“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

Kellyさん、メタボ研修医のYっちゃん先生改め、ややメタボ内科医のYっちゃん先生と、個人個人の心(靈)の動きについての霊的干渉と、その現象化のプロセスについて、ほんのすこし語る。



この間、Yっちゃん先生から連絡があり、Kellyさんといろいろ話をしたいってことやった。今回はそのとき話したことを紹介しまんねん。
ほんでからYっちゃん先生と話をするのはほんま久しぶりで、Kellyさんが知らんうちにYっちゃん先生は、研修医から一人前の内科医になりましてん。
ほんでからYっちゃん先生はKellyさんと初めて会ったときはチョ~メタボやった。そやから口の悪い○○○大先生にこんな言い回しをされてた。
“新弟子検査、朝○龍の腹、養豚場に来た。仰向けのガマガエル”
…こんなふうに言われてたんやけど、Yっちゃん先生はその毒舌で一念発起し、毎日ジョギングをして脱メタボを目指し、チョ~メタボから少し減量してややメタボに変身しましてんな。
そやからYっちゃん先生の顔も、

メタボ研修医のYっちゃん先生からややメタボ内科医のYっちゃん先生への変化

  




…こんな感じに変わりましてんな(爆)。

そやから一人前の医者になって、脱メタボを目指して頑張っているYっちゃん先生の呼び方は、“メタボ研修医のYっちゃん先生”から、“ややメタボ内科医のYっちゃん先生”に変えまんねん。このブログのカテゴリーにも新たに追加しまんねん。
あしからずご了承くださいでんねん。




☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀ ☀




「Kellyさん、自分が職場で入院患者とか来院する人たちを見ていると、僕自身が霊的干渉の現象ってことを感じたり、それについて考えたりはする。
ですけど、それは、ケースバイケースで、たいしてひどくないような印象の人でも加速的にどんどんひどくなるものもあれば、もうこの人の人生は終わりかな…なんて感じてた人でも、急に好転することがある。
その違いって言うのは、心(靈)の動きとか因縁とか、自分がやってきたことの結果とか…Kellyさんと○○○大先生の会話を読んでいると、大体、自分なりの分析はできるようになってきた…でもそれは、自分だけの考えなのかもしれない。 
だから今日は、僕が観察して、それはなんとなく霊的干渉の結果だと思うことについてKellyさんと話したい。そう思ったから連絡差し上げたんですよ」
「そうでっか。
 そやけど、今Yっちゃん先生が言うたことについては、たくさんの話をせんならんと思いまんがな。
 そやから、Yっちゃん先生が言うたことを要約すれば、患者さんの心(靈)の動きで病態に変化がある。
それについて、まず最初にKellyさん的に思うたのは、心(靈)の動きの極性と、その極性に応じた霊的干渉、そして心(靈)の動きと霊的干渉による“気血栄衛(營)”(取り込んだ振動で心(靈)と体が創り変わる)。
それらのことを考えて行かんならんやん。
それは、お医者さんが通常話す話としては、お医者さんの通念や常識を逸脱する話になるんやろけど、それでもよろしいんでっか?」
「ええ、それで結構です」
「ほんでからもう一つ。Kellyさんは医者ではないし、先生のように医学知識に堪能では無いやんか。
…そやけど先生の医学知識は、ちょっと偏ったことばかり詳しい感じなんやけど」
「ハハハ~~そうかもしれませんね。 ○○○大先生は、先生自身の仕事の役に立たない知識をたくさん持ってますね。あの人は何かに疑問を感じたら自分なりに何でも調べないときがすまないタイプみたいですし、納得のいくまで考えるタイプの人ですけど…ちょっとパラノイアみたいなところもありますね」
「プッ!!そうでんな。
まあ、ちょっと心が病んでるみたいな先生のことは置いといて…そやからYっちゃん先生、Yっちゃん先生とKellyさんが病気のことを話すならば、Kellyさんが分かる範囲で話をせんならんやん。 
それでもよろしいんでっか」
「もちろんです。 専門的な医学知識って言うことよりも、僕としては、人(日止、霊止)の心(靈)の動きと、霊的干渉の現象による病気…言葉が足りませんでしたね。病気の一因としての霊的干渉の要因、その分析をして、僕自身が霊的干渉を理解して認識したい。
またそこに、本当の病気の原因がある。そう思っていますから。
ですから、必要ならば難しい専門の医学用語とかは僕が説明しますから」
「承知しましてんな。 
Kellyさんのつたない認識がYっちゃん先生の役に立つんやったなら、たくさんディスカッションしましょうやおまへんか」
「よろしくお願いします。
それで、さっきも話したんですが、重篤な症状で余命いくばくも無いって感じの人が急に好転するようなケースは、やはり心(靈)の動きが大きいと思う。
何か喜ばしいことが起きると急に好転することもあるし、またその逆もある。ですからそれは、何か機嫌よく過ごしていて、経過良好な感じの人でも、あくる日にポックリ亡くなっていたりもする。 
それはやはり…その人の心(靈)の動きが、体調に関わり、変化のあることなんでしょうね」
「そうでんな。そやけどYっちゃん先生が今言うたことは、結果でしかないでっしゃろ」
「それはそうですね」
「その結果って言うのんは、心(靈)の動きと霊的干渉の結果やろし、ほんでからにその人の一生としての結果でもある」
「死を迎えることそのものが、その人の結果ってことですね」
「そうでんねん。言い換えればそれは、その人がどんな一生を送ってきたか、さらにそれを言い換えると、その人がどんな思惑=心の動きを持っていて、その“思惑の顕現”=現象化がその人の人生ってことになる。
 そしてある時期に病気になった。 そこには、その人がその一生でどんな程度の霊的成長をするのかにもよる。
ほんでから今言うたけど、人の一生って言うのんは、その人の心(靈)の動きの結果、“思惑の顕現”=現象化でもある。
 そやからそれは、いつやったかこんな話をしたやおまへんか。

Kellyさん、
メタボ研修医のYっちゃん先生と、死を待つだけと思える入院患者の事に付いて、話す。  参照

 



“「長期に入院して・・・只、命を長らえさせてるような患者さんがいる・・・それは、半年も一年も寝たきりで・・・意識があるような無いような・・・只、食事して排便して時々家族が見舞いに来て・・・それもまるでお義理みたいな見舞いでしかない。
そういう事に意味があるのか無いのか・・・
それは、その人の人生にとってその期間って言うのは、意味があるのか無いのか・・・医者が言うセリフでは無いですけど・・・疑問を感じるんです。
それは・・・早く昇天したほうがいいんじゃないのか・・・そういう事まで考えてしまう。
そのほうが本人も家族も楽なんだろうし・・・」
「Yっちゃん先生、それは違いまんねん。
そうやって意識があるような無いような時間を過ごす事そのものが、自分の死を意識する事でんねん。それもその人にとっては重要な期間でんねん。

……中略……

それは、入院生活そのものが左往右往の段階で、自省(胸の磁性“十”)の“行”でもありまんねん。 例えば、飲酒や美食が過ぎて糖尿病になって、心臓疾患や脳血管障害を併発して、 それで寝たきりになってはる人が居たとしますやんか。」
「そう言う人は多いですね。」
「そやからそれも自分がやってきた事の結果でんねん。
それは食事制限も進められたやろし、医者も周囲の人も忠告したやろし・・・それでも自分のやる事って言うのんは自分で決めてやってきた。 そうでっしゃろ。」
「そうですね・・・言い訳めいた事は言いますけどね。友達の誘いを断れずに食事したり酒飲んだりとか・・・自分が悪いって思って無いからですね。」
「その通りでんねん。
自分が悪く無いと思いたいのは、自我の確立=固定化の段階の霊的成長度でんねん。 それを如実に示してるからこそ、そう言うものの言い様をしまんねん。
そやけど・・・自分のやってきた事そのものは色んな条件があったやろけど結果それは、自分で決めた事でんねん。 それを、誰かのせいにしたいって事でしかないって事でんねん。 言ってしまえば・・・自分に甘いって事でんねん。 そやけどその心(靈)のまま死んでしもたなら・・・」
「欲望に執着した浮游霊になるって事ですね。 あの時食べた物は美味かったな~とか、あのときの酒は美味かったな~とか、あのときの旅行は楽しかったな~とか・・・結果そう言う人たちの言う事は昔の良かった事を思い出すだけ・・・」
「Yっちゃん先生、そこにその言葉の裏にある心(靈)の動きを感じんとあきまへんで~。
それは、その言葉って言うのんは、もうその時の自分には戻れないって言う自分に対する・・・寂しい認識が芽生えたからでもありまんねん。 大事な心(靈)の変化って言うのんはそこにあると思いまんねん。」
「そうか・・・そうかもしれませんね。」
「そやからそう言う人達にとっての入院生活って言うのんは、過去の思いから執着を断ち切る・・・その過程の事でんねん。それが、死ぬ前に自分の死を意識する事で、それはとても大事な事でんねん」”




そやからこのときにも少し話したけど、人の死って言うのんは、その人の心(靈)の動きの結果=人生をどう過ごしてきたのか。
そして、その一生を過ごしているその時々の心(靈)の動きに応じての霊的干渉。これらを考えて行かんならん。
言うたらなんやけど、今Yっちゃん先生が言うたのは、結果を観察してYっちゃん先生が感じたことでしかないやん」
「そうですね」
「その結果って言うのんは、その人の一生、生きて来た期間って言う狭い時間の中のことでしかない。
ほんでから大体、人の死って言うのんは、たくさんの恨みの連鎖の霊的干渉があり、地球人本来の寿命が短くなっていて、短くなった中での相対的な観察をしている。
そやから今Yっちゃん先生が言うたみたいなことは、その狭い時間の中で起きている相対的なことでしかないけど、今の地球人は本来の寿命どおり長いこと生かされることは許されてない。
そやからそれは、恨みの連鎖の霊的干渉、これを今問題にしても、すでに地球人が殺し合い奪い合い、騙し合いしてきたことの結果でもあるから、現時点解決につながる話ではない。ほんでからにそれは、今、すべての地球人が体験しているからこそ、本来800~1000年くらいの寿命がたかだか100年未満になっている」
「それは例えば、前のブログでKellyさんがティオティワカンのことを検索して、気に病んでいらした生贄(いけにえ)のこととかもありますよね。
(“霊的干渉 目上(めうえ)と目下(めした)”“その七” 神格化のプロセス 目上(めうえ)と目下(めした)159~177ページ参照)
そして恨みの連鎖の霊的干渉って言うのは、人の心(靈)の進化程度がマニピューラチャクラの段階で、自我の確立=固定化の段階で、そしてその時に陥りやすい自我の肥大で自己奉仕者の心(靈)の動きになる。
だから大半の地球人は、やることの程度が低いから、恨みの連鎖の霊的干渉の影響が必然としてある。
今、その結果があるからこそ、人の寿命は短くなったっていうのが先生の述べたいことのひとつですよね」
「そうでんな。そやけど今Yっちゃん先生が言うた先生の概念は、誰も信じへんやろし、なかなか説明に手間のかかることでもある。 
 そやから、Yっちゃん先生が、今回問題にしてることは、地球人の平均寿命が、比較的地球人に近いプレアデス人よりも寿命が短いことの理由、そのことにまで波及する話になるかもしれへん」
「それでもかまいません。医者としても知りたいことでもありますし」
「分かりましてんな。そのことも踏まえていろいろ話をしましょうでんねん」
「はい」
「そやから今の話は少しそれてしもてしもたけど、人に起きていることって言うのんは、霊的干渉の結果で、霊的干渉は心(靈)の動きの結果でもあるんやけど、結果を見ててもたいして分析ができないって欠点がある。
そやからそれは、その時点々々の相対的な観察による分析でしかない。
そやけどそこには、答えを導き出す重要なポイントがあると思いまんねん。
そやからそれは、心(靈)の動きによる霊的干渉が起きる理由、それはさっきYっちゃん先生が言うてた通り、心(靈)の動きってもんがある。心(靈)の動きは、その人の霊的成長の過程、日足(ひたり)の“行”をしてるのか、砌(みぎり)の“行”をしてるのかにもよる」
「ローム太霊さんの言葉、右往左往と左往右往ですね。右往左往=やってみてから失敗を体験する。左往右往=失敗を体験し、それを教訓とする。
ですからそれは、さっき、Kellyさんが、以前の僕との話の中で引用してくれた長く入院している患者さんの心(靈)の動きに相当しますね」
「そうでんねん。
そやから心(靈)の動きと霊的干渉、自分の心(靈)の動きでどんな種類の霊的存在を引き込んでいるのか、それは憑依って言い表してもエエんやけど。
それと、自分の心(靈)の動きにどれくらい影響を受けているのか。それは感応共振しているのか。
そして、どれくらい心(靈)の中に入り込れたのか。
それらのことを考えて行かんならんと思いまんねん。
ほんでから心(靈)の動きって言うのんは、“上”に向かっているのか“下”に向かっているのか。
人が(あらゆる生命が)、時間の進行とともに進化(霊的成長、神格化に向かうこと)をしてるんやから、極論に聞こえるかもしれませんけど、そのどっちかしかない。
それらのことを考慮して考えんならん。
そやからそれは、まず、鬱(うつ)の霊的干渉なんかを考えたら分かりやすいと思いまんねん。
そやけど…Kellyさんが鬱(うつ)のことをたくさん知ってるわけではないけど、例えば、気分障害って言い方がありまっしゃろ。
気分障害には鬱(うつ)と、双極性鬱(躁(そう)と鬱(うつ))ってありまっしゃろ」
「そうですね。躁(そう)と鬱(うつ)。それは先生の概念の肝=“いきり立つ心(奴と心)”と、脾=“思う、憂う”の現れですね」
「そうやと思いまんねん。 
そやからそれは、比較的単純な霊的干渉としての症例やと思うから、そこから考えてみたらどないでっしゃろか。
ほんでから躁(そう)と鬱(うつ)、それを考えると、霊的干渉の“上”と“下”が良く理解できると思いまんねん。
そやけど今Kellyさんが言うたのは、Kellyさんが躁(そう)と鬱(うつ)に対してたくさんのことを知ってるわけではない。
そやからYっちゃん先生、今度Yっちゃん先生に会うまでにKellyさん的に躁(そう)と鬱(うつ)のことについていろいろ検索して勉強して、それからYっちゃん先生と話をしたいと思いまんがな。どうでっしゃろか?」
「承知しました。僕もいろいろ調べてきます。
そして、僕自身がいまひとつしっかり理解していない、日足(ひたり)と砌(みぎり)、心(靈)の極性、神の極性、そしてそれはすべての事象に観られる極性ですよね。そのことについて前のブログをしっかり読んで理解してきます」
「そうでっか。 次回は内容の濃い話になりそうでんな」
「そうですね」
「そやけどYっちゃん先生、今日Yっちゃん先生言うてたその視点って言うのんが、すごく大事やと思いまんがな。
それはYっちゃん先生が言うた患者さんを診て、霊的干渉を感じ(感じる磁性)、観察したって言うYっちゃん先生の視点、その心(靈)の動きは、智性(神性)に由来するものでんがな。
そやからそれはただ医者をしてるだけや無くって、医者って生業(なりわい)を通じて本当のことを知ろうとする。
通常、仕事って言うのんはただ金儲けの手段にしかなってないことが多いでっしゃろ」
「そうですね。そこには低い幸福の概念がある。それを達成したいから、高収入の医者って仕事を選択した。そんな人は多い。
それは例えば、ドクターの中にも、風俗好きとか、夜のネオンが好きとか、アル中とかグルメとか、医者のくせに糖尿病の人とか、平気でタバコを吸ったりする人もいますからね。
これはKellyさんと話すまでも無いような霊的干渉の一側面の顕れで、この世界に未練を残している浮遊霊の通信を受けて自分の心(靈)を見失っている。
それも、そのドクターたちの心(靈)が智性(神性)の発現があまり無くって、今右往左往をしている。たくさん仕事して、たくさん儲けて、そして自分がその(通貨としての)金で低い欲望を満たす。物欲、性欲、食欲…そんな低い欲望の達成のために仕事をしてる人が多い」
「そうでんな。ほんでからお医者さんや先生みたいな仕事は、そんな霊的存在と向き合っているからでんねん。」
「そうでしたね。○○○大先生の一冊目の本に書いてありましたね。
(ローム太霊との出会い 良い発振のために)
それも含めて、自分の周りには、今、僕が言った視点で患者を診るってことが無い。一般に、病気の原因が自分の在り方であるとか、因縁霊による霊的干渉とか、そんな視点は無いですね。
大体、因縁とか霊的干渉って言う言葉にたいする認識でも、一般の人の認識はとても低い。
ですから、今僕が言ったことは、因縁にたいしてあなたには霊がとり憑いていますとか…インチキ臭い霊能力者やお祓いをする人が使う言葉でもあるし、そんなものは結局相手を恫喝して金を取る商売でしかなくって、僕が考えていることの参考にはならない。
そして最近の医療でも、あなたは何とか病の疑いがありますから検査しましょうとか、テレビの薬のCMでも、あなたは何とか病かもしれませんって言う傾向がある。
だからこの両者は同じ傾向ですよね。恫喝して自分たちの利益にする。自己奉仕者ですね。
…話がそれました。霊的干渉、因縁霊、自分自身の心(靈)の動き、どんな一生を送ってきたのか=右往左往と左往右往ですね。
その結果としての死、この世界を卒業すること。その過程としての病気、その視点を持って病気って事象を観察すると、病気の本当の原因って言うのは、そこにあるように思う。
そして、今、Kellyさんが指摘したような医者ならば、ただ処置をするだけ、ただ薬を出すだけ、それだけで終わってしまうし、それだけならばそれは、本当に医者と呼ばれるに相当する仕事をしているのか…ちょっと疑問に感じてしまう。
ですから僕が、自分が医師って生業(なりわい)を選択したならば、そこから貴い認識(悟り、幸取=さとり)を得る。自分はそう在るべきだと思いますし…」
「まったくそうでんな。
そやからそれは、Yっちゃん先生自身が医者って仕事を通じ、その中に、真実=真固止を求めている。そう思いまんがな。
それはとっても尊いことやと思いまっせ!!」
「そうですか!!僕の心(靈)の動きを評価していただいてありがとうございます。
…僕は、研修医の期間は終わって内科医になったけど、僕自身の心(靈)の在り方は、一生研修医、何事に対しても真摯に向き合い、物事の意味を深く追求し本当のことを見出して行く医者になりたいと思います!!」

 

 

 


Yっちゃん先生 キラーン

 (注 自分の生業(なりわい)に使命を感じ取ったYっちゃん先生)




「そうでっか、頑張ってください。それじゃ近々またお話しましょうでんねん。そのときを楽しみにしてまっせ~~ほんでから良いお年をお迎えくださいでんねん。 ほなさいなら」

« 今年もよろしくお願いいたします。by ○○○大先生&パチモンKelly|Top|“日月神示” 富士の巻 第二十二帖 Kellyさん的解釈 »

コメント

新年おめでとうございます

〇〇〇大先生、あけましておめでとうございます。
こちら千葉では初日の出も拝めたし、いい天気のスタートです。
今年も宜しくお願いします。

霧の小次郎様へ

明けまして、お【<●><●>】でとうございます(爆)。

最近、私事多忙で、まったくカメラに触れられず、
写真もアップしていないのに関わらず、
たびたびのご来訪、感謝しております。

霧の小次郎様のお写真、今年も拝見させていただきます。

本年もよろしくお願いいたします。

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 Kelly & ○○○大先生

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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
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 この二冊は、同時発売です。
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2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


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目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


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この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




初めての方は、
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☆ Kellyさん的事象の観察と認識 (104)
Kellyさんがこのブログに霊縁あった人(日止、霊止)に伝えたい事 (22)
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Kellyさんとメタボ研修医のYっちゃん先生との会話 (2)
Kellyさんとややメタボ内科医のYっちゃん先生との会話 (7)
Kellyさんと和風のベッピンはんのSはんとの会話 (2)
Kellyさんと農業好きの社長婦人K地M美はんとの会話 (12)
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☆ Kellyさん的“日月神示”解釈 (464)
Kellyさんが、“日月神示”の解釈をして行くに当たって・・・考えた事。 (15)
“日月神示” 上つ巻 (42)
“日月神示” 下つ巻 (38)
“日月神示” 富士の巻 (26)
“日月神示” 天つ巻 (30)
“日月神示” 地つ巻 (36)
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“日月神示” 雨の巻 (18)
“日月神示” 風の巻 (15)
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“日月神示” 荒の巻 (12)
☆ Kellyさん的“ローム太霊講話集”解釈 (107)
☆ 紫光会経文の文言 Kellyさん的解釈 (18)
☆ ○○○大先生的バシャールの文言解釈 (9)
☆ 先生が撮るけったいな花の写真 (22)
☆ 先生が撮る比較的まともな写真 (32)
☆先生が室内で写真を撮るときのセッティング (6)
その他 お知らせ (3)



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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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