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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”天つ巻 第十七帖 Kellyさん的解釈



 今回も、天つ巻 第十七帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

昔から生き通しの活神様のすることぞ、
泥の海にする位 朝飯前のことざが、
それでは臣民が可哀そうなから天の大神様にこの方が詑びして一日(ひとひ)一日と延ばしてゐるのざぞ、
その苦労も分らずに臣民勝手なことばかりしてゐると、
神の堪忍袋切れたら何んなことあるか分らんぞ、
米があると申して油断するでないぞ、一旦は天地へ引き上げぞ。
八月七日、一二 ローレンツ力と ○

 まず、冒頭の文。

“昔から生き通しの活神様のすることぞ、”

 この文の、“活神様”って表記は、今、神さんや仏さんの認識がとても低いものになってしまっているからこういう言われ方をされてると思える。
 そやからそれは、今の人たちの神さんの認識っていうのんは、この文の表記の“活神様”ではなく、その意味と意義を見失っている。 
神さんの意味と意義を見失っているからこそ、神さんの意味と意義を見出して欲しいからこそ、“活きる”“活かす”の“活”を使った表記やと思える。
 そのことを説明すれば、それは例えば、自己奉仕者が宗教を形骸にして、金儲けの道具にした。 今の宗教の大半は、言葉だけもてあそび、現世利益で商売をしている。 そして宗教に従事している人たちは、自分たちのやっっていることが宗教の概念や言葉だけ利用して、自分たちの利益のために、人を欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとか、そんな結果になっているっていう認識を持っていない。 また、一般の人たちも、現世利益しか求めない傾向があり、勝手な願い事だけして、それがかなおうが、かなうまいが、そのこと自体に意味を見出していない。
 人が神さんに何かを願う理由、それについて少し述べれば、すべて、人(日止、霊止)が観察する事象っていうのは、人という字が示すように、丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と、乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)、その両方があいまって事象の“創造”をしていくし、自分たちの願いとか、自分たちの幸福の概念は、自分たち自身が観察する事象をよいカタチにするために心(靈)が動いているから、願い、幸福の概念を持ち、それを(事象に)実現しようとする。
 しかし、自分たちの願いなんてのは簡単にかなわない。 また、霊的成長度の低い人ほど、そこに、自分たちの霊的成長のための試練を見出していない。
 願いをかなえること、幸福を実現し、さまざまな価値観を持ち、そのために行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)することは、“日月神示”表記の、“道理”=“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)であり、それが進化=霊的成長、神格化に向かうことであることを忘れている。
 本来、宗教っていうのんは、そのことを示すために、宗教の開祖に“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の存在が憑依して、通信を送ったり、それは例えば、霊耳(れいじ、憑依現象により霊的存在の声が聞こえると感じ(感じる磁性)ること)やったり、霊眼(れいがん、憑き物の視覚を共有し、人の目の機能が感じ(感じる磁性)る可視光線以外の電磁波を感じ(感じる磁性)こと)やったり、開祖自身の人生に苦難を与え、自分の人生について考えさせたり、さまざまなことをして、“上”の思惑を伝えてきているけど、霊的成長度の低い人は、ただありがたそうな概念や言葉を利用して自分の利益にしている=“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の行いをしている。
 そして今、一般の人たち=平均的地球人の、神や仏に対する認識は、自分にとって都合のよいものに成り果てている。
 だからそれは、“活神様”に対して、ほんまの神さんや、自分たちの霊的成長を忘れているってことでんねん。 
また同様に、“上”との通信を行うためにあるべき霊能力や、霊的成長の指標になるためのオーラや“主護霊”の概念も、自己奉仕者の活躍によりとても低くなってしまった。
 神さんであろうが霊能力であろうがオーラであろうが“主護霊”の存在の意味と意義であろうが、すべて自分がどう生きるのか、どう存在するべきなのか(“観自在”)。
 その指標にすべき何かなのにも関わらず、自己奉仕者はそれらを利用して金儲けして、または信者集めをして、自分の低い功名心と自尊心を満足させ、またそんなものの信者になる人も自己奉仕者の霊的成長度でしかなく、おかげ話とか、薄っぺらい感謝とか、霊能力や霊的存在に対し甘い夢を見て、ただただ喜んでいるだけに終始する。
 そやからそんな人たちはアセンション落第組だって、もうすぐ発売の<4><5>(事象の形骸化シリーズ)で指摘した。
 そやから今まで何回も使った言い回しやけど、自分の心(靈)の動きに対し、“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”を持っているならば、霊的成長の方向性を見失うことはないけれど、大概の人は自分に甘く、自己奉仕者の“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ)の人たちの手法にはまり、インチキ霊能力者に金を払ったり、情報を寄せ集めゴーストライターが書いたアセンションの本を読んで甘い夢を見たり、さらにゴーストライターは、たくさん売れた情報を寄せ集めただけのアセンションの本をさらにパクって文章を書き、さらに、一般の人たちに甘い夢を見させ…パクリの連鎖みたいなことが起きているというひどい状況になっていると思えるけど、こんなことは、ほとんどの人が気付かないやろな。
 まあエエわ。

 ほんでから次の文。 

“泥の海にする位 朝飯前のことざが、
それでは臣民が可哀そうなから天の大神様にこの方が詑びして一日(ひとひ)一日と延ばしてゐるのざぞ、
その苦労も分らずに臣民勝手なことばかりしてゐると、
神の堪忍袋切れたら何んなことあるか分らんぞ、”

 一人でもアセンションに間に合う心(靈)の在り方と、霊的成長度に達してくれっていう、“上”の“慈悲”と“慈愛”が表れた言い方でんねん。

 ほんでから次の文。

“米があると申して油断するでないぞ、一旦は天地へ引き上げぞ。”

 これは食べ物としての“米”のことを言うているのではなく、それはまず、以前紹介した、
上つ巻 第五帖から以下にコピペしときまんねん。


                                          ↓
 
“そして“神の米”、この事は前のブログには書いてない事やけど、米っていうのは固めの芽でもあるって先生は言うてはった。  そう先生が思う根拠は、“コ”=凝り固まる、凝集する。 それは真固止の固でもある。 “メ”=蒸し出された生命の芽。 そしてそれは目、心の目…それは、観察と認識って事やって先生は思った。
(現津(あきつ)=観察され得る事象)
…中略…

 人(日止、霊止)に限らず、生命の(霊的)成長…進化っていうのんは、段々“上”の振動を感得し、獲得して行く事でもある。  そやからそれは米の象形文字を見ると解るやん。



米の象形文字に見られる振動の三つの性質

 


プラス、マイナス、中性の粒子、砌(みぎり)と日足(ひたり)、そして背骨。
その極性の事を言うてる字でんねん。
 ほんでから、この字そのものが、地球人の心(靈)の発現の段階を示している事でもあるし、それは“下”の極性と“上”の極性を持っている事でもある。
 ほんでから今地球人の心(靈)の発現は、米の象形文字の下半分の段階って事でもあるし、そやからこそ固めの芽=コメ、それは真固止に通じ、米を食わんと骨の結晶化には繋がり難い事も示してると思うけど、ほんまはそんな事だけではなく、すべての現津(あきつ)=観察され得る事象の良いカタチの在り方を望み、そして段々心(靈)の発現の段階が変容することそのものが、“上”の振動を真に固く止める=真固止って事でもあり、それが段々神さんに近付いて行くって事になる。”

                                            ↑
                                              引用終わり。

そやから“米”、これはなにを意味するのかというと、“日月神示”表記の“戸”、“江戸と尾張”の“戸”それは、マニピューラチャクラからアナハタチャクラへの関門、心(靈)の動きで言い換えれば、自我の確立=固定化から“慈悲”と“慈愛”。
 これは進化、霊的成長、神格化に向かうことの順番(“道”、時間の進行)であり、生命の進化の法則性=“理(ミチ)”でもあるけど、この文で言われてる言い方の“米があると申して油断するでないぞ、一旦は天地へ引き上げぞ”は、進化の法則性=“理(ミチ)”があるから、安心していてはいかんという意味と、さっきの文の“一日(ひとひ)一日と延ばしてゐる”ってことを知っておいて、もう時期が迫っているから、アセンションの時期に間に合うような心(靈)の在り方と、霊的成長度を獲得せよって言う意味やとおもいまんねん。

 今回はこれくらいにしときまんねん。

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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
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2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
(クリックで拡大)


発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
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発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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