“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”地つ巻 第二十八帖 Kellyさん的解釈



今回も、地つ巻 第二十八帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

神の国には神の国のやり方、外国には外国のやり方あると申してあらうがな、
戦もその通りぞ、
神の国は神の国のやり方せねばならんのざぞ、外国のやり方真似ては外国強いのざぞ、
戦するにも身魂みがき第一ぞ。
一度に始末することは易いなれど、それでは神の国を一度は丸つぶしにせねばならんから、待てるだけ待ってゐるのざぞ、
仲裁する国はなく、出かけた船はどちらも後へ引けん苦しいことになりて来るぞ、
神気つけるぞ。
十月六日、ひつくのか三。

 まず、冒頭の文。 これも自分の心(靈)の内面とか内側(心の中と感じている事)と、外側(外国と幽界)の事象のことを言うていると思える。

“神の国には神の国のやり方、外国には外国のやり方あると申してあらうがな、
戦もその通りぞ、
神の国は神の国のやり方せねばならんのざぞ、外国のやり方真似ては外国強いのざぞ、
戦するにも身魂みがき第一ぞ。”

 この文の“神の国”は、“国”((囗)くにがまえ)と“玉(ぎょく)”…“玉(ぎょく)”は自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きを示すのであって、やはり自分自身が神性に目覚めていく=進化(霊的成長、神格化に向かうこと)していく事を指していると思える。
そして“神の国のやり方”は、進化の法則性、心(靈)の発現の順番、これまで何回も言うてきたとおり、今の平均的地求人の霊的成長度は“江戸と尾張”、それは、腹の水=“江戸と尾張”の“江”…自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロンの段階、そして自我の肥大に陥りやすい=“石屋の仕組み”(帯電するミネラルが固まっていない=真固止ではない)から、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”になる。 だから本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性って順番で、心(靈)は発現し、心(靈)自体が“上”に向かっているから、自我の次は愛(炁)の顕現の在り方を考えるようになる=自己奉仕者ではなくなる=マニピューラチャクラの覚醒段階からアナハタチャクラの覚醒にいたる=第三密度から第四密度に移行する。 それは“慈悲”と“慈愛”の心の発現になる。 さまざまな言い回しがあるけれど、すべて同じことを指しているだけ。 
 そして自己奉仕者の事象の“創造”が、今の世界であり、それは地つ巻のところどころで指摘されているとおり、この世界は善の世界ではない。
だから“神の国のやり方”は、自分に内在する“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の心の動きを、自分自身の智性(神性)で見出す事が、この文の“戦”と称されていると思えるし、それが“日月神示”表記の“身魂掃除”“身魂洗濯”であり、言い換えれば自分の智性(神性)で自分の心(靈)の動きを観て、自分の心(靈)の“上”と“下”を見出す=“観自在”“直日”自省(胸の磁性“十”)の“行”であり、それが心(靈)の進化=神格化の一過程に必要だからこそ“神の国のやり方”と言われ、外側(外国と幽界)の事象ばかり見ていては自省(胸の磁性“十”)なんて出来ないから“外国のやり方真似ては外国強い”と指摘されており、それは、自己観察できていない人が何か困難に遭遇すると、自分のせいではないとか自分には責任が無いとか思いがち。 そんな人はただ自分に甘い(亜、魔、出ずる、泉。愛(炁)の間に魔が入った状態を指す)だけで、すべての事象は良い事だろうが悪い事だろうが、自分の在り方を示すものであり、このことを自分の心(靈)の指標にするならば、さまざまな因縁=霊的干渉も見抜けるものであり、因縁を贖う(あがなう)ことが、恨みの連鎖の霊的干渉を引き起こしている霊的存在の自省(胸の磁性“十”)を促す事になる。 
それが本当の意味で、悪霊が祓われる=“本津宮”(もとつみや)に帰る事になる。
だから因縁とか、恨みの連鎖の霊的干渉によるさまざまな事象は、自分自身に原因があったり、あるいは先祖代々自分が背負っているけれど、悪霊に自省(胸の磁性“十”)を促すのは、悪霊自身が閻魔の庁の浄玻璃の鏡(えんまのちょうのじょうはりのかがみ)を観ることに相当し、だからこそ悪霊自身も心を入れ替える。
このことを理解している人(日止、霊止)は、恨みの連鎖の霊的干渉による事象と逃げずに立ち向かう=戦う事も理解できるし、戦う過程で自分の認識が高まっていく事も理解できると思う。
 また戦う過程では、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応共振が必要であり、だからこそローム太霊は、“主護霊”のことを教えたと思える。 要は自分の霊的成長を望む存在からの通信を受け、それを自分の思想とするべき。
 だから“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化して、“上”がかかりやすい、“上”の通信を受けやすい肉体の条件を、自分で作らねばならない。 
また、それが“行”の意味と意義でもあるし、その事を指し示した表記がこの文の“戦するにも身魂みがき第一”でもある。

ほんでから次の文。

“一度に始末することは易いなれど、それでは神の国を一度は丸つぶしにせねばならんから、待てるだけ待ってゐるのざぞ、
仲裁する国はなく、出かけた船はどちらも後へ引けん苦しいことになりて来るぞ、
神気つけるぞ。”

 アセンションは霊的成長度において分ける事象であり、心の在り方が出来ておらず=自我が肥大した自己奉仕者、それは霊的成長度の低い人であり、そういう人を対象に“一度に始末することは易い”と言われている。 
そしてこの文の“それでは神の国を一度は丸つぶしにせねばならん”は、“神の国”=自省(胸の磁性“十”)して智性(神性)が芽生える心(靈)が育つ場(フィールド)って言う意味での“国”って言う言い回しで、この場合の“国”は、現津(あきつ)、観察され得る事象だと思われるし、そして外側(外国と幽界)の事象の事象でもあると思える。 要は、自分たちが感じている現実ってことでもある。
 しかし“上”は、“待てるだけ待ってゐる”と言っており、私たちはその“上”の思惑を理解して、自己奉仕者は自省するべきであり、それは最近のニュースでも、今までやってきた事に対する“神の咎め”みたいな事が多いけれど、それを良く観て、自分であろうが他者であろうがその心(靈)の動き=“どういうつもり”だったのか、それを良く見極める事が大事であり、それはまた、“身魂掃除”“身魂洗濯”の指標になる事でもある。
 そしてこの文の“仲裁する国はなく、出かけた船はどちらも後へ引けん苦しいことになりて来る”って言うのは、自我の肥大した人が、自分の心(靈)の動きを見出したとしても、内在する“悪(心の動きの本能化と低振動化)”を見出したとしても、自我が肥大しているから認めようとしない、自省しない、自分は悪くないと思いたい=自分に甘い(亜、魔、出ずる、泉。愛(炁)の間に魔が入った状態を指す)ってことになり、その事を揶揄(やゆ)した言い回しとしか思えない。 
だから“上”は、自分の心(靈)の動きの自我の肥大に気をつけてくれって言う意味で“神気つけるぞ”って言っていると思う。

 今回はこれくらいにしときまんねん。

« ○○○大先生、今年も、恒例の御嶽山日帰り登山に行き、帰宅してから、 (ヘ;_ _)ヘ パタ!!・・・コケテマッタ・・・・ゞ【<×><×>】ゞ ヒクヒク・・・・・・ってなったんやけど、その日に撮った写真。|Top|Kellyさん、農業好きの社長婦人、K地M美さんと、ローム太霊の言葉の“行業一致”とS会=紫光会の経文(四空経録)の言葉“世為人為”について論じる。 “その五” »

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 Kelly & ○○○大先生

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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