FC2ブログ

“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”地つ巻 第十五帖 Kellyさん的解釈


 今回も、地つ巻 第十五帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

神の国のカミの役員に判りかけたらバタバタに埒(らち)つくなれど、学や智恵が邪魔してなかなかに判らんから、くどう申しているのざぞ。
臣民物言はなくなるぞ、この世の終り近づいた時ぞ。石物言ふ時ぞ。神の目には外国もやまともないのざぞ。みなが神の国ぞ。
七王(ななおう)も八王(やおう)も作らせんぞ、一つの王で治めさすぞ。
てん詞様が世界みそなはすのざぞ。
世界中の罪負ひておはします素盞雄の大神様に気附かんか、盲つんばばかりと申してもあまりでないか。
九月の二十三日、ひつ九のか三。

まず、冒頭の文。

“神の国のカミの役員に判りかけたらバタバタに埒(らち)つくなれど、学や智恵が邪魔してなかなかに判らんから、くどう申しているのざぞ。”

 この文は、地つ巻 第十四帖と、上つ巻 第一帖などの表記の“カミ”(“創造”の“主(ヌシ)”、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)から見て、“上”の思惑を取り込んだ人)が出てくる文章でもあり、そしてこの文の言い回しは、“神の国の役員”には、判っていないって言い回しがされていて、“役員”って表記は、今後=アセンション後の事象の“創造”を託されている人であることは間違いない。
 だからそれは、“役員”=今後=アセンション後の“創造”を託されている人、あるいは今後=アセンション後の指導者的立場の人、その人たちが真に霊的成長=神格化と、今後のよいカタチの想像のための心の在り方を判ったならば“バタバタに埒(らち)つく”っていわれてて、この文の“埒(らち)つくなれど”は、埒が明かないって言い回しに対しての表記っていえば分かりやすかもしれへん。
 この“埒(らち)”は、いろいろ調べると、馬場の周囲に巡らした柵とか、 物の周囲、仕切りとして設けた柵、物事の区切りっていう意味がある。
 そしてこの文の“埒(らち)つくなれど”は、埒が明かないって言い回しに対しての表記だから、霊的成長度における場(フィールド)の違い、それはアセンション後の霊的に高い地球と、今の自己奉仕者(平均的地球人の心(靈))が活躍する地球、その違いのようなものだと思われる。
 そして“学や智恵が邪魔してなかなかに判らん”って言い回しは、愛(炁)の顕現の程度っていうのんは、言い換えれば(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者は、知識や知恵を沢山得れば奉仕者になるとか、そういう心になるっていうものではない。 自我の肥大した人は、自分のためにしか知恵と知識を使わないものや。
(注 この地つ巻 十五帖の文には、知恵ではなく、智恵って表記がなされているけれど、前後の文を見る限り、○○○大先生が使う智慧(日を知る事=智性の恵み=慧)っていう意味だとは思えない)
 だからこそ“学や智恵が邪魔してなかなかに判らん”は、たとえば“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ)の、アセンションの情報を引用しただけの本を書き、印税を儲けている人とかが多すぎる。 
 …まあエエわ。
そやから話を戻し、神さんに認められる人の行いは、S会=紫光会の経文、四空経録の“世為人為”(この事象に対する奉仕)であり、その行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)が取れる霊的成長度は、“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”を持った人でもあるし、右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をするを繰り返して、自省(胸の磁性“十”)した人でもある。 人は成長したならば、そうなるもんでんねん。

ほんでから次の文は、“日月神示”に多いちょっと揶揄(やゆ)した言い回し。

“臣民物言はなくなるぞ、この世の終り近づいた時ぞ。石物言ふ時ぞ。神の目には外国もやまともないのざぞ。みなが神の国ぞ。”

 この文の“臣民物言はなくなる”は、“役員づら”が如何に自分たちの知恵と知識を行使して程度の低い情報を流布したとしても、そんなものは何の役にも多端って言うことをいっていると思える。 そしてそうなったときが“この世の終り近づいた時ぞ”であり、いうまでも無く“この世”は、今の自己奉仕者が活躍している事象。 それは終わらんならんってことでしかない。 
 それを強調している文が“神の目には外国もやまともないのざぞ。みなが神の国ぞ。”で、程度の低い地球人がいろんな国を作り、自分たちの利益や権利を主張するから=自我の肥大した自己奉仕者だから、経済が発展したり飢餓貧困が起きたり戦争が起きたりする。
 しかしそれは地球全体が霊的に低いからでもあり、またそれ自体が低い砌(みぎり)の行でもあり、それはローム太霊の言い回しなら右往左往の右往の段階でもある。
 そやからそれは自我の肥大による縄張り意識でもあるし、目下(めした)(動物の心(靈)の段階)(大脳旧皮質と古皮質)の心(靈)の動きの顕現でもある。 そやから、自国とか他国とかって認識を持っているような人間は(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者にはなりえない。
 それを意味した言い回しが“みなが神の国ぞ”で、縄張り意識を誇示するような人間、そしてさっき指摘した“役員づら”、ただ自分の“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)の使い方を誤っているから“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”になる。
 さらに今言うたことを強調したのが次の文。

“七王(ななおう)も八王(やおう)も作らせんぞ、一つの王で治めさすぞ。
てん詞様が世界みそなはすのざぞ。”

 今後=アセンション後は、今よりも霊的成長を求める人が構成するから、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)をする“天詞様”が“世界みそなはす”ってことになり、そこには今のような権力者とか支配者とかの概念は無い。 ただ霊的に“上”と“下”があり、それは身分でも階級でもないし、みなが神の子であり、みなが神格化を目指すっていう意味でもあるからこそ、今の地球のように権力を示す縄張り意識を持った支配者が沢山いる事象ではないからこそ“七王(ななおう)も八王(やおう)も作らせんぞ、一つの王で治めさす”って言われている。

 ほんでから次の文。

“世界中の罪負ひておはします素盞雄の大神様に気附かんか、盲つんばばかりと申してもあまりでないか。”

 この“罪負ひておはします素盞雄の大神様”は、素盞雄(すさのお)は、古事記では
伊耶那岐命が黄泉の国から帰り、日向橘小門阿波岐原(ひむかのたちばなのをどのあはきはら)で禊を行い、要は神産みの話なんやけど、その際最後に産まれたのが、左の目を洗うと天照大御神(太陽、日足(ひたり))が生まれた。右の目を洗うと月読命(月、砌(みぎり))が生まれた。
そして鼻を洗うと建速須佐之男命(たけはやすさのをのみこと)が生まれたとされている。
さらに日本書紀では、伊耶那岐命(男、日足(ひたり)の極性)と、伊耶那美命(女、砌(みぎり)の極性)の間に産まれたとされている。
そやからこの文の“世界中の罪負ひておはします素盞雄の大神”は、一人の神を指し示す表記ではなく、日足(ひたり)と砌(みぎり)の極性をもったものであり、そしてその極性の傾きが罪を作ったりもする。 それは右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をするでもあると思える。
さらに日足と砌(ひたりとみぎり)の極性の傾きは、“ひふみゆらゆら”=“一”“二”“三”のオーラ、それぞれの左右の磁性の右往左往と左往右往でもある。
そうやって心は“上”に向かい、現時点の平均的地球人の心(靈)の発現の自我より“上”の心(靈)、智性(神性)、智慧(日を知る事=智性の恵み=慧)、“創造”、ほんでから“慈悲”と“慈愛”ゆえの自分に対する“厳しさ”を発現する。
それが霊的成長の順番でもあるし、日足(ひたり)と砌(みぎり)の極性の傾きが(肉体における)霊的成長の仕組みでもあるし、現時点、地球人が低い進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)だからこそ、低い砌(みぎり)の行をしており、恨みの連鎖の霊的干渉を増大させていることそのものが、この文の“世界中の罪負ひておはします素盞雄の大神”って言葉に示されていると思える。 そしてそのことに気がつかない人が大多数=地球人の霊的成長度は低すぎるからこそ“盲つんばばかりと申してもあまりでないか”って言われている。

今回はこれくらいにしときまんねん。

« “日月神示”地つ巻 第十六帖 Kellyさん的解釈|Top|Kellyさん、農業好きの社長婦人、K地M美さんと、ローム太霊の言葉の“行業一致”とS会=紫光会の経文(四空経録)の言葉“世為人為”について論じる。 “その二” »

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://tuyukusanotuyu.blog45.fc2.com/tb.php/298-da8139b0

Top

HOME

tuyukusanotuyu




 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
FC2ブログへようこそ!


Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
(クリックで拡大)

2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
(クリックで拡大)


発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
(クリックで拡大) 

お近くの書店にない場合は
たま出版のサイトでお買い求めください。

発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
(クリックで拡大)

お近くの書店に無いときは
たま出版のサイトでお買い求めください。

この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




初めての方は、
・・・その後の事と・・・これからの事。
からお読みください。

それぞれのカテゴリーをクリックすると
古い順に、記事が閲覧できます。

        

☆ Kellyさん的事象の観察と認識 (107)
Kellyさんがこのブログに霊縁あった人(日止、霊止)に伝えたい事 (24)
Kellyさんと○○○大先生との会話 (7)
Kellyさんとチョ~極上ラブラブ中高年夫婦はんとの会話 (6)
Kellyさんとチョ~ベッピンはんのA野はんとの会話 (7)
Kellyさんと∪・ω・∪ ▼・。・▼ ▼・。・▽ U・。・U U。・ェ・。U たちとの会話 (34)
Kellyさんとメタボ研修医のYっちゃん先生との会話 (2)
Kellyさんとややメタボ内科医のYっちゃん先生との会話 (7)
Kellyさんと和風のベッピンはんのSはんとの会話 (2)
Kellyさんと農業好きの社長婦人K地M美はんとの会話 (12)
KellyさんとNominyan ∥*σ_σ*∥&Senyapoo λ*゜ο゜*λ との会話 (6)
☆ Kellyさん的“日月神示”解釈 (603)
Kellyさんが、“日月神示”の解釈をして行くに当たって・・・考えた事。 (46)
“日月神示” 上つ巻 (42)
“日月神示” 下つ巻 (38)
“日月神示” 富士の巻 (26)
“日月神示” 天つ巻 (30)
“日月神示” 地つ巻 (36)
“日月神示” 日月の巻 (68)
“日月神示” 日の出の巻 (23)
“日月神示” 磐戸の巻 (21)
“日月神示” キの巻 (17)
“日月神示” 水の巻 (36)
“日月神示” 松の巻 (30)
“日月神示” 夜明けの巻 (26)
“日月神示” 雨の巻 (18)
“日月神示” 風の巻 (15)
“日月神示” 岩の巻 (11)
“日月神示” 荒の巻 (27)
“日月神示” 地震の巻 (93)
☆ Kellyさん的“ローム太霊講話集”解釈 (149)
☆ 紫光会経文の文言 Kellyさん的解釈 (18)
☆ ○○○大先生的バシャールの文言解釈 (9)
☆ 先生が撮るけったいな花の写真 (22)
☆ 先生が撮る比較的まともな写真 (32)
☆先生が室内で写真を撮るときのセッティング (6)
その他 お知らせ (3)



fxwill.com


2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




飢餓救済のホームページ

JWord クリック募金

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード