“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”日月の巻 第三十帖 Kellyさん的解釈 “たぐりになりませる神~豊宇気比売神(とようけひめのかみ)”の意義


 今回も、前回からの続きの表記の以下の文を解釈しまんねん。

伊邪那美神(いざなみのかみ)やみ臥(こや)しまして、たぐりになりませる神、
金山比古神(かなやまひこのかみ)、
金山比売神(かなやまひめのかみ)、
屎(くそ)になりませる神、
波仁夜須比古神(はにやすひこのかみ)、
波仁夜須比売神(はにやすひめのかみ)、
尿(ゆまり)に成りませる神、
弥都波能売神(みつはのめのかみ)、
和久産巣日神(わくむすびのかみ)、
この神の御子、
豊宇気比売神(とようけひめのかみ)
と申す。

古事記を読んだ人なら知っていることだが、伊邪那美(いざなみ)は(第三十帖のこの後の表記のに出てくる)“迦具土神(かぐつちのかみ)”を生んだことにより“やみ臥(こや)しまして”ということになった。 
そしてこの“迦具土神(かぐつちのかみ)”は古事記で火の神とされており、日月の巻 第三十帖でも“火の神 生み給ひて、ひつちとなり成り給ひて”と称されている。 
それで、すでに解釈した、“火之夜芸速男神(ひのやきはやをのかみ)”は、別名が“火之比古神(ひのかがひこのかみ)”と、そしてこの後の表記に出てくる“迦具土神(かぐつちのかみ)”、そして第三十帖では“火の神 生み給ひて”と書かれ、それが“迦具土神(かぐつちのかみ)”とされている。
それでこの第三十帖の表記の“火の神 生み給ひて”の火の解釈が肝要であると思う。 
それは前に“火之夜芸速男神(ひのやきはやをのかみ)、火之比古神(ひのかがひこのかみ)生みましき。”を解釈した時に以下のように述べた。

“火之夜芸速男神(ひのやきはやをのかみ)、火之比古神(ひのかがひこのかみ)生みましき。”を見れば、まず、“火”と日足(ひたり)の極性の表記である“男”“比古”の表記がある。
 まずこの場合の“火”は前回の“大宜都比売神(おほけつひめのかみ)、大宜都比売神(オホケツヒメノカミ)”=“腑”の電磁誘導、肉体(月(ツキ))の“気血栄衛(營)”(取り込んだ振動で心(靈)と体が創り変わる)によることであるから、取り込んだ異物=捕食により取り込んだ食べ物を、酸素と共に、(錯体である血液を介し)エネルギーや肉体(月(ツキ))の構成物質に変えていく作用の肝臓のことである(火=肝臓、これもS会=紫光会の交霊会でよく使われた表記であるが、大概の会員はそのことに気がついていなかった)。
 今述べたことを踏まえ“火之夜芸速男神(ひのやきはやをのかみ)”を見れば、“夜芸(やき)”の夜は、昼に対しての夜、陽に対しての陰、日足(ひたり)に対しての砌(みぎり)、精神性、心(靈)(ヒ)に対しての肉体(月(ツキ))の意味の表記であると思うし、それがまた“芸(き)”の字を構成する厶部(しぶ)(物を囲い込んで自分のものとする様子に象る。手を「伸ばす、伸びる」の意がある)と、肉体(月(ツキ))のオーラの意味である二、そして芽生えるの意味の艸部(そうぶ)艹、クサカンムリが当てられ、それが速く、日足(ひたり)の極性で示すという意味で“速男神(はやをのかみ)”という表記が当てられていると思う。
 そして次の“火之比古神(ひのかがひこのかみ)”を見れば、日足(ひたり)の極性の表記の“比古(ひこ)”“神”(荷電粒子の回転)が、“輝(かが)”=輝く、これは一般に、可視光線の波長の発振、発信の意であり、可視光線が観測できる=アタシたち地球人の霊的成長度で見ることが出来る振動の度合いは、砌(みぎり)=この事象における一部の波長でしかないってことでもあるし、今後=アセンション後に移行できる資格を持つ肉体(月(ツキ))を持った心(靈)は、“日月神示”表記の“半霊半物質”(今の事象よりも思惑が早く顕現する)になるのであるから、当然、観測できうる波長も、今より“上”になるってことでもあるが、話がそれるので別の機会に詳しく説明することにする。
(このことは、すでに、アタシの著書に簡略に書いたことでもある)
 よって自分たちの思惑、それは日足(ひたり)の意味を持つ“男”“比古(ひこ)”を、輝かせ=発振、発信し、その秘訣は、“大宜都比売神(おほけつひめのかみ)、大宜都比売神(オホケツヒメノカミ)”=“腑”の電磁誘導=“火”により、心(靈)の動きである思惑(“男”“比古”)で、肉体(月(ツキ))(“夜芸(やき)”)により、事象の“創造”をせよ、という解釈が成り立つ。
引用終わり。

それで捕食による肉体(月(ツキ))の構築、そして肉体(人(日止、霊止)の精神と肉体としての砌(みぎり)の極性)の、“腑”の電磁誘導、さらに今述べた二つを空気の呼吸で取り込んだ酸素、空気を取り込むことによる呼吸器の電磁誘導もあるが、主に捕食による物質の取り込み、これは肝の機能でエネルギーの変換とする。 
それは肝=“いきり立つ心(奴と心)”でもあるし、高い心霊が使う言い回しの“火”であるし、いきり立つ心(靈)の動きは砌(みぎり)の極性(事象への顕現)であり、この心(靈)の動きが仮に無いとすれば、肉体(月(ツキ))を持った心(靈)=人(日止、霊止)は、事象の“創造”のための行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)が、出来ないと言いうる。

…今回取り上げた文章にない“火の神 生み給ひて、ひつちとなり成り給ひて”について少し述べたが、このことをアウトラインで分かっていないと、今回の文は読み解けない。
それで“伊邪那美神(いざなみのかみ)やみ臥(こや)しまして、たぐりになりませる神、”は、伊邪那美(いざなみ)=砌(みぎり)の極性が、“やみ臥(こや)しまして”=(自分の行動が“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)に沿っていないから)咎めを受け弱まったとき、日足(ひたり)の極性(脾=“思う、憂う”)が発現した時と解釈するのが妥当だろうが、その時に“たぐりになりませる神、”と書かれ、これは古事記に書いてあるように、生んだとか生じたとかの表記ではなく、たぐりは、吐り(たぐり)、はくこと(嘔吐)、また、はいたもの、吐瀉物、反吐(へど)の意味がある。
そして“たぐりになりませる神、金山比古神(かなやまひこのかみ)、金山比売神(かなやまひめのかみ)、”と、書かれている。 この“金山(かなやま)”は、“石”(帯電するミネラル)の、金属成分と解釈するし、“力(ちから)の根(ね)”=肉体内の鉄分子、“カネ”の言霊でもあるし、そして山は脳であるし、“比古神(ひこのかみ)”“比売神(ひめのかみ)”という、日足と砌(ひたりとみぎり)の極性の表記があるので目上(めうえ)の脳、大脳新皮質、左右の大脳半球と解釈するし、その部分での荷電粒子の回転=神は、動物と人間の心(靈)の発現の違い、価値観、幸福の概念などの思想、自省(胸の磁性“十”)の心(靈)、自らの在り方を思う智性(神性)、そして智性(神性)由来の“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)の行使である智慧(日を知る事=智性の恵み=慧)、様々な言い方ができるが、これが目上(めうえ)の脳の働きであるし、砌(みぎり)の極性の発現と強化によることで、神の思惑(“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性))でない行動をして失敗をして(咎めを受けて)教訓を得ることが、ローム太霊の言葉の右往左往と左往右往の意味の一つでもあるし、このことが無ければ、“慈悲”と“慈愛”、智慧(日を知る事=智性の恵み=慧)、智性(“一”、1番目のオーラ)(神性)は、芽生えない(失敗することによる苦(苦痛や苦悩)、その苦の艸部(そうぶ)艹、クサカンムリ、そして腹の場(フィールド)を示す(囗)くにがまえの上の、胸の磁性“十”)でもある。
これが“やみ臥(こや)しまして、たぐりになりませる神”の意味だと思うし、“たぐり”は、“腑”の電磁誘導としては、捕食と違い、吐くので、逆流になるので、これはエネルギーの昇華(ヨガのオージャス、大日如来の条帛(じょうはく))を感じさせるという私見を持つ。

そしてこの文に続く、“屎(くそ)になりませる神、波仁夜須比古神(はにやすひこのかみ)、波仁夜須比売神(はにやすひめのかみ)、”だが、“屎(くそ)になりませる神”、これは、“腑”が取り込む(捕食)の最終段階が屎(くそ)と称され、いうまでもなく食べたものが大便になるのは、小腸と大腸で、これはへそから下の腑でもあり、マニピューラチャクラ以下といいうる。 その波=振動、そして仁、これは他者に対する親愛の情、優しさ,仁義の仁でもあり、これは自分を諌める心(靈)で、大腸小腸という場所から考えて情動のチャクラ、スワディスターナチャクラとの関連だと思えるし、そしてその情動は、仁義と言えば分りやすいが、自らの心(靈)を諌める情動ともいえ、さらに自我を、自我より“上”の心(靈)で諌める意味もあると思う。 そして夜は、砌(みぎり)の極性を示唆し、須は、もとめる、もとむ、すべく、すべからく、もちいる、等の意味がある。
要は仁の波で、砌(みぎり)の極性を求め、そうするべく行動するというのが“波仁夜須比古神(はにやすひこのかみ)、波仁夜須比売神(はにやすひめのかみ)”の意味で、事象への顕現(夜=砌(みぎり)、肉体(月(ツキ)))、そして事象の“創造”は、仁の波でもとめ、そうすべくするということであり、肉体(月(ツキ))の“創造”にかかわっているので、へそから下の腑のことが書かれていると思うし、大便は固形物だが、次の文の“尿(ゆまり)に成りませる神、弥都波能売神(みつはのめのかみ)、和久産巣日神(わくむすびのかみ)、”は、水分であり、水分であるからこそ錯体であり、錯体は荷電粒子としては一番大きな形でもあり、だからこそ一番荒い振動を止め、増幅するものでもある。 その意味で“弥都波能売神(みつはのめのかみ)”の“弥都波能(みつはの)”を見れば、彌栄(いやさか)の弥(彌は旧字)と都、そして神道を表す波とその能と書かれている。
(彌栄(いやさか)については、背骨=弓、そして神格化のための璽(しるし)で、チャクラ(荷電粒子の回転を示す)のことだと前のブログで解釈した)
そしてそれを顕現する意味で、砌(みぎり)を示す比売(ひめ)の“売神(めのかみ)”
と書かれていると思う。
 これに続く“和久産巣日神(わくむすびのかみ)”は、和、久しい、産む、巣(すみかの意、何々の巣、愛の巣など、場(フィールド)を示す意味)、そして太陽を示す日と、荷電粒子の回転=神と書かれている。 これも、先に解釈した“波仁夜須比古神(はにやすひこのかみ)、波仁夜須比売神(はにやすひめのかみ)、”の、仁義の仁と、和、これはたぶん共通の意味であり、そしてそれは久しいものになっていくからこそ、ここの心(靈)が他者との関係を観て(“観察と認識”)、そうなっていくのがすべての存在の幸福を願う“上”の思惑との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)でもあるだろうし、その心が出来上がる=産む、巣、となるのが、また進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の法則性でもあると思う。 そしてそれは“上”からの荷電粒子=太陽、日、を止める、それは古神道表記の“日止、霊止”でもあるし、そこまでのことを思わせるもので、これはスワディスターナチャクラの心(靈)の発現の、情動と功名心、その在り方を感じさせることであると思う。
 そしてこれに続く“この神の御子、豊宇気比売神(とようけひめのかみ)と申す。”の、“豊宇気比売神(とようけひめのかみ)”は、一般に豊受大神宮、伊勢神宮の外宮に奉られる豊受大神として知られているが、何を豊かに受け(宇の気=宇宙の中心と認識されうる場(フィールド)、大極からの荷電粒子=気)、そしてそれを現津(あきつ)、観察され得る事象に顕現するのか=比売(ひめ)。
 そして事象の顕現=外側(外国と幽界)の事象と認識される場(フィールド)では、自分たちは仁と和の情動を持ち、そうでなければ共存はできないということでもある。
そしてこのことも、神の子としての生命(生きる使命=存在理由)の在り方を示唆している。
それで、個々の心(靈)が感じうる外側(外国と幽界)の事象と、地震の肉体(月(ツキ))のことを今少し述べた。 重複するが、人の構成要素としての肉体(月(ツキ))は砌(みぎり)の極性(事象への顕現)であり、それに対し、心(靈)(ヒ)は、伊勢神宮の内宮、太陽を示す天照皇大神であり、それはまたS会=紫光会の経文、四空経録の中に書かれている“日心月物”と同義であり、また“日月神示”の日月の巻は、その心(靈)(ヒ)と、肉体(月(ツキ))のことを述べているし、その日足と砌(ひたりとみぎり)の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)のことを詳細に述べているものであることを(前にも述べたが)指摘して、今回はこれくらいにしときまんねん。

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
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