“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”日月の巻 第八帖 Kellyさん的解釈

 今回も、日月の巻 第八帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

ツギ、ウマシアシカビヒコヂノカミ、ミコトトナリナリテ アレイデタマイキ。
瓜(うり)の蔓(つる)に茄子(なす)ならすでないぞ。茄子には茄子と申してあろがな。味噌も糞も一つにするでないぞ。皆がそれぞれに息する道あろがな。
野見よ森見よ。神の経済よく見よ。神の政治よく見て、まことの政治つかへて呉れよ。
すべてにまつろう事と申してあろがな。上に立つ番頭殿 目開いて下されよ。
間に合はん事出来ても神は知らんぞ。神急(せ)けるぞ。役員も気配れよ。
旧九月八日、ひつ九のか三。

 まず冒頭のカタカナ表記、これも、第六、七帖にならい、漢字とひらがなをあてて解釈する事とする。 そうすると以下のようになる。

“次、宇摩志阿斯詞備比古遲神(うましあしかびひこぢのかみ)、命(“実言(みこと)”)と成り成りて 出生給いき”

順序が逆になるが、この文の後半は“命(“実言(みこと)”)と成り成りて 出生給いき”と記されている。 これは“命”“実言(みこと)”、発振、発信された思惑が使命として“成り成りて 出生給いき”=完成を目指し発現した(出生給いき)であると思う。 
また、ここで述べられている文が“創造”そのものの意でもある。
それはなにを示すかというならば、第六帖で天之御中主(あめのみなかぬし)、第七帖で高御産巣日神(たかみむすび)、神産巣日神(かみむすび)之命のことが記されていた。
そのときに述べたが、天之御中主(あめのみなかぬし)の“中”は場(フィールド)を示す、囗、に、|(たてぼう、こん、縦の磁性))が、“上”から“下”へ貫いている表記であると解釈した。 
そして高御産巣日神(たかみむすび)神産巣日神(かみむすび)之命については以下のように解釈した。

“大極の荷電粒子の回転(“上”)(神)は、巣を創造(産)し、太陽(日)を介して“上”の思惑を送り、そして神産巣日神之命の後半三文字の神之命は、個々の生命(生きる使命=存在理由)を神(荷電粒子の回転)とすることを、命(“実言(みこと)”)としたと読み取れる。
そして“コノミハシラ スニナリマシテ スミキリタマイキ”=“この三柱 素(す)に成りまして 巣(す)見切りたまいき。”
まず、この文の“コノミハシラ”“この三柱”は、第六帖の天之御中主(あめのみなかぬし)と第七帖の高御産巣日神(たかみむすび)と神産巣日神(かみむすび)之命(の“実言(みこと)”)のこと。
そして“スニナリマシテ スミキリタマイキ”の“ス”には、素(す、もと、原材料の意)と巣(すみかの意、何々の巣、愛の巣など、場(フィールド)を示す意味とも解釈も出来る)を、あてることとした”(引用終わり)

だからこそ次のようにも解釈した。

“第七帖では、“創造”の“主(ヌシ)”に対しての被造物としての人(日止、霊止)が見る視点、見方が述べられているのだと思うし、それゆえ、第七帖では事象の始まりの原因、根拠、そして材料というこちら側としての認識を示す事が述べられているのであると思える”(引用終わり)

それは、すべての生命が観察しうる事象の成り立ち、あるいは天地初発、違う宗教の言葉なら天地創造っていってもいいけど、これらはすべて、縦の磁束(天之御柱(あめのみはしら)“上”と“下”を貫く磁性)そして水平磁場によって構成され、水平磁場があるがゆえに、日足と砌(ひたりとみぎり)の極性が発現するものである。
また、大極の“上”“下”(天之御柱(あめのみはしら)“上”と“下”を貫く磁性)に対しての日足(ひたり)=左、砌(みぎり)=右、その両端には、“亜”の低振動化した何か(たとえば物質とか)が、出来上がるものでもある。 
また、その、日足と砌(ひたりとみぎり)両端の低振動化した部分は、中心とは違う電気特性を持ちうるものでもある。 そして人が観察しうる日足(ひたり)と砌(みぎり)は、ほんの少し例を挙げれば、(平面を観察するときの)左右でもあり、あるいはすべての事象の陰陽でもあり、生物においては、進化した生物ほど左右相称動物であり、また性別の違いが発現し、それはオスメス、人(日止、霊止)においては男と女の違いにもなる。
ちなみに、とても重要な概念なので補足として簡単に述べるが、事象の成り立ちというのは、生命が、心(靈)が、荷電粒子の回転で構成されているからこそ、感じ(感じる磁性)、感じる対象は、自分以外(一個体の心(靈)、それは一個体の霊=○、荷電粒子の場(フィールド)以外という意味)の電磁波の影響を受けるからこそ、“観察と認識”である。
それは、観察=電磁波の受信と、認識=受け取った電磁波の増幅(“畐”の意、そして“畐”は吹く=発振、発信になり、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)になり、他の存在に影響を与える)(また“畐”は、心(靈)の中の=認識内の思想と言い換えてもいい)が成立するし、“観察と認識”が無ければ事象は成り立たないし、“観察と認識”というすべての生命における心(靈)の行為が無いとするならば、すべての事象は実在ではないとも言いうる。
また前後するが、縦の磁束と横の磁束で、縦の磁束をローレンツ力で回転する荷電粒子は、シンクロトロンの構造になるし、水平磁場の中に電荷を持つ何かが存在すれば、回転する磁界が発現する。 
これらの詳細については、違う項目で私見を述べることとして、話を戻し、その大極を中心としたシンクロトロン放射が、普遍的に実在する創造主のオーラ(宇宙背景放射)であるという認識を(○○○大先生は)持っている。 
そしてこのことは、第六帖の“アノアニナリマシキ”=“亜”の“あ”(愛(炁)の“あ”=ア(“亜”)から、イ(出る(いずる)、泉)、そしてそれは“創造”の“主(ヌシ)”の表記である“一”)に成り増しき、であり、これが“亜”が出ずる、泉、アイ、愛(炁)そのものであると思う。
そして、大極(天之御柱(あめのみはしら)“上”と“下”を貫く磁性)と水平磁場によるシンクロトロン放射、これは(生物として完成されつつある人(日止、霊止)という意味での)人間の肉体と相似象であるし、すべての事象が共通の法則性(“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性))を持っているからでもある。
そしてこのことは、宇宙が巨大人の構造を持つというエマヌエルスウェーデンボルグと○○○大先生自身共通の認識でもある(だが、エマヌエルスウェーデンボルグは、大極や磁極性などについての分析を述べていない)。 
また、地球と地球人がいる位相は、現時点、巨大人の腹の中であり、それが“上”に向かうのがアセンションであると前のブログで説明した。
だからこそ人は“身魂掃除”“身魂洗濯”“改心”(自己観察)をして、自我中心、腹の水=“江戸と尾張”の“江”…自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロンから、胸の心(靈)の動きである“慈悲”と“慈愛”の心(靈)を発現し、さらに、天意を受信できる“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化した肉体を持とうとする人間(“上”からの荷電粒子を止める意味での“日止、霊止”)でなければ、巨大人の腹から、(大日如来で示されている)条帛(じょうはく)(フォトンベルト)を介して、“上”に向かう資格は無いってことでもある。
さらに話を戻し、縦の磁束と横の磁束、それぞれのローレンツ力、そして電荷を持った何かの圧電、誘電、電磁誘導で、すべての事象は構成され、(“上”の思惑、天意の受信、普遍的に実在する創造主のオーラ(宇宙背景放射)との相互干渉により)創造されている。
そしてそれは、すべての生命、唯一神である“創造”の“主(ヌシ)”であろうが、地球上にいる一番下等な生物、古細菌であろうが(このことは“改”で少しだけ述べている)、すべてに共通の法則性を有しているし、そして神の子である人(日止、霊止)は、縦の磁束と横の磁束が進化して出来た肉体と心(靈)を有している=顕現している。
それで今回の“宇摩志阿斯詞備比古遲神”という言葉には、その意味を感じるので以下に一字一字解釈を述べる事とする。
まず宇摩志阿斯詞備比古遲神の“宇”は、宀(うかんむり、頭の意味)と“千”、宀(うかんむり、頭の意味)は天意、“創造”の“主(ヌシ)”の意思、“創造”の思惑。 そして“千”は、丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)とシンクロトロン放射の構造を示す“十”。
“摩”は广(まだれ)(頭蓋骨の意、あるいは灰分(かいぶん)の結晶化した部分)と林=胸の磁性“十”左右と丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)、そして手。 これは進化した生命(手が発現し始めた段階以上の生命っていう意味がもつ、肉体のシンクロトロンの構造。 また天之御柱(あめのみはしら)“上”と“下”を貫く磁性に対しての、日足(ひたり)と砌(みぎり)の極性を指し示す事であると思う。
“志”は、“一二三”のオーラの“一”と“二”の上に突き出ている|(たてぼう、こん、縦の磁性))と、心(靈)。 それでこの|(たてぼう、こん、縦の磁性))は、“上”から“下”に書く=天意が下降したものでもあるし、“亜”の低振動化を指し示すものでもある。 もう一度述べれば、この場合の“一”は、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑そのもので、天意そのもの=“亜”そのものであるが、それが泉のように出なければ、“アイ”愛(炁)ではないし、それは“上”から“下”に降りなければ、事象の“創造”にはなりえないってことでもある。
“阿”は、この字の意味そのものが、曲がって入り組んだ所、曲がり角、隈、おもねること、こういう意味があるが、それは“亜”が“上”から“下”に下降し、変容している状態を指し示すものであると思う。
“斯”は、この字の意味として、これ、この、ここ、ここに、すなわち、かく、かように、このように、の意味がある。 これは天意が下降して=愛(炁)による“創造”で、創造されうる場(フィールド)の位相を特定する表記であると思う。
“詞”は、詞(ことば)、“創造”の“主(ヌシ)”の心(靈)の動き=“亜”の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)を指し示す表記。
次の“備”“比”は、これ(比)備わるの意。
“古”は、場(フィールド)の意味を示す表記と、振動の受信の意味を持つ“口”。 これにシンクロトロンの仕組みである“十”をくわえた表記。
“遲”は遅の旧字、おくれる、おくらす、おそいってい意味があり、当然のことながらこれは時間の進行っていう意味での後、後発ってことの意味で、天之御中主(あめのみなかぬし)、高御産巣日神(たかみむすび)と神産巣日神(かみむすび)之命(の“実言(みこと)”)よりも、後発であるという意味。
そして“神”はいうまでも無く荷電粒子の回転を示す表記。
また、“比古遲”の“ヒコ”は、日足(ひたり)(ヒメに対してのヒコ(彦)で、男の極性)を表している。 これは“創造”は日足(ひたり)の極性で成されるのが正しい(“上”(“創造”の“主(ヌシ)”)と“下”(人)の思惑を取り込んだ事象)ことを示している。
よって第六、七、八帖は、“創造”そのものの仕組みを述べていると思える。
 
それで次は、第八帖の残りの文。

“瓜(うり)の蔓(つる)に茄子(なす)ならすでないぞ。茄子には茄子と申してあろがな。味噌も糞も一つにするでないぞ。皆がそれぞれに息する道あろがな。
野見よ森見よ。神の経済よく見よ。神の政治よく見て、まことの政治つかへて呉れよ。
すべてにまつろう事と申してあろがな。上に立つ番頭殿 目開いて下されよ。
間に合はん事出来ても神は知らんぞ。神急(せ)けるぞ。役員も気配れよ。”

 これはここまで“日月神示”Kellyさん的解釈を読んだ人には、あえて解釈はいらんと思うけれど、簡単に述べれば、“創造”の法則性は“善(神格化の方向性と智性の受信)”であり、今、間違った“創造”に加担している“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”に対し“瓜(うり)の蔓(つる)に茄子(なす)ならすでない”“味噌も糞も一つにするでない”と指摘され、自己奉仕者の“創造”、“思惑の顕現”=現象化は、天意を受けて自分の認識(悟り、幸取=さとり)にしていないからこそ“すべてにまつろう事と申してあろがな”“神の経済よく見よ。神の政治よく見て、まことの政治つかへて呉れ”と言われ、この分の“まつろう”“政治の政、“政(まつりごと)””は、“上”との感応共振で、“上”の思惑を自分に取り込み、その上で“創造”をしろって事でもある。
 そして今述べたことが“日月神示”表記の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)でもある。
 また“野見よ森見よ”は、“野”は何回も画像で解釈を述べたから省略。 “森”は、“十”と丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)が上にひとつ、その下に二つ、これは天意による“創造”と、天意を受けた生物である人が発現する左右の極性(“富士(二二)”=肉体の二つの磁性、日足(ひたり)と砌(みぎり)、ヨガで言えばイダとピンガラ、太陽の気道と月の気道)を指し示すものであるし、この文そのものが、天意(智性(神性))と人(日止、霊止)の心(靈)の発現、人の思惑の違いを述べているものであると解釈する。
 そして今、ほとんどの地球人が、神の計画としてのアセンションを知らず、アセンションの情報に本当のことを見出していないからこそ“上に立つ番頭殿 目開いて下されよ。 間に合はん事出来ても神は知らんぞ。 神急(せ)けるぞ。 役員も気配れよ。”と言われている。

 今回はこれくらいにしときまんねん。

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
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自分達の欲望を満たしたい… 
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こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
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その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
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の思惑だと 思えます)

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