“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 日の出の巻 第十六帖 Kellyさん的解釈


今回も、日の出の巻 第十六帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

悪の衣(ころも)着せられて節分に押込められし神々様御出でましぞ。 此の節分からは愈々神の規則通りになるのざから気つけておくぞ、容赦(ようしゃ)は無いのざぞ、それまでに型さしておくぞ、御苦労なれど型してくれよ。
ヤの身魂 御苦労、石なぜもの言はぬのぞ、愈々となりてゐるではないか、春になりたら何んな事あるか分らんから今年中に心の洗濯せよ、身辺(みのまわり)洗濯せよ、神の規則 臣民には堪(こば)れんことあるも知れんぞ、気つけておくぞ。
十二月十九日、一二ローレンツ力と ○

 冒頭の“悪の衣(ころも)着せられて節分に押込められし神々様”は、平均的地球人の既成概念で形骸になった…形骸にさせられた…“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ)により、低い認識にさせられている高い存在に対し、商売繁盛とか長寿、病気平癒、交通安全、学業成就、家内安全、子授けや安産にいたるまで、ただただ自分たちの良い結果を天の僥倖とかとしか思わない甘い(亜、魔、出ずる、泉。愛(炁)の間に魔が入った状態を指す)人間が神社などをパワースポットとかと勝手に思い込んだり、あるいはそのパワースポットという言葉に酔わされ乗せられ賽銭だけ取られる商法だと気付かない…大概の人間の神さんに対する認識はそんなものでしかないし、そう思い込むその低い心(靈)の動きは御利益を求めるとかすごそうなものに肖る(あやかる)とかでしかないが、それが“悪の衣(ころも)着せられて…神々様”であり、この文の“節分”は、時期が変わることで、それは日の出の巻の第一帖の“春とならば萌(もえ)出づるのざぞ、草木許りでないぞ、何もかも もえ出づる”であり、この“春”の表記は“三”=“一二三”のオーラと、丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)、そして太陽を示す“日”であることに気付かなければならない。
 そして“萌(もえ)出づる”“草木許りでない”も重要な意味が込められており、その詳細な解釈については
日の出の巻 第一帖 を参照のこと。
 それでこの文に続く“此の節分からは愈々神の規則通りになるのざから気つけておくぞ、容赦(ようしゃ)は無いのざぞ、それまでに型さしておくぞ、御苦労なれど型してくれよ”は、“悪の衣(ころも)着せられて節分に押込められし神々様御出でましぞ”であるから、形骸の神の概念はなくなるのが今後=アセンション後の事象であり、当然そこには“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”である“役員づら”は存在し得る霊的資格がないから低い次元に移され、あるいは不幸な死を迎え、そこで自省(胸の磁性“十”)の“行”に入るのだが、次の事象の“創造”を担う認識=霊的成長度の人は、自分と神との関係をよく知り“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化を行い“上”からの荷電粒子を自らの心(靈)(ヒ)と肉体(月(ツキ))に取り込み現津(あきつ)、観察され得る事象の“創造”をする。 それが時節の変化(“道”=時間の進行)としての“此の節分からは愈々神の規則通りになる”であり、それは例えば以前解釈した下つ巻 第十帖の“臣民は静かに、神は烈しきときの世 近づいたぞ”あるいは、下つ巻 第二十三帖“神いよいよ烈しく、臣民の性来(しょうらい)によって、臣民の中に神と獣とハッキリ区別せねばならんことになりて来たぞ”でもある。 
要は“此の節分からは愈々神の規則通りになる”は、“上”の介入があり、“上”と感応する人が次の事象の“創造”を行い(“天詞様”)、そこでは低い霊的成長度の心には“容赦(ようしゃ)は無い”=今までのような“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の行いは許されないから、自省(胸の磁性“十”)して“それまでに型さしておく”=失敗を体験させ心(靈)(ヒ)を折り=(ローム太霊の言葉の)左往右往させておくという意味。
 それでこれに続く“ヤの身魂 御苦労、石なぜもの言はぬのぞ、愈々となりてゐるではないか”の“ヤ”は、その心は高台(たかと)高き段に進むの意があり(“道ひらき”の“風止麻邇言霊学(ふとまにことだまがく)”から引用)、要は真に霊的成長を望む心(靈)(ヒ)が“ヤの身魂”=“上”を目指す肉体(月(ツキ))と心(靈)(ヒ)の意である。 そしてこの後の“石なぜもの言はぬのぞ、愈々となりてゐるではないか”の“石なぜもの言はぬのぞ”は、“石”(帯電するミネラル)が固まっていない(“石屋の仕組み”、腹の水=“江戸と尾張”の“江”…自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロン)=“玉(ぎょく)”ではない身魂においては、“なぜもの言はぬのぞ”であるから、それはその段階の発振、発信が“もの言はぬ”ということに等しい、要は“上”から観たら価値がなく、そしてそれは霊的に高く人が霊的成長の指標とするべく神さんに対し“悪の衣(ころも)着せ…節分に押込められし神々様”にしてしまってとんでもなく価値を低いものにしてしまっているという意味合いを感じさせるものである。 そしてこれに続く“愈々となりてゐる”については解りきっていることだから解釈の要は無し。
 そして“春になりたら何んな事あるか分らんから今年中に心の洗濯せよ、身辺(みのまわり)洗濯せよ、神の規則 臣民には堪(こば)れんことあるも知れんぞ、気つけておくぞ”も、“春になりたら”は先に述べたことと重複するので省き、“今年中に心の洗濯せよ、身辺(みのまわり)洗濯せよ”の“今年”は、今の“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”が活躍する時期(時間の進行と宇宙の進行は神のプログラムであり、それを人(日止、霊止)の心(靈)が認識したなら、時期になり、それは電磁波の吸収であるからこそ、磁気でもある)のことで、これが変化する、(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者だけの世界になるからこそ“身魂掃除”“身魂洗濯”“改心”をしておけであり、“今年”が当たり前だと思っている霊的成長度の低い人には“神の規則 臣民には堪(こば)れんことあるも知れんぞ、気つけておくぞ”で、それはアセンション落第組であるということである。
 
 今回はこれくらいにしときまんねん。

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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
(クリックで拡大)

2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
(クリックで拡大) 

お近くの書店にない場合は
たま出版のサイトでお買い求めください。

発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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お近くの書店に無いときは
たま出版のサイトでお買い求めください。

この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




初めての方は、
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Kellyさんがこのブログに霊縁あった人(日止、霊止)に伝えたい事 (22)
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
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○○○大先生の水草水槽記録
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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