FC2ブログ

“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”日月の巻 第二十四帖 Kellyさん的解釈


今回も、日月の巻 第二十四帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

ココニ、イザナギノミコト、イザナミノミコトハ、ヌホコ、ヌホト、クミクミテ、クニウミセナトノリタマヒキ、イザナギノミコト イザナミノミコト、イキアハシタマヒテ、アウ、あうトノラセタマヒテ、クニ、ウミタマヒキ。
コトの初め気付けて呉れよ。夜明けたら生命(いのち)神に頂いたと申してあろがな。
太陽(ひ)あるうちはことごとに太陽の御用せよ。 月あるうちはことごとに月の神の御用せよ。 それがまことの臣民ぞ。 
生活心配するでないぞ。 ことわけて申せば今の臣民すぐは出来ぬであろが。 初めは六分国のため、四分自分の為、次は七分国のため、三分自分の為、次は八分国の為、二分自分のため、と云ふ様にして呉れよ。
これはまだ自分あるのざぞ。自分なくならねばならぬのざぞ。神人一つになるのざぞ。
十一月二十日、ひつ九 。

例によって冒頭のほとんどカタカナで書かれている表記は、漢字とひらがなを充てることとする。 そうすると以下のようになると思う。

茲に、伊邪那岐(いざなぎ)之命(“実言(みこと)”)、伊邪那美(いざなみ)之命(“実言(みこと)”)は、沼矛(日本書紀では瓊矛、玉(結晶化した“玉(ぎょく)”=高分子化した何か)で飾った矛)、沼(瓊)蕃登(ほと)、酌み汲みて、国生みせなと宣り(のり)賜息、伊邪那岐(いざなぎ)之命(“実言(みこと)”)伊邪那美(いざなみ)之命(“実言(みこと)”)、息合はし賜ひて、アウ(“上”から目線だからカタカナ表記)会う(“下”=被造物である人間の目線から見たのでひらがな表記、漢字を充てることとする)と宣らせ賜ひて、国、生み賜ひき。

 この文を要約すれば、“茲に”は、肉体の進化、神経の発達を示唆し(“上”から注がれる荷電粒子により“幺”(いとがしら)=神経の発達が、艸部(そうぶ)艹、クサカンムリで、芽生えて発達して進化している事を示している)、そして、日足(ひたり)の極性(思惑)=伊邪那岐(いざなぎ)と、砌(みぎり)の極性(事象への顕現)=伊邪那美(いざなみ)、その両極性は、使命を持ち=命(“実言(みこと)”)、それはこの文の“国生みせなと宣り(のり)賜息”と“宣らせ賜ひて”に表れており、何度も述べてきたとおり“国”は、縄張り意識(進化程度の低い心、自我の確立=固定化の進化の段階の地球人の認識)においての領土ってことではなく、(囗)くにがまえ)と“玉(ぎょく)”…“玉(ぎょく)”は自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きを示すのであるから、それは心(靈)そのものと、心(靈)の進化を示す表記であり、進化は、生命の存在理由は霊的成長、神格化に向かうことで、進化の仕組みは“ヌホコ、ヌホト、クミクミテ”=“沼矛(日本書紀では瓊矛、玉(結晶化した“玉(ぎょく)”=高分子化した何か)で飾った矛)、沼(瓊)蕃登(ほと)、酌み汲みて”に示されており、この文の“酌み”は、器に注ぎ込むの意味を持つからあえて充てた=“ヌホコ”の意味を持ち、“汲み”は、すくい上げる、受け継ぐ、の意味を持つから=“ヌホト”の意味を持ち、また第二十四帖は、第二十三帖の続きであるから、二十三帖で述べられている“その上に水ならばまだはいる”と“神ならばその上にまだ幾らでもはいる”っていう要素を持ちうるものであることを指摘して、そして、原文のカタカナ表記の“アウ”とひらがな表記の“あう”は、“日月神示”のカタカナ表記は“上”から視点の言い回しだから、日足(ひたり)回りで“アウ”(会う)であり、ひらがな表記の“あう”(会う)は、(“創造”の“主(ヌシ)”の)被造物である人から目線の表記であり、砌(みぎり)回りであり、それが進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道理”(“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性))であり、その“アウ”“あう”は、古事記の表記においての表記、伊邪那岐(いざなぎ)と伊耶那美(いざなみ)が天之御柱(あめのみはしら)(“上”と“下”を貫く磁性)を回ってめぐり会ったことを示唆しており、今の世界は伊邪那美(いざなみ)が先に声をかけた=砌(みぎり)の極性が先行しているから失敗の世界であり、それはこの文の“息合はし賜ひて”ではないってことでもあり、だからこそこの文では、伊邪那岐(いざなぎ)が咲きに書かれ、そのあとに伊耶那美(いざなみ)が書かれ、日足(ひたり)の極性が先に立つ事象の“創造”、それは神の“思惑の顕現”って言い換えてもいいけれど、それをせねばならないってことを示した言い回しだと思う。
 ちなみに“ヌホコ”“ヌホト”の解釈については、日月の巻 第十八帖と十七帖を参照の事。

それで、第二十四帖の残りの文は、地球人が現時点から進化(霊的成長、神格化に向かうこと)する事を望む“上”からのメッセージである。

“コトの初め気付けて呉れよ。夜明けたら生命(いのち)神に頂いたと申してあろがな。
太陽(ひ)あるうちはことごとに太陽の御用せよ。 月あるうちはことごとに月の神の御用せよ。 それがまことの臣民ぞ。”
 この文の“コト”、これは“光透(コト)”=光(自分の心(靈)が持つ振動より、相対的に高い電磁波が透過する意味、日月の巻 第十五帖)であり、また“言”(事象に顕現され、(自己と他者に)観察された心(靈)の動き)を示唆するものであると思う。
 そしてそれは、思惑と顕現、日足(ひたり)と砌(みぎり)の両極性、さらに“ヌホコ”の“コ”と“ヌホト”の“ト”、その意味を持つと思う。
 だから“コトの初め気付けて呉れよ。夜明けたら生命(いのち)神に頂いたと申してあろがな”は、事象の“創造”の始まりを示すものであり、“創造”の法則性に気をつけろ、意識せよってことでもあると思う。
 そして“太陽(ひ)あるうちはことごとに太陽の御用せよ。 月あるうちはことごとに月の神の御用せよ”は、“コト”が“光透(コト)”=光(自分の心(靈)が持つ振動より、相対的に高い電磁波が透過する意味、日月の巻 第十五帖)の意味を持つからこそ、太陽凝視と月の凝視にほかならない。 また艮(うしとら)の金神が黒住教で朝日の日拝(にっぱい)(太陽凝視の入門、初心者向け)を教えた根拠はそこにあると確信する。
 そして現時点での地球人は“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の進化過程の人が大半であり、自分の欲望中心の心(靈)であり、それが根拠の行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)をするものであり、それではイカンっていう意味で“初めは六分国のため、四分自分の為、次は七分国のため、三分自分の為、次は八分国の為、二分自分のため、と云ふ様にして呉れよ。”って言われており、この文の“国”を心(靈)の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)と置き換え、“自分”を自我の特性、あるいは自我の肥大って置き換えると、意味が通じやすいし、そう読み取ってくれってことだと思う。 
またこれに続く“これはまだ自分あるのざぞ。自分なくならねばならぬのざぞ。神人一つになるのざぞ。”は、心(靈)の進化には、順番があり、段階があり、だからこそ今は、自我の肥大(“石屋の仕組み”)で失敗し、その失敗を見て自省(胸の磁性“十”)(ローム太霊の言葉の左往右往)して、だんだん“慈悲”と“慈愛”、言い換えれば第四密度、それはマニピューラチャクラからアナハタチャクラへの覚醒にいたる道筋でもあるけれど、それはまだ神の思惑=天意をしっかり受信したってことではなく、だからこの文は“天詞様”にいたる最初の段階なんだってことを示唆していると思う。
そうなれば前後するが“生活心配するでないぞ”ってことになり、今延べたことがしっかり理解できない人が多いからこそ“ことわけて申せば今の臣民すぐは出来ぬであろが”って述べられている。

ちょっと余談になるが、今回の地震で、ヤフーニュースなどで取り上げられた“日本人はなぜ略奪行為を行わないのだろうか”は、“慈悲”と“慈愛”が多少発現しているからであり、またそれに反し、義援金詐欺とか、買占めとか、デマを流す輩とかは、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)程度が低いのであることを指摘しておき、これは、○○○大先生は○○○大先生の著書の読者数人からメールをいただいたことに対する答えでもあるけれど、あえてこのことを指摘して(これくらいのことはすぐ理解して欲しいってことでもあるけれど)、今回はこれくらいにしときまんねん。 

« “日月神示”日月の巻 第二十五帖 Kellyさん的解釈|Top|Kellyさん、爆睡中に、A野さんの愛犬たち登場!…夢の中で、人間に見られる習性について、犬たちと論じる。 “その七”   »

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://tuyukusanotuyu.blog45.fc2.com/tb.php/359-5734fa26

Top

HOME

tuyukusanotuyu




 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
FC2ブログへようこそ!


Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
(クリックで拡大)

2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
(クリックで拡大)


発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
(クリックで拡大) 

お近くの書店にない場合は
たま出版のサイトでお買い求めください。

発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
(クリックで拡大)

お近くの書店に無いときは
たま出版のサイトでお買い求めください。

この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




初めての方は、
・・・その後の事と・・・これからの事。
からお読みください。

それぞれのカテゴリーをクリックすると
古い順に、記事が閲覧できます。

        

☆ Kellyさん的事象の観察と認識 (107)
Kellyさんがこのブログに霊縁あった人(日止、霊止)に伝えたい事 (24)
Kellyさんと○○○大先生との会話 (7)
Kellyさんとチョ~極上ラブラブ中高年夫婦はんとの会話 (6)
Kellyさんとチョ~ベッピンはんのA野はんとの会話 (7)
Kellyさんと∪・ω・∪ ▼・。・▼ ▼・。・▽ U・。・U U。・ェ・。U たちとの会話 (34)
Kellyさんとメタボ研修医のYっちゃん先生との会話 (2)
Kellyさんとややメタボ内科医のYっちゃん先生との会話 (7)
Kellyさんと和風のベッピンはんのSはんとの会話 (2)
Kellyさんと農業好きの社長婦人K地M美はんとの会話 (12)
KellyさんとNominyan ∥*σ_σ*∥&Senyapoo λ*゜ο゜*λ との会話 (6)
☆ Kellyさん的“日月神示”解釈 (603)
Kellyさんが、“日月神示”の解釈をして行くに当たって・・・考えた事。 (46)
“日月神示” 上つ巻 (42)
“日月神示” 下つ巻 (38)
“日月神示” 富士の巻 (26)
“日月神示” 天つ巻 (30)
“日月神示” 地つ巻 (36)
“日月神示” 日月の巻 (68)
“日月神示” 日の出の巻 (23)
“日月神示” 磐戸の巻 (21)
“日月神示” キの巻 (17)
“日月神示” 水の巻 (36)
“日月神示” 松の巻 (30)
“日月神示” 夜明けの巻 (26)
“日月神示” 雨の巻 (18)
“日月神示” 風の巻 (15)
“日月神示” 岩の巻 (11)
“日月神示” 荒の巻 (27)
“日月神示” 地震の巻 (93)
☆ Kellyさん的“ローム太霊講話集”解釈 (149)
☆ 紫光会経文の文言 Kellyさん的解釈 (18)
☆ ○○○大先生的バシャールの文言解釈 (9)
☆ 先生が撮るけったいな花の写真 (22)
☆ 先生が撮る比較的まともな写真 (32)
☆先生が室内で写真を撮るときのセッティング (6)
その他 お知らせ (3)



fxwill.com


2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




飢餓救済のホームページ

JWord クリック募金

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード