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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”日月の巻 第十九帖 Kellyさん的解釈

 
 今回も、日月の巻 第十九帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

今のやり方、考へ方が間違ってゐるからぞ。洗濯せよ掃除せよと申すのはこれまでのやり方考へ方をスクリと改める事ぞ。一度マカリタと思へ。
掃除して何もかも綺麗にすれば神の光スクリと光り輝くぞ。ゴモク捨てよと申してあろがな。人の心ほど怖いものないのざぞ。
奥山に紅葉(もみじ)あるうちにと申すこと忘れるなよ。北に気付けよ。
神の詞(よ)の仕組よく腹に入れておいて下されよ。 今度のさらつの世の元となるのざぞ。
十一月七日、ひつ九のか三。

 この第十九帖の文も、今までたびたび“日月神示”の文章に出てきているように“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”や、“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ)の心(靈)の動き=自我の肥大に対しての、重要な指摘である。
大半の地球人の進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)は、自我の確立=固定化であり、そこにちょっと自分の在り方に対する認識の誤りがあれば、自我の肥大=“石屋の仕組み”になる。 
そしてその心(靈)の動きが産み出しているのが恨みの連鎖の霊的干渉で、最近のニュースを見ても動機の理解できない犯罪は多いが、これは恨みの連鎖の霊的干渉の憑依現象であることを前のブログでもこのブログでも指摘した。 そしてこのことは、今の地球人の大半が自分の自我の肥大に気付かず、恨みの連鎖の霊的干渉の増大にも気付かないから、これからもひどくなるに決まっているし、これもすべて、自分たちがやってきた事の結果、因果応報、ブーメランの法則、“曲霊(まがつひ)”でもある。
 仮にそれらが直接自分に降りかかっていなくても、それらを見て自分に何を見出すのかが重要であり、また、自分の心の動きの中に、自分中心の考えがあり、それがひとつ間違えば自我の肥大になることを知り、自我の肥大が恨みの連鎖の霊的干渉の原因である事を知る。 それが“身魂掃除”“身魂洗濯”“改心”の意義であり、それはまた自省(胸の磁性“十”)の“行”でもある。 
だが、進化程度の低い人=“一”=智性=1番目のオーラの小さい人は、それが分からない=自省できない。 それただ、保身しか考えないとか、今が楽しければよいとの薄っぺらい幸福の概念を持つとか、因縁を試練と考えないとか、苦難を避ける事を癒しと勝手に解釈するとか、こういう人が大半でもある。
そして今、恨みの連鎖の霊的干渉による子供の浮遊霊の憑依は多く、ほとんどの人の心(靈)の中に幼稚な思いがあり、それは仏教の概念の三毒、貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)でもある。 前にも説明したが、三毒の意味を以下に述べることとする。
貪は、むさぼる。本能由来の行動。 
瞋は、目をむいて感情をあらわにする。
痴は、白痴の意味。認識が足らないとか智慧(日を知る事=智性の恵み=慧)が足らないの意味。 
だから大半の人は(通貨としての)金があれば幸せ、物があれば幸せ、快楽を追求すれば幸せ、苦難を避ければ幸せなどの心(靈)の動きがあり、今成功している商売はこういう甘い(亜、魔、出ずる、泉)心(靈)の動きをついたものが多い。 そしてこれはスピリチュアルやアセンションや宗教の概念などを説いた出版物にさえ見られることでもあるし、今の大半の出版物はこんなものでしかない。 実に情けないことでもあるが、本当の事、自分の在り方、これらを真摯に考える人っていうのはごく少数でしかない。
だからこそ、この第十九帖の冒頭の文のように“今のやり方、考へ方が間違ってゐるからぞ。洗濯せよ掃除せよと申すのはこれまでのやり方考へ方をスクリと改める事ぞ。一度マカリタと思へ。”と述べられており、“身魂掃除”“身魂洗濯”ができれば=自分の心(靈)の動きの“上”と“下”=“善(神格化の方向性と智性の受信)”と“悪(心の動きの本能化と低振動化)”を見出せば、自分の在り方を見出せるし、自分の在り方を見出したなら、その心(靈)の動きによる霊的干渉があって当然であるし、如何にこの星が恨みの連鎖の霊的干渉で悪霊でいっぱいであったとしても、自己観察(“観自在”“直日”自省(胸の磁性“十”)の“行”)により自分の在り方を見出した人なら、その心(靈)には悪霊の影響を排除する基準(天の御目(あめのおめ))がしっかり確立されるものであり、それは自分以外には“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の動きにもなり、自分に対しては“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ”にもなり、またそれは第四密度でもあり、アナハタチャクラでもあり、胸の磁性“十”(シンクロトロン)でもあり、それが本当の意味での魔よけであると思う。 

そしてこれが今後=アセンション後に移行するべき最低限での資格であると思う。

 この心(靈)の動きのない人、特に先に述べた“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ)の人たち、神や高い心霊、主護霊の概念を利用して商売したりアセンションの情報を利用して甘い(亜、魔、出ずる、泉)言葉で人をひきつけたり、薄っぺらい感謝や癒し、幸福などという言葉を、キャッチコピーのように使い、セミナーや自分の商売に利用したり、それらを吹聴する本を出版したりする人間は、神や心霊やアセンションなどの神聖さを知らず=その認識(悟り、幸取=さとり)も無く、感謝や癒し幸福をキャッチコピーにして本を出版して印税を儲けている人間と、それに同調する人間は、本当の苦難を知らないと思うし=まだその本当の苦難を与えられる霊的成長度ではなく、だから苦難を試練と思わず=霊的成長のチャンスと感じず、目先の苦難に遭遇しても(薄っぺらい保身の考え=自我の肥大で)逃げるし、苦難から教訓を得る姿勢も無く、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)から教訓を与えられている事に気づかず、それに恩も感じない。
それはただただ低いとしか言いようが無いし、だからこそ貴い神や心霊の事やアセンションのことを利用して、自分の欲望の達成のために欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとかをして、それを恥じない。 とても不遜な行為でもある。

 余談になったが、内在する悪を見出した人なら、そういう人の心(靈)の動きには“上”からの通信があり、だからこそ次の文のようにいわれていると思う。
“掃除して何もかも綺麗にすれば神の光スクリと光り輝くぞ。ゴモク捨てよと申してあろがな。人の心ほど怖いものないのざぞ。”
 それでこの文に続く“奥山に紅葉(もみじ)あるうちにと申すこと忘れるなよ。”の“奥山に紅葉(もみじ)”って言い回しは、天つ巻 第八帖にもでてきているので、そのKellyさん的解釈から以下にコピペ。 ↓

“てんし様 御遷(うつ)り願ふ時近づいて来たぞよ。
奥山に紅葉(もみじ)ある内にと思へども、いつまで紅葉ないぞ。”
 この文の、“てんし様 御遷(うつ)り願ふ時近づいて来た”って言うのんは、さっきも言うたとおり、“上”との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)をして、“上”の思惑をこの世界に顕現していく人が指導者にならねば、この世界は良くなっていかん。
当たり前でんねん。
この世界は“石屋の仕組み”で腐ってる。“石屋の仕組み”(帯電するミネラルが固まっていない=真固止ではない=腹の水(“江戸と尾張”の“江”)は、自我の肥大になり、自我の肥大は、恨みの連鎖の霊的干渉を生み出している。
何回も言うてきたことでんねん。
そやからそんなこと自体を“上”はいつまでも許しておかんからこそ“奥山に紅葉(もみじ)ある内にと思へども、いつまで紅葉ないぞ”って言われてて、この文の“奥山”は、山=脳って解釈から言えば、奥の脳=大脳旧皮質と古皮質で、目下(めした)(動物の心(靈)の段階)の心(靈)の動きで、だからこそそれは、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心(靈)の動きを指し示していて、さらに“紅葉(もみじ)ある内にと思へども、いつまで紅葉ない”って言い回しは、いつまでも自我が肥大した自己奉仕者たちが、良い目を見るってことは“上”から許されないことを、揶揄(やゆ)した言い方でもあると思える。(引用終わり)

そして“北に気付けよ。”は、地球における北ではなく、宇宙の大極=N極、で“創造”の“主(ヌシ)”の“思惑の顕現”=現象化、言い換えれば生命(生きる使命=存在理由)の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)でもあるし、またそれは“日月神示”表記の“道理”で、“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)でもある。
それで次の文は、今後=アセンション後の人はこう在るべきであると述べられている。
“神の詞(よ)の仕組よく腹に入れておいて下されよ。”
 この文の“神の詞(よ)”は、“創造”の“主(ヌシ)”の発振、発信=息吹、その意味で“四”を充ててもいいし、“日月神示”表記の“詞(ことば)”でもいいと思うし、先に述べた自分の心の基準を獲得した人は“天詞様”になりうる資質を持ったということでもある。 その“神の詞(よ)”で、自我(マニピューラチャクラ、腹の心(靈))を制御せよっていう意味で“神の詞(よ)の仕組よく腹に入れておいて下され”であると思う。
 そして次の“今度のさらつの世の元となるのざぞ。”の、“さらつ”は、まっさらの“さら”で、それは新しいこと、まだ使用されていないとか触れられていないとかの様子を指し、“つ”は、“津”で、人が寄り集まる場所、港など船が停泊する場所の意味を示しているし、だから“さらつの世”は、今までの平均的地球人=自我の確立=固定化の段階とは違う霊的成長度の人が寄り集まる場(フィールド)でもあり、その“世の元”になりうるのは、先に述べた自省(胸の磁性“十”)の“行”をして天の御目(あめのおめ)を自分の心の基準とする、あるいはしようとしている人であり、それができない人はアセンション落第組であることを指摘して、今回はこれくらいにしときまんねん。
 

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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
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