“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

Kellyさん、農業好きの社長婦人、K地M美さんと、ローム太霊の言葉の“行業一致”とS会=紫光会の経文(四空経録)の言葉“世為人為”について論じる。 “その七”

……農業好きの社長婦人、K地M美さん、コ○ダから帰宅してぼやき中……


 この間からKellyさんと話しているテーマとしての“行業一致”、そしてKellyさんはS会=紫光会の経文、四空経録から、“世為人為”って言葉を引用して話をしている。
 Kellyさんとこの話をし始めたとき、Kellyさんは私に何を伝えようとしたのか、なぜローム太霊の言葉、“行業一致”と、S会=紫光会の経文、四空経録の“世為人為”って言葉を引用したのかってことを思うけど、それは私がローム太霊講話集の188ページからの、第五十七話 行業一致の一途の努力 を読んで、いろいろ自分なりに考えて思ったこともある。
 人が仕事をする事、業務の“業”は、生活に必要な事でもある。
またそれは、今の社会通念として、既成概念として、生活のため金を得る事でもある。 でも、(通貨としての)金を得る事しか考えていない人が、自己奉仕者の心(靈)の動き=欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとかをしている。 
これは明らかに“世為人為”ではないし、この言葉に対して○○○大先生は、○○○療院のホームページのメールフォームのあるページで“この事象に対する奉仕”って言っている。
だから、業務の“業”、人は何のために仕事をするのか? その事を思い起こさせる文章が、ローム太霊講話集の188ページ、第五十七話 行業一致の一途の努力 でもあったわ。
 だから(“その一”で)Kellyさんにこの項目の文章の一部を指摘され、それを踏まえて私がもう一度この話を読んだ。 
それで私は、“絶対の善”なんてことも考えたけど、これは“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)が通信を送ってきているからこそ発想したのかもしれない。
 それは人の進化過程、○○○大先生やKellyさんの言い回しなら、自我の確立=固定化から“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の発現、マニピューラチャクラからアナハタチャクラ、チャネラーが使う表現としての第三密度から第四密度、アミシリーズの愛(炁)の度数。
 そして○○○大先生やKellyさんは、人が進化したならば、自己奉仕者ではなくなるって言う。 またこの事自体が、進化の順番でもあるって言う。
そして今、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)が低いから、自我の確立=固定化の段階の心(靈)が自我の肥大をして自己奉仕者になり、内在する悪に囚われるから、“善悪”の基準を無視して自分の利益や低い欲望を追求する。
これも重要な進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)だって前のブログであの二人は言っているし、今の世界は低すぎる人が多いから“玉石混交(淆)”だとも言っていた。
 だからそれは“善”が、行動の根拠になっていないともいい得ることなのだし、(“その二”で)私は“それは正しくない…神が認める所業ではない”なんて発想もした。
そしてそれは、自己奉仕者の心(靈)は進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)が低いから、“善”と“悪”の基準を事象に活かしていない。 言い換えれば“善(神格化の方向性と智性の受信)”と“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の認識が無いって言いうるのね。
そして今は、(通貨としての)金を得る事を中心にしか考えていない自己奉仕者が活躍しているし、その結果として経済は発展した。
また、経済が発展した国は、どうでもいいことばかり追い求めている感がある。 
ファッションとかグルメとか、○○○大先生の口の悪い言い回しを借りれば“何をたいして美しくもないものを守っとるんだ”っていう美容や美白(骨の結晶化に結び付かない価値観)関連の通販の商品とか…通販で思い出すのはやはりどうでもいい化粧品とかサプリメントとか、通販ってことで思うのは、テレビが自己奉仕者のものに成り下がっている感がとても強いわね。 だからテレビには、その場限りだけ楽しい気分にさせるとか、どうでもいいことをエモーショナルに訴え、視聴者がその場限りの感傷に浸るとか、(“その一”)でKellyさんが指摘した(通貨としての)金が動きすぎるプロスポーツとか、特にプロスポーツなんていうのは報酬が大きすぎる感があるし、またスポーツを生業(なりわい)にしているのは、土=2~3番目のオーラの進化過程でもあるのね。 
他にも、どうでもいいバラエティとか、芸人がどうでもいいものを見せて笑わせるお笑い番組とか、さっきも思ったけどファッションとかグルメとか、ほかにもペットとか、数字を取るための番組っていうのはパターンが決まっているし、そのための番組作りしか行われていないし、番組を作らせるのに影響の大きいテレビのスポンサーは、どうでもいいサプリメントとか美容や美白(骨の結晶化に結び付かない価値観)関連の通販のコマーシャルばかり流すし、そしてどうでもいい娯楽を追い求めさせるスポンサーもあるわ。 
だから、数字を取るためのどうでもいいテレビ番組は、人に真剣に生きる事を考えさせないし、視聴者にどうでもいい事ばかり追い求めさせている。 
これは決して“世為人為”ではないわね。 当たり前なんだけど。 
そして、テレビばかり見ている人にそんな認識はない。 認識が無いから業務の“業”に自分の生き方を追い求めるなんて考えはないわね。 これも当たり前ね。 
今、私が思ったのはテレビの事だったけど、今の地球人はほとんどの人が進化程度が低いから、心の発現が低いから、心(靈)の動きが低いから、どうでもいいことを求め、それがすばらしい事だって思い込む…思い込むっていうよりもそれ以上のことを考えていないってことね。 自分たちが楽しみ、自分たちの低い欲望しか認識が無いっていうのが妥当ね。 
 だからそれは、進化程度の低い心(靈)で、低い心(靈)は低いものを求めるけど、自分たちが低いっていう認識も視点も観察眼も無いのね。
前のブログで、○○○大先生とKellyさんが“事象の形骸化”ってことをかなり長く話していたけど、薄っぺらい幸福の概念、(通貨としての)金と物欲中心の価値観、これは霊的成長度が低いから物事も見方が低いってことをあの二人は何度も言っている。
それは今の地球人がもう少し進化したなら、今と違うものを追い求めて行くってことも示唆しているのだろうし、私たちが自我の確立=固定化から、右往左往して、それから自分の在り方を観る意味での左往右往をしたなら、自分の生業(なりわい)に対しても考え方は変わる。
それは、Kellyさんが指摘してくれたローム太霊講話集の第五十七話で述べられているように、“神は、善悪を問わずただ物を得よと教えているのではないから、人間としては自分が考える善において得ればよいのである。 それは一般の道徳で言う善悪ではなく、各の個人が良心によって定める善悪に従って努力すれば、必ず善において物が得られることになるのである”の“各の個人が良心によって定める善悪に従って努力”ってことが大事で、この“個人”の“善悪”は、霊的成長度によって違うし、違いすぎる感があるわね。 
だから今、大半の地球人が自我の肥大をしているから“善”と“悪”の認識が低すぎるのだろうし、低い認識の自己奉仕者の人がエネルギーを贖った=努力したから、経済は発展し、人は低い価値観と薄っぺらい幸福感を持つようになったのね。
そして今の地球人が、今よりも進化したならば=自我の肥大から“慈悲”と“慈愛”の心(靈)を発現したなら、多少の智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)を持ち、自分の心(靈)や行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)を観るとするなら、ローム太霊が言うように“必ず善において物が得られる”ってことになる。
そしてこのローム太霊の言い回しは、お前たちには“善悪”の認識が無さ過ぎるのだって指摘しているようにも(間違いなく)取れるし、仮に私たちが“善悪”を自分の認識として自分の心(靈)を観察したり、その基準で行動しているならば、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)であるローム太霊は、こんな言い回しをする必要性は無いわ。
そしてローム太霊は、“世間には真心(まごころ)がなくただ巧言を持って人を籠絡している者も沢山いるが、人間は真(まこと)というものを良く知り抜いて、自分の真(まこと)の上にほかの人のよいところの真(まこと)を付け加えて、初めて自分の最大の力を発揮することが出来るのである。”と述べて、自己奉仕者のことを指摘した。
それと、“真心(まごころ)”“自分の真(まこと)”って言葉を使って、自己奉仕者と“世為人為”を理念とする人の違いを強調しているし、それはこのローム太霊講話集を読んだ人に対し、そうなってくれってことでもあるのね。
だからローム太霊は、ただ単に仕事の事、生業(なりわい)の事だけ述べず、“行業一致”って言葉を使い、業務の“業”と、“行”を一致せよって言っている。 
当然の事ながら“行”は、霊的進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の作業でもある。 
でも今考えていたように、大半の地球人は心(靈)の進化程度=霊的進化の段階がマニピューラチャクラの段階だからこそ、自我の確立=固定化から自我の肥大に陥っている人が多い。 
そして一般の地球人には、“行”を実践して、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)するなんてことを考えている人は少ない。 
ことに“行”を説かねばならない宗教が、金儲けに利用されているからこそ、一般の人たちの“行”に対する認識も低くなっているともいえるし、ただ感謝を述べ、それを繰り返している事が“行”になるっていう感謝行なんて薄っぺらい言葉をもてあそんでいる人もいるし、それに同調している人も多数いる。 なんて認識が低いのかって思うし、こんな薄っぺらい言葉に酔っている人は、真剣に何かを追い求めたとか、真剣に考えるその状況を体験させられたとか=“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)から試練を与えられたとかの体験の無い人なのだろうし、当然この類の人たちは、今の事象を見て、今の地球を見て、恨みの連鎖の霊的干渉って大きな問題を見出せない。 
それは“事象を観察する視野が狭い”っていう○○○大先生の言い回しを思い起こさせる。
だから、霊的成長度の低い人は、何かを真剣に考えた事のない人っていえるし、何も真剣に追い求めてないからこそ、ありがとうとか、感謝って言葉に酔う。
さっき思ったテレビ番組のことと、そのスポンサーの事も同様の心ね。 ただ雰囲気に酔って無駄な時間をすごしているのだけれど、そういう自覚は無いのね。 またそれが、自我の肥大した低い功名心と自尊心しか持ち得ない心の特徴でもあるっていい得るわね。 結果それは、それ以上のことに気がつかないし、それは、毎日を薄っぺらい感謝って言葉に酔い、この世界全体を見回すこともしないから、安易なスピリチュアルっぽい言葉に酔い、感謝やありがとうって言葉に酔う。
 そしてローム太霊講話集で検索すると、ネット上には、ローム太霊講話集の事を引用しているサイトは結構あるけど、仙人の話を読むとそこにある霊的干渉の在り方を見出せず、ただ仙人になる方とか、金の精の話を読むと金持ちになる方とかって錯覚している人も多いけど、これは自分が“どういうつもり”(自分の心(靈)の動き)でエネルギーを贖い(あがない)、それによる霊的干渉のことをローム太霊は述べているのに、ほんと、薄っぺらい人は薄っぺらい解釈しかしないのね。
だから“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)としてのローム太霊は、私たちがどうやって生きていくのか、それをローム太霊講話集の 第五十七話 行業一致の一途の努力 で説明しているともいえるわ。 
それは、ローム太霊が言うように、“人間は真(まこと)というものを良く知り抜いて、自分の真(まこと)の上にほかの人のよいところの真(まこと)を付け加えて、初めて自分の最大の力を発揮す ることが出来るのである。 そこをよく見通して、神から与えられた想像(創造に通ずる)の力をますます伸し、その考えの現われを現界に残してゆくのが、凡 ての人間に課せられた義務と思わなければならない。”の、“凡ての人間に課せられた義務”と、この言葉にかかる言葉として“考えの現われを現界に残してゆく”べきでもあるし、それが神の望む人間の在り方っていえる。
そしてそれは、“世為人為”でなければならない。 
だから“世為人為”を理念としない人、自己奉仕者は、進化していないから、今後=アセンション後の地球には位置できないっていうあの二人の言い回しはよく理解できる。
そして自己奉仕者が生み出して増大させている恨みの連鎖の霊的干渉、これは私たちが“世為人為”(この事象に対する奉仕)を理念とし、さらに“各の個人が良心によって定める善悪”の認識がたかまり、自分の心(靈)の中に“真心(まごころ)”“自分の真(まこと)”を確立するなら、この世界=私たちが観察する事象は、こんな腐った世界にはならない。 
この世界は腐っているっていうのは、○○○大先生の口癖みたいなものでもあるし、私は何回も治療中にその言葉を聞かされている。 ちょっとくどくてウザイけど…。
それはともかく、今、恨みの連鎖の霊的干渉の現象は多いと思う。 
 
 いつだったか、風俗嬢が自分の子供を餓死させて、腐乱させてしまったっていう事件があったけど、これは明らかに子供の浮遊霊の霊的干渉によるものだわ。 ホスト遊びに夢中になり、母親としての責任を放棄した…いや、ちがうわ。 母親の責任なんて自覚、認識が無かったのね。 
それは子供の浮遊霊と心(靈)の動きが一緒だったから=感応共振して、心(靈)を乗っ取られていたからなのね。 だから遊ぶ事が第一、とても幼稚な心(靈)に成り果てたっていえる。
その事件から考えさせられるのは、恨みの連鎖を増大させている“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の思惑は、人間を幼稚にしてしまっている。 それを目論んでいるともいえる。
そしてそれはさっき思った薄っぺらい感謝や、ありがとうって言葉に酔う人も、とても幼稚だといえるし、件の風俗嬢のことと同じようなケースっていうのか、私の会社にも親が自分の子供に対して責任を放棄したっていうのか、子供のことを大事に思わなかったっていうのか、そんな事があったわ。
それは、中学を卒業してうちに入社した子がいたのだけれど、自分の給料を親に取られていたって愚痴っていた。 その話を聞くと、子供を金づるにしていたような印象だったし、どうも立派な親とは思えない。 
それで、○○○大先生にその話をしたら“親っていうのは子供の犠牲になるくらいの覚悟があってしかるべきでしょう、K地さん!!”って力説していたけど、何を言いたかったのかはよく分かる。 
子供から甘い汁を吸っていた人間は、明らかに自己奉仕者の心だし、自己奉仕者としてもとてもレベルの低い心だと思う。
それは、進化程度の低い動物だって自分の子供を食い物にはしない。
これも今、三秒に一人死んでいる子供の浮遊霊の霊的干渉の結果だと思うし、そして親が子供を食い物にするのは、ものすごく低い心(靈)だっていえる。 動物以下ね。
またこんな人間ばかりを増やし、“世為人為”(この事象に対する奉仕)を考えさせもしないで、ただ自分の欲望を幼稚に追い求める。 
それがまた、自分だけが金持ちになり、自分だけが幸福になるっていう低い考えを持たせる事になっているのだろうし、人間として許せないようなこと、子供を放棄したり、子供を食い物にして甘い汁を吸うなんて人が増える。 
これは明らかに悪魔の思惑だと思うし、それはローム太霊がいうところの、“人間は真(まこと)というものを良く知り抜いて、自分の真(まこと)の上にほかの人のよいところの真(まこと)を付け加えて、初めて自分の最大の力を発揮す ることが出来るのである。 そこをよく見通して、神から与えられた想像(創造に通ずる)の力をますます伸し、その考えの現われを現界に残してゆくのが、凡 ての人間に課せられた義務と思わなければならない。”の、“凡ての人間に課せられた義務”と、この言葉にかかる言葉として“考えの現われを現界に残してゆく”べきってことから、とんでもなく外れているし、だからこそローム太霊は、人間の行き先を懸念して“真(まこと)というものを良く知り抜いて”って言っているのだわ。
さっきKellyさんが、コ○ダで言っていたこと。

“事象 の“創造”っていうのんは、自分の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)に応じてなされていく。 この事はK地はんはもう理解していらっしゃると思う けど、霊的進化程度の低い人は心が低い=霊的成長度が低いし、そやから、低い人は低い事象を“創造”するってことも前のブログやこのブログでも何回も言う てきている。
 だから、自分たちの心(靈)が霊的成長すれば、この世界は良い世界になるっていう簡単な事なんやけど、幼稚な心(靈)の人は自分の欲望しか思わへんから、この世界そのものを腐らせている。
その幼稚さの原因、恨みの連鎖の霊的干渉による子供の浮遊霊と家畜の浮遊霊の霊的干渉、その実態、私たちはそれを知らんならんやん。 
 それを知ったなら自分の心(靈)の動きに活かす事が出来るやん。
 自分たちはどう生きるべきなのか、今、この、瞬間、瞬間に、何を思い、どんな行動を起こすべきなのか、考える事が出来るやんか”

 …この言葉を聞いて、私はいろんなことを思ったから席を立ったのだけれど、話の途中で席を立ってしまった感があるわ。 
だからもう一度Kellyさんを呼び出して、コ○ダから帰って思ったことも話してみたいわ。 
 …このところちょっと寒くなってきたから、今度は大盛りシ○○○ールではなく、ス○○ヤラーメン叉焼抜きか、味噌煮込みうどん卵抜きにでも誘ったらいいわね。
Kellyさんにメールして、待ち合わせる事にするわ。

(“その八”へ続く)

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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
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2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
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発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




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その他 お知らせ (3)



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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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