“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 富士の巻 第四帖 Kellyさん的解釈 



今回も、富士の巻 第四帖を解釈しまんねん。
原文は以下の通り、

一二三(ひふみ)の仕組が済みたら三四五(みよいづ)の仕組ぞと申してありたが、
世の本の仕組は三四五の仕組から五六七(みろく)の仕組となるのぞ、
五六七の仕組とは弥勒(みろく)の仕組のことぞ、
獣と臣民とハッキリ判りたら、それぞれの本性出すのぞ、
今度は万劫末代のことぞ、
気の毒出来るから洗濯大切と申してあるのぞ。
今度お役きまりたら そのままいつまでも続くのざから、
臣民よくこの神示(ふで)よみておいて呉れよ。
八月十三日、ローレンツ力と ○ のひつくのか三。


冒頭の文の“一二三(ひふみ)”“三四五(みよいづ)”については、今まで解釈してきたとおり。そやからそれは、“一”=智性=1番目のオーラと、“二”=肉体が加わった“日止、霊止”。
それを“三”と示されてると思える。
また“一二三(ひふみ)”は、1番目、2番目、3番目のオーラでもある。そやからそれは、頭、胸、腹、それぞれ、内容物が違う=電気特性の違う、コンデンサーの構造を構成しており、だからこそ、1番目、2番目、3番目のオーラは、振動の種類、振動数や波長の違いになる。
それが“一二三(ひふみ)”のオーラであり、すべての生命は、個々のオーラの相互干渉で事象を構成し、その事象を観察して=受信して、心(靈)は構成されていく。
ほんでから次は、“三四五(みよいづ)”の“三”“四”“五”について。
“三”は“一”=智性=1番目のオーラと、“二”=肉体を示す。
ほんでから“四”“五”“六”“七”については、以前の記事、Kellyさんが、“日月神示”の解釈をして行くに当たって…考えた事。…から引用することにしまんねん。
そやからそれは、まず“四”は、発振、発信の意味がある。ほんでから“五”は、糸巻きの象形文字、神経を示す。言うまでもなく、下等な生物から人(日止、霊止)への進化(霊的成長、神格化に向かうこと)は、神経の発達と脳の発達が、観察されうる。
そして、動物と人間の脳の違いは、目下(めした)(動物の心(靈)の段階)(大脳旧皮質と古皮質)と、目上(めうえ)(大脳新皮質、“田”(心、靈、の四つの場(フィールド))でもあり、今までにも、心(靈)の構造として、本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動って分類をしてきたけど、少し脳のことが解れば、脳のどの部分が神格化に近づくべきものなのか、理解できる。
そやからそれを、あえて言うとけば、目下(めした)(動物の心(靈)の段階)の脳は、本能、情動、低い功名心、自我(の肥大)。
目上(めうえ)の脳は、愛(炁)の顕現の在り方、そして、創造、知恵、さらに、知識としての知恵を智慧(日を知る事=智性の恵み=慧)とする。それは“一”=智性=1番目のオーラを持ってないと、知恵を智慧に出来ないし、当然、良いカタチの“創造”など出来ない。
今、地球人は、“一”=智性=1番目のオーラが小さい人が大半やから、目下(めした)(動物の心(靈)の段階)の脳の心(靈)が中心で、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の人が大多数であり、その霊的進化過程の人は、アセンション後の“創造”を“上”から託されない。
こんなことは今までに何回も言うてきたことであり、だからこそ良い世界の“創造”、良い世界の事象、それを観察するのは、霊的成長を果たした人(日止、霊止)にしか、資格が無い。
その資格を獲得するのは、“慈悲”と“慈愛”の心(靈)を発現した、“一”=智性=1番目のオーラが大きい人でなければならない。
話を戻し、ほんでから“五六七(みろく)の仕組”。
“五”は、今、説明したとおり。
“六”は、家屋の形を表す象形文字が変化したもの、そして陰爻、これはいんこうと読み、易で、陰を表す数。ほんでから爻部(こうぶ)は、交わるの意味。そしてその象形文字のカタチを観ると、屋根の下に左右の極性があるように感じ取れる。
そやからそれは、頭と肉体を指し示すと思われる。
参考のために、以前にアップした“六”の象形文字の画像を貼っておきまんねん。

六の象形文字



ほんでから“五六七(みろく)”の、“七”は、“一”=智性=1番目のオーラと、乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)。画像を貼っておきまんねん。

七の解字 “一”=智性=1番目のオーラと乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)

これも今まで、同様の解釈をしてきたとおり、“七”は、智性(神性)を受信して発現してる人の“思惑の顕現”=現象化って意味になるから、今の世界と違い、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の世界ではなく、欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとかの心の動きは消失し、その場(フィールド)にいてる人はすべての存在の霊的成長を望む心(靈)になっていることを示す表記やと思える。
それを踏まえ、冒頭の文を観れば、意味がよく通じる。

“一二三(ひふみ)の仕組が済みたら三四五(みよいづ)の仕組ぞと申してありたが、
世の本の仕組は三四五の仕組から五六七(みろく)の仕組となるのぞ、”

そして次の文、

“五六七の仕組とは弥勒(みろく)の仕組のことぞ、”

大概の人は、この文の中の弥勒(みろく)を、仏教の弥勒菩薩と関連付けるやろ。
ほんでからに、仏教が伝えたアセンション後という意味での、“弥勒の世”ってことでもあるやろ。
そやからそれは、仏教に於いての、情報としてのアセンションを言い表した言葉でもあるやろけど、それだけではなく、弥勒(みろく)は、“弥”と“勒”で構成されている。
この二つの漢字に、意味があると思える。
まず、弥勒の“弥”は、“日月神示”表記の“弥栄(いやさか)”の“弥”であり、その旧字は、“彌”で、この“彌”の字にも、旧字がある。前のブログで紹介した画像をちょっと直して、以下に貼っておきまんねん。

彌栄弥栄(いやさか) 弥の旧字

そやから上記の旧字、これは、弓偏(へん)と璽(しるし)でもある。これについても文章にすると複雑になるから、以下に画像を貼っておきまんねん。

弓と璽(しるし) 彌の旧字の解字


補足として、“メグリ”(帀)の解字も、以下に貼っておきまんねん。

“メグリ”(帀)の解字

そやからこれは、前のブログで、肉体内にあるチャクラそのものって解釈をした。
ほんでからチャクラを構成するのは、背骨と、左右にある肉体の器官と、神経でもある。
そしてそれぞれのチャクラは、サイクロトロンの構造を持ち、“上”から“下”に降り注がれてる荷電粒子=神の思惑を、自分の肉体に取り込み、同時に、心(靈)にも取り込み、そうやって、(“気血栄衛(營)”(取り込んだ振動で心(靈)と体が創り変わる)しながら)霊的成長を時間の進行とともにしているのが、生命(生きる使命=存在理由)でもある。

ちょっと長い説明になってしもたけど、もうひとつ。
弥勒の勒って言う字は、その意味は、馬の頭にかける革、おもがい。あるいは、くつわ、くつばみ、馬の口にかませて手綱をつける金具、それは制御するとか、おさめるとか抑える(おさえる)とか、しめる、しいる、むりやりに、の意味があり、そやからそれは、生命って言うのんは進化過程において肉体内のチャクラを発達させてきている。そして今の、平均的な地球人のチャクラの覚醒段階は、マニピューラチャクラからアナハタチャクラの覚醒に移行しようとしている。
だからこそ、弥勒の弥=チャクラに、弥勒の勒が必要になり、それは進化過程で必要な心(靈)の発現と動きでもあり、その進化過程で、必要な事象が、自省(胸の磁性“十”)の“行”であり、そのときの心(靈)の動きは、“観自在”であり“直日”であるって何回も言うてきた。
そやからそれは、野放図な、自我の確立=固定化の段階から、“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の発現をしていく。それは“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”になっていく。
人が、そうなったなら、自分が持っている“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を、自分の低い欲望の達成や、低い功名心や自尊心の満足のために使わない。
すべての“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)は、神の智慧(日を知る事=智性の恵み=慧)であることを認識し、だからこそ自分が観察する事象を良いカタチにするために“力”を行使しようとする。
それがアセンション後の人たちでもある。
そして、補足として、仏教で言うところの弥勒、それは、慈悲から生まれたものとされ、その意味を訳して“慈氏”といわれている。また、弥勒菩薩の別名は慈氏菩薩でもある。
この“慈”って言う字は、“慈悲”と“慈愛”でもあり、腹の水=“江戸と尾張”の“江”…自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロンから、心(靈)が“上”に向かう意味もある。このことについても、今まで何回も言うてきたから敢えて説明はしませんねん。

だからこそ次の文は、人の心の進化過程と、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心(靈)の動きを指摘している。

“獣と臣民とハッキリ判りたら、それぞれの本性出すのぞ、”

人の動物化、智性=神性を持っているのに智性を使わない人。その心(靈)の動きはとても醜いけど、今それがもてはやされる風潮があり、本当の価値とか貴いものを見出していく心の動きを持っている人はとても少数である…情けない。
そやからこそ、霊的成長度に於いて分ける=アセンションが起きる。それを言い表した表記が、次の文、

“今度は万劫末代のことぞ、
気の毒出来るから洗濯大切と申してあるのぞ。”

言うまでも無く“今度”は、今後=アセンション後のことであり、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”は、“気の毒”が、“出る”=発振、発信されるって言われてて、そんな人は今後=アセンション後の“創造”を託せないから、“洗濯大切”って言われてる。
言うまでも無く“身魂掃除”“身魂洗濯”は、“観自在”“直日”自省(胸の磁性“十”)の“行”して、自分の心(靈)の発現と動きの“上”と“下”を智性=神性で判断し、それから得られた認識(悟り、幸取=さとり)を行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)に活かす。
それがまた、ローム太霊の言葉の、左往右往でもある。

そして次の文は、アセンション後に位置できる心(靈)を持った人、それを指し示す表記でもある。

“今度お役きまりたら そのままいつまでも続くのざから、
臣民よくこの神示(ふで)よみておいて呉れよ。”

この文の“お役”は、アセンション後の“創造”を担う資格を持った人。
そして“そのままいつまでも続くのざから”…アセンションのその後は、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”は、いないって意味のことを言うてる。
敢えて言うまでもないことやけど、言うときまんねん。

今回はこれくらいにしときまんねん。




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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


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自分達の欲望を満たしたい… 
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こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
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