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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”下つ巻 第十一帖 Kellyさん的解釈



先生は先日、前のブログを出版用の原稿にするための整理がやっと終わりましてん。
…ほんでからその作業中に、
先生自身にたくさんの高い霊的存在の憑依があったようで、そういう憑依現象はたくさんのエネルギーを贖う(あがなう)から、
加筆訂正が全部終わって、出版社に添付ファイルをメールしてから…
・・・ゞ(_△_ )ゞ ヒクヒク・・・・・・ゞ(_△_ )ゞ ヒクヒク・・・・・・ゞ(_△_ )ゞ ヒクヒク・・・って、
一日くらいちょっとコケてたらしく…そやけどもう復活しましてんな。
中々しぶといジジイでんねん。(爆)

ほんでからに添付ファイルを送ってから、たま出版のチョ~お偉いさんからわざわざ電話いただいた。
…そのとき先生はお偉いさんに…“これで完成ですね”ってねぎらいの言葉を掛けて貰ったんやけど…その気使いの言葉に対し先生は……“いや~~先にやっとかんと気が済まんって言うのか…アタシの性格ですね”
……なんて、自分のことだけ言うただけで、
お偉いさんのねぎらいの言葉に対してのお礼を述べるのをコロッと忘れてたやん。
アホでんねん。
そやから、この場を借りて、Kellyさんが先生に成り代わってお詫びさせてもらいまんねん。
ペコm(_ _;m)三(m;_ _)mペコ・・・<( ̄∇ ̄)ゞゴメリンコ~♪ m(*T▽T*)m オ、オユルシヲ・・・

……っちゅう事で、このブログも再開しまんねん。
今回は下つ巻 第十一帖を解釈しまんねん。原文は以下の通り、


けものさへ神のみ旨に息せるを神を罵る民のさわなる。
草木さへ神の心に従ってゐるではないか、
神のむねにそれぞれに生きてゐるでないか、
あの姿に早う返りて呉れよ、
青人草と申すのは草木の心の民のことぞ。
道は自分で歩めよ、
御用は自分でつとめよ、人がさして呉れるのでないぞ、自分で御用するのぞ、
道は自分で開くのぞ、人頼りてはならんぞ。
七月の十八日、ひつくのか三。


冒頭の文、

“けものさへ神のみ旨に息せるを神を罵る民のさわなる。”

この“神のみ旨”…この表記に大事な意味を感じるんやけど、Kellyさんがそう思う根拠は、
この後の文の、
“神のむねにそれぞれに生きてゐるでないか、あの姿に早う返りて呉れよ、”
この表記では“神のむね”って書かれてる。
そやから“神のみ旨”と“神のむね”…この表記の違い……

“神のみ旨”この“旨”っていう字は、匕部(ひぶ)ひ、さじ、さじのひ、(さじ、あるいは変化の意符をもつ)と、太陽の日で構成されてる字でもある。
さじは、匙、スプーン、中華料理に使う蓮華のことでんねん。
そやから、日=太陽、それは“上”からの振動、太陽由来の宇宙線、可視光線…色んなことを前のブログで先生と話したけど、それらはすべて創造主の愛(炁)の顕れやって先生は定義づけた。
(霊的干渉“目上(めうえ)と目下(めした)”その八 参照)
それを匕部(ひぶ)さじ、で受け止め、変化させる。
“神のみ旨”はそういう意味のことをいうてると思いまんねん。

ほんでから“息せるを”…これは息吹のこと、振動の受発信のことで、
“上”からの振動を息吹いて生命活動を行っている意味にしか取れへんな。
ほんでから振動の受発信って言うのんは、
どんな下等生物だろうが神さんであろうが共通の法則性であると思われるし、
そやからこそ観察行為と認識って言うのんは、
全存在に共通すると思われる。

観察行為と認識を言い換えれば、振動の受信と増幅で、
それは発振、発信につながり、
発振、発信した振動は自分に還り(ブーメランの法則と“曲霊(まがつひ)”)、
還ってきた振動を受信しながら現津(あきつ)=観察され得る事象を感じ(感じる磁性)る。
そやから生命の進化っていうのんは、
“上”からの振動を取り込み、細胞内で遺伝子が螺旋状に成って行ったことを先生は、
太陽凝視を行っている鍼灸師の話“改”の2009年1月1日の記事に書いたけど、
地球人の学者はそういう分析が出来ず、
ただ原核生物から真核細胞を持った生物に進化したって分類しか出来てない。
それは…生命っていうのんは、神の思惑の顕現って視点が無いからや。
そやから“神のみ旨”…“上”から降り注がれる荷電粒子による影響を受けているって視点が無いからや。
電磁波が生命の思惑そのもので、それが“上”からなら神のオーラやし、普遍的に実在する創造主のオーラ(宇宙背景放射)ってことやし、
それが人(日止、霊止)なら“一二三”のオーラってことになる。
動物なら“一”=智性=1番目のオーラがほとんどないから、“土”=2~3番目のオーラ、それは、肉体だけ=集合意識の心(靈)の発現って言うことで、それは集合意識から自我の確立=固定化の進化過程で、いずれ動物も自我の強化を行い、“上”からの振動を取り込む意味での表記の“日止、霊止”の段階に入り、そして独り神になる段階に移行する…人間と動物の進化過程の違いでんねん。
そして(自分の立場から相対的に)“上”でも、同位相でも、“下”からでも、
すべて、実在と感じる何かからの(自分に対しての)オーラの相互干渉があり、
それは自分の心(靈)の構築になる。
そこまでのことを考えさせられる文章でもあるな。

ほんでから神の思惑そのものが生命の進化で、
何のための進化かと言えば、生命の神格化でしかない。
ほんでからそのことを理解してない…“上”からの振動を息吹して、心(靈)が“上”からの振動を受けて自分の思想や認識にして受発信して、この事象を構成しているけど、
それを知らんから…はっきり解ってないからこそ“民のさわなる。”…障害の意味を持つ“さわ”…障るとかの意味をいわれてる。

そやから人は動物に比べ“上”からの受信をしたから“力”と“知恵”を持った。
そやからこそこの言い方は知恵をあんまり持ってない“けものさへ”“神のみ旨に息せるを”……人は“上”の思惑を取り込みながら進化してるのに、
今の人ときたら“神を罵る民のさわなる。”…悪知恵を働かせ、
この世界をダメな方向に向かわせる…こんなことは誰でも“日月神示”を読んだらそう思うやろけど、
その意味以外で、もうひとつ、
生命の進化の法則性は、神格化所以のことなんやって今の人は認識を持ってない……
Kellyさん的にはそんなふうに思えるやん。
そやからそれは…Kellyさんがそう思うのは、
下つ巻第十一帖は、下つ巻九帖と十帖の続きのような内容にも取れるからで、
そやからそれは下つ巻第九帖に

ローレンツ力と ○ローレンツ力を持っていない霊=○、荷電粒子の場(フィールド)  とは心の中に「ローレンツ力」があるか「ローレンツ力」がないかの違ひであるぞ。”

これは霊=○、荷電粒子の場(フィールド)の中のローレンツ力ローレンツ力  を示す。
ローレンツ力がなければ“上”からの振動を自分の磁性により回転させることが出来へん。
そのローレンツ力は、
縦の磁性、背骨とその周りのコイル状の神経によるものって言うのんが先生の解釈でもある。
そやからそれは“彌栄(いやさか)”の旧字に示されてる。

弥の旧字 
この解釈に付いては前のブログ、
思惑と顕現“その十一”“上”の思惑と顕現…“天の御目”を読んで欲しいねん。
これがチャクラのことやって言うのが先生の説でんねん。
ほんでからこの“彌”の旧字は、荷電粒子の回転と相互干渉まで記されてまんねん。
この字に対する解釈を先生は“改”で詳細に解説するつもりやけど…今だに原生動物の進化に付いて述べてる段階やから…何時になる事やら……。

ほんでからこの次元、物質世界に位置してる生命は、
肉体の磁性、“力(ちから)の根(ね)”=肉体内の鉄分子が持つ磁性を持ってる。
そやからこそ、心(靈)が肉体を持っていると、霊的成長は効率よく進むと思われる。
言い換えればそれは、
心(靈)に“上”に向かうローレンツ力が加わってるからこそ、
“上”の思惑を自分に取り込むことが出来る。
それは智性(日を知る性質)の発現になって行く
そしてそれは、現時点より相対的に“上”の心(靈)の発現になる。
このことに付いても下つ巻 第九帖で述べたから、よく読んで欲しいねん。

ほんでからに“役員づら”した人は、
“上”に向かう心の動きを持っていない。
さっきも指摘した、進化をただ分類だけで観てるだけの認識の低い学者と、
低い功名心と自尊心で現状を批判して“日月神示”の文章を解釈してる人とか、
何とか大予言とか、何とかの黙示録とか…ただ文章を解釈して義務教育の道徳のようなことを説いてるだけでは、たいした霊的成長=“身魂磨き(肉体組織の結晶化)”にならへん。
霊的成長は“行と修行”が必要やし“行と修行”の苦痛や苦難や試練は、
生体内電流の強化ローレンツ力の強化になり、“上”からの思惑を取り込むようになる。
そやから“波羅密”“舎利子”のことを先生は前のブログで言うたやん。

話を戻し、これは先生がいつも思うてることなんやけど、
そんな批判だけして自分のサイトで意見を述べたり、自分の意見を出版してその利益を自分だけのために使ったり……いくら相対的に正しいことを言うとか、人の道とか、進化の方向性とか、アセンションを説いたとしても、それは“上”からの受信であり、
それを自分の利益にするだけならば、単なる自己奉仕者…“日月神示”の表現なら“われよし”で、自分に対する愛(炁)しか顕現して無い進化過程でしかない。
そして低い功名心と自尊心はマニピューラチャクラの進化過程でしかない。
それを知ったなら自分はどんな行動をとるべきなのか…それが顕れんとアカンやん。
そんなんを“日月神示”では“役員づら”って呼称され、
低い功名心と自尊心の心の動きで慢心し、自分だけ違うと思い高慢になってる人は“鼻ポキンおれるぞ”…そうなってから、自省(胸の磁性“十”)の“行”に入る…そうとしか思えへん。

ほんでからにローレンツ力…そやけどそこには“善の回転=日足(ひたり)回り”がなければならない。
そやからこそ心(靈)は腹=自我から“上”…智性に向かう。
それは縦の磁性で言うたならば、頭の磁性の強化でなくてはならない。
それが“呂”“宮”に示されてる。
ほんでから“悪の回転=砌(みぎり)回り”は自我から“下”…本能に向かう。
そやから先生は“悪”を心の動きの本能化と低振動化って定義した。神の思惑、生命の神格化の反対やからでんねん。
そやからこそ先生は“善”の定義を、神格化の方向性と智性の受信って言うた。
そういう点で今後は、
“身魂掃除”“身魂洗濯”して自分の心の動きを自分で判別できるようになるからこそ、
下つ巻 第十帖に書かれてるように、
“臣民は静かに、神は烈しきときの世”って事で、その解釈の時にもKellyさんは言うたけど、今の形骸の価値で動いてる世界とあべこべの事象になり、アセンション後の地球に残ったある程度霊的成長した人、自省(胸の磁性“十”)の“行”を体験して自分の在り方を常に考えてる人が“上”の思惑を受信しながら、
段々、神聖な事象を創っていくようになるって事でんねん。

ほんでから次の文章、

“草木さへ神の心に従ってゐるではないか、
神のむねにそれぞれに生きてゐるでないか、
あの姿に早う返りて呉れよ、
青人草と申すのは草木の心の民のことぞ。”

この表現も“上”からの振動、特に草木って言うてるからこそ、
太陽のことを指すと思える。
そやから“神の心”=太陽ってことでしかない。
ほんでから“青人草”…これは日本書紀に出てくる、
“顕見蒼生、此をば宇都志枳阿烏比等久佐(うつしきあをひとくさ)と云ふ。”…のことらしく、ほんでから蒼生(そうせい)を青人草(あおひとくさ)と称され、それは国民、人民、民草ってことでんねん。
そやけどKellyさん的にはそんな意味だけではなく、そやからそれは…“青人草”
“青”“人”“草”に分けて考えれば、
青の上半分は生きるって言う字から丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)を外した表現、ほんでからこれは前のブログ、
思惑と顕現その十上の思惑と顕現・・・“天の御目”に使った画像やけど、重要やと思うから貼っておきまんねん。

生きるの解字 丿部(へつぶ)三つのオーラ(たて棒、コン) 
ほんでから“青”の下半分は“丹”やって事で、
これは上つ巻の解釈で何回も言うたことやから詳細に述べるのはやめときまんねん。
ほんでから“人”は丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)でもある。ほんでから“草”は、胸の磁性“十”と“日=太陽”と、クサカンムリ…そんなふうにしか見えへんな。
そやから“青人草”は、
“上”の思惑を取り込み“一二三”のオーラにして縦の磁性(たて棒、コン)で繋ぎ、
それは帯電するミネラルに“上”の思惑を取り込み蓄え肉体組織の結晶化をするのが“青”。
ほんでからそれは丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)で、“人”。
進化して行く様子は“草”に現れてる。
“青人草と申すのは草木の心”
“草木”草と胸の磁性“十”と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)と丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)で、“木”。
何を取り込んだら人は進化=神格化して行くのか…それを問うてるように思える言葉やな。

ほんでから次の文、

“道は自分で歩めよ、
御用は自分でつとめよ、人がさして呉れるのでないぞ、自分で御用するのぞ、
道は自分で開くのぞ、人頼りてはならんぞ。”

“道”…生命の目的=神格化、
自分の在り方で発振、発信される振動の内容は決定され、その振動が自分に還り、
現津(あきつ)=観察され得る事象になり、
そのよい形を願うならば、自分のやるべき使命を理解して=“御用”を考え、
それは役員づらではなく“身魂磨き(肉体組織の結晶化)”、
高い振動を取り込み同時にローレンツ力の強化をして、
“上”の思惑を取り込む“行”をして、
そして、
自分の心の中の認識(悟り、幸取=さとり)でしか、
“道”=進化の方向性=神格化=心(靈)が“上”に向かう…そうなって行かへんいうことでんねん。

今回はこれくらいにしときまんねん。

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コメント

先日は、お花の名前を教えて下さって
ありがとうございました♪
お花の名前がわかったので、育て方を調べて・・・
大切に育てますね。
何分、お花を育てるのが上手じゃないものですから(^^;

プロフィールの写真のお花もとても素敵ですね。

ユズキ 様へ


わざわざのご来訪ありがとうございました。

> 何分、お花を育てるのが上手じゃないものですから(^^;

誰もが最初から花を育てるのは上手ではないですよ。
名前を覚え慣れ親しみ愛着が湧き・・・そうやって花とお付き合いしていけば、
花も応えてくれますよ。

また、お写真、拝見にうかがいます。

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
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