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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“ローム太霊講話集” 第三十五話 術と法と道 Kellyさん的解釈“その三”



 今回は、先回取り上げた文言
心の掟として進むならば人間としての創造が完成されることは間違いない”、
これに続く以下の文言を解釈する。

ところが、その術や法一方で身を固めると物だけに思いを寄せる…中略…如何に物を得ることが人間に大切であろうと、やはりその反面にある心についてもよく知っておかなければならない。この物心両面を調和させるのが道…中略…各宗教の教えの中にもいろいろと説かれて…中略…普通の人間はそれを聞いたり読んだりしている間はよく分っていても、一旦その圏外に出ると日常の生活に追われて直ぐ物の擒(とりこ)になって…中略…それに対処するにはその物に対して徳を得ること…中略…その物を支配する力となる…中略…そうすればその物の力に対する限界がはっきり見出せる…中略…従って、人間が物に対することと心に対することとを完全に調和させてこそ、人間の理想を実現する元となる…中略…それはまた神の望まれる理想にも合致する…中略…よくそこに進まんがために各の力が纏まれば纏まるほど個人に及ぼす力も偉大となることを悟り、その力の出ずる大本をたずね…中略…これを見極め得るなれば、必ずそのものが日常生活に次々と起こる事件ばかりでなく人生の目的を達成するための強い力となる…中略…これでこそ真の道が開け神の命の下る人間となれる…以下略…

 今回取り上げている文言の重要な要旨は文末の
真の道が開け神の命の下る人間となれる
である。

 それで、この文言中の“真の道”とは何か、“神の命が下る人間となれる”とは、これに留意して、冒頭の文。
ところが、その術や法一方で身を固めると物だけに思いを寄せる
 太霊は第三十五話の冒頭で
肉体として持つことが出来る力は術とその上の法(のり)までである。この力を叡智によって導くものが道であり、この力を与えてある特別の任務を果たさせるのが神の命である
と述べておられる。

 今取り上げている文言の“術や法一方で身を固める”とすると“物だけに思いを寄せる”=物にしか息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)しない、それは、“物だけ”を対象にした“念の固まり”となる。 以下、第二十七話からコピペしておく。
妖精は単に精とも呼ばれ…中略…森羅万象に存在する…中略…念の固(かた)まりが物質化したようなもの
 先に述べたように“物だけ”を対象に息吹く、“物だけ”しか思わない、あるいは“物だけ”を獲得したい、などの思いは“”になり、その息吹はそれに関連した“”しか発現しない、発現しえないのだ、ということを述べておられる。
 これは“力を叡智によって導くものが道”=“大道”に沿ったものではないことを述べておられることに気づくべきであり、さらにこれに続く文では、
如何に物を得ることが人間に大切であろうと、やはりその反面にある心についてもよく知っておかなければならない。この物心両面を調和させるのが道
と、“”と“”について述べておられる。

 それでたった今の程度の低い人間の“”について以下のように述べておられる。
各宗教の教えの中にもいろいろと説かれて…中略…普通の人間はそれを聞いたり読んだりしている間はよく分っていても、一旦その圏外に出ると日常の生活に追われて直ぐ物の擒(とりこ)になって
 これは第三十四話の
大道に生きる者は、そういう物質については自ら求めずともその系統によって自然と運ばれて来ることを信じていればよい…中略…それにより人間の真の道は物でないことがはっきり分る
これが分かっていないから“直ぐ物の擒(とりこ)”になるということを指摘しておられるし、これに続く
それに対処するにはその物に対して徳を得ること…中略…その物を支配する力となる…中略…そうすればその物の力に対する限界がはっきり見出せる
この“物に対して徳を得る”に関しては、、第三十四話の前半(“その一~二”で取り上げた内容)で述べられ、それは“物質だけの問題なら、その妖精を可愛がることによってそれを完全に握ることが出来る”という言い回しに要約されているが、詳細については割愛することとする。

 それで“物の力に対する限界がはっきり見出せる”という言い回しの裏にあるのは何か、であるが、これは人間が“物だけ”を集めるのが使命か、あるいは“物だけ”で満足できるのか、なぜ太霊はローム太霊講話集の第一話で 物と心の満足を得る法 ということを述べたのか、でもあるのだが、おそらくローム太霊講話集を読んだ人の多くはこのことに気づかない、それは、
従って、人間が物に対することと心に対することとを完全に調和させてこそ、人間の理想を実現する元となる…中略…それはまた神の望まれる理想にも合致する
この“人間が物に対することと心に対することとを完全に調和させてこそ、人間の理想を実現する”これそのものが、第一話のタイトルと一致することであり、その“人間の理想”は“神の望まれる理想にも合致”と述べられていることに気づき、ならば自分はどんな“理想”を持ち、どう心(靈)を動かして息吹くかを鑑みるべきである。
 そしてそこに“物に対することと心に対することとを完全に調和”と述べられていることにも気づき、先の“物だけ”では人間は第一話のタイトル通りになり得ないことも知るべきである。

 そしてこれに続く
よくそこに進まんがために各の力が纏まれば纏まるほど個人に及ぼす力も偉大となることを悟り

文中の“そこに進まんがために”とは先の“人間の理想を実現する元となる…中略…それはまた神の望まれる理想にも合致”、これに該当し、そうなるならば“力が纏まれば纏まるほど個人に及ぼす力も偉大となる”、自分の“”、そして“”(“力”の顕現)、そこから得られた“法(のり)”これらが、先の“物だけ”を得ようとする程度の低い心(靈)の動きではなく、少しづつ“世為人為”(S会=紫光会の経文、四空経録の中の言葉)となり“衆生済度とか真理の探究”(天仙の思惑)となりうるものであるからこそ、“個人に及ぼす力も偉大となる”、それは自分と自分以外の人すべて、という意味合いである。

 これに続く次の文。
その力の出ずる大本をたずね…中略…これを見極め得るなれば、必ずそのものが日常生活に次々と起こる事件ばかりでなく人生の目的を達成するための強い力となる

 なぜ“力の出ずる大本をたずね…中略…これを見極め得るなれば”と述べておられるのか、それは自分が何のために“”を得たいのか、どう使いたいのか、重複するが“物だけ”を得るのに使いたいのか、あるいは“大道”前提の“”の使い方を考えるのか、これが“力の出ずる大本”という文言から感じ取れるし、それは、自分が“どういうつもり”(思惑)なのか、自分の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)は高いか低いか、それを“見極め得る”という意味合いと、もう一つ、一切の“”は神の“下”のものであり、自分は“”を得ようと努力すると神から許可、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)から許可を得て、“”を獲得して行使する資質を持つものであるし、これがまた“法(のり)”の一端でもあり、そして“”は“”(“力”の顕現)となっていくものである。

 ならば“”は何のためにあるのか、それは第二話の
何とかしてこの地球を、凡ての人間が不幸から救われて愉快にたのしく暮らせる楽土にしたいという、神自身の本当の気持ち
この“楽土”の実現のためであることを解らねばならないし、仮にこのことが理解できなければその心(靈)は“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”であると言いうる。
 そしてそれは、“人生の目的を達成するための強い力となる”と述べられ、人間が何のために生き、何のために存在するか、そして自分自身が得たいのは何か、それが第一話のタイトルであるし、この“人生の目的を達成”が、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を果たした人間が行う“楽土”の実現、またそれは先回取り上げた“心の掟として進むならば人間としての創造が完成される”に当たるが、そうならばそれは、冒頭で取り上げた文末の文言
真の道が開け神の命の下る人間となれる
この文言通りになるということが解るはずである。

 今回はこれくらいにしときまんねん。


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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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