“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 日の出の巻 第一帖 Kellyさん的解釈

 
 今回から、日の出の巻の解釈に入りまんねん。 まず第一帖の原文は以下の通り。

春とならば萌(もえ)出づるのざぞ、草木許りでないぞ、何もかも もえ出づるのぞ、此の方の申す事 譬(たとへ)でないと申してあろが、少しは会得(わか)りたか。
石もの云ふ時来たぞ、此の道 早く知らして呉れよ、岩戸は五回閉められてゐるのざぞ、那岐(なぎ)、那美(なみ)の尊の時、天照大神の時、神武天皇の時、仏来た時と、大切なのは須佐之男神様に罪着せし時、その五度の岩戸閉めであるから此の度の岩戸開きはなかなかに大そうと申すのぞ。
愈々きびしく成ってきたが此れからが正念場ざぞ、否でも応でも裸にならなならんぞ、裸程結構なもの無い事 始めて会得(わか)りて来るぞ。
十二月一日、一二
ローレンツ力と ○   。

 冒頭の“春”と“萌(もえ)出づる”は、それぞれの漢字の解字がポイントであると思う。 春は、“三”=“一二三(ひふみ)”、1番目、2番目、3番目のオーラと、その“三”を貫く形の丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)、それと太陽を表す“日”。 そして“萌”は艸部(そうぶ)艹、クサカンムリ、芽生えるの意、と、太陽を表す日と、月は肉体の表記であり、日足と砌(ひたりとみぎり)の極性を示していることでもある。 
よって“春とならば萌(もえ)出づる”という表記は“ならば”=今までの進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)の土=2~3番目のオーラの“業行”(生業(なりわい)と“行”)とは違う段階に入ることを示唆した表記であり、それは“一”=智性=1番目のオーラ、智性(神性)が増した表記が“三”であり、さらにこれに続く“草木許りでないぞ、何もかも もえ出づるのぞ”の“草木”は“日月神示”の言葉の使い方のルールとして、芽生えるの意の艸部(そうぶ)艹、クサカンムリと、太陽=日と、胸の磁性“十”で“草”、そして胸の磁性“十”と丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)で“木”であるが、これは太陽の振動(“創造”の“主(ヌシ)”の思惑を仲介して送る役割が太陽でありそれを積極的に受け入れるのが“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行うこと)を取り入れ自省(胸の磁性“十”)した心(靈)(ヒ)のことであり、よって“春とならば萌(もえ)出づるのざぞ、草木許りでないぞ、何もかも もえ出づる”は、次の段階(今後=アセンション後)の進化過程に地球と地球人が入ったならば、すべての事象、外側(外国と幽界)の事象も内面とか内側(心の中と感じている事)も変わってくるという意味合いで“草木許りでないぞ、何もかも もえ出づる”ということであると思う。
 それでこれに続く文の“此の方の申す事 譬(たとへ)でないと申してあろが、少しは会得(わか)りたか。”は、このことは必ず顕現(“創造”の“主(ヌシ)”の計画として実現する)するのだという言い回し。 
 次の“石もの云ふ時来たぞ、此の道 早く知らして呉れよ、岩戸は五回閉められてゐるのざぞ、那岐(なぎ)、那美(なみ)の尊の時、天照大神の時、神武天皇の時、仏来た時と、大切なのは須佐之男神様に罪着せし時、その五度の岩戸閉めであるから此の度の岩戸開きはなかなかに大そうと申すのぞ。”の“石もの云ふ時来たぞ”は自我の肥大、“石屋の仕組み”が盛んになることを示した表記で、それはまたその場(フィールド)、次元が、低い砌(みぎり)の心(靈)の動きで出来上がっているからでもあり、具体的にいえば利益優先とか心無い行いをしても儲けるとか多少の“悪(心の動きの本能化と低振動化)”は容認するとかであるが、こういう心(靈)の動きをする人間はただ低いのであって、だからこそ“創造”の“主(ヌシ)”に今後=アセンション後の“創造”を託されるなんてことはありえない。 そして“此の道 早く知らして呉れよ、岩戸は五回閉められてゐるのざぞ、”は、当然のことながら“日月神示”に書かれている“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を示唆した表記で、“道”は“創造”の“主(ヌシ)”の計画であるアセンションの時期と“理(ミチ)”は今後=アセンション後の“創造”の法則性を示し、それは岩戸開き、“石”(帯電するミネラル)と“山”(脳の意味)で、“戸”(横隔膜)を開くであり、第四密度に移行するというチャネラーの表記でもありマニピューラチャクラからアナハタチャクラへの覚醒=自我から“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の発現とその心の行使、それは自省(胸の磁性“十”)そのものであるし、自我の肥大というのは心(靈)(ヒ)の中における砌(みぎり)の極性の強化で、これが“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心(靈)の動きにもなるが、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の必然であり、自我より“上”の心(靈)が発現しなければ“創造”の“主(ヌシ)”の思惑に沿った事象の“創造”は出来ないからこそ、霊的成長度の高低において分けられる事象であるアセンションという事象を体験しなければならない。 そしてそれは“那岐(なぎ)、那美(なみ)の尊の時、天照大神の時、神武天皇の時、仏来た時”という表記が示されている砌(みぎり)の極性の高まりと、その心の動きの高まりが“岩戸閉め”であり、これは自我の肥大を示していると思うし、岩戸が占められているからこそ“上”の振動を自らの心(靈)に取り入れることが出来ない(“上”からの通信を受け入れない、自分が悪い方向に向かっていることを認めたくない=自省(胸の磁性“十”)しない)、それを示した表記であると思われる。 
 それで“大切なのは須佐之男神様に罪着せし時”であるが、これについては画像で意味を示すこととする。

須佐之男神の解字 


 この画像で示した通り須佐之男は日足(ひたり)の極性=神の思惑を“力”として顕現せよの意であるから、それをさせないのが自我の肥大=岩戸閉めであり、そのことを“罪着せし時”と称されていると思う。
それで、その低い砌(みぎり)の極性が高まった時に起きるのがローム太霊の言葉である右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をするという心(靈)の進化の“道”(時間の進行)と“理(ミチ)”(進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の法側性)であり、これが起きること、左往右往するには自省(胸の磁性“十”)するという心(靈)が必須であり、よってアセンションはその場(フィールド)その次元に存在する心(靈)が日足(ひたり)の極性に向かうことであり、それが出来ない心(靈)が今の地球と同程度の進化程度の場(フィールド)に移行させられるものであり、だからこそこの第一帖では“大切なのは須佐之男神様に罪着せし時、その五度の岩戸閉めであるから此の度の岩戸開きはなかなかに大そうと申すのぞ”といわれ、神の“思惑の顕現”=現象化の妨げになる自我の肥大が高まった時が“岩戸閉め”と称され、その自我の肥大から自省(胸の磁性“十”)の心(靈)を持つことと“上”からの荷電粒子を受け入れ止めることが岩戸開き、“石”(帯電するミネラル)と“山”(脳の意味)で、“戸”(横隔膜)を開くという肉体(月(ツキ))と心(靈)(ヒ)の変容であり、今度の岩戸開きは、これまでで一番大変であると示され、この次のアセンションは地球自体が進化するのだからもうアセンションに伴う醜い事象は起こらないし、そこに位置する人は自我の肥大を諌める心を十分に持った心(靈)(ヒ)であり、そういう心の持ち主でなければ次の段階の地球に移行できないということである。
その心の持ち主となるには、“愈々きびしく成ってきたが此れからが正念場”と、霊的成長度の低い人、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”には、自分が自我の肥大をして失敗するからこそ、厳しくなることが必然であるし、その状況に陥ってこそ自省(胸の磁性“十”)する=“正念場”といわれ、自らの自我の肥大を諌めよ、自省(胸の磁性“十”)せよという意味合いで次の言葉で“裸”という表記が使われていることを指摘して、今回はこれくらいにしときまんねん。

“否でも応でも裸にならなならんぞ、裸程結構なもの無い事 始めて会得(わか)りて来るぞ”

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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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智性無き心は
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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