“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 日の出の巻 第十七帖 Kellyさん的解釈


 今回も、日の出の巻 第十七帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

何もかもひっくるめて建直しするのであるから、何処から何が出て来るか分らんぞ、御用はそれぞれの役員殿 手分けて努めて呉れよ、皆のものに手柄さし度いのぞ、一ヶ処(ひとところ)の御用 二人宛(づつ)でやりて呉れよ、結構な御用であるぞ、いづこも仮であるぞ、世が変りたら結構に真通理(まつり)呉れよ、今は型であるぞ、祀れと申してあること忘れるなよ、まつはらねばならぬのざぞ、神がついてゐるのざから神の申す通りにやれば箱指した様に行くのざぞ。
産土神(うぶすなさま)忘れずにな。
十二月十九日、ひつ九か三。

 言うまでもなく今後=アセンション後のことが“何もかもひっくるめて建直しするのである”といわれ、今の既成概念、低い霊的成長度の人間が作り出した価値観や一般常識とは違う世界(現津(あきつ)、観察され得る事象)になっていくのだから“何処から何が出て来るか分らんぞ”であり、それは前回の第十六帖の“神の規則 (今の平均的地球人の霊的成長度という意味で)臣民には堪(こば)れん”ということでもある。
 そしてこれに続く“御用はそれぞれの役員殿 手分けて努めて呉れよ、皆のものに手柄さし度いのぞ、一ヶ処(ひとところ)の御用 二人宛(づつ)でやりて呉れよ、結構な御用であるぞ”は、これまで解釈してきたとおり今後=アセンション後の事象の“創造”を担う資格のある霊的成長度の人間が“役員”であり、今ほとんどの人間がアセンション落第組であるから“皆のものに手柄さし度い”であるし、“一ヶ処(ひとところ)の御用 二人宛(づつ)でやりて呉れ”は、一つの事象に対し日足と砌(ひたりとみぎり)の極性があるもので、それがこの表記の“二”で、そして“二人宛(づつ)でやりて呉れ”は、その二つの極性と丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)で、今後=アセンション後の事象の“創造”、今と違う価値観と認識で“創造”せよということであると思うし、それは今の醜い事象に対して相対的な比喩として“結構な御用である”と称されているものでもある。
 そして“いづこも仮であるぞ、世が変りたら結構に真通理(まつり)呉れよ、今は型であるぞ、祀れと申してあること忘れるなよ”は、今現在、次の事象に移行できる資格を持つ心(靈)は自省(胸の磁性“十”)し、(ローム太霊の言い回しの)左往右往しようとしている人だが、それはまだ“型である”であり、自分の心(靈)の動きをどう観るか、自分はどう在るべきか、どう行動するのが(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者なのか、これは“世為人為”(S会=紫光会の経文、四空経録の中の言葉)と同義であるが、霊的成長度が高まるなら皆こういう思想を持つのが進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“理(ミチ)”(法則性)でもあるのだが、それは今まだ足らない、育っていないという意味合いで、それで(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者というのは当然“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の通信を受けており、それをなんとなく実感しているからこそ“仮である”あるいは“今は型である”であり、それは今は“善(神格化の方向性と智性の受信)”の概念はあってもこれが顕現した世界ではないという意味合いも持つ。 
それだからこそ今後=アセンション後は“世が変りたら結構に真通理(まつり)呉れよ”であり、“上”との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)が今現在は全然足らない、あるいはその資格を持つ人間が少なすぎることを示唆しているし、“今は型であるぞ、祀れと申してあること忘れるなよ、まつはらねばならぬのざぞ”は、今霊的成長度の低い人ばかりだからこういわれるものでもある。 
そして重複するが、今後=アセンション後は当然アセンション落第組である“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心(靈)の人はいないのであるから“神がついてゐるのざから神の申す通りにやれば箱指した様に行くのざぞ”法則性通り、曲がったことのない世界、すべてが“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)に適っている世界になるからこそ“箱指した様に行く”であり、いうまでもなくこの文の“神がついてゐる”“神の申す通りにやれ”は、自らの智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)と“上”が感応して行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)する人のことを指し、それは行動の結果は“上”が認め地の神が認めたものでなければならず(悪魔のささやきに乗っている今の大半の人とは違うから)“産土神(うぶすなさま)忘れずにな。”と強調されているものでもある。

今回はこれくらいにしときまんねん。

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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
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2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




初めての方は、
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☆ Kellyさん的事象の観察と認識 (104)
Kellyさんがこのブログに霊縁あった人(日止、霊止)に伝えたい事 (22)
Kellyさんと○○○大先生との会話 (7)
Kellyさんとチョ~極上ラブラブ中高年夫婦はんとの会話 (6)
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Kellyさんと和風のベッピンはんのSはんとの会話 (2)
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
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○○○大先生の水草水槽記録
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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