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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”天つ巻 第二十二帖 Kellyさん的解釈

 今回も、天つ巻 第二十二帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

十柱の世の元からの活神様 御活動になりてゐること分りたであろうがな、
けものの入れものには分るまいなれど、神の臣民にはよく分りてゐる筈ぞ。
まだだんだんに烈しくなりて外国の臣民にも分る様になりて来るのざぞ。
その時になりて分りたのではおそいおそい、早う洗濯いたして呉れよ。
八月の九日、ひつ九のか三。

 この文の“十柱”は、胸の磁性“十”を指し、“柱”については、以前解釈して作った画像を貼っておきまんねん。

柱の解字


 この“十”と“柱”は、自我の確立=固定化から“慈悲”と“慈愛”への心(靈)の進化過程を指し、その心(靈)の発現は、神格化へのプロセスでもあり、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の道筋でもある。 
そやから“十柱の世の元からの活神様”の、“世の元”は、進化の法則性、それは“道理”“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)であり、生命の存在の意義を示す表記でもある。 そして生命の存在の意義は、神格化であり、神格化に向かう過程が進化と認識されうることでもある。
また、“元”っていう字そのものが、“ニ”+儿部(じんぶ、にんにょう)で、儿部(じんぶ、にんにょう)は、丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)でもあり、だから“元”は、肉体を持った心(靈)が、神の思惑を受け、自分の思惑として肉体を持って進化(霊的成長、神格化に向かうこと)していく様子を示す字でもある。
ほんでから“世の元からの活神様”って言い回しは、
天つ巻 第十七帖の“活神様”と同様の解釈で良いと思える。 
そやから一般の地球人の神さんに対する認識はとても低く、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の霊的存在としての神さんって認識が、足らなさ過ぎるし、自分たちは“上”に向かい、そのことが神に近づいていくのだという認識も失っている。
神って認識が進化過程で芽生えたなら、なにを自分たちは意識していくべきなのか?
それは、私たち人は、目下(めした)(動物の心(靈)の段階)の心(靈)から、目上(めうえ)(人(日止、霊止)の進化過程、智性(神性)の獲得と行使)の進化をしている最中であり、だからこそ失敗を繰り返し、失敗を通じて自分の在り方を思い(ローム太霊の言葉の右往左往から左往右往)、その思いは、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)になり、その息吹そのものが、“上”との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)になり、“上”の思惑を自分の思想に取り込み、それが“日月神示”の表記の“天詞様”であると確信するし、だからこそ神を認識したなら、自分の(霊的)成長を考えるべきでもある。
それを、天つ巻では“活神様”と称されていると思えるし、それは霊的成長をある程度果たした人が持つ神さんへの認識でもある。
その“活神様”の反対は、今、とても多い、甘い(亜、魔、出ずる、泉)神さんの解釈、それは“主護霊”に対しても同様であり、現世利益や苦難を救ってくれるのが神さんだとか守護霊とか、自分の欲望を達成するのに力を貸してくれるものとか、同様に霊能力に対してもそんな認識しか持っていない人が多い。 
そやから、生きていることは、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)であり、それは、認識(悟り、幸取=さとり)の拡大なのだから苦難があって当然。 そしてその苦難について真剣に考えるならば、おかげ話とか、生きていることに感謝しましょうとかのありがたそうな薄っぺらい感謝を強調するような言葉に酔っている暇など無い。
神は、“創造”の“主(ヌシ)”は、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)は、人に智性を獲得させたいから、苦難や試練を与える。 
それがS会=紫光会の交霊会でよく使われた言葉の、“神は乗り越えられない試練は与えない”の意味でもある。
この言葉、ある程度霊的成長している人は、自分の心(靈)の動きに対し、“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”ゆえの視点を持つから理解できるやろ。 
だから、霊的成長度の低い自我の肥大をした人ほど、甘い(亜、魔、出ずる、泉)言葉に酔い、現世利益を求め、薄っぺらい感謝を吹聴したりして、(霊的成長度の低い)人を引き付け、自分の低い功名心と自尊心を満足させて、結果、多くの人を自省させず、そのことそのものが“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の傀儡(かいらい、くぐつ、操り人形)になっていることに自分が気が付いていない。
甘いささやきに乗ることと、自分に対する厳しい視点、どっちが神さんに認められることなのか、考えればすぐ判りそうなことなんやけど…。
本題に戻り、事象を感じ(感じる磁性)=“世”という言葉で認識して、自分自身を知る。
それは、自我の確立=固定化の進化過程の期間を送り、そのことが肉体を持った心(靈)の神格化の一側面であり、自我がなければ自己と他者の認識も無く、自分と神、“上”と“下”の認識も無い。
それがまた、独り神(ひとりがみ、日取り神)になる過程でもある。
 そして今の地球人は、腹の水=“江戸と尾張”の“江”…自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロンの進化の過程でもある。 何回も言うて来ているように、自我の確立=固定化の段階は、自我の肥大に陥りやすい。
 だからこの天つ巻 第二十二帖の“けものの入れものには分るまいなれど、神の臣民にはよく分りてゐる筈ぞ。まだだんだんに烈しくなりて外国の臣民にも分る様になりて来るのざぞ”の、“けものの入れもの”は、目下(めした)(動物の心(靈)の段階)の段階の成長過程を示し、“神の臣民”は、“慈悲”と“慈愛”をもち、智性(神性)“一”、1番目のオーラ)をある程度発現し、智性(“一”、1番目のオーラ)由来の自分の心(靈)の観測ができる人を“神の臣民”と称し、それは“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)をして自分の思想を構築する“天詞様”であると思える。
 そして“外国の臣民”は、外側(外国と幽界)の事象しか見ていない認識の段階、その霊的成長度は、自己と他者を認識する自我の確立=固定化の成長の段階でしかないから、“神の臣民”と区別されていると思える。
 そして“その時になりて分りたのではおそいおそい、早う洗濯いたして呉れよ”は、言うまでも無く“身魂掃除”“身魂洗濯”のことを強調しており、自分の心(靈)の“上”と“下”を自分の智性(神性)で判断し、自分の思惑が行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)となり、それが事象の“創造”となることを知るならば、自分の在り方を考え(“観自在”)、何を思い、どう生きるべきか考えることが出来る。  それが智性(神性)の顕現でもあるけど、アセンションには時期があり、間に合って欲しいからこそ、こういう言い方をされていると思える。
 そして補足として、時期は、磁気であり、時間の進行と宇宙の進行は神のプログラムであり(“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性))、それを人の心(靈)(霊=○、荷電粒子の場(フィールド))が認識したなら、時期になり、それは普遍的に実在する創造主のオーラ(宇宙背景放射)やフォトンベルトなどの、電磁波の吸収であるからこそ、磁気でもある。  また、余談になるけど、今述べたとおり、心(靈)は霊=○、荷電粒子の場(フィールド)であり、電磁波と反応して外側(外国と幽界)の事象と、内面とか内側(心の中と感じている事)を認識する。
そうやって心(靈)は育っていき、だんだん“上”の心(靈)を発現する。
そして智性(神性)の強化の“行”である“ひつく”=太陽凝視を“行”として行うことは、両眼で太陽からの電磁波=“創造”の“主(ヌシ)”の思惑を取り込むことでもある。

 今回はこれくらいにしときまんねん。

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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
(クリックで拡大)

2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
(クリックで拡大)


発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
(クリックで拡大) 

お近くの書店にない場合は
たま出版のサイトでお買い求めください。

発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




初めての方は、
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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