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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

Kellyさん、農業好きの社長婦人、K地M美さんと、ローム太霊の言葉の“行業一致”とS会=紫光会の経文(四空経録)の言葉“世為人為”について論じる。 “その二”

……農業好きの社長婦人、K地M美さん、ぼやき中……

 この間、Kellyさんと話したとき、Kellyさんが指摘してくれたローム太霊講話集の188ページ、第五十七話 行業一致の一途の努力 の中の文。
 その文の前には、こんなふうに書かれているのだった。

人間が常に自分の力を卑下(ひげ)しているのに対し、神はそれをどこまでも伸ばしてゆくように最も望んでいるのであるが、実際には自分はもうこれ以上出来ないという所までやりぬいた人間は、そう沢山いないのである。 人間が全力を尽くすということは、死を意味するのであって、体の器官が止まって初めてそう言えるのである。

 この文の“人間が全力を尽くすということは、死を意味する”…これはすごいことを言っている…死ぬまで頑張れってことでもある。 
改めて読まなければ、なかなか気づかないことだわ。
それと…“自分の力を卑下(ひげ)しているのに対し、神はそれをどこまでも
伸ばしてゆくように最も望んでいる”…この文の“自分の力を卑下(ひげ)している”についてだけど…いろんなことを感じさせる。
それは、この文では“自分はもうこれ以上出来ないという所までやりぬいた人間は、そう沢山いないのである。 人間が全力を尽くすということは、死を意味する”ってことをローム太霊は言っているのだから、自分が持っている“力”をそれくらい行使しろってことでもあるし、だから“神はそれをどこまでも伸ばしてゆくように最も望んでいる”って、言われてて、それは換言すれば、“どこまでも伸ばしてゆく”人間ならば、そういう行動をとる人ならば、神が認める人間ってことになるし、またそれは、神が認める人間はあまりいないってことでもあるんだわ。
それは、強固な信念ってことも考えてしまうわね。 だからこの 第五十七話 行業一致の一途の努力 っていう表題は、一途な努力って言い回しがされているのだろう。
またこの言葉自体が“自分の力を卑下(ひげ)している”にかかっている言葉と思えるわ。 大概の人間は、ちょっと困難なことがあったりするとあきらめたり投げ出したりする。 投げ出す理由は、こんなことは出来ないって思い込むから、だからそれは、自分はたいした人間ではないって思い込んでいるとか…努力できないとか…それは神が認める人間ではないって事でもあるし、信念を持っていないとか、信念を行動に活かしてないってことなんだわ。 
そういう意味のこともいっているのだわ…多分。
 そして、○○○大先生から聞いた、S会=紫光会の交霊会でよく使われた言い回しの“神は乗り越えられない困難は与えない”…この認識がないから、あきらめたり投げ出したりもするし、自分は困難を与えられて、だから自分は育ち、霊的成長をして神に認められる人間になって神格化するって概念が無い。 
それは、“行”ってことにもなるのだろう。
 その意味でもローム太霊は“行”=生体内電流による肉体組織の結晶化と、“業”=生業(なりわい)、事象の“創造”っていう意味で、“行業一致”って言い回しをしているのかもしれない。
それともうひとつ思うのは、“自分の力を卑下(ひげ)している”ってことは、自分のやっていることが貴いのか貴くないのかってことも思わされるわ。
仮にそれが貴いって自分で思うなら、信念を持つことも出来る。
それと違うのがKellyさんと○○○大先生が話していた前のブログと、“続”でも何回も指摘されている自己奉仕者の行い。 ことに前のブログでは、うまい嘘つきとうまい泥棒なんて言い回しがある。 
だから自己奉仕者の心の動きは、欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとかが主体。 嘘をついて騙し、欺き、錯覚をさせたりしている…たとえば効果ばかりを強調したりするテレビの通販番組みたいなものね。 そして有名なタレントを使って視聴者に錯覚を起こさせて買わせる=泥棒と思わせないように奪うってことをする=自分たちの利益にする。  
それは、見せ掛けのことや、甘い(亜、魔、出ずる、泉)ことを言ったりもするのだけれど、それは、結果として自分のエネルギーをたいして贖って(あがなって)いないのだろうから、“神はそれをどこまでも伸ばしてゆくように最も望んでいる”ってこと、さっきから思う信念を持つってことになっていないと思う。
○○○大先生の治療を受けているとき、そのとき話していて私が思うのは、“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)は、貴い事象の“創造”のために使うもの。
だから何かを利用したりとか、何かを引用したりとか、盗用したりとか、何かにあやかるとか…そして人にそんなふうに思わせないで、あたかも自分たちの物のように見せかけて、結果として他人のふんどしで相撲を取るとか、それ以外にも投機とか…今、そんなことでなりあがっている人は多いけど、このローム太霊の言いたいことを深く考えるなら、そんなことは貴いことではない。 
それは自分自身のエネルギーを大して贖ったことになっていないし、そういう意味でも、自分が自分の“力”を見るに当たって、貴い行いをしていないからこそ“自分の力を卑下(ひげ)している”って言われているってことも思ってしまう。
それはローム太霊が言う言い回しだからこそ、神が認めていない人の行動っていう意味があるのだろうから、ローム太霊から見て、神に認められていない普通の人は“自分の力を卑下(ひげ)している”って言われているようにも思えるし、自分の“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を貴い事象の“創造”のために使っていないってことを指摘しているようにも聞こえる。
だから自己奉仕者の認識は、自分がやっていることが神に認められる行為とかなんて概念は無く、あるいは多くの宗教関係者のように見失っているだけで、ただ自分の利益だけを追求する。 
そして自分の利益を沢山得た人が成功者だと思いたいのだろうし、一般にそう思われているのがこの世界だわ。 
まさに低級な心(靈)の振動によって出来上がった世界ね。
自己奉仕者…それは決して神が認める人間ではなく、ただただ低い欲望のために自分のエネルギーを贖い(あがない)、低い欲望のために“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を使っている。 だけれどもそんな思い方は一般的ではないから、○○○大先生は“事象の形骸化”って文章を書いた(太陽凝視を行っている鍼灸師の話<4><5>智性無き心シリーズのこと)。
今、私が思ったこと、それは、この間Kellyさんが指摘した文章にかかっていると思われるわ。

その全力の半分も出さず、或いは殆んど手を下さずに自分の思いを遂げているものもたまにはあるが、普通の人間は努力することによって常に自分を向上させ、また必要なものを得ているのである。
 しかし神は、善悪を問わずただ物を得よと教えているのではないから、人間としては自分が考える善において得ればよいのである。 それは一般の道徳で言う善悪ではなく、各の個人が良心によって定める善悪に従って努力すれば、必ず善において物が得られることになるのである。


 この文の“全力の半分も出さず、或いは殆んど手を下さずに自分の思いを遂げているものもたまにはある”って言い回しは、“各の個人が良心によって定める善悪に従って努力すれば、必ず善において物が得られる”って言葉にかかってて、それを強調するように“人間は努力することによって常に自分を向上させ、また必要なものを得ている”って言われているのだわ。
 またそれはうまいことやって自分の希望通りになったって言う意味で“全力の半分も出さず、或いは殆んど手を下さずに自分の思いを遂げているもの”って言う、ちょっと皮肉交じりの言い方でもある。 
 それは正しくない…神が認める所業ではないって言い回しに感じられるし、だからこの文の中の“善”それは“一般の道徳で言う善悪ではなく”って言われてて、自分の心の中の基準があることを前提に言われてて、だけれども今、自分の心(靈)の中の基準で善悪を考えている人は少ないと思うわ。
 だから(通貨としての)金さえ得られればよいとか、形骸の名誉を得たいとか思うのだろうけど、決して神はそんな人間を望んでいるのではないし、人(日止、霊止)にそんな生き方を望んでいるのではない。 
そのことをローム太霊は言っているのだわ。
今、この世界で褒めそやされている人の大半は、金持ちと形骸の名誉をもっているとか、自分の一生で頑張ってそれを獲得したってされている人だけれども、結果それは、自己奉仕者でしかない。
また自己奉仕者は、“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の傀儡(かいらい、くぐつ、操り人形)で、その心の動きで“創造”した世界は壊滅するって言うのが○○○大先生の考えでもあるのだけれど、そのことは、この文の“神は、善悪を問わずただ物を得よと教えているのではないから、人間としては自分が考える善において得ればよい”と、“各の個人が良心によって定める善悪に従って努力すれば、必ず善において物が得られることになる”ってことを、深く認識している人で無ければ、理解できない。
 特にこの文では“各の個人が良心によって定める善悪に従って努力すれば”って言われてて、“善悪に従って努力すれば”っていうローム太霊の言い回しは、大概の人は自分の心の中の善悪を知っていてもそれに従って努力をしていないからこそ“すれば”って言われているのだわ。
またこのことが解っていない人が大多数だから、人は(通貨としての)金を求め、形骸の名誉を求め、低い功名心と自尊心を満たすようなことばかりしている。 それはKellyさんと○○○大先生の、人の心の動きの見方でもある自我の肥大…それに相当するものなのだわ。
だから、このことが理解できていないことそのものが、霊的成長度が低いともいえるし、
神が何を人に託したのか、どんな世界を神は人に“創造”させたいのか、そんなことまで“各の個人が良心によって定める善悪に従って努力”って言葉は感じさせるものではあるわね…。
 
 だけれども……フ~~……ちょっと読んだだけですごくいろんなことを考えるわね。 
今回、改めて読んだローム太霊講話集の 第五十七話 行業一致の一途の努力 の冒頭の文、これに限らずローム太霊講話集の中の文は、ちょっと読んだくらいでは理解できないことが多い感じだし、時間をかけながらゆっくり読み解いて、それからKellyさんを呼び出して話をすることにして…今日はこれくらいにしておくわ。

(“その三”へ続く)

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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
(クリックで拡大)

2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
(クリックで拡大)


発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
(クリックで拡大) 

お近くの書店にない場合は
たま出版のサイトでお買い求めください。

発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
(クリックで拡大)

お近くの書店に無いときは
たま出版のサイトでお買い求めください。

この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




飢餓救済のホームページ

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