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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 天つ巻 第七帖 Kellyさん的解釈



今回も、天つ巻 第七帖を解釈しまんねん。原文は以下の通り。

二二(ふじ)は晴れたり日本晴れ、
二本のお足であんよせよ、二本のお手手で働けよ、
日本の神の御仕組、いつも二本となりてるぞ、
一本足の案山子(かかし)さん、今更 何うにもなるまいが、
一本の手の臣民よ、それでは生きては行けまいが、
一本足では立てないと、云ふこと最早分ったら、
神が与えた二本足、日本のお土に立ちて見よ、
二本のお手手 打ち打ちて、神おろがめよ あめつちに、
響くまことの拍手に、日本の国は晴れるぞよ、
二二(ふじ)は晴れたり日本晴れ、二二(ふじ)は晴れたり、岩戸あけたり。
九月一日、ひつ九のか三。

 天つ巻 第六帖、この文章は、今までのKellyさん的解釈に照らし合わせれば、とても解りやすい。
まず、冒頭の文。

“二二(ふじ)は晴れたり日本晴れ、”

 “二二(ふじ)”は、今まで言うてきた通り、肉体の二つの磁性、肉体に備わっている左右の極性=日足(ひたり)と砌(みぎり)、ヨガで言えばイダとピンガラ、太陽の気道と月の気道。
 そして“晴れたり日本晴れ”については、以前にも使った画像を以下に貼っておきまんねん。

“晴れたり日本晴れ”の解字 

ほんでから次の文も、左右の極性=日足と砌(ひたりとみぎり)について述べられている。

“二本のお足であんよせよ、二本のお手手で働けよ、
日本の神の御仕組、いつも二本となりてるぞ、”

 この文の“二本は”さっきの“二二”と同義。
脊椎動物としての、進化した左右相称動物としての人(日止、霊止)は、肉体の左右の極性がはっきりしてくる。
これは、先生が地球上の生命を観て思う、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の意味と意義でもある。
そやから進化していない生命(生きる使命=存在理由)は、手足の発現が無い。
そして手足の発現は、手足の骨と神経がコイルの構造を持ち、手足の磁性が左右に発現する。
そして四足獣から猿、そして人(日止、霊止)への進化は、手の磁性の強化=手を使い出して、手の神経が密になることにより、腹の水=“江戸と尾張”の“江”…自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロンが、手の磁性によりシンクロトロンの構造を示すようにもなる。
またそれは、第三密度から第四密度、マニピューラチャクラの進化過程から、アナハタチャクラの覚醒に移行することと同義でもある。だからこそこれまで何回も、胸の磁性“十”って言い回しをしてきた。
さらにサイクロトロンからシンクロトロンへの移行は、発振、発信されるオーラの質に変容がある。 当たり前でんねん。心(靈)の動きが変容するんやから。マニピューラチャクラ、自我の確立=固定化、そして、自我の肥大=サイクロトロンから、“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の動き=シンクロトロンになるんやから。
それがまた、ローム太霊さんが伝えた言い回しの意味の一つとしての、“右往左往と左往右往”って心(靈)の動きによってなされる自省(胸の磁性“十”)の“行”でもある。
ほんでからこの文の“日本の神の御仕組、いつも二本となりてるぞ、”の”日本”は、日本の国そのものってことではなく、今紹介したばかりの画像の中の説明文のように、“日”=“創造”の“主(ヌシ)”の振動、愛(炁)、アイ、“亜”(人の心(靈)が認識しうる)根源の何か、究極微粒子)が出ずる、泉。
だからそれは、すべての行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)の動機でもあり、また、すべての事象の根拠であり、“創造”の根拠たるものでもある。
同様に、今紹介したばかりの画像で説明してあるとおり、“本”も、丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)が加わった根源って意味がある。
そやからこの文の“神の御仕組”って言うのんは、日足と砌(ひたりとみぎり)の極性を示し、その極性の強化により、進化した動物としての人は、“日止、霊止”になっていくことを示している。
そして“日止、霊止”が創造しうる事象は、今後=アセンション後の事象でもある。 それは心(靈)の動きが事象を“創造”するのだから。
言い換えれば、自分の心(靈)が事象を認識する。 それは、自分の外側(外国と幽界)の電磁波(振動)を受け、自分の心(靈)が、自分以外の電磁波(振動)を受け、自分の心(靈)内に発現するのが認識でもあり、心(靈)は、霊=○、荷電粒子の場(フィールド)であり、だから外側(外国と幽界)と反応するから、観察(感じ(感じる磁性)るってことでもある。
 ちょっと話がそれたけど、“神の御仕組”は、進化した“日止、霊止”が創造しうる事象を指し、さらに“御仕組”は、“創造”の法則性まで示唆される言葉でもある。 そやからそれは、“日月神示”内の言葉を引用すれば、“道理”=“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)でもある。

 ほんでから次の文は、極性のバランスが崩れている=進化の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)ではない、今の事象を指摘して説明している。

“一本足の案山子(かかし)さん、今更 何うにもなるまいが、
一本の手の臣民よ、それでは生きては行けまいが、
一本足では立てないと、云ふこと最早分ったら、
神が与えた二本足、日本のお土に立ちて見よ、”

 言うまでも無く、この文が指摘しているのは、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心(靈)。
 それは、砌(みぎり)の極性の強化。だからこそ周囲のバランスを考えず、恨みの連鎖の霊的干渉を生み出し、そんなことは意に介さない。
 そやからその砌(みぎり)の極性の強化の進化過程は、その心(靈)の動きは、(通貨としての)金を求め、低い欲望の達成を願い、それ由来の価値観や幸福の概念で行動する。もっと解りやすい言い方をすれば、経済中心のこの世界そのものをさすっていってもエエな。
 またその低い心(靈)の動きは、自我の肥大をして、自分だけの都合のために、宗教を形骸にして、政治を金儲けの道具にして…きりが無いけれど、これまで言うてきた“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の行いって言うのんは、その行動の根拠として、(通貨としての)金への執着、物欲、本能由来の欲望があり、それをS会=紫光会の交霊会では、八戒(低い欲望に対する八つの戒め)と言い表した。
 そやからそれを、自分が霊的成長するための“戒め”と思わず、貴い何か、宗教の教えとか、政治の仕組みとか、霊能力とか、そんなものはほとんど金儲けの道具に成り下がり、低い功名心と自尊心を満たすものになっており、そうなってしまった理由は、人の心(靈)の極性のバランスの崩れでもあり、だからそれは、自我の肥大、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”でもある。
そしてその人たちは、貴い“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を自分のためにしか使わない。
そして本当に貴い“力”の使い方を求めず、ただ力を利用して自分の低い欲望を満たすだけの道具にする。それは以前にも指摘したことがあるけれど、ローム太霊やT霊媒=竹内満朋を利用しただけの人とか、薄っぺらい感謝って言葉を多用して人を引き付けるだけの人とかは、その代表みたいなものであり、そやけどこのことに気が付く人が少ないのは、大半の人が自己奉仕者の心(靈)の動きしか持っていないからでもある。
…まあエエわ。

ほんでから次の文。

“二本のお手手 打ち打ちて、神おろがめよ
あめつちに、響くまことの拍手に、日本の国は晴れるぞよ、”

 この文の“二本のお手手 打ち打ちて”は、手の磁性の強化を示し、それは胸の磁性“十”の強化になり、自我の肥大って心(靈)から、“慈悲”と“慈愛”の心(靈)への変容を示し、“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の動きは、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)になるからこそ“神おろがめよ”と、称されている。
 ほんでから“あめつちに、響くまことの拍手に、日本の国は晴れるぞよ、”。
これは、“あめつち”は、自分の心(靈)が観察する現津(あきつ)、観察され得る事象。
ほんでから“響くまことの拍手に、”って言うのんは、手の磁性の強化、胸の磁性“十”の強化、“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の動きを指し、“日本の国は晴れるぞよ”は、“日本”は、ここまで説明したとおり。“国”は“国”((囗)くにがまえ)と“玉(ぎょく)”…“玉(ぎょく)”は自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きを示す)でもある。
“晴れるぞよ”については、さっき示した画像を観たら解ると思うから、説明を省きまんねん。

ほんでから、天つ巻 第七帖は、次の文で締めくくられている。

“二二(ふじ)は晴れたり日本晴れ、二二(ふじ)は晴れたり、岩戸あけたり。”

 この文の“岩戸あけたり”の“岩戸”は、これまで何回も言うてきた通り、“岩”は、山=脳 + “石”(帯電するミネラル)。  そして“戸”は、“江戸と尾張”の“戸”、それはマニピューラチャクラからアナハタチャクラへの関門でもあり、肉体の構造としては横隔膜でもある。
 さらに、腹から“上”にエネルギーが上昇する様子は、大日如来の条帛(じょうはく)に示されていて、それはまた“玉(ぎょく)”って言う字にも示されている。
 こんなふうに“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)は、さまざまなカタチで人(日止、霊止)の霊的成長を示している。
だけれどもそれらはすべて、マニピューラチャクラからアナハタチャクラ、自我の確立=固定化と自我の肥大から、“慈悲”と“慈愛”。さらに“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”。それは“一”=智性(神性)の発現と、智性(神性)って言う心(靈)の動きを示す。 
 その意味で“日月神示”と、古事記では、“岩戸”って言い回しをされている。
それと、現時点の平均的地球人の心(靈)の発現と心(靈)の動きは、第三密度、マニピューラチャクラ、自我の確立=固定化と自我の肥大の段階だからこそ、“岩戸あけたり”になってくれってことでもありまんねん。
そやから、古事記の、天照大神の岩戸隠れの話の中の、天照大神を天手力男神(あめのたぢからおのみこと)が、天の岩屋戸から引きずり出した…それは、手の力=胸の磁性“十”でもあるって前のブログで説明した。
(そやけどこの記事(エピローグ 神の思惑と顕現…神聖な事象)は、部分的に削除してありまんねん)
そやからこの神話も、人の進化、それは神格化、胸の磁性“十”、智性(神性)の発現、そして太陽凝視は、智性(神性)の強化のための=神格化のための“行”であることを示している。
このことをあえて付け加え、今回は、これくらいにしときまんねん。

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 Kelly & ○○○大先生

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
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