“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”日月の巻 第一帖 Kellyさん的解釈


  今回から、日月の巻の解釈に入りまんねん(ちなみに日月の巻は、 (ヒ)の巻(第一帖~第二十七帖)と月(ツキ)の巻(第二十八帖~第四十帖)の区別がある)。 
まず、第一帖の原文は以下の通り。

富士は晴れたり日本晴れ。 ローレンツ力と ○ の巻 書き知らすぞ。
此の世に自分の物と云ふ物は何一つないのであるぞ。早う自分からお返しした者から楽になるのざぞ。
今度の大洗濯は三つの大洗濯が一度になって居るのざから、見当取れんのざぞ。
神の国の洗濯と外国の洗濯と世界ひっくるめた洗濯と一度になってゐるのざから、そのつもりで少しでも神の御用務めて呉れよ。
此れからがいよいよの正念場と申してあろがな。
今はまだまだ一の幕で、せんぐり出て来るのざぞ。
我(が)出したら判らなくなるぞ、てんし様おがめよ、てんし様まつりて呉れよ、臣民 無理と思ふ事も無理でない事 沢山にあるのざぞ、神はいよいよの仕組にかかったと申してあろがな。
毀(こわ)すのでないぞ、練り直すのざぞ。世界を摺鉢(すりばち)に入れて捏(こ)ね廻し、練り直すのざぞ。
日本の中に騒動起るぞ。神の臣民 気つけて呉れよ。
日本も神と獣に分れているのざから、いやでも応でも騒動となるのざぞ。
小さくしたいなれど。
旧九月一日、ひつくのか三。

まず、冒頭の文。

“富士は晴れたり日本晴れ。 ローレンツ力と ○ の巻 書き知らすぞ。”

 これまで“日月神示”に幾度となく出てきている霊的成長を示す言葉の“富士”と“日本晴れ”、これについては画像で意味を示しておく。

富士の解字

“晴れたり日本晴れ”の解字

 そやから画像の文で示したとおり“富士”と“日本晴れ”、これは、現状の地球人の進化過程=自我の確立=固定化、腹の水=“江戸と尾張”の“江”、そして腹の位相のサイクロトロンから、“慈悲”と“慈愛”、“一”=智性=1番目のオーラの発現と行使、この発現と行使ってことそのものが、“思惑の顕現”=現象化ってことでもあるし、地つ巻で述べられた“言”(事象に顕現され、(自己と他者に)観察された心(靈)の動き)でもあると思う。
 だからわかりやすくいえば、思惑は心(靈)の動きであり、顕現は、(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する)現象化でもあり、心(靈)が行動に現れる事でもある。
 そしてそれは、思惑=精神性=日足(ひたり)であり、顕現=砌(みぎり)の意味でもある。 さらに日足と砌(ひたりとみぎり)は、ア(“亜”)から、イ(出る(いずる)、泉)、そしてそれは“創造”の“主(ヌシ)”の表記である“一”の意味でもあり、ヒフミヨイムナヤコト=一二三四五六七八九十の、“一”でもあるし、これをまた“ヒ”とよませるものであり、さらに“ヒ”は、太陽を示す“日”であり、“日本晴れ”の“日”でもあるし、霊の旧字の“靈”(ヒと読ます)でもある。
 そして冒頭の文の後半“ の巻 書き知らすぞ”は、 っていう表記は、霊=、荷電粒子の場(フィールド)とローレンツ力 ローレンツ力 を示す表記でもある。
 これまでもたびたび述べているとおり、縦の磁束由来のローレンツ力ローレンツ力 は、生命(生きる使命=存在理由)の進化過程において、背骨の発現に由来し、背骨が電磁石の仕組みを有するからこそローレンツ力は発生し、“上”からの荷電粒子(普遍的に実在する創造主のオーラ(宇宙背景放射))を自分の肉体と心(靈)に取り込むものである。 また、今述べた意味を持ち、そのことを指し示す字が、霊の旧字“靈”(ヒ)でもある。
靈の解字


 だからこそ古神道では、日を止める、霊を止めるっていう意味の“日止、霊止”っていう表記が使われ、また“止”(ト)はヒフミヨイムナヤコト=一二三四五六七八九十の“十”(縦の磁束、 縦の磁性(脊椎動物の背骨) “日月神示”表記の縦棒 (たてぼう、こん、縦の磁性))と水平磁場 水平磁場 “日月神示”表記の横棒 が重なった表記、シンクロトロン放射の仕組み、地つ巻 第二十四帖の表記)でもある。
そして“日止、霊止”っていう表記の意味、これは“上”からの荷電粒子、神の思惑、神の思惑の仲介者である太陽、その振動、電磁波、これを止めるのが心(靈)の発現が生物の進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)において“上”に向かう事と同義でもあるし“目上(めうえ)と目下(めした)”の心(靈)の発現と同義でもある。
よって今後解釈する日月の巻以降は、これらの事もだんだん詳細に説かれていると思う。

 次の文。

“此の世に自分の物と云ふ物は何一つないのであるぞ。早う自分からお返しした者から楽になるのざぞ。”

 これは“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心(靈)の動きを指摘している文章で、自分たち(の心(靈))が観察して認識しているその対象、物であろうが他者の心(靈)であろうが、宇宙だろうが次元だろうが、人が感じうる神の概念と認識(悟り、幸取=さとり)だろうが悪魔のそれであろうが、動物であろうが人であろうが霊的存在であろうが、“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)であろうが、それらは、すべて、神の思惑の顕現と人(日止、霊止)の思惑の顕現の結果でしかないといいうるけど、ちょっとむずかしいかな。
 まあエエわ。 これが難しいと思う人は進化(霊的成長、神格化に向かうこと)程度の低い人ってことでしかない。
 話を戻し、それら観察の対象、そして認識そのものが、神と人の“創造”(の結果)っていえるし、だからそれそのものは、すべてがすべての存在のためのなにかっていえるけど、それらを全部自分たちの欲望の達成のためにしか思わないのが、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)程度の低い“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”であり、その心(靈)の発振、発信=息吹は、低い欲で出来た世界を創った。 その結果が恨みの連鎖の霊的干渉でもあることは何回も述べてきた。
 だからその認識を持てってことで、自分のもの、自分の所有物、なんて物はないっていう意味で“此の世に自分の物と云ふ物は何一つない”と言われ、そして“早う自分からお返しした者から楽になる”っていうのは、今述べた認識が必要でもあり、それがまたローム太霊の言葉の“行業一致”と、S会=紫光会の経文、四空経録の中の“世為人為”っていう悟りにもなるものでもあるし、自己奉仕者は自己奉仕者特有の来る氏を背負うから=(通貨としての)金しかわからない心(靈)、金の奴隷、物欲の奴隷になっているからこそ“楽になるのざぞ”と言われていると思う。

 次の文。

“今度の大洗濯は三つの大洗濯が一度になって居るのざから、見当取れんのざぞ。
神の国の洗濯と外国の洗濯と世界ひっくるめた洗濯と一度になってゐるのざから、そのつもりで少しでも神の御用務めて呉れよ。
此れからがいよいよの正念場と申してあろがな。
今はまだまだ一の幕で、せんぐり出て来るのざぞ。
我(が)出したら判らなくなるぞ、てんし様おがめよ、てんし様まつりて呉れよ、臣民 無理と思ふ事も無理でない事 沢山にあるのざぞ、神はいよいよの仕組にかかったと申してあろがな。”

 この文の“三つの大洗濯が一度になって居る”と“神の国の洗濯と外国の洗濯と世界ひっくるめた洗濯と一度になってゐる”は、じぶんの心(靈)が観察する対象のことを言っており、“神の国”は、神性(智性(日を知る性質)、または“一”=智性=1番目のオーラ)が発現し始めた自分の心(靈)、これも地つ巻で何回も述べた“神国”(“国”は(囗)くにがまえ)と“玉(ぎょく)”…“玉(ぎょく)”は自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きを示す)と同義であり、“外国”は、自分が観察する外側(外国と幽界)の事象であり、“世界ひっくるめた”の“世界”は、内も外も、自分も自分以外も、すべてを“ひっくるめた”事象である事を示唆している。
 そして“そのつもりで少しでも神の御用務めて呉れよ。此れからがいよいよの正念場と申してあろがな。今はまだまだ一の幕で、せんぐり出て来るのざぞ。”は、“神の御用”は、今後=アセンション後の“創造”に携わる事を指し、今後=アセンション後に移行する今は“此れからがいよいよの正念場”であるッて言われている。
 そして“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”は、“我(が)出したら判らなくなる”って言われており…わざわざ解釈するような事でもなかったけど、そして、“てんし様おがめよ、てんし様まつりて呉れよ”は、何かにあやかる事ではなく、自分が“上”との感応共振をせよ、だから霊的成長した心(靈)って何なのかを追い求めよ、追い究めよってことを言っていると思うし、それが神格化への道筋であり、生命の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)でもある。
 そして地球と地球人は、その段階に入った=アセンションっていうタイムスケジュールがあるからこそ“神はいよいよの仕組にかかった”と言われている。

 次の文は解釈するまでも無い。 “創造”の“主(ヌシ)”の計画であるアセンションに向かえば、今より霊的成長度の高い人(日止、霊止)=愛(炁)の顕現の程度の高い人(日止、霊止)が建て直すとか、お立替とかっていう事になることを示唆している。

“毀(こわ)すのでないぞ、練り直すのざぞ。世界を摺鉢(すりばち)に入れて捏(こ)ね廻し、練り直すのざぞ。”
 
要は、今まで(自己奉仕者の心)と進化過程の違う心(靈)が“創造”の中心になるっていう意味でしかない。

 次の文。

“日本の中に騒動起るぞ。神の臣民 気つけて呉れよ。
日本も神と獣に分れているのざから、いやでも応でも騒動となるのざぞ。
小さくしたいなれど。”

 この“日本”を、縄張り意識(進化程度の低い心、自我の確立=固定化の進化の段階の地球人の認識)においての国って解釈をしていると読み解けない。
 要は、自分の心、冒頭で解字を示した“日本晴れ”の“日”=太陽と“本”=自省(胸の磁性“十”)して成長する心(靈)と同義であるし、それは自分の心の中の右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をするってことでもあるから“神の臣民 気つけて呉れ”って言われている。 そしてそれはこの後に続く文を読むとよくわかる。 
それは“日本も神と獣に分れている”っていうのは、自分が智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)を顕現していく過程において、“日本晴れ”の画像の“本”で示したとおり、自分の心(靈)は右往左往と左往右往するし、それは“日月神示”表記の“ひふみゆらゆら”=“一”“二”“三”のオーラ、それぞれの左右の磁性の右往左往と左往右往でもある。
 そして自我から“上”に向かうのが日足(ひたり)回転であり、自我から“下”に向かうのが砌(みぎり)回転でもあるし、そのことが神格化を目指す心とケダモノ化した心の違いでもあるし、さらにそれは、目上(めうえ)(大脳新皮質、“田”(心、靈、の四つの場(フィールド))と目下(めした)(動物の心(靈)の段階)(大脳旧皮質と古皮質)でもある。
 そやから“日月神示”表記の左回転と右回転の画像を以下に示して、今回はこれくらいにしときまんねん。
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の回転と“善(神格化の方向性と智性の受信)”の回転



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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
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そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
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