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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”地つ巻 第十三帖 Kellyさん的解釈


 今回も、地つ巻 第十三帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

赤い眼鏡かければ赤く見えると思うてゐるが、それは相手が白いときばかりぞ、
青いものは紫にうつるぞ。
今の世は色とりどり眼鏡とりどりざから見当とれんことになるのざぞ、
眼鏡はづすに限るのぞ、眼鏡はづすとは洗濯することざぞ。
上ばかりよくてもならず、下ばかりよくてもならんぞ。
上も下も天地そろうてよくなりて世界中の臣民、
けものまで安心して暮らせる新(あら)の世に致すのざぞ、取り違へするなよ。
九月二十三日、一二 ローレンツ力と ○

 この第十三帖を一読して思うのは、ものの見方、社会観、自然観、人間観、自分の在り方、そして価値観、幸福の概念の“上”と“下”…言葉にすると沢山の言い回しがあるけれど、要は、現津(あきつ)、観察され得る事象の認識には、霊的成長度の程度により認識の違いがあるってことでもあり、そしてよいカタチの事象の“創造”のためには、きちんとした自分なりの基準を持たねばならないってことを強調して言っていると思えるし、その基準そのものは、霊的成長度により高低があり、人(日止、霊止)が進化(霊的成長、神格化に向かうこと)していけば、だんだんその基準は高いものになり、“上”に認められるものになる。
そしてそれは○○○大先生流の言い回しならば、天の御目(あめのおめ)でもあり、またその基準を心(靈)に持つには、霊的成長し=右往左往と左往右往を体験して自省(胸の磁性“十”の“行”)をして、自我の確立=固定化から“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の発現をして、智性(神性)(一、1番目のオーラ)を獲得する意味での、“日月神示”表記の“天詞様”にならねばならず、さらにそれは、天意を受ける=“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)がなければならないって事でもある。
 その意味で冒頭の文。

“赤い眼鏡かければ赤く見えると思うてゐるが、それは相手が白いときばかりぞ、
青いものは紫にうつるぞ。
今の世は色とりどり眼鏡とりどりざから見当とれんことになるのざぞ、
眼鏡はづすに限るのぞ、眼鏡はづすとは洗濯することざぞ。”

 この文の“赤い”や“青い”、そして“紫にうつる”は、先に述べたようにものの見方や価値判断などを指している。
 さらに“相手が白いときばかり”っていう言い回しは、白い相手などいないってことを揶揄(やゆ)した言い方に感じられるし、ことにこの文の言い回しの“白い”は、全くの善とか、穢れていないとかの意味だと思われるし、そんな存在は居てへんってことやろ。
 そやからまず、“赤”にかんして、それは、人の心(靈)が育っていく過程では、七つのチャクラ(荷電粒子の回転を示す)が、“下”(低い心(靈))から強化され、そのエネルギーは上昇するものであるし、ムラダーラチャクラの発振、発信は、赤が主体でもある。 
また、ムラダーラチャクラは、本能って心(靈)の発現でもある。 だから人間が可視光線として観察しうる“色”っていうのは、波長が長ければ赤く見え、波長が短ければ紫に見えるし、このことは、太陽凝視を行っている鍼灸師の話<3>神格化のプロセス 目上(めうえ)と目下(めした)の最後の項目で説明した。 
さらにその項目では、赤方偏移と青方偏移についても少し説明した。
 だからこそ“赤い眼鏡かければ赤く見える”、これは人間の心(靈)が本能化するのか、あるいは、霊的成長して、相対的に今、自分が持っている心(靈)の動きより“上”の心(靈)を発現するのかの意味を指し示すものでもある。 
よってこの言葉の意味は、観察しうる対象に対し、赤く感じるっていうのは“悪(心の動きの本能化と低振動化)”であると述べていると思われるし、自分のものの見方が低ければ=霊的成長度の低い心(靈)には、貴いものでも赤くうつるって言い回しにも聞こえる。 
そやからそれは、今活躍している“役員づら”の人たちのことを考えてしまう。
何回も言うたことでもあるけれど、アセンションのために“上”から“下”に垂れられた情報など、それは宗教や霊的成長や“日月神示”やS会=紫光会の交霊会でもそうなのだけれど、それらをただ甘い(亜、魔、出ずる、泉)言葉に変えてしまい、人を引き付ける言葉だけ引用したりして、それで商売をして自分たちの欲望を満たしている人、そして自分の低い功名心と自尊心を満たしている=自我の肥大の心(靈)の動きが現れている人がいる。 
そういう類の人が、本当の貴さを見出していないのは、ただ自分の欲望のために利用するという低い心(靈)の動きがあり、それは智性(神性)が足らんとも言いうるし、またそれは、自分の心(靈)の本能化でもあり、結果、多くの人に本当の認識を与えない“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の思惑でもあり、だから今、言葉だけもてあそんでいる人たちは多すぎるし、それはどんなに言葉で霊的成長を説いたかのように見えても、どんなにアセンションの情報を説いたとしても、どんなに宗教の言葉で感謝を説いたりしても、それは単なる騙しにしかならないのだからこそ“上”に認められず、そんな人はアセンション落第組でもあるけれど、大半の人は(霊的成長度が低いから)そのことに気がついていない。
 アセンション後の場(フィールド)に移行出来うる(霊的な)資格は、自己観察(“観自在”“直日”自省(胸の磁性“十”)の“行”)できる人であり、“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)の使い方をよく思う人であり、だから“われよし”って表記のように自分の欲望のために使うのは、ただ自我の肥大の段階であり、それは霊的成長度が低すぎるから、次の段階の“創造”に参加できない。
 だからこそこの文では、“身魂掃除”“身魂洗濯”の意味と同義である言い回しの“眼鏡はづすに限るのぞ、眼鏡はづすとは洗濯することざぞ”って言われており、そして認識の程度=霊的成長度の程度、自分の心(靈)の発現と動きの程度により、なんでも、ものの見方は違うって言い回しのことを“今の世は色とりどり眼鏡とりどりざから見当とれんことになるのざぞ”って言われている。
 要は、貴いものを利用してはいかんし、貴いものの中に貴さを見出すってこと、それは、自分の在り方を見出す指標にするべきでもあるけれど、そんなものの見方ができる人は、人生でかなり失敗したりして=左往右往して、自省(胸の磁性“十”)出来ている人しか思えないことでもあるのだけれど、相対的にそんな人は少ない。 
こんなことを指摘していくと、また“事象の形骸化”のようなことを述べていかんならんから、これくらいにして、次の文。

“上ばかりよくてもならず、下ばかりよくてもならんぞ。
上も下も天地そろうてよくなりて世界中の臣民、
けものまで安心して暮らせる新(あら)の世に致すのざぞ、取り違へするなよ。”

 これも少し揶揄(やゆ)した言い方であり、この文の“上ばかりよくてもならず、下ばかりよくてもならん”っていうのは、自分の心(靈)の発現には“上”と“下”があり、それは本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性であり、ヨガならムラダーラチャクラ、スワディスターナチャクラ、マニピューラチャクラ、そしてアナハタチャクラ、さらに、ヴィシュダチャクラ、アジナーチャクラ、サハスララチャクラ、それぞれの心(靈)の発現と心(靈)の動きでもあるし、“下”から“上”のチャクラ(荷電粒子の回転を示す)は、“上”から注がれる荷電粒子=普遍的に実在する創造主のオーラ(宇宙背景放射)との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)を指し示すものでもある。
水平磁場 身体内の七つのチャクラ 構成器官

 要は、自分の心(靈)には“上”と“下”があるってことでもあるし、“下”の心(靈)ばかりだとケダモノのような人であり、だからといって智性って心(靈)の動きだけでは、事象の“創造”が出来ない。
 だから高い智性(“一”、1番目のオーラ)を持った“創造”の“主(ヌシ)”は、人に物質の段階の振動を持つ肉体を、与え、物質の世界=三次元の“創造”を託していると思われるし、物質の神道の世界をよい形に変えていくのが人(日止、霊止)の氏名でもあると思われる。
 だからこそ自分の心(靈)には“上”と“下”があり、それをよく自分で見極め=“身魂掃除”“身魂洗濯”して、それは第十三帖の言い回しなら“眼鏡はづすに限る”でもあり、
自分自身が、観察の基準、認識の基準をしっかり持ち=天の御目(あめのおめ)を獲得し=“上”との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)があるならば、“上も下も天地そろうてよくなりて世界中の臣民、けものまで安心して暮らせる新(あら)の世に致す”ってことになり、ことにこの文の“けもの”は、本当の獣(けもの)のことではなく、自分の心(靈)の中の“下”の部分、本能、情動、功名心、自我までのことを指していると思われる。 
それは、人が、動物から進化(霊的成長、神格化に向かうこと)してきた。 その低い心(靈)の動きも、人(日止、霊止)が肉体を持ったまま、独り神(ひとりがみ、日取り神)になるのには必要でもあり、だからこそさっきも言うたけど、人(日止、霊止)は心(靈)と肉体を持っており、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)からの荷電粒子を止めるからこそ、日を止める、靈を止める意味で“日止、霊止”でもある。 そやから霊を止めるっていう意味を知ってもらうため、靈の解字の画像を貼っておきまんねん。
 
靈の解字

 さらに日(太陽)を止める意味の“日止”について述べれば、“日月神示”表記の“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行うことは、目で太陽の思惑=太陽光線と可視光線以上の電磁波を受け止め、目上(めうえ)の脳で電磁誘導を起こし、その電磁誘導は、BDNF(脳由来神経栄養因子(のうゆらいしんけいえいよういんし))の新生になりうると考えられ=脳内の“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化であり、結果として“一”=智性=1番目のオーラの大きさになっていくものである。 そして自分が持っている“一”=智性=1番目のオーラの小さい人、あるいは自分の持っている智性(神性)を自分の行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)に活かせない人は、アセンション落第組でもある。 さらにこの文の“新(あら)の世に致す”は、いうまでもなくアセンション後のことでもあるし、今、ニセの情報が多いからこそ=“役員づら”が活躍しているからこそ、“取り違へするなよ”と、あえて言われていると思える。

今回はこれくらいにしときまんねん。

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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
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2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

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日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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