうるし、“霊体”“神体”、“霊界、神界”も同様である。
 それで“現界”に生きている人間、言い方を変えれば物質で出来た肉体を持っている個の心(靈)である人間は、ほとんど物質しか“観察と認識”出来ない、これはその人間の心(靈)が物質である肉体とともに在るからであると言いうる。
 これに相対し、“地球の上の粟粒にも過ぎない人間の心が、地球そのもの以上の力を持つ”、この言葉に甘い(亜、魔、出ずる、泉)いい加減な夢を見る人間がいるかどうかは知らないが、これは個の心(靈)の神格化を指す文言であると断言するし、人間の存在の意義は独り神(ひとりがみ、日取り神)になっていくことであるし、それは新たな“創造”の“主(ヌシ)”となりうる、ということである。
 そのために“地球の上の粟粒にも過ぎない人間の心”は、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を果たそうとする、これは誰でもそうであるが、“地球そのもの以上の力を持つ”ための“行”、そこに至るまでの資質の獲得にはいくつもの段階がある。

 それは、まず人間は、目下(めした)(動物の心(靈)の段階)(大脳旧皮質と古皮質)中心の心(靈)、“動物的なあたまの持ち主”(二十一話の表記)という低い進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)からしか始まらないのであり、そこから低い段階の“思惑の顕現”のため(低い欲望とか希望の達成とか)、頑張って(元の気を張って)自分のエネルギーを贖う(あがなう)ということをする。 
 そしてまず生業(なりわい)において、右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をする、その右往左往うと左往右往に“神の咎め”(自省させて進化(霊的成長)の方向性を示す)と“神の采配”ということを見出し、考えるようになっていき、自我の確立=固定化の段階から“慈悲”と“慈愛”という心(靈)の発現とその心(靈)の動きの強化を果たしていき、それに伴い自省(胸の磁性“十”)の“行”をしていく。
 さらにそこから進んで“行”に入っていき、この世界とは何か、とか、自分の存在の意味と意義を見出そうとする、神と自分の関係を見出そうとする、これら智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)を行使しようとする考えが始まる。
 その考え自体が息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)となり、“上”からの振動の高い部分、今までは自分の肉体と心(靈)を素通りしていた“上”からの振動が目上(めうえ)(大脳新皮質、“田”(心、靈、の四つの場(フィールド))に止まるようになり、智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)の発現と強化となり、神に近づいていこうとする初歩が始まるものである。
 そこからうんと進んで、智性(神性)を獲得する資質のある人間(資質のある人間ならば)は、いずれ太陽凝視に入っていくが、霊的成長度の低い人間、人間に限らず一切の生命の“下”から“上”という段階は、“下”であるほど低い振動からしか止められないという振動の法則性があり、それは現時点地球人が自我の確立=固定化の進化過程であるので、高い振動を獲得するための“行”である太陽凝視を行っても、まず、腹の行から始まるもので、いきなり自我より“上”の心(靈)の発現と強化にはなり得ない(だから不食、云々ということを示威行為で述べる人間が多い)。
 本題に戻り、こういった事柄も“”あるいはそれより“上”の振動を自分の心(靈)に止めるための過程でもある。
 これを太霊は、簡潔に
物質でないこの無限に存在する波動を受け入れる
と述べていらっしゃる。
 それで“粟粒にも過ぎない人間の心”が、
地球そのもの以上の力を持つことの出来るのは、物質でないこの無限に存在する波動を受け入れる”、
これは自我より“上”の心(靈)、智性(神性)、智慧(日を知る事=智性の恵み=慧)、“創造”、“慈悲”と“慈愛”ゆえの自分に対する“厳しさ”、こういった心(靈)の動きを強化させないと、“上”からの振動、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、“天津御空(あまつみそら)”、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑を含んだ荷電粒子、の、高い部分と感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)しえない、ということを、○○○大先生は著書でもこのブログでも“改”でも“総括編”でも述べているものであるし、その“上”からの振動、これを止める、これについては先回でも
第三十三話の“十二の室”の解釈でも述べたことであるが、S会=紫光会の真言、炁空無光眞奇力存(きくうむこうしんきりきぞん)の表記の意味と合致するものでもある。
画像を作り直したので以下に貼っておく。

炁空無光眞奇力存(きくうむこうしんきりきぞん)
 今回はこれくらいにしときまんねん。


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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
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アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
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発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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☆ Kellyさん的事象の観察と認識 (108)
Kellyさんがこのブログに霊縁あった人(日止、霊止)に伝えたい事 (24)
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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