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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

Kellyさん、先生と瀧原宮に行き、場当たり的な会話をする。

・・・この間、突然先生から電話があって、

“瀧原宮に行くから一緒に行こみゃ~~”
・・・って言わはったから、
4月23日に行ったんやけど・・・久し振りに先生と色々話をしましてん。

その時に話した事をかいつまんで紹介しまんねん。

まず・・・瀧原宮に着くまでに車中で話した事として・・・

「この間YA君が、
“腰が痛いもんで鍼うってチョ~”・・・って、
うちの治療院にやって来て、その時に話した事なんだが、
それは・・・YA君が見た夢の話。
今から行く瀧原宮に関わっている話なのでちょっと話す。」
「そうでっか・・・どういう夢やったんでっか?」
「それは・・・お父さん(太陽凝視を教えてくれたKさん)が、
久しぶりにYA君の夢に現れて、
今度、瀧原宮で節分のお祭りをするから、
一緒にその支度をするって言う夢だったらしいが、

その時にお父さんが、

“この幕をここからここまで張って、
そして、
○○結びで結んで置け!!”

・・・ってYA君に言ったらしいんだが・・・

通常、神社のお祭りに紅白幕を張ったりする。
青と白の幕もあるようだけれどもね。」
「それは慶事のときに張る幕でんな。
白黒の幕はお葬式とかに張る幕でんな。」
「そう・・・Kellyは神主の孫だからそんな事は良く知っているね。
その幕の縦縞って言うのは意味があると思うんだが・・・」
「それも振動を表してるのとちゃいまっか。
縦縞模様は“上”から“下”って事かも知れへんし・・・
ほんでからに、
幕を張るって事そのものが、場(フィールド)って事で、
それは一種の結界になるのとちゃいまっか。」
「うん・・・その通り・・・そう思うよ。

今はその儀式だけが残っている感じで、
その意味を宗教に携わる人は理解していないだろうがね。」
「そうでんな・・・
その意味を理解してへんと、
現在の宗教は霊的成長って事に結びついてない・・・
まさに形骸の宗教儀式でしかあらへんな。
そやけどそんな事を先生と話し出したら、
又・・・長い話になりまんな。」
(そんな低い事象の話はしたくないって言うてはったし・・・)

「話を戻していいかな?」
「はあい。」
「大体、その紅白や青白の幕の両端には、
紐が付いていて、
“もやい結び”とか“巻き結び”とかで、
幕をピンと張ったり柱に固定したりするらしいが、
その“○○結び”って言うのが、
YA君の聞いた事の無い言葉だったようで、
その時、夢の中でYA君は、

“○○結びなんて知らんがね!!もっと解り易く言ってチョ~!!”

・・・って意味の事を、お父さんに言って、
その時にお父さんは、

“そんな事も解らんのか!!何年神主やっとるんだ!!馬鹿者!!”

・・・そう言われたらしく、それから喧嘩になった・・・
そう言う夢を見たらしい・・・

それに付いてKellyはどう思うかな?」
「・・・今、YAはんは・・・
言うたらなんやけど・・・
ちょっと怠惰な生活を送ってるやないですか。
それは神主をやめて何年にもなる・・・
前に籍を置いていたあの大きな神社では、人間関係で悩んではった。
ほんでからに今、鬱になってはる。」
「そうだね。」
「その理由って言うのんは、
YAはん自身が自分が子供の頃からやって来はった事、
それは神格化の為の太陽凝視と電気行・・・
そう言う自分をしっかり認識してはる。
そやけど普通、
神主さんには自分の神格化の為の行なんて概念は無いやろな。
それがイヤやったのかも知れへんし・・・」

「うん、
今、宗教に携わっている人全般に云える事だが、
神主だって所詮、給料を貰う為の職業でしかない。
多分、YA君はその事にも嫌気が差していたんだと思う。」
「生真面目な人やからな・・・ほんでからに鬱になった。
(この世界が嫌いになった先生と一緒やな。)

そやから毎日憂いて・・・
自分がやって来た事とか、
自分の価値感とかと現実って言うのんは、すごく違うやん。
そう思うてはったんやろな。
そやけど・・・その中で自分の在り方ってもんを考えんとアカンやん。

本人はんには失礼やけど、
自分の仕事に嫌気が差して鬱になって、神主をやめはって・・・
ほんでから体調も悪くなって、
傷病手当で生活してはった。

そやから、
自分の健康を考えるなら・・・体調が悪いと思うなら、
その上での自分の在り方・・・それを考えんならんやん。

今のYAはんは、
酒と煙草もやってはって、太陽凝視もたいしてしてへん。
イヤになったからって言うのは言い訳でしかないんやろけど・・・
ほんでから、
自分はたいした事をして来たって言う自負もあるようやし・・・

そやけど・・・
そのたいした事をして来たって事を振りかざしてるから、
低い霊的成長度の人=周囲の人との人間関係・・・
上手くやって行けへんって事もありまんな。
でもそれは、自我の肥大から、
周囲の事を卑下していたって事でもありまんな。
ほんでからに夫婦仲も悪くなったやん。
それもあって・・・自分の人生を憂いてはる感じやな。」
「そうだね。」
「そやから・・・自分が(霊的に)高いって思うたなら、
やって来た事だけを自負する・・・その事自体が正しい在り方やおまへんな。

自分がたいした事をして来た=長年の太陽凝視や電気行をしてはった。
それは・・・YAはんは先生なんかよりもうんと霊的に高いって事を、
先生は思うてる。
実際そうなんやろな。

そやけど・・・自負・・・そう言う思いに囚われる事自体が、
YAはんがちょっと若いからやな。
まだ、
肝=“いきり立つ心(奴と心)”のエネルギーが支配してる段階の、
心(靈)の成長期間って事でんな。」
「そうだね。」
「そやから・・・
前に先生が霊能力を発現してた時期に、
オーラの観測をしたり主護霊はんの名前を見たりして、
YAはん自身が、
自分は霊的に高いって事を自分で知ってはる。

それは自負出来る事とも言えるやろけど・・・

そやからやけど・・・
その霊的成長の苦難とか=行の苦痛とか、
認識の変容の体験の無い人には理解出来る訳がない。
これも変圧の過程って言うのんが有りまんな。
あんまり霊的に高い人の体験や思想って言うのんは、
他者には伝わり難いやん。
でもそれを示したいって思うのは、
今の話・・・自我の肥大でしかないやん。」
「そうだね。」
「結果、自分の思いが他者に伝わらんって事にもなる。
自分の思惑通りの世界では無いって事になる・・・
そやからこの世界が嫌い・・・鬱になる・・・

特に今の世界って言うのんは、
低い心(靈)の発現の人が活躍する失敗の世界やから、
(“玉石混交(淆)”・・・霊的成長度の低い人のほうが多い場(フィールド))
その事そのものがそれは、
神さんの右往左往から左往右往になる・・・そやから失敗を体験せんならん。
ほんでから今後の世界は、
失敗を体験したからこそ、
自分達の在り方をしっかり考える人の世界に成るとも言える。
それが・・・アセンションの意義って事やって先生と話したけど・・・

そやけど・・・ちょっと話が横道に逸れましてん。」
「うん。」

「そう言う点で、
そのYAはんの現状は、
ただ憂いてる・・・悲しんではる・・・そやからイヤになってる・・・
しかしそれではアカンやん。
それは感覚優先の物の見方でしかない。
そやから憂うばかりになる・・・
いやな事象に心(靈)が囚われる・・・
そやからこそ、お父さんが夢に出て来はったって事でんな。」
「うん、そうだね。」
「ほんでからにその夢にはメッセージ性があって、
幕を張る=そのお父さんのオーラが構成する場(フィールド)って事で、
それはその思想そのものって言うてもエエ事でんな。
それと結び合っていない・・・
その事を、
太陽凝視を極めたと言えるKさんは、
息子であるYAはんに言いたかった。

そやからKさんが言うた、
“○○結び”が、
YAはんには理解出来へんかった。
それは受信してないって事でもあるし、
実際、
お父さんがYAはんに託した思い・・・
それを今、YAはんは見失ってはる・・・そう言う風に思えまんな。」
「そうだね。

夢で何か教えるって言う事は・・・

とかく“上”の思惑って言うのは、
こちら側に伝わる際に解りやすい表現をとり、
それが夢だったりもするんだが、
今のKellyの解釈は大体正解だと思うよ。
現にYA君は現状をとても憂いていて、
Kellyもそれを少し知っているし、
そしてそれは、YA君自身の左往右往の行とも言えるんだが、
その時に陥り易い事として、
今、Kellyが言ったみたいに、
自分を憂いているばかりになる事もあったりする・・・」
「それは・・・先生にも体験が有る事やからそう思えるんやな。」
「うん・・・失敗を沢山して来たからね。
だから今でもアタシはこの世界の事は大嫌いだし、
しかしそれだからこそ、
自分の在り方を考えなければならないって考えを持っているんだが・・・
そう言う考えに成るまでには・・・相当苦しんだとも言えるね。
何回も自殺を考えたりもしたし・・・人を信じられなくなった事も沢山ある。
しかしそれは、
結果として自分の認識を高めていく為の事象でしかないって事だ。
そこで少し間違えると、
悪魔の囁きが自分の心(靈)を支配したりもする。」
「今の苦難を試練と考えへんって事でんな。
そやから人は左往右往の行に入ると・・・人生で失敗して心が折れると・・・
それは、先生流に言えば、
肝=“いきり立つ心(奴と心)”が中心の心(靈)から、
脾=“思う、憂う”・・・そして、
肺=“悲しむ”って心(靈)の発現になって行く。
それをせんと、
“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の発現になって行かへんのやけど、
その時に自分の心(靈)の在り方で起きる霊的干渉って言うのんは、
現状を憂うばかりの思いに囚われて、
自分の人生に価値なんか無いって思うたなら・・・
色々、浮游霊に取り憑かれて、
酒飲んだり煙草吸ったり博打に走ったり美食したり風俗行ったり・・・
色々あるけど・・・
それは、忘れたいって思いでんな。」
「うん・・・それもあるね。」
「ほんでからに、
“いきり立つ心(奴と心)”の心(靈)が折れた時やからこそ、
そう言う人は自殺したりするやん。
“悪”の存在の思惑はそう言う事もありまんな。
“悪”の霊団の浮游霊を増やす・・・そして現象化させる。

ほんでからに今、その思惑に嵌まってる人が多い。
これからも多くなるやろな。」
「そうだね。
これから地球人の多くは失敗を体験し、
そして左往右往の行をして、
今後の自分の存在の在り方を真剣に思わされるって事になる。
それは、
生きている死んでいるに関わらず体験しなければならない事だ。
無論、生きている間に認識を得た方が良いに決まっているが・・・

そして、今Kellyが言ったように、
“悪”の存在の思惑は、
貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)由来の心(靈)の動きの場(フィールド)を構成して行く事だと思えるし・・・
地球をそう言う星にしたい・・・って事だ。
だからこそその“悪”の思惑を理解して、
自分の在り方を考えるには、
やはり、肉体を持っているうちに考えを変えないといけないし、
それは肉体が“上”の振動を受信するのに好都合って事もあるからだ。」
「受信する構造・・・神経と骨髄中の鉄分子による磁性・・・でんな。」
「うん・・・敢えてKellyに言うまでも無い事だったね。

そして左往右往の事象・・・まだそれが始まったばかりなんだけどね。
これから加速的に増えていくからこそ、
醜い事象は増えて行くだろうけど・・・」
「そうでんな。
そんなニュースばっかりでんな。
そやけどそんな事に心(靈)が囚われていたなら、
自分の良いカタチを考えて行かれへん。
ニュースやワイドショーで色んな事を取りあげるだけ・・・
それを感覚優先の心(靈)で見てはったなら、
只々この世界がイヤになる。
それも“悪”の存在の思惑の顕現とも言える事でんな」
「そう思うよ。
だからこそ自分の心(靈)の在り方って言うのが、
“上”の振動を取り込むのか、
“下”の存在と感応共振して自我の肥大になるのか・・・
自己観察がとても大事って事だね。」
「それは先生の概念での、
“善(神格化の方向性と智性の受信)”と、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”でんな。
ほんでからに左往右往し始めたときは自分の人生を憂う・・・
そやからそこで自分の在り方を考えんと、
“悪”の存在の思惑を取り込んで、自分がダメになるやん。
その事を“上”と結ばれてない・・・YAはんから見たら=受信したら、
結び方が解らへんって事になった。
その事をお父さんは、
夢で、YAはんに示したんやろな。」
「そうだね・・・良い方向に行くといいね。」
「そうでんな・・・」


☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀


先生とKellyさん・・・瀧原宮に到着。

「先生は何時からこの神社に来てはるんでっか?」
「実はうんと若い頃、
23歳くらいの時かな・・・それは今から約30年位前、
この近くに藤坂峠って峠があって、その峠を自転車で超えた事がある。
藤坂峠って言うのは野性の藤が沢山あるからそう呼ばれているらしい。
後からそこも行ってみよう。」
「はあい。」
「そしてその峠を降りて、
南島町阿曽浦の民宿で泊まって、
いっぱい飲み食いして帰って来た事がある。
その時は、瀧原宮の前を素通りしただけだった。」
「なんやしらん・・・縁があったんやな。」
「そうだろうね。

それから、太陽凝視を教えてくれたKさんと葬儀の仕事を一緒にしていた頃、
それはアタシが30歳くらいの時かな。
その時、会社の連中とKさんと、
熊野まで慰安旅行のつもりで行ったんだが、
その帰り道にここの前を通り、
Kさんがこの神社は特別な意味があるのでは無いのかって気が付いた。
そして参拝してみたら更に特別な意味が有る事を知った訳だ。
それ以来、時々ここには来ているよ。」
「なるほど・・・
若い頃の先生は、只、素通りしただけやったんは、
それは気が付かへんやった。
霊的に鈍かったって事でんな。」
「そうだね・・・その通りだと思うね。
そしてその時はまだこの神社の秘密を知る霊的成長度ではなく・・・
それは知る資格を持っていなかったって事だと思う。」
「そうやな。」
「だから、
アタシ的にはここで祭られている祭神そのものに意味があると思うからね。
それをKellyに知って貰いたくて今日ここに来た。
その前に瀧原宮の事に付いて少し説明しておく。」
「はあい。」

「瀧原宮は皇大神宮の遙宮(とおのみや)とされてる。」
「皇大神宮・・・お伊勢さんの内宮の事やな。
ほんでからにそれは、
天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)、
あるいは皇大御神(すめおおみかみ)=太陽の事でんな。」
「そうだね。
そして瀧原宮の祭神は、
天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)だとされている。」
「天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)と、
天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)・・・
この“坐”に意味が有るんやな。」
「うん・・・だからこの字を見たらKellyにはすぐ理解出来ると思う。」
「“坐”・・・
“土”の上に、人が二つ・・・
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)・・・
それが“土”の上に左右に二つって事でんな。
これは砌(みぎり)と日足(ひたり)で、
ほんでからに“土”=肉体の“上”に有るんやから事象の創造って事でんな。」
「そうだね。
だからこれから参拝するんだけれど、
その参拝する順番は決められていているんだ。
まず・・・順番にお参りしてから、又、
話をしよう。」
「はあい。」

瀧原宮参拝の順番を示す立て札 ↓

瀧原宮参拝の順番を示す立て札


Kellyさん→  [賽銭箱] ◎⌒⌒ ヾ( ̄0 ̄ ) ・・・チャリ~~~ン・・・
(-m-)” パンパン・・・(*・人・*)ウニャウニャウニャ・・・
(男運男運男運・・・と願ったかどうかは・・・定かでは無い・・・)

先生→  (´-ω-)ノ ⌒⌒◎┃賽銭箱┃・・・チャリ~~~ン・・・
(-m-)” パンパン・・・(○`人´ ○) ゴニョゴニョゴニョ・・・
(若いネーチャン×3・・・と願ったかどうかは・・・定かでは無い・・・)


「今見た通り、
向かって左から、瀧原竝宮(たきはらならびのみや)、
祭神は、天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)の、
“荒魂(あらみたま)”、

そしてその右、一番最初に参拝したのが瀧原宮(たきはらぐう)、
祭神は、天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)の、
“和魂(にぎみたま)”、

そして、三番目に参拝した若宮神社(わかみやじんじゃ)、
ここまでの社は南に面している。

そして向かって右側に、
今挙げた三社と向きが違うんだが、
四番目に参拝した長由介神社(ながゆけじんじゃ)と、
川島神社(かわしまじんじゃ)は、西に面している。」
「そうやな。
ほんでからにそれは“上”から観たら、
カタカナのアの上半分みたいでんな。」
「そう、そう言う意味もあると思うよ。
だからそれは一番最初の何かとしての“亜”が、
こちら側から見て向かって右に移行しているみたいなもんだ。
(Kellyさんが、“日月神示”の解釈をして行くに当たって・・・考えた事。 参照)

そして参拝するのに順番がある事に付いて、
Kellyはどう思うかな?」
「これは・・・
真ん中の社が、
天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)の“和魂(にぎみたま)”、
ほんでからにその左に、
天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)の“荒魂(あらみたま)”、
瀧原竝宮(たきはらならびのみや)・・・
この“竝(ならぶ)”って言うのんは、
並ぶの旧字でんな。」
「そう。」
「そやからこれは立つが二つ並んで“竝(ならぶ)”
これは、人の肉体が持つ左右の極性の事でんな。
同時にこの立つ二つの“竝(ならぶ)”って言うのんは、
エネルギーの上昇を示してまんな。
“下”から“上”に立つんやから。
そやからこれは日足と砌(ひたりとみぎり)でんな。
ほんでからに人(日止、霊止)は、
砌(みぎり)と日足(ひたり)の極性を持っているから、
右往左往と左往右往する。
それが又、“荒魂(あらみたま)”の意味である神の祟り・・・
“神の咎め”って事やから、
そうやって砌(みぎり)と日足(ひたり)のエネルギーを上昇させて、
それは、自省(胸の磁性“十”)の行をするみたいなもんでんな。
そうやって心(靈)が“上”に行く・・・
そやから、
肉体の磁性によるローレンツ力で“竝(ならぶ)”って事でんな。
ほんでからにそれは、
段々“上”の心(靈)の顕現をして行くって事でんな。
それが又、肉体を持っている事の意味でも有りまんな。

そやからそれを表してるのが、
瀧原竝宮(たきはらならびのみや)で、
瀧原って言うのんは、
瀧は“上”から降り注ぐ様って事やないんでっか?」
「そう思うよ。
“上”から注がれる振動そのものを瀧=滝の如くって事だと思うね。
そして大体この近くも多気郡って言うくらいだしね。」
「なるほど・・・多い気・・・
気って言う字も旧字は“氣”・・・
これは、丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と、
“三”=人のオーラの構成と、
乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)でんな。
ほんでからに“米”・・・これはKellyさんがこの間ブログに書いたんやけど、
“コ”=凝り固まる、凝集する。 それは真固止の固でもある。
“メ”=蒸し出された生命の芽。 そしてそれは目、
心の目・・・ 観察と認識って事って事でんな。

ほんでからに、气部(きぶ)と米で“氣”って事になるやん。」
「うん、そうだね。」
「ほんでからにそれは、
真ん中の社=“和魂(にぎみたま)”で、
その向かって左は丿部(へつぶ)の意味でもある、
前に先生が言うてはった丿部(へつぶ)の説明、


“丿部(へつぶ)、右から左に曲がるって云う意味があり、
それは、物質化した生命、
その進化した段階を人(日止、霊止)と呼ぶ。
それは、こちら側から見れば右から左・・・
砌(みぎり)から日足(ひたり)・・・それは、
物質的肉体の発現から心(靈)の発現・・・”
(思惑と顕現 “その十一” “上”の思惑の顕現・・・“天の御目” 参照)

そう言う事でんな。
そやからこの参拝の順番そのものが、
右から左に降りる・・・それは神さんの思惑が“下”に垂れた様で、
神の思惑の顕現でも有りまんな。」
「そうだね。
だからこそ“和魂(にぎみたま)”と“荒魂(あらみたま)”の違いがある。」
「それもまた、“和魂(にぎみたま)”=創造の思惑で、
“荒魂(あらみたま)”=人(日止、霊止)が創造する事象って事やな。」
「そう。
そして残りの社、
真ん中の天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)の“和魂(にぎみたま)”の向かって右にあるのは・・・」
「それが、若宮神社でんな。
若い=砌(みぎり)のエネルギーの芽生え=クサカンムリでんな。
ほんでからにそれは“宮”・・・“呂”と、
宀(うかんむり)=頭でんな。」
「そう、そして西向きに面している長由介神社(ながゆけじんじゃ)と、
川島神社(かわしまじんじゃ)・・・
これはどういう意味が有るんでっか?」
「長由介神社(ながゆけじんじゃ)の祭神は、
瀧原宮の御饌(みけ、食物)の神とされてる。
そして、“長由介”が長生きと同義らしく、
長生きの神であるとの民間信仰があったようだ。」
「なるほど・・・御饌(みけ、食物)・・・物質の吸収って事でんな。
ほんでからに長く生きて沢山の認識を得なければならない・・・
それは幸福の概念やな。
生きている間に神さんに近付くって事でもありまんな。」
「そうだね。」
「川島神社はどう言う意味が有るんでっか?」
「それが調べてもその命名の由来ってのはアタシには解らなかったんだな。
だからこの字を見て解釈すれば・・・」
「川島の川・・・丿部(へつぶ)+(たて棒、コン)×2でんな。
それは丿部の意味である神の思惑の顕現は、
“上”から“下”に降り、
ほんでからに段々右に顕現・・・現象化。
“上”から“下”=(たて棒、コン)・・・そう言う事でんな。
ほんでから川島の島は、場(フィールド)そのものの感じでんな。」
「うん・・・そうだと思うが・・・アタシたちの考えや解釈は一般に通用する物ではない。
だからあまり人に話さないほうがいいかもしれないね。
アタシ的にはKellyに知っておいて欲しかっただけだ。」
「そうやな。」
「そしてもう一つ・・・知っておいて欲しい事として・・・

内宮=天照皇大神は、
こちら側から見た太陽って解釈をしている。」
「物質の世界から観た太陽って事でんな。
それに引き換え、
瀧原宮の天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)は、
今の話、“上”の思惑の顕現そのものって事やから、
意味合いが違いまんな。」
「そう、思想としての太陽と、
地球にエネルギーを降り注ぐ太陽の、
二面性みたいなものかもしれないね。」
「それも太陽の左と右、
日足と砌(ひたりとみぎり)の要素みたいなもんでんな。」
「そう・・・
そして、その物質の世界の太陽=内宮の天照大神の神話、
天の岩屋戸は自分の肉体に太陽の振動を取り込む事なんだって話をしたね。
(エピローグ 神の思惑の顕現 参照)
それは人から観たら精神性でもあり、
それが霊的成長でもあり、それに対し物質の・・・」
「それは外宮でんな。
豊受大神宮でんな。
祭神は豊受大御神(とようけのおおみかみ)・・・
豊か、
受ける=受信、感応共振、
大=人+胸の磁性“十”・・・
そう言う意味かも知れまへんな。
そやからそれは人の場(フィールド)から見た神さんが、
日足(ひたり)=天照大神=内宮で、
砌(みぎり)=豊受大御神=外宮って事で、
内宮に対し瀧原宮は、
物質の世界の太陽に対しその“上”の太陽とも言い得る事でんな。」
「そう・・・その事もKellyに知っておいて欲しかったんだ。
よく気が付いたね。
そして余談だが・・・物質太陽=天照皇大神、
霊的太陽=天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)・・・
更にその“上”の太陽もあると思う。
但しそれは、
(地球人としての)人(日止、霊止)の世界に、
現時点、示されていない。」
「そうなんでっか・・・
いつかその事を知る霊的成長度に達する事を・・・
誰もがせんならん・・・
今はその事を知る資格がないって事でんな。」
「そうだね。

さて・・・
今日知っておいてほしかった事は大体話した。
後は伊勢芋のトロロうどんでも食って、
それから藤坂峠の頂上まで行って帰るとしよう。」
「はぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~い!!!!!!」



瀧原宮
瀧原宮


瀧原竝宮
瀧原竝宮


若宮神社
若宮神社


長由介神社 川島神社
長由介神社 川島神社


藤坂峠から南島町方面を望む
藤坂峠から南島町方面を望む1


藤坂峠から南島町方面を望む
藤坂峠から南島町方面を望む2


藤坂峠の野生の藤
藤坂峠の野生の藤


藤坂峠の途中で咲いていた石楠花
藤坂峠の途中で咲いていた石楠花


おまけ、23歳の時の先生、藤坂峠の頂上にて。
23才のときの先生 藤坂峠にて





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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
(クリックで拡大)

2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
(クリックで拡大)


発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
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発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

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太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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Kellyさんとチョ~極上ラブラブ中高年夫婦はんとの会話 (6)
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Kellyさんと∪・ω・∪ ▼・。・▼ ▼・。・▽ U・。・U U。・ェ・。U たちとの会話 (34)
Kellyさんとメタボ研修医のYっちゃん先生との会話 (2)
Kellyさんとややメタボ内科医のYっちゃん先生との会話 (7)
Kellyさんと和風のベッピンはんのSはんとの会話 (2)
Kellyさんと農業好きの社長婦人K地M美はんとの会話 (12)
KellyさんとNominyan ∥*σ_σ*∥&Senyapoo λ*゜ο゜*λ との会話 (6)
☆ Kellyさん的“日月神示”解釈 (603)
Kellyさんが、“日月神示”の解釈をして行くに当たって・・・考えた事。 (46)
“日月神示” 上つ巻 (42)
“日月神示” 下つ巻 (38)
“日月神示” 富士の巻 (26)
“日月神示” 天つ巻 (30)
“日月神示” 地つ巻 (36)
“日月神示” 日月の巻 (68)
“日月神示” 日の出の巻 (23)
“日月神示” 磐戸の巻 (21)
“日月神示” キの巻 (17)
“日月神示” 水の巻 (36)
“日月神示” 松の巻 (30)
“日月神示” 夜明けの巻 (26)
“日月神示” 雨の巻 (18)
“日月神示” 風の巻 (15)
“日月神示” 岩の巻 (11)
“日月神示” 荒の巻 (27)
“日月神示” 地震の巻 (93)
☆ Kellyさん的“ローム太霊講話集”解釈 (174)
☆ 紫光会経文の文言 Kellyさん的解釈 (18)
☆ ○○○大先生的バシャールの文言解釈 (9)
☆ 先生が撮るけったいな花の写真 (22)
☆ 先生が撮る比較的まともな写真 (32)
☆先生が室内で写真を撮るときのセッティング (6)
その他 お知らせ (3)



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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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