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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”日月の巻 第六帖 Kellyさん的解釈


今回も、日月の巻 第六帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

アメツチノトキ、アメミナカヌシノミコト、アノアニナリマシキ、タカアマハラニ ミコトトナリタマヒキ。
今の経済は悪の経済と申してあろがな、もの殺すのぞ。 神の国の経済はもの生む経済ぞ。今の政治はもの毀(こわ)す政治ぞ、神の政治は与へる政治と申してあろが。
配給は配給、統制は統制ぞ。 一度は何もかも天地に引上げと申してあるが、次の四(よ)の種だけは地に埋めておかねばならんのざぞ。 それで神がくどう申してゐるのぞ。
種は落ちぶれてゐなさる方(かた)で守られてゐるぞ。
上下に引繰り返ると申してある事近づいて来たぞ。
種は百姓に与へてあるぞ。種蒔くのは百姓ぞ。
十月の二十二日、ひつ九かみ。

まず、カタカナ表記の冒頭の文。 

“アメツチノトキ、アメミナカヌシノミコト、アノアニナリマシキ、タカアマハラニ ミコトトナリタマヒキ。”

このことは以前も述べたけど、“日月神示”におけるカタカナ表記っていうのは“上”からの視点での言い回しであり、そして、ひらがなと漢字の表記は、こちら側、人から神に対しての視点だと思う。 だからそれは、神(“創造”の“主(ヌシ)”)と人って関係があり、それは大局的に見れば、“上”と“下”ってことになる。
さらにこのことを言い換えれば“上”=神の視点、神の観察、神の認識。 “下”=人、言い換えれば人(が進化して天意を受けることが出来る“日止、霊止”)の視点、観察と認識ってことになる。
このことを踏まえ、今回の日月の巻 第六帖から始まる古事記の文のようなカタカナ表記のそれは“上”の思惑を述べていると思うし、これにひらがなや漢字を当てはめると、(“下”である人に)意味が通じるものだと思うので、その手法で読み解いていく事とする。
まず“アメツチノトキ、アメミナカヌシノミコト”、これは、天地の時、天之御中主(あめのみなかぬし)の命(みこと)。
あるいはこの命(みこと)に関しては、地つ巻 第一帖の表記の“実言(みこと)”を当てはめるのが妥当だと思う。 “実言(みこと)”については地つ巻 第一帖を見てもらうこととして、まず、天地(アメツチ)は、“上”と“下”、“創造”の“主(ヌシ)”と被造物である人、あるいは“創造”の思惑と、顕現した事象。 また、“思惑の顕現”=現象化を、(心(靈)、霊=○、荷電粒子の場(フィールド)が=すべての生命が)観察行為により認識し始めた時といいうるし、重複する説明になるけれど“アメツチノトキ”の“ノ”(の)と“トキ”(時)は、観察をして認識をし始めた時、またこのこと自体が“創造”の始まりっていう意味を示すのだと思う。
それで、“アメノミナカヌシ”天之御中主(あめのみなかぬし)は、この“中”っていう表記が大事、それは場(フィールド)を示す、囗、に、|(たてぼう、こん、縦の磁性))が、“上”から“下”へ貫いている表記でもあり、それは天=“上”=“創造”の“主(ヌシ)”の思惑である事を示唆している。 そして“主(ヌシ)”っていう表記、これは以前作った画像で意味を示す事とする。
主(ヌシ)の解字
事象の“創造”、そして場(フィールド)の成り立ちは、この画像の縦の磁性と三つの水平磁場で構成されていると思うが、この解釈の詳細についてはとても長くなるので、別の機会に簡単に説明する事とする。
(また、S会=紫光会の経文、四空経録にも、このことを指し示す表記があるが、直接アタシに連絡をくれた方で、太陽凝視を真剣に行う姿勢のある人にしか述べないこととする。 by ○○○大先生)
また、“主(ヌシ)”という表記は、生命(生きる使命=存在理由)が霊的成長して独り神(ひとりがみ、日取り神)になり、この次元の宇宙とは違う事象を“創造”する心(靈)になるって言い換えてもいい。 
よって人は“主(ヌシ)”に成り得るし、その仕組みを育てて見守り、護る存在が“主護霊”=“主(ヌシ)”の仕組み(霊的成長と神格化)を護る“上”の霊という意味であるからこそ、ローム太霊は“主護霊”という表記を使え、こう書き記せ、と、述べた。 
…が、その言葉だけ利用して金儲けをした愚かな霊的成長度の人間(“役員づら”)は、“主護”って言う日本語がないから守護霊と書き換え、偽の情報を流布している。 また大半の人がこの事を知りえないのは、ありがたそうなことをただありがたるだけ、雰囲気を楽しんでいるだけの低すぎる人間ばかりの世界だからでもある。
話を戻し、次の“アノアニナリマシキ”は、“亜”の“あ”(愛(炁)の“あ”=ア(“亜”)から、イ(出る(いずる)、泉)、そしてそれは“創造”の“主(ヌシ)”の表記である“一”)に成り増しき と、ひらがなと漢字を当てることとする。 
それはまず、“ア”=“亜”“あ”から解釈を述べると、“一”って表記が“創造”の“主(ヌシ)”の“思惑の顕現”=現象化っていう意味があることを今までも述べてきた。 
また“一”は、“メグリ”(帀)や靈の雨の部分の上の表記でもあるし、第六帖の最後の“百姓”の“百”など、いろんな漢字に含まれているものでもある。
それで、“一”についてだが、これは、こちら側=人から視点での向かって日足(ひたり)から砌(みぎり)に筆を移行させて書くのが“一”でもあるし、先にも述べたけどそれは、“亜”が出ずる、泉、であり、アイ=愛(炁)でもある。 だからこれは“創造”の“主(ヌシ)”の“思惑の顕現”=現象化であり、“創造”そのものでもある。 またそれは“ナリマシキ”=成り(実現(実現は事象の“観察と認識”でもある)し、完成を目指すこと)増し(増える、弥栄(いやさか)と同義)気(電磁波、荷電粒子)で、それは、生命(生きる使命=存在理由)が発振、発信するオーラ=息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信))って事だと思う。
 次の“タカアマハラニ ミコトトナリタマヒキ。”は、高天原に、命(あるいは“実言(みこと)”)と、成りたまひき。
高天原は、“上”の場(フィールド)、よって“上”の場(フィールド)で、“上”の思惑が命(“実言(みこと)”)と成りたまひきってことは、実行せよ、顕現せよ、それを命とせよって事だと思う。
よってこの第六帖のカタカナ表記は、ひとことでいえば、事象の“創造”の始まりを指し示し、それは神(“創造”の“主(ヌシ)”)の思惑で、その顕現=現象化を、“上”も“下”も=神もあらゆる生命も、“観察と認識”をしている事と、“創造”の“主(ヌシ)”の“創造”の始まりと根拠=“どういうつもり”を述べている文であると確信する。

次の文。

“今の経済は悪の経済と申してあろがな、もの殺すのぞ。 神の国の経済はもの生む経済ぞ。今の政治はもの毀(こわ)す政治ぞ、神の政治は与へる政治と申してあろが。
配給は配給、統制は統制ぞ。 一度は何もかも天地に引上げと申してあるが、次の四(よ)の種だけは地に埋めておかねばならんのざぞ。 それで神がくどう申してゐるのぞ。
種は落ちぶれてゐなさる方(かた)で守られてゐるぞ。
上下に引繰り返ると申してある事近づいて来たぞ。
種は百姓に与へてあるぞ。種蒔くのは百姓ぞ。”

 この文の大半は、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の行いを指摘しているものであり、それが“今の経済は悪の経済”“もの殺す”“今の政治はもの毀(こわ)す政治”ってことでもある。 しかし今後=アセンション後に位置する(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者は、“神の国の経済はもの生む経済”“神の政治は与へる政治”をするものであり、それは霊的成長して自我から“上”の“慈悲”と“慈愛”の心(靈)を発現しなら、必ずそうなっていくものであり、だから自我の肥大した人が“創造”している“石屋の仕組み”由来の事は、必ず壊れるものである。
 そして“次の四(よ)の種”=“四”は発振、発信の意味がある。 またそれは、上つ巻の表記の“よごと”=“善言(よごと)”これは、原文では“よごと=四五十”ではないかって思ったが、今はそのことについて確信を持っており、その意味は、“善(神格化の方向性と智性の受信)”の発振、発信、は、糸巻きの象形文字である“五”になる。 
それは肉体の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)に伴い、神経が密になることを示す。 そして“十”は、胸の磁性“十”でシンクロトロン放射の構造でもある。
だから、その意味での“次の四(よ)の種”と解釈をするし、それは今が、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”が活躍するダメな世界だからこそ、次のように述べられている。 

“次の四(よ)の種だけは地に埋めておかねばならんのざぞ。それで神がくどう申してゐるのぞ。種は落ちぶれてゐなさる方(かた)で守られてゐる”

これは、本当に真実=真固止を求め、この世界の良いカタチを追い求め顕現しようとする霊的成長度の人(日止、霊止)は、今、着目されていないからこそ“種は落ちぶれてゐなさる方(かた)で守られてゐる”のであって、今の世界はダメな物、神格化って視点で価値のないものばかりが流行る(インチキスピリチュアルやパワースポットなど、甘い夢を見させるなにか)し、霊的成長を示す何かは形骸に成り果てているってことを何度も指摘しているが、ほとんどの人はアセンションの真実を知りえず、霊的成長の厳しさを思わず、大体、大半の人は自分たちの存在の意義すら考えた事がない。 そんな人間が多数だからこそ、“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ)が活躍し、甘い情報、偽の情報が氾濫し、それは本当の事を悟られたくない“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の思惑である。
しかしそれは時期が来ると“上下に引繰り返ると申してある事近づいて来たぞ”ってことに、必ずなるものであり、それが、ひそかに真実=真固止を追い求め、自分の心(靈)の動きの在り方を見出そうとする人生を送り、霊的成長を目指す“行”を行ってきた人は、必ず“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)が見出し、世に出そうとするし、それが次の(アセンション後の)創造の要になる人(日止、霊止)でもあるし、これもアセンションに伴う神の計画であると確信する。
その意味で次の文の“種は百姓に与へてあるぞ。種蒔くのは百姓ぞ”は、この“百姓”は、農業に従事する人ってことではなく、“百”は、“一”(アイ、“亜”が出ずる、泉、愛(炁)、“創造”の“主(ヌシ)”の表記)の下に丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)が書かれ、その下に太陽=日が書かれていることが重要。 
そして“百姓”の姓っていう字の偏(へん)の女は、砌(みぎり)の極性、事象の顕現を指し示し、旁(つくり)の生きるは、丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と“青人草”(あおひとくさ)の“青”の上半分で、乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)と同様の意味を持つ。
それで以前紹介した、“百千万(ももちよろず)”の画像、この中で“百”の意味を述べてあるし、それと“女”と“青人草”(あおひとくさ)の解字を以下に貼って、今回はこれくらいにしときまんねん。

百 千 万 の解字と解釈
女の解字、丿部(へつぶ)乚部(いんぶ)“一”=智性=1番目のオーラ
“青人草”(あおひとくさ)の解字

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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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智性無き心は
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

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神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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