“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 日の出の巻 第十一帖 Kellyさん的解釈

 今回も、日の出の巻 第十一帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

江戸に道場作れよ、先づ一二三(ひふみ)唱へさせよ、神示読みて聞かせよ、鎮魂(みたましずめ)せよ、鎮神(かみしずめ)せよ、十回で一通り会得る様にせよ、神祀りて其の前でせよ、神がさすのであるからどしどしと運ぶぞ。
誠の益人作るのぞ、此んな事申さんでもやらねばならぬ事ざぞ、神は一人でも多く救ひ度さに夜も昼も総活動してゐる事 会得るであろがな、神かかれる人 早う作るのぞ、身魂せんだくするぞ、神かかりと申しても狐憑きや天狗憑きや行者の様な神憑りでないぞ、誠の神憑りであるぞ、役員 早う取りかかり呉れよ。
十二月十一日、一二ローレンツ力と ○

 冒頭の“江戸”の表記は、これまで解釈してきたとおり腹の水=“江戸と尾張”の“江”、自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロン(荷電粒子の回転が上下に不安定)、そして“戸”は横隔膜、マニピューラチャクラからアナハタチャクラへの関門、心の動きでいえば自我の確立=固定化、そしてそれが増せば自我の肥大(“石屋の仕組み”)という心の動きになり、その“上”の心(靈)の発現になっていないから岩戸開き、“石”(帯電するミネラル)と“山”(脳の意味)で、“戸”(横隔膜)を開くということが“日月神示”で述べられている。
 それは、自我由来の心、低い功名心と自尊心、縄張り意識、物欲、本能由来の欲など、これらは“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心(靈)の動きであるが、それを自らが諌めるには、自我の肥大で失敗してから自省(胸の磁性“十”)する(右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をする)ことが必須でもあり、アセンションに伴う醜い事象はまさに失敗の事象でもあるのだが、甘い(亜、魔、出ずる、泉。愛(炁)の間に魔が入った状態を指す)人間ほど偽のアセンション情報を信じ込む(誰もがアセンション出来るとか、不幸のない世界がやってくるとか、誰もが幸福になれるとか、こういった低い憑依現象(ほとんどが人間に恨みを持っている動物霊のいたずら)=ハイヤーセルフとかチャネラーとかによる根拠のないメッセージ)。
 それで自我の肥大を諌める心の動きには智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)が必須であるからこそ“先づ一二三(ひふみ)唱へさせよ”といわれ、それは今の地球人が土=2~3番目のオーラの進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)だからである。 
要は智性(神性)無き心ではいけないということでもあるし、ほとんどの人間は目上(めうえ)の脳があるからこそある程度の智性(神性)を有しているが、智性を行使して物を考えるとか行動するとかが足りなさすぎるゆえに、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心(靈)の動きと行動をとっているものでもあるし、そういう人を対象に“江戸に道場作れ”=腹の心である自我を、道(進化(霊的成長、神格化に向かうこと)における時間の進行)場(場(フィールド)、自らが感じ(感じる磁性)うる事象)を作れという言い回しで、諌めている。 
そしてこれに続く“神示読みて聞かせよ、鎮魂(みたましずめ)せよ、鎮神(かみしずめ)せよ、十回で一通り会得る様にせよ、神祀りて其の前でせよ、神がさすのであるからどしどしと運ぶぞ”というのは、自我の肥大した人間ほど自分の“悪(心の動きの本能化と低振動化)”を認めないとか正当化するものであり、だから“鎮魂(みたましずめ)せよ”であり、“鎮神(かみしずめ)せよ”でもあるが、この場合の“鎮神(かみしずめ)”の神の表記は、自分の心よりほんの少し“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の霊的成長度の存在を指すと思うし、その自分よりほんの少し“上”の通信を無視するのが先に述べた“自我の肥大した人間ほど自分の“悪(心の動きの本能化と低振動化)”を認めないとか正当化するもの”ということになっていく。 
要は自分の心(靈)が低い心(靈)の動きしていれば、低い存在、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)しかないからであるし、だから自らの心(靈)の動きの“上”と“下”を見出せよということで“サニワで聞けよ”といわれてすらいる。 
そして“十回で一通り会得る様にせよ”は、自我の肥大した人間ほど強情であり自らを諌めようとしないから、ほどほどにしておけよという意味合いのことを揶揄した言い方であり、“神祀りて其の前でせよ、神がさすのであるからどしどしと運ぶぞ”は、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)で自らの自我を諌め=“神祀りて其の前でせよ”であり、そうなれば自分は“上”を知り行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)は“善(神格化の方向性と智性の受信)”の方向性になり、それは“絶対の善”を顕現しようとしなければ“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”がいない世界は実現できないし、それが“創造”の“主(ヌシ)”の思惑であるし、さらにそれは“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)に適うから“神がさすのであるからどしどしと運ぶ”ということになると教えられているのだが、何回も述べるが自我の肥大した人間は自分の悪を“悪(心の動きの本能化と低振動化)”と認めず、ただ突っ張るものでしかないからこそ進化の道筋(アセンションという時間の進行における“創造”の“主(ヌシ)”の計画)から遠ざかるものであることを示唆している。

そしてここまでのことを踏まえて次の文を読めば意味はよく通じるものである。
“誠の益人作るのぞ、此んな事申さんでもやらねばならぬ事ざぞ、神は一人でも多く救ひ度さに夜も昼も総活動してゐる事 会得るであろがな、神かかれる人 早う作るのぞ”
 自我の肥大した薄っぺらい人間の言葉は薄っぺらく、ただ耳心地の良い言葉を使って人を引き付けたりもしているし、今多いアセンションのことが歌ってあると見受けられる本や、スピリチュアル系の本なども“役員づら”が情報だけ引用して本を売るために言葉を使い、ひどいものはゴーストライターが書いていたりもするが、それが“誠の益人”でないことは一目瞭然であるし、それは言葉成るではない=“言”(事象に顕現され、(自己と他者に)観察された心(靈)の動き)が成るのではない。 よって“誠”という表記が使われているし、それは絶対にその条件を兼ね備えていなければならないからこそ“此んな事申さんでもやらねばならぬ事ざぞ”という言い回しで強調されている。
 これに続く“神は一人でも多く救ひ度さに夜も昼も総活動してゐる事 会得るであろがな”は、“上”の思惑が理解できていない“役員づら”や“役員づら”の情報を信じ込むダメな人間に対する言い回し、そしてこれに続く“神かかれる人 早う作る”は、時期に間に合わせるために“上”と感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)する人、自我の肥大を自らが諌める人を作るのが神の計画であるということで、それには“身魂せんだくするぞ”が必須である。
 そして“神かかりと申しても狐憑きや天狗憑きや行者の様な神憑りでないぞ、誠の神憑りであるぞ、役員 早う取りかかり呉れよ。”は、平均的地球人の霊的成長度は土=2~3番目のオーラの進化過程だからこそ霊媒体質が多く、低い功名心と自尊心を煽る(あおる)低い存在の憑依現象がとても多いし、その憑依現象は“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の存在が多いのだが、天使を名乗ったり何とかの神を名乗ったりハイヤーセルフとか思わせたりもするが、大事なのはそのメッセージの内容であり、またそれをどう見極めるのかも大事であり、先に述べたように進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を示していない根拠のないアセンション情報を信じ込むのはただ甘い(亜、魔、出ずる、泉。愛(炁)の間に魔が入った状態を指す)のであり、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心だから自分にとって都合の良いことしか信じないものでもあるが、そのことをしっかり分れ、本当に自分がアセンション後の“創造”を担う“役員”ならば、上記の文の意味合いをよく理解して低い憑依現象など意に介さないで、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)をよく理解して進んでいけということが“誠の神憑りであるぞ、”=言葉成る、“上”との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)した心(靈)で行動し、事象の“創造”をせよ=“役員 早う取りかかり呉れ”ということである。

 今回はこれくらいにしときまんねん。

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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
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発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
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発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
写真部の○○○大先生のページ
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○○○大先生の水草水槽記録
facebook 児玉登







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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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