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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”上つ巻 第十四帖 Kellyさん的解釈

今回も、上つ巻 第十四帖 を解釈しまんねん。
原文は以下の通り、


この神示(ふで)よく読みて呉れよ、
読めば読むほど何もかも分りて来るぞ、
心とは神民の申す心でないぞ、
身魂とは神民の申す身魂でないぞ、
身たまとは身と魂と一つになってゐるもの云ふぞ、
神の神民 身と魂のわけ隔てないぞ、
身は魂、魂は身ぞ、
外国は身ばかりの所あり魂ばかりの所あり、
神は身魂の別ないぞ、
この事分りたら神の仕組みがぼつぼつ分るぞ、
身魂の洗濯とは心の洗濯とは、魂ばかりの洗濯でないぞ、
よく気をつけて呉れ、
神の申すことちがはんぞよ。
六月の二十二日、ひつくのか三。


この文章全体を読んでKellyさん的に受ける印象は、
頻繁に“日月神示”の中に出てくる表現、

“身魂”・・・この認識・・・
これをよう考えて於かなアカン。

そやから、
身=肉体・・・人の心(靈)の顕現でもある物質的な側面の自分と、
それに関わる物質の振動の事象。
そやから、人(日止、霊止)は、
心(靈)と肉体=物質で構成されている。

自分が自分を観察し認識し、
又、
他者(や他の生命(生きる使命=存在理由))を認識し、
そして又、
自分以外の他者から観れば、そう認識し得る事でもあるやん。

そやけど所詮、
心(靈)も肉体も、
共に、
一番最初の材料と仮定される究極微粒子=“亜”の振動の高低やし、
その振動の違い=受信(認識)で、
心(靈)や肉体の分類を自分の心(靈)がしている。

そやからそれも、
自分が位置している事象=この次元って認識している場(フィールド)、
“道ひらき”の表現を引用すれば、現津(あきつ)・・・
それを先生的な言い方をすれば、
自分の心(靈)が観察し、感じ(感じる磁性)、
そして自分の認識=受信で観察され得る事象・・・
纏めれば、
心(靈)も肉体も、
現津(あきつ)・・・三次元って言うてもエエのかな。
三次元って言葉が不確定な言葉やと思うんやけど・・・
解りやすく言うとその言葉を使うしかないし、
そやからそれは、
自分が位置している場(フィールド)、そこで、
観察され得る事象に過ぎないやん。

ほんでから、
心(靈)と肉体、それを区別するのは、
自分とか他者とか・・・生命が生命を観察すると
認識出来る事とも言い得るし、
言い換えれば、
心(靈)が、
自分以外の存在、他者を認識すると、
そう言う観察が出来るって事になる。

ほんでからその事そのものが、
神が創造を始めた根拠にも成るって思うんやけど・・・
話が逸れるので、
それは又、別の機会に、
次元の認識と生命(生きる使命=存在理由)って言うのんは、
共に観察し得る事象って事で、
生命(生きる使命=存在理由)と、
次元(認識し得る場(フィールド))と、
霊的進化は、
同義って概念をKellyさんはおぼろげに持ってるんやけど、
ほんでからそこには、
ほんまの意味での進化・・・生命の神格化って言う事を、
感じ取れるを説明したいと思うてるけど・・・
その文章も作りかけてるけど・・・何時になったらアップ出来るか・・・
そやから・・・それを文章にした時にでも考える事として・・・

そやから今までの話しを簡単に纏めれば、
心(靈)も肉体も、
振動の違いを観察した自分自身の認識でしかないとも言い得る。

ほんでからその概念を知った上での認識としての、
魂・・・身魂の魂。
魂って言う字は、
“云”と“鬼”で構成されてる。

“云”と、“鬼”。
その字の構成を観ても、
結論から言えば
魂と靈・・・それは同義やとは思えへん。

そやからそれを説明する為に、
最初に考える事として、
“云”=二とム部(しぶ)。
そして、
“鬼”=この世にあらざる存在、亡者、
魂が体を離れて彷徨う・・・死者の亡霊って言う意味がある。
それは、
この次元に位置してるこの世界に対する未練たらたらの浮游霊やな。

そやからまず、“云”の解釈として、
二は、“土”=2~3番目のオーラ=肉体・・・
そこから(たて棒、コン)を外した状態で顕されてる。
ほんでから、(たて棒、コン)は、
頭から背骨、尾骨の磁性と磁束。
それが又、“日月神示”内の表現でもある“江戸と尾張”。
そういう事でもあると思うし、
話が逸れたんやけど・・・
肉体に観察される縦の大きな二つの磁性S極とN極。
それは“上”から“下”に下降する荷電粒子に対し、
ローレンツ力を生じさせるものでもあり、
そのローレンツ力が、
自分以外の電磁波・・・他の生命のオーラ・・・
それは、
神さんのオーラ=普遍的に実在する創造主のオーラ(宇宙背景放射)をも含めて、
それを取り込むからこそ、
自分の心(靈)を構成する振動にも出来るし、
取り込んだ荷電粒子が身体内で・・・肉体全体がコンデンサーの性質を持ってる事やし、
それを溜め込んで、
又、
発振、発信する事も出来る。
それがオーラの一側面でもあるし、
そやから“行と修行”・・・苦難や試練は生体内電流の増加をさせ、
又、増幅もするし、
それが又、
先生の幸福の概念でもある、幸=“夭と屰”(ようとげき)
夭折って言うのんは沢山の認識を獲得しないままの死で、
それに逆らう事が屰。
ほんでから、
福=示すへんと畐・・・
畐は、
“一”=“亜”から向かって右に、砌(みぎり)に移行し、
それは神の思惑の顕現が“一”でもあり、
これは前に説明した事があった事なんやけど・・・
それを口=受信して取り込み、
田=自分の心(靈)の四つの場(フィールド)を構成する。
それが一靈四魂でもあるし、
“思う”って言う字の構成でもある。
それが生命(生きる使命=存在理由)の霊的進化で、
それは神格化っていう事になる。

また話が逸れてもたけど、

荷電粒子との干渉が起きる事、
それはそこには電磁誘導=霊的干渉が起き、
それそのものが、
生体内電流の発生でもあり、
その事そのものが、
生命(生きる使命=存在理由)って事・・・
そやけど、この事を今説明すると、
とても長い話になるし・・・今でさえ何回も話が逸れてるから、
これくらいにして・・・

話を戻して・・・

そやから今言いたい事は、
魂と、
靈=心って言うのんは、
同じもんやって思ってはアカンって事で、
そして、同じでは無いって事で、

それは、
“云”の字そのものを観ても判る事やし、
それは、人(日止、霊止)が転生して何回も生まれ変わり、
平均的地球人は約800回位の転生の体験があり、
その一つ一つの人生における認識による心(靈)の成長を指し示す言葉が、
魂でもある。

Kellyさんと先生がそう思う根拠は、
さっきも言うたけど、
“云”=二+ム部(しぶ)で、
“二”は、肉体のオーラを示し、
肉体のオーラにより感応共振して心(靈)が育って行く。
それは時間の認識と同義でもあり、
時間を認識した心(靈)やからこそ、
肉体=物質を持ち、進化の概念を自分に感じ取り、
そして、
霊的に成長して神さんに近付いていくのが、
ほんまの幸福の概念って事を先生と話した。
そやから“云”、
この字そのものが、自分以外の靈=心・・・
それは一般に言う霊的存在であろうが肉体を持った生命であろうが、
自分が肉体を持っている期間の=人生に於いて、
自分以外の他者とのオーラの感応共振を示した字でもあるやん。

ほんでから大体、
この“云”って言う字は雲の旧字でもあるそうやし、
それは入道雲とか水蒸気が立ち上る様、
そう言う意味がある。
そやからそれは腹の水、
“日月神示”内の表現なら“江戸”の“江”
帯電するミネラルが固まっていない進化過程、
そやからそれは、
その段階の心(靈)の発現が自我の確立=固定化、
下三つのチャクラの覚醒の段階、
それが砌(みぎり)回転して、
下から三番目のチャクラでもあるマニピューラチャクラ=自我や功名心や自尊心が、
それより下のチャクラの磁性により、
そのサイクロトロンの荷電粒子の回転が、
(軍荼利明王、荼枳尼真天の“荼”)
下降したなら、
それは、
ムラダーラチャクラは、簡単に表現すれば本能やし、
スワディスターナチャクラは情動やし・・・
そやから自我は、
その“下”の心(靈)の発現に支配され、
その時の人の心(靈)の動きが、具体的に言えば、
八戒=低い欲望とか、
ディスプレイ(動物の発情行動)とか、
目立ちたいとか見栄を張るとか・・・注目されたいとか・・・

また話が逸れるけど・・・
最近、
太陽凝視やアセンションって言葉を使ってるサイトは増えてるけど、
そんな心(靈)の動きの物ばっかりやな。
太陽凝視をし始めた人は、
最初、低い功名心から発現するのはしょうがないけど、
自分の心(靈)の構成が、
“下”から構成されてるからしょうがないんやけど・・・
その事をよう自覚して欲しいもんやな。
そうやないと・・・
自省(胸の磁性“十”)を獲得する心(靈)の動きにはならへん。

話を戻して、

ほんでから“下”の心(靈)の発現に支配された自我・・・
それは、
虚栄の幸福を求めるとか、幸福の概念を低いもんにしてる。
ほんでからその心(靈)の動きは、
もっと自分の事しか考えんようになると、
貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)って事になる。
そして、
貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)・・・
そう言う心(靈)の発現の段階の浮游霊を増やしてるのが、
恨みの連鎖=戦争、貧困、飢餓・・・そして数々の因縁、
様々な現象になってるけど、
その解決は、
アセンションの時期に間に合わへんって言うのんが、
先生とKellyさんの認識。
その“下”の発現の心(靈)由来の事象の創造が、
砌(みぎり)回転やし、
それは人が“玉(ぎょく)”の構成を持ってない。
そやからそれは、
帯電するミネラルが固まっていない状態の心(靈)の発現で、
それを“石屋の仕組み”と称されてるって言うのんが、
先生の説やし、
そやからこの“云”って言う字そのものが、
心(靈)の発現の段階の一時期を示してる=霊的進化過程を示す。
そやから簡単に言えば、
魂と心(靈)って言うのんはニュアンスが違うって事でもあるし、
それは魂<心(靈)って概念も出来る。

ほんでから低い心(靈)の発現由来の霊的干渉は、
“魔”=マーラ(魔羅)の中の“鬼”やし、
そやから低い心(靈)の発現しかしてへん人は、
鬼=貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)由来の浮游霊、
その受信しか出来ない。
そう解釈してもエエ事やな。
そやから“魔”=マーラ(魔羅)って言う字は、
广(まだれ)=頭骸骨=頭の意味があり、
それを二つの左右の磁性でもある木部二つで、
广(まだれ)=頭に吸い上げる。
何を吸い上げるのかと言うと、
腹の段階の心(靈)の発現の、鬼由来の思想・・・
貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)・・・
そやからそれを“魔”と言い表され、
ほんでから“魔”は梵語でマーラ(魔羅)
“魔”と“羅(目の下の錐体状の神経)”・・・
それによって自分の心(靈)と肉体の構築をして行く。
そしてそれを行動に顕して行く事を、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の顕現・・・

悪魔や鬼は・・・そう言う存在は居てるやろけど、
それは、自分達の心(靈)の動きの事でもある。
そやから、
“力”としての知恵をもってる霊的存在としての悪魔や鬼は、
悪魔や鬼って人に見破られるとか・・・簡単に判るようには活躍していない。

そやから今までの、
身と、魂、
そのKellyさんの概念を踏まえて、
上つ巻 十四帖を読めば、

“この神示(ふで)よく読みて呉れよ、
読めば読むほど何もかも分りて来るぞ、”

表面的な・・・
これは先生とKellyさんが思う“日月神示”の解説書に対する感想でも有るんやけど、
数字や記号みたいな表現・・・その意味を理解していない。
そやから何度も読んで、
それはエネルギーを贖う(あがなう)事になり、
真剣に求めるからこそ“上”からの通信を受ける。
そやから、一般の解説書は、
言葉の解釈しかしてへんって思うたからこそ、
今Kellyさんが解釈をしてるんやけど、
“上”からの思惑の顕現のひとつでもある“日月神示”は、
“上”より相対的に、
“下”の心(靈)の発現しかしていない人が読んだかて、
その意味を簡単に理解出来る訳が無いやん。
それは、その“上”の存在と近い霊的成長度の認識を持って無いと、
只単に、
言葉の解釈しか出来なかったり、或は間違えたりもする。
その一例が、
身魂掃除を、片付けとかお部屋の掃除とか・・・
部屋の鏡を磨きましょうとか・・・
そんな事を思うようになってしもてる。

ほんまに価値のある何かって言うのんは簡単に理解出来ん。

ほんでから低い心(靈)の発現の人は、
相対的に地球では圧倒的多数やし、
ネットで検索すれば段々低い解釈の方が上位にヒットするようになってくる。
その事も前に先生と話した事がある。
ほんまの価値をはぐらかす・・・その為にインターネットは出来た。
これも、
人(日止、霊止)の(霊的)進化を阻む思惑・・・
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の、
思惑と思える事やな。

ほんでから自分の思った事をほんまの事やと思い込む。
それは低い功名心と自尊心由来の思い込みでもあるし、
そやからそれは、自分が低いとかの認識が無く、
何か知ったなら・・・
それに付いて自分が何か思ったとしたら、
それを誰かに知らせたいとか教えたいとか吹聴したいとかになる。
ほんでから、
ありがたそうな言葉を知ったなら、
それを利用して自分の低い功名心を満足させたりもする。
ひどいのはそれで商売する・・・
それは“上”からの通信に対し、
とんでもなく無責任の行動になるって事や。
特にネットって言うのんは、ネット全体が、
ディスプレイ(動物の発情行動)の心(靈)の動きに支配されてる傾向があり、
只、注目されたい、目立ちたい・・・
そやからほんまの価値を見出さん内に無意味な時間をすごし、
間に合わんようになる・・・
そうさせるのが又、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の思惑やろな。
そやからそれに気が付いて欲しいって事も思うKellyさんやな。

又々々々・・・今回は何回話がそれたんやろ・・・

・・・しかし・・・
すっかり先生のおせっかいなところがKellyさんにも伝染してるな。

ほんでから以下の文章、

“心とは神民の申す心でないぞ、”
“身魂とは神民の申す身魂でないぞ、”
“身たまとは身と魂と一つになってゐるもの云ふぞ、”

そやからこの文章が、さっき説明した事を指してて、
身=物質と、
魂=この事象で、肉体を持った心(靈)が生まれて死ぬまでに経験した、
心(靈)が獲得した認識、
それを持った心(靈)=魂。
生まれてから死ぬまで、物質世界で得た認識を持った心(靈)が、
魂で、
そやけどそれもその人の心(靈)全体の一部って事になるから、
次の言葉、

“神の神民 身と魂のわけ隔てないぞ、”
“身は魂、魂は身ぞ、”

ほんでから次の言葉は、
認識の低い心(靈)の観察・・・
そやからそれは自己観察をしない。
外の事象ばかり見る=外国=自分が外側と認識する事象って事で、
この外国の解釈は、
今までも言うたから説明を省きまんねん。

そやからそれは偏った観察をするからこそ、

“外国は身ばかりの所あり魂ばかりの所あり、”

身と魂を同一視出来へん、
低い(発現の心(靈)由来の)観察って事でんねん。
そやからこそ次の言葉、

“神は身魂の別ないぞ、”

当たり前でんねん。
霊的進化って言うのんは沢山の人生を体験せんとアカンって事でもあるし、
自分の今の一生って言うのんは、
自分の心(靈)が永遠の実在って視点から考えれば、
ほんの一瞬みたいなもんでしかないし、
そやけどその一瞬には自分の霊的成長度を高めるチャンスがあり、
その為に今、
アセンションって認識されてる体験をしていると言う事でもありまんねん。
そやから・・・重ねて言うけれど、
一瞬一瞬・・・永遠の実在からして観ての一瞬って言うたとしても、
それは今、
とても価値のある試練と苦難が待ってるし、
それを体験せんと、
自分は霊的成長し“上”から認められた存在にならん。
ほんでから、
“上”から認められた存在を一人でも多くする為に伝えられたのが、
この“日月神示”でもそうやろし、
主護霊の本当の意義と意味を伝えたローム太霊さんでもあるし、
そやけど・・・それを、
低い心(靈)の発現の人がダメな解釈にしてしもてる。
その事をほんま・・・“上”の存在は・・・憂いてる・・・
そういう事まで思わされるな。

そやから今、アセンションの影響はどんどん出てて、
それは今まで地球人がやってきた事の結果、
それを観る・・・そして体験する・・・
そして自省(胸の磁性“十”)し、
今後の自分の在り方を考え=“観自在”と“直日(なおひ)”し、
次の創造をして行く。
その事を指してる言葉が、

“この事分りたら神の仕組みがぼつぼつ分るぞ、”

“この事”=右往左往と左往右往、
自分達のやってきた結果を体験し、
自省(胸の磁性“十”)する。
それが現時点での平均的地球人の霊的成長度で、
必要な体験で、
それを通り越さんとアカン試練やろし、
それを重ねて言うてるのが次の言葉、

“身魂の洗濯とは心の洗濯とは、魂ばかりの洗濯でないぞ、”

心(靈)の洗濯、身魂掃除、
何回も言うたけど自分の心(靈)の発現の段階を知り、
それは自分の中の“上”と“下”を認識する事と同義でもあるし、
それは今後の行動=創造の指針になり、
それは永遠の実在としての心(靈)の在り方の指針でもあるからこそ、
“魂ばかりの洗濯でないぞ、”=一生の内の薄っぺらい認識で無く、
永遠の実在故の・・・その上での善悪の概念、
これは、
先生の定義付けた概念やけど、
何回も書いた事やけど、もう一度言うときまんねん。

“善”は神格化の方向性と智性の受信。
“悪”は心(靈)の動きの本能化と低振動化。

それを良く認識して無いと神さんの仕事を託されん。
それは創造をする資格が無いって事でんねん。
そやから“善悪”(神格化と、動物化=心の本能化)
それを良く見極める事、
自分の心(靈)の中に“善悪”を見出し、
そして行動の指針にする。

ほんでから、善悪の認識が低すぎるし、
言葉しか知らん人が多いからこそ、
次の言葉、

“よく気をつけて呉れ、
神の申すことちがはんぞよ。”

・・・でもあると思えるやん。

今日はこれくらいにしときまんねん。


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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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