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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“ローム太霊講話集”第三十六話 背後霊と眠りの利用法 Kellyさん的解釈“その五”



 今回は、先回取り上げた文言と重なっている以下の文言を解釈する。

そこが心の眼の開け如何ということ…中略…心に思うことは知ることではなく、実行そのものが真に知ることであるとよく言われるが、汝等は肉体を動かさないでも祈りという一つの心の運動を知っているのであるから、これを多分に用いること…中略…凡ての福を自分の目の前に存在させることが出来…中略…汝等も肉を捨てて何百年何千年となればこれらのことがよく分るのであるが、生まれて未だ百年とたたない現在…中略…自分の知っている範囲内でのあらゆる努力をして、求めずとも必ず下がってくる神の命を待っている…中略…こうして術とか道とかいろいろな心の武器を使い今日の存在を立派にしようとしている…中略…自分の現在の境遇がどうであろうと決して卑下してはならない…中略…凡ての人間はその運命宿命の中に各自の使命を持って来ているのであって、それを果たし得る得ないはあるとしても、そのために努力していることに変りはない…中略…それが重要な点とすれば、あらゆる教えの目標も見方によってはそこにあるのかも知れない…以下略…

 今回取り上げる文言は、文末から解釈していくと理解しやすい。
 まず
重要な点とすれば、あらゆる教えの目標も見方によってはそこにある
これに対し
凡ての人間はその運命宿命の中に各自の使命を持って来ているのであって、それを果たし得る得ないはあるとしても、そのために努力していることに変りはない
と述べられている。

 上記二つの文言をよく読むと“人間はその運命宿命の中に各自の使命を持って来ているのであって、それを果たし得る得ないはある”ということを述べられ、それは“人間”が“現界”に出てきた(生れ出た)理由と根拠を述べておられることが読み取れる。
 そして“各自の使命”があるにしても“それを果たし得る得ないはある”、これは達成できるできないは別として、という言い回しであるが“そのために努力している”と述べられ、そして“あらゆる教えの目標も見方によってはそこにある”と称されている。
 要は“努力”の結果ではなく、どれくらい“各自の使命”に対して“努力”するのか、エネルギーを贖うのか、ということが述べられていることに気づくものであり、これは個の心(靈)の“努力”による、エネルギーを購うことによる成長なのだということであり、そしてそれは“行”なのだと述べておられるものである。

 それだからこそ、現状が“自分の現在の境遇がどうであろうと”、自分が“行”やっているなら“決して卑下してはならない”、いうならば結果ではなく、“努力”そのものが尊いのだ、ということをよく解っておけ、である。

 その前の文言、
自分の知っている範囲内でのあらゆる努力をして、求めずとも必ず下がってくる神の命を待っている…中略…こうして術とか道とかいろいろな心の武器を使い今日の存在を立派にしようとしている

 自分は自分なりの“思惑の顕現”=現象化をしようとする、その意が“自分の知っている範囲内でのあらゆる努力をして”であり、またそれは生業であったり“行”であったりするが、先に解釈した通り“努力”そのものが尊いならば、神が認める“努力”ならば、“求めずとも必ず下がってくる神の命”を実行しうる資質と資格を持ちうる、そのために“術とか道とかいろいろな心の武器を使い今日の存在を立派にしようとしている”のが、自分たちであるということをよく解っておけよ、である。
 これらに関しては第十九話の
汝等はこの行業一致の精神を凡てのことに取り入れて、神が与えた人間本来の特権である神の命を実行するものとなってこそ真の人間と言える
この“人間本来の特権である神の命を実行するもの”が“真の人間”であるという言い回しが参考になるはずであり、またそれは“真固止の人間”(“上”の思惑(荷電粒子)を真に固く止める人(日止、霊止))であるといいうる。

 その前の文言、
汝等も肉を捨てて何百年何千年となればこれらのことがよく分るのであるが、生まれて未だ百年とたたない現在
文言通り、お前たちはまだてんで未熟だから分かっていないという言い回し。

 その前の文言の
凡ての福を自分の目の前に存在させることが出来
これは、先回取り上げた
心の眼の開け如何”、換言すれば、霊的成長度の高低における“観察と認識”の程度の相違、ということを述べておられるものである。
 そしてそれは、常に自分の“心の中に据え”られている対象が“創造”の“主(ヌシ)”ならば、たった今がどんな状況だろうが苦痛や苦悩でいっぱいであろうが、自分が目前の事象により“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)に育てられていることを理解出来うるので、
その気にさえなれば福というものは常に自分の前にある”のであるが、未熟なお前たちは先の“努力”の結果しか頭にないものである。
 先に述べた“努力”そのものが神に認められるならば、未熟なお前たちが思う薄っぺらい“”、ではなく、それは“大道”を歩む、これ事態が“”であるという解釈が成り立つし、その結果としては先の“求めずとも必ず下がってくる神の命”、これをたった今の事象、“現界”に顕現する、その資格と資質を獲得する、そのために今回取り上げている文言の冒頭、
そこが心の眼の開け如何ということ…中略…心に思うことは知ることではなく、実行そのものが真に知ることであるとよく言われるが、汝等は肉体を動かさないでも祈りという一つの心の運動を知っているのであるから、これを多分に用いること

この“心に思うこと”を“実行”する、またそれは“真に知ることであるとよく言われる”と述べられている、これは先の“努力”の結果を“観察と認識”したからこそ“真に知ること”には違いない。 
 それでそのあとに
が、汝等は肉体を動かさないでも祈りという一つの心の運動を知っている
と述べられ、これは息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)であり、“”であり、自分たちにとっての“”は、“心の眼の開け如何”で、たった今苦痛や苦悩、“上”が課した試練や課題、これをこなして苦しい思いをしている最中でもそれは、自分の心(靈)が育っている、また“上”の許可があるならば、先の
求めずとも必ず下がってくる神の命”、これを
神が与えた人間本来の特権である神の命を実行するものとなってこそ真の人間”、
自分が“上”から評価され、神の“思惑の顕現”を代行するものとなりうる、これが、“”の“ほんとう”の意味と解し、これは“その二”で述べた、神を示す意のある示す偏(へん)と、旁(つくり)は“創造”の“主(ヌシ)”を示す“一”(亜から出ずる、アイ)と、それを、三十四話の
粟粒にも過ぎない人間の心が、地球そのもの以上の力を持つことの出来るのは、物質でないこの無限に存在する波動を受け入れる
この“無限に存在する波動を受け入れる”に当たる“口”と、目上(めうえ)の脳、“田”(心、靈、の四つの場(フィールド)、大脳の新皮質)、これが重なった表記が“畐”であることを、再度述べておく。

 今回はこれくらいにしときまんねん。


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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
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出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
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