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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”天つ巻 第二十四帖 Kellyさん的解釈



今回も、天つ巻 第二十四帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

今の臣民めくら聾ばかりと申してあるが、その通りでないか、
この世はおろか自分の身体のことさへ分りては居らんのざぞ、
それでこの世をもちて行く積りか、分らんと申しても余りでないか。
神の申すこと違ったではないかと申す臣民も今に出て来るぞ、
神は大難を小難にまつりかへてゐるのに分らんか、
えらいむごいこと出来るのを小難にしてあること分らんか、
ひどいこと出て来ること待ちてゐるのは邪(じゃ)のみたまぞ、
そんなことでは神の臣民とは申されんぞ。
臣民は、神に、わるい事は小さくして呉れと毎日お願ひするのが務めぞ、
臣民 近慾(ちかよく)なから分らんのぞ、
慾もなくてはならんのざぞ、取違ひと鼻高とが一番恐いのぞ。
神は生れ赤子のこころを喜ぶぞ、みがけば赤子となるのぞ、いよいよが来たぞ。
九月十日、ひつ九のかみ。

 まず、冒頭の文なんやけど、これも霊的成長度の低い=認識の低い人に対する言い回しやな。
 
“今の臣民めくら聾ばかりと申してあるが、その通りでないか、
この世はおろか自分の身体のことさへ分りては居らんのざぞ、
それでこの世をもちて行く積りか、分らんと申しても余りでないか。”

 そやからこの文は、人が生きている意味と意義、心(靈)の動きをよく観て思う自分の在り方(“身魂掃除”“身魂洗濯”)、心(靈)の動きの“上”と“下”を自分の智性(神性)で見出そうとしないから、自己奉仕者になる。 
それを“今の臣民めくら聾ばかり”って称されている。 
そして大半の地球人は“日月神示”表記の“われよし”ってことで、そやから“めくら聾ばかり”って言われてる。
 ほんでから自分たちの存在の意義、それを見出していないからこそ、(生きている間に持っている)自分たちの体の仕組みを知らん。 
 前のブログでも言うてきた通り、体は、體(骨が豊か、宝のアナグラム)であり、人(日止、霊止)は霊的に進化していくなら“宝玉”になる。
 “宝玉の仕組み”は、宀(うかんむり、頭の意味)と、“玉(ぎょく)”。 それは腹のエネルギーが大日如来の条帛(じょうはく)のように引きあがっていく様子を“玉(ぎょく)”の中の点に示されている。 
そして、そのときの心(靈)の変容は、自我から“慈悲”と“慈愛”の発現になる。 
ほんでから“慈悲”と“慈愛”、これは自分たちの心の在り方を示す言葉でもある
 そしてもうひとつの意義、それは“日月神示”表記ならば、“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化でもある。
 肉体組織の結晶化の具体的な方法が、“行”と“修行”であり、“行”と“修行”で強化された生体内電流は、アミノ酸の結晶化を誘起して、肉体の電気特性を変えていく。
 そしてそれは、磁性の強化であり、縦の磁束=頭から尾骨、横の磁束=大脳半球の左右、手足の左右、それは水平磁場になり、水平磁場の強化が、チャクラ(荷電粒子の回転を示す)の強化と同義でもあり、七つのチャクラの胸から上のチャクラの強化は、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の存在との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)になる。 

“一二三”のオーラと、肉体の器官による水平磁場 
水平磁場 身体内の七つのチャクラ 構成器官

アセンション後の“創造”を神から託される人のオーラの構成 
 

 人(日止、霊止)の存在の意義は、心(靈)が肉体を持って人と呼称されているけど、それは、“人”っていう字が、丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と、乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)で構成されているし、だからこそ“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の思惑を取り込んで事象の“創造”をする。
 だから“上”の思惑を取り込み、自分の思想にするには、“行”と“修行”が必要。 そやけど、今の宗教での“行”の概念は形骸になっているし、大半の人はそれを見出していない。 
そやから“この世はおろか自分の身体のことさへ分りては居らん”って言われてると思える。
 ほんでから、この文の“この世はおろか”っていうのんは、自分たちが観察して認識する事象、現実と思っていることは、自分たちの心(靈)の動きで創られている。 そやから観察されうる事象っていうのんは、自分たちの心の中にある。 それが外側(外国と幽界)の事象からの振動の受信で、“観察と認識”の一側面ってことでもある。

 ほんでから次の文。

“神の申すこと違ったではないかと申す臣民も今に出て来るぞ、
神は大難を小難にまつりかへてゐるのに分らんか、
えらいむごいこと出来るのを小難にしてあること分らんか、
ひどいこと出て来ること待ちてゐるのは邪(じゃ)のみたまぞ、
そんなことでは神の臣民とは申されんぞ。”

 この文の冒頭の“神の申すこと違ったではないかと申す臣民も今に出て来る”っていうのは、神や仏など、霊的に高い存在を形骸にしてしまった人の低い心(靈)ゆえの認識、現世利益とか、何回も指摘してきている霊的成長度の低い人が持つ神さんに対する概念。
 甘いことばかり考えているから、自分たちの思惑と違うって言い分を申し立てるのは、自分たちがやってきたことに対してバチが当たるって概念が無いからでんねん。 そやからそれは、因果応報、ブーメランの法則を知らんからでんねん。
 自分たちが今やっていること=事象の“創造”が、“道理”=“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)にかなっていなかったら、それは失敗であるし、ことに“日月神示”では、“われよし”と称されて、自我の肥大した人の“創造”はバチが当たることを何回も指摘されている。
 しかしバチが当たること事態が、霊的成長の法則性であり、ローム太霊さんの言葉の右往左往でもある。 
 低い功名心と自尊心、薄っぺらい幸福の概念、物欲、(通貨としての)金に対する執着、そんな心(靈)の動きをしている人は、今後=アセンション後の“創造”に参加できないからこそ、今、失敗を体験して自省(胸の磁性“十”)しなければならない。
 それは、ローム太霊さんの言葉の左往右往でもある。
 補足として述べておけば、右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をするってことでんねん。
 そして今、アセンションを目の前にしてたくさんの醜い事象が起きているけど、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)は、極力、人に対する災厄とかを小さくしている。(だからまだ大きな戦争は起きていない)
 それは一人でも多く次の段階に移行させたいからでもあり、ぎりぎりまで猶予期間をつくっているってことを述べていると思われる。
 ほんでから“ひどいこと出て来ること待ちてゐるのは邪(じゃ)のみたまぞ”っていうのんは、霊的成長度の低い人ほど自暴自棄になる。 だから目先の不幸に遭遇したなら、すぐこの世界なんて壊れてしまえとか、どうでもエエわって考えたりもするやろ。
 そんな考えを持つ人は、霊的成長した人(日止、霊止)ではない。 目先の不幸は、左往右往の結果であり、自分の在り方を示すものであり、自省(胸の磁性“十”)の“行”をするためのことでもある。 そやからそういう発想が出来ない人はこの文の“邪(じゃ)のみたま”であり、“神の臣民とは申されん”ってことでんねん。

 そやから、今、指摘した、程度の低い発想をする人に対して次の文。

“臣民は、神に、わるい事は小さくして呉れと毎日お願ひするのが務めぞ、
臣民 近慾(ちかよく)なから分らんのぞ、
慾もなくてはならんのざぞ、取違ひと鼻高とが一番恐いのぞ。
神は生れ赤子のこころを喜ぶぞ、みがけば赤子となるのぞ、いよいよが来たぞ。”

 この文の“近慾(ちかよく)なから分らん”。 目先のことしか理解できない霊的成長度の人は、生きている期間がすべてみたいな認識しか持ってない。 
だから人を騙したり欺いたりしてでも金儲けする。 そやからそれは、何回も言うてきた通り、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”は、形骸の価値を求め、そのためにエネルギーを贖い(あがない)、そしてそれは進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道理”=“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)にそっていないから、失敗をする。(右往左往と左往右往)
その“われよし”の心(靈)は、“取違ひと鼻高とが一番恐い”って指摘されている通り、貴い何かを形骸にして(“役員づら”)、低い功名心と自尊心を満たして、結果として金儲けしかしない=“取違ひと鼻高”。
これがこの文の“近慾(ちかよく)”って言葉に示されている。
 しかし、人は自分たちの住む世界を良くしようと思う。 それは幸福の概念でもあるし、その概念があるからこそ“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を求め、“力”を行使して、この世界を時間の進行と共に変えていこうとする。
 それが進化であり、そのときに心(靈)は育ち、霊的成長し、ゴールは神格化でもある。
自分が早く霊的成長したいのならば、“近慾(ちかよく)”の心(靈)の動きを自分の中に見出して、それを自分の中の悪と認識する。 
それが“身魂掃除”“身魂洗濯”でもあるけど、そうなるために“神は生れ赤子のこころを喜ぶ”って称されてると思える。
そして、自分が霊的成長すれば、“みがけば赤子となるのぞ”って称されている通り、自分に内在する悪を見出して、それを良しとしない心(靈)になる。 そうならねば、よいカタチの事象の“創造”は出来ないし、それを“上”は望んでいるからこそ、アセンションにタイムスケジュールがあるからこそ“いよいよが来たぞ”って言われてると思える。

今回はこれくらいにしときまんねん。
 

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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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智性無き心は
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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