“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”下つ巻 第三十八帖 Kellyさん的解釈



今回も、下つ巻 第三十八帖を解釈しまんねん。ほんでから、下つ巻はこれで最後でんねん。原文は以下の通り、

富士は晴れたり日本晴れ、
これで下つ巻の終りざから、これまでに示したこと、よく腹に入れて呉れよ。
神が真中で取次ぎ役員いくらでもいるぞ、役員はみな神柱ぞ。
国々、ところどころから訪ねて来るぞ、
その神柱には みつげの道知らしてやりて呉れよ、
日本の臣民みな取次ぎぞ、役員ぞ。
この方は世界中丸めて大神様にお目にかけるお役、
神の臣民は世界一つに丸めて てんし様に献げる御役ぞ。
この方とこの方の神々と、神の臣民一つとなりて世界丸める御役ぞ。
神祀りて呉れたらいよいよ仕組知らせる神示(ふで)書かすぞ、
これからが正念場ざから、ふんどし締めてかかりて呉れよ。
秋立ちたら神烈しくなるぞ、
富士は晴れたり日本晴れ、てんし様の三四五(みよいづ)となるぞ。
八月の三日、ひつくのか三。


この第三十八帖を一読すると、下つ巻の纏め(まとめ)として、“上”との感応共振を示す言葉がたくさん出てくる。
それは、“役員”“御用”そして“神柱”“みつげ”“てんし様”“神祀り”“神示(ふで)”…“上”の思惑を自分の心(靈)が受信して、自分の思想にする。
そして思想って意味は、“田”(心、靈、の四つの場(フィールド)、大脳の新皮質)と心(靈)と。そして想うは、“創造”につながる=“思惑の顕現”=現象化。そやから今後=アセンション後は、“上”とつながった“思惑の顕現”をする。
またそれが、生物の進化の目的でもある。
そやから誰でも知ってそうなことから解説すれば、下等な生物は、下等な心(靈)の発現、単純な本能しか持っていない。それは、先生のお友達のミミズ、ヒル、ゴカイ君のことを引用して前のブログで言うてきたことでんねん。 
その下等な生物が進化していくに従って、オスとメス、神の極性としての雌雄の区別が出来、また、下等な生物から高等な生物の進化過程は、心臓、脳、眼球の発達をする。
そしてオスメスは、人としては男と女になり(人(日止、霊止)が男と女って言葉で性別を認識するようになり)、それはまた、神の極性、日足(ひたり)と砌(みぎり)の顕現でもある。
ほんでからに…日足と砌(ひたりとみぎり)は、思惑と顕現、“亜”が出ずる、泉、=愛(炁)=アイ、左から右に筆を動かす“一”(亜から出ずる、アイ)でも共通の意味なんやけど、思惑のない現象化=事象の“創造”はありえへん。
要はその思惑が“上”なのか“下”なのかで、事象の“創造”は程度が違う。当たり前なんやけど、もっと解りやすい言い方をすれば、自己奉仕者の世界は壊滅する。
そして“上”の思惑を取り込んだ人(日止、霊止)は=左往右往して自省(胸の磁性“十”)をした人は、誰もが良いカタチになることを目指すから、壊滅するようなことは無くなる。
その自省(胸の磁性“十”)の“行”をするときに人は、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応共振をして自分の思想=思惑を構築していく。
そやからちょっと説明が前後するけど、地球上で進化した生物は、人で、人は、古神道では日止、霊止、と称されてる。
ほんでから、“日止、霊止”は“上”からの振動(荷電粒子、電磁波)を止めるって意味がある。
そやから、その“日止、霊止”って意味を考えんならんのやけど、大体、神職や“日月神示”の解説本を書いてる人やらが、その意味を理解していない。それはたいした“行”をしてへん=“一”=智性=1番目のオーラが小さいから“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の思惑や情報を自分の心(靈)に受信できん。
それは“上”の思惑との感応共振の程度が低いってことでんねん。
ほんでからもうひとつ、それは“ひつく”=太陽凝視が解らんと“日月神示”の解釈は低い認識のものになる。
このことも今まで言うてきたことなんやけど…話がそれるから、そのことは、次回のアップにでも詳細に言うこととして……まず、三十八帖の冒頭の文、

“富士は晴れたり日本晴れ、
これで下つ巻の終りざから、これまでに示したこと、よく腹に入れて呉れよ。”

この場合の“富士”は、“富士(二二)”とは書かれていないので、肉体の二つの磁性、日足(ひたり)と砌(みぎり)、ヨガで言えばイダとピンガラ、太陽の気道と月の気道ではない。
そやからそれは、上つ巻 第五帖で、Kellyさんが解釈した“富士”と同義やと思える。
ほんでから“富士は晴れたり日本晴れ”は、下つ巻 第一帖でKellyさんはこんな解釈をした。



“相対的に自分より“上”の思惑、そして自分自身が霊的成長して神に近づいたとしたら、
受信する思惑は神の思惑と同じようになって行く。
そやからこの言葉自体が“上”の思惑と人(日止、霊止)の思惑の、一体になった事を示す言葉でんねん。”

…他にも“富士”については、何回も同じようなことを言うたんやけど、参考のために、今までに使った富士の解字の画像を貼っておきまんねん。

富士の解字


ほんでから“晴れたり日本晴れ”についても、これから何回も出てくる言葉やから、画像を作りましてん。

“晴れたり日本晴れ”の解字

 そやから、“日月神示” に何回も登場する“富士は晴れたり日本晴れ”は、人が“行”やって霊的成長し“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の思惑と自分の心(靈)が感応共振し、自分の心(靈)が“上”と同じ思惑を持つようになり、それはこの世界を神の思惑と自分の思惑で創造することになる。それを示した言葉やし、そしてそれは“ひつく”=“創造”の“主(ヌシ)”の振動を取り込む“行”=太陽凝視をして、そして自分が“気血栄衛(營)”(取り込んだ振動で心(靈)と体が創り変わる)して行かんならん。
そこまでのことを言うてる言葉やと思える。
ほんでから次の文も、“上”との感応共振と、“上”の思惑を取り込んだ思想で事象の“創造”をする。
その意味で“取次ぎ役員”=“上”の思惑を顕現するべく霊的資格を持つ人。(頭の磁性の強化された人。“一”=智性=1番目のオーラが大きい人)
そしてそれを強調する意味で“役員はみな神柱ぞ。”って言うてる。

“神が真中で取次ぎ役員いくらでもいるぞ、役員はみな神柱ぞ。”

ほんでから次の文、

“国々、ところどころから訪ねて来るぞ、
その神柱には みつげの道知らしてやりて呉れよ、
日本の臣民みな取次ぎぞ、役員ぞ。”

この文も、“国々”が何を意味してるのか理解出来てないと解釈できへん。まあ、いろんなところから訪ねて道を求めてる人って意味もあるやろけど、これまでも言うてきたとおり、“国”は(囗)くにがまえ(場(フィールド)の意味)と“玉(ぎょく)”、“玉(ぎょく)”は、腹の心(靈)の発現である自我から心(靈)が“上”に向かうことも示しており、その心(靈)の動きは“慈悲”と“慈愛”の発現になる。
このことも、何回も言うてきたことでんねん。
そやから“国”は、霊的成長の方向性を見出した心(靈)って意味やと思えるな。
そやからこの“国々”=霊的成長の方向性を見出し始めた心(靈)には、“その神柱には みつげの道知らしてやりて呉れよ、”と言われてて、その“みつげの道”はいうまでも無く霊的成長の“道”でしかない。
そやから“上”の思惑=“みつげ”ってことでんねん。
ほんでから“日本の臣民みな取次ぎぞ、役員ぞ。”…この言葉も認識が低いと日本人だけが役員やと思うやろけど、そんな程度の低いことを言うてるのではない。
そやからさっき、“富士は晴れたり日本晴れ”で説明したように、“日本”は“日”=太陽、そして“本”なんやから、太陽の振動を取り込んで“気血栄衛(營)”(取り込んだ振動で心(靈)と体が創り変わる)した“日止、霊止”と解釈するのが、(一般の人より相対的に)認識の高い解釈でんねん。

ほんでから次の文も、“この方”=“一”=智性=1番目のオーラの大きい人が、今後=アセンション後の“創造”をしていくことを示す文章でんねん。

“この方は世界中丸めて大神様にお目にかけるお役、
神の臣民は世界一つに丸めて てんし様に献げる御役ぞ。
この方とこの方の神々と、神の臣民一つとなりて世界丸める御役ぞ。”

この文の、“大神様にお目にかけるお役、”“てんし様に献げる御役”…これが何を意味しているのか、それは、今まで言うてきたとおり、“上”と感応共振する人(日止、霊止)であり、“上”と感応共振する体の仕組みは、体=體(からだ)(骨が豊か、宝のアナグラム)にあり、そのために“行”と“修行”があり、それは生体内電流の強化でもあり、その強化の結果が“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化であることは、何回も言うた。
そして“上”の思惑を含んでいる電磁波=太陽の振動を取り込むのが、神格化を意識した太陽凝視であることも何回も言うた。
今後=アセンション後、その場(フィールド)に位置する人は、誰もがオーラを感じ取り、そしてそれは心(靈)の息吹(発振、発信)そのもので、そして心(靈)の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)を感じ(感じる磁性)取れる人は、他者の心(靈)の動きを理解し、霊的成長度も判断できるようになる。このことも前のブログでも言うてきたことや。そやからそこには、今より、(相対的に)“悪(心の動きの本能化と低振動化)”に向かう心(靈)の動きはなくなっていく。
まあ、いきなり神聖な事象にはならんやろけど、地球も人も、次の霊的成長の段階に入るからこそ、それは、(相対的に)“善(神格化の方向性と智性の受信)”の世界になっていく。

その意味も含め次の文、

“神祀りて呉れたらいよいよ仕組知らせる神示(ふで)書かすぞ、
これからが正念場ざから、ふんどし締めてかかりて呉れよ。”

今後=アセンションに向かい、その後のことも、この文では“これからが正念場ざから”
と示されてる。今言うたばかりのことでんねん。
ほんでから今後、程度の低い砌(みぎり)の“行”をしてきた“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”は、左往右往に入るからこそ、“ふんどし締めて”って称されてる。
ほんでからこの文の冒頭の“神祀り”についても、以前に紹介した画像を貼っておきまんねん。要は、“祀り”と“祭り”は、意味合いが違う表記ってことでんねん。

“祭り”と“祀り”の解字と意味の違い


もうひとつ、“神示(ふで)”についても、前に紹介した画像を貼っておきまんねん。

“神示(ふで)”の解字

ほんでから次の文、

“秋立ちたら神烈しくなるぞ、
富士は晴れたり日本晴れ、てんし様の三四五(みよいづ)となるぞ。”

この文の、“秋たちたら”は、前に解釈した、上つ巻 第八帖の“秋が立ちたち”と同義やと思える。
この表記も何回もでてくるから、画像を作ったから以下に貼っておきまんねん。

“秋立つ”の解釈と解字

ほんでからこの文の“富士は晴れたり日本晴れ、てんし様の三四五(みよいづ)となるぞ。”は、冒頭で説明したとおり、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)と感応共振した心(靈)、その思惑を取り込んだ人を、“てんし様”と称される。
そして“三四五(みよいず)”は、三は肉体が持つオーラの構成。
四は発振、発信。
五は糸巻きの象形文字で、それは神経の発達を示すし、神経の発達はローレンツ力の強化でもある。そやから“五”は、肉体の磁性の進化過程すら示す。
そやから、下等な生物は、肉体の電磁石の構造が弱いし、だからこそ“下”の心(靈)しか発現していない。
ほんでから、進化した動物の人(日止、霊止)として、大脳の新皮質が発達したからこそ、“上”の心である、智性(神性)が発現した。
そやからこの文自体が、冒頭の“富士は晴れたり日本晴れ、”に示されるとおり、“上”の思惑を取り込んだ人の発振、発信による事象の“創造”を示す文で、今後=アセンション後はそうなっていくって強調されている。
また、その意味で“神烈しくなるぞ、”…“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の思惑を取り込んだ事象になるって称されてる…っちゅうことでんねん。

今回はこれくらいにしときまんねん。

ほんでから次回は、下つ巻の解釈を終えて、Kellyさんが感じたことを、述べまんねん。

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


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