“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”地つ巻 第十二帖 Kellyさん的解釈



今回も、地つ巻 第十二帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

この道は道なき道ざぞ。
天理も金光も黒住も今はたましひぬけて居れど、この道入れて生きかへるのぞ、
日蓮も親鸞も耶蘇も何もかもみな脱け殻ぞ、この道でたま入れて呉れよ、
この道は ローレンツ力ぞ、
ローレンツ力を持っていない霊=○、荷電粒子の場(フィールド) の中に ローレンツ力 入れて呉れと申してあろうが。
臣民も世界中の臣民も国々もみな同じことぞ、
入れて呉れよ、 ローレンツ力を持っていない霊=○、荷電粒子の場(フィールド)を掃除して居らぬとローレンツ力 はいらんぞ、
今度の戦はローレンツ力を持っていない霊=○、荷電粒子の場(フィールド) の掃除ぞと申してあらうがな、
まつりとは調和(まつり)合はすことと申してあろうがな、
この道は教でないと云ふてあらうが、教会やほかの集ひでないと申してあらうがな、
人集めて呉れるなと申してあらうがな。
世界の臣民みな信者と申してあらうが、この道は道なき道、時なき道ぞ、光ぞ。
この道でみな生き返るのざぞ。
天明 阿房になりて呉れよ、我(が)すてて呉れよ、神かかるのに苦しいぞ。
九月二十三日、一二 ○ ローレンツ力


 この地つ巻 第十二帖は、 ローレンツ力を持っていない霊=○、荷電粒子の場(フィールド)=霊=○、荷電粒子の場(フィールド)という解釈と、ローレンツ力 =肉体が持つ縦の磁束によるローレンツ力って言う解釈ができないと正確に読み取れないと思える。
 そして冒頭の文の“この道”っていうのは、地つ巻 第十一帖の“道とは三つの道が一つになることぞ、みちみつことぞ”と同義のことと思われるので、そこで解釈したことを、以下にコピペしときまんねん。 
                            ↓

“道”は、時間の進行を指し、さらに“三つの道が一つになること”で、“三”=3番目のオーラ、腹の水=“江戸と尾張”の“江”…自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロンから、“一”=智性=1番目までのことを述べており、それが先ほどの文の“王”に相当する。 そして現時点、“一”=智性=1番目のオーラが小さいのが地球人であるから“みちみつこと”と称されており……。

                         ↑ 引用終わり。

今、引用した、地つ巻 第十一帖の“みちみつ”について、補足説明をすれば、人(日止、霊止)の進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)は、現時点、腹=腹の水=“江戸と尾張”の“江”…自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロン=3番目のオーラから、そのエネルギーが(大日如来の条帛(じょうはく)のように)上昇し、同時に心の動きも自我の確立=固定化、自我の肥大から、“慈悲”と“慈愛”、胸の磁性“十”に移行するのが霊的成長の順番であり、そして目上(めうえ)の脳、大脳新皮質、“田”(心、靈、の四つの場(フィールド)で、智性(“一”、1番目のオーラ)を発現するのが、神格化のプロセスでもある。
 そして“日月神示”で謳われている“身魂磨き”は、“行”と“修行”による生体内電流の強化であり、その結果が肉体組織の結晶化であり(たんぱく質の高分子化でもあり)、またそれは、“石”(帯電するミネラル)の結晶化でもあり、とくにそれは頭と背骨と尾骨で構成された縦の磁束の強化になりえるから、ローレンツ力の強化になる。
そうなれば、“上”からの荷電粒子=普遍的に実在する創造主のオーラ(宇宙背景放射)との反応は、違ってくるし、同時に感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)する霊的存在も、肉体の結晶化に応じてだんだん違ってくる。
またそうならねば、自分の思想は“上”の思惑を取り込んだものになりえない。
そして人(日止、霊止)が肉体を持って進化する意義は、3番目のオーラの拡大から2番目のオーラに変換され、また2番目のオーラが“一”=智性=1番目のオーラに高振動化する。 それは肉体の“下”のエネルギーを“上”に変換する作業でもあり、なぜそうなるのかは、肉体が縦に三つ並んだ内容物の違うコンデンサーの構造を持っているからでもある。 
そのコンデンサーは、腹→胸→頭であり、それぞれの肉体の部分々々の強化が、縦の磁束の強化につながり、だから肉体のどの部分の強化=どんな種類の“行”をするのかによって、肉体各部分にあるチャクラ(荷電粒子の回転を示す)の強化にもなるし、それが“行”の意義である。
また多くの宗教が伝えている“行”は、いろいろあるけれど、それぞれの“行”が肉体のどの部分の強化になるのかを考えれば、それによる“上”との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)が理解できる。
たとえば断食は、腹中心の“行”であり、滝行は、全身の筋肉の強化中心であり、当然断食や滝行を行う場(フィールド)に存在する比較的高い霊的存在との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)もあるけれど、肉体の強化としては、大体、ムラダーラチャクラ、スワディスターナチャクラ、マニピューラチャクラの強化になる。
また下三つのチャクラと、その心(靈)の発現のことを“日月神示”では“江戸と尾張”、“渦うみ、水の仕組み=水極(みぎり)”、あるいは“ふんどししめて”って表記になっていると思われる。
(“日月神示”にたびたび出てくる表記の“ふんどし”は、腹に巻く部分が荷電粒子の回転を示し、帯の部分がへそから下の縦の磁束を示すから、ムラダーラチャクラ、スワディスターナチャクラのことだと思える)
しかし“上”のチャクラを強化するためには、“下”のチャクラの強化がなければ、“一”=智性=1番目のオーラが大きくなるためには必要。 
だから、進化の順番を考え、“上”の存在はいきなり太陽凝視を人に教えなかったのだと確信する。
それは地球人の霊的進化程度に応じて、さまざまな“行”が示されてきたとも言いうるし、今、アセンションに向けて少しでも次の段階に移行させるべき“上”の思惑が、黒住教を通じて朝日の日拝(にっぱい)(太陽凝視の入門、初心者向け)を教え、そしてその後、人(日止、霊止)に垂れられた“日月神示”では、“ひつく”“日津久”、太陽凝視を“行”として行うことを教えたと思われる。
よって肉体組織の結晶化は、ひとことで言えば“身魂磨き”ではあるけれど、どの部分の強化=結晶化なのかを知るべきであり、それは分かりやすいから今までヨガのチャクラを引用してきたし、チャクラそのものが車輪とか回転とかの意味を持つことが、肉体の持つ縦の磁束、頭から背骨、尾骨にいたる電磁石によるローレンツ力で、“上”との荷電粒子=普遍的に実在する創造主のオーラ(宇宙背景放射)との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)をして、自分の心(靈)は発現するものである。
今説明したことを踏まえ、本文の解釈に入りまんねん。

 まず、冒頭の文。

“この道は道なき道ざぞ。
天理も金光も黒住も今はたましひぬけて居れど、この道入れて生きかへるのぞ、
日蓮も親鸞も耶蘇も何もかもみな脱け殻ぞ、この道でたま入れて呉れよ、”

 最初の言葉の“道なき道ざぞ”は、自分が真摯に求めないと“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)は進化の道筋、“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を教えないってことを言うている。
 そして“上”が、人(日止、霊止)の霊的成長のために一部の教祖に憑依して出来上がったはずの宗教は、“天理も金光も黒住も今はたましひぬけて居れど”と、“日蓮も親鸞も耶蘇も何もかもみな脱け殻”ってことになっていて、それは“役員づら”の“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の人たちが、宗教を利用しているからでもあるけれど、話がそれるので今回はこのことに触れず、ただ大事なのは“この道入れて生きかへる”と、“この道でたま入れて呉れ”って言葉であって、いうまでもなくそれは、本当の霊的成長を見出してくれってことでんねん。

ほんでから次の文。

“この道は ローレンツ力ぞ、
ローレンツ力を持っていない霊=○、荷電粒子の場(フィールド)の中に ローレンツ力入れて呉れと申してあろうが。
臣民も世界中の臣民も国々もみな同じことぞ、
入れて呉れよ、 ローレンツ力を持っていない霊=○、荷電粒子の場(フィールド)を掃除して居らぬと ローレンツ力はいらんぞ、
今度の戦は ローレンツ力を持っていない霊=○、荷電粒子の場(フィールド)の掃除ぞと申してあらうがな、”

 この文の ローレンツ力を持っていない霊=○、荷電粒子の場(フィールド)ローレンツ力 は、先ほど説明したとおり。
 そしてこの文では“ ローレンツ力を持っていない霊=○、荷電粒子の場(フィールド)を掃除して居らぬと ローレンツ力はいらん”っていわれていて、それは自分の心=霊=○、荷電粒子の場(フィールド)の在り方を指摘しているのであって、それが“日月神示”表記の“身魂掃除”“身魂洗濯”でもあり、自分の心(靈)の“上”と“下”、言い換えれば“目上(めうえ)と目下(めした)”の心(靈)の動きを自己観察(“観自在”“直日”自省(胸の磁性“十”)の“行”)しなければ、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)は通信を送れないって事でもある。
 
 その意味で次の文。

“まつりとは調和(まつり)合はすことと申してあろうがな、
この道は教でないと云ふてあらうが、教会やほかの集ひでないと申してあらうがな、
人集めて呉れるなと申してあらうがな。”
 
 この文の表記の“調和(まつり)”は、“上”の思惑を取り込んで事象の創造をしたならばっていう意味合いのことであり、“上”は、“創造”の“主(ヌシ)”は、人(日止、霊止)に良いカタチの事象の“創造”を望んでいるからこそ、“日月神示”では“うれしうれし”“大歓喜”と感じ(感じる磁性)られる事象になるっていわれている。  “まつり”については、画像を貼っておきまんねん。
“祭り”と“祀り”の解字と意味の違い 

 そして“調和(まつり)”は、“上”の憑依と、“上”の通信を受け自分の思想にすることありきの表記であり、それは逆を考えると分かりやすいけど、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)の通信を受けている人は“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”であり、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)の心(靈)の動きは三毒、貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)でもあるからこそ、目先の欲望と金銭欲と形骸の名誉と…etc. そんなものばかりに自分の心(靈)は支配され、それさえ自分で気がつかないのが“身魂掃除”“身魂洗濯”できていない心(靈)でもある。
 だからそんな人が“上”からの通信を受け作られた価値のある何かを知れば、ただ自分の利益のためにしか利用しない。
 それが“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ))でもある。
 だからこそこの文で“この道は教でないと云ふてあらうが、教会やほかの集ひでないと申してあらうがな、人集めて呉れるなと申してあらうがな。”って言われており、この内容のことはこれまでの“日月神示”解釈の中でも何回も言われている。
 またこれは、霊的成長はきわめて個人的な作業であることも示唆している。

 ほんでから次の文。

“世界の臣民みな信者と申してあらうが、この道は道なき道、時なき道ぞ、光ぞ。
この道でみな生き返るのざぞ。
天明 阿房になりて呉れよ、我(が)すてて呉れよ、神かかるのに苦しいぞ。”

 すべての事象には、“上”と“下”しかなく、生命の存在の意義は霊的成長でしかなく、その意味で“世界の臣民みな信者”って言われており、さらに“この道は道なき道、時なき道ぞ、光ぞ”っていうのは、自分たちが観測しうる=反応しうる電磁波、たとえば可視光線は、高振動(振動数と波長)になれば、明るい(日と月)光と観測しうる=光と感じるものであることを、神格化のプロセス目上(めうえ)と目下(めした)で説明した。
 要は、自分の心(靈)を構成している荷電粒子よりも高いものであるならば、それは、光と観測しうるものである。
 それを自分に取り込まなければ“この道でみな生き返る”ってことになりえない。
 何を指し示しているのか説明はいらん。
 そしてこの文の最後の“天明 阿房になりて呉れよ、我(が)すてて呉れよ、神かかるのに苦しいぞ”は、岡本天明が霊媒体質であるからこそ、自我を捨てきらないと“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)はかかりにくいって言い回しでもある。
 ことに霊媒体質は自我の肥大に陥りやすく、自分は特別な人間だと思いたいとか神から選ばれた人間だとかの錯覚を起こすものでもあるし、そう発想することそのものが“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)の憑依でもあり、通信を受けていることでもある。
 そしてそれは、“日月神示”春の巻にでてくる“世、迫って、霊かかりがウヨウヨ出ると申してある時来ているのぢゃ。悪かみかかりに迷ふでないぞ。”でもあるけれど、ちょっと先走るのでこれについての引用はここまでにしときまんねん。

 ほんでから、 ローレンツ力を持っていない霊=○、荷電粒子の場(フィールド)=霊=○、荷電粒子の場(フィールド)という解釈と、 ローレンツ力=肉体が持つ縦の磁束によるローレンツ力って言う解釈で、今まで、
上つ巻 第三十二帖 
下つ巻 第九帖
下つ巻 第二十一帖
を、読み解いてきたから、そこも参考にしてくださいでんねん。

 今回はこれくらいにしときまんねん。

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
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