“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”地つ巻 第三十三帖 Kellyさん的解釈

 今回も、地つ巻 第三十三帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

エドの仕組すみたらオワリの仕組にかからすぞ。
その前に仕組む所あるなれど、今では成就せんから、その時は言葉で知らすぞ。
宝持ちくさりにして呉れるなよ、猫に小判になりて呉れるなよ。
天地一度に変ると申してあること近づいたぞ、世は持ちきりにはさせんぞよ、息吹(いぶ)き払ひて議論(ろん)なくするぞ、ことなくするぞ、
物言はれん時来るぞ、臣民見当とれんことと申してあらうが、上の人つらくなるぞ、頑張りて呉れよ。
十月八日、ひつ九のか三。

まず、冒頭の文。 

“エドの仕組すみたらオワリの仕組にかからすぞ。
その前に仕組む所あるなれど、今では成就せんから、その時は言葉で知らすぞ。”

 この“仕組み”って表記は、前回の地つ巻 三十二帖で述べた進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の仕組み、その過程における変化、肉体と心(靈)の変容を指し示す表記だと思われる。
 ほんでから“エドの仕組み”の“エド”は、カタカナ表記で、これは“上”からこちら側(人間)を見た言い回しだと、上つ巻のときからこう解釈してきている。 
そして、人間が人間を見て感じたり思うこと(同位相)を“日月神示”では、ひらがなや漢字で表記されているというルールがあるって感じている。
話を戻し、このカタカナ表記のそれは、“江戸と尾張”の“エド”であり、それは、腹の水=“江戸と尾張”の“江”、自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロンの進化過程。 
要はカタカナ表記は“上”から見た平均的地球人の進化過程のことを指す。 
そして“オワリの仕組み”っていうのは、肉体が持つ縦の磁性のS極のこと=尾と、頭=N極がしっかりしたならば=目上(めうえ)の脳の心(靈)の発現と動きで行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)出来るならば、それは完成された人の表記である“王”ってことになる。 
またそれは、神の“創造”としての最後の仕事、“日止、霊止”の完成でもあるし、それは“日月神示”表記の ○ 九 十 でもある。
そして目上(めうえ)の脳の極性=N極が強くなれば、磁石の仕組みとして当然、S極も強くなる。 それが尾張り=“オワリ”で、尾が張る=“下”の極性も強くなるけど、“エド”だけでは、マニピューラチャクラまでの覚醒でしかないから、“江戸と尾張”って表記がなされているものでもある。
話を“王”の表記に戻し、要は、進化した脊椎動物としての縦の磁性が強くなればなるほど、ローレンツ力 ローレンツ力  も強くなり、“上”からの荷電粒子をより取り込めるようになる=“上”の思惑を自分の心(靈)の中の認識と共有する存在、“天詞様”になりうるものである。
現時点の平均的地球人の心(靈)の発現と心(靈)の動き=進化程度は、“江戸と尾張”で、マニピューラチャクラまでの心(靈)の発現が主体だからこそ、自我中心の行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)をしている。 
さらに、人が、今後=アセンション後に移行するためには、その霊的資格、心(靈)の進化が、自我の確立=固定化から“慈悲”と“慈愛”、マニピューラチャクラからアナハタチャクラの心(靈)の発現にいたらねばならず、だから自分の人生において失敗を体験して自省(胸の磁性“十”)する=自分の心(靈)が観察する事象(現実)を観て、自分の在り方を智性(神性)で考える。 
そうなるためには“その前に仕組む所ある”って言い方がされており、この言葉そのものが、今述べた、チャクラの覚醒、心(靈)の動きの変容、人生においての失敗の体験=ローム太霊の言葉の左往右往、いろんなことを思い起こさせるものでもあるが、要約すれば、自我の確立=固定化から自我の肥大をして=右往左往して、失敗を体験し=神の咎めを受け、自分を振り返り、自省(胸の磁性“十”)して、“慈悲”と“慈愛”の心(靈)を発現し、今、平均的地球人が持っている薄っぺらい“善悪”の認識が、よりしっかりしたものになり、またそれは自己観察に活かされて自分の心(靈)の“上”と“下”を、はっきり見出す事になっていく。 
そしてこれは、自分が持っている目下(めした)の心(靈)=内在する悪っていう認識を確立することになり、だからこそ智性(“一”、1番目のオーラ)を発現した人は、自分にも他者にも“悪(心の動きの本能化と低振動化)”を容認しない、内在する悪を許さないようになる。
そしてこれは、良い世界の“創造”のために必ず通らねばならない進化過程でもあるし、このことを“日月神示”では“身魂掃除”“身魂洗濯”“改心”と称している。
それで現状の地球人は、自我から“慈悲”と“慈愛”に至っておらず、だからこそこの文では“今では成就せん”って言われている。

その意味で次の文。

“宝持ちくさりにして呉れるなよ、猫に小判になりて呉れるなよ。”

 この文は、せっかく“上”が人(日止、霊止)の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)のために、岡本天明はんにかかり、自動書記で“日月神示”を書かせた。 
同様の事として、T霊媒=竹内満朋の高度な物理霊媒の能力で、ローム太霊が肉声でローム太霊霊訓講話をS会=紫光会の交霊会で述べた。
 すべて、人の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)のためであり、これも人の進化を望む“上”の“思惑の顕現”=現象化でもあるけれど、“日月神示”を読んでも、ローム太霊講話集を読んだとしても、その解釈を低い人は低い解釈をするから、それをただ吹聴し、利用して金儲けの材料にしてしまった“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ)に成り果てている人が多すぎる。
 ほんでから、“日月神示”の文章に霊的進化の仕組みを読み取れず、ただ言葉の端端を引用し、現状の批判だけをする本やサイトが多いけど、結果、霊的成長度の低い人は“日月神示”に進化=霊的成長、神格化に向かうことの表記を読み取れない。 
要は(霊的進化ていどの)低い人は、低い解釈(低い認識(悟り、幸取=さとり))しかしないってことでもある。

 ほんでから次の文。

“天地一度に変ると申してあること近づいたぞ、世は持ちきりにはさせんぞよ、
息吹(いぶ)き払ひて議論(ろん)なくするぞ、ことなくするぞ、
物言はれん時来るぞ、臣民見当とれんことと申してあらうが、上の人つらくなるぞ、頑張りて呉れよ。”

 この文の冒頭“天地一度に変ると申してあること近づいた”は、いうまでもなくアセンションに伴う事象を述べているし、ことに“世は持ちきりにはさせん”って言い方が重要で、今の平均的地球人のままの心(靈)の発現では=自我の確立=固定化、自我の肥大由来の行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)では、この世界は壊れる事を何回も述べてきている。 その意味で自我の肥大って心(靈)、自己奉仕者の心(靈)を“持ちきり”=持続させないってことを言うている。
 そして“息吹(いぶ)き払ひて議論(ろん)なくするぞ、ことなくする”っていうのは、息吹=自分の心(靈)が吹く、発振、発信で、そのオーラの発振、発信に、智性(“一”、1番目のオーラ)を発現し、“慈悲”と“慈愛”を発現していくことそのものが、自分と他者の心(靈)の動きに今以上に敏感になるし、“上”からの荷電粒子=思惑にも敏感になる。   
そやからそれは、“議論(ろん)なくする”=言葉で伝えるって過程ではなく、自分の心(靈)と自分以外の心(靈)があいたいしたなら、その瞬間に相手の心(靈)の動きも分かるようになるし、それは心(靈)が荷電粒子の回転で構成されているからでもある。 そのことを、感じる=感じる磁性って前のブログでもこのブログでも述べてきているけど、心=霊が、荷電粒子の回転で構成されているから、自分以外の振動、電磁波、を、観察し、自分に取り込み、認識(悟り、幸取=さとり)する。 これが全生命に共通することでもあり、それは“観察と認識”であり、このことそのものが、微生物であろうが四足獣であろうが人間だろうが、神だろうが悪霊であろうが悪魔だろうが、すべての生命に共通のことでもある。 
重複するけど、だからこそ“観察と認識”は、生命(生きる使命=存在理由)を言い換えた言い回しでもある。
 だから今より相対的に進化したなら=心(靈)が“上”に向かったなら、自己奉仕者の進化過程の人は“物言はれん時来るぞ、臣民見当とれんことと申してあらう”ってことになる。 
またそれは、自己奉仕者の思惑や行動、(見せ掛けの、“誠”(地つ巻 第一帖の表記の“実言(みこと)”)でない)言動は、何も通じない世界になるってことを言うている。 
現に今、自己奉仕者の行いは、ここ数年、加速的にどんどん暴かれ、うまいことやって、利権を得た人間、低い欲望を満たしてきた人などは、どんどんバレてきている。 
何度も述べるけど、自我の肥大から“慈悲”と“慈愛”にいたるには、失敗をする=右往左往から左往右往を体験する。 それをこの文では“上の人つらくなるぞ、頑張りて呉れよ”って言われてて、この文の表記の“上の人”は、今活躍している人、形骸の地位や名誉、成功者ともてはやされている人、薄っぺらい価値観で自分の欲望を満たしている人など、自我が肥大した人を指す。
だから失敗の体験、これもこの事象の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)に伴うことで、とても重要な事でもあるけど、それを観て批判をしているだけの人間は、今見せられている事象を観て自分の在り方に活かしておらず(“観自在”ではない)、だからそれは自己奉仕者の心=自我の肥大であることを、あえて述べておく。
 
 今回はこれくらいにしときまんねん。

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 Kelly & ○○○大先生

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
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○○○大先生の水草水槽記録
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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