“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”天つ巻 第十三帖 Kellyさん的解釈



 今回も、天つ巻 第十三帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

空に変りたこと現はれたなれば地に変りたことがあると心得よ、
いよいよとなりて来てゐるのざぞ。
神は元の大神様に延ばせるだけ延ばして頂き、
一人でも臣民助けたいのでお願ひしてゐるのざが、
もうおことはり申す術(すべ)なくなりたぞ。
玉串 神に供へるのは衣(ころも)供へることぞ、
衣とは神の衣のことぞ、
神の衣とは人の肉体のことぞ。
臣民をささげることぞ、自分をささげることぞ、この道理分りたか。
人に仕へるときも同じことぞ、
人を神として仕へねばならんぞ、
神として仕へると神となるのざから、
もてなしの物出すときは、祓ひ清めて神に仕へると同様にして呉れよ、
喰べ物 今の半分で足りると申してあるが、
神に献げたものか、祓ひ清めて神に献げると同様にすれば半分で足りるのぞ、
てんのゐへん気つけて居れよ。神くどう気つけて置くぞ。神世近づいたぞ。
九月六日、一二のか三。

 冒頭の文は、もう、くどく解釈する必要のないことやな。

“空に変りたこと現はれたなれば地に変りたことがあると心得よ、
いよいよとなりて来てゐるのざぞ。”

 いうまでもなくこれは、アセンションの時期のことを言うてる。
そして時期は、荷電粒子の集合体、場(フィールド)である心(靈)が感じ(感じる磁性)るのであるから、時間の進行と認識する(ちょっと言い方を変えれば、心=靈は、縦に貫かれた磁束由来のローレンツ力で回転する荷電粒子でもある)。
だからこそ私たちは、時間の進行って概念を持っているといいうるし、また、認識することは、自分の外側(外国と幽界)の事象から、振動(電磁波)を受信するからこそ認識する。
またアセンションの時期=タイムスケジュールは、宇宙の進行は神のプログラムであり、それを人(日止、霊止)の心(靈)が認識したなら、時期になり、それは電磁波の吸収であるからこそ=心(靈)が外側(外国と幽界)の事象の電磁波と反応するからこそ、時期=磁気でもある。
よって、この文の、“空に変りたこと現はれたなれば地に変りたことがあると心得よ”は、私たち心(靈)が“観察と認識”をして、“上”に変化があれば、“下”に変化がある。 
“上”と“下”は、この文の“空”と“地”でもある。 
そやから“上”の思惑は、霊的成長度に於いてより分ける作業がアセンションでもあり、何回も言うて来ているとおり、自我の確立=固定化の進化過程、そして自我の肥大、その心(靈)の動きは“石屋の仕組み”(帯電するミネラルが固まっていない=真固止ではない=腹の水(“江戸と尾張”の“江”)であり、低い欲望、低い功名心、低い自尊心、薄っぺらい幸福感、(通貨としての)金に対する執着etc.
そんなものに囚われている心(靈)は、次の段階に移行できないし、その心(靈)の動きの人が次の段階に移行したならば、今と同じ世界になる。
そやからこそ、“創造”の“主(ヌシ)”の計画であるアセンションは“慈悲”と“慈愛”の心(靈)を発現している人(日止、霊止)しか、次の段階に移行させない。
そのことをよく知ってほしい…“創造”の“主(ヌシ)”の計画(神の思惑の顕現)が、アセンションであることをよく理解して知っておかねばならない意味で“心得よ”といわれてる。
そやから今、アセンションに付いての一般の認識はとても甘い。ひどい例を挙げれば、ファンタジーのように思うとか、SFの様にしか思われていない。 だから商売に利用されたりもする。 
そのアセンションに対する甘い認識には、自分たちのやってきたことの結果が反映するとか、誰も逃れられないとか、自分たちの生死に関わることなどの認識は無い。
しかしさっきも述べたとおり、アセンションは“創造”の“主(ヌシ)”の計画で、生命の神格化のプロセスでもあり、だからこそ霊的成長度に於いて分けられるというよりも、この事象の法則性(“日月神示”表記の“道理”の“理(ミチ)”(法則性))に於いて、下三つのチャクラの覚醒段階の霊的成長度で、心(靈)の在り方が間違った方向性=自我の肥大に陥っている人は、自滅する仕組みになっている。
そのことを指し示したこととして、“日月神示”表記の“石屋の仕組み”(帯電するミネラルが固まっていない=真固止ではない=腹の水(“江戸と尾張”の“江”)は、自我の肥大した人が活躍して、この世界を恨みの連鎖の霊的干渉で満たし、壊滅の方向性に向かわせる意味の表記であると確信する。 だから、決して、フリーメーソンだけが“石屋の仕組み”ではない。 
人は(地球人は)、誰もが自我の肥大に陥りやすく、それは地球人の平均的進化過程でもあるし、智性で自我を制御できなければ、言い換えれば内在する悪を自分で容認すれば、自己奉仕者になる。
そやから“創造”っていうのは、要は、私たち心(靈)、心=靈(縦に貫かれた磁束由来のローレンツ力で回転する荷電粒子)が感じうる現津(あきつ)、観察され得る事象は、自分たちの心(靈)の動きによるものであり、それが息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)による私たち自身の“創造”ってことになる。
だからこそ進化程度の低い心(靈)は、低い世界を作るってことでもあるけど、そんなことをいつまでも“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)は許しておかないから、アセンションに伴う醜い事象を体験し、多くの人が自省(胸の磁性“十”)の“行”をする。
それがアセンションの意義でもある。

次の文。

“神は元の大神様に延ばせるだけ延ばして頂き、
一人でも臣民助けたいのでお願ひしてゐるのざが、
もうおことはり申す術(すべ)なくなりたぞ。”

 一人でも多く、次の段階に移行させたい思いはあっても、時期は時期やから、間に合わん進化程度の人は、間に合わんって言うてる。

 ほんでから次の文。

“玉串 神に供へるのは衣(ころも)供へることぞ、
衣とは神の衣のことぞ、
神の衣とは人の肉体のことぞ。”

 神道での玉串は、神や高い霊的存在の依り代とされている。 そしてこの文では“神の衣とは人の肉体のこと”って言われてる。
 このこともここまでKellyさん的“日月神示”解釈を読んでもらってる人には、解説はいらんやろけど、要は“上”の思惑と感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)は、“天意”を自分の思想にすることでもあるし、それがまた、“日月神示”表記の“天詞様”であり、またそれは、天皇の本当の意味でもある。
 そして私たちの肉体を“神の衣”とする具体的な方法が、“行”と“修行”であり、それは生体内電流の強化によるたんぱく質の高分子化でもある。 
それがまた“日月神示”表記の“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化でもある。
…補足として、生物の進化を観て、なぜ、下等生物は、人よりも低分子のたんぱく質しか持ち得ないか?その答えでもあるけど、これは○○○大先生が“改”で後々述べるやろ。

ほんでから次の文は、“身魂掃除”“身魂洗濯”、心(靈)の在り方について述べられている。

“臣民をささげることぞ、自分をささげることぞ、この道理分りたか。
人に仕へるときも同じことぞ、
人を神として仕へねばならんぞ、
神として仕へると神となるのざから、
もてなしの物出すときは、祓ひ清めて神に仕へると同様にして呉れよ、
喰べ物 今の半分で足りると申してあるが、
神に献げたものか、祓ひ清めて神に献げると同様にすれば半分で足りるのぞ、
てんのゐへん気つけて居れよ。神くどう気つけて置くぞ。神世近づいたぞ。”

 冒頭の“臣民をささげることぞ、自分をささげることぞ、この道理分りたか。”は、自己奉仕者、“日月神示”表記なら“われよし”、要は自我の肥大した心(靈)の動きでは、次の段階に移行できないことを言っているし、それが神格化のプロセスである“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)なのだから、分かっておけってことでんねん。
 そやから自己奉仕者の心(靈)っていうのんは、他者に対する尊厳は無く、ただ他者を利用して自分の利益にしたりもするし、尊い教えなどをただ引用して自分たちの商売にしてしまう。形骸になった宗教や最近多いアセンション関係の出版物…etc.あえて指摘するようなことでもない。 
貴い何かを利用したり他者に対する尊厳が無いその心(靈)の動きには、欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとかが観られるけど、自己奉仕者の心の進化過程の人にはその認識は無い。 
そやからそれは、欺く方と欺かれる方、騙す方と騙される方など、その両者は立場が違うけど、両方とも“慈悲”と“慈愛”の心があまり無く、自分たちに対する“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”も無い。 
……まあエエわ。
そやから自分たちが神に近づく心(靈)の在り方として“ささげること”と言われ、それは奉仕であり、S会=紫光会の経文、四空経録の表記を借りれば“世為人為 陰徳普及”でもあり、それは言い方を変えれば、この事象に対する奉仕ってことになる。
それを行うときには、自分に対する“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”が必要でもあり、自己奉仕者の心(靈)では、当然こんなことは出来っこないし、そんな考えすら持たんやろ。
また、奉仕っていうのは、この文で“人に仕へるときも同じことぞ、人を神として仕へねばならんぞ、神として仕へると神となるのざから、もてなしの物出すときは、祓ひ清めて神に仕へると同様にして呉れよ”って言われてるとおり、すべての事象が神聖であり、貴いと感じられるべきでもあり、その認識を持たねばならないってことでもある。
それを踏まえて、自己奉仕者の創造する事象を考えればそれは、壊滅の方向性であり、アセンションに伴う醜い事象は、自己奉仕者の心(靈)の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)が創造した結果でもある。 
またこの文の“喰べ物 今の半分で足りると申してある”は、食べ物だけに限らないけど、自己奉仕者が世界の経済を牛耳っていて、金持ちは裕福に暮らし、その裏で三秒に一人、子供が死ぬ状況を創造している。
いうまでも無くそれは自己奉仕者の活躍であり、だからこそ“石屋の仕組み”は、恨みの連鎖の霊的干渉を生み出しているし、それは、この世界を霊的成長の方向性に向かわせない結果になっている。 
だからこそ重複するけど、霊的成長度に於いて分ける作業がアセンションであり、それは神の“思惑の顕現”=現象化でもあるから、“てんのゐへん気つけて居れよ。神くどう気つけて置くぞ。神世近づいたぞ”って言われてる。

今回はこれくらいにしときまんねん。

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
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自分達の欲望を満たしたい… 
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こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
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