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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”日月の巻 第二十五帖 Kellyさん的解釈


 今回も、日月の巻 第二十五帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

ハジメ ヒツキ(日月の巻 第二十五帖 表記)文章用 (ヒツキ)ノクニウミタマヒキ、 ローレンツ力と ○ (ヒ)ノクニウミタマヒキ、 ツキ?(日月の巻 第二十五帖 表記)文章用 のクニウミタマヒキ、ツギニ クニウミタマヒキ。
神に厄介掛けぬ様にせねばならんぞ。
神が助けるからと申して臣民懐手してゐてはならんぞ、力の限り尽くさなならんぞ。
ヒツキ(日月の巻 第二十五帖 表記)文章用(ヒツキ)と ローレンツ力と ○とは違ふのざぞ。 
臣民一日に二度食べるのざぞ、朝は日の神様に供へてから頂けよ、夜は月の神様に捧げてから頂けよ、それがまことの益人ぞ。
十一月二十一日、一二 ローレンツ力と ○


 例によって第二十五帖のカタカナ中心の表記、これを漢字とひらがなを充てると以下のようになると思う。

“初め ヒツキ(日月の巻 第二十五帖 表記)文章用(日月)の国生み賜ひき、 ローレンツ力と ○(日)の国生み賜ひき、ツキ?(日月の巻 第二十五帖 表記)文章用 の国生み賜ひき、次に国生み賜ひき。”

 それでこの文には、“国生み賜ひき”って文言が四回も使われている。 
 今まで解釈してきたとおり“国”は(囗)くにがまえと“玉(ぎょく)”であり、“玉(ぎょく)”は自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きを示すので、霊的進化しようとする心(靈)って解釈をする。 
 そしてこの文の要は、以下の画像にあると思う。


ヒツキ(日月の巻 第二十五帖 表記)


この画像、これは、 ツキ 満月から新月にかけていくときの月(日月の巻 第二十五帖 表記)文章用ローレンツ力と ○(ヒ)が重なった表記であると思う。 
それで ツキ 満月から新月にかけていくときの月(日月の巻 第二十五帖 表記)文章用は、満月から新月にかけていくときの月。 それは砌(みぎり)の極性が満ち満ちたときが満月であり、それが欠けていくさまを表すと思う。 
さらに以下の画像は、新月から満月に移行するときの月でもある。


ツキ?(日月の巻 第二十五帖 表記)


この第二十五帖の文では、この画像に注釈が当てられていないが、日月の巻の後に書かれた 日の出の巻 第三帖に、次のような表記がある。
“次の世とは通基(月)の世の事ざぞ、一二(ひつき)の通基(二)の世ぞ、ローレンツ力と ○ ツキ?(日月の巻 第二十五帖 表記)文章用の月の世ぞ”

よってこの画像 ツキ?(日月の巻 第二十五帖 表記)文章用は、“月”“通基(二)”であり、“月”は砌(みぎり)の極性であり、さらに先に述べたように ツキ?(日月の巻 第二十五帖 表記)文章用は、新月から満月に移行する様子を示す。

それは、日足(ひたり)の極性が強まった後の肉体そのものであり、そして“月”“通基(二)”は肉体のオーラ(土)2~3番目のオーラを発振、発信するものでもあるし、さらに“通基(二)”、それは基を通す=神の理(ことわり)を通す(顕現する)肉体の意味であると思う。 

それで第二十五帖のカタカナ表記中心の文は、 ヒツキ(日月の巻 第二十五帖 表記)文章用ローレンツ力と ○(ヒ)→ ツキ?(日月の巻 第二十五帖 表記)文章用って書かれている。

先に述べたことと重複するが、Kellyさん的に思う ツキ?(日月の巻 第二十五帖 表記)文章用の解釈は、新月から満月に移行する月であり、それは、先に述べたこと、 ツキ 満月から新月にかけていくときの月(日月の巻 第二十五帖 表記)文章用は、満月から新月にかけていくときの月、これは、砌(みぎり)の極性(事象への顕現)から日足(ひたり)の極性に移行し、砌(みぎり)の極性が弱まる意味であり、それに ローレンツ力と ○(ヒ)が重なっており、 ローレンツ力と ○(ヒ)は、日足(ひたり)の極性そのものであり、“上”からの荷電粒子との反応を示す ローレンツ力を持っていない霊=○、荷電粒子の場(フィールド) (霊=○、荷電粒子の場(フィールド))とローレンツ力 ローレンツ力 でもあり、“上”の思惑を受け止めて=天意を受けて、日足(ひたり)の極性が強まった=現時点の平均的地球人よりも日足(ひたり)の極性が強まった心(靈)であると解釈するのが、妥当だと思う。
そしてその次に書かれている ツキ?(日月の巻 第二十五帖 表記)文章用“月”“通基(二)”は、先に述べたとおり、天意を顕現する肉体、それは古神道の“日止、霊止”(“上”からの荷電粒子、太陽=日を止める、“上”からの荷電粒子を三つの口で止める意味の靈、それを止める表記)であるとするのが、妥当だと思う。
そして“国”=霊的進化を目指す、果たそうとする心(靈)、それが生まれていくのだとこの文は示唆していると思う。

次は、第二十五帖の残りの文の解釈。

“神に厄介掛けぬ様にせねばならんぞ。
神が助けるからと申して臣民懐手してゐてはならんぞ、力の限り尽くさなならんぞ。”
 これは、自分たちが何を意識して何を行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)とするべきなのか、考えろってことで、この考える過程が“一”=智性=1番目のオーラの拡大になっていくものであることを示唆している。 
今、ちまたでは、地震により、程度の低い進化過程の人とある程度“慈悲”と“慈愛”が発現した人の心(靈)の顕れ=行動の違いがよく分かる。 
それは“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”と、(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者の違いでもあるし、それを観て自分たちはどう在るべきなのかってことを考えさせる機会が今回の地震でもある。   
そしてこの地震は、人に自省(胸の磁性“十”)を促す神のプログラムでもある。 
 その意味で、自分たちは何を考えどんな行動をとるのか、それが別に今回の地震に限らず、様々な事象に相対して、自分は常にどう在るべきか深く考える、それが“神に厄介掛けぬ様にせねばならん”のであり、そして“神が助けるからと申して臣民懐手してゐてはならん”ってことでもあり、自分に甘い(亜、魔、出ずる、泉)人間ほど“力の限り尽くさなならん”ってことが出来ないって言われている。

 次の文。
ヒツキ(日月の巻 第二十五帖 表記)文章用(ヒツキ)と ローレンツ力と ○とは違ふのざぞ。”
 これは先に解釈したので省略。

 次の文。
“臣民一日に二度食べるのざぞ、朝は日の神様に供へてから頂けよ、夜は月の神様に捧げてから頂けよ、それがまことの益人ぞ。”
 この文の“臣民一日に二度食べる”は、日足(ひたり)の極性の強化=“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行うことと、月の凝視や月の影響=砌(みぎり)の極性(事象への顕現)の強化、その二種類の振動があることを示唆しており、またそれは、“光透(コト)”=光(自分の心(靈)が持つ振動より、相対的に高い電磁波が透過する意味、日月の巻 第十五帖)でもあるし、その日足と砌(ひたりとみぎり)の極性のバランスが取れた心(靈)となってくれってことが、第二十五帖のカタカナ中心の表記でもあり、そしてそれは、この文の“まことの益人”であり、それは今まで何回も述べている通り、今の地球人は、低い砌(みぎり)の行ばかりしており、だから経済優先、自国の利益優先、自分たちだけの幸せを願う、目先の欲望の達成が幸せでありそれ由来の価値観を持つなど、これらはみな低いって事でしかないし、それは今後=アセンション後に移行するっていう意味での“まことの益人”ではないって指摘して、今回はこれくらいにしときまんねん。
 

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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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