“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 日の出の巻 第三帖 Kellyさん的解釈


 今回も、日出の巻 第三帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

次の世とは通基(月)の世の事ざぞ、一二(ひつき)の通基(二)の世ぞ、 ローレンツ力と ○ツキ?(日月の巻 第二十五帖 表記)文章用 の月の世ぞ、取違ひせん様に致して呉れよ。
智や学がありては邪魔になるぞ、無くてもならぬ六ヶ敷い仕組ぞ、月の神様 祀りて呉れよ、素盞鳴(すさなる)の神様 祀りて呉れよ、今に会得(わか)る事ぞ、日暮よくなるぞ、日暮(一九れ)に祀り呉れよ、十柱揃ふたら祀り呉れいと申してあらうがな、神せけるのざぞ。
十二月二日、ひつくのかみふで。

 いうまでもなく冒頭の“次の世”は今後=アセンション後のことであり、それは今後=アセンション後に移行できる霊的成長度の心(靈)から観れば、相対的な比較として低い霊的成長度である自我の確立=固定化の進化過程(平均的地球人)の心(靈)が創造する事象ではない。 だがこのことが理解できる心(靈)(ヒ)の持ち主は少ない=アセンション後に移行できる資格を持つ心(靈)(ヒ)の持ち主は少ないといい得る。
それでこの文の“通基(月)の世”“一二(ひつき)の通基(二)の世”は基と通じる、そして“一二三”のオーラの“一”=智性=1番目のオーラと肉体(月(ツキ))の意味合いでの“二”が書かれている。 要は智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)を顕現する肉体(月(ツキ))が“一二(ひつき)の通基(二)”という表記の意味であると確信するし、それが今後=アセンション後に移行出来得る資格(霊的成長度)を示唆しているものでもある。
そしてこの冒頭の文、それは以前、
日月の巻 第二十五帖で解釈したことがあるので、以下に抜粋してコピペしておく。

この画像
ツキ?(日月の巻 第二十五帖 表記)文章用 は、“月”“通基(二)”であり、“月”は砌(みぎり)の極性であり、さらに先に述べたように は、新月から満月に移行する様子を示す。  それは、日足(ひたり)の極性が強まった後の肉体そのものであり、そして“月”“通基(二)”は肉体のオーラ(土)2~3番目のオーラを発振、発信するものでもあるし、さらに“通基(二)”、それは基を通す=神の理(ことわり)を通す(顕現する)肉体の意味であると思う。 

…中略…

ツキ?(日月の巻 第二十五帖 表記)文章用“月”“通基(二)”は、先に述べたとおり、天意を顕現する肉体、それは古神道の“日止、霊止”(“上”からの荷電粒子、太陽=日を止める、“上”からの荷電粒子を三つの口で止める意味の靈、それを止める表記)であるとするのが、妥当だと思う。
 引用終わり。

それでこの文と日月の巻 第二十五帖の表記ので使われた以下の表記、この解釈を“取違ひせん様に致して呉れ”と称されているが、この解釈が出来る霊的成長度(“一”=智性=1番目のオーラが大きい)の人間はそうたくさんいないとも思うし、程度の低い人は程度の低い解釈しかできないということも示唆しており、ただ書いてあることをありがたがるだけの人間が多いし、そのただありがたがるという心理はよい結果だけが欲しいだけの心(靈)しか持っていないのだし、そういう人間に限って“上”から垂れた“日月神示”やローム太霊講話集、様々な経文、真言など、人の霊的成長の指標となるものの意味を読み解くことが出来ずに引用したり肖ったり(あやかったり)するが、それはただ利用しようとする心理が中心であるし、あるいはその心理の裏には御利益しか求めないとか、努力(肝=“怒り、いきり立つ心(奴と心)”で“力”を示さないで天の僥倖を求めるとか、あるいはローム太霊が揶揄(やゆ)した言い方である“ぼたもち坊ちゃん”(ローム太霊講話集316頁)であり、そんな低い心(靈)の人間を“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)は求めているのではないことを指摘しておく。
蛇足のようなことだったが、次の文、“智や学がありては邪魔になるぞ、無くてもならぬ六ヶ敷い仕組ぞ、”の表記は、今述べた低い霊的成長度の心(靈)の持ち主は、ただ引用するとかに終わり、あるいは点で的外れな解釈をしたりするが、それを示しているのが“智や学がありては邪魔になるぞ、無くてもならぬ六ヶ敷い仕組ぞ”であり、この“六ヶ敷い”については以前(
上つ巻 第十五帖)解釈したことがあり、それは、六=陰爻=神の思惑と人(日止、霊止)の思惑、その両方の顕現、それを敷く=法則性に従って展開するということで、先に述べたように“次の世”に移行出来得る心(靈)(ヒ)の持ち主はごく少ないが、“上”はそういう霊的成長度の人間を求めているといえる…だからこそ“六ヶ敷い”のでもある。 それで“智や学がありては邪魔になる”は、“一”=智性=1番目のオーラを大きくするための“行”をやっておらず=自らの霊的成長のためにエネルギーを贖う(あがなう)ことをあまりせず、よってそれは目先の事象に対しても認識(悟り、幸取=さとり)が低く、ただ理屈だけをこねている人間であり、それは先に述べた、引用しかできないとか肖ることしかしないとかの人間のことを指摘しているいい方であり、本当に“上”の真意を理解できてそれを顕現出来得る人間はごく少ないからこそ“六ヶ敷い”(六=陰爻=神の思惑と人(日止、霊止)の思惑、その両方の顕現、それを敷く=法則性に従って展開する)といわれているのだと思う。

次の文、“月の神様 祀りて呉れよ、素盞鳴(すさなる)の神様 祀りて呉れよ、今に会得(わか)る事ぞ、”。 これはいうまでもなく肉体(月(ツキ))の意と“素盞鳴(スサナル)”に示された“上”からの荷電粒子を止める仕組み、これを知れということであるし、“素盞鳴(スサナル)”は以前示した画像をいかに貼っておく。

“素盞鳴(スサナル)”(日月の巻 第二十九帖の表記)の解字



これに続く“日暮よくなるぞ、日暮(一九れ)に祀り呉れよ、十柱揃ふたら祀り呉れいと申してあらうがな、神せけるのざぞ。”の“日暮(一九れ)”も、それは“一九れ”の“一”は智性=1番目のオーラであり、“九”は丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)+“一”=智性=1番目のオーラ+乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)、そしてそれは“日月神示”表記の ○ 九 十 の“九”でもあるし、この“九”と“十”は卆(そつ、卒業の卒の異体字)であり、これまでの進化(自我の確立=固定化)を卒業するの意でもあるし、その意味において前回の日の出の巻 第二帖の“九歳(とし)は神界の紀(もと)の年ぞ、神始めの年と申せよ”と共通の意味を示す表記である。 
そして“十柱揃ふたら祀り呉れ”は、自らの心(靈)の動きに胸の磁性“十”=自省の心(靈)(ヒ)、これが芽生え(柱のように)確立されなければ(“青人草”(あおひとくさ)の“草”、艸部(そうぶ)艹、クサカンムリと太陽(日)と胸の磁性“十”にも示されている)、“日暮(一九れ)”という霊的成長の段階に至らないということだと思う。 ちなみにこれは、決して十体の神さんが揃ったらなんてことではない。
最後の“神せけるのざぞ”についてはアセンションの時期(時間の進行と宇宙の進行は神のプログラムであり、それを人(日止、霊止)の心(靈)が認識したなら、時期になり、それは電磁波の吸収であるからこそ、磁気でもある)が迫っているからそれに間に合う霊的成長度を自らの心(靈)に確立せよということでしかない。

今回はこれくらいにしときまんねん。



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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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智性無き心は
悪を容認する


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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
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○○○大先生の水草水槽記録
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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