“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 富士の巻 第十二帖 Kellyさん的解釈



今回も、富士の巻 第十二帖を解釈しまんねん。ほんでからこの第十二帖は、前回の第十一帖の続きと思われる文章でんねん。原文は以下の通り。

御土は神の肉体ぞ。
臣民の肉体もお土から出来てゐるのぞ、
この事分りたら、お土の尊いことよく分るであろがな。
これからいよいよ厳しくなるぞ、
よく世の中の動き見れば分るであろが、
汚れた臣民あがれぬ神の国に上がってゐるではないか。
いよいよとなりたら神が臣民にうつりて手柄さすなれど、
今では軽石のような臣民ばかりで神かかれんぞ。
早う神の申すこと、
よくきいて生れ赤子の心になりて神の入れものになりて呉れよ。
一人改心すれば千人助かるのぞ、今度は千人力与えるぞ、
何もかも悪の仕組は分りているぞ、
いくらでも攻めて来てござれ、神には世の本からの神の仕組してあるぞ、
学や知恵でまだ神にかなふと思ふてか、神にはかなはんぞ。
八月の二十一日、ローレンツ力と ○  のひつ九のか三。


今回の、第十二帖の文章は、具体的に“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との霊的干渉が可能な肉体のことを言うてし、それが第十二兆を読んだKellyさん的な印象でんねん。
まず、冒頭の文では、肉体の構成要素としての帯電するミネラルのことを言うてる。

“御土は神の肉体ぞ。
臣民の肉体もお土から出来てゐるのぞ、
この事分りたら、お土の尊いことよく分るであろがな。”

ほんでから次の文は、人の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)過程としてのアセンション後について言われてて、そして今現在、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”が活躍していることを指摘している。

“これからいよいよ厳しくなるぞ、
よく世の中の動き見れば分るであろが、
汚れた臣民あがれぬ神の国に上がってゐるではないか。”

この文の後半は、ちょっと揶揄(やゆ)したような言い方で、そやからそれは、この文の“汚れた臣民あがれぬ神の国に上がってゐる”は、“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい)や、薄っぺらい価値観で、幸福を求め、物欲や本能由来の行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)をして、それが自分たちの成功とか、勝ち組とか思ってる類の人。
そんな人たちが今後=アセンション後に位置したなら、今と同じ世界になる。
そやけど今は、そんな人たちが活躍してて、それがもてはやされてる。
それがこの文では、“汚れた臣民あがれぬ神の国に上がってゐる”って、揶揄(やゆ)されてる。
以前の記事で少し指摘したけど、霊的成長やアセンションやフォトンベルトを、ただ人を引きつけるだけの要素とみなし、ゴーストライターに文章を書かせ、ネームバリューを利用して出版し、印税を儲ける…そんな人すら居てることを、先生は、今年になってから知った。
そやからそれは、貴いものを自分たちの欲望に利用する…そんな人が多すぎるし、今のアセンション関係の本はそんなもんが大多数…またそこには、低い霊的干渉しかない。
それは、その文章を書かせた人が智性(神性)を持ってない。
“一”=智性=1番目のオーラが小さい。
そやから貴い価値のある何かを見ても、自分の欲望の達成のためにしか利用しないし、それ以上のものの見方など、無いに等しい。
そやからそれはただの引用に終わる。
あるいは、甘い夢を見させるだけに終わる。今後の事象に対する厳しい視点など無い。
そやからそれは、価値のある何かに教訓を得たり、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の言葉に霊的成長の秘密を見出すことが出来ないし、そこに自分なりの解釈など無い…当たり前でんねん。そんな人たちは“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化のための“行”やってへんからでんねん
そやからそれは、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応共振が無く、低い欲望のために利用する発想そのものが“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)との感応共振でんねん。
そやからそれは、結果として大多数の人に偽の情報を与え、その人は“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の傀儡(かいらい、くぐつ、操り人形)になる。
そやけどそんな人たちの価値観は、ただ有名になればいい、儲かればいい、功名心と自尊心が満たされればいい…それが人生の成功やと勝手に思い…そんな程度のことしか思わへん。
今、もてはやされてるもんは、そんなもんばっかりなんやけど…そんな心(靈)の動きの人が“創造”してる、世の中の動きを見て、自己奉仕者が活躍してるって認識の無い人は、なんとも思わへん人は、アセンション落第組って敢えて言うときまんねん。

今言うたこと、その意味で次の文、

“いよいよとなりたら神が臣民にうつりて手柄さすなれど、
今では軽石のような臣民ばかりで神かかれんぞ。”

 この文の“軽石”は、帯電するミネラルが固まってない人。
そやからそれは、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の振動を、真に固く止めることが出来ない人
“上”の振動を受けるのが日(“創造”の“主(ヌシ)”の思惑を仲介している太陽と言う生命体のオーラ)を止める、霊=靈(“創造”の“主(ヌシ)”としての“一”が、陰陽と中性に別れ、“メグリ”(帀)として下降して、日足と砌(ひたりとみぎり)に止まり、それを三つの口で受け、肉体に顕現する意味がある)を止めるの意味での“日止、霊止”であり、その人たちが創造する事象が、真実=真固止でもある。
そやから“軽石”は、“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化してない人。そんな“軽石”の人は、肉体の電気特性自体が低いから、高振動の“上”の存在が思惑を通信しても受信できへん。素通りでんねん。
ほんでからそれが、アミの本で使われた表現、“変圧”でもある。
そやから“日月神示”では、“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化って何回も言うてるけど、その意味すらたいして真剣に解釈されてない。
そやけどそれは、倒れるほどの“行”やった人でないと“上”から教えられへんことでもあるな。

ほんでから次の文は、自我の肥大、腹の水=“江戸と尾張”の“江”…自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロンの進化過程のことを言うてる。

“早う神の申すこと、
よくきいて生れ赤子の心になりて神の入れものになりて呉れよ。”

この文の裏を返せば、ほとんどの人が“神の申すこと、よくきいて”…そうして無いってことでんねん。
誰もが、宗教や、高い霊的存在の言葉を履き違えて、ただ自分の欲望の達成のために利用している。
そやから、こんな言われ方されてまんねん。
 そやけどそれは、“神の入れものになりて呉れよ。”って言われ方は、懇願してるので、現状、到底無理って感じ(感じる磁性)やな。

 ほんでから次の文は、霊的成長度によって作られる場(フィールド)のことを指摘してる。

“一人改心すれば千人助かるのぞ、今度は千人力与えるぞ、
何もかも悪の仕組は分りているぞ、
いくらでも攻めて来てござれ、神には世の本からの神の仕組してあるぞ、
学や知恵でまだ神にかなふと思ふてか、神にはかなはんぞ。”

同程度の霊的成長度の人は、“上”が霊縁を組み、巡り会わすもんでんねん。
それがその人たちにとって良いカタチやからでんねん。
それがこの文では、“一人改心すれば千人助かるのぞ、今度は千人力与えるぞ、”って、言われてまんねん。
そやから同程度の心(靈)の発現=霊的成長度の人たちの心(靈)の動きと価値観は、共通点が出てくるし、その人たちの会話や、オーラの相互干渉は、互いが互いを切磋琢磨するもんでんねん。
そやけどそれは心(靈)の方向性としての“上”と“下”がある。
“善(神格化の方向性と智性の受信)”に向かってるのか、“悪(心の動きの本能化と低振動化)”に向かってるのか…それを自分の心(靈)に見出していくのが、“日月神示”表記の“身魂掃除”“身魂洗濯”でんねん。
補足として、自我の発現とその心(靈)の動きの方向性を示した“日月神示”での表記に対する先生の解釈の画像を何回も紹介してるけど…貼っておきまんねん。

“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の回転と“善(神格化の方向性と智性の受信)”の回転

そやから、低い霊的成長度の人と、相対的に高い霊的成長度の人(日止、霊止)は、一緒にしておかれへん。
“玉石混交(淆)”では、良いカタチの事象の“創造”にはならへんし、足を引っ張ったりもする。
さっき言うた“役員づら”みたいな人が出てくるからでんねん。
それをこの文では、“何もかも悪の仕組は分りているぞ、”って言われてて、そやからこのブログに霊縁あった人(日止、霊止)は、自我の動きの方向性をよく考え、そして今、活躍してる人たちは、どんな心の動きで“創造”をしてるのか見極めるのが必要。
ほんでから以下に“役員づら”の人がこの文の表記の“悪の仕組み”で、大多数の人の低い功名心と自尊心を煽り(あおり)、薄っぺら委低い幸福感を与え、恨みの連鎖の霊的干渉など目もくれず、自分たちの欲望の達成が、恨みの連鎖の霊的干渉を増していることなど気づきもしない。
そやから“役員づら”の人たちが振り回してるのは智性(神性)由来の認識ではなく、そやから以下の文のように言われてる。

“学や知恵でまだ神にかなふと思ふてか、神にはかなはんぞ。”

自分たちの進化(霊的成長、神格化に向かうこと)、霊的成長のために、たとえば宗教の開祖は“上”から“上”の思惑を受信して、行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)した。
他にも、“主護霊”や“支配霊”、死後の事象、霊的成長の過程としての仙人や天狗、道士、そして“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)の顕現としての術には、法則性がなければならないこと、そして“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の心(靈)の動きを指摘した密教のこと、そして閻魔の庁の浄玻璃の鏡(えんまのちょうのじょうはりのかがみ)のこと=自省(胸の磁性“十”)の“行”のことなど、それを人に教えるために、毎回、死ぬ思いで現象を起こしたT霊媒=竹内満朋の偉業や、ローム太霊の言葉をただ引用し、価値のある貴いものを、なんでも、ただ単に利用してる人や、それで(印税を)金儲けしてる人に、聞かせてやりたい感じやな。

ほんでから前後するけど、“上”の思惑は、人の霊的成長と神格化であり、人(丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現))が、“日止、霊止”にならねばならない。
それを示してる文章が“神には世の本からの神の仕組してあるぞ、”でんねん。
その意味でアセンションは、神の“思惑の顕現”=現象化でもあり、ただそれは霊的成長度に於いて、場(フィールド)を分け、霊的に高い人(日止、霊止)と霊的に低い=自己奉仕者を分ける。
ただ、それだけでんねん。

今回はこれくらいにしときまんねん。

 

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 Kelly & ○○○大先生

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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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智性無き心は
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


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