“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 上つ巻 第八帖 Kellyさん的解釈

今回も“日月神示”の上つ巻 第八帖を解釈しまんねん。
原文は以下の通り。


秋が立ちたち、
この道ひらくかた出て来るから、
それまでは神の仕組書かして置くから、
よく読んで腹の中によく入れて置いて呉れよ。
その時になりて、あわてて何も知らんといふ様ではならんぞ、
それまでに何もかにも知らして置くから、
縁ある方から、
この知らせをよく読んで腹の中に入れて置いて呉れよ。
六月の十七日、ひつくのか三。


まず、冒頭の言葉、

“秋が立ちたち、”
これは上つ巻 第六帖と同じで、
単なる時代背景の事を言うてるとはとても思えへん。

Kellyさんがそう思う根拠は、
“秋”・・・禾(のぎへん)と、火で構成された字やからや。

そやからそれは、
禾(のぎへん)が、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と木部で構成されてる。
木部って言うのんは、
胸の磁性“十”の下に、儿部(じんぶ、にんにょう)を足した字やって言う事で、
そやからそれは、禾(のぎへん)自体が、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現) + 胸の磁性“十” + 儿部(じんぶ、にんにょう、人が歩く様子に象るの意味=時間の進行)で、
それは時間を伴う霊的進化そのものを表してる。
言い換えれば、
時間って言う振動の変化を吸収しながら、
(時間の認識を持ち)心(靈)は育っていく。
そういう事を表してるように思えるやん。
ほんでからにそれは、禾(のぎへん)と、
火=灬(よつてん、れっか、れんが)と共に書かれてるから、
火=灬(よつてん、れっか、れんが)は、
幽界の“幽”、
幽か(かすか)の左右の糸を外した山みたいな字と、
火=灬(よつてん、れっか、れんが)は同じで、
人(日止、霊止)の心(靈)の発現が、
(“上”から観て相対的に)幽かな時は、
自分の外側しか見ないって事でもある。
ほんでから、“日月神示”内の表現としては、
幽界=外国で、
そやからそれは自我の確立=固定化の進化過程やし、
その時の心(靈)の動きは、
本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動の、
本能、情動、功名心、自我・・・迄やから、
目先の欲望や低い自尊心や功名心や・・・それが中心の心(靈)になる。
そしてその心(靈)の動き由来の行動=発振、発信をする。
そう言う創造をして来たのが今の世界でもあるやん。

ほんでから“幽”の左右の糸、
左右の極性、砌(みぎり)と日足(ひたり)、
その砌(みぎり)と日足(ひたり)の極性で、
心(靈)は・・・(霊的)進化過程の心(靈)の発現って言うのんは、
腹=下三つのチャクラから、
胸=アナハタチャクラの覚醒って事になる。
そやからそれは一言で言えば、
心(靈)が“上”に向かって行く。
段々、アナハタチャクラ由来の心(靈)の発現をして、
“慈悲”と“慈愛”を発現して行く。
この事が解り難かったなら、
前のブログ、
思惑と顕現 “その三~八”までを読んで欲しいねん。
その中で特に“摩多羅神”の所は、
人(日止、霊止)の心(靈)の発現の進化過程が、
解り易いと思いまんねん。

心(靈)の発現・・・
“上”に向かうから、
段々神さんに近付いて行こうとするから、“慈悲”と“慈愛”を自分の心(靈)に持つ。
そう言う意味で、禾(のぎへん)と火になり、
それは丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)=“上”の振動を獲得し、
胸の磁性“十”をしっかり構成する為の事でもあると思えるやん。
又、別の表現をすれば、
それは心(靈)が“慈(しげる)”・・・
そしてそれは自省=左右の磁性でもある。
帯電するミネラルが固まっていく様が、
心(靈)が“慈(しげる)”事でもあり、
固まってない=水の中の帯電するミネラルの段階が、
腹=水=江戸の“江”の段階の心(靈)の発現ゆえの価値感、
“石屋の仕組み”でもあると思えるやん。

そやから丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)=“上”から垂れた振動を、
人(日止、の振動を取り込み、
胸の磁性“十”をしっかり作って行き、
その時の心(靈)の発現が、
“慈悲(いつくしみ、かなしむ)”と、
“慈愛(いつくしみ、いつくしむ)”になって行く。

そやからそれは“秋”と書かれてると思う。

そしてもう一つ、
“秋が立ちたち”・・・立ちたちって二回立つって言うてる。
これも、
左右の極性の事としか思えへんって事でんねん。
そしてこの間先生と行った、
瀧原宮の瀧原竝宮(たきはらならびのみや)の、
“竝(ならぶ)”と同義やと思える。

そやから動物から人(日止、霊止)への進化って言うのんは、
心(靈)の発現が段々“上”に行く。
その為に、その時に、
前足が手になったとも言い得るやん。

手が構成する磁束は、
肉体のシンクロトロンの構造を持つ土台みたいなもんや。
それは、進化って言うのんは、
“上”の振動を取り込まんならんのやし、
より“上”の振動と感応共振する為の変化=ほんまの進化の意味、
神格化への道程でもあると思えるやん。
そやからこそ現時点、地球上で起きてる事象でその具体的な事としては、
失敗を体験して自省する=右往左往から左往右往でもあるし、
その時点時点で感応共振する霊的干渉でもあるし、
特に、左往右往=自省・・・その時の霊的干渉の中心になるのは、
やはり、
一番身近な霊的成長度の先輩としての主護霊って事になるやろ。
そやからそれは、
どんなに失敗してどん底であろうが、
その結果が不幸な死であろうが、
共々にいく”って事になる。

ほんでから、
左往右往に入る前に、
自分自身の低い心の発現由来の思惑の顕現をしようとする。
それが砌(みぎり)の“行”、右往左往やけど、
その時に起きる霊的干渉は、
目先の欲望とか甘い思いとかの発振、発信に感応共振する霊的存在やし、
それは左往右往の時期に入るまで主護霊は見守る・・・
それは、自分が間違った事をしてるって自分で気が付く為には、
失敗の体験は必要って事になる。
そやから自省する・・・自省(胸の磁性“十”)の“行”でもあるし、
“直日(なおひ)”=自分を振り返る事でもあるし、
“観自在”=自分の在り方を観察するって事になる。

そう言う意味でも、
“秋が立ちたち”・・・
腹の段階の心(靈)の発現から、
左右の神経を使い、
それは心(靈)が“慈(しげる)”・・・
この字の構成は
茲(やしないそだてる、いつくしみ)と心(靈)で、
ほんでからに茲(やしないそだてる、いつくしみ)の左右の糸の“上”にあるのは、
クサカンムリやし、
それは芽生えるって事でんねん。

そやからこれは以下の言葉に掛かる、


“この道ひらくかた出て来るから、
それまでは神の仕組書かして置くから、
よく読んで腹の中によく入れて置いて呉れよ。”

“道ひらくかた”

それは、進化の方向性が、“道ひらく”
そして“かた”は、方でもあるやろし、
そう言う進化した人(日止、霊止)が出てくるって事でもあるし、
ほんでから、
型・・・進化のテンプレートでもあると思える。

これは自己奉仕者では無い人=“慈悲”と“慈愛”の発現をした人(日止、霊止)。
それと、
人(日止、霊止)の心(靈)が“上”に向かう構造、
それは“慈悲”と“慈愛”の発現の為の、
型としての腕の磁束でもあると思えるやん。
そしてそれは、胸の磁性“十”であるって事やねん。
そしてそれを示してるのが上つ巻 第六帖の、
“まだまだ花道ぞ、
九、十となりたらボツボツはっきりするぞ。”
それと、“十月まで待て。”って事やと思いまんねん。
ほんでから、
手の機能と大脳新皮質の前頭葉の機能とは、
密接な関係がある。
そして、
動物の脳と人の脳の違いは大脳新皮質でもあるし、
それは“目上(めうえ)と目下(めした)”でもあるやん。
そう言う話も先生とした。

そう言う意味での“型”=進化のテンプレート=神格化へのテンプレート、
それを、
“それまでは神の仕組書かして置く”・・・
それは、“日月神示”は進化のテンプレートの事を言うてまっせ~!!
・・・って事を、言うてると思いまんねん。
そやからそれは、
ここまでの上つ巻の解釈をKellyさん的にしてても、
人の肉体の事と、
心(靈)の発現の事を言うてると思えるし、
それは、
人(日止、霊止)の神格化の事を言うてるとしか思えへんし、
先生の結論でもある、
太陽凝視=特別神憑りって事から考えても、
それは、
“神の仕組み”=人(日止、霊止)の進化=人(日止、霊止)の神格化でしかないと、
思えるやん。

ほんでから、
相対的に今の進化過程から、
次の段階に入るのがアセンションって認識されてる事やし、
そやから、
アセンションの時期を指して、次の言葉、

“その時になりて、あわてて何も知らんといふ様ではならんぞ、
それまでに何もかにも知らして置くから、
縁ある方から、
この知らせをよく読んで腹の中に入れて置いて呉れよ。”

・・・そやけどこれは・・・
縁がある方は少ないやろって事も・・・言うてるな。

ほんでから、上つ巻 第八帖は、

“よく読んで腹の中によく入れて置いて呉れよ。”
“この知らせをよく読んで腹の中に入れて置いて呉れよ。”

同じ表現の言葉を二回言うてるやん。

その“腹の中”って言うのんは、
“上”の振動を取り込んだ腹の水の中の錯体=“上”の思惑=情報を含んだ荷電粒子で、
電磁誘導=生命を営んで行けって事やと思いまんねん。
それは腹=消化器官、肉体の材料って言う意味もありまんねん。
ほんでからにそれは、“日月神示”内の表現でもある、
尾張と江戸・・・
尾張=尾骨の極性と、
腹の磁性=江戸の江の事やと思いまんねん。

ほんでから今は、進化過程が低いから、
あんまり“上”の存在の思惑と感応共振してないって事で、
そやからこそ、
“この知らせをよく読んで”
“よく読んで腹の中によく入れて”って事でんねん。
それは只“読む”って事ではなく、
これも強調して二回言うてるけど、
吸収して腹の中に入れて、
“置いて呉れよ。”って事でんねん。

ほんでから生命=電磁誘導って言葉も、
ほんまは生命活動のすべてを表してるとは思えへんけど、
さしあたって地球人の科学の言葉として解り易い表現が、
電磁誘導で、
それは、
普遍的に実在する創造主のオーラ(宇宙背景放射)との感応共振、
“上”の思惑との感応共振が、
生きているって事で、
その証明が、
動物でも人(日止、霊止)でも、
死んでしもたならそれは、
生体内電流は観測出来へんって事でんねん。

ちょっと話が横道に逸れたけど・・・
今日はこれくらいにしときまんねん。

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
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