“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”地つ巻 第二十四帖 Kellyさん的解釈


 今回も、地つ巻 第二十四帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

この方 明神(みょうじん)とも現はれてゐるのざぞ、臣民守護の為に現われてゐるのであ るぞ。
衣(ころも)はくるむものであるぞ、くるむとは、まつらふものぞ、
神の衣は人であるぞ、汚(けが)れ破れた衣では神はいやざぞ。
衣は何でもよいと申すやうなものではないぞ、暑さ寒さ防げばよいと申す様な簡単なものではないぞ。
今は神の衣なくなってゐる、九分九厘の臣民、神の衣になれないのざぞ。
悪神の衣ばかりぞ、今に臣民の衣も九分九厘なくなるのざぞ。
の国、霊の国とこの世とは合せ鏡であるから、この世に映って来るのざぞ、臣民 身魂洗濯して呉れとくどう申してあらうがな、この道理よく分りたか。
十月とは十(かみ)の月ぞ、水平磁場 “日月神示”表記の横棒  と 縦の磁性(脊椎動物の背骨) “日月神示”表記の縦棒 との組みた月ぞ。
九月の二十八日、ひつ九のか三。

冒頭の文。

“この方明神(みょうじん)とも現はれてゐるのざぞ、臣民守護の為に現われてゐるのであるぞ。”

 この文の表記、“明神(みょうじん)”は、明るい=日、太陽と月の意味であり、そしてそれは日足(ひたり)と砌(みぎり)でもあると思える。 さらに“神”って表記は、示す偏(へん)に回転を示す“呂”(頭と腹のエネルギーの回転を示す表記、頭と腹は、丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)によって結ばれている)でもある。
そして日足と砌(ひたりとみぎり)は“思惑の顕現”=現象化でもあり、“思惑の顕現”は、現津(あきつ)、観察され得る事象の“観察と認識”でもある。
自分たちの心(靈)が観察し認識し、そしてこの世界に生きていると思っていること事態が、霊=○、荷電粒子の場(フィールド)が、自分の荷電粒子の場以外の、電磁波を感じ(感じる磁性)ているから“観察と認識”をするのであって、それは神であろうが下等生物であろうが、“善(神格化の方向性と智性の受信)”の存在だろうが“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の存在だろうが、すべての存在に共通する行為でもある。
そやからこの表記の“明神”それは、日と月でもあり、S会=紫光会の経文、四空経録の“日心月物”でもある。
分かりやすい言い方なら日=精神、月=肉体。 そやけどこの言い方はちょっと表現が幼稚に感じるけど、そう思ってもらってもエエやろし、ほんでから“思惑の顕現”=現象化には、自分たちの良いカタチを願うもんや。 そう思うこと、その心の動きが、幸福になりたいとか、喜びたいとか、“日月神示”の表記なら“うれしうれし”“大歓喜”なんやけど、それを実現するには、神さんに近い霊的成長度、言い換えるなら神さんの思惑を自分の思想に出来る心(靈)にならなければならないからこそ、“行”っていう具体的な方法論もある。 さらに進化(霊的成長、神格化に向かうこと)っていうのんは、“日月神示”表記ならば“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化になっていかねばならない。 そうならないと“上”との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)が無い。
その意味で次の文。

“衣(ころも)はくるむものであるぞ、くるむとは、まつらふものぞ、
神の衣は人であるぞ、汚(けが)れ破れた衣では神はいやざぞ。
衣は何でもよいと申すやうなものではないぞ、暑さ寒さ防げばよいと申す様な簡単なものではないぞ。”

 この文の“衣(ころも)はくるむもの”、これは肉体=月の事を指し、肉体が“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化出来ているなら、“くるむとは、まつらふもの”ってことになる。 あえて言うとけば“まつらふ”は、祀り、祭り、政治の政、“政(まつりごと)”、すべて“上”との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)の意味があり、それをこの現津(あきつ)、観察され得る事象に顕現する意味でもある。
そやから“神の衣は人である”は、神の思惑を顕現するのは人の使命であることを指し示し、“汚(けが)れ破れた衣では神はいや”は、心(靈)の動きが“身魂掃除”“身魂洗濯”できていない=自分の心(靈)の動きを智性(“一”、1番目のオーラ)で観察できない人、それはまた、言い方を変えれば、悪霊が憑依する心の動き=三毒、貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)、さらに言い換えれば、低い欲望中心の人。
そんな心(靈)の動き=息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)では、“上”は、かかれないし、当然、“上”と感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)出来ないから、“汚(けが)れ破れた衣”、“衣は何でもよいと申すやうなものではない”って言われている。
そして、次の文も、大体、今述べたことと同様の意味。

“今は神の衣なくなってゐる、九分九厘の臣民、神の衣になれないのざぞ。
悪神の衣ばかりぞ、今に臣民の衣も九分九厘なくなるのざぞ。”
 
 この文は言うまでも無く、今の地球人の大半(“九分九厘の臣民”)、それは、霊的成長度の低い人、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心(靈)と肉体を指し示した言い方である。
 ほんでから次の文は、“思惑の顕現”=現象化ってことを説明している。

ローレンツ力と ○ の国、霊の国とこの世とは合せ鏡であるから、この世に映って来るのざぞ、臣民 身魂洗濯して呉れとくどう申してあらうがな、この道理よく分りたか。”

 “ ローレンツ力と ○ の国、霊の国”は、言うまでも無く“上”に向かう心=霊のことで、霊は ローレンツ力を持っていない霊=○、荷電粒子の場(フィールド) で、“上”との感応共振をするべく縦の磁性の強化は、ローレンツ力 ローレンツ力 の強化になるから ローレンツ力と ○と示してあると思える。
そして、“国”((囗)くにがまえ)と“玉(ぎょく)”…“玉(ぎょく)”は自省(胸の磁性“十”)であることを何回も言うてきた。 
だから“上”が人に望むのは、“うれしうれし”“大歓喜”の事象の“創造”なんやけど、それをするために、今、地球人の大半は失敗の事象を“創造”している=(ローム太霊の言葉の)右往左往している。
 そして自省(胸の磁性“十”)したなら=“臣民 身魂洗濯して呉れとくどう申してあらう”、それは自分たちが感じる“うれしうれし”“大歓喜”の事象になり、それが神の“思惑の顕現”=現象化を実現する“日止、霊止”でもある。
 そしてそれは、進化した事象を創造するという生命の使命でもあり、法則性であるからこそ“この道理よく分りたか”と言われ、それは“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)でもある。
 ほんでから次の文は、胸の磁性“十”、それは、縦の磁性と横の磁束=水平磁場のことを言っている。

“十月とは十(かみ)の月ぞ、 水平磁場 “日月神示”表記の横棒縦の磁性(脊椎動物の背骨) “日月神示”表記の縦棒との組みた月ぞ。”

 この文の“十(かみ)の月”、これは、“十”と“月”=肉体。
そやから進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の順番は、自我の確立=固定化から胸の磁性“十”の発現と強化になり、それは“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”が、“慈悲(いつくしむ、かなしむ、心(靈)が(非)いたむ)”“慈愛(いつくしみ、いつくしむ)”の心の発現をしていくことでもある。 こんなことは、ほんま、くどいくらい何回も言うてきたことやけど、楽屋落ち方言い方をすればこのブログの管理者の○○○大先生は、“日月神示”にこの表記があることを最近まで知らなかった。 そやから自分の考えと一致する大きな発見やったから【<◎><◎>】こんな顔をしてたようでんねん。
 余談やったけど、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)は、○○○大先生が“改”で説明している通り、縦の磁性 縦の磁性(脊椎動物の背骨) “日月神示”表記の縦棒から始まり=脊索が出来、脊椎が出来、さらに、足が出来、手が出来た。 そして手足は指が出来、指は、骨の周りにたくさんのコイルが巻かれ=神経が密になり、電磁石の構造としては、体幹よりも末梢のほうが優れたものになっている。
また、手足と脳が出来ているのは、それぞれが水平磁場を持ち、水平磁場を構成するのは、腹、胸、頭、それぞれが違う性質のコンデンサーだからでもある。
 そしてその水平磁場は、“上”から注がれる荷電粒子を取り込み、自分のもの=自分の心(靈)の動きや思想とする。 
 さらに人間と四足獣の違いは、手の機能の進化でもある。 それはアナハタチャクラの発達であり、胸の磁性“十”であることを何回も言うてきた。
 以下の画像の緑色の楕円の部分にそれが示されている。

“一二三”のオーラと、肉体の器官による水平磁場 

さらに補足として、心の発現の画像も貼っておきまんねん。
人(日止、霊止)の縦と横の電気特性 “一二三”のオーラ

そやからこのことをよく踏まえ“ 水平磁場 “日月神示”表記の横棒縦の磁性(脊椎動物の背骨) “日月神示”表記の縦棒との組みた月”。 そして“十(かみ)の月”=霊的成長した心と肉体。 
私たちがアセンション後の事象を“創造”する資格を獲得しようとするならば、この文の意味くらいのことは、すぐ分かるようにならんとアカン。

今回はこれくらいにしときまんねん。

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 Kelly & ○○○大先生

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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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智性無き心は
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
写真部の○○○大先生のページ
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○○○大先生の水草水槽記録
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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