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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”地つ巻 第十六帖 Kellyさん的解釈



 今回も、地つ巻 第十六帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

神が臣民の心の中に宝いけておいたのに、悪にまけて汚して仕まうて、それで不足申してゐることに気づかんか。 一にも金、二にも金と申して、人が難儀しようがわれさへよけらよいと申してゐるでないか。
それはまだよいのぞ、神の面(めん)かぶりて口先ばかりで神さま神さま てんしさま てんしさま と申したり、頭下げたりしてゐるが、こんな臣民一人もいらんぞ、いざと云ふときは尻に帆かけて逃げ出す者ばかりぞ、犬猫は正直でよいぞ、
こんな臣民は今度は気の毒ながらお出直しぞ、神の申したこと一分一厘ちがはんのざぞ、その通りになるのざぞ。
うへに唾(つば)きすればその顔に落ちるのざぞ、時節ほど結構なこわいものないぞ、時節来たぞ、あはてずに急いで下されよ。
世界中うなるぞ。陸が海となるところあるぞ。今に病神(やまいがみ)の仕組にかかりてゐる臣民苦しむ時近づいたぞ、病はやるぞ、この病は見当とれん病ぞ、病になりてゐても、人も分らねばわれも分らん病ぞ、今に重くなりて来ると分りて来るが、その時では間に合はん、手おくれぞ。
この方の神示(ふで)よく腹に入れて病追ひ出せよ、早うせねばフニャフニャ腰になりて四ツん這ひで這ひ廻らなならんことになると申してあらうがな、神の入れものわやにしてゐるぞ。
九月二十三日、ひつ九のか三。

 まず、冒頭の文。

“神が臣民の心の中に宝いけておいたのに、悪にまけて汚して仕まうて、それで不足申してゐることに気づかんか。 一にも金、二にも金と申して、人が難儀しようがわれさへよけらよいと申してゐるでないか。
それはまだよいのぞ、神の面(めん)かぶりて口先ばかりで神さま神さま てんしさま てんしさま と申したり、頭下げたりしてゐるが、こんな臣民一人もいらんぞ、いざと云ふときは尻に帆かけて逃げ出す者ばかりぞ、犬猫は正直でよいぞ、”

 この文の“臣民の心の中に宝いけておいた”は、前のブログとこのブログを読んでいる人には説明はいらんと思うけど、念のために、宝の意味は、真に価値のある宝=體(体の旧字、骨が豊か、そして、宝(たから)のアナグラム)であり、宀(うかんむり、頭の意味)と“玉(ぎょく)”の合わさった字であり、“玉(ぎょく)”は、自省(胸の磁性“十”)して腹のエネルギーが“上”に上がる様子を示した表記であり、だから霊的成長を果した人を天(“一”=智性=1番目のオーラ+自省(胸の磁性“十”)+人(日止、霊止))の白い(クンダリーニの白光(シンクロトロン放射))王(“一二三(ひふみ)”のオーラと|(たてぼう、こん、縦の磁性))と古来から日本では呼称してきたと思われる。
 それで霊的成長、言い換えれば進化(霊的成長、神格化に向かうこと)というのは、(脊椎動物として)心(靈)の発現に順番がある。 
現時点の平均的地求人の進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)は、自我の確立=固定化であり、“日月神示”表記ならそれは、“江戸と尾張”で、それは腹の水=“江戸と尾張”の“江”…自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロンと述べてきた。
 その段階の進化過程は自我の肥大に陥りやすく、しかし自我が肥大した人ほど自分の行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)や心(靈)の動きが、悪だと思わないし、多少思ったとしても認めようとしない。 この文で述べられている“悪にまけて汚して仕まう”は、その意味のことを言っているし、それは内在する“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の心(靈)の動きでもあり、いうなれば目下(めした)(動物の心(靈)の段階)の心(靈)でもある。 だから“上”は“神の咎め”としてバチを当てて自省(胸の磁性“十”)させたりもする。
 そしてこの文では、自己奉仕者特有の欲望は、なんでも自分の欲望の達成のために利用するし、その欲望の象徴が(通貨としての)金でもあるからこそ、“一にも金、二にも金と申して、人が難儀しようがわれさへよけらよいと申してゐるでないか”って言われている。
 でもそれは、右往左往から左往右往、進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)として仕方が無いって言い方もされていて、それが“それはまだよいのぞ”であり、いずれバチが当たって自省するけど、それまでは右往左往の右往=低い砌(みぎり)の“行”をせんならんものであり、自分がやってきたことが低いことであり、自己奉仕者の行いであることを自覚するためには、低いことでもやらんならん。 しかし今後=アセンション後の地球はそんなことは許されん。 
その理由は、言うまでも無く恨みの連鎖の霊的干渉を無くするためでもある。
 …と、それはおいといて、この文の“神の面(めん)かぶりて口先ばかりで神さま神さま てんしさま てんしさま と申したり、頭下げたりしてゐるが、こんな臣民一人もいらんぞ、いざと云ふときは尻に帆かけて逃げ出す者ばかりぞ、”は、今、形骸の宗教でのし上がった人とか、アセンションの情報を引用して金儲けした人とか、薄っぺらい感謝を多用して人をひきつけて本やDVDを出したりした人とか、例を挙げるときりがないけど、これらすべて自我の肥大って心(靈)の動きによることであり、これまで何回も言うてきたとおりそれは、“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ)でもある。
 またほとんどの地球人の霊的進化(霊的成長、神格化に向かうこと)程度が、自我の確立=固定化の段階だからこそ、甘い(亜、魔、出ずる、泉)夢やニセの情報を信じ込む人が多い。 だからこそ今後=アセンション後に移行でき得る心(靈)の人は、少ないって事でもある。
 また、自我の肥大した人は、自分がやっていることがなんとなくおかしいとか、悪の行為だとか、自己奉仕者の行いだとかって少し思ったとしても、さっき述べたとおり自分で認めようとしないからこそ、この文では“犬猫は正直でよい”とすら言われている。

 ほんでから次の文も、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”と、“役員づら”の人に対して言われている。

“こんな臣民は今度は気の毒ながらお出直しぞ、神の申したこと一分一厘ちがはんのざぞ、その通りになるのざぞ。”

 あえて解釈する必要は無い。

ほんでから次の文。

“うへに唾(つば)きすればその顔に落ちるのざぞ、時節ほど結構なこわいものないぞ、時節来たぞ、あはてずに急いで下されよ。
世界中うなるぞ。陸が海となるところあるぞ。今に病神(やまいがみ)の仕組にかかりてゐる臣民苦しむ時近づいたぞ、病はやるぞ、この病は見当とれん病ぞ、病になりてゐても、人も分らねばわれも分らん病ぞ、今に重くなりて来ると分りて来るが、その時では間に合はん、手おくれぞ。”

 やってきたことの結果は自分が被るもの、因果応報、ブーメランの法則、“曲霊(まがつひ)”って何回もいうてきたけど、そのとおりになるものでもあるし、それはアセンションという事象が、キリスト教でいうところの“最後の審判”でもある。
 要はローム太霊の言葉の左往右往であり、自省(胸の磁性“十”)しなければ自分たちは霊的成長の順番である自我から“慈悲”と“慈愛”って心(靈)の発現にならんから言われている。 そしてこの文の“時節”は、あえていうまでも無く、アセンションは“創造”の“主(ヌシ)”の計画であり、人(日止、霊止)によい世界を作って欲しいからこそ、自己奉仕者と(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者は、分けられるって事でもある。 
さらにこの文の後半は因果応報、ブーメランの法則、“曲霊(まがつひ)”の事象が“世界中うなるぞ。陸が海となるところあるぞ。今に病神(やまいがみ)の仕組にかかりてゐる臣民苦しむ時近づいたぞ、病はやるぞ、この病は見当とれん病ぞ、病になりてゐても、人も分らねばわれも分らん病ぞ”って述べられている。

 そして次の文。

“この方の神示(ふで)よく腹に入れて病追ひ出せよ、早うせねばフニャフニャ腰になりて四ツん這ひで這ひ廻らなならんことになると申してあらうがな、神の入れものわやにしてゐるぞ。”

 “腹に入れて”は、自分自身の自我を自我と認識して、自分の心(靈)の“上”と“下”を見出す。 さらに自分の心(靈)は、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)と感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)していてはいけない。
 言うまでも無く“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)と感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)すれば、自分の心(靈)の動きは、三毒、貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)由来の心(靈)の動きになる。 だから低い霊的存在を増やす恨みの連鎖の霊的干渉は、食い止めなければならないのだけれど、もう手遅れやな…悲しいことやけど。
話を戻し、自分の心(靈)の“上”と“下”、それを見出すのが智性(“一”、1番目のオーラ)由来の自己観察、それが“日月神示”表記の“身魂掃除”“身魂洗濯”の意味であり、自我の肥大した人が増大させているのが、恨みの連鎖の霊的干渉であるから、それはこの文で“病”と称されていて、それは対外的には低い悪霊の憑依もあるけれど、その悪霊の憑依で現象化する理由は、自分の心(靈)の動きにも原因がある。 
要は“どういうつもり”でこの事象において存在していくのかが大事である。
 そして今、大半の人が自省(胸の磁性“十”)していないし、“身魂掃除”“身魂洗濯”出来ていないともいいうる。 
だから人は甘い(亜、魔、出ずる、泉)夢を追いかけ、神に現世利益しか求めないし、似非(えせ)スピリチュアルが横行し、アセンションに甘い(亜、魔、出ずる、泉)夢を抱いたり、ひどいのは金儲けの材料にしかしていない。
 全く悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ、操り人形)であるけれど、それに気づいている人はほとんどいない。 
 だからそんな心(靈)の人は、この文では“フニャフニャ腰になりて四ツん這ひで這ひ廻らなならんことになる”と、そして“神の入れものわやにしてゐる”って言われている。
 そやからこの第十六帖は、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心(靈)を自分に見出して、“身魂掃除”“身魂洗濯”して=自分の心(靈)の“上”と“下”を見出して、霊的成長の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を見出せよってことでんねん。

 今回はこれくらいにしときまんねん。

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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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智性無き心は
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神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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