“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”地つ巻 第三十帖 Kellyさん的解釈



 今回も、地つ巻 第三十帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

一度に立替へすると世界が大変が起るから、延ばし延ばしてゐるのざぞ、
目覚めぬと末代の気の毒できるぞ。
国取られた臣民、どんなにむごいことになりても何も言ふこと出来ず、
同じ神の子でありながら余りにもひどいやり方、
けものよりもむごいことになるのが、よく分りてゐるから、神が表に出て世界中救ふのであるぞ、
この神示腹に入れると神力出るのざぞ、疑ふ臣民沢山あるが気の毒ざぞ。
一通りはいやがる臣民にもこの神示一二三(ひふみ)として読むやうに上の人してやりて下されよ。
生命あるうちに神の国のこと知らずに死んでから神の国に行くことは出来んぞ、
神の力でないと、もう世の中は何うにも動かんやうになってゐること、上の番頭どの分かりて居らうがな、
何うにもならんと知りつつ まだ智や学にすがりてゐるやうでは上の人とは申されんぞ、
智や学越えて神の力にまつはれよ、
お土拝みて米作る百姓さんが神のまことの民ぞ、神おろがみて神示取れよ、
神のない世とだんだんなりておろがな。
真通(まつ)ることは生かす事ぞ。生かす事は能(はたら)かす事ぞ。
神の国には何でもないものないのざぞ、神の御用なら何でも出て来る結構な国ぞ、
何もなくなるのは やり方わるいのぞ、神の心に添はんのぞ。
十月七日、一二ローレンツ力と ○

 冒頭の文。 いうまでも無く、霊的成長度において分ける作業としてのアセンションのことを指摘している。

“一度に立替へすると世界が大変が起るから、延ばし延ばしてゐるのざぞ、
目覚めぬと末代の気の毒できるぞ。”

 “上”は、一人でも次の段階へ進ませたいという、“慈悲”と“慈愛”の現れた言い回しで、“目覚めぬと末代の気の毒できる”は、“身魂掃除”“身魂洗濯”“改心”などという、“日月神示”内の言い回しで、自己奉仕者から(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者に成ってくれよって事でもある。

 次の文。

“国取られた臣民、どんなにむごいことになりても何も言ふこと出来ず、
同じ神の子でありながら余りにもひどいやり方、
けものよりもむごいことになるのが、よく分りてゐるから、神が表に出て世界中救ふのであるぞ、
この神示腹に入れると神力出るのざぞ、疑ふ臣民沢山あるが気の毒ざぞ。”

 この文の“国取られた臣民”の“国”を、“われよし”の心の通念、縄張りとしての“国”と解釈すると、この文は読み解けない。 
 “国”はやはり場(フィールド)として、心(靈)の場としての(囗)くにがまえ、と、“玉(ぎょく)”…“玉(ぎょく)”は自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きを示す。
 そやから“国取られた臣民”っていうのは、自己観察をしていない心(靈)の動き、自我の肥大、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心(靈)の動きを指摘している事がすぐ分かるし、こう解釈すれば、“われよし”=自己奉仕者の事を指す以下の文、“どんなにむごいことになりても何も言ふこと出来ず、同じ神の子でありながら余りにもひどいやり方、けものよりもむごいことになるのが、よく分りてゐる”っていう文章につながりやすい。
 そして“神示腹に入れると神力出る”っていうのは、腹は自我、マニピューラチャクラの心(靈)の発現、腹の水=“江戸と尾張”の“江”…自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロン。
そやから、この文で言っている事は、脊椎動物の進化のテンプレートは、自我から“慈悲”と“慈愛”の発現になる事を何回もいうてきたし、それが独り神(ひとりがみ、日取り神)になる過程でもある。 
だから脊椎動物の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)は、人(丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)で構成された表記)、日止(日を止める)、霊止(“上”からの荷電粒子を止める)っていう表記がなされていると確信する。
そやから、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)に伴い、心(靈)の発現の順番は、本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性でもあり、その過程において自我の確立=固定化は必要であり、その点でも、自分自身が一個体であり、自分が進化したならゴールは神格化であり、だからこそ自分自身=自我が認識する“神力”、“上”との感応共振、“上”の思惑を、腹=自我、自分の心(靈)に取り込んでくれよって事でしかない。

次の文。

“一通りはいやがる臣民にもこの神示一二三(ひふみ)として読むやうに上の人してやりて下されよ。”

 この文も、ただ自動書記により書かれた文章を読むって事ではなく、仮にそうだとするならば“この神示一二三(ひふみ)として読む”なんて言い回しはしない。
 この“一二三(ひふみ)”は、脊椎動物の進化のきわまりである“日止、霊止”は、“一二三(ひふみ)”のオーラ、1番目、2番目、3番目のオーラを発現させている。
 今後=アセンション後の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)は、“一”=智性=1番目のオーラの拡大であり、それは目上(めうえ)(大脳新皮質、“田”(心、靈、の四つの場(フィールド))の進化であり、今後=アセンション後の人(日止、霊止)の進化過程は、智性(神性)の獲得と行使でもある。 またそうならなければ、“上”との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)は無い。
 そして今の地球人の進化は、土=2~3番目のオーラの発現が中心だからこそ、自我から(胸のチャクラの覚醒である)“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の動きになっていく。 そやから“この神示一二三(ひふみ)として読む”っていうのは、智性(“一”、1番目のオーラ)で解釈し、智性(神性)で読み取り、それを“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”で、自分の在り方に活かすって解釈をする。
 それは今、ネット上に多い、ただ“日月神示”の文章を引用したり、自分は声を上げて読んでおりますなんて、薄っぺらいものではないし、こういう行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)そのものが、自我の肥大であることをあえて指摘しておく。
 そして“いやがる臣民”って表記は、自己観察=“観自在”“直日”自省(胸の磁性“十”)の“行”をいやがる自我の肥大した人間の事を指す。

 次の文。 

“生命あるうちに神の国のこと知らずに死んでから神の国に行くことは出来んぞ、”

 この文の冒頭の“神の国”も、先ほど述べた“国”((囗)くにがまえ)と“玉(ぎょく)”…“玉(ぎょく)”は自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きを示す)のこと。 そやからそれは、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”から、“慈悲”と“慈愛”が発現下(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者の心(靈)の事を指し、それを知らなければ、“死んでから神の国に行くことは出来ん”っていわれており、それは死んでからも、三毒、貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)に囚われた悪霊になる事を指摘しているし、それは死んでからも自省(胸の磁性“十”)しないのだって言い方でもある。
 余談になるけど分かりやすいからのべておくけど、仏教でいうところの、閻魔の庁の浄玻璃の鏡(えんまのちょうのじょうはりのかがみ)は、自分のやってきた事を振り返らせ、省みさせ、自省(胸の磁性“十”)を促すためのものでもある。

 ほんでから次の文。

“神の力でないと、もう世の中は何うにも動かんやうになってゐること、上の番頭どの分かりて居らうがな、
何うにもならんと知りつつ まだ智や学にすがりてゐるやうでは上の人とは申されんぞ、
智や学越えて神の力にまつはれよ、
お土拝みて米作る百姓さんが神のまことの民ぞ、神おろがみて神示取れよ、
神のない世とだんだんなりておろがな。”

 “上”と“下”、それは、神と人(日止、霊止)、その両者の思惑が一致していない事象が、この今の世界。 それを指摘しているのが“神の力でないと、もう世の中は何うにも動かんやうになってゐる”って言い回しで、今は、自我の肥大した人、“われよし”が活躍しているけど、それは当然低い進化(霊的成長、神格化に向かうこと)過程であり、今後=アセンション後に位置できる霊的資格ではない。
 そして“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”は、自分がエネルギーを贖って(あがなって)正当な報酬を得るって発想があまり無い。 だから他者を利用し、欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとかをする。 しかしそれを自分が獲得した知恵、立場、権力、名声などでごまかす。 要は人を利用するのにも、騙されている人に騙されていないかのように思わせるのが、うまいやり方で、卓越した自己奉仕者といえるし、今そういう人が活躍している世界がこのせかいでもあるし、たとえば、“麗しき誤解の中で、人のふんどしで相撲をとる”なんて公言している人もいるけど、実に自分のエネルギーを贖わないで、のし上がってきたのかって事を吹聴しているだけ。
 要は、自分の欲望のためにいろんなものを利用して、最小限のエネルギーの贖い(あがない)を思い、(通貨としての)金や名声や権力を得て、自分の低い欲望を満たす。 それがこの文の“智や学にすがりてゐる”に示されている。
 だからそれは先ほども述べたけど、卓越した自己奉仕者といいうる。
 それに対し、自分がエネルギーを贖った分しか実らないのが“お土拝みて米作る百姓さんが神のまことの民”っていわれており、これが神が認めるエネルギーの贖い方でもある=正当な報酬を得る事でもある。
 その事を読み取るには、自分の心(靈)の“上”と“下”を見出すための“身魂掃除”“身魂洗濯”、そして自己奉仕者は“改心”して、自省(胸の磁性“十”)しなければならないし、そのことも“日月神示”には幾度と無く謳ってあるからこそ“神おろがみて神示取れよ、神のない世とだんだんなりておろがな”って言われている。

 次の文。

“真通(まつ)ることは生かす事ぞ。生かす事は能(はたら)かす事ぞ。
神の国には何でもないものないのざぞ、神の御用なら何でも出て来る結構な国ぞ、
何もなくなるのは やり方わるいのぞ、神の心に添はんのぞ。”

 この文の“真通(まつ)る”は、真(真固止、○ 九 十)通るであり、霊的成長したカタチを示しており、その段階での感応共振=まつり、まつわり、祭り、祀り、政治の政、“政(まつりごと)”は、“上”の思惑を、この世界に顕現していくことだからこそ“生かす事”なのだって言われているし“生かす事は能(はたら)かす事”とも言われている。
 そして“神の国には何でもないものないのざぞ、神の御用なら何でも出て来る結構な国ぞ”の“神の国”の“国”を、ただの場(フィールド)だと思うと解釈できず、この“神の国”って表記は、霊的成長して神の思惑を取り込んだ心(靈)で、何回も述べるけど、“国”は、心(靈)の場(フィールド)である(囗)くにがまえと“玉(ぎょく)”…“玉(ぎょく)”は自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きを示すってことでもある。
 人(日止、霊止)は進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して、今と違う現津(あきつ)、観察され得る事象の創造をする。 そうなれば、“上”と“下”である神と人(日止、霊止)は通じ合い、“上”が認めることならば、なんでも現実になる。 その意味で“神の御用なら何でも出て来る結構な国ぞ”って言われており、今の事象は、“われよし”の人が創造した事象だから、地球上すべてが満たされておらず、恨みの連鎖の霊的干渉が盛んになる要因しかない。 
 そして今の世界は、神の咎めとしての文明の崩壊を体験しなければ、多くの人が自省(胸の磁性“十”)の“行”に入らない。 その事を感じさせる言い回しが“何もなくなるのは やり方わるいのぞ、神の心に添はんのぞ”でもある。

 今回はこれくらいにしときまんねん。

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


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自分達の欲望を満たしたい… 
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こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
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