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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”下つ巻 第二十八帖 Kellyさん的解釈



前回の記事で、“7月中旬位まで、先生は私事で忙しいようで、 そやからこのブログは、少し更新が滞る様でんねん。”…と、お知らせしたんやけど、先生は一つ、大仕事(前のブログの出版のための入稿用原稿のチェック、六冊分)を終えましてん。
そやけど、まだまだやる事が残ってはいるけれど…それはと言うと、○○○療院の常連客が開催する数年に一度の日舞の発表会、そのプログラムの作成とか進行の手伝いとかの雑事…これはもう済ませましてん。ほんでからその発表会の写真撮影が残ってまんねん。それともうひとつ、毎年恒例の梅干の漬け込みが残ってる。
そやけど、もう先生のペースでできることやから、そやからこのブログは、ボチボチ更新して行きまんねん。

今回も下つ巻 第二十八帖を解釈しまんねん。
原文は以下の通り、

またたきの間に天地引繰り返る様な大騒動が出来るから、くどう気つけてゐるのざ、
さあといふ時になりてからでは間に合はんぞ、用意なされよ。
戦の手伝ひ位なら、どんな神でも出来るのざが、
この世の大洗濯は、われよしの神ではよう出来んぞ。
この方は元のままの身体(からだ)持ちてゐるのざから、
いざとなれば何んなことでもして見せるぞ。
仮名ばかりの神示と申して馬鹿にする臣民も出て来るが、
仕まひにはその仮名に頭下げて来ねばならんぞ、
かなとは
ローレンツ力と ○ (カミ)の七(ナ)ぞ、神の言葉ぞ。
今の上の臣民、自分で世の中のことやりてゐるように思うているが、
みな神がばかして使ってゐるのに気づかんか、
気の毒なお役も出て来るから、早う改心して呉れよ。
年寄や女や盲、聾ばかりになりても、まだ戦やめず、
神の国の人だねの無くなるところまで、やりぬく悪の仕組もう見て居れんから、
神はいよいよ奥の手出すから、奥の手出したら、
今の臣民ではようこたえんから、
身魂くもりてゐるから、それでは虻蜂取らずざから、
早う改心せよと申してゐるのぞ、このことよく心得て下されよ、
神せけるぞ。
八月二日、ひつ九のか三。


今回の文章も、アセンションのことと、現状の地球人の霊的成長度のことを言うてる。ほんでから霊的成長度で分けることを言うてる。それを理解してないと、この文章は解釈できへんと思いまんねん。
そやからまず、冒頭の文、

“またたきの間に天地引繰り返る様な大騒動が出来るから、くどう気つけてゐるのざ、
さあといふ時になりてからでは間に合はんぞ、用意なされよ。
戦の手伝ひ位なら、どんな神でも出来るのざが、
この世の大洗濯は、われよしの神ではよう出来んぞ。”

この文章の中の“またたきの間に天地引繰り返る様な大騒動”…“さあといふ時になりてからでは間に合はん”…これは、アセンションが、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の思惑の顕現であり、神のプログラムであることを前提に言うてる。こんなことは、このブログと前のブログを読んでもらった人に、あえて説明せんでもエエんやろけど、アセンション後の創造を託されない霊的成長度の低い人は、アセンションって言葉に甘い夢を抱き、誰もが今後の世界に位置できると思いたい。そやから言うておきまんねん。
ほんでから“この世の大洗濯は、われよしの神ではよう出来んぞ。”…この文章の表記の“われよしの神”は、自己奉仕者、自分に対する愛(炁)しか発現していない人。その進化過程=霊的成長度においての神の認識(悟り、幸取=さとり)ってことを言うてると思える。
そやからそれは、程度の低い認識の人は程度の低い解釈しかしない。それぞれの霊的成長度に応じた認識ってもんがある。
そやから前のブログの“事象の形骸化”の中で、現状の地球人の平均的霊的成長度って言うのんは、価値のある何か…霊的成長のための指針となる事すら、自分達の商売にしてしまう。そのことを指摘した。(余談やけど、“事象の形骸化”は、出版される本の<4><5>になりまんねん)
そやから、程度の低い人(日止、霊止)の認識は、神であろうが霊的成長の指針となるべき宗教やヨガやオーラや主護霊の概念や…それら、とても価値のあるものすら、自分たちの商売に利用する。
ほんでから、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”…これは今まで何回も言うて来た、マニピューラチャクラの心(靈)の動き、そこから“上”の心(靈)の発現が足らん人、“慈悲”と“慈愛”を持っていない人、“石屋の仕組み”の段階の心(靈)の動き…いろんな言い方をして来たけど、心(靈)の発現が“上”に向かうのが霊的進化であり、進化の本当の意味を示すものでもあり、進化は神格化であり、人の神格化は神の思惑であり、神の“創造”の目的でもある。
そやからそれは、前のブログで、先生とKellyさんが長い話をした中での、結論の一つでもある。
人が、進化過程で=霊的成長度に於いて、心(靈)が育っていく過程で、神を意識しだしたなら、自分たちは、神格化…神に近づいて行くそのステップを思わんならん。
思うべきでんねん。
それがほんまの幸福(自分の認識の拡大=“一”=智性=1番目のオーラを増すこと=神格化)でんねん。こういう言い方をすると言葉は大げさになるんやけど、それをして行かんと、自分たちの世界は良い世界にならへんねん。ほんでからこの文章の表記の“この世の大洗濯”は、それを指して言うてる言い方でんねん。
それがまた人(日止、霊止)の“道”でもあると思えるんやけど、“石屋の仕組み”(帯電するミネラルが固まっていない=真固止ではない=腹の水(“江戸と尾張”の“江”)段階の心(靈)の動き)の段階の霊的成長度の心(靈)の動きは、なんでも自分の商売にする。それは、今、とても多なったアセンション関係の本でもそうでんねん。そやから、程度の低い心(靈)って言うのんは、価値のある何かを、なんでも自分の都合の良いものにしてしまう…利用だけするって事でんねん。
もっと簡単に言うたなら、アホはアホの解釈しか出来へんねん。
ほんでからアホの解釈を広め、アホを増やして多くの人を“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の傀儡にして、恨みの連鎖の霊的干渉を増して行く。それそのものが“石屋の仕組み”でんねん。
そやから、霊的成長度がある程度“上”になってて、それは平均的地球人よりも“上”って事なんやけど、そうなったなら自分が持ってる“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を、自分でどう扱うのか考える。そしてその、自分の在り方由来の思想を、行動に移す=事象の創造に活かす。
そうなっていくのがまた“慈悲”と“慈愛”ゆえの自分に対する“厳しさ”とか、“観自在”“直日(なおひ)”…そして自省(胸の磁性“十”)の“行”でもあるし、この世界=今の現津(あきつ)=観察され得る事象が、そういう霊的生長度の人(日止、霊止)の発振、発信で“創造”(神の思惑と生命の思惑、電磁波(振動)の相互干渉)されたのならば、価値のあるものは形骸にならない。誰もが本当の価値を認識出来るようになる。宗教も政治も天皇制もヨガも主護霊やオーラの認識もアセンションの情報も…etc…すべて自分達の霊的成長のための指針となるべきものであると認識され得るようになる。
そうなっていくのがまた、アセンション=霊的成長度に応じて、それぞれの(霊的)進化過程の場(フィールド)に振り分けられる事でもある。
そうせんと、それぞれ“上”と“下”の進化過程の心(靈)は、育ちにくいからやねん。そやからさっきも言うたけど“この世の大洗濯”は、自分の心(靈)の動きの“上”と“下”、“善(神格化の方向性と智性の受信)”と“悪(心の動きの本能化と低振動化)”を自分の智性=“一”=1番目のオーラで見極める。それが完成された人を表した表記での“王”でもある。ほんでから自省(胸の磁性“十”)の心の動きを表した表記は“玉(ぎょく)”でもある。またそれが、“日月神示”内の表記では、“身魂掃除”“身魂洗濯”でもある。

ほんでから次の文章、

“この方は元のままの身体(からだ)持ちてゐるのざから、
いざとなれば何んなことでもして見せるぞ。”

この文の“この方は”って表記は、霊的成長を果たし、アセンション後に位置した人の中でも、得に霊的に高く、“上”の思惑を直に感得し、今後の世界の“創造”に当たって指導者的な役目を持つ…その使命を託されてる人の事を言うてると思える。そやけど突拍子も無い事を言わんならんから、これ以上は説明をしませんねん。
ここまで先生の文章を詳細に読んではったなら、なんとなく判ると思いまんねん。

ほんでから次の文章、

“仮名ばかりの神示と申して馬鹿にする臣民も出て来るが、
仕まひにはその仮名に頭下げて来ねばならんぞ、
かなとは
ローレンツ力と ○ (カミ)の七(ナ)ぞ、神の言葉ぞ。”

この文でも言われてる通り、“日月神示”そのものが人(日止、霊止)の神格化を説明し、神格化のステップであるアセンションを説明し、そして、それを伝えんならん理由と根拠は、今の世界=今の現津(あきつ)=観察され得る事象の創造をしてる人は、大半が霊的成長度が低いからやねん。
そやから“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の思惑を伝えてるって言うてまんねん。 それは“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の思惑を含んだ荷電粒子でんねん。それを指して“神の言葉”って称されてまんねん。

ほんでから“ (カミ)の七(ナ)”…これも大半の人は解釈出来へんねん。
何回も言うた通り○は、荷電粒子の場(フィールド)、それは生命(生きる使命=存在理由)が縦の磁性を持っているから、心(靈)が育って行ったからでんねん。それとローレンツ力
ローレンツ力  でんねん。
ほんでから“七(ナ)”の“七”は、“一”=智性=1番目のオーラと乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)でんねん。
ほんでから()内の“(ナ)”は“一”=智性=1番目のオーラと丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)でんねん。
ほんでから“(ナ)”は、使命=氏名って言う意味での名=“ナ”やと思いまんねん。
要は“一”=智性=1番目のオーラの大きさ=認識の拡大した心(靈)が、今後(アセンション後)の世界の“創造”をして行く。それを言うてると思えるんやけど、この文章自体が中々気のきいた複雑な言い回しの表現でんねん…とても、平均的霊的成長度の地球人には解釈出来へん言い回しやと思いまんねん。

ほんでから次の文、

“今の上の臣民、自分で世の中のことやりてゐるように思うているが、
みな神がばかして使ってゐるのに気づかんか、
気の毒なお役も出て来るから、早う改心して呉れよ。”

冒頭の“今の上の臣民”は、今活躍してる人たち、形骸の価値観で上に立ってると思われてる人たちの事でんねん。経済のトップとかアホみたいな政治家とか、アセンションや“日月神示”の解釈本を売って儲けてる“役員づら”の人たちとか…要は、その人たちの心(靈)の動きは自己奉仕者でしかなく、“石屋の仕組み”でしかなく、ほんでからそれは現津(あきつ)=観察され得る事象としての右往左往…失敗の世界で失敗の認識を得て自省(胸の磁性“十”)の“行”に入る。入らんならんから失敗せんならん。
自分たちの今までの創造が間違ってるって認識せんならんからこそ、経済の破綻や、政治家が如何にトロくっさいのか暴露されつつもあり、アセンションや“日月神示”を利用して自分の利益のために本を売ってる人たちも、これからその自己奉仕者ぶりが問題になるやろな。ほんでからそれを指して“気の毒なお役”でんねん。
そんな人たちがアセンション後の世界に居てるなら、今とおんなじ、腐った世界にしかならへんねん。そやからそれはかわいそうって言う意味ではなく、気、の、毒…発信される振動(息吹=心(靈)が吹く)が他者を害する“毒”でしかないってことを言うてると思いまんねん
話を戻し、アセンションに伴う経済の破綻や天変地異や戦争…きっとこれから起きるやろけど、それを体験した心(靈)やからこそ、今後の自分たちの存在の在り方…生きている死んでいるに関らず、自分の心(靈)の在り方ってことを考えていくようになる。
そういう意味で、“神がばかして使ってゐる”って言われてて、それは程度の低い心(靈)が低い解釈の神の概念を持つことをさっきいも言うたけど、下つ巻 第二十八帖内の表記での“神”やから、そのことを指してると思える。
そやからこれも“上”のちょっと意地の悪い言い回しで、神の認識を低くしてるのは、自分たち、自分の心(靈)の霊的成長度なんやって、あえて強調している文章やと思えるな。

ほんでから次の文章、

“年寄や女や盲、聾ばかりになりても、まだ戦やめず、
神の国の人だねの無くなるところまで、やりぬく悪の仕組もう見て居れんから、
神はいよいよ奥の手出すから、奥の手出したら、
今の臣民ではようこたえんから、
身魂くもりてゐるから、それでは虻蜂取らずざから、
早う改心せよと申してゐるのぞ、このことよく心得て下されよ、
神せけるぞ。”

この文章の要(かなめ)は、“奥の手”と“身魂くもりてゐるから…改心せよ”やろな。
そやからまず“奥の手”を解釈すれば、今までフォトンベルトって言うのんは、大日如来の条帛(じょうはく)に相当するとか、加速された荷電粒子やから白く光ってるとか言うて来た。ほんでからアセンションの時期=タイムスケジュールに合わせ、フォトンベルトに近付いてきてるって観測されてる。そやからこれまでも言うたけど、フォトンベルトの荷電粒子は人(日止、霊止)の自省(胸の磁性“十”)を促す。そこでフォトンベルトの荷電粒子と霊=○、荷電粒子の場(フィールド)が“上”に向かう反応をすれば、今後の世界の良い“創造”と今後の自分の在り方を考えて行く。
そやけど、その反面、自分の在り方を振り返る人が多くなってるからこそ…増えてきてるからこそ、そこで、心(靈)が折れてる人の中で、たくさんの浮游霊に心の動きを支配されてる人たちは、自分を悔いて恥を知ったりして自殺をしたりもする。
これもアセンションに伴う事で、自省(胸の磁性“十”)の“行”には違いないけど、行き先は地獄(と認識されうる場(フィールド))で、地獄で自分の在り方を振り返る、閻魔の庁の浄玻璃の鏡(えんまのちょうのじょうはりのかがみ)を見せられて、認識を改めるってことになる。
そやから、その人の霊的成長はとても時間が掛かり、霊的進化は遅れる…それが人(日止、霊止)の進化を阻む思惑=“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の思惑でもありまんねん。
今言うたことを踏まえ、この文章を一つ一つ読めば、
“年寄や女や盲、聾ばかりになりても、まだ戦やめず、
神の国の人だねの無くなるところまで、やりぬく悪の仕組もう見て居れんから、”…これは、
“年寄や女や盲、聾”…年寄は、砌(みぎり)のエネルギーを失った人、その反対は、クサカンムリに右=砌(みぎり)、これは現津(あきつ)=観察され得る事象の創造に関わるエネルギーでもある。ほんでから“女”は、男の思惑を後世に残す…子供を産んで男の思想を受け継がせる役目。ほんでから、男って言うのんは、その字を観ると上半分は“田”…これは思うって言う字の上半分と共通で、心、靈、の四つの場(フィールド)、大脳の新皮質を指し示す。ほんでから“田”の下の“力”は、事象の“創造”のための“力”を指し示す。
そやから、女だけではこの世界は出来上がって行かへんねん。
男と女は、神の極性、日足と砌(ひたりとみぎり)…言い換えれば“思惑と顕現”(“亜”“ア”から“出づる、泉、”“イ”=愛(炁))の現われでもあるからやねん。
ほんでから“盲”“聾”って言うのんは、障害者を指す表記ではなく、認識の低い人は高い振動を受けられへん。そういう意味の事でんねん。低い認識の人=霊的成長度の低い自己奉仕者は、価値のある何かを自分の認識の程度に応じた低い解釈をして、低い心(靈)の動きで利用する…さっき言うたばかりやな。
そやからそれは“上”の思惑を体得出来て無いし、ただ言葉だけ知ってて、金儲けに利用して、弄んでるだけでんねん。
そやから今の世界は、そんな人ばかりの世界になってて、それでも奪い合ってるから“まだ戦やめず、”と称されてる。
そやから“神の国の人だねの無くなるところまで、やりぬく悪の仕組”…神さんは、人の幸福を願ってる、人の良い在り方を願ってる。それが顕現できた事象=場(フィールド)を“神の国”と称されてる。ほんでからその“たね”=要因としての“たね”を“人だね”と称されてる。それを無くすのが“悪(心の動きの本能化と低振動化)の仕組”でんねん。
そやから“神の国”を顕現する…それがさっき説明した男って言う字の“田”と“力”に表れてて、この文章の表記の“神の国の人だね”は、日足(ひたり)の極性であり、それが人の性別に顕れてて、良い世界の構築をして行く役割は、その性別は男である。より良い思惑=日足(ひたり)を構築する性別が、男であるって事でんねん。
そやけど、こんなんおおっぴらに言うたなら、田○○子はんに怒鳴られそうなんやけど…今、自分の思想を誇る事が出来ない=たいした“行と修行”をしてない=苦痛や苦難を霊的成長するための試練ととらえられない低い心(靈)の動きのトロくっさい男ばっかりやから、きっと田○○子はんみたいな人が、チョ~~怒ってまんねん(笑)

ほんでから次の文、
“神はいよいよ奥の手出すから、奥の手出したら、
今の臣民ではようこたえんから、
身魂くもりてゐるから、それでは虻蜂取らずざから、
早う改心せよと申してゐるのぞ、このことよく心得て下されよ、
神せけるぞ。”
さっきも言うた様に“奥の手”は、“上”の思惑を含んだ荷電粒子の振動で、それは人の自省(胸の磁性“十”)の“行”を促す作用がある。
それに反応出来へん霊的成長度の心(靈)を指して、“ようこたえん”=感応共振出来ない。
ほんでから、“身魂くもりてゐる”=自分の心(靈)の動きの“上”と“下”を判別できる智性を持ってない=自分自身の、事象の“創造”=神の思惑と生命の思惑、電磁波(振動)の相互干渉に、“善悪”(神格化と、動物化=悪=亜の心=心の本能化)を見出すことが出来ない=“一”=智性=1番目のオーラが小さい。
ほんでから、“早う改心せよ”=自省(胸の磁性“十”)して“観自在”して“直日(なおひ)”せよ。
…そういう事でんねん。

今回はこれくらいにしときまんねん。

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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
(クリックで拡大)


発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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日足(ひたり)と砌(みぎり)


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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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