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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”日月の巻 第十六帖 Kellyさん的解釈


 今回も、日月の巻 第十六帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

慌てて動くでないぞ。時節が何もかも返報(へんぽう)返しするぞ。時の神様 有難いと申してあろがな。
神は臣民から何求めてゐるか。何時も与へるばかりでないか。神の政治、神国の政治は与へる政治とくどう申してあろがな。今の遣り方では愈々苦しくなるばかりぞ。早よう気付かぬと気の毒出来て来るぞ。金いらぬと申してあろが。
やり方教へてやりたいなれど、それでは臣民に手柄無いから此の神示よく読みてくれといふてあるのぞ。よき事も現れると帳消しとなる事知らしてあろが、人に知れぬ様によき事はするのざぞ。この事よく深く考へて行へよ。
昔からのメグリであるから、ちょっとやそっとのメグリでないから、何処へ逃げてもどうしてもするだけの事せなならんのざぞ。
どこにゐても救ふ臣民は救うてやるぞ。真中動くでないぞ、知らぬ顔しておる事も起るぞ。
十一月三日、一二 ローレンツ力と ○

 この第十六帖の文も、今までの“日月神示”にたびたび述べられていたアセンションに伴うこの世界の変容を指摘している。 そしてその変容は、自己奉仕者が創造した腐った世界に対し、大半の人がそのことに気がついていないからこそ変容は起きることを述べている。 また、そのときに、自分たちはどう在るべきなのかを説いている。
 まず、冒頭の文。

“慌てて動くでないぞ。時節が何もかも返報(へんぽう)返しするぞ。時の神様 有難いと申してあろがな。”

 この文は、自分たちがやってきた事(行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)の結果は、必ず現象化=“何もかも返報(へんぽう)返しする”することを述べている。
(このことは、因果応報、ブーメランの法則、“曲霊(まがつひ)”と同義でもある) 
例えば、人が何かをする(行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現))それは“善(神格化の方向性と智性の受信)”の行いは良い結果になり、“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の行いは、“神の咎め”(自省させて進化(霊的成長)の方向性を示す)を受けるという、どの宗教でも解いている実に明快な事でしかないが、内在する悪を容認している智性無き心(靈)の進化過程は、最近のニュースなど見ていても、(自己奉仕者の行いは)どんどん暴かれており、自己奉仕者の進化過程の人は自省(胸の磁性“十”)させられるし、それは“日月神示”表記の“道理”の意味である“道”(時間の進行)と“理(ミチ)”(法則性)である。 
また、アセンションそのものが“道”(時間の進行)に沿っておきる事であり、さらにアセンションに伴うその変容は、人の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“理(ミチ)”(法則性)であることを“時節が何もかも返報(へんぽう)返しする”という言い回しで示唆している。 それは幾度と無く述べてきていることではあるが、平均的地球人の進化過程は自我中心(“江戸と尾張”)、そしてこれから=アセンション後の進化は、“慈悲”と“慈愛”と智性(神性)(日を知る性質)(“一”、1番目のオーラ)の進化をしていくものである。 
そしてこの文の“時節”“時の神様”は、アセンションに時期(時間の進行と宇宙の進行は神のプログラムであり、それを人(日止、霊止)の心(靈)が認識したなら、時期になり、それは電磁波の吸収であるからこそ、磁気でもある)があり、またそれは“創造”の“主(ヌシ)”の計画である事を示唆している。 
そして今後=アセンション後は、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”は存在し得ない地球になる。 だから分けるし、分けられねば“うれしうれし”“大歓喜”の事象にはならない。 
そして、自分の心(靈)の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の程度によって、“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)により、行き先が違うのがアセンションでもあるが、アセンションって言葉は形骸に成り果てているし、形骸に成り果てている理由は、自己奉仕者が“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ)に成り果てて、ダメな情報をダメな人に流布しているからでもあるし、ダメな人が多すぎるのが現時点での地球でもあるし、そして、ダメな人と“役員づら”は、程度の低い進化過程なのだから、アセンション後の地球に移行できる訳が無いが、ほとんどの人がこのことに気がついていないことを(このことも幾度となく述べたことではあるが)あえて指摘しておく。

そして次の文は、自己奉仕者の程度の低い認識について指摘している。

“神は臣民から何求めてゐるか。何時も与へるばかりでないか。神の政治、神国の政治は与へる政治とくどう申してあろがな。今の遣り方では愈々苦しくなるばかりぞ。早よう気付かぬと気の毒出来て来るぞ。金いらぬと申してあろが。”

 “われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”は、自分たちの“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を、自分の低い欲望の達成のために使い、だからその心(靈)の動きは(自我の肥大ゆえの)低い功名心と低い自尊心にもなり、その心(靈)の動きで巧みに“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を使い(“力”を利用して、欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとかをするし、そして、そのことに対して罪悪感を持たない=内在する“悪(心の動きの本能化と低振動化)”を容認する心の動き)、たくさん儲けて、(通貨としての)金を得る事が幸福だと思い込んでいる(霊的成長度が低くて、自分に対する“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”を発現していない)ダメな人間が大多数なのが、今の地球でもある。
そしてそのことは、“上”の思惑を受信した心(靈)=“神国”の政治の政、“政(まつりごと)”では無いのだという分かりやすい事も、この文で述べられている。
 また、このことも何度も述べてはいるが、今後=アセンション後は(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者の世界になるし、それが進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の道筋だからこそ、それをあえて指摘している言い回しが“神は臣民から何求めてゐるか。何時も与へるばかりでないか。神の政治、神国の政治は与へる政治とくどう申してあろがな。”であり、“上”はこういう心(靈)の人間を評価するという当たり前のことをこの文から感じ取れない人は、(間違いなく)アセンション落第組。
 そして自己奉仕者の行いは、“今の(平均的地球人の心(靈)の動きとして)遣り方では愈々苦しくなるばかりぞ”であり、自己奉仕者の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)=“気”では、ダメになるからこそ“早よう気付かぬと(自らの心(靈)が招く“返報(へんぽう)返し”として)気の毒”が“出来て来るぞ”であり、それは自己奉仕者が(通貨としての)金に執着して大事な事を形骸にしてきたからこそ“金いらぬと申してあろが”でもある。

 次の文。

“やり方教へてやりたいなれど、それでは臣民に手柄無いから此の神示よく読みてくれといふてあるのぞ。
よき事も現れると帳消しとなる事知らしてあろが、人に知れぬ様によき事はするのざぞ。この事よく深く考へて行へよ。”

 当然のことながら、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)は、学校のように誰かに教えられる事ではなく、自分が生きている間に様々な事に遭遇し、それは喜びであろうが死ぬほど苦しい事であろうが、それぞれの事象について自分が考え、そして行動し、失敗もして教訓を得て(右往左往と左往右往)認識を獲得し、その認識が自分の在り方を見出し、そして自分の“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)をどう扱うべきか考えるものでもある。 
それが出来ていない程度の低い心(靈)は、目先の利益しか分からないとか物欲と(通貨としての)金由来の幸福感しか持ち得ないとか、毎日楽しく暮らしたいとか薄っぺらい癒しを求めるとか、…今までいろんなことを指摘してきたが、そんな考えを持っている人間も間違いなくアセンション落第組である。
今述べた、人生においての苦難を試練として認識を高めていく事、それと、“日月神示”では太陽凝視って言葉を使っていないようだが、それを示す表記はたくさんあり、だからこそ“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行うことという解釈をしているが、このことに気付けということと、そしてそこには自分の心(靈)の在り方を示す“身魂掃除”“身魂洗濯”“改心”があり、“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行うことの意義は“一二三”のオーラのオーラの拡大であり、“一”=智性=1番目のオーラが大きくなれば天意を受信して“天詞様”と“上”が評価する“日止、霊止”になりうる。
これらの事を“やり方教へてやりたいなれど、それでは臣民に手柄無いから此の神示よく読みてくれといふてある”という言葉に感じ取れるものである。
そしてこの文の後半の“よき事も現れると帳消しとなる事知らしてあろが、人に知れぬ様によき事はするのざぞ。この事よく深く考へて行へよ。”は、第十六帖の冒頭の“時節が何もかも返報(へんぽう)返しする”にかかる言い方であり、今の時点での自分が、内在する“悪(心の動きの本能化と低振動化)”を容認して自己奉仕者に成り下がっていても、必ずそれは暴かれ、“神の咎め”(自省させて進化(霊的成長)の方向性を示す)を受けて、自分の内面とか内側(心の中と感じている事)では、自省(胸の磁性“十”)ってことをするし、それが腹から胸への進化でもあるし、そうなった人は“人に知れぬ様によき事はするのざ”ってことを考えるものであるし、そういう心(靈)の動きと行動をとるようになるならば=自我の肥大した自己奉仕者が失敗して“神の咎め”(自省させて進化(霊的成長)の方向性を示す)を受けて自省(胸の磁性“十”)して(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者になれば、“よき事も現れると帳消しとなる”って事だと思う。

そして次の文も“返報(へんぽう)返し”を強調して述べている。

“昔からのメグリであるから、ちょっとやそっとのメグリでないから、何処へ逃げてもどうしてもするだけの事せなならんのざぞ。
どこにゐても救ふ臣民は救うてやるぞ。真中動くでないぞ、知らぬ顔しておる事も起るぞ。”

 ことにこの文では、自己奉仕者の“メグリ”=“返報(へんぽう)返し”=恨みの連鎖の霊的干渉の結果(現象化)=“何処へ逃げてもどうしてもするだけの事せなならん”について、深く思わされるし、自己奉仕者から(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者に進化(霊的成長、神格化に向かうこと)した、あるいは、その方向性を見出した人(日止、霊止)に対しては“どこにゐても救ふ臣民は救うてやる”って述べられ、自分が自分の心(靈)の動きを自己観察(“観自在”“直日”自省(胸の磁性“十”)の“行”)して、内在する“悪(心の動きの本能化と低振動化)”を見出して、それを自分に許さない心=“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”をもつ。 それは重複するが、自分の心(靈)の動きを見定める基準であり、それは天意の受信につながり=“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)になり、自分の心の中の基準になるという意味で“真中動くでないぞ”=基準を見失うな!と言われており、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)は自己奉仕者の行いが“返報(へんぽう)返し”により、“神の咎め”(自省させて進化(霊的成長)の方向性を示す)を受けても、それはその人の成長に必須の事であるからこそ“知らぬ顔しておる事も起る”と言われ、そのときに自己奉仕者の心(靈)の人は「神も仏もあるものか」と、自分を擁護する勝手な都合のよい言い方をするだろうけど、神や仏は(“返報(へんぽう)返し”による)災厄、苦難(試練)を自己奉仕者に体験させ、それがその進化(霊的成長、神格化に向かうこと)程度において必要だからこそ=“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)は“知らぬ顔しておる事も起る”って事も体験させなければならないのだということを言っている。

今回はこれくらいにしときまんねん。

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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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