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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”日月の巻 第三帖 Kellyさん的解釈

 今回も、日月の巻 第三帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

此の神示 声立てて読みて下されと申してあろがな。臣民ばかりに聞かすのでないぞ。守護神殿、神々様にも聞かすのぞ、声出して読みてさへおればよくなるのざぞよ。
じゃと申して、仕事休むでないぞ。仕事は行であるから務め務めた上にも精出して呉れよ。それがまことの行であるぞ。
滝に打たれ断食する様な行は幽界(がいこく)の行ぞ。
神の国のお土踏み、神国の光いきして、神国から生れる食物(たべもの)頂きて、神国のおん仕事してゐる臣民には行は要らぬのざぞ。
此の事よく心得よ。
十月十九日、一二 ローレンツ力と ○

冒頭の文。

“此の神示 声立てて読みて下されと申してあろがな。臣民ばかりに聞かすのでないぞ。守護神殿、神々様にも聞かすのぞ、声出して読みてさへおればよくなるのざぞよ。”

 この文の言い回しも、地つ巻で何回も指摘したとおり、ただ、声を出して“日月神示”の文を読むなんてことではなく“神示 声立てて読みて下され”は、“言”(事象に顕現され、(自己と他者に)観察された心(靈)の動き)を、よく観て、そして自分が思うよいカタチのことを思い、自分が霊的に高ければ、高い息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)になり、低ければ=自己奉仕者ならば低い欲望で出来た今の世界のような創造をする事を指し示しているし、その心の動き=息吹は、“声”もその一部であるし、それを“臣民ばかりに聞かすのでないぞ。守護神殿、神々様にも聞かす”なんて称されているが、すべての存在が観ている=“観察と認識”をしている事をよく自覚せよって事だと思う。
 だからこの文の冒頭と末尾の言葉をつなげばすぐその意味はわかるものでもある。 
それは“此の神示”=神が示した意味、それを認識(悟り、幸取=さとり)して“声出して読みてさへおればよくなる”=自分の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)として、事象に顕現せよってことでもある。

 次の文。

“じゃと申して、仕事休むでないぞ。仕事は行であるから務め務めた上にも精出して呉れよ。それがまことの行であるぞ。”
  
 これはローム太霊の指し示した“行業一致”と、世為人為これと同様の意味を感じさせる。
すべての事象に自分の心(靈)の動きを顕現すること(事象の“創造”)、それは、業務の業であろうが“行”であろうが、その区別をしているのは人の立場でしかなく、すべてエネルギーを贖う(あがなう)事であるから、生体内電流の増幅と発振、発信になるし、どの部分のチャクラ(荷電粒子の回転を示す)=どの心(靈)(本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動)を使っているのかによるものである。
しかし霊的成長は ○ 九 十、真実=真固止、“誠”(言葉成る、意味は、自分が発振、発信した振動(言葉)が完成する)であるし、そう感じられるものでなければならないからこそ、心(靈)の動きには“上”と“下”があり=“善悪”(神格化と、動物化=心の本能化)があり、それを基準にして自分が自分の心(靈)の動きを見極める=“身魂掃除”“身魂洗濯”して、どんな業務だろうが“行”だろうが人は頑張らなければならず=“仕事は行であるから務め務め”と言われ、さらに“精出して呉れよ。それがまことの行である”と言われていると思う。
その意味で次の文。

“滝に打たれ断食する様な行は幽界(がいこく)の行ぞ。”
 
 この文の“幽界(がいこく)”は、腹の段階の心(靈)、マニピューラチャクラ、腹の水=“江戸と尾張”の“江”…自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロンを指す。 
 脊椎動物は、脊椎を持たない段階の生命から進化して、自我を持ち、自我を持つことそのものが自己と他者を認識することであり、それは独り神(ひとりがみ、日取り神)になるためにどうしても必要な進化過程でもある。 
 そして自分の内面とか内側(心の中と感じている事)と外側(外国と幽界)の事象の区別も、自我が無ければ認識しうるものではないと思う。
 そして、滝行も断食も、ムラダーラチャクラ、スワディスターナチャクラ、マニピューラチャクラ、腹から下のチャクラ(荷電粒子の回転を示す)の刺激が中心の“行”であるし、今後=アセンション後は、それだけではダメで、本当に、これからの人間が行わなければならない“行”は“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行うことであり、それは天意の受信、天意を=“上”からの荷電粒子、電磁波、神の思惑を自分の心(靈)と肉体(身魂)に、真に固く止める=真固止の人(日止、霊止)にならなければならないし、“日月神示”は“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行うことを説いているのだから、それを意識せよって事だと思う。

 次の文。

“神の国のお土踏み、神国の光いきして、神国から生れる食物(たべもの)頂きて、神国のおん仕事してゐる臣民には行は要らぬのざぞ。
此の事よく心得よ。”

 この文の冒頭“神の国のお土踏み”は、“神の国”は神性が発現した心(靈)、そして“お土踏み”は、肉体=土を下にする意。
だからそれは“一二三”のオーラに縦の磁束、(たてぼう、こん、縦の磁性))を足した表記が“王”であり、それは人(日止、霊止)の完成を示す表記であり、“王”から“一”=智性=1番目のオーラをはずすと、土って表記になる。
 そして今までの地球人の進化過程は、土=2~3番目のオーラの進化であり、土=2~3番目のオーラを“一”=智性=1番目のオーラに“行”で昇華させることが、目上(めうえ)の脳内で電磁誘導を起こし、脳内に高分子化したたんぱく質を増やす太陽凝視でもある。
(しかし、太陽凝視の初心者は、いきなりこの段階には入れない。 太陽凝視をやり始めた当初は、下のチャクラから刺激されるから=太陽の低い振動としか、感応共振しないから、腹の“行”=不食のような状態になるが、これは過渡期であるし、太陽凝視は智性(神性)の“行”であるからこそ、このこと(不食)事態にたいした意義は無いと思っている)
 そして“神国の光いきして”は、神性を発現した心(靈)(“国”((囗)くにがまえ)と“玉(ぎょく)”…“玉(ぎょく)”は自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きを示す))は、“光いきして”=光を吸収して、“神国から生れる食物(たべもの)頂き”=これは少し揶揄(やゆ)した表記で、この文の“食物(たべもの)”を、普通の食事と解釈するとこの文の意味は通らないし、要は、“神国”=智性(神性)が発現した心(靈)から発信される息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)、それは振動であり(普通の食事でも物質という低い振動ってことでもあるが)、その振動を食え=吸収せよって事だと思うし、それがまた、天意の受信という事と同義。
 そして“神国のおん仕事してゐる臣民には行は要らぬ”は、“行業一致”の業務の業でも、すべて生体内電流に変換されそれをまた発振、発信することであることを先ほど述べたが、それは低い“思惑の顕現”=現象化、低い事象の“創造”でしかない。
 またその低い思惑しか持っていない心(靈)の“思惑の顕現”=事象の“創造”は、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”が生み出し、増大させている恨みの連鎖の霊的干渉に満ち満ちた今の事象であり、そこに居る大半の人は、仏教でいうところの、三毒、貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の動きになっている。

(貪は、むさぼる。本能由来の行動。 瞋は、目をむいて感情をあらわにする。 そして智性(神性)を無視する意味で白痴の痴)

 だからこの文は、もういい加減その段階を卒業せよ、自分が行う“業行”(生業(なりわい)と“行”)は、どんな意味があるのか、その“業行”(生業(なりわい)と“行”)で得た“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)はどう扱うべきなのか、それを考えるべき、そのことを示唆しており、そうなれば“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”から(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者になりうるし、そのこと、奉仕者になることが霊的進化の一側面でもある。
 その意味で低い行、先ほどの文の“じゃと申して、仕事休むでないぞ。仕事は行である”という段階から、だんだん進化すれば“神国のおん仕事してゐる臣民には行は要らぬ”の、“仕事”における生体内電流の獲得という“行”は、必要ではなくなるってことを述べていると思うし、今の地球人は、自我の確立=固定化から自我の肥大という腹の“行”をしているから、物欲の奴隷、(通貨としての)金の奴隷、自分の低い心(靈)の動きの顕現(低い功名心と自尊心、縄張り意識、ディスプレイ(動物の発情行動)(自分を認めてもらいたい心(靈)の動き)が中心の心(靈)の動きになっている。
今述べた心(靈)の動きは、腹の水=“江戸と尾張”の“江”…自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロン、マニピューラチャクラの心(靈)の動き)しか、していないものだけれど、今後、(アセンション後に移行できるごく少数の)人は、“日止、霊止”になる過程を歩むのだから、“神国のおん仕事してゐる臣民には行は要らぬ”=智性(神性)を発現し、それを行使し、事象の顕現に活かし=“おん仕事してゐる臣民”は、“(低い段階の)行は要らぬ”ってことを述べているのだと思う。

 今回はこれくらいにしときまんねん。

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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

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目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

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日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

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太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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