“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”日月の巻 第三十七帖 Kellyさん的解釈


 今回も、日月の巻 第三十七帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

天にも あまてらすすめ大神様、あまてらす大神様ある様に、地にも あまてらすすめ大神様、あまてらす大神様あるのざぞ。
地にも月読の大神様 隠れて御座るのざぞ。
素盞鳴の大神様 罪穢れ祓ひて隠れて御座るのざぞ。
結構な尊い神様の御働きで、何不自由なく暮して居りながら、その神様あることさへ知らぬ臣民ばかり。これで此の世が治まると思ふか。
神々まつりて神々にまつはりて神国のまつりごといたして呉れよ。詰らぬ事申してゐると愈々詰らぬ事になりて来るぞ。
十一月三十日、ひつ九の神しらすぞ。

 この第三十七帖は、この文の最後の“神々まつりて神々にまつはりて神国のまつりごといたして呉れよ。詰らぬ事申してゐると愈々詰らぬ事になりて来るぞ”を見ると分かる通り、前回の第三十六帖の補足のような文である。 
それについてだが、前回の三十六帖で述べたとおりアセンションに間に合わない自我の肥大(“石屋の仕組み”)が中心の霊的成長度の人間は、この第三十七帖の“詰らぬ事申してゐると愈々詰らぬ事になりて来る”という心の動きしか持っておらず、いうまでもなくそれは認識(悟り、幸取=さとり)の程度の低さ、たとえば人生が霊的成長のチャンスとか、自らに課せられた苦難を霊的成長のための試練と思わず、甘い(亜、魔、出ずる、泉。愛(炁)の間に魔が入った状態を指す)言葉に酔ったり苦難を忘れることが癒しだと勘違いしたり、その結果安易な快楽に走ったりもする。 
そしていうまでもなくこの低い進化過程の心(靈)は薄っぺらい価値観と幸福感しか持っていないが、それ自体が薄っぺらいという認識すらない=その自覚はないし、神や霊やオーラという言葉を知っていて似非スピリチュアルみたいなことを語っていても、それは“役員づら”の進化過程の人の影響を受けていて言葉だけに酔っているだけで、重複するが、人生が進化(霊的成長、神格化に向かうこと)のための試練の場であるということがしっかり理解できていない。 だからこそ苦難を試練と思わない、苦難から逃げることを癒しだと思ったりもする。
その低い認識と低い心(靈)の動き、こういうことすべてが“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の進化過程の心(靈)所以のことでしかないし、前回でもこれまでも散々述べたことだが、こういう心の動きを持つ人たちの“思惑の顕現”=現象化、事象の“創造”は、この世界を腐らせ、恨みの連鎖の霊的干渉でいっぱいにしているものであるからこそ、この進化過程の心(靈)の持ち主はそれ相応の世界に移行する。 そして次の世界、アセンション後の世界の“創造”を担うべき心(靈)の持ち主とは、当然のことながら別々になるものである。 だからこそ、前回の第三十六帖で“今の臣民見て褒める様な事は皆奥知れてゐるぞ。 之が善である、まことの遣り方ぞと思ってゐる事九分九厘迄は皆悪のやり方ぞ。”といわれ、平均的地球人の心(靈)の進化過程の低さ、認識の低さ、一般的な価値観や幸福の概念の低さ、これらを指摘されているものである。
それで第三十七帖の本文の“あまてらすすめ大神様、あまてらす大神様”は、ひらがなと漢字の表記だから“上”から目線ではなく、こちら側=人の認識における太陽のこと、いうまでもなくこの表記の意味は“上”からの荷電粒子、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑を送ってくる存在のこと、それがまた人の認識でいうところの太陽でもあるし、“上”からの荷電粒子を止める秘密は“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化にあるし、それが“行”の意味と意義でもあるし、これが肉体(月(ツキ))の秘密、肉体を持っている間(人の認識でいうところの生きている間)に霊的成長を果たすということの真意を感じさせる。 そして“天にも”と“地にも”は、“上”と“下”の関係を表した表記である。
そして“月読の大神様 隠れて御座る”は、今述べた肉体(月(ツキ))の秘密、そしてそれは砌(みぎり)の極性(事象への顕現)を示した表記であるし、人が生きている間に自らの思惑を顕現せよ、そして肉体を駆使した霊的成長をせよという意味合いのこと。
次の“素盞鳴の大神様 罪穢れ祓ひて隠れて御座る”の“素盞鳴”(すさなる)も、“上”からの荷電粒子を止める“盞”(杯、さかずき)の表記が示され、それは肉体を構成する水分が錯体であることを示すものである。 以前画像を作ったのでその詳細を画像で示すことにする。


“素盞鳴(スサナル)”(日月の巻 第二十九帖の表記)の解字


 次の“結構な尊い神様の御働きで、何不自由なく暮して居りながら、その神様あることさへ知らぬ臣民ばかり。これで此の世が治まると思ふか。”の意味は、人の霊的成長の秘密を“あまてらすすめ大神様、あまてらす大神様”=太陽、“月読の大神様”=肉体(月(ツキ))、あるいは“思惑の顕現”=現象化、“素盞鳴の大神様”=“上”からの荷電粒子を止め、心(靈)が育ち=霊的成長して、“罪穢れ祓ひて”=自省(胸の磁性“十”)の“行”、左往右往して、自我の確立=固定化から“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の発現に至ることが示されている=“結構な尊い神様の御働き”のだが、その仕組み、換言すれば霊的成長の仕組み、“日止、霊止”の表記の意味、これを理解できずに“詰らぬ事申してゐると愈々詰らぬ事になりて来る”=程度の低い心(靈)が程度の低い“思惑の顕現”=現象化(事象の“創造”)をしていることを諌めた言い方であることが分かるものである。
 だからこそ“神々まつりて神々にまつはりて神国のまつりごといたして呉れよ。”といわれ、“神々まつりて”=“上”と感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)する心(靈)の在り方を自らが考え、“神々にまつはりて”=“上”が示す霊的成長の法則性を理解して、“神国のまつりごと”=自らの心(靈)、それは“国”((囗)くにがまえ)と“玉(ぎょく)”…“玉(ぎょく)”は自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きを示す)であるが、その心に智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)を増して、“まつりごと”=“上”と感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)した自らの心(靈)の思惑をこの事象に顕現せよ、行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)せよ、という言い回しである。
 
今回はこれくらいにしときまんねん。

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 Kelly & ○○○大先生

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このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
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四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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智性無き心は
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
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○○○大先生の水草水槽記録
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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