“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

Kellyさん、農業好きの社長婦人、K地M美さんと、ローム太霊の言葉の“行業一致”とS会=紫光会の経文(四空経録)の言葉“世為人為”について論じる。 “その六”


……KellyさんとK地さん、大盛りシ○○○ール食べながら会話中……

「Kellyさん、Kellyさんが指摘してくださった事があって(“その一” 参照)、それで私が改めてローム太霊講話集の、第五十七話 行業一致の一途の努力 を読んで思ったのは、コ○ダに来る前にも言いましたけど、やはり“絶対の善”ってことなんですね」
「そうやな。 その認識にいたることが大事やと思いまんがな。 
そやから、ローム太霊さんがローム太霊講話集のこの項目でいうてることは、K地はんが思いはった“絶対の善”、このことを自分たちの理念にしろって事やとも思えるでっしゃろ」
「そうですね、そのとおりですよね。 
ですから、ローム太霊がローム太霊講話集のこの項目で始めに述べている事として、“神は、善悪を問わずただ物を得よと教えているのではないから、人間としては自分が考える善において得ればよいのである。 それは一般の道徳で言う善悪ではなく、各の個人が良心によって定める善悪に従って努力すれば、必ず善において物が得られる”、まずこのことをよく理解してくれってことでもあると思うのですけど、これは、仮に、人間が善を行使しているとするならば、善を理念として生きているとするならば、こんな言い方はしないと思うのですよ」
「それはKellyさんもそう思いまんねん。 
そやからK地はんが思ったとおり、今の世界の人間の善の認識は、低すぎまんねん。 言葉だけしか知らんに等しいってことでんねん。
そして善の認識が低すぎるからこそ、自分たちに都合のよい解釈をしている事も多いやん。 それがたとえば、前のブログで先生と話した事やけど、どっかの大国の正義だったりもして、正義って言葉を振りかざして戦争を仕掛けて兵器産業で儲けてたりもする。 
ひどいもんでっしゃろ」
「そうですね。 許せない事ですけど、地球人はこのことを大々的に問題にしていない。 善の認識なんて、まったく無いに等しいですよね。 
ですから自分たちに都合のよい正義、自分にとって都合のよい解釈ってことが、すでに、“絶対の善”ではない。 
 当たり前ですよね。 
 またそれは、まさに“日月神示”表記の“われよし”ですよね。 
そしてそれは自我の肥大でもあるし、先生とKellyさんの解釈の“石屋の仕組み”で、この言葉そのものが、地球人の霊的成長度を指し示している。

(注 “石屋の仕組み”は、帯電するミネラルが固まっていない=真固止ではない=腹の水(“江戸と尾張”の“江”を指し、マニピューラチャクラの覚醒段階の心の発現でもある。 その心(靈)の発現の段階=その霊的成長度では、智性(神性)や“慈悲”と“慈愛”が、あまり無いからこそ、自我の肥大におちいる)

だから、今の地球人は認識が低い、それは言い換えれば霊的成長度が低い。 
そして低いままではいけない。 
だからこそ、ローム太霊は、この項目で、“人間は真(まこと)というものを良く知り抜いて、自分の真(まこと)の上にほかの人のよいところの真(まこと)を付け加えて、初めて自分の最大の力を発揮することが出来るのである。 そこをよく見通して、神から与えられた想像(創造に通ずる)の力をますます伸し、その考えの現われを現界に残してゆくのが、凡ての人間に課せられた義務と思わなければならない。” って、言っていると考えられますよね」
「そうやと思いまっせ」
「ですからそれは、善の認識が低いっていうのは、前のブログで先生とKellyさんが話していた低級な欲の振動で出来た世界ってことになっている。
だからこそ、この世界は失敗の世界で、文明の崩壊っていう失敗を体験するからこそ、今後の自分たちの在り方ってことを思う事ができる。 
それがアセンションに伴う事象でもあり、自分たちの心(靈)の動きの結果でもあるし、またそれは、ローム太霊の言葉の右往左往と左往右往ですよね。
だから右往左往と左往右往して、低い認識の心(靈)は、だんだん高い認識を得ていく。それはまた、“善”を深く認識していくっていってもいい。 …っていうか、認識していかなければならないのですよね。
 それでローム太霊は、“各の個人が良心によって定める善悪に従って努力”とか“個人が良心によって定める善悪”って言い回しをしていると思えますね。 
ですからそれは、自分でしっかり考えろってことですよね。 
だから、自分が善を考えれば、それは、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)になる。 またそれ自体がオーラの発振、発信でもある。
そしてその心(靈)の動きに応じて、霊的存在の憑依や通信がある。 
ですからそれは、自分の心(靈)の動きに応じての霊的干渉ってことで、先生やKellyさんのブログで何回も説明されている事ですけど、常に自分が善を意識していけば、善の心を持った高い霊的存在がかかる…感応共振するってことですし、それが“上”でもありますよね。
そしてそれは、“善(神格化の方向性と智性の受信)”の存在との感応共振だからこそ、自分の心の中の善の認識は、通信を受けたりもして高まっていくものでもある。
でも今は、その逆みたいなことが当たり前。
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の存在との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)が多すぎるってことを思いますよね。 
それと、地球人の大半は、悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ、操り人形)になっているっていうのが先生とKellyさんの意見でもあるけど、まったくそのとおりだと思いますよね。
それで悪魔の思惑っていうのは、私として思うのは、霊的成長のために神が人に教えたもの、それは先生やKellyさん的な言い方としては、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)から“下”である人(日止、霊止)に教えた事、その価値のあるものを価値の無いものにして、結果として人の霊的成長を妨げる。 
その事も先生とKellyさんは前のブログで問題視した。 
ヨガの言葉のクンダリーニとか、チャクラとか、その言葉だけ利用している人、現世利益で人を釣る形骸の宗教、同じ動機の低級な事象霊能力者、また問題なのは、唯一、ローム太霊が伝えた“主護霊”のことを守護霊と言い換えて、“主護霊”の認識を低いものにしたこと、大体“主護霊”の概念も、みんな自分たちの都合のよいものになっている。 
このことも例を挙げていくとキリがないですね。 
そしてこれも、“日月神示”表記の“われよし”って心(靈)の動きですよね。
そして言うまでも無くその裏には、(通貨としての)金に対する執着がある。 金儲けの道具にしてしまっている。 
悪魔のささやきですよね。 
だから、悪魔っていうのは、人の低い欲望を煽り(あおり)、人の低い功名心と自尊心を煽る。 そんな甘いささやきに乗っている人が多いし、それは悪魔の思惑に同調している悪霊の通信を受けているって事なんでしょうけど、ほとんどの人がそれに気づかない。
話がそれてますけど…だからそれは、貴いものを自分の都合よく利用して金儲けに利用したり、低い功名心と自尊心を満たすものにしている。 
そこに善なんてまったく無いですよね。
そしてこれらの事を、ほとんどの人が問題視していないし、何が正しいのか何が間違っているのかすら考えていない。 …考えようともしないですよね。 
だから私が、今、例に挙げたヨガ、宗教、“主護霊”のこと、すべては人の霊的成長のために“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)が教えた事を、間違ったものになっていても、たいして誰も問題視しないのは、善の認識が無いし、考える智性(神性)が無いっていうのか、なんとなくそんなもんなのだって思っている人が多い。
それは、霊的成長度が低い、善の認識が低いっていうよりもほとんど無い、ですから、幼稚っていうのが妥当なのかな…」
「そのとおりやと思いまっせ。 
そやから今K地はんが言うた“幼稚”っていうのは、先生的な言い回しならば、智性無き心でもあるけれど、子供の浮遊霊や家畜の浮遊霊の憑依による感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)やと思いまんねん」
「恨みの連鎖の霊的干渉の結果ですよね」
「そうやな。 
そやからこそ一般の人の善の認識も低いし、何が正しいのか何が間違っているのかすら考えんし、それ以前に自分たちは何のために生きているのかすら考えてない。
そやから今回話題にしている、ローム太霊講話集の、第五十七話 行業一致の一途の努力 には、“人間は真(まこと)というものを良く知り抜いて、自分の真(まこと)の上にほかの人のよいところの真(まこと)を付け加えて、初めて自分の最大の力を発揮することが出来るのである。 そこをよく見通して、神から与えられた想像(創造に通ずる)の力をますます伸し、その考えの現われを現界に残してゆくのが、凡ての人間に課せられた義務と思わなければならない。”の、“凡ての人間に課せられた義務”と、この言葉にかかる言葉として“考えの現われを現界に残してゆく”で、これにかかる言葉が“人間は真(まこと)というものを良く知り抜いて、自分の真(まこと)の上にほかの人のよいところの真(まこと)を付け加えて、初めて自分の最大の力を発揮することが出来るのである。 そこをよく見通して、神から与えられた想像(創造に通ずる)の力をますます伸し”ってことになると思いまんねん。 
またこのローム太霊さんの言葉は、人はそう在らねばならないっていうことや。
  大事な事やと思うからもう一度繰り返すけど、この言葉の中の“凡ての人間に課せられた義務”は、“考えの現われを現界に残してゆく”って言葉にかかってて、それはこの文自体の、はじめの“人間は真(まこと)というものを良く知り抜いて、自分の真(まこと)の上にほかの人のよいところの真(まこと)を付け加えて、初めて自分の最大の力を発揮することが出来る”ってことでもあり、またこのこと自体を自分が“よく見通して”ってことは、よく認識しておかねばならないってことでもある。
だからこれは人間の使命みたいな事でもあり、その事を指し示している言葉が、“神から与えられた想像(創造に通ずる)の力”でもあると思いまんがな」
「この“神から与えられた想像(創造に通ずる)の力”は、自分の思想や考えをこの世界に活かしていく、それは、先生やKellyさんの言葉なら“思惑の顕現”=現象化でもあるし、事象の“創造”は自分の心(靈)の動きの反映でもあるってことですよね。 そしてそれは、霊的成長度の低い心(靈)の“創造”は、ダメな世界を創った。 今の世界ですよね」
「そうでんな。 
そやからローム太霊さんは“考えの現われを現界に残してゆく”の、言葉の中で“現界”って言い回しをしてるけど、それはこの世界における事象のことやし、言い換えれば自分たちが見ている現実そのものや。
ほんでからに事象の“創造”っていうのんは、自分の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)に応じてなされていく。 この事はK地はんはもう理解していらっしゃると思うけど、霊的進化程度の低い人は心が低い=霊的成長度が低いし、そやから、低い人は低い事象を“創造”するってことも前のブログやこのブログでも何回も言うてきている。
だから、自分たちの心(靈)が霊的成長すれば、この世界は良い世界になるっていう簡単な事なんやけど、幼稚な心(靈)の人は自分の欲望しか思わへんから、この世界そのものを腐らせている。
その幼稚さの原因、恨みの連鎖の霊的干渉による子供の浮遊霊と家畜の浮遊霊の霊的干渉、その実態、私たちはそれを知らんならんやん。 
それを知ったなら自分の心(靈)の動きに活かす事が出来るやん。
自分たちはどう生きるべきなのか、今、この、瞬間、瞬間に、何を思い、どんな行動を起こすべきなのか、考える事が出来るやんか。
そやけど大概の人は目先の欲望しか思っていない。 
また、そう仕向けることが悪魔の思惑でもあり、その具体的な仕組みが、幼稚な心(靈)との霊的干渉=恨みの連鎖の霊的干渉でもあるやん」
「そうですね、そう思いますね。 

今日は有意義な話が出来ました。 今日話した事を思い返していろいろ考える事にしますね。 
それでは失礼します。 ありがとう、Kellyさん」
「(…Kellyさん的には、まだ言いたい事があったんやけどやけど…)ほな、さいならでんねん。 大盛りシ○○○ールごちそうさんでした」

(きっとK地はんは、何か一人で考えたい事を思いついたんやな。 
まあエエわ。 
K地はんの善の認識は結構高いやろから、いろんなことを見てK地はん自身が思う事は、K地はんの善の認識がたかまることになるやろから)

(“その七”へ続く)

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コメント

どもこんばんわ(*・ω・*)

どもこんばんわ、シリウスレイです。
ローム太霊講話集を先日やっと購入し、じつはつのだ○○さんマンガですでに縁?というか、あったのかもなあ~と思いつつ、よませていただきました。

もっとコワイ本かとおもっていたのですが(苦笑)、ロームさんのお話に自然にすとんと腑に落ちることしきりでした。

まだ太陽凝視のHPはすこしづつ読み進めているので、kellyさん方の漫才、、じゃなかったかけあいがあってわかりやすいと感じてます。

シリウスレイ様へ。

シリウスレイ様、はじめまして。 あなたのサイトを見させてもらいました。

ローム太霊講話集をお読みになられたのことですが、
この本に限らず、霊的な事、オーラの事などを知ったり、自分に憑依現象が起きたりすると、
(霊的成長度の低い=1番目のオーラの小さい)人は、
低い功名心や自尊心で、これらの事を見がちです。
また、憑依現象が起きたり、知識を知っただけで、
自分は特別な人間だと思ったり=自我の肥大をしたり、
自分が知った事、獲得した(智慧ではない知識としての)知恵を利用したり、
現象を見せたりして、
このブログで問題にしている“日月神示”表記の、
“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ)になったりします。
このことは、
“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)が示した、人の霊的成長のための貴い事柄を、
霊的成長度の低い人は、
商売に利用したり、自身の低い功名心と自尊心を満たすだけのものになりがちでもあるということです。

そして、このことを自分自身の心(靈)の動きに見出すには、
高度な自己観察が出来ていないと、自分で判りえないからこそ、
“日月神示”では“身魂掃除”“身魂洗濯”と“改心”って表現で指摘され、
自分に戒めろと言われているのだと思います。
同様に“日月神示”では、低い憑依現象がアセンションの前に増える事も指摘されており、それは以下の文に示されています。

“世、迫って、霊かかりがウヨウヨ出ると申してある時来ているのぢゃ。悪かみかかりに迷ふでないぞ。”

また、ほとんどの霊媒体質の人の“一”=智性=1番目のオーラは、
小さいから、
低い霊的存在しか憑依し得ないものであり、
それが(電磁波などの)振動の法則性である“変圧”(アミの本で使われた概念。高い振動の霊的存在はいきなり低い心(靈)とは、感応共振しない)でもあります。

さらに、低い憑依現象にありがちなこととして、
悪霊の憑依=悪魔のささやきというのは、憑依されている人の低い功名心と自尊心を煽り(あおり)ます。
それは、低級な存在の憑依は、人を誑かす(たぶらかす)ものでもありますし、
このことも、ご自身に起きている憑依現象の判断材料としていただき、
自分の心(靈)の動きを見出すためのこととしてください。
それで、低い霊的成長度の憑依現象で起きていることすべてが、価値が無いとは言いませんが、
憑依現象が起きたことそのものが、貴い事をだんだん認識していく過程であり、
学習の過程である事を知っておかれると良いと思います。

また、話が前後しますが、現象を見せたり、知識を吹聴するのみで、
結果として何の分析も無く、言葉を言い換えただけの同義反復の事を述べたりして、
ただ利用している人が今、多すぎる。
そういう利用の仕方をする人の霊的成長度は、下三つのチャクラの覚醒段階であり、
智性(“一”、1番目のオーラ)無き心であり、
アセンション後の創造を担う霊的成長度ではないことを、前のブログでもこのブログでも、
幾度となく指摘しております。
老婆心ながら、上記の事を知っておいてください。

さらに蛇足になりますが、今、大半の地球人の霊的進化程度は、先ほど述べた低い進化過程の段階であるし、
“上”からの貴い情報や教えは、程度の低い人が低い解釈で捻じ曲げてしまい、
また、程度の低い人は自分に甘い(亜、魔、出ずる、泉。愛(炁)の間に魔が入った状態を指す)から、
自分にとって都合のよい程度の低いものを信じ込むものであり、
その結果として、捻じ曲がったものが氾濫していることを、アタシ自身が憂い、
だからこそ、今、程度の低い間違った情報しか知らない人のために、前のブログを立ち上げ、出版に踏み切ったという経緯があります。
このことは、アタシの治療院のホームページ内に、アマゾン用に用意した
著者からのコメント をお読みいただけると、分かりやすいと思います。

http://kodamaryouin.jimdo.com/%E5%A4%AA%E9%99%BD%E5%87%9D%E8%A6%96%E3%82%92%E8%A1%8C%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E9%8D%BC%E7%81%B8%E5%B8%AB%E3%81%AE%E8%A9%B1-%E4%B8%80%E6%9C%AC%E7%9B%AE%E3%81%AE%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0-%E5%87%BA%E7%89%88%E3%81%AE%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B/

その辺のアタシの心情を汲んでいただいた上で、前のブログなり、このブログを読んでいただければ、
幸甚です。

ご来訪、ならびに、コメントいただき、ありがとうございました。

お返事ありがとございます

>自我の肥大した心=自己奉仕者と、
>自分の“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)の
>良い使い方を思う人=智性(神性)由来の考えを持つ人は、
>分けなければ良い世界の“創造”にはなりえない。

>それで、低い霊的成長度の憑依現象で起きていることすべてが、
>価値が無いとは言いませんが、
>憑依現象が起きたことそのものが、
>貴い事をだんだん認識していく過程であり、
>学習の過程である事を知っておかれると良いと思います。


>現象を見せたり、知識を吹聴するのみで、
>結果として何の分析も無く、
>言葉を言い換えただけの同義反復の事を述べたりして、
>ただ利用している人が今、多すぎる。

>そういう利用の仕方をする人の霊的成長度は、
>下三つのチャクラの覚醒段階であり、
>智性(“一”、1番目のオーラ)無き心であり、
>アセンション後の創造を担う霊的成長度ではないことを、
>前のブログでもこのブログでも、
>幾度となく指摘しております。
>老婆心ながら、上記の事を知っておいてください



お返事ありがとございます。
はい、そのとおりだとおもいます。
ので、

じつは私のサイトのリンクをはりつけるのはどうか!??と身につまされた感じでしたので
ロムラーでおわらせようとしてました。
しかも占い師?ですからねえ。。
この業種はつくつもりはなく、避けていた方ですが(霊媒体質?は墓穴)、
諸事情あってあえてえらぶことにしました)

あるものは、人間は、かわらないんだよ(成長はしないんだよ)
といい、
あるものは、エネルギーの高さ?低さ?で 好き嫌いを判断材料にし、
そういう外部の言葉にふりまわされた時期もありました。

下のチャクラの状態も私なりですが把握しておりまして、
けっきょく 目の前の現象は、
自分の低い意識や理解からあらわれたものだととらえることで

ではどちらにもかたよらずにゆく 中道 とはどこか?

バランスをとるとはどういうことか?

というスタンスでゆくことで成長をうながすようにしてきたつもりでいます。

とはいえやはり知識なのか、頭でかんがえすぎ ともよくいわれ
(考えてもいないようなことまで勝手にでっちあげられ責められるなど、
そう おもわせるものを醸し出しているのでしょうか)、

他者のいう、 かんがえないように してゆくことで

逆によけいな迷路におちいったこともあります。


人任せにせず、 考えないで 理解 とはどういうことか、
ねじまげてさまざまなことを解釈してはいないか、
いまだにその違いはわかりませんが、

>貴い事をだんだん認識していく過程

として とらえるように してゆきたいとおもってます。



>大半の地球人の霊的進化程度は、先ほど述べた低い進化過程の段階であるし、
>“上”からの貴い情報や教えは、
>程度の低い人が低い解釈で捻じ曲げてしまい、
>また、程度の低い人は自分に甘い
>(亜、魔、出ずる、泉。愛(助h)の間に魔が入った状態を指す)から、
>自分にとって都合のよい程度の低いものを信じ込むものであり、

>その結果として、
>捻じ曲がったものが氾濫していることを、アタシ自身が憂い、
>だからこそ、今、程度の低い間違った情報しか知らない人のために、
>前のブログを立ち上げ、出版に踏み切ったという経緯があります。

参考文、リンクも以前に検索をかけたとき拝見させていただいております。
ローム太霊の本だけではおそらくよみとばしてしまうような、いまの私たちにとって理解しやすい言葉で表現されていて奥深い内容ととらえております。

アセンションの地球滅亡説は半信半疑ですが、
霊的成長のことは、アセンションがあってもなくても人間はとりくむ(べき?)ものだと感じてます。

わたしも解釈があまいのは感じてますが、
想いと行動が一致するようゆきたいとおもいます。
今後もこちらのブログ拝見させていただきたいとおもいますので
よろしくおねがいします。

では^^

Re: シリウスレイ様へ。


>貴い事をだんだん認識していく過程

これそのものが、生命の存在の理由であり、生命は進化(霊的成長、神格化に向かうこと)していく。
このことも、アタシの文章からお読み取りいただき、
自分が“上”に向かう事とは、なんなのかを、よくお考えになってください。

心(靈)が“上”に向かうには、
“上”からの高い振動の受信と感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)がなければならず、
それが“行”の意味と意義であり、
“日月神示”では“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化と称されていると確信します。

ですから“行”そのものが、生体内電流による肉体内の磁束の強化ですし、
それは、“上”から注がれている高い振動の受信を可能にしていく=自分の心(靈)に取り込んでいく。

だから、進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)において、
本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性、っていう、
“下”から“上”への心(靈)の発現の順番があり、
それはチャクラ(荷電粒子の回転を示す)に相当するものである事を、
ご理解いただきたいものです。
重ねて述べますが、進化には順番があり、
霊媒体質は下三つのチャクラの覚醒段階であり、
その次の進化は、アナハタチャクラの覚醒にいたる事で、
そのときの心(靈)の発現と動きが、
“慈悲(いつくしむ、かなしむ、心(靈)が(非)いたむ)”“慈愛(いつくしみ、いつくしむ)”であること、
この心(靈)が顕現したならば、自己奉仕者ではなくなり、
自分の“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を、
どう使っていくのか考える事ができるようになるものです。
これが今後=アセンション後の“創造”を担うための必須条件でもあり、
またそれを意味しているのが、
S会=紫光会の経文、四空経録の中の言葉、“世為人為”でもあると思います。

それで、上記の事を理解していない、真剣に考えている人があまりにも少ない、
言葉をもてあそんでいるだけの人が多い、雰囲気だけ楽しんでいる人ばかり。
その認識の上での捻じ曲がった情報が氾濫しているからこそ、
シリウスレイ様の言葉尻を捉えるようで、申し訳ないですが、

“人間は、かわらないんだよ(成長はしないんだよ)といい、
あるものは、エネルギーの高さ?低さ?で 好き嫌いを判断材料にし、そういう外部の言葉にふりまわされた時期もありました”
という事になると思います。

さらに、(生命が感じる)時間の進行がある限り、
“上”に向かうか“下”に向かうか=進化(霊的成長、神格化に向かうこと)か、堕落しかないと思いますから、“中道”などという事は、ありえないと思います。

これらのことも、御一考いただければ、幸甚です。

コメント、ありがとうございました。

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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
(クリックで拡大)

2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
(クリックで拡大)


発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
(クリックで拡大) 

お近くの書店にない場合は
たま出版のサイトでお買い求めください。

発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
(クリックで拡大)

お近くの書店に無いときは
たま出版のサイトでお買い求めください。

この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




初めての方は、
・・・その後の事と・・・これからの事。
からお読みください。

それぞれのカテゴリーをクリックすると
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☆ Kellyさん的事象の観察と認識 (104)
Kellyさんがこのブログに霊縁あった人(日止、霊止)に伝えたい事 (22)
Kellyさんと○○○大先生との会話 (7)
Kellyさんとチョ~極上ラブラブ中高年夫婦はんとの会話 (6)
Kellyさんとチョ~ベッピンはんのA野はんとの会話 (7)
Kellyさんと∪・ω・∪ ▼・。・▼ ▼・。・▽ U・。・U U。・ェ・。U たちとの会話 (33)
Kellyさんとメタボ研修医のYっちゃん先生との会話 (2)
Kellyさんとややメタボ内科医のYっちゃん先生との会話 (7)
Kellyさんと和風のベッピンはんのSはんとの会話 (2)
Kellyさんと農業好きの社長婦人K地M美はんとの会話 (12)
KellyさんとNominyan ∥*σ_σ*∥&Senyapoo λ*゜ο゜*λ との会話 (6)
☆ Kellyさん的“日月神示”解釈 (465)
Kellyさんが、“日月神示”の解釈をして行くに当たって・・・考えた事。 (15)
“日月神示” 上つ巻 (42)
“日月神示” 下つ巻 (38)
“日月神示” 富士の巻 (26)
“日月神示” 天つ巻 (30)
“日月神示” 地つ巻 (36)
“日月神示” 日月の巻 (68)
“日月神示” 日の出の巻 (23)
“日月神示” 磐戸の巻 (21)
“日月神示” キの巻 (17)
“日月神示” 水の巻 (36)
“日月神示” 松の巻 (30)
“日月神示” 夜明けの巻 (26)
“日月神示” 雨の巻 (18)
“日月神示” 風の巻 (15)
“日月神示” 岩の巻 (11)
“日月神示” 荒の巻 (13)
☆ Kellyさん的“ローム太霊講話集”解釈 (107)
☆ 紫光会経文の文言 Kellyさん的解釈 (18)
☆ ○○○大先生的バシャールの文言解釈 (9)
☆ 先生が撮るけったいな花の写真 (22)
☆ 先生が撮る比較的まともな写真 (32)
☆先生が室内で写真を撮るときのセッティング (6)
その他 お知らせ (3)



fxwill.com


2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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